ゼオライトのアスタリスク付き骨格タイプコードの廃止について
横浜国立大学大学院工学研究院
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International Zeolite Association(IZA)1)には5つのCommission(Catalysis Commission, MOFs Commission, Natural Zeolites Commission, Structure Commission, Synthesis Commission)がある。このうち,Structure Commission(IZA-SC)が構造に関する諸々のことを決めており,三文字コードの承認と管理についても然りである。各Commissionの決定事項はHPで知らされるが,対面による周知の場も3年に一度ある。IZAは,3年に一度主催している国際会議(International Zeolite Conference; IZC)の会期中に,毎回必ず全体会議の時間を設定して各Commissionからの重要な決定事項が参加者に周知されるよう努めている。例えば,三文字コードの呼び方に関する件が,2001年7月にフランス・モンペリエで開催された第13回IZCにおいてアナウンスされたことが筆者の記憶に残っている。それまではStructure Type Code(STC)と呼ばれていたものが,「骨格トポロジーのみ」という意味を強調してFramework Type Code(FTC)と変更されたことが,このとき明確に周知された。直近の第20回(2022年7月にスペイン・バレンシアで開催されたIZC-2022)においても重要なアナウンスがなされた。それは,三文字コードに付されるアスタリスクが廃止されたことである。そこで本稿では,アスタリスクの持っていた意味と矛盾点,廃止の意義と問題点などについて説明することとした。
ゼオライトの特徴は結晶性であることとマイクロ孔を持つことである1–3)。IZA-SCは,個々の骨格トポロジーに対して審査を経てFTCを与えている4)。IZA-SCのデータ・ベースは「Atlas of Zeolite Framework Types」(以降「アトラス」と呼ぶ)として第6版(2007年)5)までは冊子体として出版されていたが,現在はweb site6)により運用されている。FTCは化学組成の情報を全く含まず,あくまで骨格トポロジーのみを表す7)。この定義によれば,FTCが共通でも物質として異なるものが存在して良いことになる。現存するFTCは約250種であるが,実際にはその数倍の数の物質が存在する。FTCが共通であるゼオライト類のうち,FTC命名の元となった物質を「Type Material」と呼ぶ(例えば,FAUの場合はfaujasiteである)。FTCといくつかの記号を組み合わせて,ゼオライトの化学構造を的確に表現する統一的な方法が提案されており,普及の努力がなされている8)。しかし,その後の経過を見ると,それほど忠実には採用されておらず,妥協点が存在するものと思われる。
なお,図1よりFTCの数が順調に伸びていることが明白であるが,今回のアスタリスク廃止で9個減少したため,2022年末の時点でFTCは251個となっている。
本節ではアスタリスク廃止前に遡り,アスタリスクを用いた表記の説明をしていく。そのため,改訂前の表現方法を用いる。いくつかのゼオライト骨格は,積層(スタッキング)様式が異なる複数のpolymorphからなっており,構造規則性を乱す原因にもなっている。例えばベータ型ゼオライトは,積層様式が異なるpolymorph AおよびBのintergrowthであることが良く知られている9)。Polymorph Aは,[100]および[010]から見るとABAB・・stacking,polymorph Bは[110]および[110]から見るとABCABC・・・stackingであるものをいう(図2)。より詳しく述べると,polymorph AはP4122(P4322)というキラルな空間群を持ち,一方polymorph Bはキラルではない7)。この二種のpolymorphは格子エネルギーにほとんど差がなく10),また,二種の積層の速度論もほとんど同じなので,純粋なpolymorph AおよびBを得ることは非常に困難であり,まだ成功例がない。アトラス5,6)に記載されている骨格構造は純粋なpolymorph Aであるが,粉末X線回折のシミュレーション11)や高分解能透過型電子顕微鏡(HRTEM)12)による検討から,実際のサンプルはほぼA : B=45 : 55のintergrowthと考えられる。この実状を三文字コードに反映させたのが*BEAという表記である。もし仮に純粋なpolymorph AおよびBが得られたとしたら,その三文字コードはそれぞれ「BEA」,「BEB」となるべきであろう(ただし,*BEAのAは本当はpolymorph AのAではなく,betaのaに由来している5,6))。
このように,単一のpolymorphを合成することは構造化学的にチャレンジングな課題の一つであったが,新型ゼオライトの中には,スタッキングの制御に成功し,polymorphを単一にした例が目立つ。ベータ型ゼオライト関連構造の場合,Cormaらによって純粋なpolymorph C(BEC)の合成が達成された。物質名はITQ-1713)(Type MaterialはFOS-514))である。Polymorph Cの投影図は図3aに示すとおりであり,理論的には存在が予想され,格子エネルギーはpolymorph AやBよりも低く見積られていたが10),Cormaらが,ケイ素のかわりに一部ゲルマニウムを用いる方法(Ge添加法)や,水酸化物の代わりにフッ化物を用いる方法(フッ化物法)を組み合わせた上で,適切な有機の構造規定剤(OSDA)を用いることによって,合成に成功した。F−と4員環との親和性15), Geを導入した際の結合角の変化等が影響して,D4R型のSBUが生成しやすくなったと考えられている16)。このD4Rは実際Ge含有量が高い。Polymorph Cについて補足すると,BECで言うpolymorph CはHigginsらが報告しているもの17)とは異なる。Higginsらのpolymorph Cは,[100]から見るとABAB・・stacking,[010]から見るとABCABC・・・stackingであるものを言う(図3b)。Polymorph Aとpolymorph Bの変わり目において一瞬現れる積層様式でもある(単一の結晶相としては得られていない)。一方,BECは*BEAとは異質の骨格構造で,この両者のintergrowthの例はない。したがって,BECの合成は*BEAのstacking制御というよりは,異なる骨格構造の合成と見たほうが良いという見方もある。
*BEAと類似の積層問題を含んでいるものには,ZSM-12(MTW)18)やSSZ-31(*STO)19,20),CIT-1/SSZ-26/SSZ-33族(12-10-12細孔系)などがある。ZSM-12とSSZ-31はいずれも12員環方向から見たトポロジーがbetaと同じなので当然ともいえるが,MTWの場合にはあまりはっきりとした記述はない。TEMを用いてMTWのスタッキングを調べたところ,合成時に使用するSDAの種類によりpolymorph A : polymorph Bの割合が異なることがわかった21)。しかしいずれの場合も,polymorph Bの比率が圧倒的に大きかった。SSZ-31には理論的に8種類のpolymorphが存在するが,主としてそのうち4種類のpolymorphから成ることが1998年に報告され19),より多くのpolymorphが存在することがその後わかっている20)。Polymorphによる秩序低下が一因20)で,FTCの承認までに時間を要したが,2008年になってようやく*STOというFTCが与えられた。
CIT-1/SSZ-26/SSZ-33族(12-10-12細孔系)は,*BEAの関連構造ではないが類似の積層問題を含んでいる22,23)。CIT-1/SSZ-26/SSZ-33族のpolymorph AおよびBの骨格構造を図4に示す。いま,polymorph A: polymorph Bの割合を(100-P):Pとすると,CIT-1はP=100,SSZ-26はP=15,SSZ-33はP=30に相当する23)。P=100のCIT-1が,OSDAでpolymorphを完全に制御したおそらく最初の例である。この例は,適切なOSDAを用いることによってpolymorphの制御が可能であることを示している。驚くべきことに,Cormaらはその後,Ge添加法を用いて*BEA族だけでなく,このCIT-1/SSZ-26/SSZ-33族のpolymorph C(=ITQ-24; IWR)の合成をも達成した24)。
前節までの事情から一つの疑問が生じる。CIT-1/SSZ-26/SSZ-33族の純粋なpolymorph BにはCON, polymorph CにはIWRという,実物質由来のFTCがこれまでも与えられていたが,intergrowthであるSSZ-26やSSZ-33にはFTCが与えられていなかった。*BEAや*STOと同様にアスタリスク付きのFTCが与えられても良さそうに思えるのに何故そうではないのか。おそらく,いったんそれを与えると,SSZ-26やSSZ-33が同一のFTCで表されてしまうことを避けたのではないか。また,すでにアスタリスク付きのFTCが与えられている物質でも,polymorphの比率の異なる物質が出現したら対応に困ることになることも容易に想像できる。近年,アスタリスク付きのFTCの申請が急増している背景もあり,Structure Commissionはついに,CIT-1/SSZ-26/SSZ-33族に対する措置と同様に,どのintergrowthにもFTCを与えないという決断をしたものと考えられる。アスタリスク付きのFTC自体を廃止し,純粋なpolymorphが合成された場合のみにFTCを与えるというわけである。
代替措置としてStructure Commissionは,2022年6月24日付でweb siteに「Intergrowths」というタブ(ページの表題は「Database of Disordered Zeolite Structures」)を新たに設置し,アスタリスク付きのFTCを従来有していて今回それらを失ったトポロジー群に関して,構造的な説明を詳細に行っている。例えば,CIT-1/SSZ-26/SSZ-33族と本稿で述べている物質群は,今回から「Intergrowth family SSZ-31」と分類されている。最も身近な例はベータ型ゼオライトであり,intergrowthからなる物質のトポロジーはBetaと表記されている。そして,純粋なpolymorphはpolymorph A(Beta_A),polymorph B(Beta_B),polymorph CH(Beta_CH),polymorph BECに分類されている。ここで,Beta_CHは前節で述べた「Higginsらのpolymorph C」17)であり,polymorph BECはまさに三文字コードBECのことである。BECはすでに存在するが,その他のpolymorphについては,単一相の実サンプルがまだ存在しない。
前節で述べた扱いにより,これまで釈然としなかった部分が格段に改善されたため,構造解析の専門家には歓迎されている。一方で,過去の論文で多用されてきた*BEAという表記について,今後は何らかの注釈を加えなければならない点で,今後長い間様々な不都合が予想されるといったデメリットがある。元々は,アスタリスクを導入したことに原因があるのだが,見方を変えると,ゼオライト合成の歴史の初期に合成されたベータ型ゼオライトについて,intergrowthにもかかわらず1980年代には詳細な構造の理解がなされていたのは驚異的なことと言える。ベータ型ゼオライトが学術的にも工業的にも非常に有用な物質であることなどから,Structure Commissionは,「三文字コードを持たないことが物質として格下を意味することは決してない」と強調している。今後もゼオライトのコミュニティーでは,一面的な見方を一人歩きさせないよう,情報交換を密に行うことが必須と考えられる。
1) 冨永博夫編,ゼオライトの科学と応用,講談社(1987).
2) 小野嘉夫,八嶋建明編,ゼオライトの科学と工学,講談社(2000).
3) M. E. Davis, R. F. Lobo, Chem. Mater., 4, 756(1992).
4) 辰巳 敬,触媒,40, 185(1997).
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6) Ch. Baerlocher, L. B. McCusker, H. Gies, B. Marler. Database of Zeolite Structures, http://www.iza-structure.org/databases/
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8) M. M. J. Treacy, Micropor. Mesopor. Mater., 58, 1(2003).
9) M. M. Treacy, J. M. Newsam, Nature, 332, 249(1988).
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22) R. F. Lobo, M. E. Davis, J. Am. Chem. Soc., 117, 3766(1995).
23) R. F. Lobo, S. I. Zones, M. E. Davis, Stud. Surf. Sci. Catal., 84A, 461(1994).
24) R. Castañeda, A. Corma, V. Fornés, F. Rey, J. Rius, J. Am. Chem. Soc., 125, 7820(2003).
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