ゼオライト合成研究に携わって
1 広島大学名誉教授
2 東京大学特任研究員
3 成蹊大学客員研究員
© 2019 一般社団法人日本ゼオライト学会© 2019 Japan Zeolite Association
私は大学卒業後にゼオライト研究を始め,以下のようにこれまで固体触媒および分離膜への応用を念頭に主にゼオライト合成研究に携わってきた。幸いにも通商産業省工業技術院化学技術研究所(現産業技術総合研究所)および大学(北陸先端科学技術大学院大学,広島大学)での37年間の長きにわたりゼオライト合成研究を続けてこられたのは,多くの人との出会いがあったからである。研究テーマの設定,実験データの解析などで悩んだ時に相談に乗ってもらい大いに勇気づけられたものである。ここでは,そうした出会いにより継続できた研究成果について思いつくまま紹介する。
ゼオライトを触媒として利用していく際の最大の課題は,反応条件下での構造・組成の安定性であり,その耐熱性/耐水熱性の向上を目的に様々な研究が行われている。メタノールからの低級オレフィン合成用ゼオライト触媒の開発を目指した国家プロジェクト(C1化学)では,ゼオライトは高温の水蒸気にさらされるためその骨格構造からの脱アルミニウムに起因する触媒劣化が大きな課題となっていた。脱アルミニウムの程度が大きければゼオライト結晶構造そのものが破壊されることがある。プロジェクトではアルカリ土類金属修飾により脱アルミニウムを著しく抑制することができ,低級オレフィン(エチレン+プロピレン)選択率60%以上,触媒寿命4000時間程度の高性能な触媒開発に成功した。図2には開発した触媒の最終性能評価に使用したベンチ反応装置を示す。しかし,脱アルミニウムに及ぼすアルカリ土類金属修飾の効果を含め脱アルミニウムの詳細は理解できていなかった。当時の研究グループのリーダーの高谷課長から,脱アルミニウム挙動について定量的な検討をするようにと指示を受けた。高谷課長は「データはできるだけ定量化するように」と事ある度に言われた。そこでMFI型ゼオライトに焦点を当て,その脱アルミニウム挙動を種々の水蒸気分圧下で詳細に調べた。その結果,脱アルミニウム速度は,見掛け上骨格構造中の四配位アルミニウム量の三次に比例することがわかった。この脱アルミニウム速度が骨格構造中の四配位アルミニウム量に対して一次ではなくより高次の次数を持つという結果は,固体酸性を示す橋かけ水酸基Si(OH)Alのプロトンがゼオライト細孔内を自由に動き回り,Si-O-Al結合の加水分解反応の触媒として働いていることを示している。このプロトンの非局在化はゼオライト膜の伝導度測定からも立証した。最終的にはその速度式は骨格構造中のAl量に一次,プロトン濃度に二次,-d[Al]/dt=k[Al][H+]2であることを明らかにすることができた。したがって,固体酸性を維持しつつ脱アルミニウムを抑制するためには,橋かけ水酸基Si(OH)Alのプロトンの数あるいはモビリティーを減少すなわち酸性質を低下させるしかないことがわかった。アルカリ土類金属はまさにゼオライトの酸性質の低下に関与していたことになる。また,脱アルミニウム速度はゼオライトの結晶性に大きく依存し,格子欠陥の多いゼオライトほど大きいことも明らかとなった。さらに,一度骨格構造外へ脱離したアルミニウム種を,酸処理によりゼオライト骨格構造中へ容易に再挿入(リアルミネーション)できることも見出した。これは従来,不可逆的劣化とされたゼオライトの脱アルミニウムによる劣化の再生が可能であることを示す結果である。また,合成ガス(CO/H2)からの低級オレフィン合成研究の中で,MFI型ゼオライトが高温・高圧の下ではオレフィンの水素化能を有していることもはじめて明らかにした。
この研究テーマを立ち上げるきっかけとなったのは,化技研の水上課長の研究グループに参加してからである。水上課長からは研究室の研究テーマを無理にする必要はないから(ただ雑務は手伝ってくれ), 「面白いことをして特色ある研究者になるように」といつも言われていた。何をしたらいいのかわからなかった時に本省から宇宙実験の話が来た。対流や沈降の影響を大幅に排除できるとは言え,微小重力環境を利用したゼオライト合成で何がわかるのかという疑問があったが,とりあえず参加した。宇宙実験で得られたMFI型ゼオライトは数珠状につながったものであり(図3),物珍しさもあり論文にすることができた。対照実験で行った地上実験でゼオライト膜が得られたのは大変幸運であった(図4)。あれこれ考えないで与えられたプロジェクトに参加することは時には良いものだと思った。このゼオライト膜の合成は世界で初めてのことであり,膜断面の解析からゼオライトの結晶化過程を観察できるのでは,また分離膜材料への応用も目指せるのではと非常に興奮したのを覚えている。ゼオライトの分離膜材料への応用については古くから期待されていた。しかし,従来の水熱合成条件では高濃度の水性ゲル混合物を用いるため膜状ゼオライトは得られていなかった。宇宙実験を想定した希薄な透明水溶液を用いたことにより,世界で初めてMFI型ゼオライト多結晶膜の調製に成功したことになる。さらに同期入所の柳下さん(現在広島大)の協力があり,シリカライト膜が従来の有機膜以上の有機物(アルコール,酢酸)選択透過性を示すことを明らかにした。これらの結果は分子ふるい能を有する無機膜の可能性を示すものであり,ゼオライト膜の研究分野を切り開いたと思っている。また最近では,産総研清住さんの協力を得て,ゼオライト水熱転換法を利用して耐酸性CHAゼオライト脱水膜の合成にも成功した。図5には酢酸水溶液の浸透気化分離における長期耐久性試験の結果を示す。清住さんは化技研時代からの付き合いであり,何でも話せたのは大変良かった。
ゼオライト合成を研究対象にしているのだから,その結晶の成長過程を直接見てみたいという素朴な思いはずっと頭の中にあった。幸い何かの委員会でつくばの同じ敷地内にあった電子技術総合研究所(現産総研)の岩崎さん(現在東京大)と知り合いになり,一緒に研究を進めることができた。その場観察装置についはすべて岩崎さんが作製してくれ,こちらは溶液の組成など水熱合成条件を検討する程度であった。最初は観察用の窓を上にするのか下にするのかなどいろいろ課題が出たが,図6に示すようにシリカライト結晶の成長過程をその場観察することに成功した。結晶の長さ,幅に加え,結晶の上下の面での反射光により起こる干渉縞の解析から厚さ方向の成長速度を求めることができた。この干渉縞の観察は予想外だったので少し驚いたのを覚えている。また,この装置を用いてゼオライト結晶の溶解挙動をも明らかにすることができた。
1948年にBarrerらにより人工的にゼオライトが水熱合成されて以来,ゼオライト合成に関する研究は現在においても精力的に行われている。ゼオライトの合成は,その骨格を構成する成分であるシリカ,アルミナとアルカリ金属カチオンを含む水性ゲルを水熱処理することで行われる。当初合成には無機カチオンのみが用いられていたが,1961年の有機カチオン(4級アンモニウムカチオン)を用いた新規ゼオライト合成の成功を機に,様々な分子構造の有機分子を構造規定剤として用いたゼオライト合成が試みられ,ゼオライトの構造は爆発的に増加した。ゼオライトはその構造に由来したアルファベット3文字の構造コードが与えられるが,2019年9月現在で国際ゼオライト学会から認定されているゼオライト構造は248種類にも達している。スペインITQのCorma先生と米国ChevronのZones博士のグループの際立った成果が目立つが,最近横浜国大の窪田先生のグループはGONゼオライトに次ぐ多次元大細孔新規ゼオライトYFIの合成に成功している。
広島大への異動を機に,恩師曽我和雄先生および北陸先端大副学長飯島泰三先生の「最低10年間は続けられる研究テーマを設定しなさい」という教えを思い出し,何を研究テーマするのか悩んだ。その頃学会では,層状ケイ酸塩からのゼオライト合成が注目されており,レゴ遊びに学ぶゼオライト合成といった言葉をよく耳にした。研究室でも近江助教(現在岐阜大)が産総研の池田さんと一緒に層状ケイ酸塩の層間脱水による多孔化の研究を行っていた。
ところで,ゼオライトは一般的にシリカ,アルミナなどのアモルファス原料を用いて合成されているが,合成過程において目的のゼオライトとは異なるゼオライトが中間生成物としてしばしば観察される。これは合成過程で生成したゼオライトが熱力学的により安定な目的のゼオライトへ転換することを示しており,ゼオライトを原料に用いたゼオライト合成と捉えることができる。この転換過程ではゼオライトの分解・再構築が起こっていると考えられる。そこで,ゼオライトを出発原料に用いることで,より迅速に目的のゼオライトが得られるのではないかという発想「ゼオライト水熱転換法」に至った。本手法は「原料ゼオライトの分解→局所的秩序構造を持つアルミノシリケート種(ナノパーツ)の生成→目的ゼオライトの再構築」というプロセスにより進行するため,出発ゼオライトと目的ゼオライトの構造類似性が極めて重要である。出発ゼオライト(FAU)の分解過程およびナノパーツの集積によるゼオライト骨格の再構築過程において,アルカリ源および有機構造規定剤(OSDA)としての2つの機能を有する4級アンモニウム水酸化物の種類を様々に変えてゼオライト水熱転換条件を詳細に調査した。CHA,AEI,LEV等の様々なゼオライトが得られた(図7)。なお,水熱転換条件の設定では,東ソーの板橋さん,高光さんとの共同研究の経験が大いに役立った。また,アンモニウムカチオンに加えホスホニウムカチオンを併用することにより(図8),耐水熱安定性に優れたリン修飾小細孔ゼオライトの合成にも成功し,高性能なNH3-SCR触媒として応用できることを明らかにした。リン修飾の詳細な解析は東大生産研の小倉先生らのAICEプロジェクトで現在進められている。しかし残念ながら,Corma先生およびDavis先生の総説でも指摘されているように,本ゼオライト水熱転換法のゼオライト合成としてのポテンシャルは高いが,転換過程についてはほとんど理解が進んでいない。何とか解明したいものである。ゼオライト合成に関する研究は世界で活発に行われ,ゼオライト水熱転換法を含む合成技術に関する新たな発見が続いており,高耐久性ゼオライトの設計・合成が近い将来可能になると期待している。
分子レベルの大きさの均一なミクロ細孔を有する結晶性アルミノケイ酸塩ゼオライトは,分子ふるい作用,固体酸性,イオン交換能等を有する魅力ある機能性ナノ空間材料である。研究対象として大変興味深い材料である。振り返ってみると,学生さんはもちろんのこと大勢の人の協力があり研究を続けてこれたことがよくわかる。こういう機会に恵まれた私は幸せな研究生活を送ったと感謝している。これからはその恩返しではないが若い人をサポートし,少しでも日本ゼオライト学会のお役に立てればと思っている。
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