日本ゼオライト学会 刊行物

ISSN: 0918–7774
一般社団法人日本ゼオライト学会
〒162-0801 東京都新宿区山吹町358-5 アカデミーセンター
Zeolite 39(4): 144-148 (2022)
doi:10.20731/zeoraito.39.4.144

ゼオゼオ

軽石から作製した「ゼオライト軽石」

地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所

発行日:2022年10月15日
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1. はじめに

日本は,100以上の活火山を有する,世界有数の火山大国である。令和3年には小笠原諸島南方に位置する海底火山・福徳岡ノ場の噴火に伴い軽石が大量発生し,漁業や観光業に影響を及ぼす“漂着軽石”がニュースで報じられた。そのタイミングで,鹿児島県工業技術センターとの共同研究成果1)

を「火山噴出物シラスを有効利用!! 軽石状のゼオライト複合体を開発しました―KISTECと鹿児島県工業技術センターの交流事業の成果―」とのタイトルでプレスリリースしたところ,漂着軽石の利活用に向けた技術として各種メディアに取り上げられ話題となった。今回,執筆の機会をいただけたのも,これがきっかけだと思う。そこで,プレスリリース時点の研究成果である鹿児島県産シラスから「ゼオライト軽石」を作製する技術と,この技術を漂着軽石に水平展開した結果を,裏話を交えながら紹介する。

2. シラス軽石から作製したゼオライト軽石

鹿児島県には,霧島火山脈と呼ばれる霧島山,桜島,開聞岳,薩摩硫黄島,口永良部島,中之島,諏訪之瀬島の11の活火山が連なっており,県本土面積の約半分がシラス台地と呼ばれる火山灰土壌で覆われている2)

。シラスの埋蔵量は概算で750億m3とも言われており,半世紀以上前からシラスの有効利用に向けた研究開発がなされてきた3)。シラスはシリカ–アルミナ成分を多く含むため,水熱合成法によりシラスからゼオライトを生成させ高機能化する研究も報告されている4)。一般的な水熱合成法5)と同様に,通常は反応しやすくゼオライト化しやすい粉末状のシラスが原料として用いられるが,本研究では,軽石状のシラス(以降,シラス軽石と呼ぶ)に注目し,これを原料に用いた。本研究の「ゼオライト軽石」は,いわゆるIn situ crystallization法6–8)をベースとして着想し,シンプルな製造プロセスを意識して軽石とアルカリ水溶液のみを用いて作製した。すなわち,シラス軽石のマクロ孔構造を部分的に残したまま軽石表面にゼオライトを生成させることにより,軽石の形態とゼオライトの機能を併せ持つ複合体を作製した。当初のコンセプトでは,軽石の浮水性とゼオライトの吸着機能を併せ持つ“水に浮くゼオライト複合体”を作製するイメージを描いた。水槽から網ですくって簡単に交換できるような水処理材や,汚泥と混ぜた後に比重差で分離できる水処理材等として,今までにない使い方ができると考えたため,水に浮く特徴を重視した。水面は太陽光がよく当たるため,光触媒との組み合わせも面白いと思っている。コンセプトはほぼ固まっていたが,その一方,コンセプト通りのゼオライト軽石を得るには困難を伴うと予想していた。なぜなら,軽石の孔構造を残すには水熱処理中に軽石に溶けてもらっては困るが,ゼオライト化するには軽石を溶かしたい。すなわち,2つの相反する意図を両立する必要があり,かなり狭い範囲の実験条件を模索しなければならないだろうと覚悟していた。しかし,良い意味で予想は裏切られ,温度70~100°C,水酸化ナトリウム水溶液濃度1~4 mol/Lという広い範囲でゼオライト軽石を得ることができた。実験後に気づいたことではあるが,軽石はマグマが急冷されて作られるため,ガラス質成分と結晶質成分の両者を含んでいる。この天然由来の不均質さが,部分的な残存・溶解につながり,前記両立を容易にしたと考えている。

ゼオライト軽石の作製条件の範囲が広いこともあり,図1

に示す電子顕微鏡像のように,ミクロンサイズに十分に成長したゼオライト粒子の生成も確認できた。また,ゼオライトは,反応残の軽石を支持体として,これと一体となる構造を形成していることがわかった。一体構造のメリットとして,例えばゼオライトを多孔体に担持させて得られるような複合体とは異なり,物理的な外力が生じる用途においても表面のゼオライトが脱落しない点が挙げられる。図2に示すように,水熱処理後に生成したゼオライトの種類は,水酸化ナトリウム水溶液の濃度に強く依存した。1~3 mol/Lの水溶液で処理した試料ではCHA型ゼオライトに帰属されるピークが確認され,3 mol/L 100°C条件ではGIS型ゼオライトに帰属されるピークも見られた。より高濃度の4 mol/Lで処理した場合は,FAU型ゼオライトに帰属されるピークがメインとなり,90°C条件ではGIS型ゼオライトのピーク,100°C条件ではLTA型ゼオライトのピークも確認された。これらゼオライトの骨格構造を図2に示したが,詳細については国際ゼオライト学会のデータベース9)を参照願いたい。N2-BET法により測定した比表面積を,図2中に併せて示す。原料に用いたシラス軽石の比表面積は1.4 m2/gであったため,水熱反応後に数十~数百倍の比表面積に向上したと言える。複合体でありながら439 m2/gという,粉末状のゼオライトと比べても遜色のない高い比表面積を示す試料も得られた。正直,比表面積に関しても良い意味で当初の予想が外れた。図1に示した電子顕微鏡像のように,軽石表面に隙間なくゼオライトが生成したことや,支持体としての軽石の厚みが想定以上に薄かったことが,高い比表面積につながったと考えられる。浮水性をメインとして注目した軽石が,薄層からなる多孔構造を有しながら一定の機械的強度を持つ理想的な支持体として,高比表面積ゼオライト複合体の実現に寄与してくれたとも言える。ゼオライト軽石の吸着能は,イオンクロマトグラフィーにより,アンモニウムイオンを対象として評価した。シラス軽石の吸着能が実質ゼロと見なせる結果であった(測定誤差により−1%となった)のに対し,作製したゼオライト軽石のアンモニウムイオン除去率は29~48%となり,市販のゼオライト粉末よりも高い値を示した。水面に漂わせて使用する状況を想定して,撹拌無しとした実験条件が,軽石状の試料に有利に働いたと考えている。なお,これら実験結果の詳細については,Microporous and Mesoporous Materials誌1)を参照いただきたい。

図1. (左)シラス軽石,(右)4 mol/L 100°C条件で作製した試料の走査型電子顕微鏡像.シラス軽石の表面が平坦であるのに対し,水熱処理後の試料では軽石の反応残を支持体として表面に粒子が生成し,一体構造を形成している様子がわかる.
図2. 水熱処理温度と水酸化ナトリウム水溶液の濃度を変えて作製した試料に含まれるゼオライト結晶相とBET比表面積.アルファベットが,生成したゼオライトの種類を示す.1~3 mol/L条件ではCHA型ゼオライトが,4 mol/L条件ではFAU型ゼオライトが生成したことがわかる.シラス軽石の比表面積が1.4 m2/gであったのに対し,水熱処理後の試料ではその数十~数百倍の高比表面積を有することもわかる.

共同研究機関である鹿児島県工業技術センターにおいて,常圧で加熱した場合にも,水熱処理の場合と類似した微構造の試料が得られることを確認した。粉末X線回折により結晶相を調査した結果,これら常圧処理試料についても1~3 mol/L条件でCHA型ゼオライトが,4 mol/L条件でFAU型ゼオライトがメインの結晶相となり,水熱処理試料の実験結果と一致した。すなわち,加熱時の密閉は必須ではなく,水酸化ナトリウム水溶液中100°C程度で加熱するだけで,ゼオライト軽石が得られることが示された。作製方法の自由度が高いことは,実用化の障壁を下げると期待している。

3. 漂着軽石への水平展開

冒頭でも述べた通り,昨年に大量発生した漂着軽石の利活用技術として,シラス軽石を用いた研究成果をテレビや新聞等の各種メディアに取り上げていただいた。取材初期はまだ漂着軽石を入手していなかったが,視聴者の関心事は漂着軽石であるため,当然,「シラス軽石のゼオライト化技術を漂着軽石に適用できるか」という質問をいただいた。実際の放送に使われたか覚えていないが,「工夫すれば漂着軽石もゼオライト化できる」という内容の回答をした。漂着軽石の黒みを帯びている外観から重金属の高い含有率を推測しながらも,ゼオライト合成に関連する先人たちの膨大な研究データをもとにすれば,漂着軽石のゼオライト化は難しくないと考えた。ゼオライト合成の経験のある方々には,このことに多かれ少なかれ同意していただけると思う。その後,共同研究機関である鹿児島県工業技術センターから漂着軽石をシェアしてもらい,実験に着手した。取材対応に追われる中で,正直,漂着軽石そのものについては分析や調査を十分にしないままゼオライト化を試みた。

漂着軽石を水熱処理して得た試料のX線回折パターンを図3

に示す。シラス軽石と比較すると,ゼオライトの結晶化に高温処理が必要となる傾向が見られた。シラス軽石も漂着軽石も天然物ゆえに不明な部分が多く反応系が複雑であるため,最適な合成条件や生成したゼオライト相の違いに関しては今も調査・考察中である。水熱処理後の試料の外観を図4に示すように,軽石の形態を保っており,本研究のオリジナリティであるゼオライト軽石を無事に得ることができた。また,図5に示す電子顕微鏡像から,シラス軽石を原料に用いた場合と同様に,軽石表面を覆う緻密なゼオライト生成や,軽石とゼオライトの一体構造の形成を確認することができた。自信はありつつも,正直,ホッとした瞬間だった。漂着軽石のゼオライト化成功については,NHKニュース7でも放送していただいた。思わぬきっかけで,シラス軽石だけでなく漂着軽石を対象とした実験をすることになったが,そのおかげでゼオライト軽石の作製技術が複数種の軽石に適用可能なことを実証することができた。

図3. 与論島に漂着した軽石から作製した試料のX線回折パターン.GIS型,FAU型,SOD型ゼオライトに帰属されるピークが見られる.
図4. 漂着軽石から作製した試料の外観写真.
図5. (左)漂着軽石,(右)4 mol/L 90°C条件で作製した試料の走査型電子顕微鏡像.漂着軽石から作製した試料が,シラス軽石から作製した試料と同様の微構造を有することがわかる.

4. おわりに

“水に浮くゼオライト複合体”をイメージしながら開始した研究であったが,幸運が重なり,漂着軽石の話題とともに多くのマスメディアに取り上げていただいた。日頃から研究成果の広報に苦戦する中,ゼオライト軽石が世間に広く認知されたことは,この技術を実用化する大きなチャンスと捉えている。軽石の形態とゼオライトの機能を併せ持つゼオライト軽石は,新材料としての可能性を秘めており,私どもが思いついていない活用の場面が数多く存在するはずである。潜在的なニーズを掘り起こしながら,社会に役立てるよう実用化につなげていきたい。

謝辞

共同研究の実施に加え,漂着軽石の入手や取材対応において,鹿児島県工業技術センターシラス研究開発室の袖山研一室長,樋口貴久氏,鹿児島県庁産業立地課の増永卓朗氏に多大なるご協力を賜りました。ここに感謝の意を表します。

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