堆積成ゼオライト成因研究の展開
東京大学大学院理学系地球惑星科学専攻
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堆積岩中のゼオライト研究の進歩は,それぞれの時代に開発された分析技術の発達に依存する部分が大きい。これに対して,野外調査に基づいた地質学的研究は伝統的手法が重要な研究分野である。本解説では,1960年代初頭に始まった続成作用(堆積物が温度,圧力の増加によって“石”になる作用)によって形成されるゼオライトの研究について研究史を振り返るとともに,残された問題について議論する。
“堆積物中のゼオライトは,酸性火山ガラスが間隙水と反応して形成される。”
酸性火山ガラスは,続成環境では著しく不安定で間隙水との反応性が高い。酸性火山ガラスとは,化学分野での酸アルカリを示すのではではなく,シリカ(SiO2)含有量が約66%より多い火山ガラスのことをいう。酸性火山ガラスとは,シリカに富んだ火山ガラスであり,外見は白っぽい火山灰である。そもそも,火山ガラスとはどんな物なのか。火山ガラスとは,火山の噴火時に空気中に放出されたマグマが結晶化することなく非晶質のまま固まった物をいう。マグマは水蒸気などの揮発性成分を含むことから,噴火時に発泡する。噴火口から空気中にビールの泡のように発泡したマグマは,空気中で急冷され結晶化することなく非晶質の火山ガラスとして固結する。さらに,噴火の力によってばらばらになり,火山灰として長距離を運ばれ,ガラス質凝灰岩として堆積する。空気中で固結した火山ガラスは,発泡した気泡の壁の構造を残して固結しているため,bubble wallという構造名で呼ばれる(図1)。実際のガラス質凝灰岩の顕微鏡写真を図2に示した。我々の仲間では,この構造を“三味線のバチ構造”, と呼ぶこともある。発泡が著しい場合には,割れた電球のガラスのように見えることがある。また,噴火時に未固結で発泡している状態で引き延ばされた場合には,繊維状の組織が形成される。繊維状の組織は気泡を含むため比重が水よりも軽く水に浮くことから,浮石(もしくは軽石)と呼ばれる。浮石はガラス質のため,壊れやすく脆い。
火山ガラスが間隙水と反応して形成される鉱物は,ゼオライトと粘土鉱物である。
“火山ガラス+間隙水 → ゼオライト or 粘土鉱物”
どのような条件の違いで,ある時はゼオライトになり,またはある時は粘土鉱物になるのか。この問題は,堆積岩中のゼオライト研究開始直後に提起された問題であり,1960年代初頭に議論されたが,現在もなお明確な答えが得られていない。秋田県横手町の含沸石玻璃状凝灰岩の変質1),群馬県碓氷峠産のベントナイト中のゼオライト2)などの研究が行われた。石川県菩提産モンモリロナイトとゼオライトの研究3)では,粘土化作用とゼオライト化作用の差異は,“将来明らかにせられるであろう”とした。これらの研究の後に,粘土化作用とゼオライト化作用の差異を明確にした研究は少ない。火山ガラスが間隙水との反応による生成物が,ゼオライトとなるか粘土鉱物となるのは,どのような条件の差異が起因しているのか,この問題は古くからの未解決の課題である。
堆積岩中のゼオライトは,火山ガラスを出発物質として,以下の反応系列を形成している。
“火山ガラス → 斜プチロル沸石,モルデン沸石 → 方沸石,輝沸石 → カリ長石”
これらの反応は,(1)埋没続成作用では,埋没深度の増加に伴う温度上昇,(2)アルカリ塩湖では,湖周辺部から中心へ向かって形成された塩濃度,アルカリ度の勾配によって進行する。
続成作用において,火山ガラス(岩石名ではガラス質凝灰岩)のゼオライト化によって,地層が硬化する(凝灰岩が硬くなる)。地質調査時に,ある地点で凝灰岩が突然硬くなる場所に出会うことがある。そこが未変質火山ガラスとゼオライト(斜プチロル沸石)帯の境界であることが多い。このような地層の硬軟境界は,車窓から観察できることがある。たとえば,奥羽本線もしくは国道7号線,大館から能代に向かって,“きみまち阪トンネル”直前で左手に見える七座山がそれで,米代川の浸食かから立ちあがっている姿が印象的である。地質学の“初学者”は,このような未変質火山ガラスを含む柔らかい地層とゼオライト化した硬い地層を別の地層として間違って判断し,硬質軟質境界を地層境界として記載することがある。その結果「とんでもない地質図」を作ってくる。残念ながら,地質学者,地質技術者にゼオライト化によって地層が硬化する現象に関する知識が不足している。
我が国の堆積岩中のゼオライトの研究に衝撃的な影響を与えたのが,Coombs4,5)によるNew Zealand南島におけるゼオライト続成分帯の研究であり,New Zealand南島の三畳紀の砂岩から,Ca型ゼオライトの続成分帯を明らかにした。我が国では堆積成ゼオライトは,ジュラ紀以降の酸性から中性の凝灰岩から,Caのみならず,NaおよびK型のゼオライトが産出することが異なる。
Coombsが続成分帯を見出した調査地域を見てやろうと,何度かNew Zealandを訪れた。調査地域には緑豊かな牧場が広がり,羊が戯れていた。どこにも露頭(地層や岩石が露出しておる場所)が見当たらない。どうやって地質調査を行い,分析試料採取をしたのか,続成分帯を認定したのか,大きな謎であった。羊飼いの老人に周辺に露頭がないか尋ねたところ,その昔,オタゴ大学の先生がたくさん学生引き連れてやってきて,牧場のあちこちに穴を掘っていた,という情報を得た。なるほど,Coombs先生の研究は,牧場を人海戦術で掘りまくって試料を採取した結果なのかと納得した。これに対して,我が国で最初の続成作用によるゼオライト生成の研究は,北海道渡島福島地域の研究6)を挙げることができる。この研究は,Coombsの研究から強い影響を受けており,続成作用におけるゼオライト反応系列の生成を閉鎖系で議論しているのが特徴である。もちろん,堆積岩中では間隙水および間隙水に溶解した成分は自由に動くので,開放系である。
1980年代半ば以降の我が国のゼオライト続成作用の研究は,石油探査など種々の試掘調査によって得られた試料を用いることができたため,地表風化の影響のない試料を用いた研究が行われた。さらに良いことに掘削時の検層データ(温度)を利用できたため,ゼオライトの分布と合わせて,続成分帯(Ⅰ帯からⅣ帯)の温度依存性(相転移温度の決定)が確立された。
火山ガラス(Ⅱ帯) → 斜プチロル沸石,モルデン沸石(Ⅱ帯) → 方沸石,輝沸石(Ⅲ帯) → カリ長石(Ⅳ帯)
火山砕屑物中の珪質火山ガラスは,埋没が進行すると地温勾配に応じた温度を被る。火山ガラスは,地温の上昇によって間隙水と反応し斜プチロル沸石を形成する。さらに温度が上昇すると,斜プチロル沸石は間隙水と反応して方沸石または輝沸石を形成する。さらに地温の上昇によって方沸石は溶解しカリ長石を形成する。このように,続成作用によって形成されたゼオライトは,経験した最大温度に応じたゼオライト分帯を生じている。ゼオライト分帯の温度依存性は,現在も続成作用が進行中であると判断される試錐10本を選び,XRD分析(粉末X線回折分析)と検層データを合わせて,各ゼオライト帯の境界温度を決定した7)。図3は各試錐におけるⅠからⅣ帯の境界と境界温度をプロットしたものである。各ゼオライト帯の境界温度は,Ⅰ/Ⅱ帯境界44°C,Ⅱ/Ⅲ帯境界84°C,Ⅲ/Ⅳ境界123°Cが求められた8)。このようなゼオライト続成帯によって決定される温度は,石油探査に有益な地質温度計となっている。すなわち,XRD分析などで解析されたゼオライト帯境界から最大熱履歴を推定することができる。石油探査において根源岩の熱履歴は重要な情報である。
斜プチロル沸石の組成は多様性に富む。Na型,K型まれにCa型も存在する。Si/Al比は,4.0以上で変化に富む。火山ガラスと間隙水との反応によって形成された斜プチロル沸石の組成の多様性は,火山ガラス,間隙水,どちらの組成に依存するのであろうか。斜プチロル沸石生成反応に関与した火山ガラス,特に間隙水の組成を知ることは難しい。斜プチロル沸石と火山ガラスが共存する試料,火山ガラスから斜プチロル沸石への反応の途中である試料を基礎試錐「相馬沖」Ⅰ/Ⅱ帯境界から見出した9)。斜プチロル沸石は,火山ガラスを変質交代し(入れ替わり),気泡中に自形結晶が成長し充填している。同一の火山ガラス片(glass shards)中に,未変質火山ガラスと斜プチロル沸石は共存しない。斜プチロル沸石は,深度の増加に伴って徐々に成長するのではなく,火山ガラスが不安定な温度に達して,一気に成長したことを示している9)。この試料からは,火山ガラスと斜プチロル沸石の組成に関係性は見出せなかった。変質交代とは,鉱物や火山ガラスが間隙水と反応することによって,鉱物組成や化学組成を変化させる現象をいい,ゼオライト生成反応ではこの変化によって鉱物組成が入れ替わる。
火山ガラスから変質交代した斜プチロル沸石は,埋没が進み地温が上昇することによって溶解し,方沸石もしくは輝沸石に変化する。ここで,方沸石と輝沸石は共存しない。方沸石が形成される条件と輝沸石が形成される条件の違いは,相変化が生じる深度における間隙水組成が重要である。基礎試錐「気仙沼沖」では,火山ガラスからNa-K型斜プチロル沸石が形成されている。Na-K型斜プチロル沸石は一旦形成すると安定で,埋没が進み転位温度に達すると溶解が始まる。溶解が進むNa-K型斜プチロル沸石の近傍で,Ca型斜プチロル沸石が沈殿する。この後,Na-K型斜プチロル沸石は全て溶解し,Ca型斜プチロル沸石を核として輝沸石が成長する10)。図4AにNa-K型斜プチロル沸石結晶表面の溶解構造(etch pit)を示した。この構造は,結晶表面にて溶解が始まったことを示している。図4Bに溶解しているNa-K型斜プチロル沸石近傍で成長を始めた相対的に小さなCa型斜プチロル沸石結晶を示した。図4Cに,輝沸石の研磨薄片の反射電子組成像を示した。短冊状の輝沸石は,(010)面の劈開が顕著であり,短冊状結晶の割れ目のように見える。短冊状結晶は塁帯構造を示し,内側の暗い部分がCa型斜プチロル沸石,外側の明るい部分が輝沸石である10)。
これに対して,浅所では方解石が周囲をセメントしている斜プチロル沸石が見出された。方解石沈殿時には,高Caイオン濃度の間隙水と接していたことが推定される。ここでは,高Caイオン濃度の間隙水と接してもCa型に置換されることなくNa-K型のままである(図4D)。
斜プチロル沸石から方沸石の相変化が基礎試錐「豊頃」において観察された11)。浅所ではNa-K型斜プチロル沸石,相転移温度付近ではNa-K型斜プチロル沸石とNa型斜プチロル沸石,もしくはNa型斜プチロル沸石と方沸石が共存している。Na-K型斜プチロル沸石とNa型斜プチロル沸石は外形からは判別できず,走査型電子顕微鏡を用いた反射電子組成像の比較によって認定できる(図5A)。Na-K型斜プチロル沸石の溶解およびNa型斜プチロル沸石の再沈殿の形跡は認められない。これに対して,Na型斜プチロル沸石と方沸石が共存する深度では,Na型斜プチロル沸石はホッパー状結晶として観察される(図5B)。Na型斜プチロル沸石のホッパー結晶は,溶解を被った結晶に特徴的な外形であり,溶解しているNa型斜プチロル沸石の近傍で方沸石が成長している。方沸石は多面体結晶として産出し,火山ガラスを完全に充填することはなく,この深度における方沸石は成長の途中である。Na-K型斜プチロル沸石から方沸石への相変化は,相転移温度近傍においてNa-K型斜プチロル沸石からNa型斜プチロル沸石へ陽イオン交換反応によって変化した後に,Na型斜プチロル沸石は溶解し,方沸石が沈殿する11)。
堆積岩中のゼオライトの化学組成分析を行うことができるようになったのは,EPMA(電子プローブマイクロアナライザー)技術の発達による。EPMAによる微小領域の化学分析は,試料に電子ビームを照射し結晶表面から発生する特性X線を選出して分析を行う分析である。この技術によって,鉱物学,岩石学をはじめとする地球科学は大きく発展した。ただし,ゼオライトのEPMA分析においては,ゼオライトの鉱物学的特徴から,次のような問題点が生じる。ゼオライトは結晶構造が変化しないで水の一部もしくは全部を失うことができることから,EPMA分析時に真空の鏡筒内で脱水が生じ,最悪真空が破られる。前処理として真空デシケーター内で十分に乾燥させる必要がある。脱水の程度により分析値のトータルが変化するので,分析値の評価が難しい。さらに問題なのが,ゼオライトは,EPMA分析に用いる電子ビームに対して打たれ弱いことであり,電子ビームによってダメージを被る。初期のWDX(波長分散型X線分析)では,強い電子ビームを使うためゼオライト結晶が壊されて穴が開く。ダメージを被ったゼオライトの分析値にはNaが不足する。そこで,EPMA分析で得られたNa値の補正が行われた12)。
ゼオライトは,TO4四面体のSi4+の一部がAl3+で置換されているため負の電荷が生じており,電荷の不足を補うためにAlと同電荷の陽イオンが存在している。すなわち,Al=Na+K+2(Ca+Mg+Sr)の関係が存在する。この式を変形してNa=Al−(Na+K+2(Ca+Mg+Sr))とし,この関係からNa値の補正を行う必要があった。ゼオライトには,理論的に,(Si+Al)/O=1/2の関係がある。生のEPMA分析値を用いるよりも補正したNa値を用いた方が理論値に近づく12)。
これに対して,分析精度はWDX(波長分散型)に及ばないが,WDXの百分の一程度の電流で分析が可能なEDX(エネルギー分散型)X線分析が実用化され,ゼオライト分析に用いられるようになった。最新のEDXでは,電子ビームによってゼオライト表面に生じるダメージは小さく,Naの減衰もほとんど見られない。
我が国における初期の堆積岩中のゼオライト研究を困難にしたのは,ゼオライトの結晶粒径が小さいことが原因であった。1990年代以前に生産された光学顕微鏡(偏光顕微鏡)では分解能が低く視野が狭いため,光学顕微鏡を用いての堆積岩中のゼオライトの記載が,ほとんど行われなかった。具体的には,板状の斜プチロル沸石で20 µmを超えるサイズの産出は,まれで通常は10 µm以下である。針状のモルデン沸石は20 µm以下の針状であり,火山ガラスの気泡に密集している場合を除いて鏡下での認定はほとんど不可能であった。さらに方沸石は,凝灰岩中では自形性が悪い,すなわち結晶面を持たない等軸晶系の鉱物であるため,火山ガラスとの区別が難しく,熟練が必要であった。このように,光学顕微鏡を用いた火山ガラスと方沸石の区別は困難であった。このため,堆積岩中のゼオライトの認定は,XRDに依存していた。XRDではゼオライト鉱物の有無しか判断できず産状が観察できないため,検出したゼオライトが砕屑性(再堆積)なのか,現地性であるかの区別がつかない。
これに対して,1990年以降の光学顕微鏡の発達によって状況はかなり改善された。解像度の向上と,ゴースト,収差の発生が抑えられた顕微鏡によって,微小なゼオライトの認定,構造や組織の観察が可能になった。初めて高性能の顕微鏡を使用した時の驚きを今でも記憶している,“教科書に書いてある通りだ!(教科書に書いてある通りに見える!)”。
堆積成ゼオライトの近年の研究と今後の課題は,埋没続成作用とアルカリ間隙水の組み合わせによるゼオライト形成についての研究である。
太平洋岸の二本の基礎試錐から,これまでに推定された続成作用における転移温度と比べ,著しく低い地温で相転移が検出された。基礎試錐「常磐沖」では,Ⅰ/Ⅱ境界21°C,Ⅱ/Ⅲ境界37°C,および基礎試錐「相馬沖」では,Ⅰ/Ⅱ境界34°C,Ⅱ/Ⅲ境界51°Cが報告された13)。ここで観測された低温の相転移は,地質時代に現在の地温よりも高い地温,ゼオライト相転移温度に相当する地温に達していた可能性が考えられる。考えられる地温が高かった原因は,(1)埋没深度が大きかった可能性;現存する地層の上位に削剥された地層があり,削剥以前には埋没深度が大きく,地温が高かった。(2)古地温が現在と比較して大きかった可能性;地温勾配が高かった時期があり,その時に現在の深度で相転移が生じた,の二点である。地層の熱履歴を知ることは,石油探査で重要な要因である。基礎試錐では,石油探査における重要な熱履歴の指標であるビトリナイト反射率(Ro)のデータが得られている。ビトリナイト反射率(Ro)とは,ある種の植物片もしくは石炭片の反射率であり,地温を時間で積分した値を示す標準的な指標である。ビトリナイト反射率の評価においては,石油発生帯にあたるRo=0.5が注目される。Ro=0.5は,基礎試錐「常磐沖」では67°C,基礎試錐「相馬沖」では73°Cの深度で分析測定された。地温67~73°Cは,一般的なRo=0.5の形成温度である。すなわち,Ro測定値からは,両試錐ともに過去に地温が高かった痕跡は見られず,現在の温度が最大熱履歴,もしくはそれに近い温度と考えることができる。
基礎試錐「常磐沖」と「相馬沖」で観察されたゼオライト分帯の形成は,過去の高温で説明することはできない。二つの基礎試錐のⅢ帯(方沸石―輝沸石帯)を構成する岩石に共通する顕微鏡観察事項として,阿武隈花崗岩を起源とする長石質砂岩から構成される。長石質砂石は,Na側のオリゴクレス~アンデシン組成の斜長石が卓越し,カリ長石は極端に少なく,炭酸塩セメントは溶解を被っている。炭酸塩鉱物が溶解して形成された空隙には,カリ長石,濁沸石,石英が自生鉱物として沈殿している。埋没続成作用におけるカリ長石の沈殿は,123°Cであり,基礎試錐「常磐沖」の37~68°C,「相馬沖」51~81°Cの地層には,通常の続成作用では沈殿しない。このような低温のゼオライト化,カリ長石化は,アルカリ塩湖堆積物と同様に,アルカリ間隙水の影響である可能性が指摘された8)。すなわち,基礎試錐「常磐沖」と「相馬沖」に見られるゼオライト帯は,続成作用とアルカリ変質の混合作用で形成されたゼオライトであるという考え方である。この地域でのアルカリ溶液の原因として,長石質砂岩が有機酸と反応することによって間隙水中にNa+,K+,Ca2+,H4SiO4,Al3+,HCO3−,CO32−が溶け出す。この間隙水からカリ長石,濁沸石,石英,カオリナイトが沈殿することによってK+,Ca2+,H4SiO4が取り去られ,間隙水にはNa+,HCO3−,CO32−が濃集しアルカリ性に変化する。このアルカリ溶液が,埋没続成作用でゼオライトを形成中の地層中でゼオライト形成反応に関与することによって,低温での斜プチロル沸石,方沸石の形成に関与した8)。残念ながら,このようなゼオライト形成メカニズムは,裏受けるデータが乏しい。
続成環境にアルカリ間隙水が存在する例として,メタンハイドレート形成時に生じる高塩濃度間隙水の作用が挙げられる。メタンハイドレートは,天然で最も普通に産する構造Ⅰの場合には,構造式はCH4•5.75H2Oで表現され,メタンハイドレート形成時にガス1分子あたりの5.75個の水分子を環境から奪っていく。その結果,メタンハイドレートの周囲に高塩濃度間隙水が形成される。メタンハイドレート形成に関する本格的な研究は2000年以降であり,ハイドレート形成に伴う高塩濃度環境形成についての新しい知見である。筆者は,メタンハイドレート探査目的で行われた調査航海に乗船し,表層ハイドレート層準の火山ガラスを採取し研究を行ってきた。残念ながら,ハイドレート近傍からゼオライトを発見するに至っていない。
これに対して,メタンハイドレート溶解時には,溶解したメタンなどの炭化水素に富んだ湧水が海底から湧出する。冷湧水に含有されるメタンはメタン酸化古細菌によって酸化を被り炭酸イオンを形成され,海水もしくは間隙水中のCaイオンと反応して炭酸カルシウムを沈殿している。冷湧水起源の炭酸塩の特徴は,メタン起源の軽い炭素同位体組成を受け継いでおり,炭酸塩炭素同位体組成から冷湧水を起源とする石灰岩(方解石)が認定される14)。著しく軽い炭酸塩炭素同位体組成を持つ方解石脈とその周囲のゼオライト化した凝灰岩が,房総半島の南端に分布する白浜層から見出された。ここでは,通常の続成作用では見られない種類と産状のゼオライトで構成される15)。
(1)エリオン沸石凝灰岩:野島崎東側では,ガラス質凝灰岩が風化に強いため地層から浮き上がっている。風化に耐えている部分は,組成がシリカに富み,エリオン沸石(erionite)によってセメントされている。これが風化に強い理由である。我が国のエリオン沸石の報告は,晶洞鉱物としての記載がほとんどであり,大規模にエリオン沸石化したガラス質凝灰岩は,日本では最初の記載となる。
(2)輝沸石とネコ石(nekoite)の共存:上記ガラス質凝灰岩層最下部と上位に分布する変質を被った浮石層と浮石層を切る方解石鉱脈中には,粗粒の輝沸石とネコ石が形成されている。脈中の輝沸石は,鏡下におおて光学異常(異常消光)が認められた。光学異常を示した輝沸石は,化学分析においてカチオンが著しく不足し,450°C/8時間でX線的に完全に消滅する。ネコ石は,スカルンや石灰岩の風化鉱物であり,続成作用で形成された例はない。
(3)方沸石ノジュール:野島崎灯台下に分布する礫岩は,直径数cmから60 cmに及ぶ泥岩の偽礫を含む。偽礫とは,未固結の泥質堆積物の上を砂などが流れ下った時に,泥が剥がされて砂などの中に取り込まれた泥岩のことで,あたかも礫に偽装しているかのように見えることから,偽礫と呼ばれる岩石である。野島崎灯台下礫岩中の偽礫は,方沸石によってセメントされており,この偽礫は,方沸石ノジュールのように見える。方沸石のみでセメントされている場合と,方沸石と方解石でセメントされている場合がある。
図6に房総半島南端白浜層中に見られる方解石脈の炭酸塩酸素炭素同位体組成を,共存する沸石種ごとにプロットした。炭酸塩炭素同位体について,菱沸石(chabazite)を含む方解石脈が低い値を示し,多くは−30 per mil以下である。これに対して,輝沸石を含む方解石脈は,相対的に高い値を示した。炭素同位体は幅広い組成を示し,菱沸石を含む方解石脈は−30 per milを下回る。ここで,冷湧水炭酸塩認定の基準としてδ13C<−30 per milがあり,炭酸塩炭素同位体組成から方解石脈は冷湧水の特徴を持つ。また,輝沸石の陽イオン組成は,続成作用で形成された輝沸石は一般的なCa型であるのに対し,方解石脈中の輝沸石はNa型であり,高アルカリ環境からの沈殿の特徴を示している。
房総半島南端に分布するゼオライト群は,通常とは異なる鉱物組み合わせ,組成,産状および共存する方解石脈の炭素同位体組成から,これらのゼオライト形成にはメタン冷湧水が関与した可能性が強い15)。
堆積岩中のゼオライトの研究は,1960年代のXRDを主な手段として行われた研究から始まり,EPMAなどの分析機器,種々の顕微鏡の発達に伴って発展した。さらに,石油探査を目的とした基礎試錐の実施によって得られた未変質試料が研究に用いられた。2000年以降にメタン冷湧水が地質学的な新知見として周知された以後,冷湧水に伴うゼオライトの発達,さらに冷湧水環境下の続成作用のゼオライト形成の研究は,今後の重要な課題である。
私の幼少期には,木下亀城先生の鉱石図鑑,益富寿之助先生の岩石図鑑を就寝前に熟読していた。これら図鑑からは,色々な知識を得た。ゼオライトの項目に,“方沸石玄武岩”という記載があり,マグマから初成的にゼオライトが結晶する(マグマから直接沈殿する)と勘違いした。後に鉱物学を学んで,考えていたような初成的ゼオライトは存在しないことを教えられたが,初生的なゼオライトへの憧れは変わらない。初生的に近い産状として,マグマ分化の残留溶液から沈殿したゼオライトが知られている。山形県五十川の玄武岩晶洞中の方沸石16)や岐阜県中津川市蛭川田原のペグマタイト晶洞中の菱沸石17)などが,その例である。また,この図鑑には,マンガン沸石が紹介されていた。現在ではイネス鉱(inesite)という鉱物名が用いられるが,“マンガン沸石”という鉱物名が思い浮かぶ。幼少期の刷り込みは,一生ものとなった。
私は,野外における地質調査を堆積岩中のゼオライト生成研究の基盤として行ってきた。種々の思い込みと勘違いによる失敗から,多くの教訓を得た。「とんでもない地質図」を作ったのは,若き日の私でした。
1) 須藤俊男,地質学雑誌,56, 13(1950).
2) 木崎喜雄,粘土科学の進歩(2), p. 136, 技報堂(1960).
3) 林 久人,須藤俊男,松岡正近,粘土科学の進歩(2),p. 157, 技報堂(1960).
4) D. S. Coombs, Royal Soc. New Zealand Trans., 82, 65(1954).
5) D. S. Coombs, A. J. Ellis, W. S. Fyfe, A. M. Taylor, Geochim. Cosmochim. Acta,17, 53(1959).
6) 吉村尚久,地質学雑誌,67, 578(1961).
7) 飯島 東,粘土科学,26, 90(1986).
8) A. Iijima, Rev. Mineral. Geochem., 45, 347(2001).
9) S. Ogihara, Clays Clay Miner., 48, 106(2000).
10) S. Ogihara, A. Iijima, In: Zeolite, Facts, Figures, Future(Studies in Surface Science and Catalysis Volume 49 Part A), P. A. Jacobs, R.A. van Santen(eds), p. 491, Elsevier, Amsterdam(1989).
11) S. Ogihara, Miner. Deposita, 31, 548(1996).
12) 荻原成騎,粘土科学,31, 97(1991).
13) A. Iijima, S. Ogihara, In: Natural Zeolites ’93: Occurrence, Properties, Use, D. W. Ming, F. A. Mumpton(eds), p. 115, Brockport, New York(1995).
14) 荻原成騎,化石,78, 40(2005)
15) 荻原成騎,地球惑星連合学会,S-CG73-P04(2017).
16) 荻原成騎,ゼオライト,38, 表紙裏写真(2021).
17) 荻原成騎,ゼオライト,39, 表紙裏写真(2022).
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