SDA-freeベータ型ゼオライトの構造と結晶成長機構Micro Structure Analysis and Crystal Growth Mechanism for Beta Zeolite Synthesised without OSDA
一般財団法人ファインセラミックセンター ナノ構造研究所Japan Fine Ceramics Center, Nanostructures Research Laboratory ◇ 〒456-8587 愛知県名古屋市熱田区六野二丁目4番1号
一般財団法人ファインセラミックセンター ナノ構造研究所Japan Fine Ceramics Center, Nanostructures Research Laboratory ◇ 〒456-8587 愛知県名古屋市熱田区六野二丁目4番1号
SDAを使用しないで作製されたベータ型ゼオライトの微細構造を,透過型電子顕微鏡(TEM)法によって観察した。観察の結果,観察試料はBEA相とBEB相が‹001›方向に非常に短い周期で入れ替わって積層する特徴的な構造を有していた。このBEAおよびBEB相の積層数を数え上げたところ,BEA相とBEB相の積層数は同じではなく,BEA : BEB=45 : 55(出現頻度の比)であった。また,両相が連続して出現する層数とそれが観察される回数を比較し統計的に整理したところ,両相が上記出現頻度を前提として,完全にランダムに積層していることが確認された。これは,最も確率的に発生し易い構造が出現していることを,つまりはエントロピーが最大(自由エネルギーが最小)になるように化学平衡を保持して結晶が形成されたことを暗示している。本稿では,この結果に基づいて,SDA-freeベータ型ゼオライトの結晶成長機構についても仮説を提案する。
We examined the crystalline and microstructures of zeolite beta crystals synthesised without an OSDA using transmission electron microscope (TEM). The HRTEM images obtained allow the associated ring and channel structures to be identified individually and suggest a random stacking of BEA and BEB building units during crystal growth along ‹001› direction. Different layer stackings of various thicknesses can be readily distinguished. The number of contiguous BEB and BEA lamellae can thus be counted directly based on the switch in orientation of these multi-membered ring layers. Using this direct method for a number of micrographs, the ratio of BEA : BEB lamellae was calculated to be 45 : 55. Further, the distribution of number of contiguous BEB and BEA lamellae measured from TEM micrographs is in agreement with distribution theoretically calculated under assumed to be completely random. In other words, the multilayer structure is formed by a simple stochastic process when no OSDA is used. That is, the results suggest that the crystal is grown while maintaining the state where the free energy is minimized (chemical equilibrium state). In this article, we also suggest a hypothesis of the crystal growth mechanism of the SDA-free beta type zeolite based on this result.
キーワード:構造規定剤;透過電子顕微鏡;ベータ型ゼオライト;積層構造;結晶成長
Key words: SDA-free; TEM; zeolite beta; stacking structure; crystal growth
© 2017 日本ゼオライト学会© 2017 Japan Zeolite Association
SDAを用いないで合成されたゼオライト,すなわちSDA-freeゼオライトは,構造欠陥が少ないとの報告例がある1,2)。SDA-freeゼオライトは,製造コストが安くなるばかりではなく,耐使用環境特性が高くなるなど,多くの点において優れた特長を持っている3~5)。SDAを用いない合成条件下において合成されるゼオライト結晶の成長機構とは,どのようなものであろうか。微細構造の強力な評価・解析手法である,透過電子顕微鏡法(TEM法)を用いて,SDA-freeゼオライトの結晶成長機構の謎に迫ってみた6)。
結晶成長過程の詳細を知るためには,その変化を細かな時間分解能で逐次観察することが効果的である。しかも,その変化をゼオライトの構造単位を直接観察可能とする高い空間分解能で観察することが効果的である。しかし,電子線照射の影響のない条件で,同一視野を長時間に渡って電子顕微鏡法で逐次観察することはほぼ不可能と思われる。
一方,結晶成長過程に関する情報が,結晶表面を含む構造欠陥や構造の不均一に現れることがある。結晶成長過程を逐次追うことが困難な場合でも,一枚の静止画像からその過程を解明することは可能である。ベータ型ゼオライト結晶は,BEA型とBEB型2種類のポリタイプが複雑に複合した結晶であることが知られている7,8)。すなわち,このポリタイプの結晶の共存状態を一種の構造欠陥と捉えると,ベータ型ゼオライトは,1枚のスナップショットを用いて,結晶成長機構を解析するのに適したゼオライトの一つとして考えることができる。本稿では,ベータ型ゼオライトの積層不整に着目し,これを高分解能TEM観察によって評価・解析した結果を基に,その結晶成長機構について言及してみたい。
解析対象としたSDA-freeベータ型ゼオライトは,東京大学板橋氏によって合成され,提供頂いた粉末結晶である6)。その外観は,図1(a)のSEM像に示すように八面体を基本として頂点(先端)付近がフラクタル的に分岐した特徴的な形状を示している。この一部を八面体の真横方向(‹001›に垂直な方向)から高分解能TEM観察した結果を図1(b)に示す。図中のAおよびBは,BEA相とBEB相のポリタイプを示す。SEMで観察された八面体構造の外観とともに,12員環を示す大きな白丸のコントラストおよびその周辺に,5員環および6員環がわずかに大きさの異なる白い点として識別されて観察できる。この12員環を表す大きな白丸のコントラストの配列によって,ベータ型ゼオライトのポリタイプであるBEA相とBEB相とを見分けることができる。これら多員環を示す白点の配列を観る限りは,積層欠陥以外の構造欠陥は存在しないようである。
また,ベータ型ゼオライトは,図2に示す左右非対称の多員環鎖が二重4員環(D4R)を介して積み上がった構造と考えることも可能である。この多員環鎖が同じ方向に積層するとBEB相であり,左右異なった多員環鎖が積層するとBEA相である。観察されたTEM像をこのようにして識別すると,BEA相とBEB相は図2に示すように分布していることが分かる。一層ごとにBEA相とBEB相が入れ替わって現れることも多く,非常に積層欠陥の多い結晶であった。
なお,八面体構造を示したベータ型ゼオライトの表面は,図2に示すように多員環が配列しており,左右非対称な多員環鎖が,‹001›方向にD4Rを介して積層し,同じ向きで積層する場合はBEB相が,異なる向きで積層する場合はBEA相が形成する。この構造は,表面積が小さく,表面のぶら下がり結合密度が最も少ない表面構造を生み出している。すなわち,結晶表面のエネルギーをより小さくすると,八面体構造が出現するのである。以上が,SDAを用いずに作製されたベータ型ゼオライトの直感的に認識される構造上の特徴である。
非常に高密度に形成された積層欠陥を含む結晶構造には,どのような科学的必然性が背景にあるのだろうか。積層欠陥の分布を理解するために,BEA相とBEB相を合わせて,約500層を対象として,各々の相の積層数と各々の相が1~n層連続して出現する回数を数え上げた。その結果を表1に示す。
積層連続数 | 観察された連続積層の個数(BEA) | 観察された連続積層の個数(BEB) | 観察された連続積層の個数(BEA+BEB) |
---|---|---|---|
1 | 85個×1層=85 | 63個×1層=63 | 148個×1層=148 |
2 | 30個×2層連続=60 | 37個×2層連続=72 | 67個×2層連続=132 |
3 | 15個×3層連続=45 | 16個×3層連続=48 | 31個×3層連続= 93 |
4 | 4個×4層連続=16 | 7個×4層連続=28 | 11個×4層連続=44 |
5 | 2個×5層連続=10 | 5個×5層連続=25 | 7個×5層連続= 35 |
6 | 0個×6層連続= 0 | 5個×6層連続=30 | 5個×6層連続= 30 |
全層数 | 216層 | 266層 | 482層 |
出現比率 | 0.448 | 0.552 | 1 |
この集計結果を眺めると,そこには以下に示すようないくつかの特徴が認められる。
BEA相とBEB相の結晶格子エネルギーの差は極わずかであることが分かっており,観察された出現頻度の比率(BEA相 : BEB相=45 : 55)はそれから推定される比率よりもかなり大きい6)。この結果は,結晶化における反応溶液の影響などとも関係した重要な意味を持っていると思われるが,今後の課題として本稿では議論しない。
さて,観察された積層欠陥について,少し統計的に整理をしてみよう。観察結果に基づいて,BEA相とBEB相は45 : 55の比率で出現すると考える。すなわち,結晶成長のイベントが生じている場所で,BEA相の積層が出現するか,BEB相の積層が出現するかは,45 : 55の比率で決まると仮定するのである。この仮定のもとで,BEA相またはBEB相が連続して出現する確率を計算することは難しくない。各々の相がk回連続する積層状態が観察される確率は下記に示す式で与えられる。
ここで,簡単に数式の意味を説明しよう。例えば,BEA相がk回連続して積層したことを確定するためには,「BEB相の上にBEA相がk回連続して出現し,さらにその上にBEB相が出現する」ことが必要である。すなわち,k層のBEA相をBEB相が挟んで出現しなければ「BEA相がk回連続して出現した」と確定できない。したがって,BEA相がk回連続していると観察されるためには,[BEB相の出現確率]×[BEA相の出現確率]k×[BEB相の出現確率]の積層状態が生じなければならない。このイベントが発生する頻度(SAk)は,以下の計算で与えられる。
一方,BEA相が1~n回連続して観察される頻度の和()は,
となり,nを無限大まで拡張すると
となる。
したがって,あらゆるBEA相の出現の仕方の中で,BEA相がk回連続して出現する積層状態が観察される確率(PAk)は
となって,式1が与えられる。
同様にして,BEB相がk回連続して出現する積層状態が観察される確率(PBk)は,式2によって与えられる。
このようにして求めた式を図3にグラフとして示す。なお,実線は,両者の関係について確率的に期待される曲線を示す。実際の式(1)および式(2)において,kは1以上の整数であり離散的であるが,変化の傾向を視覚的に理解しやすいように連続曲線として示している。
一方,TEM観察結果から実測したBEA相およびBEB相がk回連続して観察された確率をこのグラフに点としてプロットした。上記仮定のもとで理論的に求めたBEA相およびBEB相の出現確率と実測結果が比較的よく一致している。測定点数が多くなれば両者の一致がさらに良くなることが期待される。連続して出現する層数とその出現確率について,BEA相とBEB相を区別せずに,BEA相またはBEB相出現する回数とそれが観察される確率の関係をプロットした結果を図4に示す。測定点が増えることによって,理論式と実測値はかなりよく一致している。
以上の結果は,SDA-freeベータ型ゼオライトの結晶が,多員環鎖を単位として各多員環鎖が互いに独立に積層することで結晶が成長することを示している。TEMによって観察された積層不整は,直感的には非常に高密度に形成されているとの印象を与えたが,このように整理することで秩序正しく整然と成長していることが解明された。
なお,この議論は一方向からの二次元的な観察結果に基づいている。ベータ型ゼオライトの場合,同じ結晶粒子であっても観察方向によって多員環鎖の積層状態は異なる可能性があるため,3次元での議論が必要と思われるかもしれない。しかし,上記の様な統計的取扱の場合は,3次元的配慮をした場合の結果と等価であり,今回の解析においては問題ないと考える。
観察されたBEA相とBEB相の空間分布の解析結果に基づいて,「多員環鎖を単位とする積層によって結晶が成長する」との仮説を設定することで,一つの結晶成長モデルを示すことができる。
一般的な沿面成長によってベータ型ゼオライト結晶が成長すると考える。沿面成長は(001)面に沿って生じている。すなわち,SDA-freeで合成されたベータ型ゼオライトは,TEMおよびSEM観察から八面体形状を基本として,これらがフラクタル的に複雑な結晶外形を示すが,その八面体の先端で二次元核が形成され沿面成長が始まると考える。二次元核は,構造的により安定でありベータ型ゼオライトの構造を規定するものでなければならない。すなわち,図5に示す構造単位を二次元核と考えることが妥当であろう。この二次元核はベータ型ゼオライトの結晶構造を与える構造要素であり,表面のダングリング結合が最も少ない構造単位でもある。同一(001)面において隣接するD4Rの間隔と整合し,なおかつ上記の二次元核としての要請を満たす多員環集合体の最小単位として図5に示す構造を二次元核と考えることに無理はない。この二次元核が形成された後には,常により安定な表面を維持するように,図5に示すように,(a)に示す二次元核が成長面上に形成され,その後,(b)のように沿面成長することで多員環鎖が一層形成され,その後,左右方向にステップを形成しながら結晶が成長すると考えることができる。
ところで,結晶成長を考えるとき,図5に示す構造単位が反応溶液中で形成され,それが積み木の様に積み上げられると考えることは都合が良すぎるように思われる。結晶成長端では,この二次元核以外にも様々な構造の酸化ケイ素化合物が形成されているであろう。しかし,上記二次元核以外の酸化ケイ素化合物が成長面上に形成された場合は,安定な結晶成長が生じることがなく,やがて溶解・消失すると予想される。したがって,上記の構造単位を二次元核として,あたかもブロックを積み上げるように結晶が成長すると近似することが許されると考える。
上記の結晶成長モデルを仮定するとき,ほとんどの場合は一個の二次元核が(001)結晶面に形成され,円滑な沿面成長が促進されて結晶が成長する。しかし,まれに同一の(001)結晶面上に複数の二次元核が形成される場合も起こるであろう。成長面でたまたま2次元核が二つ形成された場合,その組み合わせは図6の①~④の4通りが考えられる。このうち①と②の場合は,その後の沿面成長によって互いが構造欠陥を形成することなく連続して接合するために,二次元核が同時に二つ形成されたことを示す痕跡は消失し確かめようがない。一方,③や④の場合は,二つの二次元核から成長した結晶の成長端が出会うとき,ベータ型ゼオライトを構成する多員環配列で両者を繋ぐことができないために,そこで構造の周期性が失われる。図7のように,向きが異なる二次元核が,同時に結晶成長面上に形成されると,ベータ型ゼオライトの周期構造を保って多員環鎖を形成することができず粒界が形成されることとなり,こうして形成された周期性の不連続は,その後の結晶成長における積層プロセスにおいても引き継がれて,結晶粒界(または,ドメイン界面)が形成されることになる。図8に実際に観察された結晶粒界のTEM写真を示す。上記議論で予想した結晶粒界とほぼ一致する構造が確認できる。この観察された粒界構造は,図7に示した粒界構造モデルとよく一致しており,上記の結晶成長モデルを支持する傍証と言えよう。
観察されたBEA相とBEB相の空間分布に基づいて結晶成長機構を説明する方法は,この他にも存在するであろう。しかし,上記の考え方は,最も単純な(シンプルな)モデルの一つであると信じている。観察された自然現象を説明可能な複数のモデルが存在するとき,最も単純なモデルをより正しいとして採用する思想(オッカムのカミソリ)があるが,その視点からも正しいものと期待したい。
上記の結晶成長機構を受け入れると,結晶成長過程において結晶構造をベータ型ゼオライトたらしめている因子としてD4Rの間隔を挙げることができる。すなわち,このD4Rの間隔こそがベータ型ゼオライトをエピタキシャル成長させていると思われる。
ところで,結晶成長面の両端では,表面エネルギーを小さくするためにダングリング結合の少ない構造が出現すると考えられる。その要請を満たす最も妥当な両端の構造は図2に示す構造であり,結果として一つの結晶粒子(結晶ドメイン)は結晶の先端に向かって尖った三角形になる。そして,三角形の根元には結晶粒界が形成されていることになる。図1のSEM写真で示したこのゼオライト結晶粒子の特徴的な外形は,このことを反映しているのである。したがって,この小さな三角形のドメインの数は,互いに整合しない二次元結晶核が同じ(001)面上に発生した頻度を意味することになる。
上記の議論から,SDA-freeベータ型ゼオライトは,多員環鎖を整然と積み上げて結晶が成長したと考えることが適当であり,確率的に最も起こりやすいことが起こったと考えることができる。これは,実在可能な事象の内で最も状態数(場合の数)の多い事象が出現したことを意味している。したがって,観察されたSDA-freeゼオライトの結晶は,エントロピーが最大となる事象が実現したと解釈することができ,化学平衡を保ちながら結晶成長し易い合成条件であったと考えられる。SDA-freeベータ型ゼオライトが,構造欠陥が少なく,種々の環境に対して安定性が高い性質を有するのは,そうした結晶成長環境に依るものであろう。今後,新たな実験事実の発見とともに,結晶成長に関する理解がより深化することを期待する。
本研究にあたって,東京大学・板橋慶治博士,大久保達也教授,あいち産業科学技術総合センター・吉田陽子さん,産業技術総合研究所・池田卓史博士,早稲田大学・松方正彦教授,ファインセラミックスセンター・クレイグ・フィッシャー博士の皆様には,種々のご協力とともに貴重な議論の機会をご提供頂きました。深く感謝申し上げます。
なお,本研究は,科学技術振興機構(CREST: JPMJCR1324)の支援によって実施したものです。
1) Y. Kamimura, W. Chaikittisilp, K. Itabashi, A. Shimojima, T. Okubo, Chem. Asian J., 5, 2182–2191 (2010).
2) Y. Kamimura, S. Tanahashi, K. Itabashi, A. Sugawara, T. Wakihara, A. Shimojima, T. Okubo, J. Phys. Chem. C, 115, 744–750 (2011).
3) J. Sun, G. Zhu, Y. Chen, J. Li, L. Wang, Y. Peng, H. Li, S. Qiu, Micropor. Mesopor. Mater., 102, 242–248 (2007).
4) B. Xie, J. Song, L. Ren, Y. Ji, J. Li, F.S. Xiao, Chem. Mater., 20, 4533–4535 (2008).
5) Y. Kubota, K. Itabashi, S. Inagaki, Y. Nishita, R. Komatsu, Y. Tsuboi, S. Shinoda, T. Okubo, Chem. Mater., 26, 1250–1259 (2014).
6) Y. Sasaki, Y. Yoshida, C. A. J. Fisher, T. Ikeda, K. Itabashi and T. Okubo, Micropor. Mesopor. Mater., 225, 210–215 (2016).
7) Á. Cantín, A. Corma, M. J. Díaz-Cabañas, J. L. Jordá, M. Moliner, F. Rey, Angew. Chemie Int. Ed., 45, 8013–8015 (2006).
8) A. Corma, M. Moliner, Á. Cantín, M.J. Díaz-Cabañas, J.L. Jordá, D. Zhang, J. Sun, K. Jansson, S. Hovmöller, X. Zou, Chem. Mater. 20, 3218–3223 (2008).
This page was created on 2017-04-24T14:50:23.132+09:00
This page was last modified on
このサイトは(株)国際文献社によって運用されています。