三脚型配位子を用いたハイブリッド金属水酸化物の設計Design of Hybrid Layered Metal Hydroxides by Using Tripodal Ligands
横浜国立大学大学院工学研究院Graduate School of Engineering, Yokohama National University ◇ 〒240–8501 横浜市保土ケ谷区常盤台79–5
層状化合物は層間に様々な分子を取り込むナノ空間を有し,触媒や吸着剤,分離媒体等へ利用される有用な物質である。本稿では,多くの金属水酸化物や層状複水酸化物が共通のブルーサイト型構造を取ることに着目した,構成元素の影響を受けにくい新たな表面修飾法について概説する。3つのアルコール部位と1つの末端官能基を有する三脚型配位子は,ブルーサイト型構造を構成する稜共有された八面体ユニットと安定な結合を形成する。これにより,本来はインターカレーション能を持たない水酸化マグネシウムをハイブリッド化し,有機分子のインターカレーションや剥離が可能となった。この結合は層の結晶構造に由来する結合様式であり,同じ構造を有する様々な金属水酸化物に適用可能である。さらに,層状複水酸化物に三脚型配位子を作用させると,極めて粒子径の小さなナノ粒子を得ることができ,これらはアニオン交換体,触媒前駆体,触媒担体として高い性能を示した。したがって,三脚型配位子はブルーサイト型構造を有する種々の金属水酸化物を,汎用的手法で制御するための有用な修飾剤であると言える。
Layered compounds possess interlayer nanospaces that incorporate various molecules, and they are useful for the potential applications in catalysis, adsorption, separation, and so on. In this paper, a novel surface modification method for layered compounds is reported. Tripodal ligands have three hydroxymethyl groups and one terminal functional group. They form a stable tridentate linkage with the surface hydroxy groups of brucite-type metal hydroxides and layered double hydroxides, consisting of various metallic elements because the tridentate linkage is formed by the structural matching between the hydroxymethyl groups of tripodal ligands and the surface hydroxy groups of the metal hydroxides. Using this method, hybrid magnesium hydroxide that can intercalate various organic molecules and can be exfoliated into nanosheets is obtained, even though conventional magnesium hydroxide does not have an intercalation ability. In addition, when layered double hydroxides were synthesized in the presence of the tripodal ligands, very small nanoparticles were obtained. The layered double hydroxide nanoparticles show improved anion exchangeabilities under ambient conditions without exclusion of CO2, and they are used for rapid adsorption of aqueous anionic species because of their high dispersibility. They are also useful as ion-exchanger, catalyst precursors, and catalyst supports. Consequently, tripodal ligands are quite useful modifier for controlling brucite-type layered metal hydroxides by a generalized method.
キーワード:金属水酸化物;層状複水酸化物;三脚型配位子;ナノシート;アニオン交換;固体塩基
Key words: Metal hydroxides; Layered double hydroxides; Tripodal ligands; Nanosheets; Anion exchangers; Solid bases
© 2017 一般社団法人日本ゼオライト学会© 2017 Japan Zeolite Association
近年,環境問題,資源問題,エネルギー問題といった我々人類の直面する諸問題を解決するため,ナノ空間物質を活用した省エネルギー,低環境負荷な物質合成,環境浄化,豊富な資源を利用した高機能材料の創製に期待が高まっている1)。層状化合物は層間に様々な物質を取り込むナノ空間を有し,触媒や吸着剤,分離媒体等への応用が可能であり,これらの諸問題の解決に向けた重要な物質の一つである。さらに,層を剥離することでナノシートとすることができ,これらはナノコンポジットのフィラーや超薄膜,種々のナノ材料のビルディングブロックとしても利用できる2)。
層状構造の中でも,MO6(M=金属カチオン)等の八面体ユニットが稜共有により連なったCdI2型の構造は,様々な物質系に共通して見られる代表的な構造である3)。例えば,金属水酸化物においては水酸化マグネシウム(ブルーサイト)の構造がこの構造を有し,ブルーサイト型構造として知られている(図1(a))。水酸化マグネシウム以外にも,様々な2価カチオンからなる金属水酸化物についてブルーサイト型構造の相が知られている。ブルーサイト型水酸化物の2価カチオンの一部が3価カチオンで置換された物質は,層自体はCdI2型構造を保つが,全体として3価カチオンに由来する余剰の正電荷を有しており,アニオン交換能を示す。このような物質は層状複水酸化物(layered double hydroxides, LDHs, 図1(b))またはハイロドタルサイト様化合物として知られている4)。3価カチオンのみからなるオキシ水酸化物にもCdI2型の構造を有するα-CrOOH型構造が知られている(図1(c))。この構造の物質の多くはブルーサイト型構造の金属水酸化物(β-Mn(OH)2,β-Co(OH)2,β-Ni(OH)2など)を酸化することでトポタクティックに調製することもできる5)。α-NaFeO2,LiCoO2等に代表される層状岩塩型構造も,CdI2型の層構造を有している(図1(d))。層を構成する主要な金属元素は3価~4価の状態を取り,層自体は負に帯電している。この電荷を保証するため,アルカリ金属カチオン等が層間に取り込まれている。同様の層構造を有するδ-MnO2(バーネサイト)等は,対応するオキシ水酸化物の酸化によりトポタクティックに得られるとされている。さらに,MoS2のような硫化物にもCdI2型構造は広く見られる6)。
このように,CdI2型構造の水酸化物,酸化物は様々な金属元素からなる化合物に対して普遍的に見られる構造であり,レドックス反応によるトポタクティックな構造制御も期待できる。それぞれの化合物は構成元素の物性に応じた多様な物性を示し,その応用分野も多様である。しかし,構成元素の多様性は,その一方で構成元素に応じて合成や構造制御の手法を適切に選択する必要があることを意味している。様々な元素からなる層状化合物に対し,共通した手法で表面修飾やインターカレーション,剥離といった手法が適用できれば,材料開発を大いに加速できるものと期待される。
元素固有の性質に依存せず,構造制御を行うためには,層構造の特徴に支配された反応制御を検討することが有効である。例えば,層状ケイ酸塩は有機修飾反応に利用できるSiO-/OH基が層表面に規則的に配列した構造を有している。層状ケイ酸塩の中でも,層状オクトシリケートは層表面に向かい合ったSiO−/OH基の組が配列した構造を有している(図1(e))7)。層状オクトシリケートを二官能性のオルガノクロロシランで反応させると,1分子のオルガノクロロシランは必ず向かい合ったSiO−/OH基の両方と反応することとなり,層表面を結晶のように規則的に修飾することができる8,9)。このような反応は,層状ゼオライトに対しても適用でき,ミクロ孔の精密制御に利用されている10)。層自体の構造の持つ特徴を解析し,それを有機修飾反応の反応性に利用することで,元素固有の性質に依存しない反応が可能になると考えられる。
層状化合物の構造上の特徴を抽出するために,ポリオキソメタレート(POM)は有用なモデル化合物となる。POMはMO6八面体がクラスターを形成した分子状物質であり,金属酸化物や金属水酸化物の局所構造を抽出した分子と見ることもできる11)。POMの中でもAnderson型構造(図2(a))を有するPOMは,7つのMO6八面体が稜共有により平面的に連なった構造を有しており,ブルーサイト型層状水酸化物のモデル物質と捉えることができる(図2(d))12)。
Anderson型POMは種々の有機分子とのハイブリッド化が報告されているが,その殆どは三脚型配位子(R-C(CH2OH)3, 以降Tris-Rと示す(図2(b)))を用いて修飾されている。12)三脚型配位子の3つの結合部位の構造が,POMの表面の酸素の配置と良く一致しているため,図2(c)に示すように三脚型配位子は3つのM–O–C結合(Mは構成金属)を通じてPOMに固定化される。M–O–C結合は通常は加水分解されてしまうが,3本の結合を有する三脚型配位子は水の存在下でも安定である。このことは,POMと三脚型配位子の構造上の特徴に由来した現象であるため,ブルーサイト型水酸化物等の層状化合物にも一般化できる可能性がある。本稿では,三脚型配位子を用いた層状金属水酸化物の表面修飾と,LDHの外表面修飾によるナノ粒子化について紹介し,層状水酸化物の汎用的な構造制御法について議論する。
水酸化マグネシウムなどの2価カチオンのみからなるブルーサイト型水酸化物は,層電荷を持たないため,インターカレーション能に乏しい。このため,層表面の水酸基を反応点とした表面修飾による,インターカレーション能の向上が求められているが,様々な金属種からなる層状水酸化物を安定に表面修飾する方法は確立されていない。例えば,アルコールを用いた修飾では,加水分解が問題となり13),シランカップリング剤を用いた修飾14,15)では,シランカップリング剤と遷移金属種との縮合の制御が課題である。三脚型配位子は,反応制御の容易なアルコールであるが,結合部位を3つに増やすことで加水分解耐性の問題を解決することができる。
前述のように水酸化マグネシウムはインターカレーション反応性を持たないため,三脚型配位子による水酸化物の修飾にはin situ修飾法を用いた。例えば,塩化マグネシウムの水溶液とTris-NH2の水溶液を混合し,加熱することでTris-NH2が層表面に固定化された水酸化マグネシウム(Mg-Tris-NH2, 推定構造モデルは図2(e)を参照)が得られた16)。Tris-NH2は表面修飾剤と水酸化マグネシウムを生成するための塩基の両方の役割を持った試薬であると言える。
Mg-Tris-NH2のXRDパターンはブロードな回折線のみからなる,乱層構造の層状化合物に特徴的なものであった(図3(a))。回折線はブロードであるが,XRDと電子線回折パターンから,層の基本構造は水酸化マグネシウム(図3(b))と同様であることが確認でき,大きく拡大した底面間隔(Mg-Tris-NH2: 1.06 nm,水酸化マグネシウム:0.48 nm)は層間にTris-NH2が存在することを示唆していた。Tris-NH2が層と共有結合していることは,FTIRおよび13C CP/MAS NMRスペクトルから確認された17,18)。特に,Mg-Tris-NH2の13C CP/MAS NMRスペクトルには,Tris-NH2に由来するシグナルは2環境しか見られなかったことから,全てのCH2OH基がブルーサイト層とMg–O–C結合を形成していることが示唆された(図3(c,d))。
Copyright 2017 Wiley-VCH.
三座結合を仮定すると,Tris-NH2はブルーサイト層の表面水酸基の36%と結合していることになる。この値は一見小さい値であるが,詳細な修飾構造の検討から,立体障害のため,Tris-NH2はブルーサイト層表面で隣り合って存在することができないことがわかった。このため,最も高密度に修飾した場合,Tris-NH2は表面水酸基の43%と結合すると考えられる。層間においてTris-NH2同士の間にはある程度の隙間が空いており,層間への分子の侵入を容易にしている。
Mg-TRIS-NH2は水や種々の有機溶媒中で撹拌するだけで,これらの分子を容易にインターカレートすることができた。一般式CnH2n+1OH (n=0–8; n=0の場合は水に相当)で表される直鎖アルコールをインターカレートした場合,底面間隔は炭素数nに対して概ね直線的に変化した。また,N,N-dimethylformamideのような極性分子も容易にインターカレートした。本来水酸化マグネシウムはインターカレーション能が低く,常温常圧では水や有機溶媒を全くといって良いほどインターカレートしない。しかし,層表面をTris-NH2で修飾し,層同士の相互作用を弱めると共に,層間に微小な空間を形成することにより,インターカレーション能を有するに至ったと考えられる。さらに,Mg-Tris-NH2を水中で超音波処理すると,透明なコロイド溶液が得られた。これを基板上で乾燥して得られた試料のAFM像から,厚さが約1 nm,面に平行方向のサイズが数百nmのナノシートの存在が確認された(図3(e))。Mg-Tris-NH2は層同士の相互作用が小さいため,容易に剥離することができたものと推察される。
この合成法は水酸化マグネシウム以外のブルーサイト型層状水酸化物にも一般化することができる。また,Tris-NH2のみならず,Tris-CH2OH,Tris-NHC2H4SO3H等も三脚型配位子として用いることができる。Tris-NH2以外の三脚型配位子は塩基性官能基を有しておらず,水酸化物層を形成するための塩基を加えてやる必要がある。したがって,本合成法は2価カチオンを三脚型配位子および塩基と同時に反応させる反応と一般化することができる。Tris-NH2を用いる場合,金属塩の水溶液とTris-NH2の水溶液を混合すれば良い。一方,Tris-NH2以外の三脚型配位子を用いる場合,金属塩とTris-Rの両方を含む水溶液をNaOH水溶液等の塩基により滴定し,水酸化物を生成させることで同様の生成物を得ることができる。
以上のように,三脚型配位子は種々の構成元素からなるブルーサイト型層状水酸化物を容易に修飾することのできる有用な修飾剤となる。表面修飾を行うことで,本来インターカレーション反応性に乏しい層状水酸化物へのインターカレーションが可能となり,剥離してナノシートとして取り扱うことも可能となった。得られるハイブリッド水酸化物はM-Tris-Rとして一般化することができ,ブルーサイト層の構成元素であるMと三脚型配位子の末端官能基であるRをそれぞれ別個に置換することが可能であり,無機骨格に由来する酸化還元能,導電性,磁性,有機官能基に由来するイオン交換,吸着等の反応性,層間空間に由来するインターカレーションや剥離等の性質をそれぞれ別個に制御することが可能となる(図3(f))。
LDHもブルーサイト型構造の層状水酸化物であり,同様に三脚型配位子による表面修飾が可能であると考えられる。しかし,Tris-NH2を用い,同様の合成法をMg–Al型LDHに適用したところ,底面間隔は未修飾のLDHとほとんど変わらず,Tris-NH2は層間に取り込まれていないと考えられた。一方,生成物のSEM観察から,得られたLDHは均一で,平均粒子径が10 nm(Tris-NH2濃度=1.0 M),26 nm(同0.25 M)と非常に小さいナノ粒子であった(図4(a,b))19)。FTIRおよび13C CP/MAS NMRスペクトルから,Tris-NH2は層間には取り込まれていないものの,LDH層と共有結合していることが示された。このことは,Tris-NH2がLDHナノ粒子の外表面に結合していることを意味している。さらに,Tris-NH2が高濃度である程小さいナノ粒子が得られたことから,Tris-NH2はLDHナノ粒子の外表面に結合し,結晶成長を抑制していることが示唆された。LDHは高い層電荷密度を有するため,層間アニオンを高密度に保持している。このため,層間にアニオン種を保持しつつ表面修飾することが困難であったと考えられる。しかし,層外表面においてはそのようなアニオン種の影響が小さく,三脚型配位子が結合できるため,結果としてナノ粒子が得られたと考えられる。
Copyright 2013 American Chemical Society.
LDHナノ粒子の形成は三脚型配位子に特徴的な現象であった。Tris-NH2の代わりにTris-CH2OHを用い,水酸化ナトリウム水溶液を用いて塩基を供給しても,同様に10 nm程度のナノ粒子を得ることができた。一方,CH2OH基を2つしか持たない2-amino-1,3-propanediolを用いた場合は生成物の粒子径は50 nm程度であった。三脚型配位子が3つのCH2OH基によりブルーサイト層と安定な結合を形成するということは,層状水酸化物における結果と合致しており,結果は異なるものの,同様のメカニズムにより理解できる現象であることがわかる。
LDHは層状化合物の中でも珍しいアニオン交換体であり,有害物質の除去等への応用が期待されている。しかし,LDHは炭酸アニオンをほぼ不可逆的に取り込んでしまうため,大気中では二酸化炭素を吸収してアニオン交換能が失われてしまう。取り込まれた炭酸アニオンを取り除くためには酸や緩衝溶液,アルコール溶媒等を用いた脱炭酸が必要となる20–22)。近年,本郷,山崎らは急速反応により調製したLDH微結晶が大気下でも有効なアニオン交換体となることを報告しており23),LDHナノ粒子のアニオン交換能に注目が集まっている。
そこで,10 nmのLDHナノ粒子を用い,大気下でのアニオン交換能を評価した。特にアニオン交換が困難な状況を再現するため,層間アニオンはあらかじめ炭酸アニオンと交換し,アニオン交換選択性の小さい硝酸アニオンとの交換を行った。実験は大気下で添加物は用いていない。この条件では従来の共沈法で合成したLDH粒子(粒子径106 nm)は全くアニオン交換が進行しないが,LDHナノ粒子ではアニオン交換が部分的に進行し,層間の炭酸アニオンが交換可能であることがわかった(図4(c–e))。層間アニオンが交換していることは,基本面間隔の変化から確認された(図4(f–h))。Langmuir式により,粒径が小さいほど多くの炭酸アニオンが交換可能と見積もられた。LDHのエッジ部には層との相互作用が弱く,外部からのアクセス性の高い炭酸アニオンが存在すると考えられる。このような炭酸アニオンの量はLDHの粒子径縮小に伴い増大するため,アニオン交換能が向上したと考えられる。
一方,LDHナノ粒子は水によく分散するという特長も有しており,このことはアニオン交換速度に大きな影響を与えた24)。LDHナノ粒子を合成する際に金属塩濃度を10 mM (Mg/Al=3), Tris-NH2濃度を0.5 Mとすると,濾過,乾燥を経て粉末として得られたLDHナノ粒子は水に対する分散性を失ったが,金属塩濃度を50 mMとして合成した試料は水に良く再分散した(高分散性LDHナノ粒子)。金属塩濃度が高いとLDHナノ粒子が疎に充填された凝集体を形成したため,粒子間相互作用が小さく,分散性が向上したと考えられる。
このような高分散性LDHナノ粒子を用いることで,アニオン種を水溶液から高速に除去することが可能であった。アニオン性色素であるメチルオレンジの水溶液に粉末状のLDHナノ粒子を分散させ,メチルオレンジの濃度の経時変化をUV/Visスペクトロメーターにより測定した。低分散性LDHナノ粒子(粒子径12.5 nm)や共沈法により調製したLDH粒子(粒子径106 nm)を用いた場合,メチルオレンジの濃度が平衡に到達するまでに2000–4000 sの撹拌が必要であった(図4(i–m))。一方,高分散性LDHナノ粒子(粒子径10.3 nm)を用いた場合,わずか20 s以内に平衡に到達した(図4(i))。
粒子径が同等であるにもかかわらず,平衡到達時間に大きな違いが生じたのは,LDHナノ粒子の凝集に由来すると考えられる。高分散性LDHナノ粒子をメチルオレンジ水溶液に分散させると,一次粒子ないし非常に小さい二次粒子として分散すると考えられる。一方,低分散性LDHナノ粒子はマイクロメートルスケールの大きな二次粒子として分散すると考えられる。メチルオレンジがLDHナノ粒子に取り込まれるためには,分子が一次粒子間隙を拡散する必要がある。この拡散過程が律速段階となり,低分散性LDHナノ粒子ではゆっくりとアニオン交換が進行したと考えられる。分散したLDHナノ粒子の一次粒子がメチルオレンジを取り込む際は,まず溶液の沖合からLDHナノ粒子の表面にメチルオレンジが吸着し,これが層間に取り込まれる。律速段階は表面吸着であり,その速度はLangmuirの吸着理論により表現可能である25)。一方,メチルオレンジが一次粒子間隙を拡散する過程はFickの拡散方程式に従う現象である26)。それぞれのLDHナノ粒子を用いた際のメチルオレンジの濃度の経時変化を数値計算によりフィッティングしたところ,高分散性LDHナノ粒子を用いた場合には主にLangmuir方程式に従う挙動を示し,低分散性LDHナノ粒子を用いた場合には主に拡散方程式に従う挙動を示すことが明らかになった。このように,LDHナノ粒子の高分散性を利用することで,有害アニオンを高速に水中から除去することが可能である。
Mg–Al LDHは焼成することで塩基性複酸化物になり,固体塩基触媒として利用することができる27)。LDHナノ粒子を焼成することで得られた複酸化物は高い比表面積を示し固体塩基触媒として有望であった28)。加えて,LDHナノ粒子の分散液とブロックコポリマー(Pluronic F127)水溶液を混合したものを濾過し,LDHナノ粒子の周囲にブロックコポリマーが取り込まれた複合体を調製した。これを焼成して得られた複酸化物は,より高い比表面積,細孔容積,細孔径を示し,粒子径12 nmのLDHナノ粒子を用いた場合,比表面積は最大で400 m2/gであった。生成物の一次粒子の形状は用いたLDHナノ粒子の形状を保持しており,その凝集構造がブロックコポリマーの有無により変化した。したがって,複酸化物の細孔構造を前駆体であるLDHナノ粒子のサイズと集合構造により制御することができた。これらの複酸化物を固体塩基触媒としてシアノ酢酸エチルとベンズアルデヒドのKnövenagel縮合を検討した結果,LDHナノ粒子より調製した複酸化物は従来のLDHより調製したものに比して高い触媒活性を示した。
また,LDHはPW12O403−のような触媒活性なPOMを担持するための担体としても有用である。これらのPOMをLDHにインターカレートすることで,LDHをピラー化し,ミクロ多孔体とすることができる。しかし,粒子径の大きなLDHにおいては,一般的な共沈法や再構築法といった方法では,POMの様な大きなアニオンの導入が困難であったり,不純物の生成が問題となる。しかし,三脚型配位子を用いて調製したLDHナノ粒子は前述の様に高いアニオン交換能を有するため,POMをアニオン交換によりインターカレートすることができる29–31)。このようなLDHナノ粒子は種々の触媒反応に高活性を示し,触媒活性種を安定に保持することが可能であった。以上のように,LDHナノ粒子は高比表面積を示し,触媒の前駆体や触媒担体として有用であると言える。
以上のように,三脚型配位子はブルーサイト型構造を有する金属水酸化物,LDHの表面を修飾する有用な修飾剤となることがわかった。この有機修飾反応の反応性は金属水酸化物およびLDHの構成元素よりも,むしろその結晶構造に支配されており,様々な組成の化合物に対して同じような反応を適用することが可能である。このような汎用性のある有機修飾法を利用することで,金属水酸化物の無機骨格に由来する物性,有機官能基に由来する物性,層状構造(層間空間)に由来する物性をそれぞれ独立に制御することが可能になると期待される。無機化合物の構造的特徴を活かした物質合成法は,構成元素を自由に選択しながら材料の物性を検討する,合理的な材料設計の一助になるものと考えられる。
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