自動車用SCR触媒の現状と課題Current Status and Future Aspects of SCR Catalyst for Automotive Emission Control
ユミコア日本触媒株式会社Umicore Shokubai Japan Co., Ltd. ◇ 〒650–0047 兵庫県神戸市中央区港島南町4–2–16
自動車排ガスに含まれる窒素酸化物(NOx:一酸化窒素と二酸化窒素などの総称)の排出抑制のために,金属イオン交換ゼオライト触媒を用いたアンモニアを還元剤とする選択還元法(SCR: Selective Catalytic Reduction)が実用化されている。アンモニアSCRは炉やボイラー,化学プラントなどの固定発生源のNOx浄化方法として有効な方法であったが,自動車に搭載するためには様々な課題を克服する必要があった。またゼオライトも,自動車排ガス浄化用の触媒材料として実用化されるまでに,様々な検討がなされた。本稿では,ゼオライトベースのアンモニアSCR触媒の実用化までの道のりと現状について解説し,さらに今後の改良のために必要となる課題を検証する。
SCR (Selective Catalytic Reduction) by using metal ion-exchanged zeolite as catalyst and ammonia as reducing agent, has been used to control nitrogen oxide (NOx: nitrogen monoxide and nitrogen dioxide) included in the automotive exhaust. SCR was effective way to control NOx in the exhaust form stational emission source like as furnaces, boilers and chemical plants, nevertheless there were lot of issues to be solved when SCR was applied to automotive. In addition, many issues were considered until zeolite was authorized as the material for automotive emission control catalyst. This article comments about the zeolite-based ammonia SCR catalyst, the distance until the practical use, the present conditions, and issues for future improvement.
キーワード:SCR;NOx;アンモニア;自動車排ガス;銅イオン交換ゼオライト
Key words: SCR; NOx; ammonia; automotive exhaust; Cu ion exchanged zeolite
© 2019 一般社団法人日本ゼオライト学会© 2019 Japan Zeolite Association
自動車から排出される有害物質によって深刻な環境破壊が引き起こされた事例は,古くは1940年代にロサンゼルス市で発生した光化学スモッグに遡る。従来の石炭煤煙由来の「黒いスモッグ」ではなく,晴れた日に発生する「白いスモッグ」による深刻な健康被害や農作物を含めた植物への影響が顕在化した。当初は発生原因がわからなかったが,その後の研究により大気中でNOxや炭化水素類(HC)から光化学反応によりオゾンやペルオキシアシルナイトレートなどの光化学オキシダントが生成することが,スモッグの発生に大きくかかわることが明らかとなった。また,NOxは酸性雨の原因にもなり,大気への放出を厳しく制限する機運が高まった。自動車用エンジンは,光化学スモッグの原因となるNOxやHCだけでなく,人体に有害な一酸化炭素(CO)および粒子状物質(PM)を排出する。このため,これらの有害物質の大気への放出を抑制するために,1960年代より自動車排気ガス規制導入が検討され,現在も継続的に強化されている。自動車エンジンの燃焼方法の改良なども検討されたが,1970年代以降は触媒反応により有害物質を浄化する方式が主流となっていった。
自動車から排出される有害物質のうち,HC, CO, PMは主に燃料の燃え残りとして生成されるが,酸化反応により水(H2O)および二酸化炭素(CO2)に酸化され無害化される。一方NOxは,エンジンのシリンダー内部で燃焼反応により高温で窒素と酸素が化合することにより生成したいわゆるThermal NOxで,主成分は一酸化窒素(NO)であり,無害化のためには窒素(N2)と酸素(O2)に分解する必要がある。NOの生成エンタルピーは標準状態で負(−90 kJ/mol)であり,常温でも分解側に有利なはずであるが,2NO→N2+O2はスピンの禁制で極めて起こりにくい反応となる。これを打破するため,様々な触媒が検討されてきた。
現在,ガソリンエンジンの排ガス浄化に用いられているのは,次のような手法である。まずシリンダーに取り込む空気を燃料が過不足なく燃焼する量に調節することによって,排ガスが酸化還元のバランスの取れた条件になるように保ち,触媒によってHC,COの酸化とNOxの還元を同時に行うものである。触媒によって三成分の除去を同時に行うので,三元触媒法と呼ばれる。燃料と空気の比率(空燃比)を調整するためには酸素センサーと電子制御された燃料噴射システムを用い,触媒としては白金,パラジウム,ロジウムなどを含む貴金属触媒が用いられる。これにより,エンジン始動時を除いては空燃比が量論比に保たれる限りは高いNOx浄化率が得られる。しかし,燃費を重視したリーンバーンエンジン(空気の比率が燃料より過剰)では三元触媒が作動せずNOxが浄化できない。一方ディーゼルエンジンは,少量の燃料を大量の空気で燃焼させることにより,有害物質の生成量がガソリンエンジンと比較して少なく,燃費もよいことからCO2の排出が少ないこともあって,クリーンなエンジンと言われてきた。しかし,規制強化によりNOx排出量が厳しく規制されると,ディーゼルにおいても高い効率でNOxを除去する必要が生じた。つまり,ガソリンエンジンでもディーゼルエンジンでも,酸化雰囲気下でのNOx浄化が大きな課題となってきたわけである。
一方,ボイラーや工場などの固定発生源からのNOx浄化に有効な方法として,アンモニア(NH3)を還元剤とするSCR法が提案され,1960年代に精力的に検討された。その結果,バナジウム-チタニア系触媒をハニカム状に押し出し成型した触媒が1970年代に実用化された。バナジウム系触媒を用いたアンモニアSCR法の自動車排ガスへの適用も1980年代に検討されたが,いくつかの問題があり広く普及することはなかった。バナジウムが耐熱性に乏しく,自動車排ガスの温度条件に耐えられない懸念があったこと,押し出し成型触媒が自動車の振動に強度的に耐えられなかったこと,また安全上の観点から還元剤のアンモニアの車載に懸念があったためである。しかし2000年以降に,車載しても安全な尿素水からアンモニアを生成する方式が確立され,バナジウム触媒の改良や本稿の主題であるゼオライト系アンモニアSCR触媒が見出された結果,アンモニアSCR触媒が自動車用脱硝触媒として大きく普及することになった。
ここで,ゼオライトが自動車排ガス触媒に適用された経緯を見てみよう。遷移金属をイオン交換したゼオライトがアンモニアを用いた選択還元脱硝反応に活性があることは,古くから見出されていた1)。1980年代に銅イオン交換ゼオライトがNOxの直接分解を起こすことが見出され,大きく注目された2)。これは,ゼオライトにイオン交換された銅が低温から特異的な酸素放出特性を示すことから,NOxが乖離吸着した後に酸素を放出することにより,NOxを直接分解することができるというものであり,特に銅イオン交換ZSM-5型ゼオライト(銅MFI)が高いNOx分解能を示すとされた3)。その後,HCの共存により酸化雰囲気でも高い浄化率でNOxを浄化されることが見出された4,5)。過剰のHCの存在でより高いNOx浄化性能を示すことから,この反応は完全な選択還元反応ではなく,HCの酸素による酸化と並立する準選択還元反応と考えられる。しかし一方で,ある程度酸素濃度が高くないとNOx浄化率も低下することから,含酸素の反応中間体の存在や活性種のredoxが議論された。この銅ゼオライト触媒は,排気中に含まれるHCが還元剤となることから自動車排ガス浄化への適用も期待されたが,市場への投入は限定的なものであった。その理由としては,自動車排ガスで想定される高温での耐久性に懸念があったこと,高い浄化を得るためにはNOxに対して相当量のHCが必要であったこと,そしてNOx浄化率が300~400°Cにピークを持つ温度特性であり,エンジン排気温度がこの領域を外れたときに十分な浄化性能が得られなかったことが挙げられる。追加のHC源としてディーゼル燃料を噴射するシステムと銅ゼオライト触媒を組み合わせて,ディーゼルエンジン搭載使用過程車の規制対応(Retrofit)としてCARB(California Air Resources Board:カリフォルニア州大気資源委員会)の認証を受けた例を図1に示す。
NOx浄化触媒からは外れるが,ゼオライトの自動車触媒への適用が検討される中で,別の用途が脚光を浴びた。ゼオライトの細孔をうまく設計することで,自動車排ガス中のHCを吸着捕集できることが見出されたのである。ゼオライト自体にはHCを浄化する機能はないが,貴金属触媒と組み合わせたり,ゼオライトに貴金属を担持したりすることによって,脱離するHCを浄化することが試みられた。これは,触媒が活性化する温度に達するまでのHCを浄化する方法として,ガソリンエンジンおよびディーゼルエンジンの触媒へ実装された。特にディーゼルエンジンは排気温度が低いため,酸化触媒が作動する温度より低い条件ではゼオライトを用いてHCの排出を抑制することが一般的となった。ここでもゼオライトの耐久性が課題となったが,シリカ(Si)/アルミナ(Al)比の最適化や結晶欠陥の抑制など,後にアンモニアSCR触媒にも適用できる様々な検討が行われた。
そして2000年以降,ディーゼル排ガスのNOx浄化が強く求められるようになり,特定の条件で高いNOx浄化率を示す鉄ゼオライト系触媒が見出され,これと尿素水噴射システムを組み合わせた尿素SCRシステムが大型商用車用に搭載された6)。その後,ディーゼル乗用車が欧州を中心に普及し,大型商用車よりもさらに低い温度で作動するSCR触媒が必要になった。これに対し,銅ゼオライト触媒が低温から高い性能を示すことが見出された7)。これにより,銅ゼオライトによるNOx還元触媒が提唱されてから,紆余曲折の末に三十余年を経て自動車用脱硝触媒として実用化されたのである。図2に,自動車用SCR触媒とゼオライトのかかわりを示す。
ディーゼルエンジン用SCRシステムの概要を図3に示す。まずエンジン排ガスはディーゼル酸化触媒(DOC: Diesel Oxidation Catalyst)およびディーゼル微粒子フィルター(DPF: Diesel Particulate Filter)によってHC,CO,PMが浄化される。その後燃料中に尿素水を噴霧しSCR触媒に導入することにより,尿素が分解して生じたアンモニアとNOxが反応してN2, H2Oとなり無害化される。触媒はセラミックスやステンレス箔をハニカム状に成型したもの(担体)に,触媒成分をコートしたものが用いられるが,バナジウム系SCR触媒では触媒成分そのものを成型したものも一部用いられている。ガスがハニカム体を通過する途中でコートされた触媒成分と接触して反応する,固定床流通反応システムである。一般的に自動車用排ガスに含まれるNOxの濃度は,数十~数千ppmである。NOxの排出基準は,乗用車の場合,定められた走行条件で排出する量(質量)の上限が定められている。従って,エンジンから排出されるNOxの量によって必要となるNOx浄化率は変動するが,排出基準が厳しくなるにつれて概ね90%以上の高い浄化率が必要となっている。流入する排ガス流量をSCR触媒のハニカム担体の見かけ容積で割った空間速度は,エンジン運転条件によっては数十万/hrに及ぶため,反応速度だけでなく拡散などの物質移動も考慮した触媒設計が必要である。また反応温度は,通常のディーゼルエンジンの運転条件であれば触媒入り口で120°Cから350°C程度だが,一時的に800°C以上になることもあるため,短時間でもある程度の高温に耐える触媒設計が必要となる。
自動車用の尿素水としては,一般的に32.5%尿素水(AdBlue®:ドイツ自動車工業会の登録商標)が用いられる。尿素水は排気中に噴霧されSCR触媒に接触する過程で,次の反応によってアンモニアを生成する。
CO(NH2)2→NH3+HNCO(熱分解)
HNCO+H2O→NH3+CO2(加水分解)
尿素が完全に分解する温度はSCR触媒入り口で170°C程度であり,これより低い温度で尿素を噴射してもNOxを浄化できないばかりか,場合によっては凝集した尿素で触媒が閉塞してしまうこともあるため,ある程度排気温度が上昇した条件でのみ尿素水が噴射される。排出されるNOxに見合った量のアンモニアが生成するよう尿素水の噴射量は制御されるが,NOxに対するアンモニア量の過不足を平滑化し,また尿素の分解温度以下でもある程度NOxを分解するために,SCR触媒にはアンモニアの吸着保持能力が求められることがある。なお,以下本稿では特に断りのない限りアンモニアとNOxが反応する場合のSCRについて記述する。
発生したアンモニアと排気ガス中のNOxがSCR触媒上で反応するが,反応式を量論的に表すと以下の三つが挙げられる。
4NO+4NH3+O2→4N2+6H2O (a: Standard SCR)
2NO2+4NH3+O2→3N2+6H2O (b: NO2 SCR)
NO+NO2+2NH3→2N2+3H2O (c: Fast SCR)
一般的にNOだけが供給されるStandard SCRは,速度が遅いと言われている。一方,NOとNO2が1 : 1の比率で反応するFast SCRは,その名のとおり速く低温からでも反応が進行する。
様々な金属をイオン交換したゼオライトがアンモニアSCR触媒として研究されたが,最初に実用化されたのは鉄ゼオライト触媒である。図4に,鉄ゼオライト触媒のアンモニアSCR特性を示す。鉄ゼオライト触媒はNOだけが供給されるStandard SCR条件では,ディーゼルエンジンの通常走行条件である150~300°Cの触媒温度で十分なNOx浄化性能が得られない。これに対し,NO/NO2が1/1に調節すると,低温でも高いNOx浄化性能を示す。このため,初期の自動車用SCR触媒システムは,貴金属を含有するディーゼル酸化触媒で排気ガス中のNOの一部をNO2に変換し,鉄ゼオライト触媒で可能な限りFast SCRを実現する方法が用いられる。しかし,条件の変動やディーゼル酸化触媒の劣化によるNO2生成特性の変移により,理想的なNO/NO2比率を維持することは難しい。
一方,銅ゼオライト触媒はNOだけが供給される条件でも,低温からNOx浄化性能を示すことが明らかとなった。前述したとおりエンジン排ガス中のNOxの主成分はNOであり,NO/NO2比を考慮しなくてよい銅ゼオライトSCR触媒は運用上有利である。このため,使用温度条件が比較的低温となるディーゼル乗用車を皮切りに,銅ゼオライトSCR触媒の適用が広がっていった。図5に,鉄ゼオライトと銅ゼオライトのFast SCR条件でのNOx浄化性能を示す。
自動車用SCR触媒に用いられる銅ゼオライトは,合成ゼオライトに銅をイオン交換したものが用いられる。ゼオライトとしては合成ゼオライトが用いられ,自動車排ガス浄化触媒への適用検討の経緯から当初MFIやBEAが検討された。MFIは10員環構造(Medium pore),BEAは12員環構造(Large pore)であり,約0.55~0.68 nm径の細孔を有する。これらのゼオライトは比較的分子サイズの大きなHCも吸着できるため,HCを還元剤として用いたり,低温でのHCを吸着捕集したりする場合には有利であった。また,比較的Si/Al比が高いものが合成しやすく耐熱性向上に期待が持てることも,自動車排ガス浄化触媒に適用する材料としては好ましいと考えられていた。しかし,様々なゼオライトがSCR触媒材料として検討される中で,銅イオン交換小細孔ゼオライトがより高いNOx浄化性能を示すことが明らかとなった7)。図6に,各種ゼオライトに銅をイオン交換した場合のアンモニアSCR性能を示す。チャバサイト(CHA)構造を持つSSZ-13は,MFIやBEAより高い性能を示した。
CHA型構造は3次元の細孔構造を有し,8員環の細孔径はメタンの分子サイズとほぼ同程度の約0.37 nmであるが,8員環六つに囲まれたchaケージは比較的大きなキャビティを有している。チャバサイトは天然鉱物として存在もするが,工業的にはアルミノケイ酸塩型でかつAl含有量の少ないSSZ-13やシリコアルミノリン酸塩型であるSAPO-34が合成され,オレフィン合成プロセスなどに高活性を示すことが知られている。SSZ-13はSi/Al比10~400まで合成できるが,Si/Al比が低いと耐熱性が低く,Si/Al比が高いとイオン交換サイトが減少する。合成するには高価な有機構造規定剤(OSDA)を用いる必要があるが,低廉な合成法の研究も進められている8)。
銅CHA型ゼオライトが高いアンモニアSCR性能を示すメカニズムについては,今日でも世界中の研究者により精力的に議論されている9–13)。XAFS,UV-Vis,IR,EPR,TPDなどによる銅の状態解析,NMR,XRDによるゼオライトの構造解析,さらにDFTなどの計算化学による検討により,高分散に配置した銅イオンのredoxがSCRを促進している可能性が示唆されている。さらに,ゼオライト構造の影響,酸点の役割,反応中間体などの解析が進められている。
今後自動車用エンジンがさらに改良されると共に,NOx排出規制が強化されることに伴い,さらなる自動車用SCR触媒の改良が求められている。ここでは,銅ゼオライトSCR触媒の今後の課題を列挙する。
まず必要なのは,低温でのNOx浄化率向上である。自動車用エンジンの燃費改良はますます進んでおり,熱効率50%達成も現実味を帯びてきている14)。一般にエンジンの熱効率が向上すると燃焼中に発生するNOxは減少するが,排気温度も低下するため,排ガス触媒の低温性能も改善が求められる。前述したとおり,現在の自動車用SCRシステムでは還元剤のアンモニアを尿素水の分解から得ているため,尿素分解温度以下ではアンモニアSCRを起こすことができない。これに対し,触媒上にある程度アンモニアを吸着保持しておき,尿素水を噴射できない低温ではそれを用いてNOxを浄化することも行われている。しかし,過剰なアンモニア吸着は不測のアンモニア放出を招く恐れがあり,また劣化によりアンモニア吸着量が変化するため,低温NOx浄化性能を吸着アンモニアだけに依存するのはリスクがある。尿素の分解を促進させる検討や,デバイスを用いて固体尿素から生成させたアンモニアを供給する検討も行われており,200°C以下でのNOx浄化率の向上を推進する必要がある。
一方,高温側の浄化性能も改善が必要である。ディーゼルエンジンでは,触媒の搭載位置にもよるが,通常の走行条件では反応温度は400°C以下で使われることが多い。しかし,規制強化によりこれまで想定していなかった高い温度での浄化が求められることが想定されている。高速道路での走行や,貨物をフルに積載して斜面を登攀するような場合,あるいはディーゼル微粒子フィルター上のPMを再生するために排気温度を意図的に高温にするようなケースでは,触媒入り口温度で500°C以上から瞬間的には800°C以上になる可能性がある。高速や高負荷条件ではエンジンから排出されるNOx量も増加するため,より高いNOx浄化率を維持する必要がある。
また,建設機械や農耕機械のような自動車以外のエンジンにも,排気規制強化に伴い自動車と同様の排ガス浄化触媒システムの適用が拡大していく中で,より幅広い温度条件で高いNOx浄化率を確保する必要がある。
図7に,銅CHA SCR触媒で銅担持量に対するNOx浄化率の変化を示す。銅の担持量が増加するにつれ,低温でのNOx浄化率が向上することが見て取れる。これは,低温では単純に活性点の数が多いことが有利に働くためと考えられる。一方400°C以上のNOx浄化性能が低下していくことがわかる。これは,高温では銅の量が多い場合アンモニアの酸化が併発してしまい,NOxの還元に寄与できるアンモニアが減少することと,アンモニア自身の酸化により生成したNOxが排出量に加味されてしまうことによるものと考えられる。ただし,低温側の性能と高温側の性能が二律背反にあるわけではなく,過剰な銅が凝集して生成した酸化銅(CuO)がアンモニアの酸化を促進する可能性があり,ゼオライト中の適切な位置への銅の配置が鍵になると考えられている。
自動車排ガス浄化触媒は基本的に車両やエンジンと同じライフタイムを期待され,場合によっては数十万kmの走行後も使用される。規制にもよるが,実使用条件での長時間での使用後の排出量を保証する必要があり,言い換えれば劣化後にどれだけの性能を保持しているかが求められる。自動車排ガスは条件が大きく変動するため劣化要因は様々だが,以下実際に課題となりうる劣化の例を挙げる。
熱劣化は,自動車排ガス触媒がある程度の高温に晒されることから,避けて通れない劣化要因となる。一般に熱劣化はアレニウス則に従い温度と時間により予測されるが,自動車触媒の場合突発的な高温に晒されて一気に触媒成分の相変化が起こる場合があり,注意が必要である。例えばディーゼルエンジンでは,通常は比較的低温の状態で運転されていても,前述したようなディーゼル微粒子フィルターの再生モードなどで短期間ながら急激な高温に晒されることがあり,場合によってはそれが熱劣化の主要因となる。特にゼオライトを用いた触媒の場合,アルミナなどの従来の自動車触媒材料よりも耐熱性が低く,800°C程度の条件を超えると劣化が著しいと言われる。これは,水の共存下で高温に晒されたとき,骨格中のアルミニウムが脱離する脱アルミという現象によるものと考えられている。脱アルミが起こるとゼオライトの構造が崩壊していくが,完全に構造が崩壊していなくても,銅などの活性種がイオン交換サイトに安定に保持されなくなって遊離する,固体酸点が消失してアンモニア吸着能力が低下してしまう,などによりNOx浄化性能が低下すると考えられる。これを抑制するために,ゼオライトの構造安定性を増す15), 脱アルミを抑制する,活性種の分散安定性を維持する,などの検討が行われている。
一般に自動車排ガス触媒は,低温では被毒を除いて劣化することはないと考えられてきた。ところが,銅ゼオライト系の触媒では比較的低温で特異的な性能低下を起こす例が報告されている。銅をイオン交換したSAPO-34が高いアンモニアSCR性能を示すことが報告された。CHA型ゼオライトの構造の一部がリン(P)で置き換えられたシリコアルミノフォスフェートSAPO-34は耐熱性が高いことで知られていたが,銅SAPO-34が70°Cの水熱条件下で不可逆的な性能低下を示すことが報告された16)。この報告では,SAPOの構造の破壊は見られておらず銅の遊離が劣化の主要因としているが,いずれにしても比較的低温でも性能が低下する要因があることに留意する必要がある。
排気ガス中に含まれる様々な成分による被毒は,自動車触媒における性能劣化の要因の一つとして常に考慮すべき課題である。特に燃料や潤滑油に含まれる硫黄は,エンジンでの燃焼で酸化され二酸化硫黄などの状態で触媒に付着し,性能を低下させる。銅ゼオライトSCR触媒においても,硫黄による性能低下が報告されている17)。ゼオライトは酸性酸化物であるケイ酸が主成分であるため,硫黄がゼオライトやその中に分散される銅と化学結合を起こすリスクは比較的小さいが,低温では物理的に吸着した硫黄分により拡散阻害を起こし性能が低下してしまう。これは高温で処理することによりある程度再生することが可能であるが,高温での再生処理によりゼオライト構造の破壊など不可逆的な劣化を進行させてしまうリスクがある。また,排ガス中のHCがSCR触媒上流のディーゼル酸化触媒などで十分に浄化できない場合,SCR触媒に含まれるゼオライトに吸着されて性能低下を引き起こすことがある18)。これも熱により再生可能であるが,急速な昇温処理で蓄積したHCが一気に燃焼することで,ゼオライト触媒が熱劣化するリスクがある。以上のように,被毒による劣化の回避は被毒物質の付着抑制と共に,熱による再生を期待すると結局はゼオライト触媒の耐熱性向上が必要となる。
厳密には被毒による劣化ではないが,SCR用の触媒は銅ゼオライト触媒に限らず微量の貴金属の共存で著しいNOx浄化性能低下を起こすことも留意すべきである19)。これは貴金属がアンモニアを酸化する能力が極めて高いため,SCRよりもアンモニア酸化のほうが優先して起きてしまうためである。自動車用SCRシステムではディーゼル酸化触媒など貴金属を含有する触媒の下流にSCR触媒を配置するが,使用過程において何らかの要因で貴金属が上流の触媒から飛来しSCR触媒に付着した場合,不可逆的な劣化が起きたように見えてしまう。また製造過程においても,貴金属やその他のアンモニア酸化に活性のある物質が混入しないよう注意が必要である。このことは,SCR用のゼオライトをスクリーニングする場合にも同様である。
これ以外に考慮すべき劣化として,機械的損傷による触媒成分の消失がある。ゼオライトは多孔質体であり,ハニカムにコートするにしても成型して使用するにしても,アルミナなどと比較して機械的強度を確保することが難しい。そのため,粉末状のゼオライトにバインダーを混合してコートしたり成型したりすることが一般的である。このとき,バインダーの量や種類を調節して,使用中の体積変化や振動によりゼオライトが剥落してしまうことを抑制しつつ,ゼオライトの細孔を閉塞して活性を低下させない工夫が必要となる。
アンモニアSCRは比較的選択性の高い反応であるが,自動車排ガスのように雰囲気が大きく変動する条件で使用する際には,様々な副次的排出物の抑制を考慮しなければならない。
まず留意すべきは,アンモニアスリップと呼ばれる未反応のアンモニアの放出である。低温ではある程度ゼオライトで吸着保持することも可能だが,NOxに対して過剰なアンモニアが供給されたり,流入するNOxに対して反応速度が十分でなかったりした時に,未反応のアンモニアが排出されてしまう。アンモニアは毒性があり,少量でも悪臭源になるため,アンモニアが排出しないように供給量を適切に調節すると共に,十分な反応速度が得られるような触媒設計をすることが必要である。また,現在実用化されているシステムでは,SCR触媒出口に小型の酸化触媒(ASC: Ammonia Slip Catalyst)を配置して余剰のアンモニアを酸化している例もある。
また,亜酸化窒素(N2O)の排出も注意しなければならない。従来は,専らNOxとしてNOおよびNO2が規制の対象であり,毒性および光化学オキシダント生成能力の比較的低いN2Oは規制対象外であった。しかし,温室ガス効果による地球温暖化が大きな問題になる中で,CO2の300倍と言われる温室ガス効果を持つと言われるN2Oも,排出規制が適用されつつある20)。アンモニアSCRシステムでN2Oが発生するスキームは以下が考えられる。
NH4NO3→N2O+2H2O (d)
2NH3+2O2→ N2O+3H2O (e)
(d)はNO2とアンモニアが化合して生じた硝酸アンモニウムが分解してN2Oが発生するもので,200°C以下で十分なNOx浄化反応が進行しない場合に起こる。触媒上でNO2が生成しない場合起こりにくいが,ゼオライト触媒が過剰なアンモニア吸着能力を有していた場合,吸着したアンモニアと排ガス中に含まれるNO2が結合してこの反応が起こる可能性がある。(e)はアンモニアの酸化反応で,300°C以上で顕著になる。銅ゼオライトにおいて,銅が高分散にイオン交換されている場合はこの反応は起きにくい。しかし,銅のイオン交換の不全や過剰な銅の担持あるいは熱劣化などでCuOが凝集した場合この反応が生じる。また前述のように,貴金属がSCR触媒に付着したり,スリップしたアンモニアをASCで酸化したりした場合にも,この反応によりN2Oの排出量が増加することがある。
それ以外にも,銅ゼオライトを自動車排ガス浄化触媒に適用するに当たり,様々な副次的な排出物の検証が行われた。一つは,排気ガス中に含まれる多環芳香族炭化水素(PAHs: Polyaromatic Hydrocarbons)と塩素が,銅ゼオライト触媒上で化合してダイオキシンを生じるというものである。PAHsはPMにも含まれるが,塩素は通常は排ガスに含まれない。しかし,海水中の塩分(塩化ナトリウム)や凍結防止剤である塩化カリウムが,エンジンの吸気系から微量でも吸入され排気に混入する可能性が指摘された。これに対しては大規模な実証試験の結果,最終的に問題のないことが確認された21)。小細孔ゼオライトの場合,PAHsが内部に入り込みにくいこともリスク低減につながると考えられている。もう一つは,銅自体の大気への放出である。日本において自動車排ガス規制導入の黎明期である1970年代に発行された運輸省(当時)の技術指針において,「バナジウム,クロム,マンガン,コバルト,ニッケル,銅を排ガス触媒に用いる場合,これらが使用中に大気に放出されないこと」という記載があった。使用を禁止するものではないが,「放出されないこと」を証明することが困難なため,長い間これらを用いた触媒を実用化することが日本では躊躇された。しかし,欧州のディーゼル乗用車で銅ゼオライト触媒が普及するに及び,国土交通省・環境省による「排出ガス後処理装置検討会」によって「(銅が)大気中に放出しないものであることを検証する際の試験方法」が規定された18)。これに則って銅の排出がないことを確認することで,わが国でも自動車用銅ゼオライトSCR触媒の本格的な普及が始まった。これらの事例はもはや路傍の石ではあるが,新しい技術の実用化に当たって克服していかねばならなかったハードルとして記憶にとどめたい。
本稿では,銅ゼオライト触媒が紆余曲折の末に自動車用SCR触媒として実用化されていく中で行われた検討を俯瞰するために,あえてその「前夜」についても誌面を割かせていただいた。自動車は電動化が大きな流れではあるが,電動化の主力であるハイブリット・カーにも内燃機関は搭載される。「電力のインフラ整備とグリーン化」「電池の安定供給」が達成されるまでは,内燃機関の果たす役割はまだまだ大きい。さらなるCO2排出削減のためにディーゼルエンジンやガソリンリーンバーンエンジンを有効に活用するためにも,排ガス浄化技術の高度化もますます重要度が増している。一方で,本稿で述べた課題の数々は,解決されたものも含めて実用化への挑戦の中で様々なアプローチに中から見出されたものである。だが,今後は紆余曲折を可能な限り短縮し,効率よく開発していくことも重要となっている。そのために,課題に直結した基礎研究を,オープンイノベーションにより促進することも重要となっていくと考えられる。その取り組みの一つに,日本の自動車メーカーが連合してエンジンの低燃費化と排ガス後処理の基盤研究のため設立した自動車内燃機関技術研究組合(AICE)の活動がある。AICEのワーキンググループで,アンモニアSCR触媒に適したゼオライトの解析と,活性および耐久性に影響を及ぼす因子の解明,さらには次世代のゼオライトの設計に関する研究が行われている22)。これは,日本における産産学学連携のモデルケースとなりうる活動と言えるだろう。
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