多孔体担持金属の触媒特性とフードロス削減への応用
北海道大学
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私は多孔体の細孔に入れた金属ナノ粒子の触媒特性に興味をもって研究を行ってきた。多孔体としてはゼオライトやメソポーラスシリカを用い,金属としては主に白金を使用している。その研究のなかで,メソポーラスシリカに白金ナノ粒子を担持した触媒は,水素に含まれる微量CO選択酸化(PROX)に高い活性を示すことを見いだした。水素中CO酸化の研究の次に,Pt/メソポーラスシリカが使える触媒反応としてエチレンの酸化を行うことにした。この研究は,低温エチレン酸化に高い活性を示す触媒の開発につながり,青果物の鮮度保持のために実用化されている。本稿では,この経緯を紹介する。なお,関連の解説を参考文献としてあげる1,2)。
はじめに多孔体としてゼオライトを用いてミクロ細孔内に金属カルボニルクラスターを合成する研究を行い3),その後,メソポーラスシリカを用いて白金ナノ細線とナノ粒子の合成を試みることにした。これは(株)豊田中央研究所との共同研究として行った。一次元細孔をもつFSM-16に塩化白金酸を含浸後に水素で還元すると白金ナノ粒子が生成し,アルコールを還元剤にしてゆっくり光還元すると白金ナノ細線が生成する(図1)4)。Ptナノ細線は新しい材料で結晶面に選択的な触媒特性を示す可能性があるので,触媒としての利用を行うつもりであったが,学会で報告したとき,ナノ細線は表面積が小さいため反応速度が低くなると予想されるので触媒としてはナノ粒子を使うべきである,という指摘を受けた。実際に,Ptナノ粒子/FSM-16を触媒に用いてPROXを行ってみると,50°C以下の低温でも約80%以上の高いCO転化率を示すことが分かった(図2の実線)4)。このように低温でCO酸化が進む触媒としてはAu触媒が知られているので5),Au/FSM-16を試したがPROXの活性は低かった。したがって,CO酸化の機構とは異なることが示唆されたので同位体追跡法により機構研究を行った。このとき研究所にあった13COや18O2を自由に使うことができて,大いに助かった。赤外分光法を用いて検討を行った結果,PROX条件ではFSM-16内壁のシラノールが活性化され,水性ガスシフト反応のような機構でPt上のCOを攻撃しCO2が生成すると結論した。一方,焼成によりシラノール基を減らすと,水性ガスシフト型反応が起こりにくくなり活性が低下する(図2の破線)6)。低温でこのような反応が起こることは珍しく,メソポーラスシリカ内壁シラノールのユニークな性質を示している。この性質とPtナノ粒子を組み合わせることにより低温PROXが可能となる。以後,Ptナノ粒子/メソポーラスシリカが使える反応を探すという方針で研究を進めた。そして,C1のCO酸化の次にC2のエチレンの酸化を試すことにした。COとエチレンはともにPtに対してπ酸性型で吸着するので,エチレン酸化にも高い活性を示すと期待したのである。
石油化学におけるエチレン酸化では,直接酸化によりエチレンオキシドの選択率を上げることが目標となっている(図3)7)。エチレンオキシドは水和されエチレングリコールとなり,不凍液やポリエチレンテレフタレート(PET)などの原料となる。しかし,エチレンオキシドで酸化を止めることは困難であり,通常はCO2までの完全酸化が進んでしまう。
そこでPtやPdのナノ粒子をメソポーラスシリカに担持した触媒を用いて反応を行ってみた。すると50~60°C付近でも完全酸化が起こりエチレンオキシドを得ることはできなかった。部分酸化が難反応であることを実感した。この打開策が見つからず2年ほど経過したとき,エチレンの完全酸化でも使える分野があることに気づいた8)。それが,青果物の鮮度保持であった。
野菜・果物の中には収穫後も呼吸などの活動を行うものがあり,必須アミノ酸のL-メチオニンが代謝されて微量のエチレン(ppb~ppmオーダー)が生成する場合がある。このエチレンは植物ホルモンとして働き,自分自身や他の野菜・果物の表面のレセプターに吸着すれば信号がでて熟成が促進される。野菜・果物は通常,低温の貯蔵庫で保管されるが,低温でもエチレンは発生するので鮮度を保持するためにはこの発生したエチレンを除く必要がある。家庭用の冷蔵庫ではエチレンと臭い物質の除去のために,吸着材として活性炭が用いられることが多い。しかし,吸着材は飽和吸着すると交換が必要となる。もし,触媒反応によりエチレンを除くことができれば,吸着材よりも長い期間,野菜や果物の鮮度保持に使うことができる。我々の触媒では室温付近でもエチレンからCO2まで酸化することができたので,低温でのエチレン酸化が可能かもしれないと考え,検討を始めることにした。
MCM-41内にPtナノ粒子を調製したもの(Pt/MCM-41)を固体触媒として用い,流通系反応装置でエチレン酸化反応を行った結果を図4に示す。エチレン転化率は25°Cで約100%となるが,0°Cでは1.5時間後から低下し2時間後には約50%となった。反応式に示すように,エチレンの完全酸化ではCO2と水が生成するが,この水が0°Cでは触媒表面で凝縮し被覆すると考えた。そこで,触媒をヘリウム中200°Cで加熱すると予想通り活性が回復し,同じような経時変化を示した。これは,触媒の構造が変化していないことを示唆しており,実際,MCM-41の細孔構造やPt粒子径の変化はなかった。先行研究と比較して,担持金属触媒による0°Cでの低温エチレン酸化としては最も高い活性を示していることが分かったので,触媒反応の結果と反応機構の考察をまとめて,2013年に論文発表した9)。
その後,この低温エチレン酸化の活性は,白金とシリカの組み合わせのときに現れることが分かった。反応機構を検討すると,エチレンと酸素はPt上に吸着しジアルコキシド中間体を生成することが計算化学により示唆された(図5の右下)。この中間体のC–C結合が切断され,ホルムアルデヒドを生成し脱カルボニル化によりCOと原子状Hが生成し,CO2とH2Oが生成する10)。Pt表面の電子状態がシリカの影響を受けて電子不足状態になり,C–C結合の切断活性が向上すると推測している。
次に規則性メソ孔の効果について検討した。それまで使っていた通常シリカで調製した担持Pt触媒はメソポーラスシリカ担持のものよりも低い活性を与えたが,表面積の大きなアエロジル380では,メソポーラスシリカと同程度の触媒活性を示すことが判明した11, 12)。よって,メソポーラスシリカを使わなくてもよいことになった。これは規則性メソ多孔体の特徴的な反応を探すという観点からは残念な結果であるが,触媒のコストを抑えるという点からはよいことであった。このことが分かってから実用化検討では,市販されている通常シリカによる触媒を使うこととした。
さて,Pt/シリカと活性炭のエチレンの除去能力を比較したのが図6である12)。この実験では0°Cで50 ppmのエチレンを流通させている。活性炭では6時間で吸着量がゼロになるので交換が必要となるが,Pt/シリカではエチレン転化率は336時間(2週間)後もゼロにならず5~10%を維持するので,常に数ppmのエチレンを酸化していることになる。定常状態ではPt表面の一部が常に気相に出ていて,エチレンを吸着し酸化反応を進行させるものと解釈できる。
2013年に低温エチレン酸化の論文9)が公開されると,国内外から多数の問い合わせがあった。そのほとんどは青果物鮮度保持への応用に関するものであった。そのなかで,日立グローバルライフソリューションズ(株)(以下,日立GLS)に,冷蔵庫の野菜室用の触媒としてPt/シリカを提供することになった。同社の試験の結果,青果物の鮮度保持の効果が認められたので2013年の秋から共同研究を始めることになった。日立GLSはPt/シリカ触媒を“プラチナ触媒”と命名し,エチレン酸化によりビタミン類やポリフェノールの残存率が高くなることを示した。そして,2015年8月にプラチナ触媒を搭載した冷蔵庫が発売された。自分が開発した触媒が製品に使われているのを見て,大きな喜びを感じた。初期のモデルではPt/メソポーラスシリカが使われたが,前節で記したように通常シリカを使えるようになってからは触媒コストが下がった。プラチナ触媒は台湾やタイなどの海外向け冷蔵庫にも用いられている。手元に記録のある2015年からの5年間で160万台の冷蔵庫で使用されているそうである。
実験室におけるモデル実験として,アクリル箱にレタスとリンゴを入れ保存を行った。レタスとリンゴを温度20°C,湿度40~60%で10日間保管後,切って断面を比較すると触媒なしで保存したレタスは,芯の部分や葉が茶色くなり傷んでいることが分かった。また,リンゴにも茶色のしみが認められた(図7)12)。一方,Pt/シリカ触媒を入れた方では傷みが少なかった。両方のリンゴを試食したが,触媒なしの方は不味くて食べられなかったが,触媒ありのリンゴは十分に食べられることが分かった。試食することで触媒の鮮度保持効果を実感することができた。
リンゴの鮮度保持はシードルの製品化につながった。11月に北大果樹園で収穫したリンゴを醸造するまでの2か月間,触媒を入れた保管庫で保存したのであるが,十分に新鮮さが保たれていた。このリンゴを用いてシードルがつくられ,「林檎」という名前で販売されている。大人向けの辛口シードルである(販売元:エミプラスラボ合同会社)。
次に,(株)セコマグループの大型貯蔵庫に触媒を入れて野菜の保存試験を行った。貯蔵庫内の空調の送風口に,触媒の入ったプラスチックケースを装着して,野菜から発生したエチレンを酸化できるようにした。貯蔵庫内の温度は約2°Cで,数日から2か月間保管して効果を調べた。その結果,触媒を入れると野菜の歩留まりが3~28%向上することが分かった(表1)。この保管庫では触媒の導入以来,4年にわたり同じような歩留まりの向上が観測されたので,触媒の耐久性も示された。この野菜加工場では年間約2000トンの野菜を扱うので,平均の歩留まりが5%改善すると年間約100トンの野菜が廃棄されずに済むことになる。このことは,プラチナ触媒技術がフードロスの削減に大きく貢献できることを示している。
| 野菜 | 歩留まり向上(%) |
|---|---|
| キュウリ | 3–14 |
| ハクサイ | 4 |
| キャベツ | 5–28 |
| コマツナ | 10 |
Pt/シリカ触媒はバナナの保存にも有効である。バナナの貯蔵では出荷時期に合わせてエチレンによる追熟が行われるが,追熟後にエチレンを速やかに除去する必要があり,この処理段階でも触媒は有効に働く。セコマグループのバナナ貯蔵庫に触媒を導入することにより,これまでより庫内温度を3°C上げても同様な保存効果が得られ,電気代の節約につながっているとのことである。
我々の研究成果をもとに,フードロス問題の解決と歩留まり向上をめざし,2020年9月に“フードロス削減コンソーシアム”を設立した13)。ここでは,触媒などの保存技術に関する情報提供による会員のフードロス削減活動への支援,鮮度保持技術の普及を目的としたフォーラム開催等による情報発信などの活動を行っている。
日本のフードロスは2021年度において年間523万トンであり,その47%が家庭から出ている。我々の推計では,4~6割が野菜・果物に由来する。よって,青果物の鮮度保持ができればフードロスの削減効果は大きなものになる。また,フードロス削減は温暖化対策にもなる。これは,廃棄された食品が主に埋立地造成に使われ,食品からCO2が出る以外に発酵によりメタンが生成するためである(メタンの温暖化係数はCO2の28倍)。フードロス削減は温室効果ガス削減につながる。
Pt/メソポーラスシリカに特徴的な反応を探すというアプローチで研究を進めてきたが,低温エチレン酸化に高活性を示すということから,青果物鮮度保持のための実用触媒として使われることになった。触媒は農業や食品分野とは縁が薄いと思っていたので,この展開は予想しなかったものである。現在,触媒の高性能化と果物の保存長期化をめざして,研究を進めている。
1) 福岡 淳,触媒技術の動向と展望2022, pp. 210–219, 触媒学会(2022).
2) 福岡 淳,化学,79, 14 (2024).
3) L. Rao, A. Fukuoka, N. Kosugi, H. Kuroda, M. Ichikawa, J. Phys. Chem., 94, 5317 (1990).
4) A. Fukuoka, J. Kimura, T. Oshio, Y. Sakamoto, M. Ichikawa, J. Am. Chem. Soc., 129, 10120 (2007).
5) M. Haruta, N. Yamada, T. Kobayashi, S. Iijima, J. Catal., 115, 301 (1989).
6) S. Huang, K. Hara, A. Fukuoka, Energy Environ. Sci., 2, 1060 (2009).
7) 鎌田慶吾,触媒総合事典,pp. 320–321, 触媒学会(2023).
8) N. Keller, M. Ducamp, D. Robert, V. Keller, Chem. Rev., 113, 5029 (2013).
9) C. Jiang, K. Hara, A. Fukuoka, Angew. Chem. Int. Ed., 52, 6265 (2013).
10) R. Miyazaki, N. Nakatani, S. V. Levchenko, T. Yokoya, N. Nakajima, K. Hara, A. Fukuoka, J. Hasegawa, J. Phys. Chem. C, 123, 12706 (2019).
11) S. Satter, T. Yokoya, J. Hirayama, K. Nakajima, A. Fukuoka, ACS Sustainable Chem. Eng., 6, 11480 (2018).
12) A. Fukuoka, Bull. Chem. Soc. Jpn., 96, 1071 (2023).
13) https://www.mcip.hokudai.ac.jp/about/society_regional_region_emergence/foodloss/
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