ナノポーラス有機シリカを利用したレーザー脱離/イオン化質量分析Nanoporous Organosilica Materials for Laser Desorption/Ionization Mass Spectrometry
株式会社豊田中央研究所Toyota Central R&D Laboratories, Inc. ◇ 〒480–1192 愛知県長久手市横道41番地の1 ◇ 住所英文
架橋型有機シラン化合物の加水分解・重縮合によって生成する有機シリカは,骨格内に高密度に導入・固定される有機基の特性によって様々な機能を発現する。特に,ナノポーラス有機シリカには,骨格が示す物理的・化学的特性のみならず,ポーラス構造に取り込まれるゲスト分子との相互作用による新機能の開拓が期待される。我々は最近,ナノポーラス有機シリカの新しい応用として,レーザー脱離/イオン化質量分析(LDI-MS)用基板としての機能を見出し,その性能向上に取り組んできた。紫外線を吸収可能なナノポーラス有機シリカにイオン化剤を含むサンプルを担持させ,紫外線レーザーを照射するのみで,分析対象物は分子イオンとして脱離・気化する。このため,質量分析に一般的に用いられるマトリクス支援LDI(MALDI)法よりも簡便・高速で,マトリクス由来の問題を回避可能な分析手法の構築が期待される。本稿では,ナノインプリント法やエステル交換等の新しい手法の適用によるナノポーラス有機シリカ薄膜および微粒子の合成と,それらを用いたLDI-MS測定結果を紹介し,LDI支援材料としての有機シリカの特徴について述べる。
Organosilica materials prepared by hydrolysis and polycondensation of bridged organosilane precursors exhibit various functions depending on the characteristics of organic groups that are covalently fixed at high density in the framework. In particular, nanoporous organosilicas are promising for developing new applications by utilizing not only the physical and chemical properties of the organosilica framework, but also the interaction with guest molecules incorporated into the porous structure. As a novel application of nanoporous organosilica materials, we have recently found their significant behavior as an analytical substrate for laser desorption/ionization mass spectrometry (LDI-MS). Generation of molecular ions can be achieved simply by UV laser irradiation of analytes supported on UV-absorbing nanoporous organosilica substrates; therefore, it is expected to establish an analysis method that is simpler than the matrix-assisted LDI (MALDI) method generally used for mass spectrometry, and that can avoid matrix-derived undesired events. This paper introduces the synthesis of nanoporous organosilica thin films and fine particles by applying unique approaches such as nanoimprinting and transesterification, and the results of LDI-MS measurements using the nanostructured substrates, and describes the characteristics of organosilicas as the LDI-assisting substrate.
キーワード:有機シリカ;ナノ構造;ナノインプリント法;レーザー脱離/イオン化;質量分析
Key words: organosilica; nanostructure; nanoimprinting; laser desorption/ionization; mass spectrometry
© 2022 一般社団法人日本ゼオライト学会© 2022 Japan Zeolite Association
炭素–ケイ素間の安定な共有結合を利用して構築される有機シリカハイブリッド材料は,骨格原料の多様化や,異種原料の複合化,合成方法の工夫等によって,様々な有機–無機複合構造を形成でき,発現する機能も多岐にわたっている1,2)。有機基に対してトリアルコキシシリル基を2つ以上導入した架橋型有機シラン化合物(X[Si(OR)3]n;X:有機基,R:アルキル基,n≥2)は,加水分解・重縮合によって共有結合性有機シリカネットワークを形成し,その骨格内部に高密度に有機基Xを導入できるため,シリカ骨格由来の構造安定性と有機基由来の機能性を両立できる3–5)。さらに界面活性剤等のテンプレートの利用や重縮合条件の選択によってナノポーラス構造を有する薄膜や微粒子を合成でき,マルチスケールにおけるモルホロジーの制御も可能である3–5)。ナノポーラス構造を有する有機シリカは,骨格が示す物理的・化学的特性に加えて,ポーラス構造の内部に取り込まれるゲスト分子・材料と相互作用し,エネルギーや電子を授受できるため,新しい機能の開拓に適した材料である。これまでの研究で,ナノポーラス有機シリカの骨格内に種々の光・電子活性な有機基を高密度に導入することで,触媒6,7)や光捕集アンテナ8,9),発光材料10,11),光電変換素子12,13)等への応用の可能性が示されている。
我々は最近,ナノポーラス有機シリカがレーザー脱離/イオン化質量分析(Laser Desorption/Ionization Mass Spectrometry, LDI-MS)におけるLDI支援基板として機能することを見出した14)。従来の研究において,有機シリカが固体状態において示す優れた光学特性や,ナノポーラス有機シリカで見られる明瞭なホスト–ゲスト相互作用について知見を得ていたことが,LDI-MS用基板としての機能発現を検討する大きなきっかけとなった。LDI-MSとしてはマトリクス支援LDI(Matrix-Assisted LDI, MALDI)を用いる方法が広く普及している(図1(a))15,16)。レーザー光照射によって気化・イオン化しやすい有機低分子化合物をマトリクスとして分析対象物と予め混合し,その混合物にレーザー光を照射することで対象物の脱離/イオン化を促進する手法である。レーザー光による試料のダメージが小さくソフトなイオン化が実現できるため,適用できる分子種・分子量の範囲が広く,材料分析や生体分子検出,さらには微生物同定にも用いられている15–17)。その一方で,マトリクス由来の成分によってスペクトルが複雑化する,マトリクス/分析対象物からなる共結晶のできによって結果が大きく影響を受ける等の課題もある。そこで,有機低分子マトリクスを用いず,レーザー光を吸収可能な固体材料によってLDIを支援する試みが行われてきた(図1(b))18,19)。レーザー光の吸収によって固体中に発生した熱エネルギーが表面に吸着した分析対象物に移動することで脱離/イオン化が生じると考えられている。レーザー光の吸収にはシリコンや金属,酸化物半導体,カーボン材料等の無機材料が主に用いられており,表面を有効活用するため,ナノ凹凸基板やナノ粒子,ナノファイバー等で性能が調べられている18,19)。この用途では,レーザー光照射に対して化学的に安定で,揮発成分を生じない固体基板が求められるため,有機系材料はほとんど検討されてこなかった。ここで,架橋型有機シランから合成される有機シリカハイブリッド材料であれば,構造安定性が高く,高密度の有機基の導入によって光学特性を制御でき,また,ナノ構造の付与にも適している。さらに,無機材料に比べて熱伝導率が低いと予想され,熱エネルギーの散逸抑制も期待できることから,LDI用の新しい固体基板として有望と考えた。
本稿では,ナノポーラス有機シリカによるLDI支援特性の発現について,蒸発誘起自己組織化(Evaporation-Induced Self-Assembly, EISA)法によって作製されるナノポーラス有機シリカ薄膜を用いた初期の検討から,性能向上に向けた材料設計・ナノ構造制御に至る取り組みを解説し,現状把握できている特徴や課題,今後の展望について述べる。
LDI-MSに用いられる波長337 nmの紫外線を吸収可能な有機シリカ薄膜を作製するため,トリフェニルアミン(TPA)を架橋有機基とする前駆体を用いた14)。ナノポーラス有機シリカ薄膜の作製には一般的な手法であるEISA法を適用した(図2(a))。TPA誘導体(TPA-Si)とナノ細孔形成のテンプレートとなる両親媒性ブロックコポリマーを含む塩酸酸性ゾル溶液を調製し,スピンコート法によってナノ複合構造を有する薄膜を作製した。ブロックコポリマーテンプレートを溶媒抽出によって除去した後,表面の開口率を向上させるため,反応性イオンエッチング(RIE)処理により表面を10 nm程度削ることで,直径20–30 nmの球状細孔が表面に露出した厚さ100–110 nmのナノポーラス有機シリカ薄膜が得られた(図2(a))。
TPA–シリカ骨格からなるナノポーラス薄膜に対し,イオン化剤としてトリフルオロ酢酸を含む生体関連分子のサンプル溶液を滴下した後,LDI-MS測定を行った。その結果,β-シクロデキストリンや種々のペプチド分子が検出され,ナノポーラス有機シリカ薄膜がLDI支援性能を示すことが初めて見出された14)。図2(b)および(c)に,β-シクロデキストリン(5 pmol,分子量:1135.0)およびアンジオテンシンⅠ(1 pmol,分子量:1296.5)を検出した際のLDIマススペクトルを示す。β-シクロデキストリンはナトリウム付加体として検出された。アンジオテンシンⅠではプロトン付加体のピークが主で,ナトリウム付加体のピークも見られた。いずれの場合もフラグメントに由来するシグナルは観察されず,有機シリカ表面でソフトなイオン化が実現されていると考えられる。図2(d)には,基板としてナノ構造を持たない平滑なTPA–シリカ膜を用い,図2(c)と同条件でアンジオテンシンⅠを測定した際のスペクトルを示している。この結果から,ナノ構造の導入がシグナルの増強に大きく寄与していることがわかる。基板にサンプル溶液を滴下するのみですぐに測定に取り掛かれるという簡便さは,分析技術として有用である。その一方で,このナノポーラス薄膜を用いた検討では,分子量2000以上のペプチドは検出されなかった。また,1 pmolのアンジオテンシンⅠ検出時のシグナルのS/N比は20–40程度であり,検出限界は0.6 pmolであった。性能としては,無機微粒子を用いた初期のLDIに関する報告例と同程度であるが,近年では無機系固体材料を用いたLDI-MSの検出限界は1桁以上改善されてきている18,19)。EISA法で作製した本薄膜では,ナノポーラス構造がランダムに形成されるためシグナルがブロード化する傾向にあり,加えて,薄膜中に微量に残留するテンプレート分子のマススペクトルへの影響,特にノイズの増加が懸念される。したがって,性能向上に向けた材料設計およびナノポーラス薄膜作製のための新たな手法が必要となった。
LDI性能向上のため,有機シリカ骨格の材料設計およびナノポーラス薄膜の作製手法を大きく見直した。骨格内に高密度に導入する有機基として,ナフタルイミド(NI)を選択した。LDI-MSに標準的に用いられるレーザーの波長は337あるいは355 nmであり,これはNIの吸収極大波長(ジクロロメタン中,338および353 nm)とよく一致している。NIは紫外線照射に対する化学的安定性も高い。さらに,イミド基や芳香環上への置換基導入等,化学修飾の自由度が高いことも新しい材料に展開する上で重要であった。
界面活性剤のような分子性テンプレートを用いないナノポーラス薄膜基板の作製法として,NI誘導型前駆体(NI-Si)を骨格原料とする薄膜へのナノインプリント法の適用に着手した(図3)20)。ナノインプリント法は主に半導体の微細パターン転写のために発展してきた表面加工技術で21,22),表面ナノ構造を有するモールドを対象物に密着させて型を取る方法である。一般には熱可塑性樹脂や光硬化性樹脂等,柔軟な前駆フィルムを形成できる材料に構造転写される。ゾル–ゲル反応によって得られる薄膜に用いた例もあるが23,24),かさ高く剛直な機能性芳香族有機基を高密度に含有する有機シリカへの適用例はそれまでになく,構造転写のための条件検討が必要であった。
ゾル–ゲル薄膜は,アルコールを主溶媒とする酸性ゾル溶液を数時間反応させ,前駆体の加水分解および重縮合が一定程度進行した状態のゾル溶液を基板にコートすることで得られる。しかし,これら通常用いられる条件では製膜直後の膜の硬化反応が速く,モールドからNI–シリカ薄膜への構造転写ができなかった。29Si NMRによってゾル溶液の反応状態を追跡しながら製膜条件を検討した結果,ゾル溶液の反応を室温で1時間程度に抑え,前駆体の加水分解は十分に進行しているが重縮合があまり進行していない状態でスピンコートすることで,ナノインプリント法による構造転写を達成しながら,その後の硬化反応によって安定性の高い薄膜が得られることがわかった。これにより,直径150 nm,深さ240 nm程度の規則的な垂直配向ナノポーラス構造を有するNI–シリカナノインプリント薄膜の作製に成功した(図3)20)。薄膜の硬化による体積収縮は5%程度であり,モールド表面のナノピラーアレイの反転構造をNI–シリカ薄膜に忠実に再現できた。体積収縮はヒドロキシシリル基の脱水縮合にともなって主に膜の厚み方向に生じるが,有機基の占める割合が大きい本薄膜ではその影響が小さかったと考えられる。
規則的なナノポーラス構造を有するNI–シリカナノインプリント薄膜は優れたLDI支援性能を示した20)。親水性分子の強い吸着を抑えるため,表面の水酸基をトリメチルシリル基で保護した後,種々の化合物の水溶液サンプルを表面に塗布してLDI-MS測定を行った。図4にアンジオテンシンⅠ(1 pmol),薬剤の一種であるベラパミル(1 pmol,分子量:454.6)およびポリエチレングリコールジメチルエーテル(PEG1000,5 pmol,平均分子量:1000)の測定結果を示す。いずれにおいても強くシャープなシグナルが観察された。アンジオテンシンⅠ(1 pmol)測定時のS/N比は310であり(図4a),図2(c)からの大幅な改善が見られた。検出限界もほぼ1桁低い75 fmolとなった。ベラパミルのイオン化効率は特に高く,S/N比は595に達した(図4b)。PEG1000においては,21量体のピークを中心として,オキシエチレンユニットに相当する周期44のシグナル群が観察され,分子量分布を反映したスペクトルが得られた(図4c)。ナノインプリント法の適用によって分子性テンプレートを使用せずにナノ構造の規則性を高めたことで,シグナル強度とS/N比を大幅に改善できたと考えられる。また,TPA–シリカ薄膜と同様,フラグメンテーションが起きにくいという特徴も見られ,有機シリカ基板がソフトなイオン化に適している可能性が示された。高分子量サンプルの検出についても検討した結果,分子量5807のインシュリンの検出に成功し,適用可能な分子量範囲も拡張できた。
NI–シリカ骨格については光学特性および熱特性の測定を行っている20)。NI–シリカ薄膜の波長355 nmにおける吸収係数は78000 cm−1であり,300 nm程度の厚みがあれば照射光の90%以上を吸収できることがわかった。また,熱伝導率は0.54 W/(m·K)程度であり,酸化物半導体よりも1桁,金属よりも2桁以上小さい値であった。これらの結果から,本有機シリカは効率的にレーザー光を吸収し,発生した熱エネルギーを散逸させることなく分析対象物に移動させることで,良好なLDI支援性能を発現していると考えられる。
LDI支援材料としての微粒子には,サンプルと混合し塗布するのみで,粒子形状・サイズや表面官能基・ナノ構造を活用したLDI-MSを測定できる利点があり,金属ナノ粒子,半導体ナノ粒子,ナノカーボン等,多種多様な材料の性能が調べられている18,19,25)。LDI支援性能の向上は,粒子の組成や製法の工夫,あるいは球状粒子の粒径制御によって試みられてきた。一方,組成は同じで形状やナノ構造が大きく異なる微粒子の合成は,白金や金等の一部の例に限られており26,27),微粒子のモルホロジーがLDI挙動に与える影響はあまり明確になっていない。有機シリカを微粒子化してLDI-MSに用いる場合,異なるナノ構造を有する微粒子を同一の有機シリカ骨格から合成できれば,LDI支援性能の比較によってナノ構造の影響を明らかにできる可能性がある。しかし,紫外線を効率的に吸収可能なかさ高いπ共役系を含む有機シラン原料は,微粒子合成に用いられる水系媒体に均一に溶解・分散しないため,異なるナノ構造を有する微粒子を作り分けることはこれまで困難であった。
そこで,疎水的な有機基を取り囲むように4つのトリアルコキシシリル基を導入可能なNIダイマー構造を有する前駆体を新たに設計・合成し,エステル交換によって水への分散性・溶解性を調整・向上することで,同一原料から多様な有機シリカ微粒子を合成する試みを行った。その結果,ダイマー型前駆体NI-d-Siを単一骨格原料として,皺状凹凸構造を有する微粒子(WP-1),球状微粒子(SP-1, SP-2),およびメソポーラス微粒子(MP-1)の合成に成功した(図5)28)。WP-1は,2-メトキシエタノールでエステル交換した前駆体の水系分散液から得られ,表面に厚さ50–100 nm,高さ100–500 nmの襞構造のある薄膜状の有機シリカからなる粒子であった。分散液中に生じている前駆体を含む液滴表面で重縮合反応が進行することで中空の有機シリカが生成した後,それが収縮することで皺状凹凸構造が形成されると考えている。一方,2-[2-メトキシ(エトキシ)]エタノールでエステル交換した前駆体は水に均一に溶解するため,適当な条件で反応させることで球状微粒子,界面活性剤共存下で重縮合させることでメソポーラス微粒子が生成した。
同じNI–シリカ骨格を有するこれらの微粒子を用いてアンジオテンシンⅠに対するLDI-MS測定を行った結果,WP-1が良好なLDI支援性能を示した28)。図6に10 µgのWP-1に対して5 pmolのアンジオテンシンⅠを担持させたサンプルで得られたマススペクトルを示す。ナノインプリント薄膜(図4a)に比べるとシグナル強度は弱かったものの,プロトン付加体に相当するシャープなピークが検出され,同位体パターン(図6,挿入図)も明確であった。一方,他の微粒子では効率的なLDI支援性能が発現しなかった。表1に各微粒子の構造特性およびアンジオテンシンⅠ検出時の相対シグナル強度を示す。球状微粒子(SP-1, SP-2)では表面積が小さいこと,また,光の吸収が表層の粒子に限られ,深い位置のサンプルが分析に利用されないことで十分な性能が発現しなかったと考えられる。MP-1は他の微粒子よりも圧倒的に大きな表面積を有しており,有機シリカ骨格からアンジオテンシンⅠへ熱エネルギーを伝達しやすいと考えられるにも関わらず,シグナル強度は最も小さかった。アンジオテンシンⅠの分子サイズ(約3 nm)に近い直径4.9 nmのメソポーラス構造による分子トラップ効果によって,分析対象物の脱離・気化が阻害されていると思われる。これらに対し,WP-1では,骨格が薄膜で形成された中空粒子であるため光の侵入が深いこと,そして,表面の襞からなるナノ凹凸が分子サイズに比べて十分に大きくオープンポア構造であるため,分子の脱離・気化が阻害されず良好なLDI支援性能の発現につながったと考えられる。
微粒子 | 粒子直径[µm] | BET比表面積[m2/g] | 細孔直径[nm] | アンジオテンシンⅠの相対シグナル強度b |
---|---|---|---|---|
WP-1 | 1.0–3.0a | 21 | — | 100 |
SP-1 | 0.8–1.5 | 5 | — | 9 |
SP-2 | 0.2–0.6 | 12 | — | 4 |
MP-1 | 1.0–2.0a | 919 | 4.9 | 3 |
a一次粒子の直径 b微粒子10 µgに対してアンジオテンシンⅠを5 pmol担持して測定 |
以上より,ナノポーラス構造を有する有機シリカによって効率的にLDIを促進するには,骨格の光・熱特性の制御のみならず,骨格からサンプルへのエネルギー伝達が起こりやすく,さらにはエネルギーを受け取った分子が速やかに脱離・気化できる形状・サイズのナノ構造を設計することが重要と言える。
ナノポーラス有機シリカ材料を用いたLDI-MSに関する我々の取り組みを紹介した。有機シリカは,骨格の安定性,化学修飾に対する高い自由度,ナノ構造の多様性,低熱伝導性等,LDI支援基板の構築に適した特徴・特性を多く備えており,ポテンシャルの高い材料である。ただし現状では,分子量が10000を超える分子の検出が難しいことや,生体由来サンプルの分析のためには検出限界をさらに下げる必要がある等,課題も多い。LDI-MSへの応用においては,今回取り上げた,有機シリカの骨格組成およびナノ構造モルホロジーの効果に加え,基材表面と吸着分子との相互作用が性能に顕著に影響すると考えられる。その点では,骨格表面の設計・化学修飾が容易であることも有機シリカの強みになる。現在,表面修飾の効果に関する詳細な検討を進めており29),有機シリカハイブリッド材料の特徴である化学構造やモルホロジーの多様性と表面特性制御とを組み合わせることで,大幅な性能向上によるターゲット分子の簡易・高速検出や臨床診断への応用等,分析ツールとしての発展が期待される。
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