日本ゼオライト学会 刊行物 Publication of Japan Zeolite Association

ISSN: 0918–7774
一般社団法人日本ゼオライト学会 Japan Zeolite Association
〒162-0801 東京都新宿区山吹町358-5 アカデミーセンター Japan Zeolite Association Academy Center, 358-5 Yamabuki-cho, Shinju-ku, Tokyo 162-0801, Japan
Zeolite 40(3): 109-116 (2023)
doi:10.20731/zeoraito.40.3.109

解説解説

Flexible MOFが示すゲート吸着挙動を活用したCO2吸着分離プロセスの検討CO2 Adsorption Separation Processes Using Flexible Metal–Organic Frameworks Exhibiting Gate Opening Behavior

京都大学大学院工学研究科化学工学専攻Department of Chemical Engineering, Kyoto University ◇ 〒615–8510 京都府京都市西京区京都大学桂

受理日:2023年4月11日Accepted: April 11, 2023
発行日:2023年7月15日Published: July 15, 2023
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カーボンニュートラルの実現に向けてCO2排出量の削減や再生可能エネルギーの活用が進んでいるが,これらの取り組みだけでは限界があり,CO2回収技術の開発が必須とされている。そのため吸収・膜・吸着の各分野で研究開発が白熱しているが,特に吸着分野においては骨格構造に柔軟性を有する金属有機構造体(Flexible MOF)が注目を集めている。Flexible MOFはある閾値の圧力において構造変形を伴うステップ状の吸着挙動(ゲート吸着)を示す。このステップ状の吸着量増減からは吸着成分の脱着回収が容易であり,かつ,転移の閾圧はガス種に依存することからガス選択性も高い。さらには,構造転移熱によって吸着熱を一部相殺する「自己熱補償能」により,温度非制御下で操作される圧力スイング吸着(PSA)プロセスにおいても,温度上昇による吸着性能低下を最小限に留めることができる。従来材にはないこれらの特性が相乗的に作用することで,既往の吸着分離を凌駕する革新的なプロセスとなることが期待されている。本解説では,Flexible MOFの一種であるELM-11を対象とした筆者らの研究成果に基づき,Flexible MOFを用いたCO2吸着分離プロセスの可能性について紹介する。

To achieve carbon neutrality, progress is being made in reducing CO2 emissions and using renewable energy, but these efforts alone have limitations. Therefore, the development of CO2 capture technology is essential. In this regard, intensive research and development is being carried out in the fields of absorption, membranes and adsorption, with particular attention being paid to flexible metal–organic frameworks (MOFs) that have structural flexibility. Flexible MOFs exhibit a stepwise adsorption behavior (gate opening) with structural deformation at a certain threshold pressure. The stepwise change in adsorbed amount facilitates easy recovery of adsorbents, and the gas-specific transition pressure induces high gas selectivity. In addition, the “intrinsic thermal management capability,” which offsets the heat of adsorption with the heat of structural transition, makes it possible to minimize the degradation of adsorption performance due to temperature rise in pressure swing adsorption (PSA) processes operated under temperature uncontrolled conditions. These unique properties, not found in conventional materials, synergistically contribute to an innovative process that outperforms previous adsorption separations. In this commentary, we introduce the potential of CO2 adsorption separation processes using flexible MOFs based on our research results of ELM-11.

キーワード:金属有機構造体;ゲート吸着;圧力スイング吸着;カーボンニュートラル;自己熱補償能

Key words: metal–organic frameworks; gate opening; pressure swing adsorption; carbon neutrality; intrinsic thermal management

1. はじめに

2050年に正味のCO2排出量ゼロを達成するためには,2035年に40億トン/年,2050年には76億トン/年のCO2回収が必要1)と言われており,吸収・膜・吸着の各分野で研究開発が白熱している。特に吸着分野においては,多孔性配位錯体(Metal–Organic Frameworks: MOFs)の細孔設計性の高さに着目した研究が盛んであり,例えば,CO2吸着に有利な官能基を導入することで機能向上を狙う報告がなされている2)。しかし,既存の材料をより良いものへと改善していく方策では,期待できる性能向上は限定的であり,革新的な成果には繋がりにくい。そのため我々は,MOFの中でも骨格構造に柔軟性を有し,従来の吸着剤とは根本的に異なる挙動を示すソフト多孔性錯体(Flexible MOF)に着目してきた。例えば,代表的なFlexible MOFであるELM-113)([Cu(BF4)2(4,4′-bipyridine)2]n)は,真空下ではシート状の骨格が密に積層した構造(closed構造)を有しており,そこにガス分子が侵入可能な空間は存在していない。しかし,CO2圧力が上昇すると,ELM-11は積層間隔を広げることで細孔を形成しCO2分子を取り込む(open構造)。この変化はある閾値の圧力を境に突発的に生じるため,結果的に図1のようなステップ状の吸着等温線が得られる。このあたかも細孔への「門」が開いたかのような様相を擬え,この現象は「ゲート吸着」と呼ばれている。ゲート吸着現象の工業的価値は高く,例えばゲート吸着が生じる圧力(ゲート圧)近傍では,僅かな圧力変動でも吸脱着量変化(ワーキングキャパシティ)を大きく取ることができる。また,ゲート圧は吸着ガス種に依存することから高い選択率が期待される。さらには,骨格構造の変形は系に不安定化をもたらすことから吸熱的に作用する。すなわち,ゲート吸着においては吸着熱の一部が構造変形による吸熱によって相殺され,正味の熱量が低減される。一般に,吸着/脱着熱に伴う系の温度変化は吸脱着性能を著しく悪化させることから,この自己熱補償能はFlexible MOFの大きな魅力の一つである。

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図1. ゲート吸着挙動の概念図

本稿ではELM-11を対象とした筆者らの研究成果に基づき,Flexible MOFを用いたCO2吸着分離プロセスの可能性について紹介する。まずは,自己熱補償能についての熱力学理論を解説し,ELM-11のCO2吸着において正味の吸着熱が本来よりも約40%低減されることを示す。次に「構造変形を伴う吸着」という直感的には遅そうな吸着過程が実は驚くほどに速いという興味深い結果を紹介する。また,剛直な吸着剤の代表としてHKUST-1と呼ばれるMOFとELM-11との吸着性能を比較し,ELM-11は自己熱補償能により断熱条件においても高い性能を維持できることを示す。最後に,Flexible MOFを用いた吸着分離プロセスにおける問題点とその解決策について議論した後に,ELM-11を用いた圧力スイング吸着(PSA)プロセスの試算結果を述べる。

2. 自己熱補償能

2.1 ゲート吸着の熱力学

Coudertら4)によると,closed構造から吸着分子を包摂したopen構造への変形に伴う自由エネルギー変化ΔΩosは次式のように表される。

ΔΩOS(P,T)=ΔFhost(T)+Ωguest(P,T)

ここでPは圧力,Tは温度,ΔFhostはホスト(骨格構造)の変形によるヘルムホルツの自由エネルギー変化であり,Ωguestはopen構造にゲスト(ガス分子)が吸着することによるグランドポテンシャルである。このとき,ゲート吸着はΔΩos=0,すなわち構造変形による不安定の寄与ΔFhostと分子吸着による安定化の寄与Ωguestが均衡する圧力(Pgate)で生じる平衡転移現象と説明される。また,ΔFhostは熱力学諸式より,ΔFhost=ΔUhostTΔShostと書き下せる。ここで,ΔUhostおよびΔShostは,それぞれホストの内部エネルギーおよびエントロピー変化である。ΔUhostは構造変形に伴う熱量変化に相当し,open構造に対する吸着熱をQ(発熱を正にとる)とすると,ゲート吸着に伴う正味の発熱量Qは,Q=QΔUhostと書ける。すなわち,open構造とガス分子は本来Qだけ発熱する程度の親和性によって吸着しているにも関わらず,実際の熱量はΔUhostの分だけ相殺されることを意味する。この相殺率を,熱補償効率e=(QQ)/Q=ΔUhost/Qと定義する。

2.2 ELM-11の自己熱補償能評価5)

筆者らはこれまでに,実験と分子シミュレーションを組み合わせた手法により,CO2ゲート吸着におけるELM-11のΔUhostが30.6 kJ/mol-MU*1であることを明らかにしている6,7)。また,open構造に対する吸着シミュレーションにより,CO2の理論吸着量および本来生じるべき吸着熱が,それぞれ1.996 mol-CO2/mol-MUおよび40.8 kJ/mol-CO2であることを見出している。つまり,吸着に伴うELM-11あたりの発熱量Qは81.4 kJ/mol-MUである。この一部がΔUhostによって相殺されるため,ゲート吸着における正味の発熱量Q′は50.8 kJ/mol-MUとなる。このとき,熱補償効率eは37.6%であり,実に4割近くの吸着熱が低減されていることがわかった。ここで,正味の発熱量Q′をCO2あたりに換算し直すと25.4 kJ/mol-CO2であり,これはCO2の昇華熱と同程度である。つまり,open構造とCO2との間には40.8 kJ/mol-CO2の発熱を伴うほどに強力な相互作用が存在しているにも関わらず,実際にはバルクのCO2分子間の相互作用程度の熱量しか発生しないということになる。これは,系内の温度上昇,およびそれによる吸着性能の低下を最小限に抑えたいPSAプロセスにおいて非常に有利な性質である。

3. 構造転移速度8)

ゲート吸着における構造転移速度を解析するために,SPring-8のBL02B2ビームラインにおいて時分割の粉末X線回折パターン(XRD)を測定した。図2は真空下から所定の圧力のCO2を一気に導入した際のELM-11のXRDを1秒おきに測定した結果である。ガス導入直後からclosed構造に帰属するピーク強度の低下とopen構造に帰属するピークの発現が確認されており,約10秒でopen構造のXRDへと完全に変化することがわかった。また,図3はopen構造の002面(6.1°)に対応するピーク強度から構造転移率αを抽出した結果であり,この時間変化は結晶学でよく用いられるKolmogrov–Johnson–Mehl–Avrami(KJMA)式,α=1exp(ktn) で良好に表現されることが明らかとなった。ここで,kは速度定数であり,nは構造転移の次元に関連するパラメータである。また,同様の測定を種々の温度と圧力について実施したところ,速度定数kは,k(P,T)=k0{ PPgate(T) }とモデル化できることがわかった。ここでk0=12.0 s−1/n MPa−1であり,ELM-11のPgateは種々の温度における吸着等温線に対するフィッティングからln Pgate[ kPa ]=3064.5/T[ K ]+14.683である。つまり,速度定数はゲート圧Pgateと現在のガス圧力Pの差に比例し,その温度依存性はPgateの温度依存性を反映しているということがわかった。この事実に基づけば,例えば後述のような埋立地ガスからのCO2分離を想定すると,室温下において95%のELM-11がゲート吸着を完了するのに要する時間はわずか1.5秒ということになる。これは,PSAにおける1サイクルの時間を短くすることで性能向上を狙うrapid PSA9)での利用も期待できる吸着応答性である。

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図2. 時分割in situ XRDの測定結果

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図3. 構造転移率の経時変化

4. HKUST-1とELM-11の吸着性能比較8)

評価の対象系として埋立地ガスからのCO2分離(500 kPaのCO2 : CH4=1 : 1混合ガス)を想定し,以下の4つの工程からなるPSA操作を考えた。①500 kPaにおける原料ガス(CO2 : CH4=1 : 1)の供給・吸着工程,②250 kPaへの塔内減圧および純CO2ガスによる洗浄工程,③15 kPaでの脱着工程,④15 kPaの純CH4ガスによるパージ工程。このプロセスについて,以下の4つの吸着性能について評価を行った。

  1. 1)CO2吸着量:Nc_ad
  2. 2)CO2選択率:Sc=Nc_ad/Nm_ad
  3. 3)ワーキングキャパシティ:ΔNc=Nc_adNc_de
  4. 4)脱着回収率:RNc/Nc_ad

ここで,Ni_jは工程j(ad: 吸着,de: 脱着)における成分i(c: CO2, m: CH4)の吸着量である。以上の条件に基づき,既存の吸着剤の中で埋立地ガス分離に最も有用と試算されている10) HKUST-1とELM-11の吸着性能を比較した。

4.1 等温過程における吸着性能評価

まずは,理想的な条件である等温過程(298 K)での吸着性能を比較した。図4はCO2とCH4の単成分吸着等温線(a: HKUST-1, b: ELM-11)および混合吸着等温線(c: HKUST-1, d: ELM-11)である。ここで,HKUST-1の単成分吸着量は既報のVirial–Langmuir式11)により算出し,混合吸着量はIdeal adsorbed solution theory(IAST)12)に基づき評価した。一方ELM-11は単成分については実測値のみを表示しており,混合吸着については分子シミュレーションにより算出した結果を示している。HKUST-1の吸着工程(CO2分圧250 kPa)におけるCO2吸着量(Nc_ad)は9.08 mmol/gであり,ELM-11(3.53 mmol/g)の2.6倍であった。これは,HKSUT-1がその骨格構造に大きな細孔空間を有しているためである。一方で,ELM-11は構造柔軟性により,CO2分子に適した細孔場を形成しており,CO2選択率(Sc)はHKUST-1の9.5倍にも及ぶことがわかった。さらに,脱着工程(CO2 15 kPa)においてELM-11は無孔性の閉構造となり吸着量が完全にゼロとなるため,脱着回収率(R)は最大値である100%となった。以上をまとめると表1のようになり,ELM-11はScおよびRでHKUST-1に勝るものの,細孔容量に依存するNc_adやΔNcといった基準では劣ることがわかった。

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図4. (a) HKUST-1および(b) ELM-11におけるCO2・CH4の単成分吸着等温線(298 K),(c) HKUST-1および(d) ELM-11におけるCO2/CH4混合ガス吸着等温線(298 K),混合吸着等温線の横軸はCO2分圧

表1. HKUST-1およびELM-11の等温条件および断熱条件での性能比較
等温条件断熱条件
HKUST-1ELM-11HKUST-1ELM-11
Nc_ad [mmol/g]9.083.532.001.68
Sc [-]8.6782.33.6440.0
ΔNc [mmol/g]8.133.531.411.68
R [%]89.610070.2100

4.2 断熱過程における吸着性能評価

4.1の評価は等温過程という理想条件での結果である。一方で,PSAを始めとする多くの実プロセスにおいて系の温度は成り行きであり,吸着/脱着熱に伴い装置内の吸着剤温度は変化する。特に,CO2分離のように処理流量が大きい場合は塔径を大きくせざるを得ず,系内はほぼ断熱状態になると予想される。そこで,より現実的な評価として,吸脱着によって生じる熱量変化が全て吸着剤の温度変化に費やされると仮定した断熱過程における吸着性能を評価した。まず,HKUST-1について吸着・リンス・脱着・パージ工程の圧力条件であるCO2/CH4混合ガス500 kPa・CO2 250 kPa・CO2 15 kPa・CH4 15 kPaにおける積分吸着熱を温度に対してプロットしたものを図5aに示す。ここで,実線と二点鎖線の交点である点A(298 K)より,500 kPaのCO2/CH4混合ガスを吸着させる工程を考えると,等温過程であれば298 Kにおける破線の値である254 J/gの熱が吸着により発生することがわかる。この発熱は,等温過程では系外(熱浴)へと排出されるが,断熱過程では系の温度上昇に使用される。ここで,吸着剤の温度変化と熱量の関係は,比熱を温度に対して積分したエンタルピー線(実線)で与えられることから,この実線と吸着熱を示す破線の交点Bが断熱吸着工程において系が行き着く状態である。同様に,点Bからのリンス工程では,系は一点鎖線と実線の交点である点Cに至るはずであり,その後,脱着工程で点Dに到達し,パージ工程によって点Aの状態へと戻る。すなわち,断熱過程の吸着性能は,吸着工程終了時の状態B(370 K)におけるNc_adSc,また,状態Bと脱着工程終了時の状態D(313 K)の差から定まるΔNcRによって決定される。

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図5. (a) HKUST-1および(b) ELM-11における4工程の操作圧力条件での積分吸着熱と系のエンタルピー線

ELM-11についても同様に解析すると,図5bのような結果が得られた。ここで,335 K付近で破線(CO2/CH4混合ガス500 kPa)と一点鎖線(CO2 250 kPa)に見られるステップ状の変化はゲート吸着に起因するものであり,これらの値は自己熱補償能によりΔUhost=30.6 kJ/mol-MU(55.7 J/g)の分だけ低減されている。今,点S(298 K)からの吸着過程を考えると,系は実線と破線の交点T(335 K)に至る。このとき,点Tはゲート吸着による垂線を内分しているが,これは内分比に対応する54%のELM-11粒子のみがゲート吸着を生ずることで,系全体として熱収支を満たした状態にあると解釈できる。続いてリンス工程により系は点Uへと遷移するが,この操作は系の温度に影響を及ぼしていない。その後,15 kPaでの脱着により系は点Vへと移動するが,このとき全ての吸着分子は脱着された状態にある。すなわち,ELM-11にパージ工程(点V→S)は必要とされず,プロセスの簡略化の可能性を示唆している。

以上の結果を表1にまとめる。等温過程のときとは異なり,ELM-11のNc_ad(1.68 mmol/g)はHKUST-1(2.00 mmol/g)とほぼ同程度であり,ΔNcに関してはHKUST-1(1.41 mmol/g)を上回る結果となった(1.68 mmol/g)。また,ScについてはELM-11(40.0)およびHKUST-1(3.64)ともに等温過程よりも低下しているが,ELM-11は依然として高い値を維持している。さらにELM-11のRについては,等温過程と変わらず100%であった。このように,HKUST-1は自身の吸着/脱着熱による温度変化の結果,吸着等温線から期待されるほどの性能は発揮されていない一方で,ELM-11では自己熱補償能が有利に働くことで,実プロセスを想定した断熱過程でも優れた吸着性能を示すことが明らかとなった。

5. Flexible MOFを用いたPSAプロセス8)

5.1 Slipping-offとその解決策

4.においてはPSAに重要な4つの吸着性能について評価したが,本章ではさらに踏み込み,これらを吸着分離プロセスの処理能力として集約した比較を行う。しかしその前に,Flexible MOFを用いた吸着分離プロセスにおけるある問題点について言及する。上述の通り,Flexible MOFが示すゲート吸着は,閾値となるゲート圧になるまでは吸着が生じ得ないステップ状の挙動である。この事実は,理想的な脱着回収率Rの要因であると同時に,原料ガス中の吸着質の分圧をゲート圧以下に下げることができないことも意味している。すなわち,埋立地ガス分離の場合,製品であるCH4ガスにゲート圧に応じた濃度のCO2が混入してしまうことになる。実際に,図6aに示す通りELM-11についてCO2/CH4混合ガスの破過曲線(全圧200 kPa, 温度273 K)を測定したところ,273 KにおけるCO2ゲート圧33 kPaと全圧200 kPaの比にあたる0.165のモル分率でCO2がカラムから流出していることが確認された。“Slipping-off”と呼ばれるこの現象は,2012年にHorikeら13)が報告して以降,有効な解決策が見出されていなかった。

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図6. (a) ELM-11カラムおよび(b) ELM-11+HKUST-1二段式カラムにおけるCO2/CH4破過曲線

この問題を解決すべく,筆者らは図7aに示すような二段式の吸着カラムを考案した。これは,Slipping-offで漏出してしまう微量の吸着ガスを少量の従来型吸着剤によって除去するという着想によるものである。実際に,先程と同条件において,ELM-11の後方に少量のHKUST-1を充填した吸着カラムの破過曲線を測定すると,カラム出口から純CH4ガスが得られることが確認できている(図6b)。

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図7. Slipping-off問題を解決するための二段式カラムの(a)模式図と(b)従来プロセスとの性能比較

5.2 PSAプロセス性能の試算

このELM-11とHKUST-1からなる二段式カラムとHKUST-1のみを充填した従来型カラムについて,規定量FのCH4製品ガスを得るために必要な吸着塔サイズ(すなわち吸着剤量)および原料流量を評価した結果が図7bである。その結果,提案プロセスは二塔からなる冗長なシステムであるにも関わらず,従来型プロセスより全体で69%も小型化可能であることがわかった。また,ELM-11の優れた吸着特性は原料流量により如実に現れていることがわかった。すなわち,流量Fの純CH4ガスを得るのに必要な原料ガス(CO2 : CH4=1 : 1)の量論的な最小流量は2Fであるが,提案プロセスが要する余剰原料は最小流量の20%弱で済むことがわかった。これは従来プロセスが必要とする余剰原料のわずか9%である。このように4.で求めた4つの吸着性能が吸着分離プロセスの処理能力として集約されることで,Flexible MOFを用いたPSAプロセスが非常に有望であることが明らかとなった。

6. おわりに

本稿では,Flexible MOFを用いたCO2吸着分離プロセスの可能性について,ELM-11に対する一連の研究成果を例に紹介した。Flexible MOFが有する自己熱補償能は吸着分離プロセスにおいて有効であり,ELM-11は断熱過程においても等温環境と遜色ない性能を発揮することが可能である。一方で,等温線に基づくラフなスクリーニングから有望視されていたHKUST-1は,実プロセスを想定した断熱条件においては吸着熱による性能低下が著しく,結果としてELM-11の方が優れたパフォーマンスを示すことがわかった。また,Flexible MOFの欠点であるSlipping-off問題は,単純ながらも二段式吸着カラムによって解決が可能であり,その冗長さを加味しても従来プロセスよりもはるかに高効率であることを示した。

最後に,実用化までの課題について簡単に述べる。まず,5.で述べた計算結果は理想的な仮定が多く,より正確な評価のためには塔内の吸着量・温度分布を顕に考えた非等温吸着カラムモデルによるプロセスシミュレーションが必須である。しかし,これを実施するためには破過曲線測定とその解析による各種物質・熱移動係数の算出が必須であり,Flexible MOFの大量合成と賦形が最初の課題となる。幸い,Flexible MOFは基本的に金属イオンと有機配位子を混ぜるだけで自己集積的に形成される材料であるためスケールアップは比較的容易であるが,賦形に関しては注意が必要である。例えば,ELM-11を単に高分子バインダーでペレット化すると,バインダーからの応力により構造転移が阻害され,ゲート吸着における特徴的なステップ形状が緩慢になる問題を筆者らは報告している14)。この問題についてはすでに有効な解決策を見出しており,近いうちに報告できる見込みである。

また,二段式カラムならではの操作論についても議論が必要である。特に,前述の通りFlexible MOFを詰めたカラムではパージ工程が不要であることから,ゲート型と従来型のカラムの間に多方向バルブを導入することでカラムごとに独立した操作を可能とすればさらなる効率化が期待できる。

他にも,金銭的コストの解決や耐水性の向上をはじめとして,解決すべき課題は多数存在するが,Flexible MOFは吸着分離プロセスに革新をもたらす材料であると筆者らは期待している。

*1 mol-MUはmonomer unit(Cu(BF4)2(4,4′-bipyridine)2)あたりのモル数を意味する。通常,単位量のMOFを表すときには重量あたりもしくはモルあたりが使用され,前者は吸着実験などの工学的な用途で,後者は量論を意識したい結晶学や理論計算をはじめとした理学的な用途で用いられることが多い。重量あたりは一意に定まるが,モルあたりについては基準を定義する必要がある。モノマーユニット(mol-MU),金属数(mol-Cu),ユニットセル(mol-uc)などがよく使われるが,定義が曖昧な論文も見受けられるので注意が必要である。また,mol-ucは筆者にとっては使いやすいものの,読者にユニットセルの知識(ユニットセルに含まれるモノマー数)を強要する単位であるため避けるべきである。

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