参照ゼオライト研究会事始め
東京大学生産技術研究所
© 2021 一般社団法人日本ゼオライト学会© 2021 Japan Zeolite Association
本稿をお読みの方々へ質問です。
「ゼロ点調整あるいはベースライン補正したい」と思ったこと,ありませんか?
「この実験,ベストショット測定している」と思ったこと,ありますよね?
「自分の都合のいい条件で活性序列付けしている」と叱られたこと,私はあります…
そんな思いから,より客観的な“参照ゼオライト”を扱ってみようと思い至ったのが,参照ゼオライト研究会を認めていただき発足させた原点です。そう,やっぱり原点は明確にしたいのです。
本稿では,本来であれば参照ゼオライト討論会の中身を報告しなければならないのかと思いながらも,真面目な話はきっと解説執筆するように依頼がくるのかと思い,またせっかく理事会へ年度報告書をしっかり書いても埋もれてしまっているので,各年度報告書をベースに本稿を仕上げてみたいと思っています。第35回ゼオライト研究発表会(2019年度,船堀)においても,口頭発表という形で報告し要旨も記載いたしましたので,併せてご覧いただけたら幸いです。
やはり定義から明確にしたいと思います。
天然鉱物の一群の特性評価からゼオライトと命名されたのが1756年。これを発見の年とすると,もはや4分の1ミレニアムが経過しました。その間,合成研究,触媒などとしての応用研究が様々に展開されてきました。環境汚染物質の吸着材として,石油精製/石油化学プロセスにおける必須な酸触媒成分として,近年では自動車排ガス浄化用触媒担体としての適用もあり,ゼオライト研究開発に活気があることはここで記すまでもないかと思います。
時代とともに様々な研究が実施され,評価軸が提案される中で,はじめに述べた通り,基準となる点があると他の論文との比較検討がしやすくなること,自分の評価が正しいかどうかの指標となること,このような“ゼロ点”基準があることが望ましいことは述べるまでもありません。
そのような参照となるゼオライトを定めることを目標に,参照ゼオライトと名前をつけました。触媒学会の「参照触媒部会」が参考になっていることは言うまでもありません。
目的・趣旨としては,学会が参照試料あるいは参照合成レシピを提供すること,それによりユーザー間の基礎データ共有を可能とすること,現時点で非会員の皆様へも門戸を広げ,少し手に入りにくいゼオライト試料を入手できるようにすること,議論の場を提供すること,などがありました。
キックオフ説明会の開催時には,少なからず反響がありました。その多くは「参照化と標準化」に関するご意見やお叱りだったことは今でも忘れられません。学会が認定したような形のゼオライト試料を(無償)提供するものである,と,会員の皆様にはだいぶ誤解を与えてしまったようです。趣旨に示した通り,「物差しのゼロ点」とともに「物差しのようなスケール」を共有し,自分の立ち位置を明確化させるためのツールが参照試料だと思っています。
最初のターゲットはSSZ-13としました。このゼオライトの選択がまた,上記誤解を生んだのかもしれません。ご存じの通りこのゼオライトは当時,自動車排ガス処理,MTO,分離膜,吸着材として,非常に多くの方々が開発競争するゼオライトでした。“Big 5”の愛称で重要なゼオライト5種に,Big 6として新たに加わるのではないかと思える程です。
第1回参照ゼオライト討論会(2017(平成29)年6月9日,工学院大)では,合成に工夫をすると触媒特性に変化をもたらすことができるといったエッセンスを,佐野庸治先生(広島大(当時)),横井俊之先生(東工大)にご講演いただきました。その後,この企画に合成班,特性評価班で参加してくださる皆様を募集しました。宿題として,IZAで公開されているSSZ-13合成レシピを参考にSSZ-13を合成(合成班),そこにCuをイオン交換し,SCR特性評価ならびにCuゼオライトの様々なキャラクタリゼーションを行うこととしました。またSSZ-13合成に必要なOSDAであるAdaMAOH水溶液(Sachem社)は無償でご提供いただきました。
なお,この参照ゼオライト研究会主催の参照ゼオライト討論会は年2回,春のゼオライトフォーラム(総会),秋のゼオライト研究発表会と連動させる日程で開催し,学会会員に参加しやすいように計画しました。
第2回「まずは作ってみる」(2017(平成29)年11月29日,岐阜大サテライトキャンパス)
参加された方々を,敬意をもって記載しご紹介します。
目的は,複数の合成チームによる統一条件でのSSZ-13結晶化検討と,その構造および触媒特性評価としました。
結果は,皆様の予想通り,“全く別物の”SSZ-13およびCu触媒が提供されてきました。結晶化に費やす時間も違えば,得られた試料の粒子径,モルフォロジーは全く異なりました。合成レシピについて統一見解が得られるには程遠かった印象ですが,まずはこの地点で現状認識をすることができました。ただし,討論会で議論し,合成原料の溶解度が極めて重要であるとの貴重なご指摘を,討論会参加者から受けることができました。合成に再挑戦する宿題を合成班に課し,次の討論会に反映させました。
第3回「原料指定で統一レシピの完成を目指す」(2018(平成30)年6月12日,東大生研)
目的は,Si源,Al源を統一し,合成用水性ゲル組成,結晶化温度および時間を統一し,得られた試料の評価を行うことです。
Si源は,近江先生のご厚意で,フュームドシリカ(M5)を合成参加者に無償提供するとともに,Ludox HSあるいはASのコロイダルシリカを自前調達してもらいました。Al源も市販のアルミン酸ナトリウムが最も入手しやすかろう,また溶解度も良かろうとのことで,これも自前調達してもらいました。
結果として,結晶化度やモルフォロジーなど,各所においてほぼ同じ試料が得られたと判断できるSSZ-13が合成されました。したがって,今回使用した統一レシピを「参照レシピ」として提案するに至りました。西山先生には同じ組成の水性ゲルからDGC法で結晶化した試料をご提供いただき評価しましたが,DGC法に特徴的な微粒子からなる結晶性の高いSSZ-13が得られたことは興味深かったです。
得られた参照レシピをもって,外注で委託合成し,1 kgのSSZ-13を参照ゼオライト試料第1号として,この後のイオン交換プロジェクトおよび特性評価に繋げていくこととしました。
第4回「イオン交換プロジェクト」(2018(平成30)年11月28日,サン・リフレ函館)
目的は,参照ゼオライトを用い,様々な条件でCuイオン交換を実施し,得られたCuゼオライト試料の特性評価としました。
(株)シナネンゼオミックの工藤清孝氏にお骨折りいただき,交換率100%当量のイオン交換条件から,過剰濃度,イオン交換温度,pH,原料の残存Naの影響などを検討していただきました。表面の酸性質や触媒特性に対してイオン交換操作条件がもたらす効果についても,興味深い結果を得ることができました。マイクロトラック・ベル(株)吉田将之氏にはガス吸着法による検討から,参照試料のポロシティとCuイオン交換による細孔構造特性の評価をしていただきました。
第5回「Al周りの環境調査」(2019(令和元)年6月7日,東大生研)
目的は,第4回討論会時に残された課題や疑問を解消するために,イオン交換プロジェクト(継続)とAl周辺環境調査を27Al MAS-NMRにより調査することとしました。
まだまだ定量的な結論には至りませんが,“キレイな”イオン交換による“キレイな”表面によって, SCR触媒反応に対する高活性かつ高選択的な触媒を得ることがわかってきました。
ここに明記したいのですが,毎回,固定した参加者だけでなく,種々のバックグラウンドを持った参加者30名前後が参集されたこと,宿題への解答披露と面直で議論をすることができたことは,感謝に堪えません。
これら一連の参照試料活動について,2019年7月にオーストラリア・パースで開催された第19回IZCにてポスター発表してきました。個人的にちょっとした事件がありましたが(空港からのタクシーでのポスターロスト…),どうにかこうにか発表し,国内の活発な活動を紹介することができました。また,IZAカウンシル会議でも本プロジェクトを紹介することができ,カウンシルメンバーから評価を得ることができました。
時を同じくしてIZA Catalysis Commissionにおいても,片田先生を中心に「国際参照ゼオライト」の取り組みが始まっておりました。小職は片田先生の後任として日本代表になり,またIZA PresidentになったMartin Hartmann先生の後任としてCommission Chairを仰せつかることになりました。この日本発の参照ゼオライト討論会の取り組みの第2弾として,国際参照ゼオライトプロジェクトへの参画を企画中です。詳細については追ってお知らせします。
最後になりますが,これら活動を通じて,日本ゼオライト学会の活動の更なる見える化,IZA活動でのイニシアティブによる更なる国際貢献,プレゼンス拡大を実現していきたいと思っております。日本ゼオライト学会会員の皆様のより一層のご参加をお待ちしております。
This page was created on 2021-01-21T11:04:38.766+09:00
This page was last modified on
このサイトは(株)国際文献社によって運用されています。