日本ゼオライト学会 刊行物 Publication of Japan Zeolite Association

ISSN: 0918–7774
一般社団法人日本ゼオライト学会 Japan Zeolite Association
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Zeolite 38(4): 119-122 (2021)
doi:10.20731/zeoraito.38.4.119

ゼオゼオゼオゼオ

酸素PSA用LiLSX吸着剤の開発企業での研究開発紹介

東ソー株式会社

発行日:2021年10月15日Published: October 15, 2021
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2020年の第36回ゼオライト研究発表会において,標題のタイトルでの特別講演の機会をいただいた1)。本稿では,企業での研究開発の一例として,企業の研究と大学の研究の違い,当時の様子などを含めて改めて紹介する。なお本研究開発2)は,研究部門,製造部門,販売部門が一体となり,約4年間という短い期間で初期の研究からプラント建設・工業生産まで至ったものである。

1. 大学と企業の研究の違い

ゼオライトに関する大学での研究と企業での研究開発との違いについて,思うところを記す。大学でも,理学部と工学部,化学と応用化学と化学工学で研究の仕方は,だいぶ異なると思う。但し,大学と企業の研究の違いの方が大きいように感じる。

技術を基にしたイノベーションを実現するとき,研究開発から事業化までのプロセスにおいて乗り越えなければならない関門として,魔の川(Devil River),死の谷(Valley of Death),ダーウィンの海(Darwinian Sea)という言葉がよく用いられる。

魔の川とは,基礎研究から製品化を目指す開発段階へ進めるかどうかの関門のこと,死の谷とは,開発段階から事業化段階へ進めるかどうかの関門のこと,ダーウィンの海とは,市場に出された製品やサービスが,競合他社との競争や顧客の反応にもまれて自然淘汰を生き残れるかどうかの関門とされている。

これらの3つの関門に対して,大学での研究と企業での研究開発の範囲を図1に図示する。大学では,事業化,産業化のことを想定しつつも,一般には論文や学会発表が成果の形となることが多いため,魔の川,つまり基礎研究から開発段階へ進むことを想定とした研究が多いように感じる。一方,企業での研究開発は,魔の川や死の谷が主な対象ではあるが,事業化を目指した死の谷を対象としたものが多い。

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図1. 研究開発におけるイノベーションのプロセス

酸素PSA用LiLSX吸着剤については,LiLSX (X型ゼオライト)粉末が(分離機構が解析されていなかったものの)良好な吸着剤の基剤であるという魔の川は,1964年の他社特許3)において,すでに渡られていたと考えられる。但し,粉末のままでは圧力損失が大きいため吸着塔に充填される製品にはならず,またコストリーズナブルに量産できる技術もなかった。本研究開発は,製品設計や生産技術という死の谷を中心とした研究開発である。開発された製品はダーウィンの海を渡り,現在も国内外の多くの中・大規模酸素PSAプラントで継続的に採用されている。

2. 酸素PSA (Pressure Swing Adsorption圧力スイング吸着法)

酸素PSA法とは,ゼオライトの静的な吸着量差を利用して,空気から窒素を選択的に吸着して,酸素を製造する方法である。特に中小規模で高純度を必要としない用途において利用されている4)。具体的には,主に鉄鋼,パルプ・製紙業をはじめとする燃焼プラントにおける高効率(低CO2発生)・低NOx燃焼用の酸素製造に応用されており,エネルギーの高効率利用と環境保全の一翼を担っている。

3. 最適なイオン4–6)

前述のように,研究開発の当初から,LiLSX粉末が酸素PSA用吸着剤の基剤として,良好な性能を示すということは分かっていた。しかし,何故Liが良いかについては,明快な答えが報告されたことはなかった。単純に考えれば,主に四重極子モーメントの差を利用して窒素/酸素を吸着分離するならば,価数が大きくてイオン半径の小さい,つまり分極能の大きなイオンが良いことになる。それならば,酸素PSA用吸着剤として当時用いられていたイオンのCaよりもMgの方が良く,1価のLiはCaやMgより分極能が小さいので好ましくないことになる。これは実験結果と矛盾する。

そこで私たちの研究開発チームでは,吸着等温線の解析,および工学的な判断基準である分離係数と有効吸着量を詳細に比較整理した(図2)。その結果,Liが良好な性能を示す理由を明確化することができた。

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図2. N2·O2吸着特性(左:吸着量,右:分離係数).(Z:価数,r:イオン半径)

Liが良好な性能を示すのは,空気分離に用いられる常温大気圧付近において,窒素/酸素の分離に有利な適度な分極能を持つからである。高温・低圧ではCa,低温・高圧ではNaがLiに近づくが,Liがベストであることに変わりはない。

4. 最適なゼオライト構造4,5,7)

つぎにゼオライト構造である。汎用のX型ゼオライト(Si/Al2=2.5)に対して,LSX型ゼオライト(Si/Al2=2.0)の比較である。カチオン数の多くなるLSX型ゼオライトの方が良いことは直感的にも分かるし,既報データでも一部示されている3)。但し,LSX型ゼオライトの工業的な製法が確立できていない時点では,わざわざLSX型を研究開発のターゲットとするかどうかが判断の分かれ目になる。単純な考えでは,Li100%LSXには単位格子当たり96個のLiがあり,Li100%Xには単位格子当たり85個のLiがあるので,LSX型ではなくX型を96/85=1.13倍使用すれば,同程度のPSA性能にならないかということになる。

以上のようなことを背景に,Li交換率を変えた各種の(Li, Na)フォージャサイトの窒素・酸素の吸着等温線を評価し,構造解析によるイオンサイトとの比較を行った。その結果,Liフォージャサイトで吸着サイトとして機能するのは,4員環という小さい環に配位し,窒素の通り道であるスーパーケージの方へシフトした位置のサイトIII()のLiであることが分かった(図3,4)。またLi100%LSXにおいても,Li量の1/3のみがサイトIII()に位置することが分かった。

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図3. フォージャサイトの骨格構造とカチオンサイト

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図4. Liフォージャサイトのサイト(左:サイトIII(),右:サイトII)

LSX型とX型の比較においては,分離係数・有効吸着量はLi100%LSX>>Li100%Xであり,LiXの1.13倍量ではLiLSXを置換できないことが明確となった。これは,四重極子モーメントの作用だけでなく,分散力の作用というベースとなる作用があるので,Liが少ないときでも窒素・酸素をある程度は吸着するからである。

以上のことから,LiXではなく,LiLSXの生産技術の確立を目指す明確な意義・理由付けができた。

5. 最適な成形体8,9)

LiLSXが使用されるPSAプロセスでは,窒素の高い吸着選択性を生かして,吸着塔を小型化して酸素の生産性を高めるために短サイクル時間で運転されることが多い。短サイクル時間の運転では,ガス流速が速くなるため動的な吸着特性が重要な性能要素となる。工業的な吸着プロセスでは,ほとんどが吸着剤粒子内部の物質移動速度(吸着速度)が律速であり,吸着剤の小粒化がよく知られた吸着速度の改善方法である。しかし,吸着塔の圧力損失が大きくなってエネルギー消費量の増加を招くことがある。

圧力損失を変化させずに吸着速度を改善するには,吸着剤のマクロ細孔物性を変化させる方法があり,マクロ細孔物性が吸着速度に及ぼす影響が数値計算によって検討されている。しかしながらマクロ細孔物性と酸素PSA性能の関連性を実験的に検証した例はほとんどなかった。

ゼオライト成形体のマクロ孔は,ゼオライトの結晶径,バインダーの径・分量,添加剤の径・分量,水分量,成形圧力などと相関する。私たちの研究開発チームでは,これらを制御して,マクロ孔の大きなゼオライト成形体を作成した。実験的にマクロ孔のPSA性能向上の効果を確認し,それを吸着剤の製品へと結びつけた(図5)。

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図5. 酸素PSA性能への細孔直径の影響

6. 生産技術

生産技術は,製品をコストリーズナブルに大量生産する技術である。安価な原料を無駄なく使い,可能な限り既存設備を活用し,また,設備投資が必要な場合でも安価になるような視点で検討する。運転管理・工程分析も簡単であることが望ましい。このような生産技術には,ゼオライトのケミストリーの他にゼオライトのケミカルエンジニアリングの観点が大事になってくる。

LSXの合成は,既報3)では,高品質の製品を得るためには,最終混合における冷却,および過大な機械的エネルギー発生の回避が重要,と報告されていた。この2つのポイントは,工業的にゼオライトを合成することを極めて難しくする。

またLi–Naのイオン交換平衡10)において,Liは液相側に大きく偏っているため,高Li交換率のLSXを得るには,極めて高Li率の液が必要であった。

東ソーでは,生産技術を詳細に検討し,上記の課題を解決した。また,研究発表会において説明できなかった成形,乾燥,焼成,充填などの工程を含めて検討し,その組み合わせ方を含めて全体プロセスとしての最適化を図った。

以上により,経済合理的なコストでLiLSX吸着剤を製品化することができた。

7. 究極剤

研究開発当時,社内では究極剤という考え方がクローズアップされていた。研究開発した剤が究極剤でない場合は,競合他社がより優れた剤を開発するリスクが潜在的にあることになるからである。

酸素PSAは,地球上のどこでも同じ組成で常温・常圧の空気を原料としている。これは,車種などにより異なる場合がある自動車排ガス,プラント毎に異なる場合がある石油精製・石油化学と異なり非常にシンプルである。また,動的な要素よりも静的な要素が大きく,相互作用も物理現象であるため,極めて考え易い用途である。

但し,LiLSX粉末が究極剤かとなると,答えに窮する。イオン半径の小さいLiを如何に窒素の通り道となる多孔体の表面に多く配置できるかということが,考える鍵となる。勿論,Liは水を吸着するので,吸着剤として使用するためには,現実的な温度での脱水に対して十分な耐熱性が必要である。

研究開発当時,究極剤という証明は勿論できないがLiLSXがベストである可能性が極めて高いと判断した。当時から約20年経過しているが,論文ベースでもLiLSXを明確に超えるような吸着剤は報告されていない。今後もLiLSXがベストな剤であり続ける可能性が高いと考えられる。

一方,成形体として考えると,究極剤という考え方は更に難しくなる。ユーザーが吸着剤の充填,使用時の振動などにおいて,何処まで強度・耐摩耗性を求めるかに依存すると考えらえる。理論的には,現状の吸着剤(成形体)よりもマクロ的にポーラスにすれば,PSA性能が向上することが示唆されている11)。吸着剤(成形体)としては,必要な強度を付与させる技術が進展すれば,今後も改良がされる可能性があると考えらえる。

8. 最後に

COVID-19の治療において酸素療法が注目されている。そのため,一部の国では酸素不足となっていると聞く。酸素PSA法は,酸素不足解消の1つの方法として注目されている。疾病対策の一助となっているのであれば,開発者冥利に尽きる。

これからも,研究部門,製造部門,販売部門が一体となり,ゼオライトの技術開発を通して,社会に貢献していきたい。

引用文献References

1) 吉田 智,第36回ゼオライト研究発表会講演予稿集,2(2020).

2) 原田 敦,資源と素剤,116, 726(2000).

3) Union Carbide Corp, US3140933A (1964).

4) 吉田 智,森下 悟,ゼオライト,17, 149(2000).

5) 吉田 智,平野 茂,白倉義法,神岡邦和,原田 敦,東ソー研究報告,43, 51(1999).

6) 吉田 智,平野 茂,中野雅雄,化学工学論文集,30, 461(2004).

7) S. Yoshida, N. Ogawa, K. Kamioka, S. Hirano, T. Mori, Adsorption, 5, 57(1999).

8) S. Hirano, S. Yoshida, A. Harada, S. Morishita, E. Furuya, Fundamentals of Adsorption, vol. 7, p. 872, IK International(2000).

9) 平野 茂,東ソー研究報告,52, 55(2008).

10) H. S. Sherry, J. Phys. Chem., 70, 1158(1966).

11) レール・リキード・ソシエテ・アノニム・プール・レテュード・エ・レクスプロワタシオン・デ・プロセデ・ジョルジュ・クロード,特開平9-308810(1997).

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