IZC2022参加報告~コロナ禍の国際学会~
東京大学
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海外で開催される国際学会が初めてであるのはもちろんのこと,私用の旅行を含めても海外への渡航自体2年半ぶりである。航空券やスーツケースの手配,保険など久しぶりの準備ばかりであった。研究室のスタッフや同行者に相談しながら手配を行いなんとか準備を終えることができた。
渡航の準備よりも大事なのが発表の準備である。英語発表の経験がないわけではないが,学会のような広い会場で英語で発表した経験はない。それも,発表自体は練習・暗記すればできるようになるが,質疑応答で英語の質問を英語で返すのが難しい。研究室の先生方の前で発表練習を実施して練習はしたものの,不安が残る中で出発日を迎えた。
往路はアブダビ・フランクフルトの2回乗り継ぐ旅程であった。全部で26時間程度かかったことになる。論文を読んだり発表原稿を眺めたりしていたらそれほど長くは感じなかったが,それでもバレンシアの空港に到着したときはどっと疲れが出た。
最初の成田→アブダビのフライトで,通路を挟んで隣の大学生グループが全くマスクをつける様子がなく,CAに注意されてもすぐに外してしまい,「ここでコロナをうつされたらスペインから帰れないのだろうか」と不安になった。しかし,その程度で不安に思っているようでは甘いということをフランクフルトの空港に到着して思い知ることになる。
右下の写真がフランクフルトの空港の到着コンコースの写真である。飛行機を降りたばかりというのに,半分くらいしかマスクをしていない。この後,乗り継ぎのために出発ロビーに向かうと,マスクをしている人は1割もいなかった。ヨーロッパでは「コロナ禍は終わっている」と実感した瞬間である。なお,ドイツ人の名誉のために付け加えておくと機内に乗り込む際には全員律儀にマスクを着用しており,彼らがルールを守っていないわけではないようだった。
IZC Schoolはバレンシア市街の大学で開講された。トップバッターは我らが脇原先生,以下10人のゼオライトなどのエキスパートに講演をいただいた。
特に印象に残っているご講演をいくつか紹介する。ストックホルム大学のTom Wilhammar先生には,原子スケールでの観察が可能な高分解能電子顕微鏡観察の講演をしていただいた。高分解能顕微鏡の論文は過去にも読んだことがあり,細孔内の有機物の存否やプローブ分子を用いたAl位置観察などがあったと記憶しているが,今回のご講演では最新の技術を用いた観察をすることで構造欠陥の直接観察が可能になったとのことだった。質疑応答でためしにAl位置の直接観察は可能か,と質問したところ,「今までたくさんの人が挑戦してきて見事に失敗してきた。電子顕微鏡の研究者としては,技術と手法の改良が進めば可能になる(と信じている)」との回答であった。
MITのRafael Gómez-Bombarelli先生は機械学習による結晶相予測の研究に関するご講演をしていただいた。現在所属している研究室でも過去に似たような研究をしていたこともあり,専門外ながらなじみのあるテーマだった。様々な論文からデータセットを集めるような研究ではまずデータを(例えば手作業でPCに打ち込んだりして)集めるのが一苦労であり,さらに細かい攪拌操作,スケールの違いなど定量化が難しいうえしばしば論文に明記されていないような部分をデータにするのが難しいというお話があったと思う。データセットは多い場合は1000程度必要であり,もう少し少ない数で機械学習を行えば自グループ内の統一された実験条件によるデータで機械学習できるのではないかと質問したところ,30個程度のデータで機械学習をする論文は実際存在するが考慮できるパラメータの数が少なくなり「人間が頭で考えた方が早い」という事態になってしまうそうである。
その他,分光学について双方向形式の講演をしていただいたトリノ大学のSilvia Bordiga先生,ゼオライト膜について講演をしていただいたモンペリエ大学のAnne Julbe先生も印象に残っている。
2日目の昼食時に立食パーティーがあり,学生同士で交流をすることができた。大半の学生がヨーロッパ人どうし(スペイン人どうし?)で固まっておりなかなか入っていけなかったが,デンマークに留学している中国人学生,フランスに留学しているレバノン人学生などとお話しする貴重な機会を得た。
ちなみに,スクールの会場でもやはり誰もマスクをしていなかった。
2日間にわたるスクールの後に,いよいよメインの学会が始まった。会場はバレンシアの中心街から地下鉄で4駅の,やや郊外よりのカンファレンスホールであった。初日は受付とウェルカムパーティーである。会場の廊下を利用した立食パーティーであった。相変わらず誰もマスクをしていない中,Schoolで知り合った東工大の学生とお話したり,有名な研究者の方にご挨拶したりして2時間が過ぎた。
翌日は自分の発表であるが,ここ数年で最も緊張する発表だった。なにしろ,発表する会場が2階席まであるような会議場で最も広い会場である。壇上にはおしゃれな照明と「IZC2022」という謎のオブジェ,スクリーンには登壇者をアップ表示する画面までついており,こんな豪華な会場で発表できる機会は後にも先にもそうそうあるものではない。前日のウェルカムパーティーの直前までホテルで練習を行い,当日は緊張のあまりほかの人の発表もあまり頭に入らず,中座して廊下で印刷したスライドを眺めたり小声で発表練習をしていたような記憶がある。
僕の発表は16時20分からであるが,その直前は15時から我らが大久保達也教授の全体講演1時間,16時からは広島大学の津野路先生の講演であった。大久保先生の全体講演では2階席まである会場に参加する全員が集合し,そこで大久保先生に自分の発表の宣伝をしていただき,大変ありがたい一方で緊張がさらに高まった。
口頭発表であるので,発表は15分間,質疑応答が5分間である。完全に頭が真っ白になってしまった場合に備えて手元に原稿を用意して壇上に立ったが,幸い発表自体は大きなトラブルもなく終了した。質疑応答では2人の方に質問をいただいた。1人目は無難に回答したものの,2人目のミュンヘン工科大学のJ. Lercher先生の「ゼオライトのどのサイトに欠陥ができているのか」という質問には十分に答えられず課題が残った。
実はこの発表の裏で,かの有名なセントアンドリュース大学のR. Morris教授のKey note講演が開かれていた。どうやら聴衆の大半をそちらに取られてしまっていたようで(本音をいえば私もそちらを聞きに行きたかった)残念だったが,発表後に講演を聞けなかった人も含め何人かの人に質問に来ていただき,大変うれしかった。
自分の発表が終了したところで,特に興味深かったほかの講演を紹介させていただく。横浜国大の窪田先生のご講演が興味深かった。窪田先生がスチーミング時のシリコンマイグレーションについて論文を出されていることは承知していたが,リートベルト解析により欠陥のサイトやその移動についての考察が興味深かった。特に,スチーミングであるサイトから別のサイトに欠陥が移動することが実証されているのは興味深かった。
ポーランドのグループが講演した“embryonic zeolite”に関する話題も興味深かった。Embryonic zeoliteはXRD測定ではアモルファスだがゼオライト様の秩序構造をもっている材料(ゼオライトになりかけている非晶質)で,これを原料にゼオライトを合成する研究などが報告されているが,今回の講演ではembryonic zeolite自体にイオン交換をして触媒試験したところ高い性能を示したとのことであった。もしかすると,ゼオライトのように完全に結晶になってしまったものよりも適度に「ゆるい」構造の方が触媒に向いているのかもしれない。私の研究でも,適度に「崩れた」ゼオライトの方が性能が良いという結果を得たこともあり,興味をもつことができた。
あまりにも危険なため自分自身ではおよそやりたくない研究だが,「酸性条件を用いてフッ酸でゼオライトを合成する」という研究もあった。フランスのV. Valtchev教授のグループで,pH2の強酸性条件でゼオライトを合成すると結晶成長が遅くなり結晶径が大きくなるとのことだった。アルミニウムの多い条件での合成が難しいのが難点だそうである。
ウェルカムパーティーのほかに,4日目にインフォーマルディナー,5日目にバンケットが行われた。4日目のインフォーマルディナーは会場からバスで郊外のレストランに連れていかれ,立食パーティーののち花火が打ち上げられ(!),さらにディナーを経て午前1時に解散となった。これが国際学会か,と度肝を抜かれたものである。
5日目のディナーは市街中心部の高級ホテルであった。横浜国大の窪田先生と同じテーブルに座っていると,突然ルーヴェン・カトリック大学のM. Moliner先生が同じテーブルにやってきて窪田先生の隣に着席された。色々な論文で何度も名前を拝見している先生だったので驚いたが,先日発表した自分の論文について「読んだよ!とても面白い論文だった!」とのお言葉をいただいて大変うれしかった。
このころ,我々日本からの参加者にもコロナの魔の手が忍び寄ってきた。私の研究室からは私以外にも何人か参加していたが,帰国のために新型コロナの抗原検査・PCR検査をしたところ何人か陽性が出てしまった(当時は現地出国前のPCR検査が必須であった)。私は幸い陰性であったが,人によっては何度再検査を受けても陽性が出て2週間程度帰国できない人もいたようである。さらに,上記のバンケットの翌日,最終日の学会に出席するために会場に来たところ,どの部屋に行ってもあらゆる方向から5秒おきに咳の音が聞こえるではないか……。あれだけノーマスクでパーティーやらコーヒーブレークやらやっていてはこうなるのも不思議ではないが,ここで感染してはたまらないので指導教員に許可を取り早めに会場を離れることにした。
今後も国際学会は開かれるだろうが,コロナ禍という状況は当分変わらないであろうし,ここで今後国際学会に行く方への教訓を残しておく。
まず,保険には入っておくことである。場合によってはコロナに感染した場合でも治療費用のみが出るだけで追加の宿泊費用等が保障されない場合もあるらしく,保障内容もよく確認しておく必要がある。また,面倒を避けるために帰路の飛行機はキャンセル・変更が可能な(または,キャンセル手数料が低額な)プランを予約しておくのが望ましい。キャンセルが電話ではなくwebでできるとさらによい。あるいは,日本に残る研究室メンバー・秘書等がすぐに航空会社等に連絡を取れるよう手配しておくのもよい。
さらに,万が一検査で陽性が出た場合に誰にどのような連絡をするのか決めておき,また延泊する場所や行く病院も目星をつけておくのが望ましい。延泊したり帰路の飛行機を予約する場合に備え,限度額に相当の余裕があるクレジットカードを持っていく必要がある。現地ではあらゆる手段で感染対策を行うべきである。可能なら手荷物に抗原検査キットを持って行ったりするのもよいだろう。
最後に,今回私の研究室でそうだったが,研究室の先生方全員が同じ国際学会に参加するのはリスク回避の観点から極力避けるべきである。最悪の場合,先生方が全員帰国できず研究が長期間停止してしまうことになりかねない。
末尾ながら,渡航費用の一部を助成いただいたZMPC2018組織委員会の皆様に深くお礼を申し上げます。
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