ミクロ・メソ細孔内の分子集団構造の解明Determination of the Structure of Molecular Assemblies in Micro/Mesoporous Materials
信州大学理学部,環境・エネルギー材料科学研究所Faculty of Science, Center for Energy and Environmental Science, Shinshu University ◇ 〒390-8621 長野県松本市旭3-1-1 信州大学理学部
信州大学理学部,環境・エネルギー材料科学研究所Faculty of Science, Center for Energy and Environmental Science, Shinshu University ◇ 〒390-8621 長野県松本市旭3-1-1 信州大学理学部
分子数個分の空間に閉じ込められた分子集団の挙動を,散乱・回折法による実測と,液体や溶液の構造検討に用いられてきた「密度ゆらぎ」や「動径分布関数」の概念を適用することによって検討した。疎水的表面を持つ活性炭細孔を主たるターゲットとして,細孔中の水分子クラスターの形成や,その特異な相転移現象を見出した。それらの現象や,用いた構造解析法について紹介する。
The molecular behavior in the nanospaces which included in porous materials was investigated by in situ diffraction and scattering measurements and analysis using “density fluctuation” and “radial distribution function”. We applied these methods to carbon nanomaterials which have hydrophobic nature, and found the cluster formation and unique phase transition phenomena of adsorbed molecules. We describe the applying method of these technics for the adsorption systems and the strange phenomena of the molecules in the confined systems.
キーワード:活性炭;水クラスター形成;疎水性表面;動径分布関数;密度ゆらぎ
Key words: Activated carbon; water cluster formation; hydrophobic surface; radial distribution function; density fluctuation
© 2017 日本ゼオライト学会© 2017 Japan Zeolite Association
多孔性固体中に含まれるナノ空間~「細孔」は複数の固体表面に囲まれた空間であり,強められた表面–分子間相互作用によって種々の分子がその内部に捉えられる。細孔は分子反応場として重要であるばかりでなく,細孔自身が持つ分子濃縮能,分子識別能が古くから利用され,近年では細孔デザインを可能とした新規多孔性固体の合成法の発達とも相まって,エネルギー分子の貯蔵や有害物質の除去分野等でのさらなる活用が期待されている。
微小な空間中では,表面–分子間相互作用だけでなく,「空間の大きさ」そのものがその内部の分子現象に大きな影響を与えうる。極限的には,例えば分子が1個しか入れない容器があったとすると,その内部では固体,液体,気体という相の違いは現れないであろう。径が1 nm程度の空間では,少なくとも一つの方向には存在できる分子の数は2~3個程度にまで制限される。その内部に閉じ込められた少数の分子からなる系は通常とは全く異なった挙動を示すことが予想される。
筆者らは,炭素系の多孔性固体–活性炭を主たるターゲットとして,その内部に吸着した分子集団の構造を,X線,中性子を用いた散乱・回折実験により直接に検討してきた。活性炭は工業的にも広く利用されている吸着材であるが,ミクロな視点で見ると,ほぼ炭素原子のみから構成される構造的にもポテンシャル的にもフラットな表面を持ち,表面に電気的な偏りがないため特に極性分子との相互作用が小さい~疎水的な表面を持つという特徴がある。そのため,活性炭細孔内の吸着現象では表面–吸着分子間の相互作用だけでなく,横方向の相互作用~lateral interactionとも呼ばれる吸着分子間の相互作用が重要な役割を果たす。活性炭細孔では系を構成する分子の数が重要となる「小さな空間」としての特徴が表れやすく,また水分子のような極性分子でその傾向は顕著となると考えられる。
活性炭はミクロ孔(~2 nm)からメソ孔(2~50 nm)にわたる細孔を大量に含み,細孔容量や細孔径分布は製造時の条件(賦活条件)によって調整可能であり,それぞれの処理に最適化された試料が水処理や分子分離等の工業プロセスに広く用いられている。高度に賦活されたミクロ孔性活性炭では,湿度が十分に高い条件で自重に匹敵する(~1000 mg/g)大量の水分子が幅1 nm程度のミクロ孔中に捉えられる。水吸着状態の活性炭は,常温,常圧の穏やかな条件下で,大量の水分子がほぼすべて自身の分子径の数倍という微小空間に閉じ込められている興味深い系であるといえる。
構造の面からみると,活性炭は3次元的な構造周期性を持たない「アモルファス」であり,そのX線回折図は,結晶のようなシャープなピークは示さずいくつかの非常にブロードなピークのみを示す。分子を吸着させると,細孔内部に捉えられた吸着相も液体様の「乱れた構造」を持つため,ブロードなピーク形状の回折強度が重なって現れる。このような乱れた構造に対する構造解析法としては,液体の構造解析で用いられる「動径分布関数」法がある。動径分布関数はブロードな回折図に対し強度の補正や規格化をしたのちにフーリエ変換をすることによって得られ,短距離範囲のみの秩序性を持つアモルファスや液体構造の隣接分子間距離や隣接分子数に関する情報を与えてくれる。筆者らはこの方法を吸着in situ回折測定データに適用することにより,活性炭中の水の秩序構造形成1,2)やその相転移異常3,4),四塩化炭素5,6)やエタノール分子7)の特異な分子間構造の形成などを見いだしてきた。
またよく知られているように,物質に含まれる「構造の大きさ」と回折角には反比例の関係が成立しており,回折図には,広角領域に現れる原子間距離に対応するミクロな情報から,小角領域に現れる固体結晶子や吸着分子集団の大きさや形状に対応するコロイドオーダーの情報が連続して連なっている。乾燥させた活性炭にX線(CuKα線)を照射すると,2θ<5°程度の比較的広い角度領域で,非常に強いX線散乱が生じる。これは活性炭に含まれる電子密度の高い固体部分と,細孔(空隙)の電子密度のコントラストに由来している。このX線散乱強度は吸着に伴って非常に大きく変化する。我々はこれに対し,密度ゆらぎと相関距離の概念を導入することによって定量的な構造解析を行い,ミクロ孔性活性炭–水吸着系において水分子が細孔内でクラスター様の分子集団を形成していることを明らかとした8,9)。
本稿では,SAXS法による細孔内分子集団の大きさ,密度の検討,およびXRD法による細孔中の分子集団を冷却した際の液体–固体相転移現象の解明について紹介する。本稿が微小空間現象を考える糸口の一つとなれば幸いである
活性炭への水吸着現象の特異性を示すために,室温におけるミクロ孔性炭素への四塩化炭素,水の吸着等温線を図1に示す。横軸はそれぞれの飽和蒸気圧を1とした相対圧,縦軸は細孔充填率ϕとなっている。活性炭は(株)アドールによる石炭ピッチを原料とした繊維状活性炭であり,通常の活性炭に比べ均一な細孔を有しており,窒素吸着等温線からスリット型の細孔形状を仮定して得られる平均細孔径は0.9 nmである。またこの試料では一般的な活性炭に比べ表面官能基量は極めて少ない。四塩化炭素を含むほとんどの無機小分子は,カーボンミクロ孔に対し,ミクロ孔充填(micropore filling)と呼ばれる吸着機構で細孔を充填し,IUPAC分類のⅠ型に相当する等温線形状を示す。すなわち吸着分子は,複数の表面からのポテンシャルによって強調された細孔内ポテンシャルによってごく低い相対圧でミクロ孔を充填し,ミクロ孔の充填が終わると吸着等温線はほぼ平坦となっている。飽和吸着量をバルク液体密度で割ることで得られる「細孔容量」が吸着分子種によって大きく変わらず,吸着熱が吸着分子の凝縮熱より少し大きい程度であることからも,カーボンミクロ孔への吸着は吸着分子間の相互作用が重要な役割を果たしていることがわかる。物理吸着は,本来等温線の右端(飽和蒸気圧)で生じる気体から液体への相転移~「凝縮」が,固体表面の力を借りることで,細孔内限定でより低い分圧で生じる現象であると見ることもできるだろう。
一方,水分子はⅤ型の吸着等温線形状を示す。同一の細孔であるにもかかわらず,表面の疎水性を反映して,低相対圧では水分子はほとんど吸着を生じない。しかしながら,ある程度まで相対圧が上昇すると吸着等温線ははっきりとした立ち上がりを示し,最終的にはミクロ孔は水分子によって完全に充填される。また,飽和吸着状態から徐々に相対圧を下げていった際に得られる脱着等温線(脱着枝)が吸着等温線と一致しないヒステリシス現象が生じる。
ヒステリシス現象は,メソ孔(細孔径2~50 nm)を持つ試料で一般的に生じ,その等温線はⅣ型と呼ばれる形状を持つ。メソ孔への吸着は吸着相が作る曲がった界面–メニスカスによる吸着相の安定化(Capillary Condensation)によって生じ,Ⅳ型等温線のヒステリシスは吸脱着過程のメニスカスの形状の違いによって生じる。メニスカスの曲率半径と等温線の立ち上がり(立ち下がり)位置の対応はヤング–ラプラス式によって与えられる。
活性炭–水吸着系が示すⅤ型の等温線では,細孔径から想定される曲率半径と等温線の立ち上がり(立ち下がり)位置は全く合わず,Ⅳ型とは異なる理由によりヒステリシスが生じていることがわかる。賦活度によって平均細孔径を変えた活性炭への水吸着等温線を図2に示す。水吸着現象は細孔径に非常に敏感であり,細孔径が大きくなるにつれ等温線の立ち上がり位置は高相対圧側にシフトし,ヒステリシス現象も顕著となる。細孔径のもっとも小さな試料ではヒステリシスはほとんど生じていない。そもそも表面が「疎水的」であるのに,なぜミクロ孔は水分子で充填されるのであろうか。このような分子充填機構には,吸着分子がつくる「分子集団の形状」が強く影響しているはずである。コロイドオーダーの電子密度分布の形状を直接に捉えるX線小角散乱法を適用し,細孔内の水分子集団がどのように成長して細孔を充填していくのかを検討した。
分子の吸着によって吸着系の小角散乱強度は大きく変化する。分子が未吸着の活性炭は散乱パラメータs <1 Å−1(s=4πsinθ/λ)程度までの比較的広い範囲に非常に強い散乱を生じるが,これは活性炭中に炭素微結晶と空隙(細孔)という電子密度のコントラスト=密度ゆらぎが存在するためである。吸着系はこれに吸着相を加えた,固体(多孔体を構成する固体部分),液体(吸着相),気体(未吸着の空隙)の3相混合系とみなすことができる。活性炭の場合これらの3相は1~10 nm程度のオーダーで混合していると考えられ,吸着系は微小な界面,表面が高い密度で混合した系と見ることもできる。吸着の進行に伴う吸着分子集団の形状や位置の変化はナノ空間内の物理現象を理解するうえで重要であるが,物理的測定により直接に検討する研究はほとんど行われてこなかった。X線小角散乱(SAXS)測定は系の数nm~数µmの電子密度の分布情報を直接に捉える。ここでは,我々が行ったSAXS法の吸着系への適用について紹介する。
w=1.13 nmの系で得られたSAXS強度の水の細孔充填率ϕ依存性を図3に示す9)。測定は多孔質試料の真空脱気処理と温度および吸着量の制御が可能なin situ X線測定セルを用いて行った。吸着分子は細孔を充填してゆくので,均一な分子充填が起きるなら吸着に伴って系の電子密度ゆらぎは減少し散乱強度も減少するはずであるが,水吸着の場合は散乱パラメータs<0.12 Å−1の領域では吸着に伴って強度がいったん増加し,その後飽和に伴って減少している。これは吸着過程において,水分子が細孔内クラスターの形成のような「偏った」吸着を生じており,系の密度ゆらぎが増加していることを表している。カーボンナノ空間に対する水吸着は,カーボン表面が疎水的であるために表面–分子間相互作用による低圧での吸着が生じず,水分子間の相互作用によって「クラスター」(分子集合体)を形成し,そのクラスターが成長して細孔を充填するという機構によって説明されてきた10)。本結果はこれに対する物理的測定による初めての実証と言える。また,カーボン細孔への水吸着は吸脱着過程での吸着量の不一致~ヒステリシスを生じるが,そのような範囲(ϕ=0.3, 0.7)では吸着量が一致しているにもかかわらず,吸着時(実線)と脱離時(点線)とでは散乱強度形状が一致していない。これは吸着・脱離過程で細孔内分子集団が異なった形状を持っていることを示している。
繊維状活性炭およびその吸着状態では,図3に示したCuKα線で2θ=1~5°の範囲に,超臨界状態の解析等に用いられるOrnstein–Zernike11),またはDebye–Bueche12)プロットによく適合する領域が現れた。これらの理論は2つの相(高密度相と低密度相)が孤立相を作らず連続的に混合した状態を考えている。我々はこれらのうちDebye–Bueche理論を3相(カーボン結晶子,吸着相,未吸着の空隙)に拡張し,定量的な解析を試みた13)。
図4に異なる細孔径の試料で得た吸着相の大きさlaのϕ依存性を示す。本解析では,試料の空隙の大きさlv(1.1~0.6 nm,試料に依存)と固体相の大きさls(0.5~0.6 nm,同)とともに,「吸着相の大きさ」laが得られる。これらの3相の大きさはDebye–Buecheプロットで得られる相関距離ξを基にしている。laは,真空下でのlv, lsと同程度のオーダーで吸着量に応じ変化する。さて,図4中のw=1.13 nmの結果(△)を見ると,吸着相の大きさlaは,吸着初期における0.4 nmから吸着が進行するにつれ1 nmまで増加していることがわかる。その変化は平坦ではなくlaはϕ=0.2付近までに急激に大きくなっており,この領域ではクラスターの数の増加よりも一つ一つのクラスターの成長により吸着が進行していることがわかる。その後もクラスターの成長は続き,細孔は水分子によって充填される。図中実線は吸着過程,点線は脱着過程を示しており,吸着ヒステリシスが生じている領域(ϕ=0.2~0.7)では分子集合体の形状にもヒステリシスが生じており,吸着過程のほうが「大きく,少数の」クラスター形成を経ていることがわかる。w=0.75 nmの系(〇)ではlaはほぼ一定であり,許される空間が小さいためにクラスターの大きさはほとんど変化せず,数が増すことで細孔を充填するような吸着機構であることを示している。このような細孔径の小さな試料では吸着ヒステリシスは生じないが,これは吸脱着過程におけるクラスターの形状の差異が小さいためであると理解できる。また,細孔径が異なっても,吸着が開始される際のlaが0.4 nmでほぼ一致していることが注目される。これは水分子が一定の大きさのクラスターを形成することによって初めて細孔内に吸着できるようになることを示唆している。球状の散乱体が示すlと比較すると,その大きさは約12分子程度であると考えられる8)。この結果は大場らによるTIP5Pモデルを用いたポテンシャルエネルギーから検討の結果(8~10分子)とほぼ一致している14)。
また小角散乱強度は系内の密度コントラストに由来しているので,吸着相の密度変化を捉えることができる。二村らは活性炭に水を飽和吸着させた系の小角散乱強度が,冷却に伴い広い温度範囲で連続的に増加することを見出した3)。これは吸着相の密度が冷却によって減少し,系の密度コントラストが増すことを示している。Debye–Bueche理論を基にした解析法を適用し,求めた吸着相密度の温度依存性を図5に示す。バルクの氷のように,物質は通常,温度の増加により膨張し,密度は低下する。よく知られているように,過冷却水と0~4°Cの水は例外的に温度上昇に伴う密度の上昇=負の熱膨張率を示す。ナノ空間内の水は,非常に広い温度範囲で負の熱膨張率を示していることがわかる。バルクの水は,これも例外的に密度増加を伴う固→液相転移を示すが,ナノ空間中では固液相転移点が消失し,広い温度範囲にわたって固→液相転移に相当する構造変化が生じるために,このような現象が起こるのだと考えられる。この異常な相転移現象は,吸着分子間相互作用によって少数の分子によるクラスターが形成されていることが,その本質的な原因であると言える。
また近年,伊藤らとともに新規の吸着速度測定法を開発し,同系の吸着速度変化について検討した15)。横軸を同じく細孔充填率ϕとした吸着速度定数を図6に示す。Ⅴ型の等温線の立ち上がり部分では,吸着速度定数は吸着初期や飽和後の外表面への吸着に比べ2~3桁程度も小さい。これはクラスター形成を経る水吸着では,吸着が極めて遅いことを示している。特に,クラスターの「成長」を伴い吸着が進行する細孔径が比較的大きな試料で吸着速度は極めて小さく,分子集団の形成過程が吸着の律速段階となっていることが分かる。
ここまでは細孔内で生じる「分子集団の構造」という,メソスケールでの検討結果を紹介した。次に,ミクロスケール,すなわち吸着分子集団の「分子間構造」について,相転移現象を中心にして紹介したい。
図7に活性炭に水を吸着した際のX線回折図を示す4)。横軸は散乱パラメータsであり,X線源に銅管球を用いた場合の2θ=0~90°の範囲に相当している。前述のように,活性炭はアモルファスであり,黒線で示したように緩慢な小角散乱に重なる形でs=1.6 Å−1付近にグラファイト面の積層(002面)によるショルダー様のピークが,s=3 Å−1以上の広角領域にグラファイト網面構造に由来するブロードなピーク(10面,11面)が現れる。図7には試料セルに水蒸気を導入し,303 Kにおいて水を飽和状態まで吸着させた回折図,さらにそれを143 Kまで冷却した回折図を示す。まず室温での結果(太線)を見ると,s=1.8 Å−1付近にブロードながらも強いピーク(A)が現れている。このピークは吸着水の液体様の構造を反映している。ピーク位置は同温度のバルク(通常の状態)の水と比較して低角側にシフトしており,吸着水が室温においてもバルク状態に比べ「疎」な分子間構造を持っていることを示唆している2)。系の温度を下げると,ピークAはさらに低角にシフトし,回折図の振幅は増す。バルクの水であれば,X線回折図は凝固温度において液体状態のブロードなピーク形状から結晶(氷)の持つシャープなピークへと劇的に変化する。細孔内におけるピークはそのような変化を示さず,143 Kにおいてもブロードなピーク形状が保たれている。ただしこれは細孔内の水が単純に「凍らない」ことを意味するのではなく,細孔の空間的な制約のために水分子集団が長距離にわたる秩序構造を形成できないことを示している3)。
細孔径w=1.36 nmの試料における吸着水の動径分布関数の温度依存性を図8に示す3)。動径分布関数は,系内の任意の分子を中心とした距離の密度の濃淡を示しており,液体,アモルファスの構造を定量的に表すことができる。0.35 nm付近のピーク(ショルダー)Bは水の第1隣接分子に,0.5 nm付近のピークCは第2隣接分子に対応している。吸着状態の動径分布関数はバルクに比べ室温ですでに第1ピークの強度が第2ピークに比べ小さく,氷類似の秩序的な構造を取っていることがわかる。冷却に伴い分子の位置が固定され構造がはっきりしてゆくために動径分布の振幅が増していくが,この変化が温度に対して連続的に生じていることが注目される。これは吸着系が少数の分子からなる系を形成しているために,固液の相転移点が消失していることと対応している。細孔径の異なるいくつかの試料の結果を比較すると,構造変化が温度に対して連続的であるという特徴は共通するものの,狭い空間では構造の変化が小さく,比較的広い空間では回折図に準安定相の氷Icに対応するピークが現れるなど,ミクロ孔の範囲のわずかな空間の大きさの違いによって吸着水の構造に大きな差異が現れることを確かめている。
これまでに行ってきたX線を用いた細孔内分子集団の構造解析から得られる吸着系の知見を,活性炭–水系を中心に紹介した。散乱・回折手法の適用により,ナノ空間中の分子集団について分子間距離,およびコロイドオーダーの構造情報が直接に得られる。ナノ空間はエネルギーを消費することなく分子を濃縮できる空間であり,その内部に形成される少数の分子から成る系が示す特異な分子現象は,様々な応用の可能性を秘めている。現在は,本手法を電解質溶液や混合溶液などの複雑な系に適用させることを目的として,中性子回折の利用2)や,リバースモンテカルロ法を用いた計算機科学との組み合わせ7)に取り組んでいる。
本研究は信州大学理学部尾関寿美男教授,同環境・エネルギー材料科学研究所金子克美特別特任教授をはじめとする多くの先生方のご指導,および日本学術振興会科学研究費の補助,(株)アドールの試料提供,技術協力を受けて行いました。ここに深く謝意を表します。
1) T. Iiyama, K. Nishikawa, T. Otowa, K. Kaneko, J. Phys. Chem., 99, 10075 (1995).
2) T. Iiyama, F. Fujisaki, R. Futamura, A. Hamasaki, S. Ozeki, A. Hoshikawa, T. Ishigaki, Chem. Lett., 41, 1267 (2012).
3) R. Futamura, T. Iiyama, A. Hamasaki, S. Ozeki, Phys. Chem. Chem. Phys., 14, 981 (2012).
4) T. Iiyama, K. Nishikawa, T. Suzuki, K. Kaneko, Chem. Phys. Lett., 274, 152 (1997).
5) T. Iiyama, K. Nishikawa, T. Suzuki, T. Otowa, M. Hijiriyama, Y. Nojima, K. Kaneko, J. Phys. Chem. B, 101, 3037 (1997).
6) M. Yoshimoto, R. Futamura, A. Hoshikawa, T. Ishigaki, T. Uchida, T. Iiyama, Chem. Lett. to be submitted.
7) T. Iiyama, K. Hagi, T. Urushibara, S. Ozeki, Colloid and Surfaces A, 347, 133 (2009).
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9) T. Iiyama, M. Ruike, K. Kaneko, Chem. Phys. Lett., 331, 359 (2000).
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13) 飯山 拓,尾関寿美男,“小角X線散乱による活性炭細孔内の分子集団状態の検討”,Tanso, 235, 275 (2008).
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