日本ゼオライト学会 刊行物 Publication of Japan Zeolite Association

ISSN: 0918–7774
一般社団法人日本ゼオライト学会 Japan Zeolite Association
〒162-0801 東京都新宿区山吹町358-5 アカデミーセンター Japan Zeolite Association Academy Center, 358-5 Yamabuki-cho, Shinju-ku, Tokyo 162-0801, Japan
Zeolite 40(1): 1-8 (2023)
doi:10.20731/zeoraito.40.1.1

解説解説

ゼオライト細孔内で観測されたAg(I)–Xe化合物形成を駆動力とする室温低圧下におけるXe選択捕集Selective Collection of Xe under Low Pressure at Room Temperature Driven by the Formation of Ag(I)–Xe Compound Observed in MFI Zeolite Pores

1名古屋大学大学院工学研究科Department of Materials Chemistry, Graduate School of Engineering, Nagoya University ◇ 〒464–8603 愛知県名古屋市千種区不老町

2岡山大学学術研究院自然科学学域Department of Chemistry, Graduate School of Natural Science and Technology, Okayama University ◇ 〒700–8530 岡山県岡山市北区津島中3–1–1

受理日:2022年9月11日Accepted: September 11, 2022
発行日:2023年1月31日Published: January 31, 2023
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閉殻電子配置を有する貴ガス元素は化学的に安定である。そのため,貴ガスの捕集や精製は非常に困難である。ここでは,これら応用に向けた新しいコンセプトとして“orbital trap of Xe”を提案する。この概念はMFIゼオライト細孔内のAg(I)サイトが室温で引き起こすXe吸着/分離過程で見出された。ゼオライト格子酸素に配位されたAg(I)イオンは優れた電子受容性をもち,それがXe-5p→Ag(I)-5s電子供与相互作用を誘発し,室温低圧下でもXeと安定なσ結合を形成することが実験と計算で示された。一方,Krの場合,Kr-4p軌道のエネルギーが比較的高いため,Kr-4p→Ag(I)-5sの電子供与相互作用が不安定となり,常温では安定な結合が形成されない。従って,XeとKrを識別する駆動力がAg(I)-MFI細孔内で生じる。実条件を模擬したXe/Kr混合ガスからのXe分離はAg(I)サイトを高濃度に含むAg(I)-MFIを用いて確かに達成され,“orbital trap of Xe”がXeを選択捕集に対して有効なアプローチであることが示された。

Rare gas elements are chemically stable because of their closed-shell electron configuration, which makes the collection and purification of rare gases very difficult. Here, we present a new concept, orbital trap of Xe, for these applications. This concept was discovered in the Xe adsorption/separation process induced by Ag(I) sites in MFI zeolite pores under low pressure at room temperature. Experiments and DFT calculations showed that Ag(I) ions coordinated to zeolite lattice oxygen have excellent electron accepting property, which induces Xe-5p→Ag(I)-5s electron-donation interactions and forms a stable σ-bond with Xe even in the low-pressure region and at room temperature. On the other hand, in the case of Kr, the relatively high energy of the Kr-4p orbital makes the Kr-4p→Ag(I)-5s electron-donating interaction unstable and stable bonds are not formed. Thus, a driving force to discriminate between Xe and Kr occurs in the Ag(I)-MFI pore. Separation of Xe from Xe/Kr/O2 mixtures at ambient temperature, simulating the practical conditions, was indeed achieved using Ag(I)-MFI with high concentrations of Ag(I) sites, indicating that the orbital trap of Xe is a promising and efficient approach for selective Xe collection.

キーワード:常温低圧駆動Xe選択捕集;Agイオン交換MFIゼオライト;金属–貴ガス化学結合

Key words: selective collection of Xe at low temperature and pressure; Ag ion-exchanged MFI zeolite; metal-noble gas chemical bond

1. はじめに

Xeは医療用画像処理,照明,半導体,レーザー,照明,不均一系触媒など幅広い応用性をもつ1)。Xeは地球上に豊富に存在するはずだった。しかし,実際には大気中のXe濃度は0.087 ppm程度に過ぎない。他の惑星の貴ガス存在量と比較しても地球の大気中のXeは非常に不足しており,理論的に存在すると予想されるXeの90%以上が不足している。この不思議な現象は,missing Xeと呼ばれている2,3)

希薄なXeを空気中から直接捕集する方法はない。現在のXe回収技術はO2精製工程で得られるKrとXeを含む液体O2を用いた多段階低温蒸留プロセスを採用している4)。XeとKrの沸点は低く且つ類似しているため,この多段階蒸留のコストは極めて高い。Xeの日常生活への適用範囲を広げるためには代替技術が必要である。

Xe吸着/分離技術の革新を目指した最近の研究では高表面積を有する多孔質材料の利用に焦点が当てられている5–11)。特に,無限骨格を有するMetal-Organic-Framework(MOF)の研究が盛んで,細孔の組成やサイズ,ダイナミクスなどの制御がXe吸着に有効であることがわかってきている9–11)。しかし,これらはファンデルワールス相互作用などの弱い相互作用をXe捕集の駆動力としているため,低圧ではよく機能しない。物理吸着量を多く稼げるのは高圧力領域のみであるため,ガス分離に有効とは言い難い。Xe選択捕集技術の確立には室温低圧領域でさえもXeに対して選択的に且つ強く働く相互作用が必要である。しかし,閉殻電子配置を有する貴ガス元素は極めて安定であるため,化合物を作らないというのが従来の化学の基本的な考え方であった。

1933年にPaulingが初めて貴ガス化合物の存在を予言した12)。1962年にBartlettがオレンジ色の固体を合成し,この化合物がXeF [PtF5]+であることを明らかにし,貴ガス元素の「不活性」に対する基本認識を覆した13)。この後,貴ガスの化学は驚くべき発展を遂げ,FやOを含む数百の貴ガス化合物が見出され,そのリストは今でも増え続けている14,15)。最近では貴ガス元素と金属や金属イオンとの結合も見出されている。1995年にPyykköによって初めて金属–貴ガス化合物の存在が理論的に提唱され16),1998年にSchröderらによってXeAu+とXeAuXe+がガス状態で実験的に同定された17)。2000年にはSeidelとSeppeltが金属–貴ガス結合をもつ安定錯体として認識できる初めてのAuXe42+(Sb2F11)2の合成が報告された18)。11族元素(Cu, Ag, Au)の一連の貴ガス化合物が更に気相合成され,精密な結合状態解析によってM–Xe相互作用(M=Cu, Ag, Au)がM–Kr相互作用よりも安定であることが明らかになった19–22)。これら相互作用を駆動力として利用するXe/Kr分離のアプリケーションの開拓が期待されるが,上述した化合物は気体状態(気相クラスター)あるいは極低温下でのみ確認されており,吸着への応用は検討されてこなかった。

このような状況下,我々はMFIゼオライト細孔内に固定化された孤立Ag(I)サイトが室温や低圧領域でも安定なAg(I)–Xe化合物を形成し,それを駆動力としてXeを化学吸着/分離する現象を見出した23)。気相でのXeAg(I) F種の形成に関するGerryの研究と対応し19),XeとKrを区別し,まるで気相クラスターのような振る舞いを示すのである。本稿では,Ag(I)イオン交換ゼオライトのXe吸着/分離能とその発現メカニズムに関して得られた結果を基礎として,ゼオライト細孔内に固定化された孤立金属イオンの特殊な電子状態について議論したい。

2. Ag(I)サイトのXe吸着特性

母体ゼオライトとしてSi/Al=11.9の東ソー社製のMFIゼオライト(HSZ-820NAA)を用い,液相イオン交換法により銀イオン交換MFIを得た。473 Kでの真空加熱脱気によって活性化を施して実験に用いた。試料中の全Ag量は0.75 mmol g−1であり,COをプローブ分子として用いた吸着滴定とin situ FTIRにより,0.45 mmol g−1の孤立Ag(I)サイトの存在が確認された。更に,in situ Ag K-edge XAFS分光により,孤立Ag(I)サイトの局所構造情報が得られ,孤立Ag(I)サイトを仮定した周期境界DFTモデルと矛盾しない結果であった(詳細は文献23を参照)。このAg(I)イオン交換MFI(Ag(I)-MFI)を用いて,Xe吸着性能の評価とメカニズムの解析を行った。

図1に298 Kで測定したAg(I)-MFIのXe吸着等温線を示した。得られたXe吸着等温線は平衡圧力~1 Torrの領域で急峻な立ち上がりを示した。H+-MFIやアルカリ金属イオン交換MFIは低圧域でXe吸着を示さなかったことから24),孤立Ag(I)種とXeとの間で特異的に強い相互作用が生じていることがわかる。1 Torr領域でのXeの吸着量,すなわち0.45 mmol g−1は,CO吸着等温線から推定したAg(I)量とよく対応した。従って,低圧Xe吸着過程への孤立Ag(I)サイトの関与が定量的にも支持された。

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図1. 298 KにおけるXe吸着等温線

129Xe-NMRは吸着Xe種の直接観察に有用なツールである。均一系または不均一系触媒や生体酵素の反応場の環境を反映して,高い分極率をもつXeは自身の電子雲を変調し,時にはXeクラスターの形成を伴って凝集を起こす。このようなXeの状態は129Xe NMRの化学シフトによって識別できるため,Xeは反応場を解析するためのプローブ原子として広く用いられてきた6,24–28)。そこで,Xeを吸着させたAg(I)-MFI試料に対してin situ 129Xe NMRスペクトル測定を行い,孤立Ag(I)サイト上でのXe吸着機構を直接解析した(図2)。強いXe吸着が起こる~0.31 mmol g−1の吸着量の範囲では,129Xe NMRシグナルが0 ppm付近にのみ観測された。このシグナルは孤立したXe原子に起因する。ゼオライト細孔内でXeクラスターに起因する129Xe NMRシグナル(127~194 ppm)は全く観測されなかった。従って,孤立Ag(I)サイトはXeを原子状態で捕捉することがわかった。言い換えると,常温低圧領域でのXe吸着を引き起こす駆動力は原子状のAg(I)とXeとの間で働く相互作用である。

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図2. 298 Kで0.18あるいは0.31 mmol g−1のXeを吸着させたAg(I)-MFIの129Xe NMRスペクトル

推測されたXe吸着状態のスキーム図も右に示している

この注目すべきAg(I)–Xe相互作用の強さに関する定量的な知見は298 KでのXe吸着熱測定から直接得られた(図3)。孤立Ag(I)サイトがXeを原子状態で固定する吸着量~0.45 mmol g−1の範囲では53~38 kJ mol−1の吸着熱が観測された。この吸着熱はAg(I)–Xe結合エネルギーに相当する。一方,Na(I)-MFIでは31~30 kJ mol−1の吸着熱が観測された。つまり,Ag(I)–Xe相互作用はNa(I)–Xe相互作用よりも約22~8 kJ mol−1安定である。Ag(I)-MFIにおいてのみ低圧域で特異にXe吸着が起こるという結果と矛盾しない。

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図3. 298 Kにおける微分吸着熱曲線

Ag(I)-MFIおよびNa(I)-MFI. 0~0.45 mmol−1 g−1のXe吸着量の範囲をハイライトしている.

低圧におけるXe吸着機構の理解を深めるために,次に,孤立Ag(I)サイトとXe原子との相互作用をDFT計算により解析した。Ag(I)サイトの周期境界DFTモデルにXe原子を付加すると,2.76 ÅのAg(I)–Xe結合を有するXe–Ag–(OL)2の逆Y字型構造が形成した(図4aおよび図2中のモデルも参照のこと)。得られたAg(I)–Xeモデルの129Xe NMR化学シフトは1.2 ppmとして見積もられた。この値は実験結果とよく対応し,Xeが単核状態で固定化されていることを支持した。量子化学計算の分野でゴールデンスタンダード手法として利用されるCCSD(T)を超高速で扱えるDLPNO-CCSD(T)と29,30),PBEレベルの周期境界モデル計算をハイブリッド化したDLPNO-CCSD(T): PBE-D3(BJ)エネルギー計算31)によりXe吸着エネルギーを高精度に算出した。得られた値は-53.6 kJ mol−1であった。量子化学計算精度(Chemical accuracy: ±4 kJ mol−1)を考慮すると32),算出されたXe吸着エネルギーは実験値とよく一致していると言える。すなわち,Ag(I)–Xe結合のモデルは熱力学的な観点からも支持された。

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図4. (a)Ag(I)–Xe種の周期境界DFTモデル.(b-c)300 Kを仮定した50 ps AIMDシミュレーションで観測された(b)Ag(I)–Xe動態の軌跡,および(c)Ag(I)–Xe結合長の経時変化

Xe吸着過程で生成するAg(I)–Xe種は,実験が実際に行われた室温で本当に安定に存在できるのか? この問いに答えるために,周期境界DFTモデルを用い,300 Kを仮定したAb initio molecular dynamics(AIMD)シミュレーションを行った。AIMDで予測された300 KでのXeとAg(I)の動的位置の軌道を図4bに示す。Xe原子は拡散することなく,孤立Ag(I)サイト上にピン止めされた状態で維持されることが確認された。AIMDシミュレーションで算出された平均Ag–Xe結合長は2.80±0.14 Åだった(図4c)。真空系であるにもかかわらず,算出された結合長は高圧Xe下(1.7 GPa)でナトロライトゼオライト内で合成されたAg–Xe化合物のAg–Xe距離よりも0.3 Åも小さかった33)。ゼオライト細孔内で創出される孤立Ag(I)サイトとXeとの間には強い相互作用が生じていることが実証された。

3. Xe吸着の駆動力

前述のように,孤立Ag(I)サイトは室温低圧下でもXe原子と安定な結合を形成することが示された。H+-MFI,Na+-MFI,Li+-MFIゼオライトがXeに対してほとんど相互作用しないことを考慮すると,孤立Ag(I)サイトは静電的相互作用のみならず,軌道相互作用を利用してXeを捕捉していると推測できる。この仮説を実証するために,我々は実験的に支持されたDFTモデルを用いてMFIゼオライト細孔内で形成するAg(I)–Xe結合の電子状態を解析した。図5aには孤立Ag(I)サイトへのXe吸着時の電子密度変化を示している。Ag(I)–Xe中心にσ対称性の電子密度の増加が観測された。これはσ結合の形成を意味する。フロンティア軌道理論に基づくと,Xe-5p(HOMO)→Ag(I)-5s(LUMO)電子供与相互作用由来のσ結合であると帰属できる(図5b:詳細は文献23を参照)。一方,π対称性の軌道相互作用は無視できるほどであった。従って,σ対称性の軌道相互作用がXe捕集において重要な役割を担う。

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図5. (a)Xe吸着過程で生じる電子密度変化を表した図.下には等高線図も示した.(b)Ag-5s軌道とXe-5p軌道との重なりによって生ずるσ相互作用を表した分軌道エネルギー準位図.(c)Xe吸着過程におけるUV-Vis-NIRスペクトルの変化.0.49,0.60,および0.94 mmol g−1のXeを室温で吸着させてin situ条件下で測定した

上述のXe-5p(HOMO)→Ag(I)-5s(LUMO)電子供与相互作用は孤立Ag(I)サイトの紫外–可視分光特性を劇的に変化させるほど強い。図5cはXe吸着過程におけるAg(I)-MFIのUV-Vis-NIRスペクトルを示している。Xe吸着過程におけるスペクトル変化に注目するため,ここでは,吸着前のスペクトルを基準とした差スペクトルを示している。試料中の孤立Ag(I)サイト量と同程度の量のXe(0.49 mmol g−1)を吸着させたとき,287 nmと258 nmに2つの吸収バンドが観測された。一方,Xe吸着量をそれ以上増加させてもこれらバンド強度はほとんど変化しなかった。従って,287 nmと258 nmのバンドは低圧領域で特異的に生成するAg(I)–Xe化合物由来の吸収帯であると帰属できる。この帰属の妥当性を検証するために,励起状態計算を行った結果,確かに,2つの吸収バンドはAg(I)-4d→Ag-Xe*(LUMO)電子遷移に割り当てられ,低圧領域におけるXe吸着に軌道寄付相互作用が大きく貢献していることが実証された(詳細は文献23を参照)。

4. 孤立Ag(I)サイトを用いた低圧・常温下でのXeとKrの区別:Orbital trap of Xe

これまで,Xeと金属原子の反応は気相クラスターの分野で広く研究されてきた。本研究と同様,M–Xe結合の安定化における軌道相互作用の重要性は強調されていた。しかし,これまでに報告されてきたM–Xe結合は不安定で合成が難しいため,Xe吸着/分離には適用できなかった。従って,機能性のゼオライトの細孔内でAg(I)とXeの電子供与相互作用が気相のM–Xeクラスターと同様に観測された事実は吸着/分離への応用の観点から非常に興味深い。なぜこのような現象がゼオライト細孔内で生じるのか? 重要なポイントは2つある。①骨格AlO4四面体は実用に近い条件下でもAg(I)をゼオライト細孔内に原子レベルで分散させるアンカーサイトとしての重要な役割を担う。②負に帯電した骨格AlO4サイトの配位がAg原子の電荷を+1に束縛することによってAgイオンに強い酸性度が付与され,それによってXe-5p→Ag(I)-5s電子供与相互作用が安定化される。結果として,[Ag(I)–Xe]+イオンガスを模したAg(I)–Xe局所構造がゼオライト細孔内に創出される。

次に,ゼオライト細孔内で起こるAg(I)–Xe化合物形成現象を駆動力として,常温低圧条件下でXe分離が可能となることを示す。図6に298 KにおけるXe,Kr,N2,およびO2の吸着等温線を示している。Ag(I)-MFIはXeを吸着し,298 Kでラングミュア型の吸着等温線を与えたが,Krに対しては吸着材としてほとんど機能しなかった。更に,酸化還元不活性なAg(I)状態に由来し,O2やN2に対しても吸着挙動を示さなかった。従って,Ag(I)-MFIはXe/Kr/O2混合ガスからのXe選択捕集に利用できうる。図7aは298 KにおけるXeおよびKrの破過曲線を示した。この実験ではXe/Kr/O2混合物からXeを直接分離する実用条件を想定し,供給ガスの組成を50 ppm Xe–500 ppm Kr–200 kPa O2とした。活性試験中,相対Kr濃度はほぼ1を維持しており,KrはAg(I)-MFIとほとんど相互作用していないことがわかる。一方,Xeは孤立Ag(I)サイトと強く電子供与相互作用するため,130分間もの間,Xe相対濃度はゼロのままであった。つまり,130分間,Xeの吸着に対してほぼ100%の選択性が実現したことになる。このXe選択吸着現象はAIMDによっても支持された(文献23のSupporting Information,Movie S5を参照)。XeとKrの吸着エネルギー差はDLPNO-CCSD(T): PBE-D3(BJ)エネルギー計算によって15.9 kJ mol−1として見積もられ,気相クラスター系とよく対応した。

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図6. Ag(I)-MFIを用いて得られたXe,Kr,N2,およびO2の298 Kにおける吸着等温線

低圧域のみを示した.

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図7. (a)Ag(I)-MFIを用いて得られたXeおよびKrの298 Kにおける破過曲線.(b)実験のイメージ

XeとKrの吸着エネルギー差の起源はフロンティア軌道理論に基づいて説明される。XeとKrのイオン化エネルギーの比較からも明らかなように(IEXe=12.13 eV; IEKr=14.00 eV),Kr-4p軌道はXe-5p軌道よりも安定である。これはKr-4p(HOMO)からAg(I)-5s(LUMO)への電子供与性が比較的小さいことを示す。すなわち,Ag(I)は好んでXeと電子供与相互作用を形成することなり,結果として高いXe選択性が発現する。軌道を介した電子の授受がXe選択捕集に有効であることを意味し,細孔材料の局所構造を用いた活性点の電子親和性の制御が革新的なXe選択捕集剤の開発につながることを示唆している。

5. おわりに

MFIゼオライト細孔内に固定化された孤立Ag(I)サイトによって特異に引き起こされるXe選択捕集のメカニズムについて述べた。孤立Ag(I)サイトは気相でのみ観測されているXe-5p→Ag(I)-5s電子供与相互作用を引き起こし,常温低圧でも安定なAg(I)–Xe結合を形成する。ゼオライト格子酸素は配位不飽和なAg(I)状態を強制し,Ag(I)の電子受容性を高めつつ,効率よくXeと接触する空間にAg(I)を配置するアンカーサイトとしての役割を果たす。結果として,電子受容性の高い孤立Ag(I)イオンはXeと効率よく接触でき,Xe-5p→Ag(I)-5s供与相互作用によりAg(I)–Xe結合を常温低圧下でさえ形成する。Xeの電子供与性はKrのそれよりも大きいので,孤立Ag(I)サイトはXeと好んで電子の授受を介して結合を形成する。これがXe/Kr/O2混合ガスからのXe選択捕集の駆動力として有効に機能する。このようなXe/Krの識別は静電相互作用やファンデルワールス相互作用などの弱い相互作用では到底達成できない。本研究は多孔質材料の局所構造を利用して活性中心の電子受容性を制御することが優れたXe吸着/分離機能を発現させる有効なアプローチであることを示している。これらの知見は吸着/分離性能試験や分光学的実験に加え,活性中心の局所構造や電子状態のDFTモデル計算,貴ガス吸着エネルギーの高精度計算,および実条件を考慮したAIMDシミュレーションを組み合わせることにより初めて得られた。すなわち,本研究によって多孔質材料の局所構造を利用した選択的Xe吸着/分離技術の開発手法だけでなく,活性中心の状態とXe吸着/分離特性の相関を理解するための具体的な解析方法も示された。本研究結果から明らかなように,安定なM–Xe錯体の合成と応用はゼオライトのサブナノサイズの反応場において実現可能である。ゼオライト空間場を新物質合成場として捉え,利用することは,不安定なM–Xe化合物の合成化学を超えて,新しいM–Xe化合物の合成とその応用を展開する有効なアプローチであると言える。

謝辞Acknowledgments

共同研究者の名古屋大学薩摩篤教授および沢邊恭一講師に謝意を表する。この研究は日本学術振興会科学研究費補助金若手研究(No.20K15297),およびESICB(JPMXP0112101003)の支援を受けて行われた。また,文部科学省科学研究費補助金(No.21655021, No.16H04118, No.19K05499)の助成も受けた。微分吸着熱曲線および破過曲線の測定には大陽日酸ホールディングスグループの藤江和彦博士,飛騨野龍也博士,中村章寛博士に,129Xe NMRとAg K端XAFSスペクトルの収集には香西裕恵博士と森俊謙博士,板谷篤司博士にご協力いただいた。

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