日本ゼオライト学会 刊行物 Publication of Japan Zeolite Association

ISSN: 0918–7774
一般社団法人日本ゼオライト学会 Japan Zeolite Association
〒162-0801 東京都新宿区山吹町358-5 アカデミーセンター Japan Zeolite Association Academy Center, 358-5 Yamabuki-cho, Shinju-ku, Tokyo 162-0801, Japan
Zeolite 41(1): 9-19 (2024)
doi:10.20731/zeoraito.41.1.9

解説解説

c面配向六方晶酸化タングステン膜の分子ふるい型分離膜としての可能性Potential of C-plane Aligned Hexagonal Tungsten Oxide Film as a Molecular Sieve-type Separation Membrane

1名古屋大学未来社会創造機構マテリアルイノベーション研究所Institute of Materials Innovation, Institutes of Innovation for Future Society, Nagoya University ◇ 〒464–8601 愛知県名古屋市千種区不老町

2名古屋大学工学研究科化学システム工学専攻Department of Chemical Systems Engineering, Graduate School of Engineering, Nagoya University ◇ 〒464–8603 愛知県名古屋市千種区不老町

3ラオス国立大学自然科学部化学科Department of Chemistry, Faculty of Natural Sciences, National University of Laos ◇ 01170 ラオス,ビエンチャン ◇ Laos

4タイ・シンクロトロン光研究所Synchrotron Light Research Institute (Public Organization) ◇ 30000 タイ王国,ナコーンラーチャシーマー ◇ Tailand

受理日:2023年11月10日Accepted: November 10, 2023
発行日:2024年1月30日Published: January 30, 2024
HTMLPDFEPUB3

カーボンニュートラルおよび持続可能な社会の実現に向け,エネルギー消費の大きい分離プロセスの省エネルギー化や資源循環に貢献する分離膜は益々注目されている。その中で,膜材料の検討は分離特性を決定づける重要な研究要素の一つである。分子サイズのミクロ細孔を有する無機結晶(ミクロ多孔無機結晶)は分子ふるいとも呼ばれる有望な分離膜材料である。筆者らは,この分子ふるい型膜材料として新たに六方晶酸化タングステンの可能性を提案してきた。同材料は,結晶のc軸と並行な一軸細孔を有するため,そのc面配向膜は分子ふるい型分離膜として機能すると予想されるが,分離膜材料としては検討されてこなかった。本稿では,筆者らが種々の対策によって緻密なc面配向六方晶酸化タングステン膜の合成に挑戦し,液分離並びにガス分離への適用可否を検討した結果を紹介する。得られた膜は,水/酢酸の混合溶液から水を選択的に分離できることが確認された。また,各種液およびガス分子の透過特性を調査した結果,ミクロ細孔を利用した小分子向けの分子ふるい型分離膜として機能するであろうことを見出した。本発見は膜材料の選択肢拡大に寄与すると期待される。

Separation membranes are attracting increasing attention because they can contribute to realizing a carbon neutral and sustainable society through energy reduction of energy-consuming separation processes and through recycling of resources. Among numerous research elements on this topic, research on membrane materials is one topic of importance because it determines their separation characteristics. A group of inorganic crystals with molecular-sized micropores (microporous inorganic crystals), also called molecular sieves, are promising separation membrane material candidates. Among them, the authors have proposed hexagonal tungsten oxide as a potential molecular sieve-type membrane material. Because this material possesses uniaxial pores parallel to its crystallographic c-axis, c-plane oriented hexagonal tungsten oxide membrane is expected to function as a molecular sieve type-separation membrane; however, its application as a separation membrane material has not been considered. Here, we introduce our recent attempts on challenging to synthesize dense c-plane oriented hexagonal tungsten oxide film, and the experimental results seeking its possibility to apply as liquid/liquid and/or gas/gas separation membranes. The obtained membrane was confirmed to selectively separate water from a water/acetic acid mixture. Furthermore, results on the permeability of various liquids and gas molecules implied that the membrane functions as a molecular sieve-type separation membrane for small molecules through utilization of its micropores. This discovery is expected to contribute to expanding options for membrane materials.

キーワード:六方晶酸化タングステン;ミクロ多孔無機結晶;膜形成;分離膜;分子分離

Key words: hexagonal tungsten oxide; microporous inorganic crystal; membrane formation; separation membrane; molecular separation

1. はじめに

2015年の第21回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で定めた2020年以降の温暖化対策の国際枠組みであるパリ協定や,同年の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された国際目標である持続可能な開発目標(SDGs)など,カーボンニュートラルおよび持続可能な社会の実現は世界共通の課題となっている。日本においても,2020年に2050年カーボンニュートラル宣言が出され,グリーン成長戦略が立案されるなど,カーボンニュートラルおよび持続可能な社会の実現に向けた取り組みが加速している。上記の社会を実現するためには,環境に優しい再生可能なエネルギー源であるクリーンエネルギー創生技術におけるイノベーションが重要である一方で,根本的に必要とする消費エネルギーを削減する既存の機器やプロセスの省エネルギー化技術も必要である1)

省エネルギー化技術が切望されるエネルギー消費の大きい既存プロセスの一つに,分子レベルでの各種分離プロセスがある。例えば,化学産業では,使用するエネルギーの約40%が分離工程に使われており,そのうち90%以上のエネルギーは蒸留によって使われているとされる2)。このため,蒸留を代替できる,または負荷を低減できる分離技術が望まれている。また,天然ガスやバイオガス,排気ガス等からの二酸化炭素分離・回収もカーボンニュートラル実現の観点から重要であるが,アミン吸収技術が高コストであるため,より省エネルギーな分離プロセスが望まれている1,3)。このように様々な分野において省エネルギーな分子分離プロセスが求められている。

分子レベルの分離技術の中で,膜分離は,吸収や吸着などと比べて省エネルギーな分離プロセスを実現できるとして注目されている1–4)。膜分離は,省エネルギーに加え,低い操業コスト,コンパクトな設備,優れた分離特性の発現などの利点があると言われており,水処理,ガス分離,エネルギー変換や貯蔵,バイオリファイニング,食品等の各分野で既存の分離技術の代替事例が報告されている5)。この膜分離における様々な研究要素の中で,膜材料の検討は分離特性を決定づける重要な研究要素の一つである。膜材料としては,高分子膜に代表される有機膜3),金属やセラミックスに代表される無機膜3,6),有機シリカ7)や多孔性配位高分子(PCPまたはMOF)8)に代表される有機無機ハイブリッド膜などがある。現在主流の膜材料は,早くから逆浸透膜や天然ガス精製用二酸化炭素分離膜として実用化された高分子であり,その高性能化を図る研究が今も活発に行われている4)。一方で,無機膜は,その耐熱性,耐薬品性,機械的特性の高さから近年注目を集めている。中でも,ゼオライト等に代表される結晶構造中に分子サイズの均一なミクロ細孔を有する無機結晶(ミクロ多孔無機結晶)は分子ふるいとも呼ばれ,分子をサイズの違いによって精密に分画できることから,有望な分離膜用の膜材料と考えられている5)。ゼオライトを膜材料とした分離膜は日本発の技術であり,アルコール系の脱水用途で三井造船株式会社によって初めて事業化され,近年では酒類の脱水濃縮用途でも実用化されている9)。更に,膜開発を行う企業とプラントエンジニアリング業の企業がタッグを組むことで,天然ガスからの二酸化炭素の除去・回収への適用検討が進められている。例えば,日本ガイシ株式会社と日揮株式会社は協力して原油増進回収へのゼオライト分離膜の適用を検討している10)。このようにミクロ多孔無機結晶から成る分離膜は既に一部で実用化されており,ミクロ多孔無機結晶が有望な膜材料であるとわかる。しかしながら,分離膜材料として検討されているミクロ多孔無機結晶の殆どはゼオライトまたはゼオライト類縁化合物であり,他の例は極めて少ない。新しいミクロ多孔無機結晶の膜材料候補を見出すことは,膜材料の選択肢を拡大させ,適用可能な用途の拡大や膜構造や分離メカニズム等の理解の深化に寄与すると考えられる。そこで,筆者らは,この分子ふるい型膜材料として新たに六方晶酸化タングステンの可能性を提案してきた11–13)。酸化タングステンは,不働態皮膜として知られるため,高い化学的安定性を(特に酸性域で)示す14)ことが期待される上,六方晶構造の酸化タングステンは結晶のc軸と並行な一軸細孔を有するため,そのc面配向膜は分子ふるい型分離膜として機能すると予想される。しかし,分離膜材料として検討した事例は見られなかった。本稿では,筆者らが種々の対策によって緻密なc面配向六方晶酸化タングステン膜の合成に挑戦し,液分離並びにガス分離への適用可否を検討した結果を紹介する。

2. 六方晶酸化タングステンのミクロ細孔とその分離膜利用に求められる膜構造

2.1 六方晶酸化タングステンのミクロ細孔

六方晶酸化タングステンはタングステン原子に対して酸素原子が六配位した八面体(WO6 octahedron)によって骨格が形成されている三酸化タングステンの結晶多形の一つである。Fig. 1に示すように立方晶(Cubic),正方晶(Tetragonal),単斜晶(Monoclinic),三斜晶(Triclinic),直方晶(Orthorhombic)などがあり,六方晶(Hexagonal)も準安定相として存在する15–18)。この準安定相である六方晶酸化タングステンはその結晶構造中に,c軸に平行なトンネル状のミクロ細孔を有するという特異な構造を成している(Fig. 2)。六方晶酸化タングステンの細孔径は様々な研究者によって推定されてきたが,Sunら15)が実施した低圧での二酸化炭素の吸着測定の結果から直径が0.367 nmの細孔であろうと見積もられ,選択的なイオン伝導やガス吸着などにおいて分子ふるい特性の発現が期待できることが示された。前者は実際に,この細孔内をプロトンが素早く移動でき,優れたエレクトロクロミック特性が発現すると報告されている18)。一方,筆者らはこの細孔を分離膜に利用できる可能性を感じ,六方晶酸化タングステンの膜材料としての可能性を検討し始めた。

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Fig. 1. Structures of tungsten trioxide polymorphs.

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Fig. 2. Structure of micropores in hexagonal tungsten oxide crystals.

2.2 六方晶酸化タングステンを分離膜利用するための膜構造の課題

六方晶酸化タングステンを分離膜用の膜材料として利用するための一つ目の課題は膜内の結晶配向性制御である。先に述べたように,筆者らが膜材料として検討を始めた六方晶酸化タングステンはc軸に平行なトンネル状のミクロ細孔をその結晶構造中に有している。無機結晶材料はそれぞれ固有の結晶構造を有するが,このような異方性(結晶方位によって構造・性質が異なる特性)を示すものを分離膜用の膜材料に適用するためには,細孔を生かすための膜構造制御が必要である。つまり,細孔がしっかりと膜を貫通して分子の通り道ができるように孔の向きを調整する必要がある。実際に,構造異方性を示す無機結晶を膜材料に用いる場合,分離膜の透過特性や分離特性は結晶配向の制御に大きく影響されることが知られている。例えば,AFI型の骨格を有するゼオライト類縁化合物であるAlPO-5やSAPO-5はc軸方向に貫通する一次元細孔を有しているが,c面の細孔が機能するc面配向膜を実現することで高い透過特性と分子ふるい特性を発現させることができることが報告されている19–21)。六方晶酸化タングステンも結晶のc軸に平行なトンネル状の一次元細孔を有するため,分離膜用の膜材料として応用するためには,細孔の開口部が膜表面に現れ,膜を細孔が貫通するように結晶の配向性を制御させる必要がある。

二つ目の課題は結晶の形態制御である。分離膜として機能する膜を形成するためには分子ふるいとして機能するミクロ細孔以外の間隙である結晶間間隙や欠陥(クラックなど)を限りなく減らす必要がある。しかしながら,六方晶酸化タングステンはc軸方向に伸展した針状の微結晶を形成しやすいことで知られる22,23)ため,結晶間間隙を減らすことは極めて難しく,多結晶体で緻密な膜状を実現することが困難であった。六方晶酸化タングステンを分離膜用の膜材料に適用可能とするためには,多孔質支持体表面で隣り合う結晶間の間隙が埋まり,密着するような結晶成長を起こす必要がある。また,細孔の開口部が結晶のc面に存在するため,その結晶成長は配向した状態でc面が発達した結晶形態に成長するものである必要がある。膜構造の課題や理想構造のイメージ図をFig. 3に示す。

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Fig. 3. Issues and ideal structure for hexagonal tungsten oxide membranes.

以上の課題を念頭に,解決策の検討を進めた結果,筆者らは緻密膜形成に有効と考えられる結晶成長を誘起する六方晶酸化タングステン用の酢酸を含む新たな合成溶液組成を見出した。また,同合成溶液を膜合成に適用することで,まだ欠陥は一部存在するものの,分子ふるい機能を発現するc面配向六方晶酸化タングステン膜の作製に成功した。その概要を以降の章に記す。

3. 六方晶酸化タングステン膜の合成

3.1 酢酸利用によるc面の成長促進

六方晶酸化タングステン膜の合成に先駆けて,まずは粉末合成にてc面を成長し得る条件の予備検討を行った。六方晶酸化タングステンの合成は基本的にタングステン酸ナトリウムを塩酸などの無機酸で酸性化した後,水熱処理を行うのが一般的である24–26)。また,結晶形態は,硫酸ナトリウムや硫酸カリウムなどを合成溶液に添加することで,針状形態に制御できるとされている22,23)。そこで,針状化を促進する無機塩を添加せずに,酸性化に用いる無機酸を有機酸に置き換えることで,有機酸によるc面へのキャッピング効果を誘起し,c面を成長させることを考えた。無機酸(塩酸,硫酸)で合成した場合と無機酸の代わりに酢酸で合成した場合の生成物の結晶相と微構造を比較した結果をFig. 4に示す。生成物は,いずれも水25 mLに対して1.15 gのタングステン酸ナトリウム二水和物を溶解した水溶液に,かく拌下で各酸種をpH~2になるまで滴下後,180°Cで24時間水熱合成して作製したものであり,結晶相の確認はX線回折(XRD)測定によって,結晶形態の観察は電界放出形走査電子顕微鏡(FE-SEM)によって行った。XRDより,いずれの酸種を利用しても六方晶酸化タングステンが得られるが,塩酸や硫酸などの無機酸を使用した場合は,直径が200 nm以下の細い針状形態をとっているのに対して,酢酸を利用することで柱状形態へと変化することが見て取れる。また,XRD測定結果からは,酢酸を用いた場合に,六方晶酸化タングステンのミクロ細孔があるc面と平行な結晶面(Fig中のc//)の回折強度が増大し,c面と垂直な結晶面(Fig中のc)が減少していることがわかり,c面が発達していると言える。詳細はまだ調査中だが,他のカルボン酸では酢酸ほどの効果が見られていないことから,これは酢酸特有の現象と考えられる。実際にタングステン酸ナトリウムに対する酢酸の量を増やす,つまり,酢酸/タングステン酸ナトリウム比を大きくするとこの傾向はより顕著になる。このことから,c面への酢酸の吸着が結晶成長に影響していると考えている。今後更に調査していく予定であるため,続報に期待いただきたい。

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Fig. 4. Crystalline phase(-1) and morphology(-2) of products obtained using different acids: Hydrochloric acid (a), sulfuric acid (b) and acetic acid (c).

粉体で六方晶酸化タングステンのc面拡大に目途がついたことから,酢酸を用いた合成溶液を用いて多孔質セラミック支持体上への膜合成に挑戦した。膜合成の流れをFig. 5に示す。詳細は筆者らの論文11–13)を確認いただければと思うが,基本的にはゼオライト膜等で報告されている手順と同様の手順で合成できる。Fig. 6に円板形状の多孔質支持体に六方晶タングステン膜を合成した結果を示す11)。酢酸を用いた合成溶液を用いた結果がFig. 6(a),塩酸を用いた合成溶液の結果がFig. 6(b)である。粉末合成の結果と同様に,いずれの条件でも六方晶酸化タングステンが生成したが,酢酸を用いた合成溶液で成長させた膜の方が太い柱状結晶になっていることが確認された。更に,興味深いことに,XRD測定の結果から酢酸を用いた場合は,六方晶酸化タングステンのミクロ細孔があるc面と平行な結晶面の回折強度がa面含むc面と垂直な結晶面の回折強度に比べ,大幅に大きくなっており,膜表面がc面に結晶配向していることがわかった。実際に,FE-SEMの観察画像からも柱状結晶が支持体表面に垂直に近い方向を向いており,六方晶酸化タングステンのミクロ細孔が膜表面から支持体側へ貫通するような膜構造が実現できていることが確認できた。宮本ら27)はPCPの一種であるUiO-66膜合成を行う際,合成溶液における水/酢酸比を制御することで緻密かつ高い(111)面配向を有する膜を合成できることを報告している。本研究でも合成溶液中の酢酸は緻密化と結晶配向制御に対して重要な役割を果たしていると思われるが,まだ完全には現象の解明に至っていない。今後,解明できるよう取り組みたい。また,ゼオライト膜では核となる種結晶を事前に多孔質支持体表面に塗布することによって,膜の緻密化を促進できることが報告されている28)。そこで,多孔質支持体表面に成長の核となるものを塗布することを試みた。既存の六方晶酸化タングステン粉末は,その針状等の異方的な形態から,そのまま,あるいは粉砕等の後処理を施したとしても塗布時に種の結晶方位の制御は困難と考えたため,Fig. 3に示した理想的なc面配向構造実現の観点から,適用は困難と予想し,今回はタングステン酸ナトリウム水溶液に酢酸を急速混合することで得たアモルファス状の酸化タングステンの粉末を種結晶の代わりとした。アモルファス状の酸化タングステンの粉末を塗布した支持体を用いて,酢酸を用いた合成溶液で膜合成した結果をFig. 6(c)に示す。アモルファス状の酸化タングステンの粉末の支持体への事前塗布は,高いc面配向性を有したまま,緻密で均一な膜を得るのに有効とわかった。アモルファス状の酸化タングステンの粉末を塗布することで,支持体表面における六方晶酸化タングステンの核生成が促進され,高密度に結晶が生成することで緻密化しかつ支持体と垂直にc軸が成長する結晶以外の結晶成長が抑制されたことで高いc面配向性が得られたと考えられる。

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Fig. 5. Synthesis procedure of hexagonal tungsten oxide membrane.

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Fig. 6. XRD(-1) and FE-SEM image(-2) of membranes obtained using different conditions: Acetic acid without seeding (a), hydrochloric acid without seeding (b) and acetic acid with seeding (c).

3.2 合成溶液中のタングステン酸ナトリウム量(濃度)の調整によるc面配向性の向上

3.1節で酢酸を用いた合成溶液を適用することで,六方晶酸化タングステンをある程度緻密でc面に配向した膜が得られることが確認できた。そこで,次に,アモルファス状の酸化タングステンの粉末を塗布した支持体を用いて,膜成長の促進も視野に合成溶液中のタングステン酸ナトリウム二水和物の添加量(濃度)を変更して合成を行った。ここでは,アモルファス状の酸化タングステンの粉末の塗付方法を少し改良し,円筒型支持体の外側に同粉末を塗布し,膜合成を実施した結果をFig. 7に示す。Fig. 7(a-1)–(d-1)の結果を見ると,合成溶液中のタングステン酸ナトリウム二水和物がある所定量(濃度)以上になると突如として六方晶酸化タングステンのc面とa面の回折強度の強弱が入れ替わり,c面配向からa面配向に切り替わる様子が確認された。六方晶酸化タングステンの代表的なa面である(200)面の回折ピーク(2θ= 28.2°)と代表的なc面の(001)面の回折ピーク(2θ= 22.8°)の比を確認すると,タングステン酸ナトリウム二水和物が所定量(濃度)以下では,c面の回折ピークが顕著に高く,六方晶酸化タングステンの標準粉末データ(ICDD #01–075–2187)と比べても(200)面に対する(001)面の回折強度比が10倍以上増加した。一方で,所定量(濃度)以上になるとこれが逆転し,標準粉末データと比べて同回折強度比が減少した。Fig. 7(a-2)–(d-2)のFE-SEMによる断面観察結果を見ると,タングステン酸ナトリウム二水和物が所定量(濃度)を超えた膜では,膜表面に膜面と水平方向に横たわった柱状結晶が多数存在することが観察され,過剰なタングステン酸ナトリウム二水和物が液中での核生成を誘起し,そこから液中で成長した結晶が膜表面に付着して取り込まれたと考えられた。この横たわった柱状結晶は配向部の細孔を塞いでしまうため,膜合成では合成溶液中のタングステン酸ナトリウム量(濃度)にも最適範囲が存在することが確認された。

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Fig. 7. XRD(-1) and FE-SEM image(-2) of membranes obtained using synthesis solution with different amount of sodium tungstate dihydrate: 1.15 g (a), 1.65 g (b), 1.98 g (c) and 2.30 g (d).

上記は一部であるが,このように六方晶酸化タングステンのc面を成長させる形態制御や膜中の結晶配向性を向上する各種対策を行い,目的としたc面の成長したc面配向性の高い緻密な六方晶酸化タングステン膜を得ることに成功した11–13)。欠陥の存在を含めた膜の出来栄えについては後述の透過特性の説明で考察する。

4. c面配向六方晶酸化タングステン分離膜の透過および分離特性

4.1 単成分系における六方晶酸化タングステン膜の分子透過特性

c面配向した六方晶酸化タングステン膜が得られたことから,その分離膜としての可能性を検討するために,まずは単成分での分子透過特性を検討した。水やエタノール,酢酸などの液系分子は円筒形支持体の外側にc面配向六方晶酸化タングステン酸膜を成膜したサンプルの膜表面に液体を供給して透過蒸気を回収するパーベーパレーション(PV)法によって11),CO2やN2などのガス分子は円筒型支持体の内側にc面配向六方晶酸化タングステン酸膜を成膜したサンプルに単成分ガスを所定圧力で供給し,透過ガス流量を測定13)することで調査した。単成分透過特性の測定結果をFig. 8に示す。液系成分は水の透過係数を1としたときの相対透過係数を,ガス系成分はヘリウムの透過係数を1としたときの相対透過係数を示している。液系分子,ガス系分子ともに相対的に見ると透過特性はほぼ重なっており,同様の挙動を示すことが確認できた。Fig. 8からわかるように,細孔径(0.367 nm)より少し小さい分子から透過係数が大幅に減少するカットオフ挙動が見られている。このことから,この新たなc面配向六方晶酸化タングステン膜はミクロ細孔を利用した分子ふるい型の分離膜として機能することが示唆され,水や水素,ヘリウムなどの小型分子の分離に利用できると考えられる。細孔径より少し小さい分子からカットオフが起こっている理由はまだはっきりしていないが,合成中にナトリウムイオンが細孔に入り,狭めている可能性や結晶粒界における細孔のずれが影響している可能性があると考えている。いずれにしても今後,検証して明らかにしていきたいと考えている。また,大きい分子であるアセトンや六フッ化硫黄が一定量透過していることから膜の合成中に結晶間間隙が完全には埋まっていないと考えられ,更なる欠陥低減も今後の課題と考えている。

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Fig. 8. Relative permeation of single component molecules against hexagonal tungsten oxide membrane using pervaporation and gas permeation methods.

4.2 水/酢酸系における二成分系での分離特性

最後に,c面配向六方晶酸化タングステン膜が二成分共存下でも分子ふるい型の分離膜として機能するかを確認するために,二成分共存系にて分離試験を実施した。ここでは市場が大きいが,条件がシビアと言われている酢酸脱水(水/酢酸の二成分系からの脱水)29)について試験した結果を紹介する。六方晶酸化タングステンの細孔径(0.367 nm)は水分子(0.265 nm30))と酢酸分子(0.44 nm31))の分子径の中間のサイズをしていることに加え,pH<4での高い耐酸性を示す32)ことから,水/酢酸共存系からの脱水に適した特性を有している。Fig. 9にPV法による酢酸脱水の結果を示す12)。試験条件は,供給酢酸濃度90 wt%(水10 wt%),温度80°C,透過側圧力300 Paとした。分離性能は水/酢酸の透過側濃度比を供給側の濃度比で割ることによって求めた。c面配向六方晶酸化タングステン膜は,分離性能が30–45程度とゼオライト膜等29)と比べると低めではあるものの,確かに水と酢酸を分離できることが確認できた。また,PV試験と90 wt%酢酸中(pH<0)での保管を交互に繰り返したところ,500時間後も膜の透過特性や分離性能がほぼ変わっていないことから,高い耐酸性を発揮しており,酸化タングステンの材料特性から予想された高い耐酸性が多結晶膜でも得られたことがわかった12)。この分離が分子ふるいに由来するかを検証する一環として,平板支持体上に成膜した六方晶酸化タングステン膜をバフ研磨で平滑化後に水と酢酸の液滴接触角を測定し,それぞれのc面配向膜との親和性を調査した。その結果,液滴接触角は水が約64°(7サンプルの平均)に対して酢酸が平均で約15°(4サンプルの平均)であり,親和性は寧ろ酢酸の方が高いことが確認された。この結果より,c面配向六方晶酸化タングステン膜が水を選択的に透過するのは,分子ふるい効果であると結論付けた。このことから,c面配向六方晶酸化タングステン膜は新たな分子ふるい型分離膜となり得ることが示された。

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Fig. 9. Water/Acetic acid separation performance of hexagonal tungsten oxide membranes via pervaporation.

5. おわりに

エネルギー消費の大きい分離プロセスの省エネルギー化や資源循環に貢献する膜分離は,カーボンニュートラルおよび持続可能な社会に貢献する有望な技術である。筆者らは,同技術に用いる分離膜の新たな分子ふるい型膜材料としてミクロ多孔無機結晶である六方晶酸化タングステンの可能性を提案し,各種液およびガス分子の透過特性を調査した結果から,小型分子向けの分子ふるい型分離膜として確かに機能するであろうことを見出した。筆者らは,この新規なc面配向六方晶酸化タングステン分離膜の研究をまだ始めたばかりであり,c面配向六方晶酸化タングステン分離膜には未解明な面が多く存在している。今後も研究を進め,この膜のポテンシャルを見極めるとともに,研究を通して新たな膜材料の探索に有用な知見を提供し,膜材料の選択肢の拡大およびそれに伴う分離膜の用途拡大に貢献していきたい。

謝辞Acknowledgments

本研究は,JSPS科研費(JP19K15336,JP22K14529),JST SICORP(JPMJSC18H1)および共晶八田基金の助成・支援を受けたものである。

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