ゼオライトの負の熱膨張係数を活かした樹脂複合材の開発Polymer Composites Utilizing Negative Thermal Expansion of Zeolite
三菱ケミカル株式会社Mitsubishi Chemical Corporation, Science & Innovation Center ◇ 〒227–8502 神奈川県横浜市青葉区鴨志田町1000
ゼオライトは負の熱膨張係数(CTE)を有しており,フィラーとして活用することで樹脂の熱膨張を抑えることができる。負熱膨張材には沢山の候補材料があるが,ゼオライトは比重が小さく,ありふれた元素からなることから,数ある負熱膨張材の中でも有望な材料であると考えられる。本稿ではゼオライトをフィラーとして用いてポリイミドと混錬して作成した低膨張ポリイミドフィルムの特性について解説する。一般的なシリカと比較して,ゼオライトは少量の添加で複合材のCTEを大きく低減させた。またCHA型ゼオライトを始めとするいくつかのゼオライトは単純混合式から予測されるCTEを超えて,CTEを大きく低減させることを見出した。
Zeolite have Negative Coefficient of Thermal Expansion (CTE) and can be used as filler to reduce the CTE of polymer. Although there are many candidates for negative thermal expansion materials, zeolite is considered to be one of the most promising negative expansion materials because of its low specific gravity and composition of common elements. This paper describes the properties of low expansion polyimide films prepared by blending zeolite as a filler with polyimide. Compared to common silica filler, zeolite filler significantly reduced the CTE of the composite with a small amount of addition. Certain zeolites, including CHA zeolite were found to reduce the CTE of compound higher than the calculated CTE obtained by Rule-of-Mixtures formulation.
キーワード:ゼオライトフィラー;負熱膨張;ポリイミド;樹脂複合材
Key words: zeolite filler; negative thermal expansion; polyimide; polymer compound
© 2021 一般社団法人日本ゼオライト学会© 2021 Japan Zeolite Association
物体の温度上昇に対応して長さが変化する割合を熱膨張係数(Coefficient of Thermal Expansion, CTE)といい,単位はppm (parts per million, × 10−6)/Kで表す。CTEの異なる材料を組合せて使う場合,CTE差は熱応力を生じさせ,接合界面における剥離や破壊の主要な原因となる。特に近年,高い精度が要求される光学部品や精密機械部品においては部材である樹脂の熱膨張をいかに抑えるかが大きな課題になっている。主要な樹脂のCTEをTable 1に示す1)。これら樹脂のCTEを,例えば接合する金属(10~30 ppm/K程度)やシリコン(約4 ppm/K)並みの値に,場合によってはゼロ膨張へと低減させることが求められている。
ポリマー | ガラス転移点Tg °C | 融点Tm °C | 熱膨張係数 ppm/K |
---|---|---|---|
ポリスチレン | 110 | — | 80 |
高密度ポリエチレン | −120 | 130 | 120 |
ポリカーボネート | 150 | — | 65 |
エポキシ | 120~140 | — | 40–70 |
ポリフッ化ビニリデン | −35 | 168 | 85 |
ポリテトラフルオロエチレン | −33 | 327 | 100 |
ポリイミド | >400 | — | 20–60 |
通常,樹脂のCTEの低減には充填剤(フィラー)と呼ばれる無機材料粉末が添加される。最も使われるのはシリカであり,CTEはほぼゼロであるほか価格面にも優れる。一般的に複合材のCTEは式(1)に示した単純混合式であるROM(Rule of Mixture)式で近似可能であり2),各成分のCTEと体積分率の積の総和となる。ここでaは熱膨張係数,vは体積分率(Σv = 1)である。
場合によっては樹脂に対し,シリカを80 wt%以上の割合を添加させることでCTEを抑えている。しかし,これだけの大量のフィラーが添加された樹脂複合材は,樹脂本来の透明性や柔軟性といった特性を失い,脆化を招くことが問題になっている。
そこで近年,熱すると収縮する,負熱膨張性(Negative Thermal Expansion)を有する材料をフィラーとして用いる研究が進んでいる3–6)。負熱膨張を持つ代表的な材料としては,インバー合金(Fe–Ni合金,Fe-36%–Ni),コージェライト(2MgO·2Al2O3·5SiO2),β-ユークリプタイト(Li2O・Al2O3·2SiO2),といった材料が知られている。また近年でも様々な研究機関において,タングステン酸ジルコニウム(ZrW2O8)7)のほか,PbVO38),Ca2RuO49)を始めとした−100 ppm/K以上にもなる巨大負熱膨張材が次々と報告されており,いくつかの材料が市販されている。これら材料を樹脂フィラーとして用いることで前述の式(1)のaフィラー < 0となり,フィラー添加量を下げることが期待される。またシリカでは達しえない,ゼロ膨張の樹脂複合材を達成可能な材料として注目されている。
しかし,負熱膨張材の中でもZrW2O8を始めとするCTEが負に大きい材料の多くは,比重が大きいことから,比重が小さい樹脂との混錬時に沈殿を引き起こしやすい課題がある。また式(1)の通り,複合材のCTEは体積割合で作用することから,比重が大きい負熱膨張材は体積比を上げるために多くの重量の添加を要する。また総じて希少な元素を使っていることからも材料価格も総じて高い。これらが原因となり,シリカの置き換えとしての普及には至っていない。
本稿ではゼオライト負熱膨張特性,およびゼオライトを負熱膨張フィラーとして活用した研究結果について概説する。ゼオライトを吸湿用の樹脂フィラーとして活用した例は多いが,ゼオライトの負熱膨張性をフィラーとして活用した研究は殆ど報告されていない。
多くのゼオライトは負熱膨張性を有することが報告されている。これまでにゼオライトの負熱膨張性は,触媒の分野でゼオライト–ハニカム担体のCTE差で剥離したり,膜の分野において支持体間で剥離・亀裂が生じたりと,概ねネガティブな影響を与えてきた特性である。この研究はこの負熱膨張性を有効活用することを試みている。
一般的な方法で合成したCHA型ゼオライトの各温度におけるXRDパターンをFig. 1(a)に示す。温度上昇に伴い各面のピークが高角度にシフトしており,格子定数が低減していることがわかる。なお前処理としてXRD装置内を乾燥空気で置換しつつ,水分を除去しており,この測定に水分の影響はない。こうして得られた各温度における格子定数を,常温における格子定数との比をプロットしたのがFig. 1(b)である。この傾きがCTEでありシリカの数値がほぼ0~1,α-アルミナの数値が7~8 ppm/Kであるのに対し,CHA型ゼオライトはおよそ−9 ppm/Kほどの負熱膨張性を有する。
ほぼ同組成であるシリカが正膨張であるのに対し,ゼオライトが負熱膨張性を有するのは,Fig. 2に示す通り,ゼオライトにおいては正膨張を起こすSi–O結合の縦振動よりも,Si–O–Si骨格の横振動(Transverse vibration)が優位だからである5)。ゼオライトを構成する酸素四面体自体は歪まずに,四面体の連結角度が曲がるRigid Unit Modeと言われる格子振動モードが生じ,骨格全体として収縮を起こす。これは前章で紹介したβ-ユークリプタイトや,コージェライト,ZrW2O8等と同じ機構である。この横振動による負熱膨張の特徴として,CTEが常温から800°C近い温度範囲で常にCTEが負であり,昇温降温間のヒステリシスも小さく,フィラーとして扱いやすいことが挙げられる。
一方,前章で紹介したPbVO3,Ca2RuO4といった負熱膨張材は,前述の横振動由来ではなく,特定の温度域における構造転移によって負熱膨張を起こす8,9)。構造転移の詳しい原理説明は報告に任せ割愛するが3–6),このような負熱膨張材は数10°Cという限られた温度範囲において−100 ppm/K近い巨大負熱膨張を示すことを特徴としており,常温付近でゼロ膨張にする場合などで大きな効果を発揮する。RHO型を始めとするいくつかのゼオライトも構造転移を起こし,大きく収縮することが知られており,このときのCTEは局所的な温度域において−500 ppm/K近い巨大負熱膨張を示す10)。しかし,ゼオライトにおける構造転移の原因は細孔内の水分蒸発によるものが多く,昇温・降温サイクルで大きなヒステリシスを示すものが多い。ヒステリシスを示す材料は寸法安定性の観点から問題が多く,フィラーとして扱うのは難しい。例えばBiNi1−xFexO3系においては元素比を制御してヒステリシスを抑える検討を行っている11)。
樹脂フィラーとして重要な特性について,前章で紹介した負熱膨張材と比較し,Table 2に示す。前述した通り,ゼオライトは横振動型の負熱膨張材であり,常温から高温における広い温度範囲でCTEを低減させるのに長けている。また特筆すべき点として,ゼオライトの比重が他の負熱膨張材と比べて圧倒的に小さく,シリカと同等もしくはそれ以下であることが挙げられる。式(1)で示した通り,複合材のCTEは体積依存であるので,比重の小さいゼオライトは比較的少量添加で大きくCTEを下げられるメリットがある。また比重が小さいことで混錬が容易になり沈殿しづらくなるという利点がある。この他,ゼオライトは着色していないことから様々な用途に使え,組成もほぼシリカであることからシリカと同じ表面処理等を用いることができるので代替が容易である。このようにゼオライトは負熱膨張フィラーとして魅力的な点を数多く有している。
材料 | 熱膨張係数 /ppm K−1 | 負膨張を示す 温度範囲 | 負膨張原理 | 比重/g cm−3 | ICSDコード |
---|---|---|---|---|---|
ゼオライト | −1~−10 | R.T.~800°C | 横振動 | ~2.0 | |
シリカ | 0~1 | 2.0 | |||
β-ユークリプタイト | −112) | R.T.~800°C | 横振動 | ~2.5 | |
ZrW2O8 | −8 | R.T.~800°C | 横振動 | 5.1a) | 5656513) |
Ca2RuO4−x9) | −115 | −138~72°C | 構造転移 | 4.9a) | 15380414) |
BiNi1−xFexO311) | −187 | 27~57°C | 構造転移 | 8.9a) | 24581715) |
a)ICSDのCalc. density値を引用 |
なおゼオライトの各骨格のCTEについてはいくつか報告されているが,概ね負熱膨張であり,CTEは−1~−10 ppm/Kの間にあり,組成・カチオン種により影響を受けることが示唆されている16–18)。本稿では,CTEがほぼ−9 ppm/KであるCHA型ゼオライトを用いてフィラーとして用いた例を概説する。
ポリイミドは,繰り返し単位にイミド結合を含む高分子であり,イミド結合が強い分子間力を持つためにすべての高分子中で最高レベルの高い熱的,機械的,化学的性質を持つ。電気絶縁性も優れていることから電子回路の絶縁材料として用いられ,近年ポリイミドフィルムはフレキシブルディスプレイの基板としても注目を集めている。ポリイミドのCTEの値は高いもので50 ppm/Kと樹脂の中では低めであるが,ガラス代替として扱うために低CTE化のニーズが高まっている。
本稿においてポリイミドフィルムは,前駆体であるポリアミック酸をNMP等溶媒に分散させてワニスとし,スピンコートした後に300°C以上で熱処理を行って作製されている。ゼオライトを始めとしたフィラー含有ポリイミドフィルム作製には,NMP溶媒中にフィラーを分散させ,必要に応じてミリング処理を行った後にポリアミック酸を加え,同様の手順で得た。得られたフィルムは膜厚50 µm程度であった。こうして得られたポリイミドフィルムのCTEは熱機械分析(Thermomechanical Analysis, TMA)の引張モードで行った。
フィラーとしてCHA型ゼオライト,LTA型ゼオライト,シリカをそれぞれ用いてポリイミドフィルムを作製した。各フィラーの添加重量を横軸にし,TMAカーブの100~250°Cの傾きをこの材料のCTEとして縦軸にしてFig. 3に示す。なお縦軸はフィラーを含まないポリイミドフィルムそのもののCTEを100%として,各複合材のCTEを相対値で示している。ほぼゼロ膨張のシリカや,わずかに負熱膨張であるLTA型ゼオライトに比べ,CHA型ゼオライトは同量の添加量において大きくCTE低下が見られた。シリカでは25 wt%ほど添加が必要なCTEをCHA型ゼオライトは10 wt%で達成しており,より少量のフィラー添加でより大きくCTEを低減させた。
またFig. 4に混合物のCTEとROM式による予測値とを併記して示す。シリカおよび,LTA型ゼオライトにおいてはほぼROM式と結果が一致したが,CHA型ゼオライトにおいては,負熱膨張性を加味してROM式から導いた数値よりも更にCTEが低いことがわかった。これはCHA型ゼオライトが,更に少量添加でCTEを低減可能であることを示している。
複合材のCTEはROM式の他に複数知られており2),代表的なものとして式(2)で表されるTurnerの式がある19)。ここでαは熱膨張係数,Kは体積弾性率,vは体積分率(Σv=1)である。
ROM式は各成分の独立膨張を仮定したモデルであり,界面に相互作用が全くない状態を仮定した式である。一方で,Turner式は各成分が同比率で膨張し,界面の完全密着を前提とした式であり,ROM式とは両極端の関係にある。CHA型ゼオライト/ポリイミド複合材(CHA/PI複合材)のCTEはこれらの2式の間にあるが,この結果はポリイミド樹脂とCHA型ゼオライト間に少なからず相互作用が起こっていることを示唆している20)。
シリカやLTA型ゼオライトでは見られない相互作用がCHA型ゼオライトだけに見られた理由については,8員環はポリイミドを形成する環式化合物が入り込むほど大きくないことから,表面に露出した酸点なのか,表面のシラノール基等が関連していると考えられるが,今のところわかっていない。しかしながら式(2)をヒントにするのであれば,樹脂との界面で相互作用を作ることが複合材のCTE低減に向けて重要であると考えられる。
樹脂の熱膨張低減ニーズが高まる中,本稿では負熱膨張材としてのゼオライト特性,およびフィラーとしてポリイミドと混錬した複合材の研究について解説した。本稿を執筆した2021年の時点において,負熱膨張材自体が使われている製品は市場に殆ど出回っていない。その原因は負熱膨張材が,“安いシリカをたくさん混ぜればいい”という牙城を崩せていないことにある。ゼオライトはSi,Alというありふれた材料からなり,比重も軽いことからシリカやアルミナの代替が容易な負熱膨張材であり,性能面や価格面からもシリカの置き換えを期待できる材料である。更にゼオライトのナノ粒子化といった粒径・形態の制御や,樹脂との界面制御といった技術と組合せることで,フィラーとしての性能向上の余地は大きい。これからも,このゼオライトの新しい用途の可能性を追求していきたい。
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