日本ゼオライト学会 刊行物 Publication of Japan Zeolite Association

ISSN: 0918–7774
一般社団法人日本ゼオライト学会 Japan Zeolite Association
〒162-0801 東京都新宿区山吹町358-5 アカデミーセンター Japan Zeolite Association Academy Center, 358-5 Yamabuki-cho, Shinju-ku, Tokyo 162-0801, Japan
Zeolite 40(4): 153-161 (2023)
doi:10.20731/zeoraito.40.4.153

解説解説

超高速グラフェン包接ゼオライト分離膜の省エネ分離への可能性Ultra-fast Permeable Graphene-wrapped Zeolite Membranes for Energy-saving Separation

1信州大学先鋭領域融合群先鋭材料研究所Research Initiative for Supra-Materials, Shinshu University ◇ 〒380–8553 長野市若里4–17–1

2信州大学理学部化学コースDepartment of Chemistry, Faculty of Science, Shinshu University ◇ 〒390–8621 長野県松本市旭3–1–1

3Department of Chemical Engineering and Technology, Faculty of Technology, University of Banja Luka ◇ Bulevar vojvode Stepe Stepanovica 73, Banja Luka 78000, Bosnia and Herzegovina

受理日:2013年4月1日Accepted: April 1, 2013
発行日:2023年10月15日Published: October 15, 2023
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省エネルギーの分離技術には,高圧印加なしで高速な分離膜の開発が求められる。ここでは20 kPa差圧下で従来の分離膜より数十倍以上の高速分離性を持つグラフェン包接ゼオライト(G-ゼオライト)分離膜の作製法と気体分離特性を紹介する。酸化グラフェンコロイドでMFIゼオライト微結晶を塩化アンモニウム存在下で包接後,アルゴン中にて623 Kで処理してG-ゼオライト分離膜材料を得る。G-ゼオライト分離膜材料を925 MPaで圧縮すると,5 mm直径のクラックのない分離膜が得られる。この分離膜ではゼオライト結晶表面にグラフェンが原子間力で密着しているために,ゼオライト結晶面の凹凸構造とグラフェン面間のサブナノスケールのチャネルで気体を分離できる。この新たな分離機構は分子動力学から支持されている。高速分離性はG-ゼオライト結晶粒子間の100 nm程度の空隙構造が関係している。本分離膜は水素/メタンの分離係数が245で,水素の透過係数は5.8×106 barrers(1.3×10−5 mol m−2 s−1 Pa−1)であり,従来の分離膜より100倍以上大きい。Robesonプロットでは離れた右斜め位置を占め,極めて優れた分離性能であることを示す。この分離膜は二酸化炭素/窒素,窒素/酸素についても今までにない優れた分離特性を示す。

This article describes preparation method and gas separation characteristics of innovative graphene-wrapped zeolite (G-zeolite) membranes. The G-zeolite particles are prepared by heating of graphene oxide-wrapped zeolites at 623 K in Ar. The compression of the G-zeolite particles with 920 MPa provides the crack-free membrane of 5 mm in diameter. The interfacial nanochannels between graphene-sheets and zeolite crystal surfaces can induce quite high separation factors. The G-zeolite membrane has intergranular voids of 100 nm in size which lead to the unusually large permeability constant. The G-zeolite membrane shows excellent separation characteristics for hydrogen against methane that the ideal separation factor is 245 and the permeability constant is 5.8 × 106 barrers (1.3 × 10−5 mol m−2 s−1 Pa−1). This permeability is more than 100 times larger than those of previously published membranes. The Robeson plot for H2 against CH4 clearly shows the superiority of the G-zeolite membrane. The separation mechanism through interfacial nanochannels between the graphene-zeolite surfaces is supported by molecular dynamics study using a graphene-wrapped rod-like MFI zeolite crystal of (100) and (010) crystal faces. Here, the graphene-wrapping the zeolite rod has two nanowindows for entrance and exit for gas. The trajectory analysis from the entrance nanowindow to the exit one shows the marked separation function due to interfacial channels between the graphene and (100) MFI crystal surface. The G-zeolite membrane exhibits the best separation characteristics even for CO2 against N2 of the published data. Also the G-zeolite membrane has novel N2 selective separation property against O2 (N2/O2 : 3–4) with unusually large permeability constant being 100 times-larger than the membranes published.

キーワード:高速分離膜;グラフェン;ゼオライト;酸化グラフェン;分離特性

Key words: high permeance membrane; graphene; zeolite; graphene oxide; separation performance

1. はじめに

省エネルギー技術開発の要求は繰り返し起こってきたが,今回のそれは極めて強い要求であり,世界全体に及ぶものである。2050年のカーボンニュートラルに伴うグリーン戦略(内閣府,令和3年)はその代表例であり,基礎科学においても,様々な分野・観点からの二酸化炭素削減につながる省エネルギー技術関連の研究推進が求められている。材料科学は化学工業をはじめとする多くの産業を支えている。その化学工業における二酸化炭素排出を見てみると,極めて重要なことに気づく。化学工業では純粋物質からの化学合成によって,社会で要請されている材料を製造している。純粋な有機化合物から化学反応で種々の物質を合成する有機合成化学に基礎を置く石油化学工業はその典型である。ゼオライト材料にしても,天然ゼオライトだけでなく,所定の細孔構造や特性を有するゼオライトが水熱合成などにより製造されている。目的とする特性を有するゼオライト合成には高純度のシリカや酸化アルミニウムが必要である。このように,化学工業は高純度原料がなければ成り立たない。しかしながら,高純度原料の製造には多大の熱エネルギーが使われている。気体や液体の高純度化には蒸留法による分離が用いられているために,実に多くのエネルギーが消費され,それに伴い甚大な二酸化炭素が排出されている。USAの場合でみると全工業で消費するエネルギーの約半分が物質の分離に使われている1)。このために,古くから化学工業を支えてきた蒸留法のように多大の熱エネルギーを用いる分離技術を省エネルギーの分離法に変えなければならない。そのためには吸着法あるいは膜分離法が有力とみられている。しかし,吸着法は分離対象によっては蒸留を基本とする分離法よりも多くのエネルギーを必要とする。そのために膜分離法に大きな期待がかかっている。特に,従来の分離速度を遥かに凌駕する革新的分離膜が開発されると,分離速度向上のための高圧印加のエネルギーを節約できるので望ましい。このために,膜分離技術が抱えている大きな課題の一つが,有効な分離係数を持ちつつ,従来にない高速分離が可能な高速分離膜の創出である。

分離膜は大別すると高分子分離膜と無機分離膜とがある2)。ここでは気相分離を考える。高分子分離膜は膜の分子レベルからのデザインによって極めて高い分離係数が創出でき,また薄い膜も比較的作りやすく,省エネルギー分離に有望なことから活発に研究がなされている。しかしながら,簡単な言い方をすると,分離機構が膜への擬溶解によるものなので,原理的に分離速度を大きくすることが困難である。速度を大きくするために対象の気体を加圧すると,高分子膜に耐圧性も求められると同時に,省エネルギー性が失われてしまう。無機分離膜の代表であるゼオライト分離膜は,ゼオライト結晶のナノスケール細孔を利用して気体を分離する3)。このためにクラックのないゼオライト微結晶からなる分離膜ができると,安定な分離特性を創出できる。最近ではクラックのないゼオライト分離膜も作製されるようになったが4),まだまだクラックのないゼオライト分離膜作製には大きな努力が必要である。また,分離機構がゼオライトのミクロ細孔によるために,ミクロ細孔より小さな気体分子の分離には必ずしも適さない。

このような状況のなかで,常温でゼオライト微結晶を用いてクラックなしでゼオライト分離膜を作れるとメリットが大きい。また,ゼオライトのミクロ細孔のみで気体を分離するのではなく,新たな分離用のナノチャネルを創出できると応用性が広がる。そのためにゼオライト微結晶をグラフェンで包接する新たな方法を検討した。グラフェン–グラフェン表面間には重量当たりで最強のファンデルワールス力が働く。従ってグラフェンで包接されたゼオライト微結晶はいわば自己接着性を持つ粒子とみなせる。実際,グラフェン包接ゼオライト粒子を加圧するとリークのない分離膜を作ることができる。グラフェンがゼオライト結晶を包接している微視的構造は,理想的にはグラフェンとゼオライト結晶面が原子間力で平衡にある。そのために,主としてゼオライト結晶面固有の凹凸構造とグラフェン間のナノ空間が気体分子の透過チャネルとなる。ここで用いているグラフェンは酸化グラフェンから作製しているので,気体分子が自由に透過できるサイズのナノ窓5)がある。従って,グラフェン包接ゼオライト分離膜には,ゼオライト結晶内の細孔とグラフェンとゼオライト結晶表面間のナノチャネルがあり,それらを気体が透過できる。また,グラフェン包接ゼオライト粒子間には気体が自由に透過できる空隙もあり,分離膜としては従来にない高速透過を可能としている。本稿では新たな分離機構を有するグラフェン包接ゼオライト分離膜6)について述べる。

2. グラフェン包接ゼオライトの作製法

グラフェンはsp2炭素原子からなる6角網目構造に基づく平面構造体であるが,酸化グラフェン(GO)は多量の酸素原子を含み,sp3炭素原子も多く局所的な構造柔軟性もある。そこで,ゼオライト結晶をグラフェンで包接するにはソフトさのあるGOコロイドを用いる7)。水蒸気の影響が少ないように比較的疎水性のMFIゼオライト(早稲田大学松方研究室調製,サイズ:300 nm)をGOコロイドと共に塩化アンモニウム共存下にて混合する。アンモニウムイオンと塩化物イオンの添加によって,ゼオライト微結晶とGO間の静電反発が弱められて,GOが自発的にゼオライト結晶を包接する。包接したか否かは均一なGO包接ゼオライト分散系ができるかどうかで判別できる。GO粒子は明るい黄土色であり,ゼオライト微結晶は白色のために,包接処理後の試料を乾燥させると,包接の程度がわかる。つまり,グラフェン包接が良好に進んでいると黄土色の沈殿物となるが,包接が不均一であると白色のゼオライト微結晶が混在する。上記のようにコロイド科学の原理を使うと,簡単かつスケーラブルにGOでゼオライト微結晶を包接できることは大きなメリットである。ゼオライト微結晶のGOによる包接条件によって,グラフェン包接ゼオライト分離膜のナノチャネル状態が変わるので,GOに対する塩化アンモニウム添加量が重要因子である。このGOで包接されたゼオライト粒子分散系を洗浄後に,凍結乾燥する。更に,GOで包接されたゼオライト粒子をアルゴン中にて623 Kで加熱すると,GOはrGO(ここではグラフェンと呼ぶ)に変わるので,黒色のグラフェン包接MFIゼオライト(G-MFI)粒子が得られる。このG-MFI粒子のグラフェン面を互いに密着させてリークのない分離膜とするために,920 MPaで圧縮して直径5 mmのペレット状分離膜とする。このようにすると小型の円形のペレット膜を容易に作製できる。直径7 mmのサイズまでの分離膜作製にこの方法を適用できる。最近の大塚らの研究によると8),GOは調製直後の真のGO(intrinsic GO)からと時間と共に変化する。π電子共役系の指標となるGOのπ→π*遷移のピーク位置が,真のGOの230 nmから,時間経過につれてブルーシフトする。π→π*遷移のピーク位置対時間のプロットから,真のGO, 準安定GO(metastable GO)および過渡的GO(transient GO)と変化することが示されている。分離特性のよいグラフェン包接ゼオライトを得るには,この真のGOを用いる必要がある。

図1には上で述べたグラフェン包接ゼオライト作製のフローを示す。このなかで大事なのは,GOコロイドを用いてゼオライト結晶を効率的に包接するプロセスである。ここの包接プロセスを精密に制御できると,ターゲット気体の分離能を向上させることができる。

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図1. グラフェン包接ゼオライト分離膜材料の作製の概略図.

3. グラフェン包接ゼオライト膜の構造および分離ナノチャネル

実際にグラフェンがゼオライト結晶を包接しているのであろうか。それを端的に示す透過電子顕微鏡像を図2に示す。図2(a)は微細なMFI結晶を7~8層のグラフェンが包接していることを明らかに示している。実際,この電子顕微鏡像によれば一定の曲率で上手にゼオライト結晶を包んでいる。この電子顕微鏡像ではMFIゼオライトの構造は見えない。ゼオライト結晶の全面をグラフェンが覆っているためである。この場合のグラフェンはGOを熱還元した構造体なので,欠陥の多いグラフェンである。図2(b)はしばしば観察できる電子顕微鏡像で,極めて薄いグラフェン層が包接ゼオライトからはみ出ている。この余剰のグラフェンの役割は,グラフェン包接ゼオライト粒子同士をつなげる働きがある。このグラフェンにあるナノ窓のサイズは約<7 nm2程度の面積を有しているために,水素,窒素,メタン,二酸化炭素などの気体分子はナノ窓を自由に透過できる。このために,グラフェン包接ゼオライト分離膜の分離能は,このナノ窓によるわけではない。図3には小さなナノ窓のモデル図を示す。このナノ窓枠は,XPSによる官能基分析によると,炭素–水素結合,ヒドロキシ基,カルボニル基などから構成されている。ナノ窓は上記の気体分子より大きいので,ナノ窓自身による分離はほとんど起こらない。しかし,官能基の作る局所電場が109 V/mと大きく5),後に触れるが四重極子モーメントを持つ窒素や二酸化炭素は優先吸着されるので,それらの分離には関係する。

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図2. グラフェン包接ゼオライト粒子の透過電子顕微鏡像.

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図3. ナノ窓のモデル.

図4にはグラフェン包接ゼオライト粒子を917 MPaで圧縮して作製した分離膜のSEM像を示す。ここでは参照のために包接していないゼオライト粒子を同じ圧力で圧縮して得た試料のSEM像も示す。これによるとグラフェン包接ゼオライト粒子の圧縮膜では,図2で見られた余剰のグラフェンがグラフェン包接ゼオライト粒子を互いにリンクして連続構造体を形成していることがわかる。一方,グラフェン包接をしていないゼオライト粒子の場合には,粒子間に明らかに100 nm以上の空隙が多数ある。もともと,グラフェン間の分散相互作用は重量当たりで,物質中で最大であり,いわば自己接着性があると言える。そのために,グラフェンで包接すると,ゼオライト粒子の大きさよりはるかに大きなシームレスな連続体を形成できる。このシームレスな構造体の形成が優れた分離膜には必須の要件である。

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図4. グラフェン包接ゼオライト(a)とゼオライトのみ(b)を加圧圧縮した成形試料のSEM像.

このように作製したシームレスなグラフェン包接ゼオライトの成形体がどうして気体分離を生ずるのかを考える必要がある。図5に水素とメタン透過におけるモデル構造を示す。作製したグラフェン包接ゼオライト分離膜では図2に見るように,多層のグラフェンがゼオライト結晶を包接している。しかし,ここでは分離機能を担う構造を明瞭に示すために,グラフェンは1層だけとしてあり,図中では黒丸で表し,ナノ窓は黒丸の欠損部位で表現してある。ここではMFIゼオライトの(100)面の表面構造をモデルとして用いている。ゼオライト表面とグラフェン面は理想的には原子間力の平衡位置で接していると想定している。このために,グラフェンとゼオライト面がコンタクトしているサイトは水素でさえ透過できない。しかし,(100)面は当然ながら凹凸のある表面構造を有しており,その表面凹凸構造が気体分子篩性を生ずるナノチャネルを形成できる。水素とメタン共にナノ窓を透過できるが,ゼオライト結晶の表面構造の窪み構造に到達するには水素が圧倒的に有利である。このようにグラフェン包接ゼオライト分離膜の分離機能は,グラフェンとゼオライト表面構造間のナノ構造チャネルに由来する。グラフェンが多層の場合でも,分離能はこのグラフェンとゼオライト表面間のナノチャネルによると思われる。実際に,この界面ナノチャネルが気体分離機能を示すかを,分子動力学シミュレーションにより検討している。図6は水素とメタンの透過性が明らかに異なることを示している。この構造モデルでは(100)と(010)面を有するロッド状のMFIゼオライトを,単層グラフェンが原子間力で平衡位置にあるように包接している(図6(a))。単層グラフェンの覆いは左端と右端にナノ窓を有しており,気体は左から右に透過するようにしてある。このようにしてゼオライトの結晶面がどのように分離に関与するかを見ることができる。また,気体がどのような経路で透過するかを知ることができる。図6(b)は水素とメタンの透過経路であり,グラフェンとゼオライト結晶面間のナノチャネルの透過性を理解できる。水素は上端と下端でも連続的な透過経路が見られ,MFI (001)面とグラフェン間の界面チャネルが透過経路になっていることがわかる。一方,メタンはその界面チャネルを透過できない。また,このモデル構造を水素とメタンが透過する時間を計算すると,水素がメタンより迅速に透過している結果を得ている。このように,水素とメタンの分離特性がゼオライト結晶とグラフェン界面空間のナノチャネルに由来することが,分子動力学シミュレーションから示されている。分子動力学シミュレーションの系を,あえて現実の実験系に大きさスケールで外挿してみると,比較的合理的な結果を与えており,上述の分離機構をグラフェンで包接分離膜に適用できると考えてよい。

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図5. グラフェン包接ゼオライト分離膜の分子透過のミクロ構造モデル.

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図6. a)四角柱状MFIゼオライトを単層グラフェンで包接したモデル分離構造.(100)と(010)のゼオライト結晶面をグラフェンが原子間力の平衡位置で接しているモデルである.左から水素とメタンが注入され,右側にでるように左と右端にナノ窓がある.(b)グラフェンとMFI (001)面との界面空間における水素とメタンの透過に伴う透過経路.

分離の機構は上述のように,ゼオライト結晶表面とグラフェン間の界面空間のナノチャネルである。このモデルは分離機構を説明できるが,後に述べるグラフェン包接分離膜の高速透過性を説明できない。現在のところ300 nmサイズのゼオライトを用いると,リークなしで高い分離係数を維持できる分離膜の厚さは数百µmでなければならない。それは図7に示すような,グラフェン包接ゼオライト粒子間の接触が面接触というより線接触に近く,線接触部分で分離機能を発揮していると思われる。粒子間を線接触状態でリークをなくすのに数百µmの厚さが必要である。一方,線接触部分を気体が透過するには短時間で済み,かつ包接ゼオライト粒子間の空隙を気体分子は高速で移動できる。このために透過係数は異常に大きいと考えている。

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図7. グラフェン包接ゼオライト粒子の線接触と粒子間構造モデル.

以上のことから,グラフェン包接ゼオライト分離膜は,新しい分離膜材料を創製する指針を与える。つまり,グラフェンで包接する結晶を変えると表面構造が異なるために分離特性を制御できる可能性である。あるいは同じMFIゼオライトでも結晶の形状が異なると,グラフェンとコンタクトする主表面を変えることができ,分離特性を制御できる。ゼオライトについても数種類のゼオライトについて検討しているが,現在のところMFI型がグラフェン包接分離膜には適性があるようである。また,グラフェン包接ゼオライト分離膜の場合には,ゼオライトの細孔内の気体透過は10%以下と見積もられている。従って,包接される結晶は必ずしも細孔性結晶でなくてもよい。実際に細孔のないアパタイト結晶をグラフェンで包接すると,MFIゼオライトにはおよばないが,相当に良い分離特性がみられている9)

4. 気体分離特性

グラフェン包接分離膜の特長は分離速度が大変大きいところにある。高分子分離膜は極めて大きな分離係数を持つ膜が開発されているが,透過係数が極めて小さいことが多い。そのため大きな分離速度を得るために高圧を印加する必要が生じ,ロバスト性を高めなければならず,かつ気体を加圧するエネルギーも必要になり,省エネルギー分離技術とするのに困難を伴う。このために,蒸留のような多大なエネルギーを消費する分離を高分子膜によって省エネルギー化するにはまだまだ課題が多いようである。本解説で紹介しているグラフェン包接ゼオライト分離膜は,従来の高分子分離膜の50倍以上の高速分離を有する。更に今後の検討課題ではあるが,400 µm程度の現状の分離膜厚さをµm程度に薄くできれば,速度は更に二桁大きくなり,省エネ分離技術として一層大きな希望が持てる。以下に水素・メタン,二酸化炭素・窒素および窒素・酸素の分離の例を述べる。

4.1 水素とメタンの分離

燃焼時に水蒸気のみを生成する理想的なクリーン燃料である水素は,主として高温で天然ガスと水蒸気と反応させて作られている。生成物の水素中に50%程度の未反応メタンが含まれているために,高効率・省エネルギーで分離する必要がある。現在この分離にはPSA吸着法が使われており,更なる省エネ分離の推進が望まれている。グラフェン包接ゼオライト分離膜は,図8のRobesonプロット10)にみるように,分離係数が245でありながら透過係数が5.8×106 barrers(1.3×10−5 mol m−2 s−1 Pa−1)と,従来の高分子分離膜の100倍以上の優れた分離性能を示す。Robesonプロット中のデータは水素およびメタンに対する理想分離特性値である。ちなみにRobesonプロット中の文献値も全て理想分離特性値である。このRobesonプロット作製に用いた文献は参考文献6に示されている。一方,MFIゼオライトの分離膜では分離係数が1.4であり,透過係数は包接分離膜のそれの0.03程度と小さい。このRobesonプロットでわかるようにグラフェン包接ゼオライト分離膜は他の分離膜に比べて際立って優れた分離特性を持っている。特に分離速度を表す透過係数が極めて大きいことがわかる。また,混合ガス状態の分離特性でも,分離係数は50まで低下するが,透過係数は僅かに減少するにすぎない。また,混合気体の分離特性は7日後も変化がない。グラフェン包接ゼオライト分離膜の水素とメタンの吸着等温線を測定すると,メタンのほうが水素よりも分離ナノチャネルに吸着できる。このために吸着しているメタンは水素の透過を阻害し,水素の透過係数を小さくする。一方,透過経路中のメタン濃度が増えてメタン圧力を高めたようになるので,メタンの透過には有利になりメタンの透過係数が増加する。このために水素対メタンの分離係数は低下する。このように混合気体の透過性には各気体のナノチャネルへの吸着性も関係してくる。

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図8. グラフェン包接ゼオライト(G-ゼオライト)分離膜を含む水素/メタンのRobesonプロット.

4.2 二酸化炭素と窒素の分離

全世界におけるカーボンニュートラルの動きのなかで,いかにして二酸化炭素を分離濃縮して有用化するかの研究開発が盛んに行われている。二酸化炭素が含まれる主たる対象は,一つは燃焼排ガス,もう一つは大気そのものである。燃焼排ガス中には大気中の約420 ppm二酸化炭素よりも高濃度の二酸化炭素が含まれているが,硫黄酸化物,窒素酸化物および水蒸気などが共存している。このため硫黄酸化物や窒素酸化物に対する選択性と耐性が必要となる。また,燃焼排ガスや大気からの二酸化炭素の分離を考えると分離膜には必ず水蒸気耐性がなければならない。グラフェン包接ゼオライト分離膜については,大気から,あるいは燃焼排ガスからの二酸化炭素を分離・濃縮するまでの検討をまだ実施していない。しかしながら,理想分離特性は極めて優れている。4.1の場合と同様に,二酸化炭素と窒素に対するRobesonプロットを図9に示す6)。この場合は理想分離特性値のみの結果を示すが,グラフェン包接ゼオライト分離膜の分離特性値がRobesonプロットの上限線よりも上にある。二酸化炭素/窒素の分離係数が12と高く,透過係数も文献値の15倍以上である。実はここで示しているグラフェン包接ゼオライト分離膜の分離性能は,二酸化炭素分離能を高めるように最適化していない。今後の最適化の検討によって,図9に示されている分離特性をはるかに超えるグラフェン包接分離膜が開発されると期待してよい。

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図9. グラフェン包接ゼオライト分離膜を含む二酸化炭素/窒素のRobesonプロット.

4.3 酸素と窒素の分離

現在,消費エネルギーが大きい深冷分離法と吸着法で高純度酸素が製造され,鉄鋼をはじめとした重要な基幹産業に使われている。しかし,産業で必要とされる酸素はかならずしも高純度である必要はなく,30~50%酸素濃度の富化酸素が望ましい場合も多い。特に,医療用あるいは工業炉の燃焼効率改善などには,富化酸素が望ましい。現状で富化酸素を得ようとすると,高純度酸素を希釈しなければならず,高純度酸素よりもコスト高となり,富化酸素を簡便に利用できる状況ではない。一部でPSA吸着法による富化酸素製造装置が市販されているが,更に小型でオンサイト性に優れる装置が望まれている。空気分離が分離膜によってできると,富化酸素製造が低コスト化かつオンサイト化して,医療用から各種産業分野の広い範囲で,富化酸素が使われるようになる。これにより甚大な二酸化炭素排出削減にも寄与できる。前述のようにグラフェン包接ゼオライト分離膜は透過係数が大きく,省エネルギー技術としての要件を備え,かつハンディタイプから工業用までの富化酸素製造への適性を有する。このような観点から,酸素と窒素分離用のグラフェン包接ゼオライト分離膜の開発を行っている。これまでのところ,従来の分離膜と異なり,グラフェン包接ゼオライト分離膜は窒素選択性であり,透過係数もこれまでの分離膜より二桁以上大きい。図10には窒素/酸素に対するRobesonプロットを示す11)。多くの高分子膜は酸素選択性なので,文献値は分離係数が1以下となっている。これまでのところグラフェン包接ゼオライト分離膜の膜サイズが5 mmであると,3~4の窒素/酸素の分離係数が得られている。窒素選択性分離膜は,圧力の高い酸素を作ることができるというメリットがある。ただ,グラフェン包接ゼオライト分離膜の作製法によっては,酸素選択性の発現も可能とみられる知見も得られている。

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図10. グラフェン包接ゼオライト分離膜を含む窒素/酸素のRobesonプロット.

グラフェン包接ゼオライト分離膜を実際に応用するには,膜の大型化が求められる。上記のRobesonプロットのデータは5 mm直径の円盤状分離膜についての検討結果であり,透過係数が大きくても透過絶対量は極めて小さい。医療用への応用にしても,3 L/minの30%富化酸素供給が必要であり,膜を大きくする必要がある。膜の大型化については,目途がつきつつあるが,膜の強靭化も必要である。

5. まとめ

分離速度を大きくするための高圧印加のエネルギーを大幅に節減できる,従来の分離膜に比べて50倍以上の高速分離性を有するグラフェン包接ゼオライト分離膜の作製法,分離原理,分離特性について述べた。このグラフェン包接ゼオライト分離膜は,革新的な省エネルギー分離技術として,空気分離,水素分離,二酸化炭素濃縮およびヘルスケアなどへの応用が期待されている。本分離膜の応用性を高めるには,膜の強靭化および大型化などの開発研究が求められる。しかし,この包接分離膜は世にでたばかりであるために,基礎学理上も新たな展開が期待できる。本稿ではゼオライトについてはMFIについての結果を述べてきたが,高い分離係数は包接に用いるグラフェンとゼオライト結晶面の構造によるので,分離対象に応じて最適のゼオライトを設計的に探索すると新たな発展があるであろう。大きな透過係数はグラフェン包接粒子間の空隙構造に依存するので,ゼオライト結晶の表面構造だけでなく,結晶の形状とサイズも重要因子である。また,本稿では,ゼオライト結晶を一つずつグラフェンで包接してグラフェン包接ゼオライト粒子を作成し,それら粒子を加圧成型して分離膜とする方法を示した。しかし,グラフェンとゼオライト表面の界面空間の創製法には他のルートもある。ゼオライトの専門的な視点の注入によって,更に優れた分離特性を有するグラフェン包接ゼオライト分離膜の創出が期待される。

謝辞Acknowledgments

ここで紹介した研究は,JST-CREST(超空間制御に基づく高度な特性を有する革新的機能素材等の創製),JST-OPERA(JPMJOP1722),2021–2022年度「NEDO先導研究プログラム/エネルギー・環境新技術先導研究プログラム/革新的ハイブリッド分離膜と酸素富化プロセスの開発」P14004 NEDO, およびタカギ研究助成などの支援によってなされた。また,ここで紹介した水素/メタンおよび二酸化炭素/窒素の気体分離特性結果は早稲田大学酒井求博士と松方正彦教授によるものであり,参考文献6に既に報告されている。

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