日本ゼオライト学会 刊行物 Publication of Japan Zeolite Association

ISSN: 0918–7774
一般社団法人日本ゼオライト学会 Japan Zeolite Association
〒162-0801 東京都新宿区山吹町358-5 アカデミーセンター Japan Zeolite Association Academy Center, 358-5 Yamabuki-cho, Shinju-ku, Tokyo 162-0801, Japan
Zeolite 40(3): 117-129 (2023)
doi:10.20731/zeoraito.40.3.117

解説解説

ゼオライトの高耐熱化と自動車排ガス触媒への利用Development of Highly Durable Zeolites for Automotive Catalysts

1三井金属鉱業株式会社モビリティ事業本部触媒事業部Catalysts Division, Mobility Sector, Mitsui Mining & Smelting Co., Ltd. ◇ 〒362–0025 埼玉県上尾市上尾下1013–1

2三井金属鉱業株式会社事業創造本部Business Creation Sector, Mitsui Mining & Smelting Co., Ltd. ◇ 〒362–0021 埼玉県上尾市原市1333–2

3東京工業大学物質理工学院応用化学系Departoment of Chemical Science and Engineering, School of Materials and Chemical Technology, Tokyo Institute of Technology ◇ 〒152–8550 東京都目黒区大岡山2–12–1

4秋田大学大学院理工学研究科物質科学専攻Department of Materials Science, Graduate School of Engineering Science, Akita University ◇ 〒010–8502 秋田県秋田市手形学園町1–1

受理日:2023年5月23日Accepted: May 23, 2023
発行日:2023年7月15日Published: July 15, 2023
HTMLPDFEPUB3

ガソリン自動車に搭載される三元触媒は,排ガス規制の厳格化とともにその性能を確実に向上させてきた。しかしながら,エンジン始動直後は,触媒が活性化していないことから,性能向上の寄与は薄れ,大部分の排ガス成分は浄化されずに放出される。その中でも,光化学スモッグの主要因となる炭化水素化合物(HC)や窒素酸化物(NOx)は,その排出量が厳しく規制されていることから,始動直後の排出低減が,今後の触媒開発の重要な鍵となる。ゼオライトを有するHCトラップ触媒は,始動直後のHC低減に有効な触媒として注目され,2000年頃には実用化もされている。しかしながら,それらはシステム開発を主体とした実用化であり,既存システムへの適用を目的としたゼオライトの耐熱性向上や機能性向上という点には及んでいなかった。近年,筆者らはジルコニウムやリン修飾によってゼオライトの耐熱性が大きく向上することを見出し,得られた高耐熱性ゼオライトが既存システムにて効果を発現すること報告した。本解説では,高耐熱性ゼオライトのHCトラップ触媒としての性能を紹介し,NMRを中心とした解析結果から耐熱性と機能性発現のメカニズムについて説明する。

Low-temperature activity is an important requirement for automotive catalysts. In particular, most of the tailpipe emissions occur right after the engine starts. These cold emissions can be effectively reduced by using a trap material such as zeolite for hydrocarbon (HC) adsorption. However, using zeolite in automotive catalyst is largely limited due to its low durability under hydrothermal aging conditions. In most cases, zeolites need to be placed away from large thermal loads in order to take advantage of their adsorption abilities. In general, the thermal endurance of close-coupled catalysts for gasoline powered vehicles proceeds at about 1000°C in the presence of water. Under these conditions, the zeolite structure would be decomposed by the dissociation of aluminum from the zeolite frameworks. Through this study, we show that the hydrothermal durability of zeolite can be dramatically improved by chemical modification of zeolite with zirconium phosphate. This improvement strategy works well, especially for Beta-type zeolites with low silica-alumina ratio. We also found that this modified Beta zeolite worked well as HC trap material and showed an enormous reduction of cold HC emissions with Pd/Rh three-way catalyst (TWC).In the vehicle test evaluations with the close-coupled TWC+TWC and TWC+HC trap system as aged catalysts, advantages of this HC trap catalyst in cold emissions were observed. It is found that HC emission decrease by up to 43% when compared to those from the corresponding TWC+TWC system which does not have any zeolite. In this report, we introduce the performance of this highly durable zeolite and the discussions about mechanism for generating high durability based on nuclear magnetic resonance (NMR) analyses.

キーワード:排ガス浄化触媒;ゼオライト;高耐熱性;HC吸着触媒;冷間始動排ガス

Key words: automotive catalysts; zeolites; high durability; HC trap catalysts; cold start emissions

1. 緒言

現代における自動車は日常生活で欠かすことのできない移動手段の一つである。1900年代初めに量産化が確立されて以降,燃料製造技術や道路整備が進んだこともあり,今や世界中に普及している。とくに近年では大型バッテリーを搭載した自動車も広く普及しており,災害時の電力源として注目を集めるなど,その役割は多岐にわたっている1)。各時代の経済成長に後押しされ新車販売台数を伸ばしてきた一方,その急激なモータリゼーションの進行は深刻な大気汚染を招くこととなった。人体への被害も多大なものとなり,アメリカでは1970年代に光化学スモッグの原因物質が自動車の排気ガス由来であると特定し,後にマスキー法と呼ばれる排ガスの軽減を明確に規定した法律を世界で初めて制定した2,3)。自動車排ガスは主に燃料の不完全燃焼によって生じる一酸化炭素(CO)と炭化水素(HC),空気中の窒素(N2)が高温・高圧で燃焼することによって生じる窒素酸化物(NOx)に分類される。とくにHCとNOxは光化学スモッグの主要因となることから,その排出量は厳しく制限され,規制値も年々厳しいものとなっている4)。一例として,2015年から2025年式の小中型ガソリン自動車を対象とした米国カリフォルニア州の規制(LEV III: Low-Emission Vehicle III)における排ガス規制値の変遷を図1に示す5)。Non-methane organic gas(NMOG)とは非メタン有機ガスでありアルコールやアルデヒドなど含酸素化合物も含まれる。正確にはHCより広義であるが,本解説では同義として扱う。このグラフが示すように,HCとNOxの排出量の規制値は年々強化されており,今後もこの傾向は続くとされている。また,この傾向は米国のみならず欧州や日本を含む先進各国でも見られる傾向である6,7)

Zeolite 40(3): 117-129 (2023)

図1. LEV III区分の全車両平均排ガス規制値

世界的な環境意識の高まりとともに各国の排ガス規制は強化されてきたが,今日においても多くの自動車を目にすることができるのは,それらの規制に遅れることなく追従してきたエンジン技術や排ガス触媒技術の進化の寄与がきわめて大きい。自動車業界は電動化の大変革期を迎えているものの,内燃機関と規制強化が存続する限り,排ガス触媒の性能向上は常に求められる。

2. 三元触媒とエンジン始動時の排ガス挙動

ガソリンエンジン車に搭載される三元触媒は,理論空燃比下においてCO,HC,NOxを同時に浄化し,一つの触媒で酸化反応と還元反応を完結することが可能である。排気系統の簡略化にも寄与することから,空間的な制限が多い乗用車や小型車などに頻繁に用いられ,多くの研究開発が行われてきた4)。三元触媒は主に,Pd,Rh,Ptなどの貴金属元素とセリア–ジルコニアに代表される酸素貯蔵材料,担体材料となるアルミナ,セラミックハニカム基材で構成されていることが一般的である。とくに排ガス成分に直接作用する貴金属元素はもっとも重要であり,その添加量や凝集状態,酸化状態は触媒活性そのものを決定づける。添加量が多くかつ貴金属粒子が分散している状態ほど活性化する温度域が低下し,幅広い温度域で高活性な状態を保つことが可能となる。活性化は排ガスの熱エネルギーに起因するが,その過程における当該の排ガス成分は浄化されないため,迅速な活性化の実現が排ガス低減の重要な鍵となる。図2に米国のモード走行におけるHCの排出挙動を示す。各時間の排出HCの積算値をグラフ化したものであり,最終的に到達した値が規制の対象となる。グラフを見るとエンジン始動直後や再始動直後でのHC排出が顕著であり,上述のように触媒が活性化していないことに起因していることは明らかである。実際に触媒温度をHC瞬間排出量とともに見てみると,室温から300°Cまでは増え続け,300°C付近をピークとし減少に転じている。この際に活性化したものと推察できる。その後,500°Cに達すると,HC排出はほとんど観測されず触媒が高活性で機能していることがわかる。

Zeolite 40(3): 117-129 (2023)

図2. 米国モード走行における積算HC排出量とエンジン始動直後の瞬間HC排出量

一般的にエンジン始動直後(冷間始動時)の排出量は,排出量全体の大部分を占めており,とくにHCで顕著となっている8)図2においても走行開始0~50秒の排出量は全体の70%を占めており,HCの排出量低減には冷間始動時の排出抑制が必要不可欠となる。近年増加傾向にあるハイブリッド車などの半電動化車両は,エンジンの始動・停止を高頻度で繰り返すため必然的に冷間始動の頻度が高まり,その結果,多くのHCが排出される。このようにパワートレインの変化も対策の重要性を上げる一因となっている。対策への需要が高まる一方,三元触媒単独での冷間始動時の排出抑制はきわめて困難となっている。このことは触媒活性が貴金属に強く依存していることに起因しており,貴金属増量といった一見有効と思われる処置を施したとしても貴金属が活性化していない冷間始動時では,排ガス低減効果はほとんど見られず,費用のみが膨らんでいく。限られた貴金属資源の有効利用という観点からも好ましくない対応である。

冷間始動時のHC低減には三元触媒の早期活性化が鍵であり,とくに以下の方法が有効とされている。一つはエンジン近傍への触媒配置である。エンジンと触媒の距離が短くなることで触媒が早期活性化し,HCの排出が抑制される。高い効果が得られる一方,常に高温ガスに晒されるため,用いる三元触媒には高い耐熱性が求められる。次に電気加熱触媒も有効な方法として知られている4)。電気加熱による触媒の早期活性化システムであり,排ガスと接触する前に触媒が活性化するため,対象となる冷間始動時そのものが存在しないこととなる。その効果はきわめて大きく適用後のHC排出量は10%未満にまで低減される9)。しかしながら,バッテリーへの負荷やシステムの煩雑化などの課題も多く,適用車種は限定的となっている。

3. HC吸着触媒とゼオライト材料

早期活性化以外の有効な方法として,HC吸着触媒が知られている10)図3に排出低減のメカニズムを示す。HC吸着触媒は,冷間始動時に排出されたHCを一時的に吸着し,三元触媒が活性化するまで保持する。その後,昇温によって吸着HCは吸着層から脱離するものの三元触媒はすでに活性化しているため,脱離HCは大気へ放出されることなく浄化される。この時間差攻撃のような仕組みによって,冷間始動時のHC低減に寄与している。

Zeolite 40(3): 117-129 (2023)

図3. HC吸着触媒による排ガス低減メカニズム

HC吸着触媒の多くは,通常の三元触媒とは異なり吸着層と浄化層に分けられている。この吸着層にはHCを吸着するための多孔質材料が使用されており,中でもゼオライト材料が頻繁に用いられている。ゼオライトは規則的なチャネル(管状細孔)とキャビティ(空洞)を有するアルミノケイ酸塩であり,その骨格構造は200種類以上に及ぶ11)。ガソリン自動車から排出されるHCは,炭素数5~8を中心とした飽和炭化水素,不飽和炭化水素,芳香族炭化水素で構成されており8),それら成分を効率的に吸着するには10員環や12員環骨格を有するMFIやBeta,MOR,FAUのような中細孔もしくは大細孔ゼオライトが適している12)。細孔径によってHCの吸脱着挙動は大きく異なるため,ゼオライトの選定はHC吸着触媒の性能を大きく左右する。また,イオン交換によるアルカリ金属や遷移金属の導入も性能への寄与が大きく,金属元素特有の強い電子的作用によって化学吸着を促進するとされている12–14)。ゼオライトはHC吸着触媒に限らず様々な排ガス触媒に適用されており,とくにディーゼル酸化触媒(DOC: Diesel Oxidation Catalyst)や選択還元触媒(SCR: Selective Catalytic Reduction)など,ディーゼル自動車では広く用いられ実用化もされている15)。一方,ガソリン自動車でのゼオライトの利用は限定的であり,2000年頃にHC吸着触媒として実用化16)されたものの,広く利用されるには至っていない。ゼオライトの熱劣化抑制と吸着効率向上を両立させるために床下に2個のHC吸着触媒を搭載していたこと,排気ガスの線速度を下げるために意図的にセル密度の低いハニカム基材(200 cell/inch2)を用いていたことなど,特別な仕様によって成立していたことが大きな理由と考えられる。ガソリン自動車への普及が限定的である原因の一つは,耐久温度の違いにある。耐久温度は使用環境に応じて設定され,ディーゼル触媒の耐久温度は700°Cが一般的となっている。一方,三元触媒に求められる耐久温度は1000°Cとなっており,水熱条件下で多くのゼオライトの結晶構造は容易に破壊されてしまう。既存三元触媒システムへの導入を簡易的に実施するには,用いるゼオライトの耐熱性向上が大きな課題となる。

4. ゼオライトの高耐熱化

HC吸着触媒は,HC吸着のみならず,脱離HC浄化の役割も担っている。上述のように浄化過程は共存する三元触媒の早期活性化が鍵となることから,エンジン近傍への触媒配置が好ましく,この事実もゼオライトの高耐熱化を強く後押しする。同じ骨格を有するゼオライトの耐熱性はAl2O3の含有量に影響し,一般的にはSiO2/Al2O3(シリカアルミナ比率)の値が大きいほど耐熱性が高く,小さいほど低くなる傾向にある。ゼオライトの劣化は,高温下での水熱耐久処理による脱アルミニウムの進行に起因するため,劣化の起点となるAl原子が少ないほど耐熱性が高くなる。一般的にハイシリカゼオライト呼ばれるSiO2/Al2O3=500のBeta型ゼオライトは1000°Cの水熱耐久処理後も構造を維持することが知られている17)。しかしながら,骨格中のAl原子はゼオライトのBrønsted酸点やLewis酸点の起点となるため,Al原子が極端に少ない高シリカゼオライトでは,骨格構造に由来する物理吸着のみが発現し,酸点由来の化学吸着は発現しないため,Al原子が多いゼオライトと比較して吸着量は減少傾向にある17)。加えて,化学吸着はHCとゼオライトとの化学結合(共有結合,配位結合,イオン結合)形成を意味しており,HCを高温域まで保持するための重要な作用でもある。最近では高い骨格密度を有するMSE型ゼオライトが,低いシリカアルミナ比率(SiO2/Al2O3=20)にもかかわらず高い耐熱性を発現することがわかっており,今後のHC吸着材料として大きく期待されている18)

ゼオライトはシリカアルミナ比率が小さいほど酸点由来の機能性に富む一方,耐熱性が著しく低下する。ゼオライトの潜在能力をHC吸着触媒へ十分に反映させるためには,シリカアルミナ比率の小さいゼオライトをガソリン自動車向けに高耐熱化していくことがもっとも効果的であり,性能向上の大きな課題となっている。

5. Beta型ゼオライトの高耐熱化とその吸着性能

Beta型ゼオライトは,化学的安定性も高く,石油化学工業をはじめ各分野で用いられている代表的なゼオライトの一つである19,20)。HC吸着触媒も同様,Beta型ゼオライトが頻繁に用いられており,様々な方法による高耐熱化が検討されてきた。図4にはSiO2/Al2O3=35のBeta型ゼオライト(Beta35)を用いた各修飾元素の効果を示す。1000°Cの水熱耐久処理前後(Fresh/Aged)のBET比表面積(SSA: Specific Surface Area)を表しており,耐熱性が高い仕様ほど耐久処理後(Aged)のBET値が高くなっている。未修飾Beta35は水熱耐久処理によってSSAが著しく低下していることから,ゼオライト構造の破壊が示唆され,そのことは図5に示すX線回折法(XRD)の解析結果からも強く支持される。文献に従い調製した各修飾Beta型ゼオライト(Fe-Beta35, Cu-Beta35, Zr-Beta35, P-Beta35)21,22)を同様に確認すると,Zr修飾もしくはP修飾によりわずかな改善は見られるもののSSAは50%以下まで低下しており十分な高耐熱化には至っていない。修飾元素の探索を続けた結果,ジルコニウムとリンの組み合わせが耐熱性向上に大きく寄与し,AgedのSSAが450 m2/gときわめて高い水準を維持することがわかった17)。XRDの結果においても,ジルコニア(ZrO2)ピークの出現を除き耐久処理前(Fresh)のピークパターンと大部分が重なっており,ゼオライト構造の破壊が進行していないことを示している。低シリカアルミナ比率(SiO2/Al2O3=35)におけるBeta型ゼオライトで,これほどの高い耐熱性を示したことは非常に注目すべき結果であるとともにガソリン自動車向けの材料要件を十分に満たしている。

Zeolite 40(3): 117-129 (2023)

図4. 各修飾元素の耐熱性向上効果(耐久条件:1000 °C, 25 hours, with 10% of H2O)

Zeolite 40(3): 117-129 (2023)

図5. 耐久前後のXRDパターン(a) Bata35,(b) Zr/P-Beta35(耐久条件:1000°C, 25 hours, with 10% of H2O)

ジルコニウムとリンの修飾方法もシンプルであり,複雑な工程や特殊な処理・加工は含まない。オキシ硝酸ジルコニウム水溶液とリン酸水溶液の混合によって生じた白色懸濁液へ対象のゼオライトを投入する。その後のろ過・焼成を経て目的の高耐熱ゼオライトを得ることができる。重要なことは溶液中で形成したリン酸ジルコニウムを直接用いることであり,純粋なリン酸ジルコニウムとの混合では効果はまったく見られない。反応系中で生成する白色沈殿は図6aに示すような酸化ジルコニウムとリン酸で形成されたオリゴマーと推定され,その分子内にはリン酸プロトンを残している。そのプロトン部位がゼオライトに特異的な作用を及ぼしていると推察される。実際,この耐熱効果はジルコニウムイオンとリン酸のモル比率(P/Zr)が1~4の範囲で比表面積維持率80%と顕著であり,リン酸プロトンが残存する条件と整合する。一方,リン酸ジルコニウムを形成しない余剰のジルコニウム塩やリン酸が存在する条件では維持率は低下することがわかった(図6b)。

Zeolite 40(3): 117-129 (2023)

図6. (a)リン酸ジルコニウムオリゴマーの推定構造,(b)リン/ジルコニウムモル比率による比表面積維持率の変化

この高耐熱処理は,様々なゼオライトで有効であり,図7に示すように広範囲のシリカアルミナ比率で高耐熱化が確認できる。低シリカゼオライトはもとより潜在的に高い耐熱性を有する高シリカゼオライトに対しても,さらなる高耐熱化が見られたことは非常に興味深い事実である。また,同程度のシリカアルミナ比率を有するMFI型ゼオライト(SiO2/Al2O3=27)とCHA型ゼオライト(SiO2/Al2O3=29)にも高耐熱処理を施したところ,未処理品の比表面積維持率は各々42%(MFI),1%未満(CHA)であるのに対して,耐熱処理後の維持率は72%(MFI),82%(CHA)とBeta型ゼオライト同様に高い効果を示すことがわかった。

Zeolite 40(3): 117-129 (2023)

図7. シリカアルミナ比率による比表面積維持率の変化

次に,高い耐熱性を有するリン酸ジルコニウム修飾ゼオライト(Zr/P-Beta35)の吸着性能を確認するため,トルエン吸脱着試験を実施し,未修飾ゼオライトと比較した(図8)。FreshではBeta35,Zr/P-Beta35ともにトルエンの吸着性能を有するが,Agedでは耐熱処理が施されたZr/P-Beta35のみが吸着挙動を示し,Beta35に吸着挙動は見られない。Fresh/Agedでの吸着量の維持率はBeta35で0.6%,Zr/P-Beta35で70%であり,結晶構造やSSA同様に吸着性能の劣化も高度に抑制されている。また,芳香族化合物のトルエンのみならず脂肪族化合物であるペンタンやプロピレンについても同様に吸着挙動を示す17)

Zeolite 40(3): 117-129 (2023)

図8. 耐久前後のトルエン吸脱着試験

6. 高耐熱Beta型ゼオライトの触媒化と車両評価

Zr/P-Beta35は,ガソリン自動車への適用要件を十分に満たしており,HC吸着触媒としての効果も十分に期待される。図9に示す触媒仕様にてHC吸着触媒を作製し,2 Lの自然吸気ガソリンエンジン直下の前段に三元触媒,後段にHC吸着触媒を配置した。三元触媒およびHC吸着触媒の浄化層にはPd,Rhを活性貴金属として用い,各サンプルの貴金属量は同じである。ゼオライトを含まないサンプルを基準触媒とし,Beta35,Zr/P-Beta35をそれぞれ用いたHC吸着触媒の評価・比較を米国の評価モード走行(LA-4)にて行った。

Zeolite 40(3): 117-129 (2023)

図9. 車両評価条件と各評価サンプル仕様

走行開始50秒と100秒までに排出されたHC量を対象として図10に示すように吸着HCと浄化HCを定義した。各々の評価結果を表1に示す。Beta35のFresh性能を見てみると,HC吸着触媒を導入することによって吸着HCが68%, 浄化HCが53%となっており,基準触媒と比べて冷間始動時のHC排出が半減していることがわかる。Zr/P-Beta35もほぼ同等の性能を示しておりFreshでは修飾有無による差は生じていない(Entry 1 vs 3)。一方,これまでの物性評価同様にAgedではその差が顕著となる。Beta35ではゼオライト構造の破壊に伴う吸着作用の消失により,HC排出量は良化どころか基準触媒に比べて悪化する。Zr/P-Beta35ではAgedにおいても吸着HCが56%,浄化HCが43%と,その耐熱性を反映し高い性能を示す(Entry 2 vs 4)。過去の報告例23)と比べてみても高い耐久温度にもかかわらず近しい性能を示していることから,この耐熱処理の優位性・有効性は明らかである(Entry 5)。

Zeolite 40(3): 117-129 (2023)

図10. 吸着・浄化性能の評価方法

表1. エンジン始動時のHC吸着・浄化性能評価
Entryゼオライト仕様耐久条件(°C, h)吸着HC(%)浄化HC(%)
1Beta35Fresh6853
2Beta35950, 50-10-5
3Zr/P-Beta35Fresh6651
4Zr/P-Beta35950, 505643
5Ref.[23]750–850, 506040

加えて,同評価における芳香族化合物の吸脱着挙動をFT-IRにて追跡したところ,走行開始35秒までに排出されていた大部分の芳香族化合物が低減しており,HC吸着触媒中のゼオライトの存在を強く支持している(図11)。一方で,吸着HCと浄化HCに13%の解離が存在している。これはゼオライトから脱離したHCが浄化されずに排気されたことを示しており,三元触媒層が十分に活性化していない温度域で,HCが脱離したことを意味している。ゼオライト骨格の高耐熱化は実現できたものの,高温域までHCを保持する性能の向上には多くの課題が残されている。

Zeolite 40(3): 117-129 (2023)

図11. Beta型ゼオライトによる芳香族化合物の排出量変化(FT-IR)

7. 耐熱性発現のメカニズム解析

高耐熱Beta型ゼオライトの各性能についてこれまで述べてきたが,次にリン酸ジルコニウム修飾による耐熱性向上のメカニズムについて考察していく。Freshでの結晶子径を100%とした劣化の経時変化を図12に示す。Beta35の急激な劣化に対し,Zr/P-Beta35の劣化はかなり緩やかとなっている。上述のようにゼオライトの劣化は脱アルミニウムの進行が起点となることから,修飾元素であるZr,PとAlとの相互作用が十分に示唆される。

Zeolite 40(3): 117-129 (2023)

図12. 耐熱処理有無による劣化速度の違い

より詳細な情報を得るため,核磁気共鳴分光法(NMR)による分析・解析を実施した。それらの結果を図13に示す。27Al-NMRスペクトルにおいて,修飾の有無にかかわらず耐久処理によってゼオライト骨格に存在していた4配位Alに帰属されるピークが消失し,Zr/P-Beta35では新たにリン酸アルミニウム(AlPO4)に帰属されるピークが出現した。これは,Zr/P-Beta35では耐久後に大部分のAlが脱離しAlPO4に変化していることを示唆しており,そのことは31P-NMRスペクトルからも支持される。これらの事実は,耐熱処理を施したZr/P-Beta35でさえも脱アルミニウムが進行していることを示している。実際に29Si-NMRの結果でもFreshで確認されたSi-O-Alの化学種は確認されずSi-O-Siのみしか観測されない。

Zeolite 40(3): 117-129 (2023)

図13. 耐久前後の各NMRスペクトルの変化

以上から推察されることとして,構造破壊を伴わない脱アルミニウムの進行が考えられる。上述のようにZr/P-Beta35の劣化はきわめて緩やかに進行するため,Alの欠損が構造破壊の起点とならない可能性が示唆される。脱アルミニウムのみが進行すると,ゼオライト構造中のシリカアルミナ比率が上昇し続け,結果的に高シリカゼオライトに変化すると考えられる。高シリカゼオライトは潜在的な耐熱性が高いため,終状態であっても過度な劣化が抑制されることとなる。では,なぜ脱アルミニウムの進行が緩和されるのか?決定的な結論には至っていないものの,一つの可能性として疎水性の向上が考えられる24)。吸水量の比較を熱重量・質量分析(TG-MS)にて比較したところ,単位質量当たりの吸水量がリン酸ジルコニウム修飾によって半減していることがわかる(図14)。脱アルミニウムはAlに対する加水分解反応に起因することから,疎水性の向上が劣化抑制に寄与することは大いに考えられる。

Zeolite 40(3): 117-129 (2023)

図14. 飽和吸着水の脱離に伴う重量変化(TG-MS)

上述の結果を参考にし,劣化抑制の推定メカニズムを図15に示した。懸濁液から調製されるZr/P-Beta35のリン酸ジルコニウム成分は,ゼオライト細孔内ではなく外表面に存在している可能性が高く,それらが疎水効果を発現することでAlと水の接触頻度が低減したと考えられる。水熱耐久時においては脱アルミニウムが進行するものの,この疎水効果により反応は鈍化し,構造破壊を伴わない緩やか進行となる。

Zeolite 40(3): 117-129 (2023)

図15. 耐熱処理による脱アルミニウムの鈍化と構造破壊抑制

8. 課題とその後の改良

上述したように,車両評価の結果から高温保持性能に課題があることが明らかとなった。HCの高温保持性能は,ゼオライトの酸点とHC間で生成する化学結合に起因するため,酸点の耐熱性向上が重要な鍵となる。その酸点はゼオライト骨格のAl由来で生じることから,外表面ではなくAl原子近傍の修飾が有効であることが想起される。これまでのリン酸ジルコニウムに関する一連の検討では,AlPO4の生成が構造破壊を抑制していることから,P原子が高耐熱化の鍵であることが理解できた。そこで,P原子を高分散でゼオライトに修飾するため,有機物であるリン酸トリメチルの減圧蒸着に着想した25)。得られたリン修飾Beta型ゼオライト(P-Beta35)の酸点量をアンモニア吸脱着試験にて評価したところ,Zr/P-Beta35と比べて多くの酸点が耐久処理後も残存しており,ピリジン吸着IRにてそれら酸点がLewis酸点であることもわかった(図16,17)。メカニズム解析から着想した改良が,課題解決につながった一例である。すでに報告されているCs担持MFI(40)26)も1000°C耐久後に吸着性能と優れた高温保持性能を示すが,類似のCs担持Beta(37)は耐熱性に乏しく,MFI型ゼオライト同様に頻繁に用いられるBeta型ゼオライトでの高耐熱化も実現できた意義は大きい。最近ではNi内包Beta型ゼオライトが耐熱性・吸着性・高温保持性に優れたHC吸着触媒の材料として注目されている27)

Zeolite 40(3): 117-129 (2023)

図16. アンモニア吸脱着試験(NH3-TPD)による酸点量の評価

Zeolite 40(3): 117-129 (2023)

図17. ピリジン吸着IRによる酸点の帰属

9. おわりに

ゼオライトの高耐熱化はガソリン自動車触媒への適用には避けて通ることのできないテーマである。本稿ではゼオライトの高耐熱化に関する研究を紹介し,厳格化する排ガス規制に対しHC吸着触媒適用の可能性を示した。冷間始動時の排ガス低減は,省貴金属技術の筆頭であることから,ゼオライトの高耐熱化に伴う波及効果はきわめて大きい。電動化の波により内燃機関の市場規模縮小は避けることのできない道ではあるが,排ガス規制は緩和されることはなく厳格化の一途を辿っており,三元触媒とともにゼオライトのさらなる進化が求められているのも事実である。また,ゼオライトは様々な産業分野,研究分野で用いられており耐久性向上はいかなる分野においても課題の一つとなっている。用途によって運転温度や耐熱要件は異なるものの,一連の研究過程で見出した高耐熱化のエッセンスは決して色褪せることなく次世代の技術につながっていくものと確信している。

引用文献References

1) 日産自動車,日本電動化アクション「ブルー・スイッチ」(nissannews.com), https://global.nissannews.com/ja-JP/channels/blue-switch(access date: 2023/4/12).

2) T. Hules, SAE Technical Paper, 730554(1973).

3) J. White, C. Domke, M. Williams, SAE Technical Paper, 741005(1974).

4) R. M. Heck, F. J. Farrauto, S. T. Gulati, Catalytic Air Pollution Control Commercial Technology 3rd Edition, John Wiley & Sons, Inc.(2009).

5) California Air Resources Board(CARB) Advanced Clean Cars(ACC) II Workshop, 16th September(2020).

6) L. Niziachristos, G. Papadopoulos, Z. Samos, N. Tsalokidis, G. Mellios, A. Dimaratos, A. Kontses, D. Kontses, Z. Samaras, Euro 7 impact assessment study, Publications Office of the European Union(2022).

7) 西本俊之,わが国の大気環境の現状と自動車排ガス対策,環境省レポート(2013).

8) S. Yamamoto, K. Matsushita, S. Etoh, M. Takaya, SAE Technical Paper, 2000–01–0892(2000).

9) T. Sadamitsu, T. Oki, S. Korenaga, S. Hirooka, SAE Technical Paper, 2022-01-0536(2022).

10) M. J. Heimrich, L. R. Smith, J. Kitowski, SAE Technical Paper, 920847(1992).

11) 国際ゼオライト学会,データベース参照,http://www.iza-structure.org/databases/(access date 2023/4/12).

12) K. Nakao, R. Mitsuhashi, T. Asakawa, TOSOH Research & Technology Review, 63, 19(2019).

13) J. Lupescu, L. Xu, J. Nunan, C. Alltizer, SAE Technical Paper, 2018-01-0944(2018).

14) L. Xu, J. Lupescu, J. Ura, A. Harwell, W. A. Paxton, J. Nunan, C. Alltizer, SAE Technical Paper, 2018-01-0948(2018).

15) 加藤克昭,永田 誠,小林武史,ゼオライト,19, 1(2002).

16) K. Nishizawa, S. Momoshima, M. Koga, H. Tsuchida, SAE Technical Paper, 2000-01-0890(2000).

17) Y. Endo, J. Nishikawa, H. Iwakura, M. Inamura, T. Wakabayashi, Y. Nakahara, M. Ogasawara, S. Kato, SAE Technical Paper, 2018–01–0947(2018).

18) H. Goto, K. Hayashi, M. Suwa, JP Patent, WO2022025185(2022).

19) 原 伸宣,高橋 浩,ゼオライト基礎と応用,講談社(1975).

20) 辰巳 敬,西村陽一,ゼオライト触媒の開発技術,シーエムシー出版(2010).

21) J. Caro, M. Bülow, M. Hunger, H. Pfeifer, W. Storek, B. Zibrowius, J. Catal., 124, 367(1990).

22) Y. Gang, Z. Janqin, W. Yan, Z. Danhong, J. Mol. Struct., 737, 271(2005).

23) Y. Hiramoto, M. Takaya, S. Yamamoto, A. Okada, SAE Technical Paper, 2003–01–1861(2003).

24) C. V. Kumar, E. H. Asuncion, G. Rosenthall, Microporous Mater., 1, 299(1993).

25) 後藤秀和,諏訪麻祐子,大橋竜太郎,永尾有希,遠藤慶徳,若林 誉,小笠原正剛,加藤純雄,第127回触媒討論会,1P43(2021).

26) Y. Takamitsu, K. Ariga, S. Yoshida, H. Ogawa, TOSOH Research & Technology Review, 51, 95(2007).

27) H. Goto, R. Abiru, M. Suwa, S. Urabe, H. Fujitsuka, T. Tago, 12th International Conference on Environmental Catalysis, P18(2022).

This page was created on 2023-07-05T17:28:51.523+09:00
This page was last modified on


このサイトは(株)国際文献社によって運用されています。