ナノ多孔質材料のような極微小な複合材料の特性を理解するためには,局所元素分析を含む構造解析・評価が欠かせない。そのため,これらの評価技術は材料合成法とそれらの新機能の展開に対応した発展が求められている。特に構造解析においては真の姿を捉えるための研究・開発がすすめられている。本稿では,ナノ構造体表面の解析には欠かせなくなった走査電子顕微鏡法(SEM: Scanning Electron Microscopy)を用いた最近のナノ多孔質材料の解析について,その原理と応用を紹介したい。
SEMは試料表面の形態を比較的簡単に観察できる方法である。焦点深度が深いため高低差のある試料でも焦点を大きく外さずに観察することができ,実際に目で見たような表面形態を映し出すので解釈が容易であり,ナノ多孔質材料の解析に用いられている1,2)。また,電子線を照射した場所の原子から放出される特性X線をエネルギー分散型X線分光法(EDS: Energy Dispersive X-ray Spectrometry)あるいは波長分散型X線分光法(WDS: Wave-length Dispersive X-ray Spectrometry)で分光することにより局所元素分析が可能である。さらに電子線後方散乱回折法(EBSD: Electron Backscattered Diffraction)と組み合わせればドメイン毎の結晶方位情報も得られる。最近では軟X線分光法(SXES: Soft X-ray Emission Spectrometry)の開発により元素の電子状態なども確認できるまでになり,一層汎用性の高い解析手法になってきている3,4)。
元来,ナノ多孔質材料は大きな吸着容積と表面積を持ち,多くの場合触媒能力,吸着能力,分離能力に優れ,化学合成触媒や環境浄化材料として注目されている。これらの反応は主として材料表面で起きるので,ナノ構造体表面の構造や組成がその特性を支配する。したがって,ナノ構造材料の特性を知るには,その最表面の情報を得ることが必須である。しかし,ゼオライトやメソポーラスシリカなどナノ多孔質材料の多くは絶縁物であり,また,電子線照射による損傷が激しく一般的なSEMではその表面構造をナノレベルで知ることは困難であった。
このような課題のある中,近年,電子の入射エネルギーを小さくして一次電子の試料内部への潜り込みを抑え,最表面の情報をnm程度の空間分解能で選択的に得られる低電圧超高空間分解能SEM(LVHR-SEM: Low Voltage Ultra High Resolution SEM)が開発され,ナノ多孔質材料解析への活用が始まった5)。
1.1 走査電子顕微鏡の原理
図1.1にSEMの模式図を示す。電子源から発生した電子をコンデンサーレンズ(CL)や対物レンズ(OL)により細く収束させ,試料表面に照射したときに発生した二次電子(Secondary Electron: SE)や反射電子(Backscattered Electron: BSE)を検出することにより像を形成している。また,その観察範囲は収束させた電子プローブの走査する面積により決定される。
1.2 減速法を用いた低加速電圧高空間分解能化
SEMにおける空間分解能を決める大きな要素の一つである電子プローブ径は次の①式で表すことができる。
M:レンズ系全体による総合倍率,ds:電子源サイズ(nm),Cs:球面収差係数(mm),α:ビーム開き角(rad),Cc:色収差係数(mm),ΔE:エネルギー幅,E:加速された電子のエネルギー(eV),λ:電子の波長(1.5/E)1/2(nm),各電子源のエネルギー幅:Wフィラメント:3~4 eV,LaB6:2~3 eV,ショットキー電子銃:0.7 eV,冷陰極電解放出型電子銃:0.3 eV
ここで,右辺の第1項は電子源サイズdsとレンズ系全体による総合倍率Mにより一義的に決まり,第2項は球面収差による電子プローブの広がり,第3項は色収差による電子プローブの広がり,第4項は回折収差による電子プローブの広がりを示している。入射電圧を低くすることにより電子プローブの広がりを大きくしてしまうことを示している項は,加速された電子のエネルギーを含む第3項の色収差による電子プローブの広がりである。つまり,低入射電圧条件では色収差係数による影響を如何に小さく保つかということが重要となる。
ここで,①式第3項のCcを小さくする技術としては短焦点対物レンズの採用や減速法または収差補正器を搭載する方法がある。現在,SEMの極低加速電圧条件での収差補正器による色収差補正は困難であり,減速法と短焦点対物レンズを組み合わせた方法が一般的に用いられる。ここでは,減速法の原理について紹介する。
図1.2に減速法の原理図を示す。減速法とは対物レンズ内を高加速電圧で通過した入射電子を,試料面に発生させた静電場で減速をさせる方法である。例えば,加速電圧が3 kVの時に試料バイアスが-2 kVとする。このとき試料に到達する電子のエネルギーは1 keVとなる。この手法では入射電子が対物レンズ内を高加速電圧状態で通過し,試料に印加した試料バイアスにより所定の入射電圧に減速されるため球面収差係数Csと色収差係数Ccを低減できる。図1.3にカーボン上の金蒸着粒子を入射電圧0.5 keVで観察した時の試料バイアスによる差異を示す。電子プローブ径を計測するため像中にラインプロファイルを示した。ラインプロファイルのピークトップとボトムから電子プローブ径の計測を試みた。ただし,電子プローブはガウシアン分布とされているため,半値幅を計測した。試料バイアス0 V:半値幅は約4.9 nm,試料バイアス-2 kV:半値幅は約2.6 nm。試料バイアス-5 kV:半値幅は約1.9 nmであった。これらの結果から,減速法を用いることで空間分解能は向上し,さらに試料バイアスを高電圧化することにより,低加速電圧での分解能が向上したことがわかる。
SEMを用いて試料を観察する際は,試料情報を前もって把握することが重要である。代表的なナノ多孔質材料であるメソポーラスシリカやゼオライトは酸化物絶縁体であるため試料作製に注意を払う必要がある。
絶縁体の場合,電子線照射により試料表面が帯電し,試料内部から放出される二次電子の軌道が曲げられるので観察像が乱れる。このような帯電現象を防ぐには,試料の前処理を工夫する必要がある。ここでは絶縁物の試料前処理方法について述べる。
2.1. 導電コーティング法
絶縁物を観察するための代表的な方法が,導電コーティング法である。この手法では,PtやAuなどの金属を真空蒸着やスパッタリングで絶縁体表面に堆積させる。図2.1.1に,紙をそのまま観察した像とコーティングしてから観察した像を示す。
数nmから数10 nm程の膜厚でコーティングされた試料は,低倍率での観察ではコーティングしたかどうかわからないため,1万倍程度の観察において広く用いられて来た。しかしながら,近年の急速な高空間分解能SEMの発展により試料最表面の高分解能観察が行えるようになったので,数万倍より高倍率での観察ではコーティング粒子が確認できるようになった。
図2.1.2に,カーボンブラック粒子にPtとAu粒子をコーティングした像を示す。
このようにLVHR-SEMで観察すると,そのコーティング粒子の影響で合成物表面を正しく観察しているのか,コーティングによる構造物であるのかの判断が難しくなる。コーティング法は簡単に帯電の影響を抑制する方法として一万倍程度の比較的低倍率の観察には最適であるが,数万倍以上の高分解能SEMを用いる際には,無蒸着で試料を観察することが重要となる。
2.2. 試料の分散
粉体はカーボンテープの上に散布することが一般的であるが,この手法では,粉体を十分に分散させることが容易ではない。絶縁体試料を十分に分散できないと,帯電による影響が大きくなる。また,カーボンテープは真空中で膨張するため高倍率観察時に試料のドリフトが生じる。この課題を解決するためには,アルコール分散法が有効である。この手法は,粉体絶縁物をアルコールに分散し,超音波で撹拌後,カーボン試料台や支持膜付きグリッドなどに滴下する手法である。この手法により試料は分散し,帯電の影響を減らすことができる。図2.2に,カーボンテープを使用した場合とアルコール分散法を用いた場合のメソポーラスシリカの観察結果をそれぞれ示す。上述したようにアルコール分散法を用いて観察した像の方が,シリカ粒子が重なり合っている箇所が少なく,帯電の影響が少ないことがわかる。
3. LVHR-SEMによるナノ多孔質材の構造解析例
3.1. 金属錯体(プルシアンブルー)の観察
プルシアンブルー(PB)は金属錯体の一種であり,金属イオンを配位子で架橋した配位高分子である。よって電子線照射による熱ダメージや帯電の影響を受けやすく,特にバルク試料を扱うSEMでは観察が困難であるとされてきた。図3.1.1に入射電圧を変化させて電子線ダメージの影響を確認した結果を示す。図中では(a)0.08 keVで観察した後(b)3 keVで画像を取得し,再度(c)0.08 keVに入射電圧を落とし,電子線によるダメージを確認した。この結果から,3 keVで観察を行うことで試料がダメージを受け,粒子表面が変形した様子がわかる。
一方,入射電圧を0.08 keVに統一し,3画像連続で取得した結果を図3.1.2に示す。これらの結果では0.08 keVで複数回スキャンをしても目立った損傷が無く,電子線によるダメージの影響が軽減されていることがわかる。以上の実験結果より,プルシアンブルーのような電子線照射によるダメージを受けやすい試料の観察には,0.1 keV以下での測定が有効であると言える。
3.2. メソポーラスゼオライトの観察
メソポーラスゼオライトは,触媒反応に於いて反応物,生成物の移動を容易にするためそれらの通り道にメソ孔をゼオライト結晶中に作った注目の材料群の一つである。通常のゼオライトは単結晶であるためTEMにより一片を解析することにより構造が明らかになるが,電子線による損傷が激しいことから電子顕微鏡での観察は容易ではない。図3.2.1に低入射電圧におけるLVHR-SEM観察結果を示す。
0.08 keVと極低入射電圧条件で観察をすることにより帯電や電子線照射ダメージを抑制し,全体像(a)を確認し,拡大像(b)においてナノオーダーの細孔構造を確認することができた。さらにゼオライト表面において,(b)ではメソ細孔同士が繋がっている様子が確認された6)。このようにLVHR-SEMの性能向上により,数nm程度の構造を確認できるようになった。このように,LVHR-SEMは他の手法で凹凸や試料の大きさなどの要因で確認が困難であった試料表面の微細構造を確認できる強力な解析ツールの一つとなっている。
3.3. ゼオライトの低真空観察および分析
これまで,ゼオライトを始めとする絶縁試料に対して,LVHR-SEMによる無蒸着観察を紹介してきた。最近では低真空法と呼ばれる試料室内へガスを導入して帯電を中和する手法も開発され,運用されている。ここでは低真空法によるゼオライトの観察と分析結果について紹介する。
この低真空法はSEM試料室内にN2ガスを導入し,任意の真空度へ低下させることで帯電を軽減する方法である。排気されたSEMチャンバー内にN2ガスを導入するとチャンバー内にN2分子が留まる。そのN2分子に電子線が衝突することにより,N+イオンが生成され,そのイオンが負に帯電した試料表面を中和することで帯電が軽減される。図3.3.1に高真空と低真空で観察したゼオライトの表面画像を示す。低真空で観察することにより帯電が軽減し,ゼオライト表面の構造が観察できていることがわかる。
図3.3.2にゼオライトの集合体をEDS分析した結果を示す。このように低真空法では加速電圧を上げても,帯電の軽減ができるため特性X線を十分に励起できる。このため,LVHR-SEMのような高い空間分解能を必要としない解析であれば,低真空法は観察から分析まで無蒸着で行える有効な手法である。
3.4. 軟X線分光法によるゼオライトの分析
FE-SEM技術の発展により,低入射電圧において高い空間分解能が得られるようになった。さらに,X線分析技術においても革新が進んでおり,最近では,軟X線分光器(SXES)をFE-SEMに導入した新しい解析法が用いられ始めている7,8)。このSXESは0.3 eVと高いエネルギー分解能を持ち,価電子帯での電子の遷移状態を反映した情報が得られるため化学状態分析が行える。測定原理を図3.4.1に示す。
測定原理を述べると,まず試料から発生した特性X線は集光ミラーで集められ,回折格子に導かれる。この回折格子では不等間隔の溝が形成されているので,複数のエネルギーを持った特性X線を同時に分光できる点が特徴である。図3.4.2にSXESでの炭素材料の点分析測定例を示す。図中では同じ炭素材料でありながら,化学状態の違いにより異なるスペクトル形状およびピーク位置をグラファイトとダイアモンドが示していることがわかる。
一方,SXESでは数10 nAの照射電流を必要とするため,電子線のダメージを受けやすい材料に対しては不向きとされてきた。本稿でも述べているようにゼオライトもその例外ではない。図3.4.3に,ゼオライトのSXES測定を試みた結果を示す。本結果はゼオライトの酸素Kα線の3次線を示しており,ダメージを軽減するために低加速電圧での測定および低加速電圧で冷却をしながら測定をした結果を記載している。これらの結果によると高加速電圧,低加速電圧,低加速電圧+冷却の順にダメージの影響を軽減したスペクトルが得られている。ダメージの影響を受けるにつれて,0.175 keV付近に現れるショルダーピークの減衰が確認され,結晶構造が,崩れていることが示唆されている。このように冷却機構と低加速電圧を組み合わせることで,ゼオライトのような熱に弱い材料でも化学状態分析が可能であることが伺える。今回,電子ビームによるダメージを極力抑えることで精度の高いゼオライトのスペクトルを取得することができた。この得られたゼオライトのスペクトルは量子計算による考察を進めることでさらに定量的な化学状態分析へ発展すると期待している。
ナノ多孔質材料のSEMを用いた解析について,低加速電圧SEMの原理からその観察結果,さらに低真空観察および分析,またSXESを用いた化学状態分析まで多角的にSEMによる解析法を紹介した。特に,今まではSEMによる二次電子像の観察が主目的として使用されていた。一方,電子光学系の発展や新しいX線分光器の誕生によりナノ多孔質材料でも元素分析,低真空下での解析や化学状態分析が可能となっている。このような技術発展は,今後のナノ多孔質材料における低加速電圧SEMの構造解析の応用範囲を拡張させており,高空間分解能化だけではなく,分析性能の向上により益々進展していくと考えている。
引用文献References
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3) H.Takahashi, N. Handa, T. Murano, M. Terauchi, M. Koike, T. Kawachi, T. Imazono, M. Koeda, T. Nagano, H. Sasai, Y. Oue, Z. Yonezawa and S. Kuramoto, Micros.Microanal., 16(supple. 2), 34 (2010).
4) M.Terauchi, H. Takahasi, H. Nobuo, T. Murano, M. Koike, T. Kawachi, T. Imazono, M. Koeda, T. Nagano, H. Sasai, Y. Oue, Z. Yonezawa, S. Kuramoto, J. Electron Microsc., 61, 1 (2012).
5) S&T出版,粉粒体/多孔質材料の計測とデータの解釈/使い方,pp. 221–223 (2015).
6) O. Terasaki, H. Cho, M. Cho, H.Y. Jeong, S. Asahina, Y. Sakuda, M Suga, H. Kazumori, M Kudo, T. Nokuo, Z. Liu, S. M. Stevens, M. W. Anderson, D. C. G. Nunez, F. Schuth, T. Kjellman, V. Alfredsson, L. Han, S. Che, H. Deng, O. Yaghi, K. Cho and R. Ryoo, JEOL News, 48(1), 21–31 (2013).
7) M. Terauchi, H. Yamamoto and M. Tanaka, J. Electron Microsc., 50, 101 (2001).
8) S. Asahina, M. Suga, H. Takahashi, H. Y. Jeong, C. Galeano, F. Schüth, and O. Terasaki, APL Materials 2, 113317; doi: 10.1063/1.4902435 (2014).