日本ゼオライト学会 刊行物 Publication of Japan Zeolite Association

ISSN: 0918–7774
一般社団法人日本ゼオライト学会 Japan Zeolite Association
〒162-0801 東京都新宿区山吹町358-5 アカデミーセンター Japan Zeolite Association Academy Center, 358-5 Yamabuki-cho, Shinju-ku, Tokyo 162-0801, Japan
Zeolite 41(4): 123-129 (2024)
doi:10.20731/zeoraito.41.4.123

特別企画特別企画

ライフサイクル思考からみたゼオライト系蓄熱システムの材料選択の検討Material Selection for Zeolite for Thermal Energy Storage System from Life Cycle Thinking

1東京大学未来ビジョン研究センターInstitute for Future Initiatives, The University of Tokyo ◇ 〒113–8654 東京都文京区本郷7–3–1

2東京大学工学系研究科化学システム工学専攻Department of Chemical System Engineering, The University of Tokyo ◇ 〒113–8656 東京都文京区本郷7–3–1

受理日:2024年8月20日Accepted: August 20, 2024
発行日:2024年10月15日Published: October 15, 2024
HTMLPDFEPUB3

ゼオライトの水蒸気吸脱着サイクルを用いた蓄熱輸送システムを事例に,本稿では新興技術を先制的にライフサイクル思考で評価,設計するnm–kmのシームレスな接続の手法を紹介する。研究全体を大きく①nm–mmレベル,②mm–mレベル,③m–kmレベルに大別し,それぞれ①ゼオライトの平衡吸着量,速度論,水熱劣化,伝熱等のデータを取得し,②小規模実証試験設備での実証試験により①の情報を反映させた数値解析モデルの妥当性を確認し,その妥当性を確認したモデルで商用スケールの性能を予測,各種設計,運転変数を最適化したデータを生成,③生成されたデータをライフサイクルアセスメント(LCA)のフォアグラウンドデータとして,バックグランドデータと合わせてLCAを実施,ゼオライトの種類が変わると温室効果ガス排出量の傾向が変わること,ゼオライトの変更と装置の設計変更は同程度のインパクトであることを示し,スケールの異なる研究者が同じデータを基に議論できるメリットを示した。

Example of prospective life cycle assessment and design of emerging technologies by seamless analysis from nm to km was introduced with a case study of a mobile thermal energy storage system employing zeolite water vapor adsorption/desorption cycle. The research activities were roughly categorized into (1) nm–mm level,(2) mm–m level, and (3) m–km level. For each level,(1) equilibrium, kinetics, hydrothermal stability, heat transfer, etc. of zeolite were obtained, respectively; (2) validation of the numerical analysis reflecting the information in (1) through small scale demonstration tests was performed, and the validated model was used to predict commercial-scale performance, and various design and operating parameters were optimized to generate inventory data, and (3) lifecycle assessment (LCA) was conducted using the generated inventory data as foreground data for LCA, together with background data. The results show that a change in zeolite type changes the greenhouse gas emissions structure of the system, and that a change in zeolite and a change in equipment design have the same level of impact, demonstrating the merit of allowing researchers at different scales to discuss based on the same lifecycle assessment data.

キーワード:蓄熱輸送;温室効果ガス;資源循環;移動床;ライフサイクルアセスメント

Key words: mobile thermal energy storage; greenhouse gas; resource circulation; moving bed; lifecycle assessment

1. 緒言

持続可能な社会の実現に向けて,新興技術の早期導入が望まれる。新興技術の導入戦略の立案には対象となる技術のシステム全体での環境・経済・社会的特性を評価したうえで,他技術と比較検討されるべきである1)。しかし多くの新興技術は原理検証から徐々にスケールアップの実証に移り,商用スケールレベルにおける実証においてデータを取得した段階で他技術と比較検討されることがあり,持続可能な社会の実現に向けて決して十分な時間が残されていない状態の現代においては,技術の評価と設計へのフィードバックを加速させる必要がある。ところが,リアクタースケールなどの小規模なスケールでの研究の段階で,実験結果を用いてライフサイクルアセスメント(LCA)などのシステム評価を実施すると誤った意思決定を導く可能性がある。図1に本稿で記載するゼオライトを用いた蓄熱輸送システムにおいて,同じ境界条件の下でリアクタースケール,ベンチスケール,商用スケールの実験・シミュレーションデータを用いてライフサイクルでの温室効果ガス排出量(LC-GHG排出量)を評価した事例を示す。リアクタースケールやベンチスケールにおいては,装置の放熱分が発生熱量に対して大きいので,蓄熱した熱量に対して放熱した熱量の比率(これを熱回収率と定義した)はそれぞれ実験値で36%, 50%と低く,相対的なLC-GHG排出量は0を上回っている。これは,既存プロセスであるボイラを用いた熱供給システムと比較して蓄熱輸送システムを導入するとGHG排出量が増える,ということを意味している。一方,商用スケールにおいては後述する実証試験で妥当性を確認した数値解析モデルを用いて性能を予測しており,熱回収率80%という結果を得られている。この場合,LC-GHG排出量は負の値となっており,既存プロセスに対してGHG排出量を削減できる結果となっている。

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図1. スケール違いにおける蓄熱輸送の熱回収率と相対的なライフサイクル温室効果ガス排出量(LC-GHG).

この事例のように,新興技術の先制的な評価,他技術との比較するうえで,スケールを合わせて評価することが重要である。そこで不確実性を許容したうえで“いま”商用スケールの性能を予測し,先制的にシステムレベルで評価し,技術開発へフィードバックすることで技術の実用化および社会実装を迅速化させる「先制的ライフサイクル設計評価手法」を提案しており,ゼオライトの水蒸気吸脱着サイクルを用いた蓄熱輸送システムを事例に,材料レベルの情報(nm–mmレベル)から装置レベル(mm–mレベル)を介して,システムレベル(m–kmレベル)を一貫して接続することによる評価と設計へのフィードバックの実証を継続している。

蓄熱輸送システムは未利用熱と熱需要の時空間的なギャップを解消する技術の1つである。図2に蓄熱輸送システムの構成装置である出熱装置ゼオライトボイラ,蓄熱装置ヒートチャージャーを示す。ゼオライトを用いた出熱装置ゼオライトボイラ2)には,移動床間接熱交換方式を採用している。蓄熱済みのゼオライトを上部から投入し,既設ボイラからの蒸気を大気圧まで減圧し,出熱装置内に噴射,ゼオライトから吸着熱を発生させる。出熱装置内には熱交換器が設置されており,下部から給水する。発生した吸着熱は熱交換器を介して給水に伝熱され,加圧蒸気を連続生成する。これにより噴射した蒸気よりも多い流量の蒸気を送出することで既設ボイラの燃料を削減可能である。排出された出熱済みゼオライトは未利用熱発生地まで輸送され,蓄熱装置に投入される。蓄熱装置ヒートチャージャー3)では未利用熱との熱交換で昇温された周辺空気をゼオライトの移動床に対向流で直接接触させることで吸着している水分を脱離させる。蓄熱したゼオライトは再び,熱需要地まで輸送される。以上のサイクルを繰り返すことで蓄熱輸送システムを構築する。

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図2. ゼオライトを用いた蓄熱輸送システムの構成要素.

本稿では上記の蓄熱輸送システムにおけるゼオライトの材料選択を事例とし,材料特性を装置設計へ反映,ライフサイクルアセスメント(LCA)を実施したうえで,材料選択や装置改良に必要なフィードバック情報を取得する流れを紹介する。

2. nm–kmのシームレスな接続による蓄熱輸送技術の先制的評価と設計へのフィードバック

2.1 nm-mmレベル:材料情報の取得

複数の市販ゼオライト(13X, LSX, 4A)を用いて,蓄熱・出熱装置の設計に必要なゼオライト–水蒸気吸着の平衡,速度論,伝熱(伝熱は13Xのみ),水熱劣化等のデータを数g–数十g充填した充填層試験装置2)を用いて取得した。まず平衡,速度論のデータについては可能な限り等温条件で取得する必要があるため,図3に示すような希釈充填層試験装置を構築した。ステンレスチューブ内にゼオライト4.92 g,アルミナボールを59.5 gランダムに充填した。吸着器の上部から加湿空気を流通させることで,ゼオライトは発熱するが,発熱しないアルミナボールの熱容量で充填層全体の発生熱量を希釈できるため,温度上昇を抑え,ほぼ等温状態で平衡および速度論データを取得することが可能である。よって試験結果の解析のために構築した数値解析においてはエネルギー保存式を無視し,質量保存式,化学種(蒸気)保存式のみの連成で解析可能である。また,この試験装置を用いて,水熱劣化による脱アルミに伴う結晶構造破壊による平衡吸着量の低下についても測定した。後述するゼオライトボイラ内の最も過酷な環境(200°C以上,100 kPa程度の蒸気分圧)を再現し,蒸気曝露時間を変数として平衡吸着量の変化を取得した。その結果,13Xは50時間の蒸気曝露で初期の最大吸着量に対して39%まで最大吸着量が低減,LSXでは15時間の蒸気曝露で初期の最大吸着量に対して54%まで最大吸着量が低減することを確認したが,4Aに関しては劣化が観測されなかった。水熱劣化により吸着量および発生する吸着熱が低下するため,蓄熱密度が低下する。この蓄熱密度の低下は後述する装置設計におけるゼオライト流量に影響を及ぼす。伝熱モデルの決定については図4に示すような充填層試験装置4)を構築した。二重管吸着器の内部にゼオライト21.9 gを充填高さ12.5 mmで充填し,その中心部に周方向に10点熱電対を設置した。ゼオライト充填層の上下には熱伝導率の低いポリアミド球を充填し,断熱性を確保した。ガスの入口である上部には静定区間としてアルミナボールを充填し,ガスをプラグフローとして流通させた。また,二重管の外管に約60°Cの水を循環させ,外壁温度一定の条件を設定した。次に40°Cの絶乾空気を流通させることで,吸着を発生させずに伝熱性能のみを切り出して温度分布を計測した。解析においては気固二相伝熱モデル5)を構築し,そのモデルの妥当性を確認した。このモデルに用いる壁面熱伝達率,充填層流体流れ方向の有効熱伝導,周方向の有効熱伝導はゼオライト充填層の有効熱伝導率とゼオライト粒子の比熱,半径等から計算することが可能なため,ゼオライトの種類が変更になったとしてもこれらの熱物性値のみを取得すれば伝熱性能を予測することができる。以上にて吸着現象と伝熱現象を切り分けて取得した。吸着と伝熱を組み合わせた現象の妥当性を確認するために,充填層伝熱試験装置に70°Cの加湿空気を流通させ,循環水を同じ70°Cに設定,充填層内部で発熱させることで,質量保存,化学種保存,エネルギー保存式を連成した数値解析の妥当性を確認した。

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図3. 希釈充填層試験装置.

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図4. 充填層伝熱試験装置.

なお,本稿には詳述しないが,材料特性として水銀圧入法や窒素ガス吸着法による細孔径分布の測定,XRDによる劣化前後の結晶構造の変化,熱線法による有効熱伝導率の測定,断熱法による比熱容量測定等,材料に関する試験を複数実施している。

2.2 mm–mレベル:小規模実証試験と数値解析による商用スケールの設計

ゼオライト流量数十kg/hクラスの小規模蓄熱・出熱装置の実証試験を実施した。ゼオライトボイラ,ヒートチャージャーともに,図5に示すような小規模なゼオライト流量15 kg/h(商用スケールでは1 t/hクラス)での試験を計画し,コンテナレベルの実証試験設備を設計,ゼオライトボイラにおける加圧蒸気の連続生成試験,ヒートチャージャーにおける連続蓄熱試験を実施した。図6にゼオライトボイラ試験の結果の一例を示す。ゼオライトと蒸気が投入される最上部で吸着熱により温度が200°C以上に到達,その後給水との伝熱により温度が徐々に低下し,最下部より100°C程度で排出されている。また,図6にnm–mmレベルで取得した平衡,速度論,伝熱データを組み込んだ,質量保存式,化学種保存式(蒸気),運動量保存式,エネルギー保存式を連成した数値解析モデルによる温度分布の結果を併せて示す。図6より,内部の傾向を概ね模擬できており,システムレベルにおける先制的なライフサイクル設計評価に耐えうる精度であると判断した。

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図5. 小規模実証試験設備.

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図6. ゼオライトボイラの実験結果と数値解析結果.

この数値解析モデルを用いて,各種ゼオライトの劣化前,劣化後のデータを採用し,商用スケール(今回は0.2 MPa/120°Cの乾き度が1の乾き飽和蒸気を280 kg/h送出する条件とした)の性能を予測した。図7(a)に商用スケールでの計算結果の一例を示す。ゼオライトボイラ,ヒートチャージャーともに,胴径,高さなどの設計変数,投入時吸着量,噴射蒸気流量,導入ガス流量といった運転変数があり,これらの変数をゼオライトボイラにおいては既設ボイラの燃料削減最大化,ヒートチャージャーにおいては送風動力の最小化をそれぞれ目的関数に最適設計を施した。ゼオライトボイラにおけるゼオライト流量と燃料削減量の結果を表1に示す。まず,13XとLSXについては水熱劣化により吸着量が減少し,併せて蓄熱密度が低下しているため,同じ蒸気出力を維持するためにゼオライト流量が増大している。また,LSXを用いたゼオライトボイラは水熱劣化後であっても4Aよりも燃料削減効果が高いことがわかった。なお,水熱劣化後の13Xは4Aを用いた場合の燃料削減効果を下回ったため,システムレベルでの検討から除外し,LSXおよび4Aについてm–kmレベルのシステム評価で検討する材料とした。

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図7. 数値解析結果.

表1. 種ゼオライトを用いたゼオライトボイラの性能
ゼオライト13X劣化前13X劣化後LSX劣化前LSX劣化後4A
ゼオライト流量kg/h1150372077015201300
燃料削減量L/h6.853.427.406.575.60

2.3 m–kmレベル:システム評価とフィードバック

mm–mレベルで設計した商用スケールのサイズ,運転補助動力などを用いて,ゼオライトボイラ,ヒートチャージャーそれぞれでLCAに必要なインベントリデータを生成した。この生成したインベントリデータと,その他のバックグランドデータ(IDEA v2.36))を用いた,ゼオライトLSX,4Aを採用した場合の相対的な蓄熱輸送システムのLC-GHG排出量を図8に示す。なお,機能単位は現在ボイラが供給している年間の熱量とし,装置の製造,運転,廃棄の負荷を考慮した。同じ蓄熱輸送システムの中でも,使用するゼオライトが変わると装置の性能や運搬回数,ゼオライト使用量が変わるので,ライフサイクルでのGHG排出量の結果も大きく変わってくる。表1に示すように,LSXの劣化後は劣化前と比較してゼオライト流量を2倍にして蒸気出力を維持するので,ゼオライトの製造負荷,蓄熱側での温風導入に伴うブロワの動力損,輸送のための燃料等がそれぞれ増加する。また,燃料削減量も劣化後では劣化前と比較して11%減少しているため,トータルでのGHG排出量の削減効果は51%減少することとなった。また,劣化後のLSXと4Aを用いた場合を比較すると,ゼオライト流量はほぼ同量であり,製造負荷,蓄熱側での動力損,輸送に伴うGHG排出量は4Aの方がわずかに大きい結果であり,また燃料削減効果は4Aの方が少ないので,トータルでのGHG排出量削減効果は4Aの方が54%少ない結果となった。

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図8. 各ゼオライト種,設計による相対的なLC-GHG排出量の違い.

2.4 設計変更の影響

以上が材料を変更した場合のLC-GHGへの影響だが,ここで4Aに関してmm–mレベルでの設計変更を検討した。図7(a)に示すようにゼオライトは最下部から70°C程度で排出されており,この排出顕熱損失を図7(b)に示すように二段目の熱交換器で回収し,既設ボイラの給水予熱に回すプロセスを検討した。図8にその場合のライフサイクルGHG排出量の結果も併せて示す。追加の熱交換器の製造負荷等,設計変更に伴う環境負荷はわずかながら増大するが,燃料削減効果が増大するため,材料を4AからLSXに変更した場合とほぼ同じインパクトがあることがわかる。

3. まとめ

以上の事例において,ゼオライトの材料選択,装置の設計変更がいずれもLC-GHG排出量に影響を与えることを示した。このように開発中の新興技術のライフサイクルでの環境影響を先制的に評価することで,違うスケールを専門とする研究者間で同じデータを見ながら,材料開発の方向性や装置の改善方法などを議論し,技術開発にフィードバックすることが可能である。技術の種類によっては,材料開発での改善は見込めず,設計変更で対応した方が実用化が早い,またはその逆,というケースもありえるが,いずれにしても新興技術を先制的なライフサイクル思考で評価することで,社会への導入をこれまでよりも促進できる可能性がある。

なお,本稿で紹介したnm–kmのシームレスな接続の方法論は,すべての研究者が実施することは想定していない。現在,ゼオライトや他の事例にも適用可能なデータ共有の方法論を構築すべく,2022年10月~JSTさきがけ「地球環境と調和しうる物質変換の基盤科学の創成」領域にて「nm~kmのシームレスな接続による先制的ライフサイクル設計評価手法の開発」を実施しており,本ゼオライト学会のみならず国内外の扱うスケールの異なる学会,有識者会議等で議論を継続している。

謝辞Acknowledgments

本稿で紹介した研究はJSTさきがけ(JPMJPR2278),JST共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT:JPMJPF2003),JSPS科研費若手研究(22K18061),環境省・(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20213R01, JPMEERF20243G01)の成果を含んでいる。

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