ベーマイトナノファイバーを構造に用いた低嵩密度多孔体Low Bulk Density Porous Monoliths Using Boehmite Nanofibers in Their Structure
国立研究開発法人物質・材料研究機構国際ナノアーキテクトニクス研究拠点National Institute for Materials Science ◇ 〒305–0044 茨城県つくば市並木1–1
ベーマイトナノ材料は水熱合成によりさまざまな形態で作製できる。適切な条件下ではアスペクト比が1000を超えるナノファイバーが生成し,その分散液は工業的にも入手可能である。ベーマイトナノファイバーは,さまざまな三次元構造体を作製するための原料として使用することができる。例えば,ベーマイトナノファイバー分散液に塩基またはリン酸を添加することにより,数分以内にゲル化が起こる。このゲルを乾燥させると,超低嵩密度で可視光透過率の高い特徴的な多孔体(エアロゲル)が得られる。この繊維質の多孔体はネックがほとんどない骨格構造をもつため,シリカなどで報告されている粒状骨格のエアロゲルと比べて高い力学強度を示す。ベーマイトナノファイバーをポリマーと複合化することで形成されるマクロ多孔体は,軽量ながらも高いハンドリング性や加工性をもつ。用いるポリマーの種類を変えることで撥液性や耐炎性などの機能も付与できる。本稿ではベーマイトナノファイバーの物性,ゾル―ゲル反応により得られるさまざまな多孔体やその応用性について解説する。
Boehmite nanomaterials can be produced in various forms by hydrothermal synthesis. Under appropriate conditions, nanofibers with aspect ratios exceeding 1000 can be produced, and their dispersions are industrially available. Boehmite nanofibers can be used as a raw material to fabricate various three-dimensional structures. For example, adding a base or phosphoric acid to a boehmite nanofiber dispersion results in gelation within a few minutes. Drying this gel yields a characteristic porous material (aerogel) with ultralow bulk density and high visible light transmittance. This fibrous porous material has a skeletal structure with almost no necks and thus exhibits higher mechanical strength than granular skeletal aerogels reported for silica and other materials. Macroporous materials formed by compositing boehmite nanofibers with polymers have high handling and processing properties despite their light weight. By changing the type of polymer used, functions such as liquid repellency and flame resistance can be added. This paper describes the physical properties of boehmite nanofibers, various porous materials obtained by sol-gel reaction, and their applicability.
キーワード:ベーマイト;ナノファイバー;ゾル―ゲル;モノリス型マクロ多孔体;エアロゲル
Key words: boehmite; nanofiber; sol-gel; macroporous monoliths; aerogels
© 2022 一般社団法人日本ゼオライト学会© 2022 Japan Zeolite Association
セラミックスの中で特にシリカやアルミナは資源量が豊富であることから,そのナノ材料が盛んに研究されてきた。ベーマイトは水酸化酸化アルミニウム組成をもつ化合物であり,さまざまな形態をもつナノ材料としても多数の報告例がある1)。一部のベーマイトナノ材料は工業的な生産方法も検討され,今日では産業的に入手可能である。ベーマイトナノ材料合成のプロセスはさまざまであるが,学術においては水熱合成(ソルボサーマル)法を用いて形態を制御しながら作製する研究が多く行われてきている。カーボンナノチューブの発見やグラフェン研究に関するノーベル賞授与などを経て近年,ナノファイバーやナノシートなど一次元・二次元ナノ材料の研究がますます盛んになってきている。適切な条件下で合成されたベーマイトはナノファイバー形状をとることが知られており,特にアルコキシドを出発原料とした水熱合成法ではアスペクト比が1000を超える材料も得られている。川研ファインケミカル株式会社が製品化したアルミゾルF1000やF3000は高アスペクト比をもつ(擬)ベーマイトナノファイバーの分散液であり2,3),筆者はこれまで主にF1000を用いて材料研究を行ってきた。アルミゾルF1000では酢酸水溶液中に直径3–4 nm, 平均1 μmを超える長さのナノファイバーが安定分散している。可視光の波長よりはるかに細い繊維であるため,アルミゾルF1000を単純に蒸発乾燥させると透明膜が得られる3)。一方,弱塩基を加えながらゆっくり乾燥させるとファイバー同士がバンドル化しながら層状構造を形成するため,銀色の多層反射膜となる4)。このような光学的特徴はナノ材料だからこそ現われるものである。また,他のセラミックス繊維と同様に,充填材(フィラー)として樹脂に混練することで力学特性や熱特性などの改善に用いることも可能である。
筆者はこれまでゾル―ゲル法を用いたモノリス型(塊状)多孔体の研究に取り組んできた。数十nmスケールの骨格構造をもつ低嵩密度のモノリス型多孔体(エアロゲルなど)を新しく作製していく中で,ベーマイトナノファイバーを多孔体骨格を補強するための材料として扱い始めた。あるとき希薄なベーマイトナノファイバーゾルが簡単にゲル化することがわかり,これをうまく生かすことでさまざまな三次元材料(モノリス型多孔体)が得られる可能性に気付いた。以降,ベーマイトナノファイバー単体のエアロゲルやポリマーと複合化したマクロ多孔体などの作製を報告してきている。本稿では,ベーマイトナノファイバーを原料に用いた各種モノリス型多孔体についてその作製プロセスや材料物性を解説し,将来的展望について紹介する。
アルミゾルF1000やその希釈ゾルにおいて,ベーマイトナノファイバーはpH 3–4程度の酢酸水溶液中で数ヶ月間安定分散しているが,pHが5付近まで上昇するとゲル化を起こす性質がある。純水で希釈したアルミゾルF1000にヘキサメチレンテトラミンを溶解させて加熱すると,発生したアンモニア(アンモニウムイオン)によってゾル全体のpHが均質に上昇し,湿潤ゲルが得られる。湿潤ゲルをアルコールで浸漬洗浄した後,超臨界二酸化炭素乾燥を行うことで,嵩密度が1–30 mg cm−3のベーマイトナノファイバーエアロゲルを作製できる(図1)5)。
「エアロゲル」は主に超臨界乾燥によって得られるナノスケールの構造をもつ低嵩密度多孔体の総称であり,90年以上前からさまざまな組成で作製されている6,7)。その中でも,低嵩密度・透明で優れた断熱性をもつシリカエアロゲル(嵩密度0.15 g cm−3程度で熱伝導率15 mW m−1 K−1以下)がもっともよく研究されてきており,代表的な材料となっている。ベーマイトナノファイバーエアロゲルも高断熱性をもつと思われがちだが,熱伝導率はさほど低くない8)。シリカエアロゲルなどの断熱性は平均数十nm径の細孔構造が気相で起こる熱伝導を大きく抑制することで得られるが9),ベーマイトナノファイバーエアロゲルは嵩密度が低すぎるため繊維同士の距離にあたる細孔径が大きく,空気による熱伝導が起こるからである。ベーマイトナノファイバーエアロゲルがシリカエアロゲルよりも優れている点は,低嵩密度でも比較的高い力学強度を示すことにある。シリカエアロゲルは直径10 nm程度のシリカ粒子が数珠状に連なった構造から成るため,骨格には無数のネックが存在する。微細な骨格に力が加わった場合,ネック部分に応力が集中するため簡単に破壊が起こる。一方,ベーマイトナノファイバーエアロゲルの骨格はアスペクト比が高い繊維が絡まった骨格構造をもつため,力が加わっても応力集中が起こりにくい。10 mg cm−3程度のエアロゲルで比較した際,シリカエアロゲルでは触るとすぐに崩れ始めてしまうが,ベーマイトナノファイバーエアロゲルは多少ラフに扱うことができる。作製段階においても,低密度のシリカエアロゲル作製ではある程度の技術が必要になる一方で,ベーマイトナノファイバーでは特に難しい操作を必要としない。
ベーマイトナノファイバーエアロゲルは,低嵩密度構造に由来する光学特性にも特徴をもつ。シリカエアロゲルは低屈折率かつ高可視光透過性を示す材料としてこれまでさまざまな研究に用いられてきたが10,11),ベーマイトナノファイバーエアロゲルではそれよりも優れた光学特性が期待できる。シリカエアロゲルのような可視光波長よりも小さな骨格をもつ透明多孔体内部ではレイリー散乱が起こり,可視光透過率低下につながることが知られている。レイリー散乱は散乱源の直径が大きいほど強く起こるが,ベーマイトナノファイバーの繊維径はシリカ粒子の直径よりも小さいため,その影響を受けにくい。屈折率は空間における固相の割合,つまり嵩密度が低下するほど小さくなる。ベーマイトナノファイバーエアロゲルでは低嵩密度でも比較的簡単に作製できるため,低屈折率材料を作製する際には有利である。明るくレイリー散乱が目立ちにくい背景の上に置いたベーマイトナノファイバーエアロゲルは,肉眼でほとんど目に見えなくなる。そのような環境下でエアロゲルの上に物体を置くと,その陰も屈折せず真っ直ぐ落ちるため,まるで浮いているかのように見える。
ベーマイトナノファイバーエアロゲルを光学材料として用いる際の欠点は耐候性にある。ナノファイバー表面に水酸基が存在するため,空気中で吸湿すると収縮や可視光透過率の低下が起こる。シリカエアロゲルを含めたセラミックスナノ材料の吸湿性を改善するためにはトリメチルクロロシランなどのシランカップリング剤がよく用いられるが12),ベーマイトナノファイバーでは反応中に発生する塩化物イオンで変質する恐れがあった。この問題を解決するため,ゲル化時に塩基ではなく希薄リン酸水溶液を用いる方法を開発した13)。アルミニウム化合物のコロイドはpH変化やリン酸イオンで沈澱することが知られているが,ベーマイトナノファイバーにおいても同様にゲル化を起こす原因となる。ゲル化に塩基を用いた場合はナノファイバー同士がバンドル構造を作りゆるく凝集しながらゲル化するのに対し,リン酸を用いた場合は最表面の水酸基がリン酸イオンと反応し,やがてファイバー同士を結合させるものと考えられる。リン酸によりフリーの水酸基がなくなるため,水蒸気との反応性を小さくすることができる。実際,リン酸を用いて得られたエアロゲルは湿度100%の空気中に1週間静置してもほとんど変化を起こさなかった。また,ゲル化時にバンドル構造が形成されにくくなるため,可視光透過率にもいくらかの改善が見られた(図2)。
ベーマイトナノファイバーエアロゲルを物理学実験で用いるために,現在さまざまな技術を磨いている。前述の通りこの材料は目視で確認しにくいが,レーザーシートを用いることで外形や内部の凝集・欠陥構造の有無など検査可能になった(図3)。今のところ産業応用は見出せていないが,新しい科学的発見を生み出す実験材料として期待されている。また,このエアロゲルは1200度以上で加熱するとαアルミナ多孔体に転移する。大きく収縮するもののバルク形状は保つため,イオンドープによりルビーやサファイアなどの多孔体作製も可能である。
ポリマーの力学強度などの物性改善のため各種セラミックス繊維はフィラーとして用いられてきている。ベーマイトナノファイバーも同様の目的で利用することが可能だが,数nmしかない直径を生かすことで緻密体のみならずモノリス型多孔体の微細な骨格内部にも組み込むことができる。モノリス型多孔体の補強にさまざまなスケールの繊維状材料を加えて力学特性を改善する研究例はこれまでにも多数あったが,そのほとんどは繊維状材料が多孔体骨格を外から支えるものであるため14),ポリマー本来の表面物性が失われるデメリットがあった。ベーマイトナノファイバーを内部に取り込むことができるポリマーは現状2種類しか見つかっていないが,それぞれについて紹介する。
アルミナとシリカはさまざまな複合化合物を作製することが知られている。ベーマイトナノファイバー表面とシルセスキオキサンも親和性がよく,形成反応が起こりやすい。ベーマイトナノファイバーの酢酸水溶液ゾルに3官能ケイ素アルコキシドのメチルトリメトキシシランをメチルシルセスキオキサン前駆体として加えると,ベーマイトナノファイバー表面で重縮合反応が起こるため,ファイバーを内部に取り込んだモノリス型多孔体が形成される8,15,16)。透過型電子顕微鏡(TEM)で材料切片を観察すると,骨格の中心にナノファイバーが存在することが確認できる(図4)。メチルトリメトキシシランを前駆体として用いた場合はメチル基を官能基にもつ多孔体が得られるが,他の前駆体を用いることでエチル基やビニル基なども導入可能である。
ベーマイトナノファイバーと複合化したメチルシルセスキオキサン多孔体の特徴は,力学強度にある。一般的にゾルゲル法で作製される低嵩密度の多孔体は強度に乏しいが,ナノファイバーと複合化されたこの多孔体はハンドリングが容易である。さらに,CNCフライス盤によりサブミリメートルより小さい構造を切削形成することもできる。この多孔体は300度超の耐熱性と25 mW m−1 K−1程度の断熱性を示すため,凹凸面への局所断熱などの用途が考えられる。また,この多孔体表面はメチルシルセスキオキサンの疎水性と多孔構造切断面の凹凸性により必ず高い撥水性をもつため,機能性基板としての応用開発も行っている(図5)17)。例えば溝を掘った基板上に培養液を保持して三次元細胞培養を行うことで数mm大のスフェロイドやオルガノイドを従来よりも短時間に作製できる。この多孔体基板はプロトコルに従えば誰でも再現できるため,オープンなツールとしての活用が期待できる。
レゾルシノールとホルムアルデヒドは共に水溶性であり,酸などの触媒下で混合した希薄水溶液を加熱するとその重合体は水との相分離を起こし,多孔構造を形成することが知られている18–20)。この反応液にベーマイトナノファイバーを添加すると,骨格内にベーマイトナノファイバーをもつモノリス型多孔体が得られる(図6)21)。骨格表面に水酸基をもつことからベーマイトナノファイバーは親水性の材料であるが,水よりもポリマーとの親和性が高いため,ナノファイバーが骨格相に分配されたと考えられる。この複合多孔体の構造はポリマーに対するナノファイバー含有率で制御が可能である。熱伝導率は40 mW m−1 K−1程度であるためシルセスキオキサンを用いた複合多孔体に比べて高めだが,耐炎性を生かした断熱材としての応用が考えられる(図7)。この複合多孔体はナノファイバーの反応性ではなく疎水/親水性を利用しているため,レゾルシノール–ホルムアルデヒド樹脂以外の親水的なポリマーでも再現できる可能性がある。
酢酸水溶液中で長期間安定分散するベーマイトナノファイバーは,数nmしかない直径や高アスペクト比など特徴的な形態に反してかなり扱いやすい材料である。筆者はこれまでに無機・有機を問わずさまざまなナノファイバー・ナノチューブ材料を試験してきたが,その中でもベーマイト組成は特別な存在である。ベーマイトナノファイバー単体から成るエアロゲルは,ナノスケールの低嵩密度骨格構造から生まれる特異な光学・音響特性などを生かすことで,今後は他の科学分野の発展にも貢献していくことだろう。複合化で得られる材料も組み合わせによって特徴的な物性を示すことができるため,現在は産業化も視野に入れたいくつかの新しい材料作製に取り組んでいる。
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