水素,二酸化炭素,炭化水素などの気体分離,エタノール水溶液からの脱水あるいは脱アルコールなどの液体混合物の分離,濾過分離など,膜分離プロセスが注目されている1)。多孔質シリカ膜は,アモルファスシリカ構造が結晶構造よりもルースであるため,水素やヘリウムなどの小さな気体分子がアモルファスネットワークを透過することができ,1990年代に気相蒸着(CVD)法,ゾル–ゲル法でアモルファスシリカ水素分離膜の作製が可能になったことを契機とし研究が活性化している2,3)。表1にこれまでに報告されているシリカ系膜の細孔構造制御法と代表的な分離対象を示す4)。
表1. シリカ系膜の細孔径制御法と分離対象のまとめ. |
一般的にシリカ前駆体として用いられるtetraethoxysilane(TEOS)でネットワークを形成させた場合,アモルファス構造はSi,O,Hから形成され0.1~0.5 nmのネットワーク間隙を有し,平均細孔径が0.3~0.35 nm程度と報告されている5–7)。そのため,He(動的分子径:0.26 nm)やH2(0.289 nm)よりも分子サイズが大きな分離系,例えば,二酸化炭素分離(CO2/N2, CO2/CH4),炭化水素系分離(C2H4/C2H6, C3H6/C3H8)などの分離系には細孔径が小さすぎる。細孔径をルースに制御するために,スペーサー法,テンプレート法,環状シロキサン法などが提案されている4)。アモルファス構造にNiやCoなどのカチオンをドープすることで,水熱雰囲気においてネットワーク構造が安定化し,従来のシリカ系水素分離膜と比較して,耐水蒸気性が大幅に向上することが明らかになっている2,3)。また,シリカ系膜は,吸着性分子(CO2,不飽和炭化水素)との親和性がゼオライトやカーボン膜ほど強くないため,AgやNbなどのカチオンドープ,ネットワーク内に有機官能基を導入する表面改質に関する検討がなされている8–11)。
本稿ではアモルファスシリカネットワーク構造制御として,ネットワーク構造の均一制御の可能性が示された,環状アルコキシド法12),アニオンであるフッ素をシリカネットワークにドープするアニオンドープ法13,14)について紹介する。また,サブナノサイズのゼオライト,アモルファスシリカ膜の細孔径を定量的に評価可能な手法として近年提案した,Normalized Knudsen-based Permeance(NKP)プロット15),k0プロット7)について紹介し,さらにシリカ系膜における水素有効分子サイズについて解説する。
アモルファスシリカ膜の細孔径制御法として,シリカ前駆体に着目した研究が近年活発に行われている17–27)。シリコン系アルコキシドは,Si原子に有機官能基が直接結合しているmethyltriethoxysilane(MTES)やphenyltriethoxysilane(PhTES)などの“側鎖型”と,Si原子を複数個含むbis(triethoxysilyl)methane(BTESM),bis(triethoxysilyl)ethane(BTESE)などの“橋架け型”に分類できる。橋架け型アルコキシドを用いた細孔径制御法は,スペーサー法と呼ばれ,Si原子間の架橋基をシリカネットワークのスペーサーとして用いる手法であり,スペーサーの種類やサイズによってシリカネットワークサイズを制御するものである。オルガノシリカの架橋基種のみならず,ゾル調製条件(H2Oモル比,pHなど)によりネットワーク構造の精密制御が可能であることも明らかになっている23–25)。ここでは,ネットワーク構造の均一制御の可能性が示された,環状アルコキシド法12),アニオンであるフッ素をシリカネットワークにドープするアニオンドープ法13,14)について紹介する。
3.1. 環状アルコキシド法
環状アルコキシド法は,種々の員環数を有する環状シロキサンをユニットとしてもつアルコキシドを用い,加水分解・縮合反応によりシリカ骨格を形成させ,原料の環およびそのサイズ,ラダー,あるいはキューブ構造をネットワークの構造単位とすることにより空孔サイズを制御するもので,従来にないシリカネットワークの設計とそれによる分離特性の発現・機能制御が期待できる(図2)。Si4員環の籠型構造を有する,Polyhedral Oligomeric Silsesquioxane(POSS)をシリカ前駆体として用いネットワークを形成させた場合,POSS内の細孔はHeの分子サイズ(0.26 nm)よりも小さいため,気体分子はPOSSとPOSSがシロキサン結合でつながったIntercubic poreを透過するものと考えられる。
図3に焼成温度の異なるPOSS膜,従来のTEOS系シリカ膜の透過率の分子径依存性を示す12)。POSS膜,TEOS膜とも高温で焼成することでネットワーク構造の緻密化が生じた。300°C焼成POSS膜は,H2と分子サイズが大きいSF6(0.55 nm)に対して高選択性を示し,H2/炭化水素系分離に有効であった。一方,550°C焼成POSS膜では,TEOS膜のように分子径の小さいHe透過率がH2透過率(0.289 nm)よりも大きくなり,分子ふるい効果が強くなった。200°CにおけるH2透過率は,TEOS膜の5倍以上の1.0×10−6 mol m−2 s−1 Pa−1,H2/CH4透過率比は1000程度を示した(SF6透過率<10−10 mol m−2 s−1 Pa−1)。POSS膜は,ネットワークを形成する最小ユニットが均一になることで,従来のシリカ膜と比較して均一細孔を形成しやすくなり,これまでシリカ膜では分離が困難であったCO2/CH4分離において,SAPO-34,DDR型ゼオライト膜と同等なCO2選択透過性(CO2/CH4>100)を示すことが明らかになっている28)。
3.2. アニオンドープ
シリカ系膜は,Si–O–Si–からなるシロキサン結合,およびSi–OHの集合体から形成されているため,焼成過程においてSi–OH基の縮合による緻密化が生じ,ネットワークサイズを分子レベルで精密制御するのは非常に難しい29,30)。そのため,ネットワークサイズを精密制御するためには,縮合反応に寄与するSi-OH基密度を制御することが重要であると思われる。これまでに,HFやNH4Fなどを用いて,Si-OH密度を制御する方法やSi源にtriethoxyfluorosilane(TEFS)を用いる手法が提案されている31–34)。我々は,アニオンとしてフッ素(F)をシリカネットワークにドープすることで,ルースなネットワーク構造を有した新規シリカ系分離膜の開発に成功している13,14)。
図4に350°C焼成F-SiO2膜の300°Cにおける透過率の分子径依存性を示す13)。F-SiO2膜は,Si源にTEOS,F源にNH4Fを用い製膜した。F-SiO2(F/Si=2/8)膜は,H2透過率2.3×10−6 mol m−2 s−1 Pa−1,H2/N2透過率比10,H2/SF6透過率比1260を示し,H2/N2透過率比100以上のSiO2(F=0)膜よりも高いH2透過率を示した。また,F/Si比の増加に伴い,各透過率が増加し,H2/N2選択性は低下したが,分子径の大きいガス(CF4, SF6)に対して高選択性を示した。H2選択性から予想されるネットワークサイズは,F/Si比とともに大きくなることが明らかになった。Si源にSi–F基を有するTEFSを用いて製膜を行なっても,TEOS膜よりもルースなネットワークを有する分子ふるい膜の作製が可能であった14)。
XPS分析からアニオンであるFは,Si–F基としてシリカネットワーク構造に存在することが明らかになった13,14)。また,FT-IRスペクトルより,Si–O–SiのO原子の非対称伸縮に伴うピーク位置が,Fドープとともに,高波数側にシフトするblue-shiftが観測された13,14)。Kimら35)が用いた振動特性の力定数モデルより,アモルファスSiO2におけるSi-O–Si結合角を算出すると,Fドープとともに,Si–O–Si結合角が大きくなることが明らかになっている。
図5にF-SiO2ゲルの2体相関関数(pair-distribution function)を示すように,0.37 nmに検出されるSi4員環に起因するピークがSiO2と比較して明らかに小さくなった13)。Si4員環は,He,H2などの微小分子も透過できないため,Fをドープすることで,アモルファス構造におけるSi4員環の形成が抑制され,Si5員環以上の割合が相対的に高くなり,ネットワークサイズの精密制御が可能であったと考えられる。近年の継続研究により,アニオンドープによりSi–OH密度をTEOS系材料と比べて極めて小さく制御できることで,高温焼成後のSi–OH基の縮合反応に伴う緻密化を抑制できることが明らかになっている14)。
サブナノサイズの多孔膜の細孔径は,物理吸着の影響が小さくなる高温(一般的には150°C以上)における気体透過率の分子依存性を測定することで,各膜における透過率,気体選択性から評価するのが一般的である。気体透過率の絶対値は膜厚に依存するため,もっとも分子サイズの小さいHe透過率を基準として各透過率を規格化し,Knudsen比からの偏差やHe選択性から,平均細孔径の大小の議論が可能になる。一方で,具体的に平均細孔径を数値として算出することは難しい。ここでは,多孔膜における気体透過モデル式をベースとしたサブナノサイズの平均細孔径を評価する手法として,ゼオライト,アモルファスシリカ膜の細孔径を定量的に評価可能な,Normalized Knudsen-based Permeance(NKP)プロット,k0プロットについて紹介する7,15,27)。
4.1. 修正GTモデル
1990年代にXiao 36)やShelekhin 37)らによって提案されたGas Translation(GT)モデルは,多孔膜内を非吸着性ガスが透過する場合の拡散係数を与えるモデルであり,i成分の気体分子(分子径:di,分子量:Mi)の透過率は式(1)のように表される。
ここで,細孔径:dp,空隙率:ε,屈曲率:τ,膜厚:L,ρは幾何学因子で,三次元空間におけるランダムな因子であるため,1/3が仮定される。(1)式中のEp,iは,細孔内における拡散障壁を超えるための活性化エネルギーを表す。従来のGTモデルは,透過分子の大きさが無視できる質点とみなしており,ガス拡散距離が細孔径dpと等しいと定義されている。Knudsen拡散に従う場合,成分iの透過率はHe透過率PHeを用いてと予測されるが,実験から得られた透過率Piは分子篩によってKnudsen拡散から偏倚し,我々はその割合を次式のNormalized Knudsen-based Permeance(NKP)で定義した15)。
さらに,サブナノサイズの細孔内での気体分子の拡散可能な距離は,細孔径から気体分子サイズを差し引いた(dp−di)とし,さらにρとして拡散確率1/3と細孔内有効拡散面積割合(dp−di)2/dp2の積により,(3)式の修正GTモデル式を提案した15)。
(2)式に(3)式を代入し,気体種によらず膜構造パラメータ(dp, ε, τ, L)が同一と仮定するとNKP定義式は(5)式になる。
ここで,(3)式でガス種ごとの活性化エネルギーに大きな違いがない場合は,ある一点の任意の温度における気体透過率の分子径依存性から,(6)式により簡易的に膜細孔径の算出が可能である。
一方で,ガス種ごとの活性化エネルギーに大きな違いがある場合は,(3),(4)式で,k0,i=a(dp−di)3より,であるため,diとk0,i1/3の関係は,傾き−a1/3,切片a1/3dpの直線となり,横軸との交点より平均細孔径dp,ガス種に依存しない膜固有の構造パラメータであるも得られる。k0プロットによる細孔構造評価については,4.3節で紹介する。
4.2. ゼオライト膜によるモデル妥当性検証
透過モデルの検証は,結晶構造固有のサブナノ細孔を有するゼオライト膜を用い行われた15)。MFI型ゼオライト膜は,0.55×0.56 nmのチャンネルサイズを有するゼオライトで,文献値より200°CにおけるNKPを計算し分子サイズに対してプロットし,平均チャンネルサイズdp=0.55 nmとした理論線と実験値の比較を行なった(図6(a))。Leeらは,NKP理論線と実験値が良好に一致していることから,NKP法により細孔径評価が可能であると報告した5)。同様にチャンネルサイズが0.36×0.44 nmのケージタイプの構造を有するDDR型ゼオライトを用い,NKP法の妥当性の検証も行われている(図6(b))5)。実験値はdp=0.44 nmの理論線と良好に一致し,NKP法によりチャンネルサイズの異なるDDR型ゼオライトについても細孔径評価が可能であった。
次にプロットする温度に注目したところ,特に吸着性分子であるCO2のNKPの値が400°Cの方が理論線との偏差が小さくなった。吸着性分子を用いる場合は,表面拡散の寄与が小さくなる高温におけるデータを用いることで,フィッティング精度が向上することが明らかになった5)。NKP法は,ガス種ごとの活性化エネルギーに大きな違いがない場合において,簡易的にある一点の任意の温度における気体透過率の分子径依存性から,膜細孔径の算出を行なう手法になる。そのため,ゼオライトなどのようにチャンネルサイズが既知な材料では,理論線による各ガス分子のNKPデータと実験データとの誤差に関する議論が可能になるため,今後の検討課題となる。
4.3. k0プロットによるアモルファスシリカ膜の細孔構造評価
前節ではNKPプロットによりサブナノサイズの細孔径を評価可能であることを紹介した。本節では,気体透過率の温度依存性を,(3)式の修正GTモデル式でパラメータフィッティングすることで算出できる,活性化エネルギーEp,i,気体分子が透過可能な細孔構造を表すk0,iによりアモルファスシリカ膜の細孔構造を評価した。さらに,一般的に多孔材料において有効分子サイズとして用いられている水素の動的分子径(kinetic diameter)が,シリカ系膜において妥当でない可能性について紹介する。
図7に一般的なSiO2膜の気体透過率の温度依存性を示す7)。He,H2,Ne,N2,CH4透過率は,温度が高いほど透過率が高くなる活性化拡散を示した。シリカとの親和性が他の無機ガスよりも強く吸着性分子であるCO2,NH3は,400°C以下では,低温ほど透過率が増加する表面拡散的な傾向を示したが,400°C以上では温度に対する透過率の変化が緩やかになった。いずれの操作温度においても透過率は分子サイズが大きくなるほど小さくなる傾向を示した。しかし,He(0.26 nm),Ne(0.275 nm),H2(0.289 nm)の透過率は,He,H2,Neの順に大きくなっており,アモルファスシリカ膜においてNeとH2の透過は分子篩性を示さないことが明らかになった。図8に焼成温度(550°C, 700°C)の異なるシリカ膜の透過率分子径依存性を示すように,NeとH2の透過が分子篩性を示さない傾向は,シリカ膜の製膜温度に依存しなかった。この傾向は,CVDシリカ膜でも報告されている38–40)。
図9にシリカ膜のk0プロットを示す7)。各気体分子のk01/3値は一本の直線で表され,これら気体分子は同一細孔を透過していることが示された。このことから,アモルファスシリカは比較的シャープな細孔径分布を有しておりmonomodalな細孔構造で,シリカネットワークサイズは横軸との交点より0.385 nmと算出された。一方で,フィッティング線とH2のk01/3値の偏差が他の透過分子と比較して大きくなった。
修正GTモデル式により算出される活性化エネルギーにより,シリカ膜におけるHe,H2,Ne透過特性を詳細に評価した。図10(a)にH2活性化エネルギーとHe活性化エネルギーの関係を図10(b)にH2活性化エネルギーとNe活性化エネルギーの関係を示す7)。He-H2活性化エネルギーの関係では,H2の活性化エネルギーが大きくなるほど,Heの活性化エネルギーも大きくなった。また,すべてのシリカ系膜において分子サイズが小さいHeの活性化エネルギーが,H2の活性化エネルギーよりも小さくなった。He,H2透過の活性化エネルギーは,ab initio計算により算出したSi6員環,Si7員環構造におけるHe,H2の活性化エネルギー5)と良好に一致した。Ne–H2活性化エネルギーの関係においても,H2の活性化エネルギーが大きくなるほど,Neの活性化エネルギーも大きくなったが,H2,Neの活性化エネルギーは,活性化エネルギーの大きさに依存することなく同程度を示した。以上より,sol–gel法やCVD法などの製膜法,金属ドープなどに依存せず,シリカ系材料ではHeの活性化エネルギーよりもH2,Neの活性化エネルギーが大きく,H2とNeは同程度の活性化エネルギーを示すことが明らかになった7)。
図11にシリカ系膜におけるHe/Ne透過率比,H2/Ne透過率比とNeの活性化エネルギーの関係を示す7)。Neの活性化エネルギーが大きくなるほど,つまり細孔径が小さくなるほど分子篩効果が大きくなるため,He/Ne透過率比は増加した。一方,H2/Ne透過率比はNeの活性化エネルギーが大きくなってもほぼKnudsen比で一定値を示し,ネットワークサイズに依存せずH2,Ne間では分子篩効果が発現しないことが明らかになった。k0プロットにおけるH2データの偏差,He,H2,Neの活性化エネルギー,各透過率比の関係より,アモルファスシリカ膜を透過する際,H2とNeは近接した有効分子径を有している可能性が高く,k0プロットから0.26–0.275 nm程度である可能性が示された。