日本ゼオライト学会 刊行物 Publication of Japan Zeolite Association

ISSN: 0918–7774
一般社団法人日本ゼオライト学会 Japan Zeolite Association
〒162-0801 東京都新宿区山吹町358-5 アカデミーセンター Japan Zeolite Association Academy Center, 358-5 Yamabuki-cho, Shinju-ku, Tokyo 162-0801, Japan
Zeolite 41(1): 29-35 (2024)
doi:10.20731/zeoraito.41.1.29

ゼオゼオゼオゼオ

中学生が発見したゼオライトのイオン交換能を制御する因子鳥取大学ジュニアドクター育成塾「めざせ!地球を救う環境博士」の成果

1鳥取大学工学部附属グリーン・サスティナブル・ケミストリー研究センター

2鳥取大学附属中学校

発行日:2024年1月30日Published: January 30, 2024
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1. はじめに

本稿では,小中学生向け教育プログラムの一環として,中学生を主役としゼオライトのイオン交換を題材として研究を行い,意外な発見に至り,中学生が学会発表を行った経緯を説明する。研究そのものについては未発表の内容が多いのであまり触れないことを容赦願いたい。また,福島第一原発に関する数値が出てくるが,過去の数値を再引用したものであり,そのまま使ってよいものではないことに注意願いたい。また全体の文責は筆者の内の片田にあり,当時中学生であった田村さんの感想文の箇所のみ本人の著によるものである。このために共著者でありながら田村さんに敬称をつけていることにもご理解いただきたい。

鳥取大学では2017~2022年度,国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の事業である「ジュニアドクター育成塾」の一環として,環境問題に特化した「めざせ!地球を救う環境博士」プログラムを実施した1)。趣旨は図1のとおりで,高度の科学的知識はもとより,これからの社会で必要とされる他者と協同しながら新しい考えや知識を生み出していくことのできる人材を育成することが目的とされ,環境基礎プログラムと環境探究プログラムが準備された。環境基礎プログラムでは,科学,とりわけ理科の領域に強い意欲と高い能力をもつ小学校5・6年生と中学生を募集して試験で選抜し,鳥取大学および米子工業高等専門学校のキャンパスで,環境に関するさまざまなテーマ(2020年度の例を表1に示す)についての講義・短時間の実験・議論を行った。環境探究プログラムでは,環境基礎プログラムを終えた受講生がテーマを1つ選んで応募し,2年間にわたって研究を行った。お世話をする側は,1つの研究グループが,ある年度に環境基礎プログラムの1テーマとして講義などを行い,その受講生が選んでくれた場合には翌年度から2年間,環境探究プログラムを担当し,多くの研究グループが複数年度にわたってこれらの役割をつぎつぎと分担し,2017~2020年度がそれぞれ初年度となる4年分のジュニアドクターを育成した。到達目標として,環境探究プログラム終了時にはレギュラーな学会発表ができるレベルを目指すこととなった。

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図1. 鳥取大学ジュニアドクター育成塾「めざせ!地球を救う環境博士」の概要.

表1. 2020年度環境基礎プログラムのメニュー
日付内容
9/20開講式
グループディスカッション講座
レポートのまとめ方についての講義
10/4いままでの成果発表会
10/11身の回りの水環境から環境問題を考える
10/25自然エネルギーの基礎と利用
11/8砂漠化する地球を救え
モンゴル,黄砂研究の最前線
11/22はじめてのキノコ学~「きのこ」という生物を理解する~
植物や昆虫を食べるきのこ,育てるきのこ~きのこの驚くべき暮らしとはたらき~
11/29ゼオライトによるイオン交換
12/20学習成果発表会・研究成果報告会・サイエンスカンファレンス報告会・閉講式

鳥取大学工学部附属GSC(グリーン・サスティナブル・ケミストリー)研究センターは本学における環境教育・研究の中核を担う組織としてこのプロジェクトに全面的に参画し,片田らもゼオライトに関するテーマを2020~2022年度に担当した。表1に示すとおり,鳥取大学では乾燥地研究センター・農学部・医学部などに小中学生の興味を引く身近な研究課題を揃えている。一方,社会を裏から支える触媒やゼオライトを研究している片田グループではテーマ設定に苦労し,正直に書くと苦し紛れに,図2のように「ゼオライトによるイオン交換」を設定した。前提として,危険な実験はできないし時間を要する実験もできない。小中学生は原子や分子や化学反応,ましてやイオンについて学んでいない。濃度やモル,さらには「10n」という指数表現を知らない。これらの制約の中で,種々のNa型ゼオライトを硝酸セシウム水溶液に投じ,室温で攪拌後に濾別し,水溶液側に残ったCsをICP-ES(誘導結合プラズマ発光分光)で定量するという実験を計画した。片田グループ側のバックグラウンドとしては,以前からイオン交換によるNH4型ゼオライトの調製2),H型ゼオライトへのアンモニアの吸着熱と構造の関係3)などイオン交換サイトの化学的機能の由来を考え続けてきたこと,直近ではメタンの活性化に資するCo2+のサイト選択的なイオン交換の解析4)が必要であったことなどが挙げられる。今までの経験から,ICPの温度が太陽表面と同じレベルというと子供たちは喜んでくれることと,原発の問題は関心を惹くであろうことから,小中学生の興味を維持する最適な内容を考えたつもりである。ただし他のテーマと比べると難しくて地味なので,きっと2年目からの環境探究プログラムには志願者は出ないと予測していた。

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図2. 初年度(環境基礎プログラム)の受講者募集に際して公表したシラバス.

2. 環境基礎プログラム

2020年度の前半はコロナ禍のためにチャンスが失われ,秋になってようやく講義と小規模の実験を行うことができた。受講者は小5~中2の15名で,講義のコンテンツは原子,イオン,放射性Cs核種,ゼオライト,イオン交換などの説明を前半1時間で行うものである。桁数の多い数字にもゼロを全部書き,完全にオリジナルなテキスト(図3)をつくって臨んだ。ついでゼオライト2試料を用いるCs交換実験を行った。その後にICPの部屋に移動して装置の見学だけ行い,昼休憩の間に補助の大学院生がICP測定を行い,休憩後に報告した。室温で少しゼオライトを加えて攪拌するだけでCsが減ることは実感されたと思われる。ついで休憩後に1時間ほど15人を3グループに分けてグループ内でディベートをしてもらい,「ゼオライトによって汚染水の問題は解決できるのか?」に答を出してもらった。3グループの答は「yes」「no」「条件による」に分かれ,グループ間でさらに熱い議論が行われた。事後アンケートではこのゼオライトのテーマは好評で,翌年からの環境探究プログラムにも本稿の筆者の1人である田村さんを含む志願者が2名現れた。アンケートからは,ゼオライトそのものが強い興味を惹いたわけではなく,ディベートの出題が見解の分かれる内容で,また実験で求めた値との関連が強く,議論を楽しんだ印象が強かったことが窺えた。

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図3. 初年度(環境基礎プログラム)のテキストの書き出し.

3. 環境探索プログラムの展開

翌年度には,学会発表ができるレベルの研究を目指して環境探索プログラムをスタートした。志願者2名の中学生の書いた研究計画書を基に行うことになっており,大学院生2名をメンターに,種々のゼオライトを用いてNaからCsへのイオン交換を行い,ゼオライトの組成や構造などとの相関を見出そうとした。しかしながら2021年度はコロナ禍の影響に直撃され,受講者に大学を訪問させることがほとんどできなかった。しかたがないので6~7月にはe-learningシステムManabaやZoomを使ってビデオ講義や双方向のディスカッションを何度か行った。わずかに夏休み中に来学してもらい,複数のゼオライト試料で初期Cs濃度の異なる状態からイオン交換をしてもらったところ,離散的で解析に困るような結果を得た。また,古典的な研究により,ミクロ細孔(空洞)とイオンのフィッティングによる形状選択性5)などは知られており,これを超える新しい知見を得ることが目標であるところ,そのような知見は得られなかった。しかしながら,受講者の意欲は極めて高いものであった。

2022年度は環境探究プログラムの2年目に当たるが,形式的には再度募集を行うこととなっており,前年度の受講者が再び立派な志願書を書いて応募してくれた。そこで反省点をよく話し合い,Na大過剰での測定によってLangmuir型のプロットを行ってイオン交換容量と平衡定数を求め定量的に考察をすること,1980年代以後によく用いられるようになったゼオライトを中心に,知られていない法則があるかどうかを調べることとした。Na大過剰でのCs除去というのは,福島第一原発の事故対応のような条件でもあり,イオン交換サイトの性質が均一でない場合に,実用的に重要な部分の性質を調べることとなる,という意味も有する。受講者は2名とも高校受験の年に達していたにも関わらず,熱心に取り組んでくれた。ただし受験の結果が出るまでは少々心配であった。データの解析には片田がつくったExcelのファイルを使うようにし,数学的なテクニックはともかく,どんな数字を入れると答(イオン交換容量と平衡定数)がどうなるかは体験してもらった。メンターである大学院生の的確なリードもあり,信頼できる結果が得られた。

さて,得られた(1)式の化学反応の平衡定数は,用いたゼオライトの骨格の種類で示すとFAU<LTA<MFI<YFI<MORの序列であった。この序列は,同じ種類の骨格を持つ酸型ゼオライトのBrønsted酸強度(Brønsted酸点のアンモニア吸着熱=脱離エンタルピー)の序列3,6,7)と同じである。さらには,室温での平衡定数の対数とアンモニア吸着熱の間に直線関係がある。ミクロ細孔径などとは直接の相関は無い。予想を超えた新しい発見であった。

Cs-Zeolite+Na+(aq)⇌Na-Zeolite+Cs+(aq)(1)

ただしX-ZeoliteのXはゼオライトのイオン交換サイト上のカチオンを指す。

このようにして求めたイオン交換容量と平衡定数から,実用条件での性能を計算することができ,福島第一原発で,ある時点で公表された排水量とCs濃度から処理に必要なゼオライト量を算出すると図4のようになり,ゼオライト種によって大きく異なり,平衡定数の大きなゼオライトを用いると少量で処理できることがわかる。学内で開かれた成果発表会では,中学生の2人はこのことを強調していた。

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図4. 成果発表会で用いたスライドの1枚.日本化学会第103春季年会でのポスターにも同じ内容の図表を用いた.

4. 学会発表

主力となって取り組んでくれた田村さんの中学校卒業式の直後(3月中なので身分はまだ中学生である),日本化学会第103春季年会(東京理科大学野田キャンパス)で田村さん本人がポスター発表することとなった。準備に取りかかってから,予稿やポスターの案を要求すると,専門的な情報に乏しいとは言え,ほぼ即日で答が返ってきて,極めて強い意欲が感じられ,大学院生だったとしても素晴らしいレベルである。また日本化学会事務局によると,中学生の発表はおそらく初めてとのことである。そのようなやりとりの後,3月の末に田村さんはご家族とともに飛行機で会場を訪れ,ポスター発表を行った8)。中学生の発表はちょっとした話題となり,菅会長もポスターを来訪された(図5)。

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図5. 日本化学会第103春季年会(2023年3月23日,東京理科大学野田キャンパス)での発表ポスター前にて,左から日本化学会会長菅裕明先生(東京大),田村隼央さん(鳥取大附属中),田村さんのお母さん.

ここから,田村さん本人の感想をそのまま記載する。

日本化学会に出席してみて

僕が日本化学会に出席させてもらい,終わって思ったことが,「あの時間はこれから経験することのどれよりもはるかに素晴らしい時間になった」ということです。まず,僕は約2時間という時間の中で僕たちが作ったポスターを見に来られた方々の質問や発表のアドバイスを糧に1回ずつ成長することができたからです。次に,僕が中学生という身分でありながら出席させてもらえたことです。自分の世界を広げやすいこの時期に,僕は自分の世界を広げることができたからです。僕はあの約2時間緊張していてろれつが回らなかったりもしましたがとても有意義な時を過ごすことができました。

ジュニアドクター育成塾のプログラムの中で行っていた実験で発見をして,出席させてもらったのですが,僕がジュニアドクター育成塾を知ったのは中学1年の時に理科の先生が配られたチラシで知りました。家族と相談して前向きな言葉をもらったので自分で応募しました。最初の試験は緊張していたのかあまり覚えていません。1年目はいろんなテーマを回って「こういうことができるんだ」とか「こんな問題があるんだ」と思いました。この時からゼオライトに興味を持っていました。2年目にゼオライトを選択しましたがその時は親に反対されました。でも,僕がするときはサポートしてくれました。コロナ禍だったのでWebで講義を聞いたり,相談をしたり,大学に行って実験をしました。大変だった時もあったけど本当にもっともっとしたかったです。片田教授に様々な講義をしていただきましたが,難しいことも多かったですがそのたびに理解しようと努力しました。発表会を毎年しましたが,自分のしたことをいうことは嫌いではないので前向きに取り組みました。「学会に出てみませんか?」と言われたときは面白そうだとその時思いました。準備は教授が僕の受験を優先してくださったので両立できました。このことを親に報告したら前向きなことを言ってくれました。学会ではポスターを貼った直後から人が来られたので他の発表はあまり見られませんでした。いろんな大学の先生方からいろんな質問を受けましたがそのたびに1歩ずつ成長できていると感じました。次にこういう機会があったら今回のことを活かして今回よりも良い発表にしたいです。

5. おわりに

参加した中学生にとっては,一言で言うと「わからないけど面白い」であったと推測される。平衡や酸性質の理解は十分でなかったと思われるが,実験,解析,発表の全てにわたって極めて強い意欲が示され,感想からも障害を乗り越えて成長を遂げたことが感じられる。自然科学に興味を持つ若者が育ってくれたことは嬉しい限りである。

JST事業の一環としての「めざせ!地球を救う環境博士」プロジェクトは2022年度限りで終了し,「キャンパスで「環境」を学ぼう!」プロジェクト9)に引き継がれた。引き続き,いろいろな仕掛けを試みるつもりである。

さて,前述のように室温での(1)の平衡定数の対数とアンモニア吸着熱の間に直線関係があった。平衡定数の対数は反応の標準ギブズエネルギーと比例し,一方反応のエンタルピーと内部エネルギー変化はほぼ直線関係にあるはずなので,(1)式の標準ギブズエネルギーと(2)式のエネルギーの間に直線関係があることになり,エネルギー対エネルギーが直線関係にあるので合理的である。

NH4-Zeolite⇌H-Zeolite+NH3(g)(2)

片田らはH型ゼオライトのBrønsted酸点を構成するAl-OH-Si部位が両端から圧縮されると酸強度が増し,これがゼオライトの種々の化学的特性を発現させることを主張している3)。したがって,見出された相関はイオン交換能の制御因子を示していると考えられる。ここから先の考察はゼオライト研究発表会10,11)をはじめとする学会などで発表する予定(本稿の掲載時点では発表済みであるはず)である。

謝辞Acknowledgments

本稿で紹介した研究は以下の人々によって行われた(以下,所属は当時のもの)。当時中学生の田村隼央さん,本田凛々さん(以上,鳥取大学附属中学校),当時大学院生の川谷優也さん,森脇 優さん,松原仁志さん,福井萌麗さん(以上,鳥取大学工学部附属GSC研究センター)。また松倉 実先生(東京大)からご助言をいただいた。本研究の一部はJST次世代人材育成事業の支援を受け鳥取大学ジュニアドクター育成塾環境探究プログラムとして行われた。

引用文献References

1) https://junior-doctor.fuzoku.tottori-u.ac.jp/

2) N. Katada, T. Takeguchi, T. Suzuki, T. Fukushima, K. Inagaki, S. Tokunaga, H. Shimada, K. Sato, Y. Oumi, T. Sano, K. Segawa, K. Nakai, H. Shoji, P. Wu, T. Tatsumi, T. Komatsu, T. Masuda, K. Domen, E. Yoda, J. N. Kondo, T. Okuhara, Y. Kageyama, M. Niwa, M. Ogura, M. Matsukata, E. Kikuchi, N. Okazaki, M. Takahashi, A. Tada, S. Tawada, Y. Kubota, Y. Sugi, Y. Higashio, M. Kamada, Y. Kioka, K. Yamamoto, T. Shouji, Y. Arima, Y. Okamoto, H. Matsumoto, Appl. Catal., A: Gen., 283, 63(2005).

3) N. Katada, K. Suzuki, T. Noda, G. Sastre, M. Niwa, J. Phys. Chem., C, 113, 19208(2009).

4) H. Matsubara, K. Yamamoto, E. Tsuji, K. Okumura, K. Nakamura, S. Suganuma, N. Katada, Micropor. Mesopor. Mater., 310, 110649(2020).

5) D. W. Breck, Zeolite Molecular Sieves: Structure, Chemistry, and Use, Wiley, p. 529(1974).

6) N. Katada, Mol. Catal., 458, 116(2018).

7) N. Katada, K. Yamamoto, M. Fukui, K. Asanuma, S. Inagaki, K. Nakajima, S. Suganuma, E. Tsuji, A. Palcic, V. Valtchev, P. St. Petkov, K. Simeonova, G. N. Vayssilov, Y. Kubota, Micropor. Mesopor. Mater., 330, 111592(2022).

8) 田村隼央,本多凛々,川谷優也,森脇 優,片田直伸,日本化学会第103春季年会,P1-2vn-10(2023).

9) https://sites.google.com/tottori-u.ac.jp/learning-extension

10) 川谷優也,森脇 優,田村隼央,片田直伸,第36回日本イオン交換研究発表会,O1-10(2023).

11) 川谷優也,森脇 優,田村隼央,片田直伸,第39回ゼオライト研究発表会,C7(2023).

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