カーボンニュートラルに向けたゼオライトの貢献可能性Potential Contribution of Zeolites toward Carbon Neutrality
三菱ケミカル株式会社Mitsubishi Chemical Corporation ◇ 〒227–8502 横浜市青葉区鴨志田町1000
気候変動に関する政府間パネルの第6次統合報告書が提出され,気温上昇を1.5°C以下に抑えることが重要であり,そのためには,温室効果ガスの急激な低減が必要であるとされ,具体的な削減目標がかかげられた。日本においても2050年カーボンニュートラル宣言が出されており,様々な施策が行われている。カーボンニュートラル社会を実現するためには,多くの技術の開発,組み合わせが重要である。ゼオライトもその多様な機能を活かして,カーボンニュートラル社会実現のために貢献できると考えられる。本稿では,カーボンニュートラル社会実現のための道筋の概略,CO2のリサイクル社会実現のためのゼオライトの果たすべき具体的な役割について解説する。さらに筆者らが行っている,CO2削減にかかわるRDの例についても簡単に紹介する。これらを通じて,読者に問題意識を持っていただき,この分野への挑戦を促したい。
Intergovernmental Panel on Climate Change is producing the Sixth Assessment Report, which states that it is important to limit the temperature increase to 1.5°C or less and that a drastic reduction of greenhouse gases is necessary to achieve this goal, and specific reduction targets have been set. In Japan, the 2050 Carbon Neutral Declaration has been issued and various measures are being implemented. In order to realize a carbon-neutral society, the development and combination of many technologies will be important, and zeolites may be able to contribute to the realization of such a society by taking advantage of their various functions. This paper outlines the roadmap for the realization of a carbon-neutral society, explains the specific role that zeolites should play in realizing a CO2 recycling society, and briefly introduces examples of RD that the authors are conducting to reduce CO2 emissions. I would like to encourage researchers to become aware of the issues and take up challenges in this field.
キーワード:ゼオライト;気候変動;温室効果ガス;CO2分離;CCUS
Key words: zeolite; climate change; greenhouse gases; CO2 separation; CCUS
© 2023 一般社団法人日本ゼオライト学会© 2023 Japan Zeolite Association
2023年3月に気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change, IPCC)の第6次統合報告書(A6)が提出された。その中では,127の気候変動リスクが特定され,このリスクを低減させるためには,次の10年間における社会の選択と行動が鍵となるが,温室効果ガスの急激な低減がそのためには必須であるとされている。具体的には,パリ協定での2030年に温室効果ガス43%削減(2019年比)に加えて,2035年に温室効果ガス60%削減(CO2は65%削減)が必要であることが明示されている。
ウクライナにおける戦争でロシアからの天然ガスの輸出が制限されている。世界中でエネルギーの重要性が再認識され,一時的に化石燃料への期待が高まる可能性があるが,欧州を中心に,これを機会に大きく化石燃料依存の体質を変化させようという気運が高まり,大きな変化があらわれる可能性がある。
日本においても2050年カーボンニュートラル宣言が出され,それに伴うグリーンイノベーション戦略が立案された(2021年6月改訂)。2021年4月には2030年に46%の温室効果ガス削減が気候サミットで表明された。このように温暖化対策は喫緊の課題であるが,一方で国際エネルギー機関(International Energy Association, IEA)などの報告書では,そのための主要な技術はまだ完成されておらず,これからのイノベーションにかかっていると言われている。温暖化対策には,省エネルギー化をより促進するための技術,高効率かつ低コストのCO2回収技術,回収したCO2を有効利用する,いわゆるCCU技術,そのためのCO2フリー水素製造技術,ポリマーのケミカルリサイクル技術など多くのイノベーションを必要とする新しい技術が必要である。
一方で,すでに様々な領域でゼオライトが利用されており,最近では,放射線汚染水の処理や,COVID-19のパンデミックにおける呼吸器系治療のための空気中からの酸素濃縮材料などに使われ注目されてる。また,これからのデジタル化社会においては,既存の材料では適用できない課題があらわれ,そのため新しい物性を持つ材料が必要となってくる。ゼオライトも例えばポリマーと複合化させたりすることにより,新しい物性の発現が実現できれば,用途の拡大が行われる可能性がある。
そういう点で,ゼオライトはカーボンニュートラルへ向けて重要となってくるCO2分離や吸着による回収,CCUのための触媒反応などの分野で貢献できることがたくさんあると考えられる。気候変動という地球の危機において,まさしく産官学の連携でゼオライトが地球を救うことができるという大きな可能性があると信じ,研究開発を進めていくことが肝要だと思われる。
CO2排出量削減においては,図1に示すように,まず省エネプロセスの導入や機器の高効率化により,エネルギーの効率化を行う必要がある。さらにエネルギーを電化し,その電力を太陽光や風力などの再生可能エネルギーとしていくことが重要である。それでも排出されるCO2については,種々のCO2回収技術を利用して,できるだけ高効率低コストで回収,利用,貯蔵を行う必要がある。
気温上昇を1.5°C以下に抑えるためには,2050年に温室効果ガスがNETゼロとなる,いわゆるNet Zero Emission(NZE)シナリオが必要となる。そのためには,国際エネルギー機構(IEA)の2022年度の世界エネルギー展望(World Energy Outlook 2022)では,2050年に6.2 GtのCO2回収が必要とされている。これは,現状の約150倍になる。また,IPCCのシナリオでは,条件により必要CO2回収量が異なるが,平均では約16 Gtにまで達し,これは現状の約400倍となる。また国内のCCSにおいては,現状は実証試験が始まった程度であるが,2050年には2.4億tのCO2の回収貯留が必要であるという目安が2022年に行われた第1回CCS長期ロードマップ検討会で出されている。このCO2量は現状の日本のCO2排出量の約2割になる。
このように気温上昇を抑えるためには,CO2の回収,貯蔵はかかせないが,CO2を回収し,有効利用するCO2循環社会としていくことも重要である。CO2循環社会とゼオライトとの関連について,図2にまとめた。
図2について,簡単に説明する。人間が社会活動を行うことにより,CO2が発生する。火力発電,鉄鋼産業,セメント産業などが多大なCO2を排出する産業であるが,もちろん化学産業などの他の産業や,ゴミ焼却場やオフィスや家庭からもCO2は排出される。また,自動車や飛行機,船舶などの移動体からも膨大なCO2が排出される。
まず,これらの排出ガスから,CO2を分離回収する技術が必要となる。すでにアミン吸収の技術は実用化されているが,現状の技術では,アミンの安定性や溶媒加熱をする必要があることなどからの高コスト化の課題があり,新しいアミン吸収技術が研究されている。
それらに対して,吸着や膜分離といった技術が,より低コスト化の可能性があるということで,注目され研究されている。CO2吸着材としては,アミン修飾シリカなど,アミン吸収液を応用したような吸着材がさかんに研究されている。修飾アミンの安定性などが課題であり,より安定な吸着材としてはゼオライトがあげられる。Y型ゼオライトなどが研究されているが,このようなゼオライトは,一般にCO2吸着力は高いが,脱着においても大きなエネルギーが必要となり,吸着量から脱着量を差し引いた有効吸着量としては小さい場合が多い。有効吸着量を大きくするためには,高温でCO2の脱着を促進させる,非常に低真空で脱着させるなどの厳しいTSA,PSA操作が必要となり,エネルギーコストが高くなる場合が多い。吸着が容易で,脱着も容易な,トレードオフを打ち破るような性能を持つゼオライト吸着材の開発が期待される。
また,より低エネルギーでCO2を分離回収できる可能性がある技術として,膜分離が研究されている。膜分離はポリマー膜が多く研究されているが,CO2の透過性が不十分なものが多い。実用化のための透過性を得るためには,極端な薄膜化が必要となり,安定な生産にも課題がある。一方でゼオライト膜はCO2透過性が高いものも発明されている。またゼオライト膜においては,低コスト化が課題の一つである。最近では,ゼオライト膜の高透過性とポリマー膜の加工性などとを合わせ持たせたMixed Matrix Membrane(MMM)というゼオライト–ポリマー複合膜も研究されている。
CO2を分離回収する場合に,火力発電所などの固定排出源の場合は,その設備に対応したCO2濃度のガスを処理することになるが,自動車や飛行機などの移動体の場合は,CO2は大気に排出される。この場合は大気中のCO2を回収する必要がある。これをDirect Air Capture(DAC)という。大気中のCO2は約400 ppm程度であり,固定排出源の数%以上のものに比べて極端に低濃度となり,これまでにない技術が必要となる。ゼオライトも新しいプロセスなどを考案できれば,活用できる可能性があると思われる。
また,バイオガスの主成分はCO2とCH4であるが,ここからCO2を分離したバイオメタンが最近注目されている。バイオメタンはCO2ニュートラルになり,もしバイオメタンからのCO2を貯留することができれば,カーボンネガティブの技術となる。ここでもゼオライトを利用したCO2分離技術の発展が望まれている。
このようにして分離回収されたCO2は貯留されるが,一部はリサイクルして有効利用できることが望ましい。しかし,CO2のみでの有効利用は,ドライアイスの生産などと限定的であり,セメント材料への変換などが研究されている。CO2をリサイクルしてポリマーの原料や燃料などの有価物が生産できれば,それらが人間活動において,燃焼等でCO2を発生させたとしても,前述したCO2分離回収技術により,再び有価物の原料とすることができ,CO2のリサイクル社会が実現できる可能性がある。しかしながら,CO2単独では有価物への変換はできないので,どうしても水素が必要となる。この水素も現状の化石燃料から作られる水素ではCO2削減とはならないので,最低でもCCS付きの化石燃料由来の水素(ブルー水素)である必要があり,(この点でもCO2分離回収が必要となり,ゼオライトの利用の可能性がある。)できれば化石燃料由来でない,CO2フリー水素,いわゆるグリーン水素である必要がある。CO2フリー水素は,一般的には,太陽光や風力などの再生可能エネルギーを利用して電気により水を電気分解してできた水素である。その他の方法として,人工光合成とよばれる方法があり,これは,光触媒により,太陽光を利用して水を分解することにより水素を得る方法である。この方法の場合,水の分解で水素と酸素が生成するので,水素と酸素の混合ガスを分離する必要があり,ここでもゼオライト分離膜の活用の可能性がある。
分離回収されたCO2とCO2フリー水素から,CH4, オレフィン,燃料などが合成できる。ポリマーなどの原料となる低級のオレフィンの合成法として,CO2と水素からメタノールを合成し,そのメタノールを原料としてMethanol to Olefin(MTO)反応によりオレフィンを合成する方法がある。ノーベル化学賞を受賞したGeorge Olahは早くからメタノールを利用してCO2のリサイクルを行うメタノールエコノミーを提案している1,2)。
アイスランドのCarbon Recycling International(CRI)は2012年に,世界で初めてCO2原料メタノール製造の大規模実証プラントを稼働させ,2014年には4000 t/年まで拡張させた。アイスランド特有の地熱を有効利用した例であるが,地熱発電により,水の電気分解で水素を製造し,その水素と地熱水蒸気に含まれるCO2からメタノールを製造し商業運転を行っている。これにより,5600 t/年のCO2が回収されている。CRIの技術はドイツや中国など多くの国でプロジェクトが進められている3)。ConventionalなCO原料としたメタノール製造プロセスは,天然ガス等の改質により合成ガスを製造し,それを原料として触媒を用いてメタノールを合成している。CO2リサイクルを考える場合,原料はCOからCO2へ変換する必要があると思われるが,その場合,反応においても大きく違いが生じてくる。CO2原料の場合は低温低圧の条件では,メタノールの平衡転化率がCOに比べて低い。例えば,平衡収率においては,200–250°C,50–100 barではCOの場合は55–89%になるのに対して,CO2の場合18–58%にとどまる3)。また,CO2の場合は,水素の消費量は大きくなり,CO2フリー水素のコストが大きく影響することとなる。上述したように,CO2原料のメタノール合成反応の場合,従来の触媒固定床反応器(CFBR)では,平衡制約のためCO2転化率およびメタノール収率が低くなる。そのため,全体のメタノール収率を上げるためには,反応後に大量の未反応物をリサイクルさせる必要があり,高コスト化の要因の一つとなっている。また,CO原料の場合と異なり,CO2原料の場合には,反応においてメタノールとともに水が副生する。この高温の水蒸気により,例えば,触媒中の活性成分である金属微粒子の凝集が促進され,触媒劣化が生じる場合がある。これらの問題を解決する方法の一つとして,触媒反応と膜分離を一体化させた触媒膜反応器の検討が行われている。分離膜としては高温で安定である必要があるため,ポリマー膜などの有機膜は適用できない。そのため,無機膜,特にゼオライト膜が研究されている。分離膜としてA型ゼオライト膜を用いた場合,A型ゼオライトは非常に親水性が高いので,生成してくる水のみを透過することができる。そのため平衡限界を打破することができ,CO2の転化率向上が期待できる。また,副生の水を除去できるので触媒の劣化の抑制についての効果も期待できる。多孔質支持体の上に緻密なA型ゼオライト膜を合成し,さらにその上にCuO/ZnO/Al2O3触媒の層を形成させて反応分離を行うことにより,例えば,250°C,35 barの反応条件で,通常の触媒反応器では平衡反応のため,25%程度しかCO2転化率が到達しなかったに対して,触媒膜反応器を用いることにより,同条件でCO2転化率が60%程度まで向上することができている。また分離膜をMFI型のゼオライト膜とし,メタノールを透過させる反応分離の検討についても行われている4)。この場合も平衡制約を大きく打破することができ,大幅な転化率向上が見られている。このようにゼオライト膜を用いた触媒膜反応による反応分離は,平衡制約がある反応において平衡をずらすことにより大幅な転化率向上が期待できるため,メタノール合成はもちろん,他の平衡制約がある反応においても大きな可能性を持っている。メタノールからオレフィンを合成するMTO反応においても,触媒としてゼオライトが活躍できる。合成条件や目的とするオレフィンの種類によって,CHA型SAPOやMFI型ゼオライトなどのゼオライトが使われている。
CO2と水素から燃料を合成する場合にもゼオライトが用いられる場合がある。Fischer Tropcsh(FT)反応は,合成ガス(COと水素)からオレフィンや軽油などを合成する反応であり,CO2を原料とする場合は,逆シフト反応でCOとして反応させる方法や,直接CO2と水素から反応させる直接FT合成方法などが研究されている。燃料としては,ガソリン燃料,ディーゼル燃料,ジェット燃料など種々の燃料があり,それぞれ最適な炭素数の範囲が異なる。FT反応では,一般的には,炭素数の分布がブロードになってしまう。そこで,クラッキングや異性化能を持つゼオライトとFT触媒を複合化させることにより,炭素数の選択性を変化させ,所望の燃料分布を持たせる研究が行われており,ゼオライトの活用が有望な方法の一つとされている5,6)。
CO2とCO2フリー水素から合成されたオレフィン類は,種々のポリマーとなり,様々に利用される。CO2リサイクル社会を目指すには,このようなポリマーをリサイクルする必要がある。リサイクルの方法には,マテリアルリサイクル,ケミカルリサイクル,サーマルリサイクルなどがあるが,ポリマーの原料となるオレフィン類に変換するケミカルリサイクルにおいて,ゼオライトを触媒とする研究が活発に行われている7)。また,バイオマスからバイオ燃料を合成する触媒としてもゼオライトが研究されている8)。構造,組成が異なるゼオライトが持つ固体酸性,形状選択性などが他の金属触媒などとの組み合わせにより大きな進展を生み出す可能性がある。
このように,CO2リサイクル社会のための,CO2の分離回収,回収したCO2からの有価物の生成,そのようにして合成されたオレフィンからのポリマーのケミカルリサイクル,また分解してもカーボンニュートラルとなり,貯留によりカーボンネガティブとなるバイオ原料の利用などの様々なサイクルポイントにおいてゼオライトは吸着,分離,触媒などの機能を発揮することにより,有用な材料になる可能性があることがわかる。
我々は,これまで上記に関連するRDを種々行ってきており,その中の一つとして,NEDOの人工光合成化学プロセスプロジェクトがある。このプロジェクトは,2012–2021年度(2012–2013年度は経済産業省,2014年度からはNEDOのプロジェクトとして実施)の事業で,太陽光エネルギーを用いて,水やCO2などの低エネルギー物質を,水素や有機化合物などの高エネルギー物質に変換する技術の開発を実施してきた。図3に人工光合成プロジェクトの概略を示したが,大きく三つのプロセスからなる。すなわち,①太陽光下で光触媒による水の光分解を行い,水素/酸素を製造し,②生成する水素/酸素混合ガスから,分離膜等を用いて,水素を安全に分離し,③合成触媒を用いて,このSolar–水素とCO2から,化学品原料であるエチレン,プロピレン等の低級オレフィンを製造するプロセスからなるものである。ゼオライトが関係するプロセスとしては,②と③のプロセスがあげられる。ここでは,②のプロセスについて簡単に紹介する。②の水素分離プロセスにおいては,光触媒により生成する爆鳴気を形成する水素/酸素混合ガスから,水素を高効率で,しかも安全に分離する分離膜,および分離膜モジュールの開発となる。この目的を達成するためには,「高性能な分離膜の開発」と「分離膜モジュールの安全設計」の二つの技術を確立する必要がある。我々は,可燃性ではない無機物であるゼオライト膜を対象として研究を行った。ゼオライト膜による分離の場合,CO2 /CH4分離のように細孔径よりも大きい分子と小さい分子を分けるというような形状選択性を用いる場合が多い。しかし,水素と酸素,あるいは,安全上のモデルガスとしての窒素の大きさは,通常のゼオライトの細孔の大きさに比べると,いずれも小さいので,すべて細孔内を透過してしまう。そのため,これらの混合ガスにおいては,大きな水素透過選択性の発現が期待できない。そこで,人工光合成プロジェクトにおいては,ゼオライト膜を表面修飾することにより細孔径を制御することを試み,その結果,高い分離性能を発現させることに成功した。表面修飾のイメージと想定している表面反応について図4に示した。表面修飾前のCHA型ゼオライト膜と表面修飾後の膜について,CO2,水素,窒素,CH4の各ガスの0.1 MPaG,50°Cでのパーミアンスを測定した結果をもとに,水素/窒素,CO2/窒素,水素/CH4についての表面修飾前後でのCHA膜のパーミアンス比を図5に示した。水素/窒素のパーミアンス比は,6から100近くまで大きく増加した。同様に,CO2/窒素,水素/CH4のパーミアンス比についても大きく上昇しており,表面修飾により,細孔径を制御できたと想定される。
高性能な水素分離膜の開発とともに重要であるのが,光触媒により水から生成した水素/酸素=2/1の爆鳴気から水素を安全に効率よく分離するための分離膜モジュールの設計である。しかし,水素酸素混合ガスの爆発安全性については,これまで十分な知見が存在しない。そこで水素酸素混合ガスの温度,圧力等の様々な条件において,どのような場合に爆発が生じるのか,あるいは爆発が生じても消炎させることができるのかなどについての基礎データを取得することが重要である。そのため,人工光合成プロジェクトでは,爆発安全性評価装置を作製し,上記の基礎データを取得した。また,産業技術総合研究所安全科学研究部門爆発利用・産業保安研究グループとの共同研究により,安全対策が完備されている設備を利用することで,水素/酸素混合ガスを用いた,よりプロセスに適合した爆発危険性評価試験に基づくデータを取得している。これらの基礎データをもとに,安全な分離膜モジュールの設計を進めた。そのようにして三菱ケミカルの研究所内においても,安全に水素/酸素混合ガスの分離実験ができる装置を作成し,実際に水素/酸素混合ガス分離実験を行った。その結果,水素/酸素=2/1の混合ガスから修飾ゼオライト膜を用いることにより,透過水素濃度は96%を超え,爆発範囲をはずすことができ,また水素回収率も目標の90%を十分に超えることができた。
気温上昇を抑制するためのカーボンニュートラルの重要性について,IPCCやIEAの資料をもとに説明し,温室効果ガス削減のためのCO2リサイクル社会の実現において,ゼオライトの持つ様々な機能がCO2の分離,回収,有効利用の点で非常に重要な役割を果たす可能性があることを示した。しかし,NEZシナリオを達成するための技術はまだまだ開発段階で,これからの発展にかかっていると言われている。したがって,ゼオライトを含め,他の種々の技術についてもまさにこれからが正念場であり,今からの頑張りが地球の将来を左右すると言っても過言ではないと思われる。その点で,研究者ひとりひとりが未来を想像しながら,ゼオライトはもちろん,他の技術についても果敢に挑戦して多くのブレークスルーを成し遂げていくことを心から期待する。
1) G. A. Olah, Angew. Chem. Int. Ed., 44, 2636(2005).
2) G. A. Olah, A. Goeppert, G. K. Surya Prakash, J. Org. Chem., 74, 487 (2009).
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5) N. J. Azhari, N. Nurdini, S. Mardiana, T. Ilmi, A. T. N. Fajar, I. G. B. N. Makertihartha, S. Subagjo, G. T. M. Kadja, J. CO2 Utilization, 59, 101969(2022).
6) J. Li, Y. He, L. Tan, P. Zhang, X. Peng, A. Oruganti, G. Yang, H. Abe, Y. Wang, N. Tsubaki, Nat. Catal., 1, 787(2018).
7) H. Yuan, C. Li, R. Shan, J. Zhang, Y. Wu, Y. Chen, Fuel Process. Technol., 238, 107531 (2022).
8) G. Papanikolaou, D. Chillè, S. Perathoner, G. Centi, M. Migliori, G. Giordano, P. Lanzafam, Micropor. Mesopor. Mat., 11, 112330(2022).
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