日本ゼオライト学会 刊行物 Publication of Japan Zeolite Association

ISSN: 0918–7774
一般社団法人日本ゼオライト学会 Japan Zeolite Association
〒162-0801 東京都新宿区山吹町358-5 アカデミーセンター Japan Zeolite Association Academy Center, 358-5 Yamabuki-cho, Shinju-ku, Tokyo 162-0801, Japan
Zeolite 39(4): 121-128 (2022)
doi:10.20731/zeoraito.39.4.121

解説解説

多孔質分子結晶の合成と物性Synthesis and Applications of Porous Molecular Crystals

筑波大学数理物質系物質工学域Department of Materials Science, Faculty of Pure and Applied Sciences, University of Tsukuba ◇ 〒305–8573 茨城県つくば市天王台1–1–1

受理日:2022年6月25日Accepted: June 25, 2022
発行日:2022年10月15日Published: October 15, 2022
HTMLPDFEPUB3

微細な孔が空いた有機多孔質結晶材料の開発が盛んに進められている。これらの多孔質結晶材料は一般に分子間を強い結合ネットワークで結びつけることによって構築されるが,ごく最近,弱い結合のみで分子が結びついた分子結晶でも多孔質構造が構築できることが明らかになってきている。これらの多孔質分子結晶はいずれも偶然から見出されているものであり,その分子構造は千差万別である。本解説では,それら多孔質分子結晶を構築するための分子設計戦略について俯瞰的に説明したのちに,筆者らが報告している多孔質分子結晶を二つ紹介する。一つ目の材料は高い熱安定性と自己修復性を兼ね備えた多孔質分子結晶である。結晶構造や熱安定性についての詳細に加えて,孔を開けようとする駆動力についての知見を紹介する。二つ目の材料はハイドロクロミック特性を示す多孔質分子結晶である。湿度に応じて大気中の水分を吸脱着し,それに伴って色が黄色から赤色へと変化する挙動を紹介する。

Research on organic porous crystals has advanced greatly in the last several decades. These porous crystals are typically assembled by making use of a strong intermolecular bonding network. Contrary to this, a handful of discrete molecules is known to assemble into porous molecular crystals, which is held only by weak interactions. All these crystals are found by chance, and their molecular structures are totally different from each other. In this mini-review, a molecular design strategy for synthesizing the porous molecular crystals is introduced, together with two examples reported by the authors. The first porous molecular crystal features high thermal stability and self-healing ability. A fundamental insight into how the porous structure forms is also investigated. Second crystal features hydrochromism, namely, the crystal turns from yellow to red upon adsorption of moisture from the surrounding atmosphere.

キーワード:多孔質結晶;分子結晶;速度論的安定性;可逆性;自己修復

Key words: porous crystals; molecular crystals; kinetic stability; reversibility; self-healing

1. はじめに

近年,微細な孔が空いた有機結晶材料の開発が盛んに進められている。これらの多孔質結晶材料を実現するための分子設計戦略の本質は,分子間の強い結合ネットワークである。一方で,この戦略は劣悪なプロセス性などいくつかのデメリットを有する。では,強い結合を利用せずに多孔質結晶を合成することはできないのであろうか? 本解説では,この基礎的な問いに対する答えと,その物性に関する最新の知見を紹介する。

2. 多孔質結晶を構築する分子戦略

一般に,有機分子は空隙が最小となるように固体化する傾向を示す。空隙を小さくすることとはすなわち,分子同士の接触が多くエネルギー的に安定であるということであり,熱力学的に理にかなっている。急速な冷却や沈殿によって生じる固体であれば多少の空隙が生じることもあるが,熱力学的に安定な構造として与えられる結晶性の材料では空隙を最小化しようとする傾向が極めて強く発現する。実際,有機分子を用いて孔が空いた結晶材料(多孔質結晶)を作成することは,1990年代後半までほぼ不可能であった。無機材料まで視野を広げると,古くはゼオライトやプルシアンブルーなどの多孔質結晶が中世から知られている。ただし,逆に言えば,無機材料であってもこの2種類しか知られていなかった。多孔質結晶の合成は,本来それほど難易度が高いものだったのである。

有機分子から多孔質結晶を構築することの難しさは,包摂結晶(クラスレート化合物)における知見からよく伺える1)。包摂結晶とは,結晶の大部分を形作るホスト分子の隙間にゲストとなる分子(結晶化溶媒など)が取り込まれた化合物である。包摂結晶は自然界でもよく見られる一般的な材料であり,実際に多くの有機分子が包摂結晶を与えることが古くから知られている。こういった包摂結晶において,「もしゲスト分子を取り除くことができればそこに孔ができるのではないか」というシンプルな戦略が存在するが,残念ながらこの戦略はうまくいかない。真空引きや加熱といった手法で包摂結晶からゲスト分子を取り除くことは可能であるが,その結果残る孔は不安定である。孔の壁を構成する分子が孔の内部へと移動して壁が崩れてしまい,孔が潰れた結晶へと転移してしまう。

このように,有機分子を用いて多孔質結晶を構築することは一般に困難であった。転機が訪れたのは,O. Yaghi教授および北川進教授らがmetal–organic frameworks (MOF)を見出した1990年代後半である2)。両教授らは,カルボキシ基などの官能基を複数もつ有機分子と金属イオンとを錯形成させることで,ジャングルジム型の配位高分子の結晶を構築した。合成直後においてこのジャングルジムの隙間には溶媒分子が詰まっている。通常の包摂結晶であればそのような溶媒分子を取り除くと結晶骨格(ジャングルジム)が崩れてしまうが,驚くべきことに両教授らが見出した材料では脱溶媒後も結晶骨格がそのまま保たれて,孔が空いた構造を維持していた。これは,使用した有機分子が極めて剛直であったことと,それらの有機分子と金属イオンとの結合が極めて強固であったためである。室温のエネルギーではこれらの結合を切断することができず,分子は孔の内側へと崩れることがなかった。両教授はその後,多官能性の有機分子と金属イオンからなる多くの配位高分子が同様のジャングルジム型の結晶を与え,それらが脱溶媒に耐えるほど安定であることを見出した。さらにその孔の中に多様なゲスト分子が可逆的に包摂できることを発見し,当該分野の急激な進歩に大きく貢献した。

これらの配位高分子は,室温で安定に取り扱える有機多孔質結晶を合成するための基本的な分子戦略を提供してくれる(図1)。先に述べたように,一般の包摂結晶では脱溶媒とともに結晶骨格が崩壊して密な結晶へと転移してしまう。このとき,脱溶媒で得られるはずであった孔の空いた結晶骨格を仮想的な準安定構造として考えることができる。また,その結晶が転移した密な結晶多形は熱力学的に最も安定な構造であると考えられる。多くの有機結晶材料では,この二つの状態を転移する際の活性化障壁が低いために,室温で容易に結晶構造が変化し,孔が潰れてしまうと考えられる。分子間の引力的な相互作用が弱いため,室温であっても容易に分子が動いてしまうのである。一方で,MOFにおいてはこの活性化障壁が室温のエネルギーよりも十分に大きく,脱溶媒後も孔の空いた構造が保たれている。MOFで用いられている配位結合の結合力は室温のエネルギーよりも十分に大きいため,分子が動けないのである。この視点で見ると,ゼオライトやプルシアンブルーが安定な理由も明らかである。これらの材料ではいずれも強い結合で構成分子・原子同士が結びついており,そのため室温においても孔が潰れない。

Zeolite 39(4): 121-128 (2022)

図1. 孔が空いた構造と孔が閉じた構造の転移における活性化障壁のイメージ

このように,多孔質結晶を構築するための戦略は,分子間の強い結合ネットワークとそれに対応した構造転移の活性化障壁で理解することができる。そして,その結合ネットワークはより弱いものへと進化してきた歴史をもつ。20世紀まで利用されてきたゼオライトは,結合強度という点において非常に強固な材料である。結果として,得られる材料は熱的に極めて安定である。一方で,ゼオライトは強い結合をもつが故にプロセス性が極めて悪い。溶液プロセスを利用することはできず,基本的には粉末として扱われている。また,材料としての多様性が極めて乏しい。先に述べたとおり,無機物を見渡しても多孔質結晶を与えるのはゼオライトとプルシアンブルーのみである。一方で,配位結合を利用するMOFではこれらの欠点が克服されている。MOFの分解は,酸や塩基溶液による溶解など比較的弱いプロセスで進めることができる。この特性は安定性とのトレードオフであるが,ゼオライトなどではそもそもこのトレードオフを調整することすらできなかったことを考慮すると,望ましい特性であると言える。また,MOFでは有機分子や金属イオンの種類に応じた極めて多様な構造と,それらに対応した機能が存在する。これはMOFの優れた性質であり,現在産業界で最も期待されている面である。安定性をさらに落として結晶構造をより柔軟にすると,別の特性が生じ始める。その代表例がflexible MOFである3)。Flexible MOFは一般的なMOFと同様の分子戦略で構築されている結晶性材料であるものの,配位結合や有機分子の柔軟性が原因となって活性化障壁が十分に大きくならなかった材料である。そのため,flexible MOFは脱溶媒によって容易に構造が転移し,孔が潰れた結晶へと変化する。この構造転移を利用することで,気体吸着の選択性などを向上できることが知られている。

まとめると,多孔質結晶は分子間の結合を弱くする方向に進化してきたと言える。弱い結合は熱安定性の劣化につながる一方で,プロセス性や構造多様性,構造柔軟性,機能性を増すことができる。近年では利用する化学結合の種類が配位結合以外に拡張されてきており,例えば配位結合と同程度の結合強度をもつイオン結合および水素結合では類似の戦略が適応できることが知られている。では,それ以上に弱い結合,すなわちvan der Waals力ではどうであろうか? 包摂結晶の例からわかるとおり,van der Waals力はあまりにも弱すぎて,原理的にうまくいかないと思われてきた。ところがごく最近,この常識を破る材料がいくつか見出されてきている。以降では,この「多孔質分子結晶」について,その基礎的な理解と最近の展開を紹介していくとともに,筆者らが見出した興味深い例についても紹介する。

3. これまで見出されてきた多孔質分子結晶

筆者らが調べた限りにおいて,最も古い多孔質分子結晶はTPP(tris-o-phenylenedioxycyclotriphosphazene)である(図2a)。TPPは1960年代にH. R. Allcock教授らによって精力的に探索された材料である4)。当時は包摂結晶として利用されており,孔の空いた多孔質結晶へと変換することはできなかったが,2005年,P. Sozzani教授らが丁寧な脱溶媒を行うことで多孔質結晶を得ることに成功した5)。この結晶内部では,TPP分子がごく僅かな接触点で相互作用しながらヘキサゴナルな骨格を構築している。近年では,N. B. McKeown教授らによって複数の多孔質分子結晶材料が報告されている。彼らはケンブリッジ結晶データベースでの検索を通して,既知の分子の一つが多孔質分子結晶を構築することを見出した(図2b6)。また自身らが合成した新規フタロシアニン誘導体とフラーレンの共結晶が安定な多孔質分子結晶を構築することを報告している(図2c7)。このように,多孔質分子結晶を構築するいくつかの分子が見出されており,筆者らが知る限り2022年時点でその数は10個ほどである。それらはいずれも偶然の産物であり,分子構造は千差万別である。多孔質分子結晶では分子間の結合が弱いために通常は100°Cほどの加熱で孔が崩壊してしまうが,それでも従来の包摂結晶と比べれば非常に安定な多孔質結晶であると言える。

Zeolite 39(4): 121-128 (2022)

図2. これまでに報告されている多孔質分子結晶を構築する分子の例

これらの材料の機能的な特徴として,高いプロセス性が挙げられる。多孔質分子結晶は多くの有機溶媒に容易に溶解し,溶媒が蒸発することで析出する結晶粉末はそのまま多孔質結晶となる。通常の分子結晶と同様に,この溶解・析出プロセスは何度でも繰り返すことができる。また,一部の分子は昇華させることもできる。ただし,いずれの結晶も熱的・化学的な安定性が十分ではなく,実用的な展開は見られなかった。

4. 耐熱性と自己修復性を併せもつ多孔質分子結晶

筆者らは2018年に,高い熱安定性と自己修復性を兼ね備えた多孔質分子結晶を見出した8)。筆者らは,多孔質結晶とは全く異なる研究目標のもとで三つのビピリジルベンゼンを導入したメシチレン分子,1,3,5-trimethyl-2,4,6-tris (3,5-dipyrid-4-ylphenyl) benzene (Py6Mes)を新規に合成した(図3a)。この分子はD3h対称の構造をもち,立体的にかさ高い。研究を進めている途中でPy6Mesをアセトニトリル中で結晶化したところ,偶然にもその結晶が多孔質であることを見出した。この多孔質分子結晶(A molecular crystal of Py6Mes with open pores, Pyopen)には結晶c軸方向に1次元の連続した孔が空いている(図3b)。Pyopen内部において,Py6MesはC–H···NおよびC–H···πという弱い相互作用によって凝集していた。合成直後のPyopenの孔の中には結晶化溶媒分子が含まれているが,それらの溶媒分子と孔壁面との相互作用は弱く,溶媒は室温で容易に脱離する。その結果得られる孔の空いた多孔質結晶Pyopenは極めて安定で,202°Cの加熱にも耐える。これは,多孔質分子結晶として驚異的である。

Zeolite 39(4): 121-128 (2022)

図3. (a) Py6Mesの分子構造,(b) Pyopenの結晶構造,(c) Pyopenの結晶構造相転移におけるエネルギーダイアグラム

Pyopenは202°C以上で加熱することで孔が閉じた構造(A molecular crystal of Py6Mes with closed pores, Pyclose)へと転移する。Pycloseは熱力学的に最安定なパッキング構造であり,加熱を止めて室温へと冷却してもその構造は維持される。一方で興味深いことに,Pycloseは自己修復性を有する。Pycloseを室温でアセトニトリルの蒸気に晒したところ,数時間ほどで元のPyopenへと戻っていった。その結果得られたPyopenは変わりなく安定であり,脱溶媒によって孔の中のアセトニトリル分子を取り除いたあともその結晶骨格を維持する。Pycloseの内部へとアセトニトリル分子が貫入していき,孔を穿っているのだと考えられる。分子間の結合力が弱く分子の運動性が比較的大きい,という分子性結晶の特色がよく表れている。なお,このプロセスは溶解・再結晶プロセスとは異なる。有機溶媒の蒸気に粉体を晒すプロセスでは,ときどき溶媒蒸気が凝集して作られる微小な液滴によって溶解・再結晶が起きることがある。この可能性を排除するために,グラインドによって作成したアモルファスのPy6Mes粉末にアセトニトリル蒸気を晒す実験を行った。もし溶解・再結晶プロセスが起こっているのであれば,こちらの系においてもPyopenが得られるはずである。しかし,実際に得られたのは全く異なるパッキング構造をもつ結晶であった。このことは,自己修復プロセスがアセトニトリル分子の貫入で起こっていることを示すとともに,自己修復を実現するためには始状態におけるPy6Mesの分子配置が重要であることを意味する。

一般に,安定性と構造の可逆性はトレードオフの関係にある。この観点からすると,Pyopenの安定性と自己修復性は極めて興味深い。一連の結晶構造変化を熱力学的に解析したところ,PyopenからPycloseへの構造転移に必要な活性化エネルギーは320 kJ/molと大きく,安定性を十分に説明できる値であった。PycloseからPyopenへと自己修復する過程での活性化障壁を測定することは困難であったが,室温において数時間ほどで完了するプロセスであることから,おおよそ100 kJ/mol以下であると考えられる。すなわち,Pyopenは孔が壊れるプロセスにおいて活性化障壁が大きく,孔が修復するプロセスでは活性化障壁が小さい,という非常に都合のよい特性をもつ材料だと言える(図3c)。なぜ結晶相転移における活性化障壁が大きく変化するのか,その詳細なメカニズムはまだ明らかになっていないが,今後の多孔質結晶構築において重要な知見が含まれていると期待できる。

5. 多孔質分子結晶の構築を誘起する疎溶媒効果

前述したように,現在知られている多孔質分子結晶はいずれも偶然から見出されたものである。なぜそれらの分子が多孔質結晶を構築するのか,あるいは密なパッキングをとらないのか,という基礎的な問いに対する答えは見つかっていなかった。ごく最近,筆者らはPyopenをモデル材料としてこの基礎的な問いに対する知見を見出した9)

Py6Mesを様々な有機溶媒中で結晶化したところ,Pyopenと同形の多孔質結晶が得られる場合と,孔が空いていない包摂結晶多形が得られる場合があった。これらの結晶多形と結晶化溶媒の相関について様々な物理的・化学的側面について調査したところ,ハンセン溶解度パラメーターによってよく説明できることを見出した。ハンセン溶解度パラメーターとは,高分子の溶解度を半経験的に評価するための三つの値の組である。それぞれの値は,水素結合のエネルギー(δH),双極子相互作用のエネルギー(δP),分散力によるエネルギー(δD)を表しており,高分子や溶媒はδH,δP,δDを軸とする三次元の空間(ハンセン空間)の中における点として表現される。各種高分子,有機溶媒について三つの値が報告されており,ハンセン空間における点の間隔が近い材料の組み合わせほど親和性が高い・溶解度が高いことが知られている。

先程の結晶化に用いた溶媒のハンセンパラメーターを調べたところ,それらのハンセン空間における分布と結晶多形挙動がよい相関を示した。Py6Mesと近い位置にある溶媒は孔の空いていない包摂結晶を,Py6Mesから離れた位置にある溶媒は孔の空いた多孔質結晶を与えていた。その傾向は絶対的な距離に依存しているわけではなく,特にδD軸方向の位置の離れ具合によく相関していた。つまり,Py6Mesが分散力的に親和性の低い溶媒中で多孔質結晶を形成することを意味する。

各種溶媒において得られた結晶多形それぞれの単結晶構造から,より詳細な溶質–溶媒相互作用に関する知見が得られた。孔の空いていない包摂結晶において,結晶内部の溶媒分子はあまり熱振動しておらず,Py6Mesと多数の相互作用を形成して強く結びついていた。このとき,Py6Mes同士の相互作用はあまり見られなかった。また,これらの溶媒分子の脱離には大きな熱エネルギー(100°Cほどでの加熱)が必要であった。一方,孔の開いている多孔質結晶では,孔内部に取り込まれている溶媒分子が激しく運動しており,原子の位置を定めることができなかった。このとき,Py6Mes同士は多点で積極的に相互作用していた。

以上の結晶構造およびハンセン空間における知見をまとめると,以下のような描像で多孔質結晶が形作られていると考えられる。

  1. Py6Mesは分散力的に親和性の低い溶媒中では多孔質結晶を構築する。
  2. これらの溶媒中において,Py6Mesは溶媒分子とほとんど相互作用していない。
  3. 代わりに,Py6Mes同士の相互作用を最大化するようにパッキングする。
  4. そのパッキング構造はしかし,溶媒分子を含む多孔質構造である。

すなわち,孔の中に溶媒分子を取り込む多孔質結晶構造が,実は疎溶媒的な相互作用の結果で構築されていたのである。一方で,分散力的にPy6Mesと相互作用できる溶媒分子は結晶パッキングの中に入り込み,孔の空いていない密な構造を与えていた。この知見の一般性を確かめるためにPy6Mesのピリジン環の代わりにベンゼン環を導入した1,3,5-trimethyl-2,4,6-tris(3,5-diphenylphenyl)benzene(Ph6Mes)でも結晶多形の探索を行ったところ,同様の疎溶媒効果が確認された。

6. ハイドロクロミック多孔質分子結晶

これまでの多孔質分子結晶に関する研究は主に気体吸着の観点で進められており,それ以外の機能性についてはほとんど開拓が進んでいない。これは,多孔質分子結晶の安定性が依然として低いこと(ごく一部の例外を除き100°Cほどの加熱にも耐えられない)が一因であるが,それと同時に分子の誘導体化ができない点も研究を難しくしている。多孔質分子性結晶は構成分子の変化に極めて敏感で,僅かに分子構造が変化した誘導体であっても孔が空いていない結晶を与えることがほとんどである。例えば筆者らはPy6Mesにおけるピリジン環のN原子の位置を変えた誘導体を合成しているが,その結晶は孔が空いていない包摂結晶であった。このように,多孔質分子結晶は誘導体化が極めて難しいため,所望の機能性を意図的に付与することができず,気体吸着や熱安定性以上の機能をもたせることが極めて困難であった。

このような背景の中,筆者らは偶然からクロミック特性を示す多孔質結晶を新たに見出している10)。電子機能性デンドリマーの集合化挙動を探索していたところ,コアにジベンゾフェナジン,側鎖として第2世代カルバゾールデンドロンを有する新規なデンドリマー分子3,11-bis(9′H-[9,3′:6′,9″-tercarbazol]-9′-yl)dibenzo[a,j]phenazine(G2DBPHZ)が,多孔質分子結晶(van der Waals porous molecular crystal, VPC-1)を構築した(図4a)。結晶は繊維質で単結晶構造が得られなかったものの,粉末X線回折および窒素吸着等温線の結果から多孔質分子結晶であることが明らかとなった。

Zeolite 39(4): 121-128 (2022)

図4. (a) G2DBPHZの分子構造,(b) VPC-1red, VPC-1yellowの外観

興味深いことに,この多孔質結晶は周囲の湿度によってその色を赤色(高湿度時)から黄色(低湿度時)の範囲で変化させる(図4b)。このため,VPC-1は夏場に赤色,冬場には黄色と,その色を季節によって変化させる。以後,それぞれの結晶をVPC-1redVPC-1yellowと呼ぶ。この結晶の色変化の詳細なメカニズムを,湿度依存粉末XRD,拡散反射,IR,H2O吸着によって解析した。まず,VPC-1redVPC-1yellowの粉末XRDパターンには明確な違いが見られなかった。これは,結晶のパッキング様式に大きな変化がないことを意味する。一方で,いくつかのピーク強度が変化していた。これは,分子の一部の運動性が変化していることを意味する。拡散反射スペクトルでは,湿度に依存したシグモイド状の相転移的な色変化が見られた。25°Cにおけるしきい値は50%RHほどであった。IRパターンからは,水に由来するバンドの強度がシグモイド状に変化する挙動が見られた。高湿度条件では多くの水を取り込んでおり,低湿度条件ではほとんど水を取り込んでいなかった。H2Oの吸着等温曲線でも同様のシグモイド状のプロファイルが確認された。以上の結果から,VPC-1はしきい値以上の湿度で水分子を吸着し,それに伴い色が変化していることが明らかとなった。

色の変化はソルバトクロミズムと同様の原理で起こっている。いくつかの貧溶媒(H2O, MeOH, iPA, hexane)にVPC-1粉末を浸したところ,各々で程度の異なる色変化が観察された。拡散反射と発光スペクトルによって測定したバンドギャップの大きさは溶媒の誘電率とよい相関を示した。これは,ソルバトクロミズムに特徴的な傾向である。すなわち,溶質の周囲の溶媒分子の極性によって溶質分子の光励起状態が安定化され,バンドギャップが狭まる。湿潤な大気下では,孔の中に取り込まれたH2O分子によってバンドギャップが狭まり,色が黄色から赤へと変化している。

7. おわりに

ここまで,弱い相互作用によって形作られる多孔質分子結晶の歴史と分子戦略,筆者らが展開してきた研究について紹介してきた。孔という構造に注目したとき,多孔質分子結晶と従来の多孔質材料には明確な違いが見られない一方,結合の弱さという本質的な違いが様々な化学的・物理的な物性に影響を与えており,従来の多孔質材料とは全く異なる物性を示すことがある。ただし,当該分野には依然として多くの課題が残されている。例えば,多孔質構造を得るための分子設計戦略が確立されていない。筆者らを含めていくつかのグループがこの課題に取り組んでいるが,未だに明確な指針の発見には至っていない。今後,計算科学の発展などによって新たな知見がもたらされることを期待している。

本解説では紹介しなかったが,‘intrinsic porosity’と呼ばれる孔をもつ分子結晶材料も大きな注目を集めている11)。環状分子の孔がつながることで構築される多孔質分子結晶であり,分子同士の隙間に孔ができる従来の多孔質結晶(extrinsic porosity)とは区別されている。環状分子を集積すると多孔質結晶が得られることは自明なように思われるが,実はそのような結晶化は長い間困難であった。これまでに報告されているあらゆる環状分子は,結晶化する際にその孔がつながらないようにパッキングするため,多孔質構造が得られなかったのである。A. I. Cooper教授らは,かご状の構造をもった環状分子を用いることで,この困難を克服することに初めて成功した。このかご状分子は多様な誘導体化が可能であり,いずれにおいても多孔質結晶が得られている。戦略的な分子設計が可能な点でextrinsicな多孔質結晶とは一線を画しており,注目に値する。

以上のように,多孔質分子結晶はまさに今勃興しつつある材料分野であり,今後,さらなる基礎化学的な理解の深化と発展が期待される。弱い相互作用を用いて分子のパッキング様式を制御しようという試みは結晶工学全般に通じる一般性の高い目標であり,孔という構造に囚われない価値をもつと確信している。

謝辞Acknowledgments

本稿に記した筆者らの研究成果は,以下の共同研究者らの尽力により実現できたものである。また,科学研究費補助金(19K15334)の援助によってなされたものであり,ここに感謝する。

共同研究者:相田卓三教授,佐藤弘志博士,松田亮太郎教授,堀彰宏博士,重田育照教授,武田洋平准教授,南方聖司教授,山元公寿教授,アルブレヒト建准教授,M.C.R. Delgado教授,所裕子教授,大越慎一教授,池本夕佳博士,佐藤寛泰博士

This page was created on 2022-10-04T10:04:09.928+09:00
This page was last modified on


このサイトは(株)国際文献社によって運用されています。