日本ゼオライト学会 刊行物 Publication of Japan Zeolite Association

ISSN: 0918–7774
一般社団法人日本ゼオライト学会 Japan Zeolite Association
〒162-0801 東京都新宿区山吹町358-5 アカデミーセンター Japan Zeolite Association Academy Center, 358-5 Yamabuki-cho, Shinju-ku, Tokyo 162-0801, Japan
Zeolite 41(3): 99-108 (2024)
doi:10.20731/zeoraito.41.3.99

解説解説

MOFを用いた高分子の構造認識および分離技術MOFs for Polymer Recognition and Separation Technology

東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻Department of Applied Chemisty, Graduate School of Engineering, The University of Tokyo ◇ 〒113–8656 東京都文京区本郷7–3–1

受理日:2024年4月14日Accepted: April 14, 2024
発行日:2024年7月15日Published: July 15, 2024
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分子の構造の違いを識別し分離する技術は,材料・エネルギー・医療を含むあらゆる面において我々の生活を支えている。しかし,従来の分離技術のほとんどは低分子化合物に特化しており,巨大な高分子化合物に存在する小さな構造の違いを識別して分離することは困難であった。我々は有機物と金属イオンからなる金属–有機構造体(Metal–Organic Framework: MOF)を用い,高分子化合物の構造を精密に認識し分離する技術を開発した。MOFが有するナノサイズの細孔内へ高分子が浸入し吸着される現象を利用することで,末端官能基や鎖形状(トポロジー),モノマー配列,高次構造といった様々な高分子構造の違いが認識できる。さらに本認識原理を液体クロマトグラフィーへと応用することで,より簡便かつ正確に高分子を分離することも可能になった。本解説では,MOFによる高分子認識の原理と最近の成果,および将来展望について概説する。

Molecular separation technologies support our daily lives in all aspects, including materials, energy, and medicine. However, most of the conventional separation technologies are specialized for low-molecular-weight compounds, making it challenging to discern and separate minute structural differences within large polymeric compounds. To address this limitation, we have developed a novel separation technique utilizing nanoporous coordination materials known as metal–organic frameworks (MOFs). This approach enables the precise identification and separation of polymers. By leveraging the adsorption process of polymers into the nano-sized pores of MOFs, we can distinguish various structural differences such as terminal groups, chain topologies, monomer sequences, and higher-order structures. Moreover, integrating this recognition principle into liquid chromatography facilitates easier and more accurate polymer separation. In this review, the principles, recent achievements, and future prospects of polymer recognition by MOFs will be presented.

キーワード:高分子;金属–有機構造体(MOF);多孔性配位高分子(PCP);分離;クロマトグラフィー

Key words: polymer; Metal–Organic Framework (MOF); Porous Coordination Polymer (PCP); separation; chromatography

1. はじめに

現在の高分子化学は1920年のStaudingerによる鎖状分子説の発表に端を発すると言われている1,2)。2020年には誕生から100年を迎え,その間に高分子合成法や構造制御法に数々の目覚ましい発見があり,大きく発展してきた。結果,高分子化合物は材料としてだけでなく,食品や医薬品等の原料としても我々の生活に欠かせない物質となっている。無論,合成の上では目的の構造をもった高分子を純度よく得ることが理想となるが,一般に高分子生成反応では構造が類似した副生成物が生じてしまうため,構造の整った高分子を高純度に得るためには合成後の分離精製が不可欠となる。しかしこの100年間,合成技術の発展に比べて高分子分離技術の進歩は極めて限定的であった。現在主流の高分子分離法は,分子サイズの違いや極性の違い,溶解度の違いといった高分子全体の性質の違いを利用したものに限られており,巨大な高分子化合物の構造を分子レベルで識別し分離することは原理的に困難であった。結果的に多くの高分子化合物は,分子量だけでなく部分官能基,モノマー配列,分子形状(トポロジー),末端基構造や立体規則性等,その構造的特長の多くが完全に制御されない状態で,混合物として用いられるのが常識となっている。

一般に高分子化合物には低分子化合物の分離精製に用いられる蒸留,昇華,再結晶といった方法が適用できない。さらには,低分子化合物の分離では既に多くの成功を収めているホスト–ゲスト系による分子認識法も,高分子を前にしては有効な方法が見出されていなかった。これは高分子がもつ巨大な分子サイズと鎖状構造による絡み合いや分子形態(コンフォメーション)の多様性に起因している。しかし一方で,生体系は実にエレガントな方法で本問題を解決している。例えばタンパク質の生合成では,リボソーム内のナノサイズのチャネルにmRNAが捕捉され,そこで塩基(モノマー)配列として刻まれた遺伝情報が精密に認識される。紐のように絡まり合う高分子鎖を解いて一本鎖としてナノチャネルに捕捉することで,単分子レベルの違いさえも検出する卓越した認識精度を実現させている。すなわち我々がここで学ぶことのできるエッセンスは,巨大な高分子鎖であっても一本鎖としてナノサイズの細孔へ捕捉すれば,精緻な構造認識,ひいては精密な分離も可能であるということである。筆者らはこの命題に対して金属–有機構造体(Metal–Organic Framework: MOF)または多孔性配位高分子(Porous Coordination Polymer: PCP)と呼ばれる人工の多孔性結晶を用いた研究を展開している3,4)

MOFは有機配位子と金属イオンの自己集合によって形成される多孔性の結晶性化合物であり,選択する金属や配位子の構造を調整することで細孔サイズやチャネル構造,細孔内環境といった様々な特徴を設計できるという点でユニークな物質群である。その極めて自由な構造設計性から,既に10万種に近いMOFが合成・報告されており5,6),ガス分離や貯蔵剤,不均一系触媒,センサー,プロトン伝導体,DDSキャリアといった様々な応用研究が行われている。最近筆者らは,MOFのナノ細孔が高分子の認識場として極めて高いポテンシャルをもつことを発見した。本解説では,筆者らが進めているMOFを用いた新しい高分子構造認識および分離技術の開発について,その原理的背景と最近の成果を紹介し,将来の展望について述べる。

2. MOFへの高分子の導入

2.1 ナノ細孔への高分子の導入

高分子をナノサイズの細孔に導入するにはどのような方法があるだろうか。高分子は前述のとおり長い鎖状の構造をしており,常にもつれて絡まりあったコンフォメーションをとることで形態エントロピーを最大化させている。したがって高分子鎖が引き伸ばされ,一本鎖が入る程度の径しかないナノ細孔へ自ら浸入(浸透)することは難しいと考えられる。しかし,このような現象も条件さえ整えば実際に生じることが明らかとなっている。例えば,高分子の尿素結晶7)やシクロデキストリン(CD)8,9)への包接はよく知られている。これらの例は分子性ホストがゲスト高分子を包接して結晶化するものであるため,狭義にはここで取り上げる多孔性結晶への浸入とは異なるものの,重要な先駆的研究である。2010年に植村らはMOFの一次元ナノ細孔内へポリエチレングリコール(PEG)が浸入することを報告している10)。溶融状態のPEGをMOFの結晶と接触させることで,PEG鎖はサブナノメートルサイズのMOF細孔へと末端から滑り込むように浸入し,包接される(図1)。この報告では無溶媒条件下でPEG融液を直接MOFへ浸透させている。後の検討から,この現象には損失するエントロピーを補うだけのエンタルピーの利得が存在し,結果的に系は自発的な発熱過程をたどることが示されている4)。すなわち本過程を進行させるためにはエンタルピーをいかに獲得するかが重要であり,それはMOFと高分子の相互作用に起因する。なお,本系における具体的な相互作用は主にPEGとMOFの間のファン・デル・ワールス力と静電相互作用によるものと考えられている11)。構造設計性に富んだMOFを利用すれば,狙った高分子に対して相互作用の種類を選択し調整することができるだけでなく,細孔のサイズや細孔内の官能基配列といった構造的特徴も利用できる。したがってMOFは高分子認識のための格好の場を与えると考えられる。

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図1. MOFのナノ細孔への高分子導入.

(a)MOFへの高分子浸入プロセスの模式図.高分子鎖は末端からMOFの細孔へ順次浸入する.(b)分子動力学シミュレーションによって示されたMOF([Zn2(bdc)2(ted)]n)内のPEGの構造.PEG鎖は引き伸ばされた状態でMOFの一次元状細孔内に導入される.Reproduced from ref. 10 with permission from Springer Nature.

2.2 溶液からのナノ細孔への高分子吸着

溶液から固体表面への高分子吸着は古くから様々な吸着剤について研究が行われてきたが,その多くは金属の開放表面やメソ〜マクロポーラス材料が対象であった。一方で,1 nm以下のサブナノサイズの細孔へ高分子が吸着する現象については報告が極めて少なく,先駆的論文は1996年のButtersackらによるFAUおよびMFIゼオライトへのPEGの吸着である12)。興味深いことに,この論文の末尾では細孔による高分子の認識についても触れられており,先見の明を感じさせる。しかし,当時は観測された吸着がゼオライト表面であるか細孔内であるかを正確に知ることができず,可能性の言及にとどまっていた。

筆者らは2021年にMOFのサブナノ細孔へ溶液中からPEGが浸入し吸着されることを発見した13)。Pillared-Layer型の一次元細孔を有する[Zn2(bdc)2(ted)]n(bdc=1,4-benzenedicarboxylate, ted=triethylenediamine)(細孔径0.75 nm)および[Zn2(ndc)2(ted)]n(ndc=1,4-naphthalenedicarboxylate)(細孔径0.54 nm)に対して分子量2000のPEGの吸着実験を行ったところ,エタノールを溶媒に用いた場合にそれぞれ約0.5,0.3 g/gもの顕著な吸着を示すことを見出した(図2)。固体二次元NMR測定等を用いた種々の解析から実際にPEGがMOF細孔内へ吸着されていることが明らかになっている。これらのPEG吸着量はそれぞれのMOFの最大吸着容量に匹敵しており,このことからPEG鎖はMOF細孔内にあらかじめ存在する溶媒分子を完全に押し出して浸入していることがわかる。これに関連して,吸着量は溶媒の種類に大きく依存することも明らかとなった。前述の溶融PEGの直接導入とは異なり,溶液からのMOFへの高分子吸着では高分子の溶媒和やMOF内の溶媒分子の存在を考慮にいれる必要がある。すなわち,高分子–溶媒分子,高分子–MOF,MOF–溶媒分子の相互作用が同時に働き,現象はより複雑になる。[Zn2(ndc)2(ted)]nへのPEG吸着を例に取れば,アルコール系溶媒で吸着が強く,N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)やクロロホルム等の溶媒では吸着が弱くなる13)。これらのことから,直感的には高分子の溶解度が比較的高い溶媒を用いた場合や,溶媒分子とMOFの相互作用が強い場合に高分子吸着が生じにくいと理解することができる。ここで特筆すべきことは,これらの複数の相互作用のバランスが溶液中の吸着平衡を決定しているということである。すなわち,僅かな相互作用の違いが大きな平衡の違いへと増幅される可能性がある。これを利用したのが後述のMOFカラムクロマトグラフィーによる高分子の分離技術である。

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図2. 溶液からのMOFへのPEG吸着.

(a)[Zn2(bdc)2(ted)]nおよび(b)[Zn2(ndc)2(ted)]nの結晶構造.それぞれは同じ骨格構造を有するが細孔のサイズが異なる.(c)[Zn2(bdc)2(ted)]nおよび(d)[Zn2(ndc)2(ted)]nに対するPEG(分子量2000 g/mol)の吸着等温線(40°C).吸着挙動は顕著な溶媒依存性を示す.Reproduced from ref. 13 with permission from the Royal Society of Chemistry.

MOF細孔への吸着平衡定数は高分子の分子量(長さ)に比例して大きくなることがわかっている13)。これは一分子あたりのMOF細孔壁との相互作用面積が増加するためであると理解できる。同じ理由により,細孔サイズが小さい [Zn2(ndc)2(ted)]nの方が一回り大きい細孔をもつ[Zn2(bdc)2(ted)]nよりも強い吸着を示す。MOFの化学構造や細孔サイズの他に,MOFへの高分子吸着を決めるもう一つ重要な因子として吸着速度(細孔内拡散速度)がある。吸着速度は分子量が大きいものほど,あるいはMOFの細孔径が小さいほど遅くなる(図3)。結果として吸着は高分子の構造およびMOFの細孔構造に大きく依存し,ひいては高分子の精密な分離を可能にする重要な因子となる。

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図3. MOFへのPEGの吸着速度.

(a)[Zn2(bdc)2(ted)]nおよび(b)[Zn2(ndc)2(ted)]nへのPEG(分子量2000 g/molおよび20000 g/mol)の吸着量の時間変化.より小さい細孔または分子量の大きいPEGに対して吸着速度が遅くなる.高い温度では拡散が速くなり吸着速度も増加する.Reproduced from ref. 13 with permission from the Royal Society of Chemistry.

3. MOFカラムクロマトグラフィー

上述の溶液系におけるMOF細孔と高分子の間の吸着平衡の発見は,MOFを固定相としたカラムクロマトグラフィーによる高分子分離技術へと発展した。MOF([Zn2(ndc)2(ted)]n)の粉末(粒径3〜10 µm)をステンレスカラムへ充填し,高速液体クロマトグラフを用いて同カラムでPEGを分析したところ,有意な保持時間が観測された(図4)。MOFカラム上での保持の強さ(保持時間の長さ)はMOFへの吸着の強さに対応しており,PEGの分子量が大きくなるにつれ強くなることが示されている(図413,14)。カラムを流通する際,移動相のPEGはMOF固定相との界面で吸着/脱着を繰り返し,その吸着平衡の偏りによって保持時間が決定する。結果,MOF細孔へ入りやすいもの,および細孔壁と相互作用の強いものの保持時間が長くなる。もちろん,ここには前述の溶媒(溶離液)の種類や,温度の効果も大きく関与している。[Zn2(ndc)2(ted)]nを固定相としたPEGの分離では,吸着が比較的弱くなるDMFを溶離液として用いることで適度な保持の強さを実現できる。また,温度を上げると平衡は脱着側へ傾き,保持時間が短くなる傾向を示す13)

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図4. MOFカラムクロマトグラフィーによるPEGの分析.

(a)MOF([Zn2(ndc)2(ted)]n)を充填したカラムの外観(内径4 mm,長さ150 mm).(b) 30°C, (c) 60°CにおいてMOFカラムで分析したPEG(分子量200〜2000 g/mol)のクロマトグラム.温度を下げると保持が強くなる傾向を示す.(d)移動相の高分子とMOF固定相との相互作用プロセスの模式図.カラム内を移動する間に高分子鎖はMOF固定相との間で吸脱着を繰り返し,相互作用の強いものの溶出時間が遅くなる.Reproduced from ref. 13 with permission from the Royal Society of Chemistry.

MOFを固定相としたクロマトグラフィーはこれまでにも多くの報告があるが,全て低分子化合物を対象としており,既存のクロマトグラフィー技術の範囲を超える成果は得られていなかった。僅かな相互作用の違いも大きな保持時間の差として取り出すことができるクロマトグラフィーのメリットと,MOF固定相の高い構造設計性の強みは,筆者らが見出した高分子吸着の原理で大きく活かすことができると考えている14)。結果,これまで困難とされてきたいくつかの高分子の分離が遥かに正確かつ容易に実現できるようになった。次に,実際にMOFおよびMOFカラムクロマトグラフィーを利用した高分子の構造認識と分離の例について紹介する。

4. 高分子の構造認識と分離

4.1 末端基構造の認識

末端に官能基を有する高分子は,エラストマーなどの機能性素材から医薬品原料に至る広い分野で重要な化合物である。しかし,末端官能基の修飾は一般に反応率が低く,合成過程で未修飾の原料が不純物として混入してしまうため,これを除去する必要がある。高分子の末端は一本の高分子鎖に二個しか存在せず,鎖長が長くなるほどその化学的・物理的影響も小さくなるため,既存の技術では末端基に存在する僅かな構造の違いを見極めて分離することは原理的に困難となる。この問題に対し,2018年にLe Ouayらは前述の無溶媒条件におけるMOFへの直接導入法により高分子の末端官能基が識別できることを示した15)。嵩高いトリチル基を末端に有するPEGは細孔径0.57 nmの[Zn2(ndc)2(ted)]nへ浸入できないのに対し,水酸基末端のPEGは容易に浸入し吸着される。結果として,両PEGを分離することが可能になる。

2020年に筆者らは,このMOFへの高分子浸入速度が末端官能基の僅かな構造の差異にも大きく依存することを見出した(図516)。PEG鎖はMOFの表面から細孔内へ浸入する際,必ず末端から浸入する。したがって,その時の入りやすさが細孔内への拡散の律速となり,結果として大きな浸入速度の差に繋がると考えている。続いて筆者らはその効果をMOFカラムクロマトグラフィーによって大きく増幅させることに成功し,これがMOFカラムによる高分子分離技術の最初の例となった16)。[Zn2(ndc)2(ted)]nの粉末を固定相として充填したカラムを用いて種々の末端官能基を有するPEG(分子量2000)を分析したところ,末端官能基の種類に応じて異なる保持時間が観測され,それらがクロマトグラフィーで識別・分離可能であることが示された(図5)。MOFの細孔径よりも大きなトリチル基(PEG-Tr)やピレン(PEG-Py)を末端にもつPEGは同カラムに保持を示さない一方で,水酸基(PEG-H)やメトキシ基(PEG-Me)のような細孔径よりも小さな末端をもつPEGは有意なカラム保持時間を示す。興味深いことに,末端官能基の置換位置のみが異なる二種のナフタレン置換PEG (PEG-1NphとPEG-2Nph)についても明確な保持の差が見られた。両者は全く同一の分子量(すなわち分子サイズ)を有するため,例えば分子を流体力学的サイズの差で分離するサイズ排除クロマトグラフィー用カラムでは分離することができない。しかし,MOF細孔への入りやすさという点で両者は厳密に区別され,結果としてMOFカラム上では保持時間に大きな差が現れる。なお,両者の混合物からの分離も同様に可能であることが示されている16)

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図5. MOFによる末端修飾PEGの識別と分離.

(a)MOF([Zn2(ndc)2(ted)]n)への種々の末端修飾PEGの浸入量の時間変化.細孔サイズよりも大きな末端基を有するPEG-TrやPEG-Pyは全く浸入しない.(b)MOFカラム([Zn2(ndc)2(ted)]n)による末端修飾PEGの分析結果.細孔に浸入しにくいPEGの保持時間が短くなる.(c)サイズ排除クロマトグラフィー(SEC)用カラムによる比較.SECではこれらの末端修飾PEGの違いを識別するのは難しい.Reproduced with permission from ref. 16. Copyright 2020 American Chemical Society.

4.2 高分子トポロジー(鎖形状)の認識

高分子には典型的な線状以外にも様々な「形」をもつものがある。例えば環状高分子もその一つである。環状高分子には末端が存在しないため,それに起因したユニークな物性にかねてから興味が持たれていた。一般に環状高分子は線状高分子の末端を連結させ環化することで合成されているが,その反応が定量的に進行しないため生成物が常に線状と環状の混合物となってしまうという問題がある。結果として,その分離精製が大きな課題となっていた。線状と環状の高分子の分離にはこれまで効率的な方法が無く,両者の僅かな流体力学的サイズ(環状の方が僅かに分子の広がりが小さい)の違いや,僅かな溶解性の違いを利用して何とか分離していたのが現状であった。

2021年に筆者らはMOF細孔への浸入原理を利用することで線状と環状高分子の厳密な識別が可能であることを見出した17)。前述のとおり,線状PEGはMOF([Zn2(ndc)2(ted)]n)の細孔へ一本鎖状態で末端から浸入できるのに対し,環状高分子が浸入するには必ず構造を折り曲げ二本鎖状態で入らなければならない。すなわち,浸入に対するエネルギー障壁が大きくなる。結果として両者のMOF細孔への浸入速度に大きな差が生じる(図6)。両PEGの混合物をMOF粉末と混合し,加熱して浸入・拡散を促すことで線状PEGのみをMOF内へ取り込み,除去することが可能である。追ってMOF外に残された環状PEGは適切な溶媒を用いてMOF粒子を洗浄することで回収できる。

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図6. MOFによる線状/環状高分子の識別と分離.

(a)線状高分子と環状高分子のMOF細孔への入り方の違い.環状体は変形する必要があるため入りにくくなる.(b)MOFカラム([Zn2(ndc)2(ted)]n)による線状/環状PEG(分子量2000 g/mol)の分析結果.(c)MOF([Zn2(ndc)2(ted)]n)を充填した分取用カラムの外観(内径20 mm,長さ150 mm).(d)分取用カラムを用いたPEGの環化反応粗生成物(線状/環状混合物)の分離結果.先にカラムから溶出したフラクションは環状体のみ,後に溶出したフラクションは線状体のみを含む.Reproduced with permission from ref. 17. Copyright 2021 Wiley-VCH.

MOFカラムクロマトグラフィーを用いることで,上記のバッチ式吸着・洗浄プロセスも不要となり,スケーリングの幅も格段と広がる。分子量2000の線状PEGと環状PEGをそれぞれMOFカラムで分析すると,両者には大きな保持時間の差が確認された(図617)。線状PEGは前述のとおり有意な保持を示す一方,環状PEGは細孔との相互作用が弱く,結果としてほとんど保持を示さない。MOFカラムを大きくすることで,両PEGの混合物からそれぞれをグラムスケールで分取することも可能である。内径20 mm, 長さ150 mmのガラスカラムへMOF粉末を充填し,一般的な中圧フラッシュクロマトグラフへ接続しただけの簡易システムであるが,それを用いてPEGの環化反応粗生成物から環状体のみ,線状体のみをそれぞれ分離できることを実証した(図6)。分取クロマトグラフでは溶離液グラジエントが可能であるため,分離にかかる時間を大幅に短縮することができるのもメリットが大きい。前述のPEG吸着の溶媒依存性を活用し,DMF溶離液で吸着の弱い環状フラクションのみを溶出させた後,クロロホルム溶離液に切り替えて強く吸着した線状フラクションのみを洗い出すことができる。結果的に混合物から環状体のみを99%以上の純度で得ることに成功している。

4.3 高分子のモノマー配列の認識

RNAやDNA同様,合成高分子にもモノマーの配列は存在する。しかし,合成高分子のモノマー配列を一本鎖レベルで認識する技術はまだ確立していない。NMRや質量分析法を駆使することでモノマー配列を明らかにしようとする試み(モノマーシーケンシング)は以前から続けられているが,原理的に一本鎖の情報にアクセスすることはできない。もし合成高分子のモノマー配列を一本鎖レベルで認識できるようになれば,それは単なる分子構造ではなく,個々の高分子鎖がもつ情報として捉え直すことができるようになる。結果,全く新しい情報技術に繋がるかもしれない。例えばDNAが僅か4種類の塩基で全遺伝情報を記述しているのに対し,合成高分子で用いることのできるモノマーの種類は100種類を超える。このことからも,どれだけ夢のある展開が見込めるかがおわかりいただけるだろう。最近筆者らは,MOFを利用することで合成高分子のモノマー配列が認識可能であることを示した(図718)

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図7. MOFによるモノマー配列の識別.

(a)MOF(MIL-88B)へのPVP導入プロセスの模式図.導入の際にMOFはnp構造からop構造へと変形する.(b)配位相互作用を介して細孔内に取り込まれたPVPのモデル構造.連続したビニルピリジンの配列が細孔内のOMS配列へ対応する形で配位する.(c)スチレンとビニルピリジンからなるランダム共重合体の構造と導入の概念図.(d)共重合体のモノマー組成とMOF構造変化率のプロット.ビニルピリジンモノマーの連続配列を認識し,組成が50%を超える共重合体を選択的に取り込む.

前述のとおり,MOFはこれまで数々の応用研究が成されてきたが,実はそのほとんどがMOFを単なるナノサイズの入れ物として扱ったものである。MOFは結晶性化合物であるため,あらかじめ配位子や金属の厳密な周期的配列構造を有しているが,その配列が機能に利用された例は極めて少ない。これまで紹介したMOFによる高分子認識についても,専ら細孔サイズによる高分子の選別が主要な認識原理となっていた。筆者らは,MOF細孔内に周期的に配列した配位不飽和金属サイト(open metal site: OMS)を利用することで,合成高分子のモノマー配列を認識し,構造特異的な高分子の選別が可能であると考えた。

[Fe33-O)(H2O)2(bdc)3Cl]n(通称MIL-88B)は,約1.8 nmの直径の一次元状細孔内にFeのOMS配列を有するMOFである(図7)。このOMSにはピリジン誘導体の窒素が配位することが知られており,そのような分子をゲストとして細孔内に包接する19)。その際,結晶構造が小細孔(narrow pore: np)構造から大細孔(open pore: op)構造へと変化することも特筆すべき特徴である。筆者らは,ポリビニルピリジン(PVP)をDMF中でMIL-88Bとともに加熱し,細孔内へ導入することを試みた。結果,MIL-88Bはnp構造からop構造へと変化し,PVPはMIL-88Bの細孔内へ導入されることを見出した。その導入量は0.5 g/gであり,これはMIL-88Bの一次元状細孔あたり一本のPVPが取り込まれた時の量に対応する。また種々の測定から,細孔内ではビニルピリジンモノマーがOMSに配位した状態で捕捉されていることも明らかとなった。すなわち本系では,高分子とMOFの間の配位相互作用も吸着の駆動力(すなわちエントロピー損失を上回るだけのエンタルピーの起原)となっている。実際,PVPと類似した構造をもつポリスチレンの導入を試みたところ,MIL-88Bは全く構造を変化させず,一切導入も起こらなかった。これはポリスチレンがOMSに配位可能な構造をもたないためであると理解できる。すなわち,本MOFは配位相互作用を介して高分子のモノマーの種類を識別していることがわかった。

続いて配位性のビニルピリジンモノマーと非配位性のスチレンモノマーを共重合し,両モノマーが混在した高分子(共重合体)を合成し,その導入試験を行った。両モノマーの組成を変えたいくつかの共重合体について検討したところ,興味深いことに同MOFはビニルピリジンモノマーの組成が50%以下の共重合体を全く取り込まず,それ以上の組成のものを識別して構造を変化させ,細孔内へ優先的に取り込むことが明らかとなった(図718)。詳細な解析の結果,ビニルピリジンモノマーの連続配列がOMSの並びに対応した場合にMOF細孔内への吸着が起こる可能性が示された。現在はまだ局所的なモノマー配列の認識にとどまった成果ではあるものの,MOFを利用したモノマー配列認識のメカニズムは冒頭で述べたmRNAの塩基配列認識にも類似しており,夢のモノマーシーケンシングに向けた高いポテンシャルを秘めていると考えている。

4.4 タンパク質の高次構造の認識

MOFによる高分子の構造認識と分離原理は生体高分子にも適用できる。タンパク質を主成分とするバイオ医薬品は近年開発が急速に進み,ワクチンや難病治療薬のための重要な創薬モダリティとなっている。しかし,タンパク質は極めてデリケートであり,製造工程や保存条件の変化などで容易に本来のフォールディング構造を失い,変性してしまう。したがって,変性したタンパク質を除去する技術の開発が極めて重要となっている。最近筆者らは,MOFのナノ細孔を用いてタンパク質の折り畳み(フォールディング)構造を識別し,変性したタンパク質のみをMOFへ選択的に吸着させ除去できることを見出した(図820)

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図8. MOFによるタンパク質の高次構造の識別.

(a)天然(フォールディング)状態および(b)変性(アンフォールディング)状態のリゾチーム.アンフォールディングしたリゾチームのみがMOF(MIL-101)の細孔へ末端から浸入し,選択的に取り込まれる.(c)天然および変性リゾチームの吸着等温線(25°C).

[Cr3(bdc)3(H2O)2OF]n(通称,MIL-101)はカゴ状の三次元細孔を有するMOFである21)。そのカゴ状細孔には約1.5 nmの窓があり,その窓を介してカゴ同士が連結した構造をもつ(図8)。筆者らは,典型的な球状タンパク質であるリゾチームを用いてMIL-101への導入実験を行った。フォールディングした天然構造のリゾチームの寸法は約3×3×4.5 nm3であり,MIL-101への細孔内には入ることができない。一方で,一本のポリペプチド鎖へとアンフォールディングしたリゾチームは,約1.5 nmの細孔窓を末端からくぐり抜けMOF内部へと浸入し,強く吸着されることがわかった20)。この原理を用いることで,天然状態と変性状態のリゾチームの混合物へMOFを加えるだけで後者のみを除去できることを見出し,結果として天然体純度を99%以上にまで向上させることに成功した。MOFの細孔および細孔窓のサイズの選定が選択性を高めるポイントとなる。構造の識別原理は極めて単純であるが,様々なタンパク質へ普遍的に利用できるアプローチであると考えている。なお,ここで用いたMIL-101を構成するCrは三価であり,本MOFの生体への毒性も低いことがわかっている22)

本技術は特別な手技が必要なく容易に達成できることからも将来的に安価で高品質なバイオ医薬品の製造に貢献するものと期待している。筆者らのグループでは現在も本技術のMOFカラムへの応用やMOFカラムを用いたオリゴペプチドの分離技術の開発にも取り組んでおり,追って別の機会にこれらの成果も紹介したいと考えている。

5. おわりに

本解説では多孔性結晶であるMOFを用いた高分子の構造認識および新しい分離技術の開発について,筆者らの最近の取り組みと成果について紹介した。無論,本目的の達成に必ずしもMOFのナノ細孔が必要というわけではなく,ここで紹介した高分子の識別機構は他の多孔性材料についても考えることができる。とはいえ,群を抜いて高いMOFの構造設計性は本目的において極めて強力な後ろ盾となるのは明らかである。

一方で,高分子のMOF細孔への吸着メカニズムはまだ完全に明らかになっておらず,その解明は今後の分離対象および選択性の幅を広げる上でも喫緊の課題である。実用性の面でも課題は多く残されている。例えばMOFカラムクロマトグラフィーでは溶出ピークのブロードニングやテーリングが目立ち,条件や固定相の最適化により分離能を上げることが当面の課題となる。また生体高分子への応用についてはMOFの緩衝液中における安定性や溶出金属イオンの懸念が開発のボトルネックになっている。こういった問題はMOFが配位化合物である限り避けるのは難しい。しかしMOF以外にも目を向ければ,例えば最近急速に研究が進んでいる共有結合性有機構造体(Covalent Organic Framework: COF)等に解決策を見出すことができそうである。

これまで識別できなかった僅かな高分子構造の違いを識別できる本技術は,従来の高分子の在り方を一変させる。ここから生まれる新しい概念は分離精製という枠を超え,将来的には高分子と情報科学等の異分野を融合した新領域にも通じると期待される。これまで夾雑に甘んじてきた高分子化学は,次の100年で大きな転換を見せると信じている。

謝辞Acknowledgments

本研究は日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(B),新学術領域研究「発動分子科学」,公益財団法人小笠原敏晶記念財団一般研究助成,東京大学克研究奨励金,UTEC-東京大学FSI Research Grant Programの支援を受けて行われたものである。また,ここで紹介した研究成果は東京大学植村卓史教授をはじめ,多くの共同研究者のご協力により得られたものであり,この場で関連の皆様に深く感謝を申し上げる。

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