日本ゼオライト学会 刊行物 Publication of Japan Zeolite Association

ISSN: 0918–7774
一般社団法人日本ゼオライト学会 Japan Zeolite Association
〒162-0801 東京都新宿区山吹町358-5 アカデミーセンター Japan Zeolite Association Academy Center, 358-5 Yamabuki-cho, Shinju-ku, Tokyo 162-0801, Japan
Zeolite 41(2): 64-70 (2024)
doi:10.20731/zeoraito.41.2.64

解説解説

ゼオライトの酸性質を利用した有機硫黄化合物の直接分解Direct Decomposition of Organic Sulfur Compounds Using Acid Properties of Zeolite

1九州大学大学院工学研究院化学工学部門Department of Chemical Engineering, Faculty of Engineering, Kyushu University ◇ 〒819–0395 福岡市西区元岡744

2成蹊大学理工学部理工学科Department of Applied Chemistry, Faculty of Science and Engineering, Seikei University ◇ 〒180–8633 武蔵野市吉祥寺北町3–3–1

受理日:2024年2月17日Accepted: February 17, 2024
発行日:2024年4月15日Published: April 15, 2024
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天然ガスや都市ガス中の硫黄種の効率的な除去プロセスの開発を目的として,ゼオライトを用いたTBM((CH3)3CSH)およびDMS(CH3SCH3)の直接分解反応について検討した。TBM直接分解においては,H-FAUやH-Betaが有効であり,150°Cで安定的なTBM分解活性を示した。また反応メカニズム推定より,かさ高いTBMを分解するためには,大きな3次元細孔を有していることが重要であることが示された。一方,DMS直接分解においては,H-Betaへの金属イオン修飾が有効であり,Coイオンを修飾することで反応温度を大幅に低温化できた。ゼオライトの有する細孔構造,酸特性を制御することによって,有機硫黄化合物を効率よく転換できることを示した。

To develop an efficient removal process for sulfur species in natural gas and city gas, we investigated the direct decomposition reactions of TBM ((CH3)3CSH) and DMS (CH3SCH3) using zeolite. H-FAU and H-Beta zeolite was effective in direct decomposition of TBM, and showed stable activity even at 150°C. In addition, the reaction mechanism revealed that large pores with three-dimensional channels were important for the TBM decomposition. On the other hand, in direct DMS decomposition, transition metal cation modification onto an H-Beta zeolite was effective, and the reaction temperature could be significantly lowered by the Co ion modification. We have shown that organic sulfur compounds can be efficiently converted by controlling the pore structure and acid properties of zeolite.

キーワード:脱硫;メルカプタン;スルフィド;FAU;Beta

Key words: desulfurization; mercaptan; sulfide; FAU; Beta

1. はじめに

我々の生活を支える様々なエネルギーや化学物質は,石炭,石油,天然ガスなどの化石燃料により製造されている。それらを効率よく利用するために,これまで精製,分解,改質等の触媒を用いた化学プロセスが利用されている。石油や天然ガスは地下資源でありそのままでは多くの不純物を含んでいる。主なものに有機硫黄化合物,有機窒素化合物,重金属類がある。その中でも硫黄化合物は濃度も高く環境影響も大きいため,その効率的な除去に向けて様々な研究開発が行われてきた。石油製品の硫黄化合物の除去に関しては水素化脱硫法が用いられ,350°C,水素50気圧などの高圧条件でCo-Mo系触媒などを用いて有機硫黄化合物を硫化水素に変換し,クラウス反応(2H2S+O2→2S+2H2O)で固体の単体硫黄に変換して燃料処理プロセス系外に取り出している1)。天然ガスの脱硫にも水素化脱硫法が適用されているが,天然ガスに含まれる硫黄化合物は軽質で低濃度であり,硫化水素へ変換した後は,酸化亜鉛に固定して系外に取り除くのが一般的である。特に都市ガスの漏洩検知のために人為的に加えている付臭剤成分は極めて低濃度であることから,水素化脱硫法を用いなくとも除去可能と考えられる。著者らは2000年頃から天然ガスや都市ガスの簡易的な脱硫のために,水素添加を必要としない脱硫方法を開発した。その成果として銀イオン交換Y型ゼオライトによる常温吸着脱硫剤の開発に成功し2),燃料電池システム「エネファーム」の商用化に大きく貢献した。その後,硫黄除去システムのさらなる低コスト化に向けて,硫黄化合物の直接分解反応に関して研究を重ねてきた。本稿では水素を用いない有機硫黄化合物の直接分解脱硫について解説する。なお,本研究で対象としてきた硫黄化合物は,都市ガスの付臭材として用いられてきたターシャリーブチルメルカプタン(TBM, (CH3)3CSH)およびジメチルスルフィド(DMS, CH3SCH3)である。

2. TBM直接分解

メルカプタン(チオール:R-SH)類は強い臭気を有する物質で,極低濃度(1 ppm未満)でも漏洩検知できることから都市ガスの付臭剤として利用されている。特にTBMは検知する閾値が低く,ガス臭として広く人々に認知されていることから,直接分解反応の対象物質としてきた。TBMが分解して硫化水素を生成する反応式を式(1)に示す。

(1)(CH3)3CSHH2S+C4H8

この反応ではTBMの分子内水素で硫化水素を生成させるため,C4オレフィン(イソブテン)を生成することで化学量論関係が成立する。すなわち,この反応を効率よく進行させる触媒を見出すことを研究目標とした。

2.1 TBM直接分解反応の発見

本反応はY型ゼオライトによるTBMの吸着試験を行っている際に発見された。当初,常圧固定層流通式反応器での常温(25°C)TBM吸着試験を行っていたところ,Na-Y型ゼオライト(Na-FAU)では一定時間後に破過曲線を描いてTBMが下流側に流出した(図1a)。一方,H-Y型ゼオライト(H-FAU)では反応初期から硫黄化合物が漏れ出すように下流側に現れた(図1b)。この実験はFPDガスクロマトグラフで分析を行っており,常温での吸着試験と考えていたので入口も出口も検出成分はTBMであり,Na-FAUに比べてH-FAUはTBMへの吸着力が弱いと判断した。しかし,同じTBM濃度で同じ空間速度の実験にも関わらずNa-FAUとH-FAUで吸着破過挙動が大きく異なることに疑問を感じて分析結果を再確認した。その結果,H-FAUを用いた場合に下流側に流出した成分は硫化水素であることがわかった。すなわち,TBMはH-FAU上で式(1)にしたがい常温で硫化水素に変換されたことを確認した。これがTBM直接分解反応の研究を行う契機となった3)

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図1. (a)Na-FAUおよび(b)H-FAU上に常温でTBMを供給した際の出口ガス分析結果3)

2.2 反応条件とメカニズム推定3)

H-FAU上でTBM直接分解反応が進行していることがわかったため,次に加熱による反応速度への影響や,硫化水素以外の分解生成物の有無,反応メカニズムについて調べた。40,60,100,150°Cと温度を上げて試験を行った結果を図2に示す。その結果,いずれの場合も硫化水素の生成が確認され,温度を上げるに従い反応速度が向上することも確認できた。

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図2. TBM直接分解反応での温度の影響3)

次にゼオライト上での反応メカニズムの推定を行った。図3にゼオライト酸点上でのTBM分解反応を推定した図を示す。TBMがゼオライトの酸点上に配位吸着し,硫化水素が生成すると残留した炭化水素成分はイソブテンとして脱離することが推定された。しかし,ゼオライト酸点のイソブテンに対する反応性は高く,そのまま化学吸着を維持して二次的な反応を起こす可能性が高いと推定された。

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図3. 推定されたTBM直接分解反応メカニズム3)

出口ガスを質量分析計(Q-mass)で分析すると,確かにイソブテンと思われる成分の生成が検知できたが,原料TBMの流通量に比べて極めて少量であった。そこで,生成したイソブテンは酸点上に留まりオリゴマー化していくと考えられた。確かにゼオライトの酸点上に吸着したイソブテンは0°C以下でも2量体を形成すると報告されている4)。したがってオリゴマー化した生成物の蓄積により触媒性能の低下が懸念された。

H-Betaを用いて150°CでTBM(20 ppm)分解反応の長時間連続試験を行った結果を図4に示す。出口ガス中の硫化水素濃度と試験後触媒の炭素量の変化を分析したところ,TBMの分解反応は150 h安定的に継続して硫化水素を生成し続けること,試験後触媒に存在する炭化水素由来の堆積物量は10時間程度で6 wt%まで増加するものの,それ以後は一定値になっていることがわかった。すなわちこの触媒はある程度までイソブテンのオリゴマー化により劣化するものの,その後の反応は安定的に推移することがわかった。構造の異なるH-MFIやH-MORを用いて試験を行うと,いずれもTBM分解反応は進むものの,反応の安定性に欠けることがわかり,この反応には細孔サイズが12員環であることと3次元であることが重要であると考察できた。確かにTBMの分子サイズや嵩高さを考えると大細孔ゼオライトが適当であると思われた。

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図4. H-Beta触媒上でのTBM分解連続反応試験(150°C)での転化率と炭素生成量の関係3)

2.3 劣化と安定性の関係5)

H-FAUやH-Betaを用いれば150°Cで安定的に反応が進行することがわかったが,なぜ触媒上の堆積物量が6 wt%程度で留まりながら反応が継続するのは未解明であった。そこで,今度は150°Cから温度を低下させながらTBMの連続試験を行った。60°Cや90°Cで反応速度を下げて試験を行うと,一定時間まではTBM転化率が低下するが,いずれの場合も適当な転化率で安定化することがわかった。それと同時に触媒上に残存する炭化水素種に起因する堆積物量も一定になった。以上から,触媒上には劣化する活性点と反応を継続する活性点が存在すると考えた。本反応は図3に示す通りブレンステッド酸点上で進行する。したがって,劣化する酸点は生成物により被覆される位置にあり,劣化しない酸点は生成物により被覆されない位置にあると考えた。TBMの分子サイズはゼオライトの細孔サイズに比べてやや小さい程度である。したがって,TBMが細孔内の酸点で分解されてオリゴマー化すると,細孔を閉塞して触媒を劣化させると思われる。概算ではあるが,細孔内で生成した炭化水素種の重量が触媒全体の6 wt%程度に達すると,その炭化水素種の体積は細孔容積を埋めるに十分な体積になると推算した。一方,TBMが細孔外の酸点で分解されてオリゴマー化した場合は,生成物が十分に脱離拡散する空間があると考えられる。また,この反応で細孔内に蓄積された炭化水素種は,空気中300°Cで加熱処理することで燃焼除去されることも確認した。以上をまとめると,本反応は図5に示すように進行していると考えた。

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図5. ゼオライト上でのTBM直接分解反応の劣化再生のイメージ5)

3. DMS直接分解

スルフィド類(R-S-R)はメルカプタン類(R-SH)と比較して分解しにくい化合物である。都市ガスを家庭用燃料電池の原料として利用する際には,硫黄化合物は改質触媒の被毒物質となるためTBMと同様にDMSも事前に除去する必要がある。本章では難分解性のDMSに対して触媒を用いた直接分解に関して検討した。DMSから直接分解によって硫化水素を生成する反応を式(2)に示す。

(2)CH3SCH3H2S+C2H4

TBMと同様にオレフィンを生成できればこの反応を完結できるが,TBMからイソブテンを生成する反応に比べてDMSからエチレンを生成する反応はかなりハードルが高いことが推定できる。

3.1 担持金属触媒を用いたDMS分解6)

まずはTiO2などの金属酸化物触媒を用いたTBM直接分解反応の研究7)に倣って固体酸化物触媒を用いた検討を行った。SiO2やMgOは反応や吸着が見られず,ZrO2やCeO2はDMSの吸着が観測された。また既報で高活性を示したTiO2は,スルフィドの反応性の低さから十分な硫化水素の生成には至らなかった。これらに対してγ-Al2O3は比較的硫化水素生成量が多かったことから,固体酸触媒がDMS分解にも有効であることが示された。さらなるDMS分解の性能向上を狙い,γ-Al2O3を担体とした担持金属触媒を検討した結果を図6に示す。400°Cでは吸着が見られたことから,担持金属の硫化が進行したことが推察される。また300°Cでは,Ni/γ-Al2O3が比較的高いDMS分解率および硫化水素収率を示しており,DMS分解に有効であることが示された。一方,反応後の触媒分析からニッケル硫化物(NiS)の存在が確認されたことから,反応中にNi種が硫化している可能性が示唆された。

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図6. M/γ-Al2O3(M=Ni, Co, Mo, W)を触媒に用いたDMS分解試験結果6)

そこでDMS分解の活性点構造を明らかにするために,反応前後の触媒のキャラクタリゼーションを行った8)。まず活性点を明らかにするために,事前の硫化処理を行った後,Ni触媒を用いてDMS分解を行った。その結果,事前に硫化処理を施すことで,DMS分解性能が向上したことから,活性点はNiSであることがわかった。さらにin-situ XASにより硫化処理前後のNi種の微細構造を観察した結果,硫化処理によって酸化ニッケルから硫化ニッケルへと変化する様子が観察された。さらに触媒の事前の焼成条件によって硫化ニッケル形成が異なることも明らかにし,500°C焼成が最も効果的であることを明らかにした。

3.2 ゼオライトを用いたDMS分解9)

NiO/γ-Al2O3触媒は400°C以下でDMS直接分解脱硫に高活性を示したが,事前に硫化処理を必要とする課題があった。またNiS/SiO2触媒ではDMS分解活性を示さなかったことから,チオール分解と同様にスルフィドの分解にも酸点が有効であることが示された。そこで酸点制御による活性向上および事前硫化処理の省略を狙い,事前の硫化処理を要しない固体酸触媒によるDMS直接分解脱硫を検討した。まず酸点の有効性を検討するため,ゼオライト(H-Beta-18.5),SiO2-Al2O3,Al2O3を用いたDMS分解を実施した結果を図7に示す。400°Cでの実験ではゼオライトが僅かに硫化水素の生成を示したが,主生成物はメチルメルカプタンに留まり十分なDMS分解活性は示さなかった。またSiO2-Al2O3やAl2O3では吸着が支配的でありDMS分解は示さなかった。すなわちDMS分解にはブレンステッド酸性を有する固体酸触媒が有効であることがわかった。なお500°Cではさらに反応が進行し,ゼオライトやAl2O3でもDMS分解によるH2S生成が確認された。すなわち反応速度が十分な高温では,ブレンステッド酸点だけでなく,ルイス酸点も有効であることが確認できた。

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図7. DMS分解における酸点の影響9)

ブレンステッド酸点がDMS分解に有効であったことから,その酸性質が及ぼす影響について検討した結果を図8に示す。ゼオライトには,ほぼ同程度の酸量で酸強度の異なるH-MFI-12,H-MOR-9,H-Beta-18.5,酸量の異なるH-Beta-92.5を用いた。なお図中の数値はNH3-TPDによって評価した酸量(µmol-NH3 g-cat−1)を示している。一般にMFIが高い酸強度を示すが,本条件ではDMS転化率が高いため酸強度の影響が顕著に見られなかった。ただし選択率では最も酸強度の強いH-MFI-12では,硫黄種の吸着が観測された。すなわち酸が強い場合,DMS分解がより進行し,硫黄化合物が析出していくことが示唆された。また酸量の少ないH-Beta-92.5では,DMS転化率が低く,分解反応が十分に進行していなかった。以上の結果より,DMS分解には酸点が必要であるが,過分解が進行しない適度な酸強度が適しており,H-Beta-18.5が最適なゼオライトであることを見出した。

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図8. DMS分解における酸量の影響(500°C)9)

3.3 DMS分解におけるゼオライトへの金属修飾効果10)

ゼオライトを用いることで,事前の硫化処理を要さずにDMS直接分解が達成できることを見出したが,家庭用燃料電池への利用を考慮すると反応の低温化は依然として重要である。そこで担持金属触媒が有効であったことを踏まえて,H-Beta-18.5への金属修飾を検討した結果を図9に示す。Ca,Co,Ni,Cu,ZnともにDMS分解が促進され,400°CにおいてもH2Sの生成が確認された。その中でもCo修飾はDMS転化率100%,H2S収率50%の高い触媒活性を示した。NiやCuも高いDMS転化率を示しており,既報6,8,9)と同様に遷移金属の修飾がDMS分解に有効であることが確認できた。

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図9. DMS分解におけるH-Betaへの金属修飾効果(400°C)10)

修飾したCoとゼオライト上の酸点の影響を検討するために,Na交換によって酸性質を著しく弱めたゼオライトを調製し,その触媒性能を評価した結果を図10に示す。Na交換Betaゼオライトは,酸点を有さないためDMS分解活性を示さなかったが,Co修飾によってDMS分解活性が発現した。この結果から,Coはゼオライト中のカチオンサイトに導入され,イオン交換されたCo種が活性点を担っていることが示唆された。実際にカチオンサイトを有さないCo/SiO2ではDMS活性を示していない。

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図10. Co/H-Betaにおける酸点の影響(400°C)

以上の実験結果をもとに,Co/H-Beta-18.5上でのDMS分解メカニズムを推定した結果を図11に示す。DMSの反応サイトはイオン交換されたCo種であり,DMS分解は速やかに進行する。生成する炭素成分は主にメタンであることから,逐次的なDMS分解の進行が示唆される。一方,触媒上への炭素析出も同時に進行しており,その除去も今後の課題として残っている。

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図11. Co/H-Beta上でのDMS分解メカニズム10)

4. おわりに

本稿では天然ガスの脱硫反応の簡素化を目的としてゼオライトを利用したTBMおよびDMSの直接分解反応に関する研究成果を解説した。この2つの分子は共に付臭剤として利用されてきたが反応性は大きく異なり,同じ触媒や反応条件での除去は困難であることがわかる。しかし,ゼオライトの有する細孔構造,酸特性には様々な反応に対するポテンシャルがあることが示せたと思う。今後,脱炭素社会に向けた様々な化学プロセスの研究開発が必要になるが,本稿で紹介した知見が活用できることを期待する。

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