機械学習を用いた新規MOFの合成条件最適化Machine-Learning-Assisted Synthesis of Novel MOFs
関西学院大学理学部化学科Department of Chemistry, School of Science, Kwansei Gakuin University ◇ 〒669–1330 兵庫県三田市学園上ケ原1番
一般に,金属–有機構造体(MOF)の節は複核金属クラスターから構成されており,その構造はドット(0D),ナノワイヤー(1D),ナノレイヤー(2D)など多岐にわたっている。MOF結晶を無機ナノクラスター集積構造と見做せば,単なる無機構造の凝集では実現困難な高度な自己組織化構造が達成可能であるため,優れた光物性や電子・イオン伝導特性の実現が期待できる。一方で,そのような多核金属が無限に連結された構造を持つMOFの結晶化は困難で,合成条件の最適化を効率化する手法の開発が求められてきた。本解説記事では,新規MOFの合成条件探索に,近年発展著しい機械学習の手法を活用する我々の試みを紹介する。
Metal–Organic Frameworks (MOFs) exhibit promising functionalities by utilizing the framework structures. Because MOFs can form many crystal polymorphisms, it is difficult to predict synthesis condition to realize desired structures. Mechanism of crystallization process of MOFs is not fully understood, and time consuming exploration has been required to optimize the synthesis conditions. Here, we focused on machine learning techniques, i.e. cluster analysis and decision tree analysis, to improve the accuracy of the prediction for the synthesis conditions. In this work, we explored the synthesis conditions of MOFs with polynuclear metal nodes using high throughput screening systems and machine learning technique.
キーワード:機械学習;金属–有機構造体(MOFs);配位高分子(CPs);クラスタリング解析;決定木学習
Key words: machine learning; metal–organic frameworks (MOFs); coordination polymers (CPs); cluster analysis; decision tree analysis
© 2022 一般社団法人日本ゼオライト学会© 2022 Japan Zeolite Association
金属イオンと架橋配位子から結晶性のフレームワークを形成する配位高分子は,古くから多くの化学者により研究がなされてきた。特に構造中にナノ細孔を有する多孔性配位高分子は金属–有機構造体(MOF)の名前で広く認知され,世界中で活発に研究がなされている。正確には,細孔を持つ配位高分子をMOFと呼ぶが,この記事では広く配位高分子全般を認知度が高いMOFの名称で呼ぶことにしたい。MOFsは多数の均一な細孔を有する多孔性材料であり,ガス貯蔵や分離,触媒への応用が期待されている。さらに,MOFsは構成成分である架橋配位子の結合方向や金属イオンの幾何構造の組み合わせを設計することで,多種多様な構造構築が可能になることが知られている。金属イオンと架橋配位子の組み合わせを変えることで,多様な新材料を自在に設計可能になる。しかしながら,これまでに報告がない金属と配位子の組み合わせで,全く新規のMOFを合成する実際の研究は,なかなか思うように目的の化合物が合成できない,トラブルの連続となることが多々ある。MOFの合成では,様々な分子間相互作用の組み合わせの微妙なバランスで勝手に分子の配列が決まるため,想定外のネットワーク構造が形成されてしまうのである。確かに,MOFの合成研究は近年格段に進み,特に亜鉛やジルコニウムなど一部の金属イオンとカルボン酸架橋配位子の組み合わせでは多くの知見が蓄積され,かなり精度良くフレームワークのトポロジーを予想できるようになってきている。一方で,全く新規のMOFの結晶構造をデザインして,目的とするフレームワークを合成するには,依然として地道な結晶化条件の探索が必要となるのが現状である。MOFの合成条件の探索では,溶媒の種類や溶液の濃度,反応時間や反応温度などの各種パラメータを地道にスクリーニングしていくことは避けられず,研究者の勘と経験だけに基づいた泥臭い作業の積み重ねが必要となる。よほど熟練した専門家でも,全く先行研究例がない金属イオンと配位子の組み合わせでは,合成条件を決める際に勘に頼らざるを得ず,何百という条件検討を行っても,構造決定が可能な結晶性の高いMOFが合成できず,何も知見を得ることができない,という結果に終わってしまうことは珍しくない。合成条件の探索そのものに大きな意義を感じている研究者もいらっしゃるとは思うが,筆者の主観では新規MOFの合成条件探索は,できることなら避けて通りたい,つらく苦しい試行錯誤の連続と感じる。実際に,これまで毎年増加を続けてきた新規MOFの結晶構造の報告数が,とうとう近年減少に転じてしまったのだが,これは最近の研究者がつらい新規MOFの合成条件探索を忌避して,既に存在している優れた特性を持つMOFの構造の一部をチューニングして物性を制御するような研究にシフトしているのではないかと筆者は感じている1)。このあたりの分野の雰囲気については,筆者の最近の解説記事でも言及している2)。
一方で,新規MOFの合成は,本当にやりつくされてしまったかというと,全くそんなことはないと筆者は考えている。一般に,合成が難しいと考えられている金属イオンや配位子の組み合わせでは,まだまだ未開拓の新物質群が眠っており,今後の合成研究が望まれる。本解説記事では,近年発展の著しい機械学習の手法を活用して,新規MOFの合成条件最適化の苦痛を少しでも削減し,効率化するための筆者らの試みを紹介する。
MOFsの中でも特に,ランタノイド金属(Ln)を中心に有するLn-MOFsは発光特性や磁性,伝導性などの特性を同時に発現するマルチファンクショナル材料として幅広く研究されている3)。ランタノイド金属はソルボサーマル合成条件下で巨大なクラスターを形成することが報告されている。MOFsの骨格内に,このような巨大クラスターや高次元の無限構造が取り込まれることで,相乗効果により複数または新規の特性が生じると期待されている。しかし,ランタノイドクラスターの形成は反応条件の影響を受けやすいため,ランタノイドクラスターを持つMOFsの合理的な設計と合成は課題が多い。さらに,ランタノイド金属の柔軟な配位特性により,Ln-MOFsは多くの結晶構造が異なる結晶多形が生じることが知られている。例えば,筆者らが行った最近の文献調査では,最もシンプルなテレフタル酸を配位子に用いた場合でも,およそ90種類もの結晶構造の報告があり,37種類の結晶多形が存在することが分かっている。しかしながら,結晶多形を選択的に合成する指針は確立されていない。それゆえ,Ln-MOFsはしばしば合成の再現性が低い,あるいは単離が困難であるという問題を抱えている。この課題を克服するためには,反応結果に影響を与える要因を評価するための簡便で直感的な手段の開発が求められる。
近年,機械学習を活用した様々な研究が行われているが,完全に新しい材料の探索への応用は限定されており,新規MOFsの合成探索のためのツールとして機械学習を導入した研究は未だ存在しなかった。スクリーニング合成実験による新規MOFsの探索において,失敗実験で得られる化合物は一般的に複雑な混合物として得られることがほとんどである。そのため,複雑な混合物の主生成物は何であるのか機械学習によって自動的に分析するための手法が求められる。我々の研究では,機械学習の手法を活用し合成の再現性が低く,単離が困難である新規Ln-MOFの合成条件最適化を行うことを目的とした。合成結果の解釈には,クラスタリング解析と決定木学習の2種類の機械学習を採用した。図1に示すフロープロセスに従って,合成条件の最適化を目指した4)。決定木学習は,合成条件の可視化に使われている手法であるが,今回の研究では,新規MOFの合成条件探索に応用して,その有用性を検証した5,6)。
解析を行う上で必要となる実験データを収集するために,様々な合成パラメータを変化させてスクリーニング合成を行った。合成には金属ソースとして硝酸ランタノイド塩,配位子としてテレフタル酸(BDC)をH2O/DMF混合溶媒下ソルボサーマル法を用いて反応を行った。異なる金属イオンの硝酸ランタノイド塩(Ln3+=Sm, Eu, Gd, Tb),金属溶液や配位子溶液の濃度,反応温度や反応時間,冷却時間や反応容器の種類などの様々な実験パラメータを変化させて合計108種類の合成条件検討を行った。すべての合成条件において固体粉末を得ることができたので,X線粉末回折測定(XRPD)による生成物の評価を行った。その結果いくつかの条件で新規相由来のピークが観測された。この新規相は単結晶X線構造解析により構造決定に成功し,ランタノイドと酸素からなる層状構造をテレフタル酸が架橋するピラードレイヤー構造であることが明らかとなった(図2)。しかし,この新規相(KGF-3)は,同一条件で合成を行った場合でも合成の再現性が低く,しばしば既知相が不純物として含まれてしまうため,単離することは困難であった。そのため,108種類の条件検討では,KGF-3の純相を再現性良く得ることができなかった。そこで,合成条件を最適化するために,反応における支配因子を機械学習により抽出することを試みた。
MOFの新規合成を試みた合成条件探索実験では,生成物は単一相で得られることよりも,複数の相が混在した混合相として得られることが多い。そのため,XRPDパターンの情報を基に合成が成功しているのか失敗しているのかを人間が判断を行い,どの生成物のグループに属するのか分類あるいは決定することは恣意的になってしまう可能性が高い。また,大量のXRPDパターンを人間が分類を行うと,膨大な時間を必要とする。そこで,クラスタリング解析を用いXRPDパターンの自動分類を行うことで人間の恣意性の排除を試みた。まず,クラスタリング解析による自動分類を行い,最後に人間の目によって分類の妥当性の確認を行った。その結果,非常に高い分類の精度を示した。解析の結果,KGF-3が得られる新規相(クラスター①),4種類の既知相(クラスター②,③,④,⑤),1種類の未知相(クラスター⑥)に分類することに成功した(図3)。さらに興味深いことに,既知相の一つであるクラスター⑤は出発原料として硝酸塩を用いたにも関わらず構造内に炭酸イオンを有していることが明らかになった。このことから,炭酸イオンは反応の過程で空気中の二酸化炭素を捕捉する,あるいは配位子の分解により生じる可能性を示唆している。
KGF-3の合成の再現性の低さの要因を調査するために,解釈性の高い機械学習の一種である,決定木学習を用い実験結果の可視化を行った。解析を行うために,まず,実験データとクラスタリング解析の結果を紐づけしたテキストファイルの作成を行った。目的変数は,クラスタリング解析により分類された各クラスターの番号,説明変数は種々の実験パラメータ(金属溶液・配位子溶液の濃度,金属ソースの種類,反応時間,反応温度,反応容器の種類など)を用い決定木学習を行った。図4に示した決定木が解析結果として得られ,KGF-3が得られやすい合成条件は次の通りであると読み取ることができた;①配位子溶液は18–22 mM,②冷却時間は12時間以上,③A社の硝酸塩が良い。このように,決定木学習により実験データを可視化することで,合成の成否を支配する因子を一目で理解することが可能になった。さらに,決定木から以下の三つの情報を抽出することができた。一つ目は,配位子溶液の濃度が18 mM未満の場合(データを詳細に確認すると2 mMと極低濃度の条件),生成物の構造中には炭酸塩が架橋配位したクラスター⑤が形成されることが分かった。二つ目は,出発原料である硝酸塩の試薬会社の種類がKGF-3の合成成否に大きな影響を及ぼすこと。三つ目は,KGF-3の合成成功確率に金属イオンの種類の違いが影響を与えることが示唆された。これらの得られた情報を基に,KGF-3の合成の再現性を最大化する合成条件を決定するために,抽出した支配的な要因について次のような検証を行った。
決定木の結果から,出発原料である硝酸ランタノイド塩はA社から購入した試薬がKGF-3の合成には優れていることが示唆された。このことから,試薬会社の違いとして評価が容易な試薬の純度に着目したところ,A社では比較的高純度を保証していることが明らかとなった。試薬の純度の影響を調査するために,最も純度の高いD社のTb(NO3)・6H2Oを別途購入し,使用したところ,A社のTb(NO3)・6H2Oを使用した場合と比較してKGF-3の合成成功率が20%から95%まで向上した。このことから,今後のすべての実験においてD社から購入した硝酸ランタノイド塩を用いてKGF-3の合成を行うことにした。
決定木の結果から,低濃度条件下では炭酸イオンが構造内に取り込まれることが明らかになった(クラスター⑤)。そこで,炭酸イオンがKGF-3合成に与える影響を調査するために,炭酸ナトリウムを添加してKGF-3の合成を行った。ランタノイド金属としてGdとTbを用いた場合,炭酸イオンを添加して合成を行うことで,不純物の生成(クラスター②)が抑制されたのに対し,Euでは炭酸添加に関わらずKGF-3の合成に失敗した。これらの結果から,炭酸イオンが与える影響はランタノイド金属イオンの種類と相関があることが示唆された。
決定木の結果と炭酸イオンの添加に対する金属の応答性の結果から,金属イオンの種類の違いがKGF-3の合成成否に強く影響を与えることが示唆された。そこで,最適化された合成条件下で,種々のランタノイド金属イオン(Ln=La-Lu,Pmを除く)を用いKGF-3の合成を行った。XRPDおよび元素分析の結果,Dy(イオン半径r=1.03 Å)とHo(イオン半径r=1.02 Å)を用いた場合のみKGF-3の単離に成功した(図5)。このことから,KGF-3の選択的合成にはイオン半径が重要かつ支配的な要因であり,最適イオン半径が1.02–1.03 Åであることが示唆された。
機械学習を活用することで,Ln-MOFの合成条件探索において,新規化合物であるKGF-3の合成の成否を支配する因子を抽出することに成功した。検証実験の結果も,決定木で支配因子となるパラメータが重要であることを裏付けていた。また,このようにして合成したKGF-3は,プロトン伝導特性などの機能の発現も確認できている4)。本研究で開発した機械学習を活用する手法は,新規MOFの合成条件最適化を行う上で,有用であるということを実証することができた。
一般に,MOFの多くはバンドの分散が小さい絶縁体であり,分子設計によって配位高分子に電気伝導性を付与する試みが近年数多くなされている。DincăはMOFの構造中で電気伝導を担う経路を,through-bond,extended conjugation,through-spaceの3種類に分類することを提案している7)。この中でも,through-bondによる電導経路の形成は大きなバンドの分散が期待できるが,現時点では報告数が最も少ない。Through-bond型の電導経路の設計戦略として,配位元素に硫黄を使うことで結晶構造中に金属–硫黄の無限ネットワークを形成する手法が挙げられる8)。例えば筆者らは鉛–硫黄ネットワークを持つ配位高分子の水分解水素発生光触媒特性を報告している9)。一方,硫黄系配位子は金属と共有結合的に強い結合を形成するため,含硫黄配位高分子の結晶性は低くなる傾向があり,合成が一般的には困難である。筆者らは,ランタノイドMOFの合成で確立した機械学習の手法を活用して,新規半導体MOFの合成条件探索の効率化を行った10)。特に,決定木学習の結果から,結晶多形の選択的な合成で重要となるパラメータを効率的に決定することに成功したので,詳細を以下で示す。
本研究では,銀イオンとトリチオシアヌル酸(trithiocyanuric acid: H3ttc)が銀イオンと形成する新規MOFの合成を目指した実験を行った(図6)。まず,硝酸銀とH3ttcを各種溶媒に溶かし,様々な温度,混合比,濃度や反応容器でソルボサーマル合成を行い,114の合成条件を試した。反応後,すべての条件において沈殿が得られたが,単結晶X線構造解析に必要なサイズの単結晶は得られなかったので,すべての沈殿物についてXRPD測定を行い,それぞれの実験条件に固有のXRPDパターンを得た。得られた114個のXRPDパターンは,結晶性が低いもの,単層のAg2Sのシミュレーションパターンと一致するもの,新規の結晶相と思われるものや新規相とAg2Sの混合相など様々であった。これら114個のXRPDパターンをクラスタリング解析により分類したところ,未知の結晶相二つ,低結晶性相,Ag2S, 帰属できない不純物相の合計5種類に分類することに成功した。ここまでの実験では,2種類の未知の結晶相が合成できていることが明らかとなったため,今後の実験ではそれら未知相の構造決定を目的に実験をすることとなった。
ここまでの実験結果から,未知相を合成するための合成条件を明らかにするために,クラスタリングの結果である5種類の結晶相を目的変数とし,合成条件を説明変数として決定木学習を行った。その結果,決定木から120°C以上で優先的にAg2Sが生成することが明らかとなった。複数の実験パラメータを変化させてスクリーニング実験を行っていたため,温度が最も重要な因子であることは,実験結果を我々が確認しただけでは気がつくことはできず,決定木学習による解析で初めて気づきを得ることができた。Ag2Sが発生するときの他の条件を確認すると,ほとんどの条件において溶媒に水を使用していた。これらの結果は配位子のH3ttcが高温で加水分解を起こし,硫化水素が発生していることを示唆している。実際に,H3ttcは芳香族求核置換反応により加水分解して硫化水素が発生することが報告されており,本反応では銀イオンの存在によりさらに加水分解反応が促進されたと考えられる。これは,決定木学習が加水分解の重要性を研究者に指摘してくれた結果であるということができる。また未知の結晶相二つは溶媒として水を使用している方が生成しやすいことが決定木から明らかとなった。
上述の実験結果を参考に未知相1,2を選択的に合成するため212条件の追加実験を行った。MOFの合成において,結晶性を向上させるためにモジュレーターと呼ばれる単座配位子を添加する手法がある。前述の114条件の合成では一部の実験で酢酸を添加したが,追加実験ではさらに,アミン類やカルボン酸など合計7種類のモジュレーターを用いて単結晶の合成を試みた。これらの実験でも,単結晶を得ることはできなかったが,114+212=326条件の結果をクラスタリング解析と決定木学習により解析して,実験結果の可視化を行った。
作成した決定木(図7)から,使用溶媒が支配的な因子となって最初に分岐しており,溶媒として水を使用しないと低結晶性相が優先的に生成することが明らかとなった。また水を使用した場合,加熱温度が90°C以上だと優先的にAg2Sが生成しやすいということも確認された。114条件の決定木では120°C以上で加水分解反応が促進されることを示唆していたが,学習データが増えることで,分岐する条件の精度が上がったものであると考えられる。また未知相1,2はモジュレーターを添加していない場合,もしくは酢酸か安息香酸を添加している場合に優先的に生成しやすく,かつ未知相2は酢酸もしくは安息香酸を500 mM以上添加した場合生成しやすいことが判明した。それに加えて未知相1は,ピリジン,エチレンジアミン,ジエチルアミンおよびトリエチルアミンを添加した場合でも配位子としてトリチオシアヌル酸を用いていれば生成していることも示された。この結果は,反応溶液中のプロトン濃度が未知相や低結晶性相の選択的合成において重要な因子であることを強く示唆している。
以上をまとめると各相が生成しやすい合成条件は以下のようになる。Ag2Sは水存在下かつ90°C以上,低結晶性相は水非存在下もしくは塩基性条件,未知相1は水存在下かつ弱塩基性から弱酸性条件,未知相2は水存在下かつ酸性条件で生成しやすい。決定木解析により,未知相1,2を選択的に作り分けるには温度,溶媒に加えてプロトン濃度が重要な因子であることが情報として抽出することができた。
その後,ハロゲン化銀を反応原料として用いると単結晶が得られることが明らかとなり,結晶構造解析の結果,未知相の結晶構造を決定することに成功した。
未知相1の結晶は,[Ag2Httc]nの組成式で表される新規のMOFであることが明らかとなった。以後,この結晶をKGF-6と呼ぶ。KGF-6は構造中のトリチオシアヌル酸のトリアジン環の一つの窒素がプロトン化され電荷のつり合いを保っている。プロトンが一つだけ構造中に残っているという結晶構造は,決定木から明らかとなった,少量のプロトンが溶液中に存在している弱塩基性から弱酸性の条件で生成しやすいという合成条件と良い整合性を示していた。一方,未知構造2の結晶は[AgH2ttc]nで表される組成式を有しており,構造中のトリチオシアヌル酸はトリアジン環の二つの窒素がプロトン化され,電荷のつり合いを保っていた。これは未知相2が酸性条件で生成しやすいという決定木の結果と高い整合性を示している。
一方で,ヨウ化銀,トリチオシアヌル酸と4,4’-ビピリジンを水とアセトニトリルの混合溶媒中で水熱合成を行うと単結晶が得られ,単結晶X線構造解析により組成式[Ag3ttc]nで表される,構造中にプロトンが存在しない新規のMOF,KGF-8であることが確認された。この構造から得られるXRPDのシミュレーションパターンは低結晶性相に分類されるいくつかの試料が示していたXRPDパターンのブロードピークと良く一致していた。低結晶性相は塩基性や水非存在下などの低プロトン濃度条件で生成しやすく,KGF-8は326条件中では低結晶性相として発現していた生成物に含まれた板物質であり,極端にプロトンの濃度が低い条件下でしか生成しないMOFであることは,構造中にプロトンを含まないという結晶構造の結果と良い整合性を示している。
このように,結晶構造解析の結果から,決定木から明らかとなった合成条件の支配因子が,構造の組成と良い対応関係を示すことが明らかとなった。この結果は,クラスタリング解析と決定木学習を組み合わせた我々の解析手法の有用性を実証したものであると考えている。
銀とttcからなる新規のMOFを3種類合成することに成功した。決定木学習を行うことで,これら3種類のMOFを選択的に合成する際に重要となるパラメータがプロトン濃度であることが明らかとなった。合成した新規MOFのうち,KGF-6は高い光伝導度特性を示すことも明らかとなっており,本研究で用いた機械学習の手法は結晶多形の選択的な合成を行う上で有用であることを実証した10)。
本解説記事では新規MOFの合成条件探索を分類の問題として取り扱い,これまで日の目を見なかった失敗実験から有用な情報を抽出するためのツールとして機械学習を活用した研究を紹介した。一方で,今後機械学習を合成実験の条件探索で活用するには,多くの課題が存在する。例えば,機械学習は一般に内挿を得意とするが,新規MOFの合成条件探索では,これまでとは異なる全く新しい合成条件を試す必要があるため,本質的に外挿を伴うという。この問題を克服するために,筆者らは解釈性の高い手法で解析を行い,研究者の判断をサポートするツールとして機械学習を活用したが,外挿を行うための優れた手法の開発が今後も期待される。また,新規MOFの合成を数値化することができないため,合成条件探索の問題を回帰の問題として取り扱うことが難しい点も,課題となる。新規MOFの合成条件探索は何の数値を最大化しているのか,というのは興味深い問題ではあるが,現時点でこの問題の直接的な答えが存在しない。今後,多くの研究者がこの分野に参入して,多様な方法論が提案されることを期待したい。
本研究は科学技術振興機構(JST)さきがけ(理論・実験・計算科学とデータ化学が連携・融合した先進的マテリアルズインフォマティクスのための基盤構築)と科学研究費補助金基盤研究Bの支援を受けて行われました。また,これらの研究成果は,多くの共同研究者のご協力により得られたものであります。この場をかりてここに深く感謝の意を表します。
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2) 田中大輔,高分子,71, 395(2022)
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4) Y. Kitamura, E. Terado, Z. Zhang, H. Yoshikawa, T. Inose, H. Uji-i, M. Tanimizu, A. Inokuchi, Y. Kamakura, D. Tanaka, Chem. Eur. J., 27, 16347(2021).
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