日本ゼオライト学会 刊行物 Publication of Japan Zeolite Association

ISSN: 0918–7774
一般社団法人日本ゼオライト学会 Japan Zeolite Association
〒162-0801 東京都新宿区山吹町358-5 アカデミーセンター Japan Zeolite Association Academy Center, 358-5 Yamabuki-cho, Shinju-ku, Tokyo 162-0801, Japan
Zeolite 38(1): 11-16 (2021)
doi:10.20731/zeoraito.38.1.11

解説解説

Cu-AFXゼオライト上でのアンモニア脱硝メカニズムMechanism of NH3-SCR by Cu-AFX Zeolites

北海道大学触媒科学研究所Institute for Catalysis, Hokkaido University ◇ 〒001–0021 北海道札幌市北区北21条西10丁目

受理日:2020年12月4日Accepted: December 4, 2020
発行日:2021年1月31日Published: January 31, 2021
HTMLPDFEPUB3

NH3を還元剤とするNOxの選択還元反応(NH3-SCR)が大型ディーゼル車用尿素脱硝システムのコア技術として実用化されている。触媒化学分野における近年のホットトピックスは,Cu-CHA等の小細孔ゼオライトにCuをイオン交換させた触媒の高いNH3-SCR性能や高耐久性を理解するための基礎研究である。本稿では小細孔ゼオライト系Cu触媒の例としてCuイオン交換AFXゼオライト(Cu-AFX)を用いて,NH3-SCRの反応機構を各種in situ分光法によって研究した成果を述べる。本系は,Cu2+に配位したNH3がNOと反応して,Cu2+のCu+への還元に伴うN2とH+の生成(還元素過程),Cu+とO2とH+からのCu2+と水の生成(再酸化素過程)の2段階の素過程を繰り返して進行する。活性種はCuイオンであり,ゼオライトの役割はCu2+/Cu+イオン,および,中間生成物であるプロトンのイオン交換サイトを提供することであると結論した。

The selective reduction reaction of NOx (NH3-SCR) using NH3 as a reducing agent has been commercialized as a core technology of a urea-SCR system for diesel vehicles. A recent hot topic in heterogeneous catalysis is fundamental research for understanding the high NH3-SCR performance and high durability of Cu ion-exchanged small pore zeolites such as Cu-CHA. This paper describes our recent results on the mechanism of NH3-SCR over Cu ion-exchanged AFX zeolite (Cu-AFX) studied by using various in situ spectroscopic methods. It is concluded that Cu2+-NH3 complexes react with NO to produce N2, H+ and Cu+ (reduction half cycle), and subsequent reaction of Cu+ and H+ with O2 to yield water and Cu2+ (oxidation half cycle). The active species are Cu ions and the role of zeolites is simply to provide ion exchange sites for Cu2+/Cu+ ions and proton.

キーワード:NOx選択還元;ディーゼル脱硝;反応機構;銅イオン交換ゼオライト

Key words: selective reduction of NOx; diesel de-NOx; reaction mechanism; copper ion exchanged zeolites

1. はじめに

Cu-CHAを触媒に用いたNH3を還元剤とするNOxの選択還元反応(NH3-SCR)が大型ディーゼル車の脱硝システムに搭載されている1)。NH3-SCR用のCuゼオライト触媒の高いNH3-SCR性能を理解するためには,分子レベルでの反応機構の知見が必須である。Cuゼオライト上でのNH3-SCR機構の研究は40年以上の歴史2,3)があるが,最近のトピックスはCu-CHA等の小細孔ゼオライト触媒の利用1,4)in situ分光を用いた活性種の動的挙動の直接観察5,6)である。Cuゼオライト上でのNH3-SCR反応機構に関する既報論文1–7)より,以下2点の結論が得られている。(1)Cuイオンが活性サイトである。(2)Cu2+からCu+への還元,Cu+からCu2+への再酸化のサイクルで触媒反応が進行する。Cu2+/Cu+のredoxが特に重要視されているが,in situ分光法を用いた反応条件下でのCu種の酸化還元挙動を生成ガス分析とあわせて計測した例は少ない。また,NH3-SCR反応中(定常条件)と非定常条件(Cu2+/Cu+のredox過渡反応)でのCuの酸化状態の両面から反応機構を検討した例も少ない。従って,反応機構の詳細や律速段階に関する議論は意見が別れている。当グループは各種in situ分光法と計算科学を用いて小細孔ゼオライト系触媒によるNH3-SCRの反応機構を研究してきた8–11)。本解説では,小細孔ゼオライト1つであるAFX12)にCuイオンを交換した触媒(Cu-AFX)13,14)を例に,各種in situ分光法を用いたNH3-SCRの反応機構研究を紹介する。具体的には,X線吸収分光,紫外可視分光(UV-vis),赤外分光(IR)の測定を加熱ガス流通条件(in situ)で実施し,NH3-SCRの定常条件および各素過程(非定常条件)でのCuの酸化状態を測定した。非定常条件における吸着分子,生成ガスの時間変化の測定とあわせて,反応機構,Cuやゼオライトの役割,律速段階に関して考察する。

2. NH3-SCR反応中のCuの状態の定量解析

銅イオン交換ゼオライト触媒(Cu-AFX, Si/Al=5.3, Cu/Al=0.25)はCu(NO3)2を用いたイオン交換法により調製した(600°C焼成)。Cu K-edge XANES(透過法)はSPring-8のビームラインBL14B2にて測定した。100–400°Cに加熱したin situセル中に入れた触媒(3.8 mg)に反応ガス(NO, NH3=1000 ppm, O2=10%, He=balance, 1000 mL/min)を流通させて測定したスペクトルを図1Aに示す。一方で,構造既知の参照試料を調製してXANESを測定した。図1B中の,Z-[Cu2+]は10% O2流通条件下(200°C)のCu-AFXのスペクトル(Z: zeolite framework),[Cu(NH3)4]2+は硫酸テトラアミン銅(II)水和物(0.614 g, 2.4×10−3 mmol)の水溶液(50 mL)に10%NH3(aq)を0.15 mL滴下した溶液のスペクトル,[Cu(NH3)2]+は上記[Cu(NH3)4]2+溶液50 mLにヒドラジンを0.03 mL滴下した溶液のスペクトルである。NH3-SCR反応中(100–400°C)のCu-AFXのin situ XANESスペクトルは複数のCu錯体のスペクトルの重ね合わせであるため,構造既知の参照試料のXANESを用いた線形結合フィッティングにより各Cu錯体の割合を見積もった。線形結合フィッティングの例(図1C)に示すように,実験値はシミュレーション値とよく一致したことから,本解析で各Cu錯体の割合を定量的に見積もることができる。この解析により,各反応温度における各Cu種の割合が図1Dのように決定された。低温(100°C)では,97%のCuはCu2+種(Z-[Cu2+], [Cu(NH3)4]2+, [Cu(H2O)6]2+)であり,Cu+種([Cu(NH3)2]+)の割合は3%であった。反応温度が高いほど,Cu+種の割合が増加(Cu2+種の割合が減少)し,250°CではCu+種とCu2+種が同程度の割合(約50%)に達する。300°C以上ではCu+種の方がCu2+種よりも多い。後述する反応機構を考慮すると,この結果は,低温(100°C)では[Cu(NH3)4]2+種のNOによる還元([Cu(NH3)2]+の生成)が律速であり,温度が高いほど,還元・再酸化の速度が拮抗し,300°C以上では[Cu(NH3)2]+の再酸化が律速であることを示している。但し,酸化還元型の触媒反応の定常状態のin situ分光の結果から速度論的な解釈を引き出すためには,酸素(10%)に対して希薄な反応物(NOとNH3は1000 ppm)の転化率にも注意する必要がある。同一条件で測定したNOとNH3の転化率を図1Eに示す。300°C以下のNOとNH3の転化率は60%以下であることから,図1Dに示すCu+種とCu2+種の割合は反応分子が十分供給されたNH3-SCR反応条件におけるCuの状態を反映している。350°C以上で[Cu(NH3)2]+の割合が温度に対して頭打ちの傾向を示すのは,NOとNH3の転化率が高すぎるため,つまり還元剤の濃度が希薄すぎるためである。

Zeolite 38(1): 11-16 (2021)

図1. (A)NH3-SCR反応中のCu-AFXのin situ XANES,(B)標準物質のXANES, (C)線形結合フィッティング例,(D)各反応温度における各Cu種の割合,(E)XANES測定と同一条件のNH3-SCRにおける転化率

3. NH3-SCR反応の還元素過程の観測

前章では,NH3-SCR反応中(定常状態)のin situ分光の結果から還元過程(Cu2+→Cu+),酸化過程(Cu+→Cu2+)の相対的な速度の温度変化を考察した。次に,非酸素条件(200°C)おいて還元過程だけを過渡的に進行させた場合のCu種の酸化状態を各種in situ分光法により計測した。はじめに,酸化処理後のCu-AFXにNH3を吸着させた。その後,0.1% NOを流通させた時のin situ XANESの時間変化とその解析結果を図2に示す。後述するin situ IRにより,NH3吸着後の試料にはCu2+に吸着したNH3が存在している。この試料にNOを流通させると,[Cu(NH3)4]2+種の還元(Cu2+→Cu+)が進行し,200 s後には80%以上のCpu種が[Cu(NH3)2]+種であった。

Zeolite 38(1): 11-16 (2021)

図2. (A)NH3吸着後のCu-AFXに0.1% NOを流通させた時(200°C)のin situ XANESの時間変化と,(B)その解析結果

同様の操作を加熱,ガス流通条件でのin situ IR(透過法)を用いて行った結果を図3に示す。Cu2+サイトに配位したNH3のピーク強度がNO流通によって低下した。IRセルを通過したガスの一部をT字の流路により質量分析器に採取し,気相生成物の同時分析を行った。Cu2+上のNH3のIRピーク強度の減少とほぼ同時期にN2生成が観測されたことから,Cu2+上のNH3がNOと反応してN2が生成する経路が実験的に示された。一方,IRスペクトル(図3A)においてNOの導入に伴うNH4+(プロトン酸点上のNH3)のピーク強度が増加したことから,反応に伴いプロトン酸点が生成することが示唆された。

Zeolite 38(1): 11-16 (2021)

図3. (A) NH3吸着後のCu-AFXに0.1% NOを流通させた時(200°C)のin situ IRスペクトルの変化,(B)Cu上のNH3種のIR強度および出口の質量分析で計測したN2生成速度の経時変化

同様の操作を加熱,ガス流通条件でのin situ UV-vis(拡散反射法)を用いて行った結果を図4に示す。酸化前処理後のCu-AFXのin situ UV-visにはCu2+イオンのd–d遷移に起因する760 nm付近の吸収が観測された。還元側の素過程を検討するために,200°Cで触媒中のCu2+にNH3を吸着させた後,そのCu2+-NH3錯体をNOと反応させた時のCu2+量(760 nmのUV-vis強度)とN2生成速度(質量分析)の時間変化を計測した結果を図4Bに示す。Cu2+の還元とN2生成が同時に観測された。以上,3種類のin situ分光測定結果より,Cu2+に配位したNH3がNOと反応すると,Cu2+のCu+への還元に伴いN2とプロトン酸点が生成すること(還元素過程)が結論された。

Zeolite 38(1): 11-16 (2021)

図4. (A)NH3吸着後のCu-AFXに0.1% NOを流通させた時(200°C)のin situ UV-visスペクトルの変化と,(B)Cu2+種のd–dバンド(760 nm)強度および出口の質量分析で計測したN2生成速度の経時変化

4. 再酸化素過程の観測

還元素過程により触媒中のCu2+がCu+となった後に,O2と反応してCu+がCu2+に再酸化される過程のXANESを200°Cで測定した(図5)。Cu+種,Cu2+種の割合をO2流通時間に対してプロットしたところ(図5B),速やかにCu+種がCu2+種に再酸化されることが定量的に示された。2種類の酸化ガス(O2, NO+O2)を用いて同じ試験をin situ UV-visで検討した(図6)。O2, NO+O2どちらの場合も,Cu+の再酸化に伴うCu2+のピーク強度の増加が観測され,初期の傾き(初速度)は同程度であった。この結果は,NOは再酸化過程を促進せず,酸素がCu+を酸化することを示唆する。なお,O2を用いた再酸化過程の気相生成物を質量分析器にて測定したところ,N2の生成は確認されず,水のみが生成物として観測された。Cu+とO2とプロトンからCu2+と水が生成する再酸化素過程の詳細を議論するための実験結果は未だに不十分であるが,理論計算によって比較的低い活性化エネルギーで本反応が進行することは確認している。

Zeolite 38(1): 11-16 (2021)

図5. (A)0.1% NH3+0.1% NO流通(200°C)後,10% O2流通時(再酸化過程,200°C)のin situ XANESの時間変化,(B)とその解析結果

Zeolite 38(1): 11-16 (2021)

図6. (A)0.1% NH3+0.1% NO流通(200°C)後,10% O2または500 ppn NO+10% O2の流通時のin situ UV-visスペクトル,(B)Cu2+種のd–dバンド(760 nm)強度の経時変化

5. まとめ

以上の結果をまとめて,図7にCu-AFX触媒上でのNH3-SCR機構を示す。Cu2+に配位したNH3がNOと反応してCu+,N2, H+が生成する還元素過程,Cu+とO2とH+からのCu2+と水が生成する再酸化素過程を繰り返してNH3-SCRが進行する。低温(100°C)では[Cu(NH3)4]2+種のNOによる還元([Cu(NH3)2]+の生成)が律速である。温度が高いほど,還元・再酸化の速度が拮抗し,300°C以上では[Cu(NH3)2]+の再酸化が律速である。Cu-CHA等の他のCuイオン交換ゼオライトでも同様の機構でNH3-SCRが進行する8,10)。活性種はCuイオンであり,ゼオライトの役割はCu2+/Cu+イオン,および,中間生成物であるプロトンのイオン交換サイトを提供することである。このゼオライトの役割は予想以上に単純と思われるかもしれないが,高温でのCuの凝集やゼオライトの脱アルミニウムが起こりにくいゼオライトがCHAやAFX等の小細孔ゼオライトに限定されるゆえに,実用NH3-SCR材料が限定されると考えると,ゼオライトは最も重要な役割の1つを担っているといえる。近年,MOF等の新規なカチオン交換材料が開発されてきたが,高温でダイナミックに酸化状態を変える遷移金属イオンのホスト材料としてアルミノシリケートを超える材料は極めて少ない。今後も実用触媒の材料として利用されるものと考えられる。

Zeolite 38(1): 11-16 (2021)

図7. Cu-AFX触媒上でのNH3-SCR機構

引用文献References

1) A. M. Beale, F. Gao, I. Lezcano-Gonzalez, C. H. F. Peden, J. Szanyi, Chem. Soc. Rev., 44, 7371(2015).

2) M. Mizumoto, N. Ymazoe, T. Seiyama, J. Catal., 59, 319(1979).

3) T. Komatsu, M. Nunokawa, I. S. Moon, T. Takahara, S. Namba, T. Yashima, J. Catal., 148, 427(1994).

4) S. V. Priya, T. Ohnishi, Y. Shimada, Y. Kubota, T. Masuda, Y. Nakasaka, M. Matsukata, K. Itabashi, T. Okubo, T. Sano, N. Tsunoji, T. Yokoi, M. Ogura, Bull. Chem. Soc. Jpn., 91, 355(2018).

5) C. Paolucci, I. Khurana, A. A. Parekh, S. Li, A. J. Shih, H. Li, J. R. Di Iorio, J. D. Albarracin-Caballero, A. Yezerets, J. T. Miller, W. N. Delgass, F. H. Ribeiro, W. F. Schneider, R. Gounder, Science, 357, 898(2017).

6) K. Ueda, J. Ohyama, A. Satsuma, Chem. Lett., 46, 1390(2017).

7) S. H. Krishna, C. B. Jones, J. T. Miller, F. H. Ribeiro, R. Gounder, J. Phys. Chem. Lett., 11, 5029(2020).

8) C. Liu, H. Kubota, T. Amada, K. Kon, T. Toyao, Z. Maeno, K. Ueda, J. Ohyama, A. Satsuma, T. Tanigawa, N. Tsunoji, T. Sano, K. Shimizu, Chem. Cat. Chem., 12, 3050(2020).

9) C. Liu, H. Kubota, T. Toyao, Z. Maeno, K. Shimizu, Catal. Sci. Technol., 10, 3586(2020).

10) H. Kubota, C. Liu, T. Amada, K. Kon, T. Toyao, Z. Maeno, K. Ueda, A. Satsuma, N. Tsunoji, T. Sano, K. Shimizu, Catal. Today, in press (DOI: 10.1016/j.cattod.2020.07.084)

11) H. Kubota, C. Liu, T. Toyao, Z. Maeno, M. Ogura, N. Nakazawa, S. Inagaki, Y. Kubota, K. Shimizu, ACS Catal., 10, 2334(2020).

12) N. Nakazawa, S. Inagaki, Y. Kubota, Adv. Porous Mater., 4, 219(2016).

13) N. Martín, C. Paris, P. N. R. Vennestrøm, J. R. Thøgersen, M. Moliner, A. Corma, Appl. Catal. B, 217, 125(2017).

14) G. Shibata, W. Eijima, R. Koiwai, K. Shimizu, Y. Nakasaka, Y. Kobashi, Y. Kubota, M. Ogura, J. Kusaka, Catal. Today, 332, 59(2019).

This page was created on 2021-01-20T17:46:51.404+09:00
This page was last modified on


このサイトは(株)国際文献社によって運用されています。