ディーゼル排気後処理技術:課題とゼオライト技術の応用Aftertreatment Catalyst Technology for Diesel Engine Emissions: The Challenges and Application of Zeolites for Future Technology
ジョンソン・マッセイ・ジャパン合同会社技術部Johnson Matthey Japan G. K. ◇ 〒329–1412 栃木県さくら市喜連川5123–3
ジョンソン・マッセイ・ジャパン合同会社技術部Johnson Matthey Japan G. K. ◇ 〒329–1412 栃木県さくら市喜連川5123–3
ディーゼルエンジンはエネルギー効率の高い内燃機関として知られている。一方で,その排気ガスは酸素過剰なため,ガソリンエンジン用の三元触媒とは異なる,独自の浄化技術が開発されてきた。2000年代初頭に炭化水素の排出低減を目的に,酸化触媒にゼオライトが使われたのをきっかけとして,以降,鉄や銅をイオン交換したゼオライトを含む窒素酸化物選択的還元触媒の例など,ゼオライトを使用した触媒の採用例が増えてきた。現在では,ゼオライトは,ディーゼルエンジンを搭載した車両が,欧州や米国の非常に厳しい排ガス規制に適合するために,なくてはならない触媒材料となっている。本稿では,ディーゼルエンジンの排気ガス浄化システムについて,これまでの自動車排ガス浄化触媒技術の発展と,将来の排ガス規制に適合するために開発中の排ガス浄化触媒やシステム,それに関わるゼオライト技術について紹介する。
Diesel engine is known as a fuel economy friendly power source. Because the exhaust gas contains very high concentration of oxygen, the aftertreatment catalyst technologies of diesel vehicles has been developed to utilize several kinds of catalysts to meet stringent emission regulations globally. Zeolite is one of key components of diesel engine aftertreatment catalysts, its application was found in early 2000s for hydrocarbon trap function of diesel oxidation catalyst, then selective catalytic reduction catalyst has been developed with the unique function of metal ion exchanged zeolites. In this paper, the history of diesel engine aftertreatment catalyst technology is described in parallel with the history of its use of zeolites. The latest technologies for current and future emission regulations, and the contribution of zeolite technology to them are also given.
キーワード:自動車排ガス規制;ディーゼルエンジン排ガス浄化システム;窒素酸化物選択還元触媒;窒素酸化物吸蔵触媒
Key words: vehicle exhaust gas emission regulation; diesel engine exhaust gas aftertreatment catalyst technology; NOx selective catalytic reduction catalyst; NOx storage catalyst
© 2020 一般社団法人日本ゼオライト学会© 2020 Japan Zeolite Association
自動車のエンジンから排出されるいわゆる排ガスは,大気環境汚染の大きな原因の一つであり,世界中でのモータリゼーションとともに,人々の耳目を集めてきた。1970年代にアメリカでマスキー法が成立して以来,欧州や日本といった先進国から規制が導入され,現在までに多くの国や地域で,大気環境を維持,改善するために,自動車排出ガスの規制が導入され,段階的に強化されている1)。
自動車排ガスには,規制が始まった当初から排出上限値が設定されている三つの有害成分,炭化水素(HC),一酸化炭素(CO),窒素酸化物(NOx)と,2000年以降に規制が始まった粒子状物質(PM)がある。図1に浄化反応の反応式を示した。
炭化水素と一酸化炭素,粒子状物質は酸化して二酸化炭素と水に変換し,窒素酸化物は還元して窒素分子に変換して浄化する。これら浄化反応はガソリンエンジンでもディーゼルエンジンでも変わらない。ただし,燃焼方式の違いで,両者の排ガス成分は大きく異なる。図2に排気ガスの空燃比と三元触媒を使用した際の炭化水素,一酸化炭素,窒素酸化物の浄化率の関係を示す。
ガソリンエンジンでは,吸入する空気と燃料のガソリンの量を調整して,炭化水素,一酸化炭素の酸化と窒素酸化物の還元が同時に起こりうるガス雰囲気,理論空燃比(Stoichiometric)の条件を作り出し,そこで白金,パラジウム,ロジウムといった貴金属を触媒活性点とする三元触媒を機能させることで,高い浄化性能を達成できる。一方で,ディーゼルエンジンはガソリンエンジンとは全く異なる燃焼方式を用い,圧縮して高温高圧になった空気の中に燃料(軽油)を噴霧することで自己着火を促し(圧縮着火),燃焼によるエネルギーを取り出す。なるべく多くの酸素をエンジン内に取り込むことが,燃料を最大限に燃焼させることにつながるため,したがって,エンジンから排出される排気ガスは酸素大過剰(Lean)となり,三元触媒では窒素酸化物の浄化が不可能である2)。
このようなディーゼルエンジンの排ガスを浄化するために,排ガス規制の強化とともに,種々の触媒が採用されてきた。図3は2010年頃の規制で採用されているディーゼルエンジン排ガス浄化システム(SCRT®)3)の例である。
このシステムは四つの触媒から構成される。ディーゼルエンジンでは,酸素過剰な条件の中で,四つの主要有害成分(炭化水素,一酸化炭素,窒素酸化物,粒子状物質)を高効率で浄化するため,排ガス処理システム自体,およびその制御が非常に複雑になる。
図4に示したように,エンジンから排出された有害な炭化水素,一酸化炭素,窒素酸化物,粒子状物質を含む排気ガスは,ディーゼル酸化触媒(Diesel Oxidation Catalyst, DOC)で主に炭化水素と一酸化炭素を浄化し,その次にDPF(Diesel Particulate Filter)で粒子状物質が除去される。DPFを出たガスには尿素水が添加され,尿素から熱分解で生成したアンモニアが,選択的還元(Selective Catalytic Reduction, SCR)触媒で窒素酸化物を窒素分子へと還元し,最終的に,未反応の窒素酸化物とアンモニアがアンモニア除去触媒(Ammonia Slip Catalyst, ASC)で取り除かれ,無害な排気ガスとして排出される。個々の触媒が,特定の反応に特化するように開発され,それらを組み合わせて,システムとして高い浄化率を達成する。
過去の排ガス規制と,そこで使用されたディーゼルエンジンの排ガス浄化システムを振り返ると,例えば日本の短期規制(2000~2004)や欧州のEu3(2000~2004),Eu4(2005~2009)といった規制では,エンジンの燃焼技術で窒素酸化物の排出量を低減し,アルミナ上に白金を担持した酸化触媒で炭化水素,一酸化炭素を酸化浄化することで規制を満たしていた。並行して,特に乗用車向けでは,触媒活性点の白金が酸化反応に活性でない低温条件での排ガス低減と,白金の使用量削減を目的として,一時的に炭化水素を排ガス浄化システム内にトラップするアイデアが生まれた。この系の炭化水素トラップ材にゼオライトが使われた。トラップされた炭化水素は,酸化触媒の温度が150°C程度になった際に,ゼオライトから脱離,放出され,白金上で酸化される。未燃のディーゼル燃料からは熱分解や部分酸化等で種々の炭化水素が発生するため,それらを吸着するのに適したゼオライトの選定が進められ,最終的にはEu4規制向けを中心にMFIや*BEAが採用された。
時代が進み,徐々に排ガス規制が厳しくなる中で,日本の新長期規制(2005~2009)やアメリカの2007年規制(2007~2009),欧州のEu5規制(2009~2014)では,ディーゼルエンジンを搭載した大型トラック等での規制対応のために,窒素酸化物を効果的に浄化する触媒技術が必要になった。そこで,固定排出源から排出される窒素酸化物の浄化に利用されていたSCR触媒が採用され4),2010年代にはいると,乗用車向けにも適用されている。
SCR触媒は,酸化雰囲気下でアンモニア等の還元剤を使用して窒素酸化物を還元する。ボイラー等の固定排出源での実績はあったものの,自動車のような移動排出源では,運転条件によって排ガスの温度や組成が大きく変化するため,エンジンの制御と排ガス浄化システムを高度にマッチングさせる必要がある。SCR触媒には,固定排出源用に実績のあるバナジウム系に加え,鉄や銅をイオン交換したゼオライトが使われる。ゼオライト系の触媒は600°C以上の温度にも十分な耐久性があることから,排ガスが高温になることが想定される車両,特に乗用車で採用割合が高い。初期の搭載例では*BEAが採用され,現在では,浄化性能と耐久性の要求からCHA他の小細孔ゼオライトの開発事例が多い。ゼオライト骨格は,後述の通り浄化性能と密接な関係があり,継続的に技術改善が進められている。
欧州での例を参考に,近年および将来のディーゼルエンジン排ガス浄化システムを説明する。図5に排ガス規制とそれぞれの規制に対応した乗用車用の浄化システムを示した。図中に許容される窒素酸化物排出量を矢印で示した。
欧州の規制では,近年,WLTC(World harmonized Light duty vehicle Test Cycle)1)と呼ばれる台上試験の試験サイクルと,RDE(Real Driving Emission)1)と呼ばれる実際の道路を走行した際の排ガスの規制の二つが存在する。2015年にアメリカで明らかとなった,フォルクスワーゲン社の車両に搭載されたデフィートデバイスによる排ガス規制不正問題,いわゆるディーゼルゲート事件を発端に,Eu6d Temp(2017~2019)規制以降では,RDEが規制値に採用され,より重要視されるようになった。規制がEu6d Final(2020~)になり,厳しく,かつRDE規制が強化されることで,窒素酸化物の浄化の難易度が上がり,それに伴い浄化システムの構成が,より窒素酸化物に注力した形になってきた。Eu6d Temp規制では,図3にあるSCRT®に近い形態や,窒素酸化物吸蔵還元触媒(Lean NOx Trap,LNT,もしくはNOx Storage Catalyst,NSC)とDPFを持つ比較的シンプルな構成が,より窒素酸化物低減を目指したシステムでは,SCR触媒を塗布したフィルター(SCR Filter, SCRF)や,DOCをNSCに置き換えた浄化システムなど,車両の大きさやエンジンの排気量を考慮した多様なシステムが採用されていた。Eu6d Final以降では,RDE規制が強化され,Eu7(導入時期未定)では規制が厳しくなる上にWLTCとRDEで同じ規制値が採用されると考えられる。その結果,まずEu6d Finalでは,いかに低温から触媒活性,特に窒素酸化物の浄化性能を立ち上げるか,次にEu7では,それに加えて高速運転での浄化性能が開発の要点となった。また,窒素酸化物浄化性能を有する触媒の設置場所が,よりエンジンに近い方へと動き,かつ個数や容量を増やしたシステムが必要になっていく。将来のEu7では,高精度のエンジン制御技術を適用しつつ尿素水の添加装置を増やしてSCRによる窒素酸化物の還元能力を向上させたシステムが考えられ,その際に排ガス浄化システムがNSC,SCRF,SCR,ASCで構成された場合,設置される触媒の全てで,それぞれが何かしらの窒素酸化物浄化機能を有することとなる。NSC,SCRがゼオライトを触媒主成分とするものになれば,ディーゼル排ガス浄化に対するゼオライトの貢献度は非常に大きい。以降でゼオライトを使ったSCR,NSCについて説明する。
SCR触媒は,酸素過剰の条件下で窒素酸化物を選択的に窒素分子に還元する排ガス浄化触媒である。日本でMFIゼオライトに銅を担持した触媒が酸素過剰条件で窒素酸化物を還元することが見出されて以降,SCR触媒の技術開発が進み,現在までに,アンモニアを還元剤に用いたSCR反応に,多くの研究例が見られる。ディーゼルエンジンの窒素酸化物浄化目的で応用されているSCR触媒には,世界の市場を見ると,大きく分けてバナジウム系とゼオライト系の技術がある。日本では,2005年の新長期規制以降,当時の日産ディーゼル(現UDトラックス)が,鉄イオン交換ゼオライトを大型トラック向け浄化システムに採用したのが,ゼオライトを使ったSCR触媒の最初の実用例である4)。日本では,バナジウム,クロム,マンガン,コバルト,ニッケル,銅の六つの元素は,車外に放出されないことを証明しない限り,自主規制によって使用ができない。そのため,初期の事例では,バナジウムまたは銅を活性点とするSCR触媒ではなく,鉄が中心に使われた。日本以外,特に欧州では,それぞれの触媒の特性の違いを考慮した上で使用法が検討されている。図6は2000年代のディーゼルエンジン用SCR触媒開発初期の実例である。
実用化された鉄ゼオライト触媒は,250°C以上にならないと十分な窒素酸化物浄化率が得られないが,他に比べて550°C以上でも高い転化率が維持できる。バナジウム系の触媒は,鉄ゼオライトよりも低温から活性が立ち上がるものの,高温で転嫁率が下がる傾向がある。それらと比較して,銅ゼオライト触媒は低温での活性が最も良く,高温での活性も十分に高いという特性があり,鉄ゼオライトやバナジウム系に対する優位性から,現在では日本も含めてSCR触媒の主役となっている。なお,アンモニアを還元剤とするSCR反応では,窒素酸化物中の二酸化窒素の比率が活性に大きく影響し,特に鉄ゼオライト系では二酸化窒素/窒素酸化物=0.5の際に銅ゼオライト系と同等の低温活性を示すこと,また,ディーゼルエンジンでは軽油由来の硫黄で酸化硫黄ガスが発生し,触媒劣化の原因となるが,バナジウム系では銅ゼオライトより影響が小さいことなど,いろいろな観点を踏まえた上でSCR触媒が選定されることを書き添えておく。
銅ゼオライト触媒の開発について述べると,銅ゼオライト系のSCR触媒は,先にふれたように,低温から高活性が期待でき,かつ600°C程度までの温度でも活性を維持することから,排ガス規制が厳しくなるにつれ,検討される機会が増えた。図7に種々のゼオライト骨格での活性評価の結果を示す5)。
耐久性の評価には,模擬耐久雰囲気には10%の水蒸気を添加し,さらにSCR触媒が曝されると思われる最悪条件を考えて,750°C×24時間,900°C×1時間の処理を行った。評価したいずれの銅ゼオライトも500°C×2時間の空気雰囲気下での熱処理後で90%以上の窒素酸化物還元活性を示す。750°C以上の劣化処理後では,*BEAやMFIでは,活性が大きく低下していることがわかる。それに対して,CHA骨格を持つSAPO-346)とSSZ-137),およびLEV8),DDR9),ERI-OFF10)のそれぞれのゼオライト骨格のサンプルは,750°Cの劣化処理に対して十分な耐久性を有し,900°Cに温度を上げても,CHA,LEVでは,劣化がほとんど見られていない。実際,CHAは,欧州,アメリカ,日本の規制が厳しい国・地域でディーゼルエンジン排ガス触媒に採用例が多い。近年でも引き続きSCR用銅ゼオライトの開発が進められており,浄化性能の高いゼオライト構造の探索や,既知のゼオライトの耐熱性,耐久性を向上させる検討が進められている。
先に示した一連の将来的なディーゼル触媒のレイアウトの中で,窒素酸化物吸蔵触媒も,今後の重要な触媒技術となる。SCR触媒は,排ガス浄化のエネルギーを排ガスの熱に依存するために,排ガスの温度が触媒の活性温度よりも低ければ,触媒は機能せず,有害なガスが大気に放出されてしまう。SCR触媒の活性温度より低い温度の排ガスに含まれる窒素酸化物の浄化に貢献するのが,NSCと言われる触媒である。図8では,窒素酸化物吸蔵触媒とSCR触媒の浄化温度特性の関係を示した。
図8にあるNSC Aは窒素酸化物吸蔵還元触媒(LNT), NSC BはPNA(Passive NOx Adsorber)11)と呼ばれる触媒である。両者ともに,SCRの活性温度に満たない低温領域で窒素酸化物を吸蔵する。NSC Aは,酸素過剰の雰囲気で窒素酸化物を吸蔵し,酸素不足の雰囲気で,吸蔵した窒素酸化物の還元を促す。低温から窒素酸化物を吸蔵でき,比較的広い温度領域で機能する特徴を持つ。一方で,白金やロジウムといった貴金属とバリウム他の塩基性元素を主成分とするLNTの場合,貴金属の使用量が多く高コストになりがちであることと,一酸化窒素は二酸化窒素にされてからでないと触媒に吸蔵されにくいため,一酸化窒素の酸化反応が起こりにくい温度領域では吸蔵が起こりにくいこと,排ガス中に含まれる硫黄分とバリウム等の吸蔵成分が反応して,触媒の吸蔵量が低下していく,といった課題がある。図5にある通り,Eu6 Temp規制では,NSC AとCSFで規制を満たすことができたが,RDE規制が厳しくなると,下流にSCR触媒を付加することが必要と思われる。
もう一つのNSC B(PNA)は,LNTと考え方が異なり,窒素酸化物の吸蔵に特化した触媒である。窒素酸化物を還元する能力はほぼない一方で,炭化水素と一酸化炭素の酸化反応には高い活性を有する。PNAは一酸化窒素を低温から吸蔵できるため,LNTに比べて低温から窒素酸化物を吸蔵する。また,現時点では,NSC Bの窒素酸化物吸蔵能力は,より低温側で発揮されるため,排ガス浄化システム全体で十分な窒素酸化物浄化能力を持つために,PNAの窒素酸化物吸蔵温度域が,下流のSCR触媒の動作温度域と十分にオーバーラップさせる設計が求められる。
PNAには,ゼオライトが非常に重要な役割を担う。図9に種々のパラジウム担持ゼオライトとパラジウム担持酸化セリウムの窒素酸化物吸蔵特性の評価結果を示す。
本実験で用いた*BEA,MFI,CHAにパラジウムを担持したサンプルは,200 ppmで供給した窒素酸化物の濃度が,サンプルの下流側でほぼ0 ppmになるように,速やかに窒素酸化物を吸蔵した。比較対象としたパラジウム担持酸化セリウムと比べて短時間で一酸化窒素を吸着し,いずれも150秒後には飽和吸着量に達した。100°Cにおける単位重量当たりの吸蔵量は,CHA < MFI < *BEAである。また,図10(a)に示した温度と単位吸蔵量の評価結果から,*BEAは100°C以下での吸蔵量は高いものの,温度の上昇とともに直線的に減少し,150°CではMFI, CHAよりも低く,高い温度では窒素酸化物が吸蔵できないことがわかる。170°Cになると,MFIでは吸蔵量が低下することが示唆されたものの,CHAでは依然高い吸蔵量が見られた。また,パラジウム担持ゼオライトを用いて窒素酸化物を含むガスの雰囲気下でサンプルの温度を上昇させる実験の結果,図10(b)のようにゼオライト骨格によって窒素酸化物の脱離開始温度,ピーク温度が異なった。*BEA,MFIでは約200°Cから窒素酸化物の脱離が始まり,*BEAで約250°C,MFIでは約270°Cでピークを示したところ,CHAでは放出開始温度が約250°C,ピーク温度が350°Cと,若干高い温度まで窒素酸化物を吸蔵しており,以上からゼオライト構造が吸蔵・脱離特性に影響を与えることがわかった。
パラジウム担持ゼオライトの窒素酸化物吸蔵特性は,共存するガスの影響を受けることも明らかとなっている。図11はパラジウム担持CHAサンプルを用いた共存ガスの影響を調査した結果である。
酸素分子のみ,または酸素分子と一酸化炭素が共存した系では,最も大きい窒素酸化物吸蔵量を示しており,600秒以上の長い時間にわたって吸蔵し続けることから,これらのガスの悪影響はないことが示唆された。酸素分子と水蒸気,もしくは酸素分子と一酸化炭素,水蒸気が共存する系では,明らかに窒素酸化物吸蔵能力が低下しており,水蒸気の影響を強く受けると言える。一方で,水蒸気に加えて一酸化炭素が共存すると,実験開始初期の吸蔵量が,水蒸気が共存しない系と同等程度に維持されており,したがって,一酸化炭素はパラジウム担持ゼオライトの窒素酸化物吸蔵特性に好ましい影響を与えることがわかった。これらの結果は,パラジウム担持ゼオライトの窒素酸化物吸蔵メカニズムを示唆すると同時に,水蒸気,一酸化炭素他,種々のガスが共存する実際の排ガス条件下でPNAが機能する理由を示している。
開発した基礎技術を実際の車両に応用する際には,触媒を車両に搭載するスペースや排ガスのもつ熱を有効活用するための工夫が必須である。Johnson Matthey社では,それらを目的に,パラジウム担持ゼオライトの窒素酸化物吸蔵機能や,DOCで用いられているゼオライトによる炭化水素トラップ機能,および白金やパラジウムの酸化触媒機能を一つの触媒に導入する技術開発を進めている。この技術をDiesel Cold Start Concept(dCSCTM)と呼んでいる12,13)。dCSCTMを実際の車両を使って機能評価した例を紹介する。
試験は,上流にDOCまたはdCSCTMを設置し,下流側に尿素水噴射装置とSCRFを使った排ガス浄化システムで行った。このシステムをエンジン単体に取り付け,エンジンベンチ設備を使用して,欧州のNEDCサイクルを模擬した運転条件で排出される窒素酸化物の量を測定した。図12は窒素酸化物排出量の積算値(a)と,試験中のそれぞれの触媒の入り口ガス温度(b)である。まずDOCを使った例では,Engine OutとPost SCRFの窒素酸化物の積算値に850秒程度までは大きな違いは出ていない。これは,DOC上では窒素酸化物の浄化反応は限定的で,850秒以降でようやくSCRFの温度がSCRに適した温度域に達成し,尿素水が供給された結果,以降では窒素酸化物が十分に還元浄化されたことを示している。一方のdCSC ™の系では,優れた窒素酸化物吸蔵能力を発揮し,800秒を超えるところまで,DOCの例より排出量が小さい。以降,Post dCSCTMの積算値が示すように,dCSCTMの温度が850秒付近で250°Cまで上昇した結果,窒素酸化物の脱離が始まったものの,SCRFの入り口が活性温度に到達していたことで,dCSCTMから脱離した窒素酸化物も含めてSCRFで還元され,最終的な窒素酸化物排出量はDOCの系から30%以上低減できている。また,Post dCSCTMの窒素酸化物積算曲線が示すように,dCSCTMが吸蔵した窒素酸化物のほとんどが脱離していることがわかる。
以上のようにdCSCTMはパラジウム担持ゼオライトの特性を反映して興味深い挙動を取り,システムの設計を工夫することで厳しい規制を満たすシステムを作り上げられることがわかった。一方で,dCSCTMに対する燃料由来の硫黄酸化物やオイル由来のリン酸化合物による被毒の影響や,高温に曝された際の耐久性など,クリアしなければならない課題の評価を進めている。市場でのトラブルを限りなく少なくし,大気環境を維持,改善するために,様々な条件を加味した試験が必要とされる。
ディーゼルエンジン排ガスの浄化について,課題が多いこと,課題を解決するためにゼオライトが役立っていることを述べた。自動車排ガスの排出規制は,今後も継続して強化されるのは間違いない。ここではゼオライトを応用したSCR触媒とPNAの機能を中心に説明したが,欧州のEu7規制に対応した排ガス浄化装置がNSC,SCRF,SCR,ASCで構成された場合,全ての触媒が窒素酸化物の浄化を担い,かつ個々の構成材料としてゼオライトが使用される可能性がある。浄化システムの性能を向上するためには,いかにシステムを作り上げて制御するか,という点に加えて,ゼオライトの持つ優れた機能を向上させ,自動車のエンジン排ガスという特殊な環境の中で使える材料とすることが重要である。ゼオライトに必要とされる開発要件は,まだまだ多い。
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