ケイ酸塩と私
早稲田大学
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当欄はゼオライト学会会員諸氏の興味関心に沿うものであれば内容に強い縛りがなく,比較的自由に書かせていただけるとのことで,私の研究歴から遷移金属酸化物,窒化物,炭化物,有機シロキサン系などを省いて,ケイ酸塩に関連する内容を気軽に読んでいただけるよう記すことにした。私の経験に基づく内容が主で本欄に相応しくないかもしれないがお許し願いたい。表題は,東京化学同人「科学のとびら」シリーズのNo. 1として出版されたG. アレキサンダー著「シリカと私」1)のもじりである。因みにこの書の中でケイ酸の重合過程などがやさしく解説されており,大学院生時代に水ガラスを研究対象としていた私にとって非常に興味深く,その後も研究室の関連研究をする学生に入門書として本書を推奨していた。(本書は絶版だがCiNii(大学図書館の本を探す)によると全国123の大学や高専の図書館に所蔵されている。),1979年に「The Chemistry of Silica」2)を著したRalph K. Iler博士とアレキサンダー博士とは共に当時のデュポン社(E. I. duPont de Nemours and Company)の所属で上司と部下にあたる。同書は当時のシリカに関する化学をまとめたもので,出版されて既に40年以上経過するが,不朽の学術書の一つと思う。(CiNiiによると本書は78の国内図書館に所蔵されている。)Iler博士は米国化学会のコロイド界面化学部門の第一線で活躍し続けたことも記しておきたい。企業研究者が学術の第一線を牽引した好例である。
本格的な研究の原点は多くの場合卒業論文研究であろう。けだし卒業論文研究のテーマは研究に着手する卒研生にとって「研究とはこういうもの」の刷り込みにも近く,テーマ設定側の立場の人間は,この点について常に心しなければならないと思う。学部3年生の後期に研究室選択の一助にと各研究室の研究テーマが回覧された。テーマリストの中に無機有機複合系と書かれていた加藤忠蔵先生の研究室を志望した。いただいた卒業研究テーマは,無機有機交互共重合体の合成というものであった。当時研究室では粘土有機層間化合物の研究が展開されており,いただいた課題は二次元層状ケイ酸塩からモノマー・オリゴマーレベルのケイ酸種へと変更し有機との分子レベル複合化に挑戦するものであった。無機有機交互共重合体というと突飛に見えるが,核酸はリン酸と糖の無機有機交互共重合体と表現することもできる。卒業研究では有機部分の選択に制限はないが,無機部分の出発物質としては水ガラスを使うように,とのご指示だった。先生からはヘルマン・マイヤー著;奥田進訳「水ガラス:性質・製造と応用」(コロナ社)を貸していただいた。水ガラスはケイ酸ナトリウムの濃厚水溶液である。その本には水ガラスの当時の情報が幅広く記述されていたと記憶するが,私が知りたいケイ酸陰イオンの構造についての情報はなかった。研究室では全くの新規テーマということで,研究室に知識や経験の蓄積がなく,足繁く図書室に通った。Chemical Abstractsの5年間のCollective Indexを調べ,関連しそうなキーワードから個々のアブストラクトにいき,そして必要に応じて原著論文を読むという繰り返しであり,研究初心者には相当に負荷のかかる毎日だった。
文献を調べているだけでは何も進まないので,合成実験を進めたいわけだが何ら指針が立つわけでもない。前述のように当時はケイ酸ナトリウムの水溶液にどのようなケイ酸種が存在するかの知見を全く得ることができなかった。ケイ酸ナトリウム水溶液であるから水和したナトリウムイオンと,ケイ酸陰イオンが存在するはずである。ケイ酸陰イオンがどのような構造か分からないもののアニオンであるのは間違いない。そこで有機ジアミン塩酸塩は水溶性なので,有機ジアンモニウムイオンとクーロン力で連結させようとしたことがある。しかし,当然のことだが構造制御性のない白色固体と塩化ナトリウムが生成する実験などを繰り返し,卒業研究が終わった。今になって振り返るとその固体を焼成すれば構造規則性は難しくても単純なシリカゲルとは異なる多孔質シリカができたかもしれないので,私の見方がもし柔軟であったならばと思わざるを得ない。当時研究室では多孔質ガラスの研究をしている院生もいたので,一見別の方向を向いた研究であっても俯瞰してみることの大切さを痛感する。
修士課程に進んでも視界が開ける見込みはなかったものの,自分の文献調査能力が少しは向上し,無機高分子関連の洋書などを読む余裕もでき,前述のIler博士が発表したt-BuOHへのケイ酸の抽出とその共沸蒸留によりケイ酸をブトキシ基で修飾した樹脂状物質3)を得ることができた。この結果は追試以上のものではないものの,ケイ酸からの樹脂合成を自身で経験したことは,少し自信をもつ契機になった。テーマの性質上,当時は無機系,鉱物系のみならず高分子系の情報もウォッチする必要があったので,図書館で高分子学会機関誌「高分子」もチェックしていた。会告の中に東海地区の講演会でケイ酸塩のトリメチルシリル(TMS)化という発表があるのを見つけた。これは是非勉強したいと思い,主催者に講演要旨集を送っていただけないかとお願いしたところ,大変ご親切にも送って下さった。講演者湖浜重実博士(大阪市立工研)の講演要旨を勉強し,この研究の源流がC. W. Lentz博士(Dow Corning)の単著論文4)にあることを知った。この論文は私の研究人生にとって当時の最重要論文となり,その後論文を書くたびに引用した。この論文は1964年(私が中学生の頃)に発表されていたにもかかわらず,その存在を全く知ることなく研究をしていた訳で,自分の勉強・調査不足も痛感した。
Lentz論文の最もインパクトがある点は,ケイ酸塩構造をTMS化誘導体にすることで有機溶媒可溶にできることである。低分子量体に関しては,ガスクロマトグラフィー(GC)によって分離,定量ができる。ケイ酸塩の酸処理で生成するSiOH基をTMS化することによって揮発性となり,単量体(SiO4(SiMe3)4),二量体(Si2O7(SiMe3)6),三量体,環状四量体等がGC分離して定量できる。高分子量体もゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)などで評価できる。このようにTMS化によってケイ酸塩骨格を保持しながらも有機溶媒に可溶なオリゴマーやポリマーができることを知ったことは研究を進める上で大いに役立った。当時有機系の研究室に配属された同期に薄層クロマト(TLC)やGCの使い方を教えてもらったのが非常に有り難かった。この段階では全くオリジナルな成果に至っていないのは勿論である。色々調べを進めていく過程で,二重四員環(d4r)のケイ酸陰イオンもTMS化されていることを知った。D. Hoebbel博士らによる1970年の論文5)だが,ゼオライトのsecondary building unitの一つでもあり,非常に興味を惹かれた。この論文ではTMS化誘導体が構造決定にも使われていた。これも追試して再現性を確認したが,これも何らオリジナルな研究にはなっていなかった。
ほとんど研究成果がないにもかかわらず博士課程進学を決意した私を見かねて,加藤先生は別のテーマも提案して下さったのだが,既に私の頭はケイ酸塩有機誘導体を考えることで一杯になっており,見込みは全くなかったものの,このまま続けさせてほしいと申し出て認めていただいた。TMS化という武器を得て,酸分解可能なケイ酸塩を調べ,使えそうなケイ酸塩鉱物数種を鉱物標本屋で購入するなどして,実験を進めることにした。2 : 1型層状ケイ酸塩の黑雲母(Biotite)や金雲母(Phlogopite)は酸で分解でき,溶解したケイ酸種をTMS化し,これを種々のクロマトグラフィーで分離した結果や,不溶性ながらハロイサイト(Halloysite)からのシート状TMS化体合成を米国Clay Minerals SocietyのClays & Clay Minerals誌に報告した6–8)。
TMS化論文の中でピロケイ酸塩Hemimorphite(異極鉱,Zn4Si2O7(OH)2·H2O)のTMS化についての論文が既に1970年に発表されていた9)。化学式から明らかなようにケイ酸二量体のTMS化体が生成するが,二量体に該当するGCピークが数本に分裂しているので,完全TMS化体(Si2O7(SiMe3)6)に加えて未反応シラノール基が1,2個残る不完全TMS化体(Si2O7(OH)x(SiMe3)6-x)が存在すると記されていた。2個のシラノール基をもつ不完全TMS化体があるのだから,これを無機有機交互共重合体形成の二官能性無機単位として使えると考えた。二官能性有機モノマーと反応させれば無機有機交互共重合体ができると考えるのは自然であろう。旧式のGC装置を使い試料を分取し,多重線の中から目指すピークの留出物を分取した。ところが奇妙なことに,当時使えるようになっていた溶液の1H NMR(100 MHz)やIRを用いて分取物を測定すると,シラノール基に起因するピークが観測されなかった。この結果は当初の目論見とは合わず困惑した。しかし1H NMRスペクトルをもう一度よく見ると非常に微弱なシグナルながらメチン基のプロトンの7重線があることに気がついた。これを見逃さなかったのが幸運で,改めてIRスペクトルを見ると,最初は見逃していたCH基の存在が確認できた。これらの結果から上記論文中に記載の多重線の理由は不完全シリル化物によるのではなく,反応剤中の相溶化剤イソプロピルアルコール(Lentz論文でも用いられていた)によってシラノール基の一部がエステル化していることを明らかにできた10,11)。上記Lentz論文にも不完全シリル化物の記載があり,以後検証されることなくその解釈が通用していたということになる。当時の分析レベルでは難しいことであったかもしれないが,誰も気がつかなかったことに自分が気づいた時の高揚感は研究者ならではのものと会員諸氏も同感いただけるものと思う。
この研究が進むと,イソプロピルアルコールの代わりにエチレングリコールを使えば重合体ができるのではないかと思うのは当然の帰結だ。早速試みてみると確かに合成できた12)。無機化学の研究室から高分子のジャーナルに報告する異例の展開となった。当時研究室にはGPCがなく,業者に無理をお願いして測定していただいた。本当に有難かった。この論文は今でもあまり引用されてはいないが,私個人の研究進捗としては画期的であった。論文の記載には認識の間違いがあり得ること,それを正す過程で新たな展開に繋がったことは,論文を読む上での心構え,100%信じることなく批判的に論文を読む必要性を体感した。
Richard M. Barrer教授(Imperial College)はゼオライト分野において知らない人はいない大先達である13)。新宿の京王プラザホテルで開催された国際ゼオライト会議にBarrer教授は特別講演者として来ておられた。当時30代半ばの私は会場ロビーで先生に直接お声がけし,立ち話ではあるがいくつかお話を伺う機会を得た。当時助教授の私はゼオライト様の炭化物あるいは窒化物系が合成できないか,あれこれ工夫をしていた。特にその頃力を入れていた前駆体法セラミックス合成において,緻密なセラミックスばかりでなくゼオライト様の結晶性炭化物・窒化物ができないだろうかということで前駆体分子の設計や焼成条件の検討など随分試行錯誤を重ねていた。当時の研究室の担当学生達には本当に負担と迷惑をかけた。Barrer教授に窒化物系・炭化物系のゼオライトを作りたいとお話をした時に,先生は少し考えられてから,それはなかなか難しいねという話をされた。私の不躾な問いかけに対して丁寧にお答えくださったことが強い印象となって残っている。その会議ではEdith Flanigen博士(Union Carbide)ともお話しできたが,Flanigen博士も応対がとても丁寧だった。
手元にはBarrer教授の書かれた「Zeolites and Clay Minerals as Sorbents and Molecular Sieves」14),「Hydrothermal Chemistry of Zeolites」15)がある。他にもご著書があるが,それらを単著で書かれたというのは途方もない学識と経験があってのことで,凡人には到底及ばない仕事と改めて感銘を受ける。D. W. Breck博士(Union Carbide)の「Zeolite Molecular Sieves: Structure, Chemistry, and Use」もゼオライト関連の研究室には常備されていると思うが,どのようにしたらこのような仕事が可能なのだろうか。F. Liebau教授の「Structural Chemistry of Silicates」16)も同様である。これらの書はケイ酸塩の化学に関する素晴らしい書である。ゼオライトやシリカの世界でこのような巨大な仕事をどのようにして一生の時間の中で成し遂げられるのか,その能力や献身的な努力は勿論のこと,想像するに多くの犠牲の上に成り立っているとも思う。これらの仕事を前にして途方に暮れるばかりだ。
Web of Scienceでキーワードに“mesoporous”と入れて検索すると年間約9000報に達している(Fig. 1)。アルカリ金属層状ケイ酸塩の一種であるカネマイト(Kanemite, NaHSi2O5·3H2O)からのメソポーラスシリカ合成に関する我々の最初の発表が1988年の日本化学会春季年会17)であるから,既に33年経過したことになる。Mobil社のMCM-41の発表より早いことはよく認知されていると思う。英国王立化学会Chemical Society Reviews誌でMesoporous Materialsの特集号が2013年に発行されている。理由は定かでないが私宛に本特集号への投稿勧誘のメールが原稿締切の3~4週間前に来るなどあって,私はこの号に総説を発表することができなかった。しかしこの特集号のEditorial18)ではK. Kuroda’s and C.T. Kresge’s groupsが1971年のUS Patent19)では見過ごされていた新規物質群を再発見したとして紹介されている。その特集号のC. T. Kresgeらによる総説20)で,我々の初期の研究も取り上げられてはいるものの,その位置付けに関しては,私の見解とは異なる。詳細は長くなるので別に何らかの形でまとめたいと考えている。その総説でMobil社が1992年に取得した特許21)の最初のページが掲載されているが,そのFiledの日付はDec. 10, 1990となっている(因みにDate of PatentはMarch 24, 1992)。我々がカネマイトを用いたメソ多孔体の合成を発表したのが上述の1988年で,1989年ストラスブールでの国際粘土会議22)でも発表しており,Mobil社より早いことは明らかである。
カネマイトを研究対象にした経緯について触れておきたい。アルカリ金属層状ケイ酸塩にはKenyaiteやMagadiiteなどが知られている。1980年スペインのRuiz-Hitzky教授らのMagadiiteのTMS化論文がNature誌に発表された23)。当該論文ではTMS化のみが層間有機修飾が可能となっているので,嵩高い種々のシリル基でも修飾可能な自由度を獲得したいと考え,その合成法を研究することにした。これは,ある種の金銀銅鉄研究ではあるが,不可能を可能にするとの意気込みがあった。当時,研究室に入ってきた柳澤恒夫氏(現博士)と共に取り組んだ。上記Nature論文ではマガディアイト層間を酸処理後ジメチルスルホキシド(DMSO)で層間を拡大させてTMS化していた。我々はDMSOの代わりに有機アンモニウムイオンを層間拡張に利用したところ,種々の嵩高いシリル化剤を層間に修飾することができた24–26)。次のステップとして,ケイ酸塩層の薄いカネマイトでやってみることにした。Makatiteも存在は知られていたが,合成が難しくカネマイトを対象に研究を進めることにした。そうすると全く様子が異なってきた。カネマイトの有機層間化合物を合成したつもりが三次元化していた。このあたりの経緯は「化学と工業」誌に記している27)のでご一読いただきたい。その解説にも記したが,カネマイトと有機アンモニウムイオンとの反応による生成物については1977年に報告28)があるが,すべて層間化合物として理解されていた。
熱処理生成物の表面積を測定すると,測定の誤りではないかと思うほどに大きい値が出るので測定法や装置を変えるなどして何度も確認し,それでも心配で比較的安全な低めの値で前述の日本化学会春季年会で口頭発表した。その後ゼオライト研究会(当時)のゼオライトフォーラムでも紹介したことがある29)。1989年のストラスブールの国際粘土会議では,当初ポスター発表し,その中から選ばれて口頭発表もしたが,聴衆にはあまり納得していただけなかったのか,そのような高い表面積はあり得ないと発言した高名な粘土科学者もいたほどである。後にメソポーラスシリカを盛んに研究されたミシガン州立大学のT. Pinnavaia教授も会場にいらしたので,この時の様子を憶えておられることと思う。
最初の論文は紆余曲折を経て1990年に日本化学会BCSJ誌に発表した30)。しかしその頃反響はほとんどなかった。その中で豊田中研からメソポーラスシリカを扱いたいと声をかけていただいた。当時私は再現性を別の機関で確認してほしいと願っていたので,その意味でも大変有難かった。豊田中研の稲垣伸二博士は,条件を大幅に変えて迅速に合成可能であることを示された。1992年の国際ゼオライト会議では稲垣博士とMobil社双方が発表したということで大変盛り上がったと伺っている。FSM-16の名称そのものは1994年の論文31)が最初だが,その内容は稲垣博士が筆頭著者の1993年の英国化学会速報誌に掲載された論文32)に登場した。1993年の多孔質物質に関するゴードン会議において最終日の午前にMobil社のJ. Beck博士と私が続けて講演した。私の発表は出席者からポジティブに受け止めていただき,我々のオリジナリティは認めていただいたと思う。Mobil社の研究者の方々とも一緒に昼食をとるなどしたことも思い出となっている。
Mobil社の最初のメソポーラスシリカ論文33)にMCM-41の記載があり,MCM-41はメソポーラスシリカの代表例として頻度高く使われている。我々の1990年のBCSJ論文28)にはthree letter codeの記述がないので,随分後になってKSW-1と命名した。後に研究室に在籍した木村辰雄氏(現産総研)は,カネマイトの層間にヘキサデシルトリメチルアンモニウムイオンをインターカレートさせた層間化合物を合成し,緩やかな酸処理によりケイ酸塩シート構造を曲げて,その後三次元化させる全く新しいメソポーラスシリカ(KSW-2)を合成した。これはヘキサゴナル構造ではない点も非常にユニークである34)。折れ曲がり構造は寺崎治先生(当時東北大)によるTEM像で見事に明らかにされた。その後も木村博士らによりカネマイトからのメソポーラスシリカの合成に関する理解が格段に進み,カネマイトから合成したメソポーラスシリカが,MCM-41と異なることは勿論のこと,カネマイトと長鎖アルキルトリメチルアンモニウムイオンとの複合体が条件により種々の相を示すことが明らかになった。Advanced Functional Materialsに掲載35)された総説をご参照いただきたい。因みに当研究室在籍時代に木村博士はメソポーラス物質のすべての論文をファイルしていた。膨大な情報が同博士の頭に入っていると思うので,会員諸氏でメソポーラス物質について質問があれば,木村氏に尋ねられることをお勧めしたい。
KSW-1,2とは合成条件が異なるものの,FSM-16もカネマイトを出発物質に用いている。1993年の論文に掲載されたケイ酸塩層の折れ曲がりを示す機構は,その後理解が進むにつれてフラグメント化されたケイ酸塩ユニットのヘキサゴナル構造への集積で理解されるに至っている。生成機構はMCM-41と同じではない。1993年論文当時の図が時折総説類に散見されるが,現在の理解は異なっている。(Fig. 236)を参照いただきたい)フラグメント化した層状ケイ酸塩が界面活性剤ミセルと複合化し,その後の焼成によりFSM-16が合成されると理解される。KSW-1の場合はより温和な条件で合成しているので,フラグメント化の程度は相対的に低く,ヘキサゴナル構造からのずれが大きい。FSM-16は原料コストの安いアモルファスシリカ粉からカネマイトを経由して合成でき,普通の電気炉があれば足りる。カネマイトはデルタ型のジケイ酸ナトリウム(δ-Na2Si2O5)から合成される。Na2Si2O5は結晶構造により分類され,水和したα-Na2Si2O5を用いたヘキサゴナル構造の多孔質シリカに関する我々の研究37,38)では,細孔径1.8 nm程度であるが,1000°Cを超える耐熱性があり,通常のMCM-41の耐熱性を超え結晶性のケイ酸塩を用いた特徴が明確になっている。
MCM-41とFSM-16形成過程について調べることを目的に,1993年夏に在外研究でオクスフォード大のO’Hare教授の所にお世話になった。彼は時間分解X線回折を,層間化合物を含め様々な系に応用していたので,メソポーラスシリカの形成過程を調べてほしいとお願いした。その後O’Hare研に入った学生のSteve O’Brien氏(現City University of NewYork教授)が取り組んでくれた。合成を学んでもらうために早大に3ヶ月来てもらった。FSM-16の形成過程はMCM-41と全く異なることが明らかにされた研究成果は英国化学会速報誌39),その後フルペーパーがChem. Mater.40)に発表されている。
2004年に寺崎治先生(当時ストックホルム大)が「Mesoporous Crystals and Related nano-structured Materials」と題するシンポジウムを主催された41)。Royal Swedish Academy of Sciencesのサポートを得て開催された本シンポジウムの講演者は,F. Schüth,C. T. Kresge(実際に講演したのはJ. Vartuliであったと記憶している),S. Inagaki,G. D. Stucky,V. Luzzati,K. Larsson,D. Zhao,J. M. Thomas,J. Brinker,R. Ryoo,O. Terasakiなどの顔ぶれで,私も加えていただいて大変充実したシンポジウムであった。
金銀銅鉄研究というのは二番煎じ三番煎じの研究として揶揄する時に使われるフレーズである。私がカネマイトを扱う前にはKenyaiteやMagadiiteを使っていたので,ある意味では金銀銅鉄研究の一つかもしれない。上記の展開を振り返ると,あながち横展開の研究だからといって否定すると,折角の果実を逃してしまう可能性もあると今は改めて思う。一連の物質群から一つの物質を取り上げて研究した後,関連物質群の研究に進む際に類似の結果を予想するだけでなく,結果の中から本質的な違いを見極める過程で新展開の芽を発見する可能性があるということだ。「言うは易く行うは難し」であるが,金銀銅鉄研究も深い境地を目指していく上で重要なプロセスの一つではないかと今は思いを改めている。
かご型八量体ケイ酸塩や様々なケイ酸塩の次元変換などについて記述する紙幅の余裕はなくなった。今回まとめきれなかった点などを補充し,正確に流れを記述できるよう資料を整理し何らかの形で公開できるよう今後も努力していきたい。ゼオライト学会会員諸氏のご理解とご協力を賜れれば幸いである。
記憶違いなどを避けるために次の方々に原稿をチェック頂いた。ここに記して感謝申し上げます。稲垣伸二博士(豊田中研),柳澤恒夫博士(早大),木村辰雄博士(産総研),下嶋敦教授(早大)。
1) G. B. アレクサンダー著,井上勝也訳,シリカと私Chemistry in action series, No.1, 東京化学同人(1971)(G. Alexander, Silica and Me: The Career of an Industrial Chemist, Doubleday & Company (1967)の邦訳).
2) R. K. Iler, The Chemistry of Silica, Wiley Interscience (1979).
3) R. K. Iler, P. S. Pinkney, Ind. Eng. Chem., 39, 1379(1947).
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6) K. Kuroda, C. Kato, Clays Clay Miner., 25, 407(1977).
7) K. Kuroda, C. Kato, Clays Clay Miner., 26, 418(1978).
8) K. Kuroda, C. Kato, Clays Clay Miner., 27, 53(1979).
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10) K. Kuroda, C. Kato, J.C.S. Dalton, 1036(1979).
11) K. Kuroda, C. Kato, J. Inorg. Nucl. Chem., 41, 947(1979).
12) K. Kuroda, C. Kato, Makromol. Chem. 179, 2793(1978).
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