島根県産天然フェリエライトを利用した二酸化炭素濃縮装置の開発と農業利用
1 島根県産業技術センター 環境技術科 ◇ 〒690–0816 島根県松江市北陵町1番地
2 大福工業株式会社 環境部 ◇ 〒693–0017 島根県出雲市大津町2番地7
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島根県は,グリーンタフ地域であり,西日本有数の天然ゼオライトの産地となっている。島根県では,モルデナイトおよびクリノプチロライトが主に産出するが,一部の地域に世界的にも珍しいフェリエライトの鉱床が見つかっている。我々は,このフェリエライトの特徴である,他のゼオライトに較べて非常に硬く,粉化しにくいということを利用して,大気中の二酸化炭素を濃縮回収する装置を開発した。
本稿では,島根県のフェリエライト(以下,朝倉フェリエライトと記す)について,および朝倉フェリエライトを利用して製造した二酸化炭素濃縮装置について紹介する。
朝倉フェリエライトは,島根県大田市朝山町内に分布し,その存在については,当センターの調査により,1980年に確認されていた1)。島根県大田市北部地区には沸石鉱物が分布している。西側には主にクリノプチロライトが分布しているが,東側にはモルデナイトが分布し,その一部にフェリエライトが存在している。図1は,朝倉フェリエライト鉱床が存在する朝山町朝倉地区の地質図である。左右の安山岩岩脈に挟まれた小山にのみフェリエライトが存在している。さらに,1980年調査時は,露頭岩の調査であったため,フェリエライトの分布は山全体に広がっていると推測していたが,2011年~2014年にかけての大福工業(株)によるボーリング調査の結果,朝倉フェリエライトの鉱脈は,山頂部と山の北部斜面から南下方向に伸びていることが確認された。
1. 安山岩脈,2. 大森累層,3. 上部泥岩,4. はさみの泥岩,5. 上川内タフ,6. 朝倉タフ,7. 推定断層,8. D帯の範囲,9. フェリエライト・モルデナイト,10. モルデナイト,11. モンモリロナイト,12. 上川内タフ・朝倉タフ,13. 下部泥岩,14. フェリエライト帯
フェリエライトは,モルデナイトの鉱床中に数十cmの岩塊として産出することが多く,朝倉フェリエライトのように,巨大な鉱脈として存在することが珍しい2,3)。図2は,朝倉フェリエライトの中でもフェリエライト濃度が高い岩塊のX線回折図である。フェリエライトの結晶にわずかであるがモルデナイトが存在している。朝倉フェリエライトにおいて,まったくモルデナイトが存在しない場所はなく,モルデナイトの鉱床の一部にフェリエライト鉱床が存在している状態である。
朝倉フェリエライトの化学組成は,他の産地と同様にマグネシウムが濃縮された状態である。表1に,朝倉フェリエライトおよび島根産ゼオライトの化学組成を示した。フェリエライト結晶部は,図3に示すフェリエライト結晶周辺部の元素分析結果である。フェリエライト結晶部は,Na2Oが少なく,MgOが他のゼオライトより高濃度であった。しかし,フェリエライトを含む岩塊を粉末化したものでは,Na2Oが高く,MgOが少なかった。朝倉フェリエライトには,モルデナイト以外に長石,石英等が含まれており,それらがNa2Oを多く含むためと考えられた。島根産のモルデナイト1およびモルデナイト2は産地が異なるため,Na2O,MgOの濃度が異なっている。モルデナイト2およびクリノプチロライトはMgOが高いが,フェリエライトが産出する朝倉地区とは約15 km離れており,地質的に同一ではなく,偶然であると考えている。
朝倉フェリエライトの結晶は,図3に示すように,板状結晶,柱状結晶,および針状結晶が混在していた。この結晶はフェリエライト岩塊中の空洞に生成したもので,新潟県の村上産フェリエライトと酷似していた2)。しかし,ほとんどのフェリエライト岩塊では,このように結晶が認められることは希であり,電子顕微鏡で観察しても判別できなかった。
ゼオライト | 化学組成(wt%) | ||||||
Na2O | MgO | K2O | CaO | Al2O3 | SiO2 | Fe2O3 | |
フェリエライト結晶部 | 0.38 | 1.55 | 3.63 | 1.25 | 13.24 | 77.99 | 1.96 |
フェリエライト(粉末) | 1.21 | 0.84 | 3.84 | 0.88 | 14.19 | 73.05 | 6.00 |
モルデナイト1(粉末) | 2.02 | 0.47 | 3.92 | 1.93 | 14.52 | 72.871 | 4.27 |
モルデナイト2(粉末) | 1.15 | 1.02 | 2.95 | 2.05 | 13.68 | 75.68 | 3.48 |
クリノプチロライト(粉末) | 1.78 | 0.95 | 2.02 | 2.34 | 12.50 | 74.52 | 5.89 |
冬のハウス栽培では,植物の光合成により二酸化炭素が消費され,日中には200 ppm以下になることも珍しくなく,二酸化炭素飢餓により植物の生育が抑制される。そこで,光合成が盛んな日中に二酸化炭素施用することにより,野菜の増収効果が得られている4,5)。しかし,二酸化炭素の供給には,液化炭酸ガスまたは灯油等の燃焼ガスが使用されているが,炭酸ガスボンベの入れ替えや,燃料補給等の手間がかかり,さらに,山間地では,ボンベや燃料の輸送が大変で,注文してもすぐに届くとは限らず,電気だけで二酸化炭素を濃縮回収できる装置は,非常に魅力的である。
我々は,島根で産出されるフェリエライトが,モルデナイトより硬く,粉化しにくいことを確認したことから,圧力スイング吸着法(PSA法)を利用した大気中の二酸化炭素を濃縮回収する装置を開発した。PSA法による二酸化炭素濃縮は,窒素濃縮装置と同様に,加圧下で吸着剤であるゼオライトが二酸化炭素を吸着し,減圧により吸着した二酸化炭素を取り出すことにより,高濃度二酸化炭素を得る方法である。二酸化炭素は,窒素よりもゼオライトに吸着しやすいため,PSA法により二酸化炭素を濃縮することが可能であった。しかし,大気中の二酸化炭素濃度は,400 ppm以下であり,回収量が少ないことが問題点である。吸着剤として使用した朝倉フェリエライトは,前処理として400°Cで水分を除去したものを使用し,さらに使用中も水分が吸着しないようにするため,吸着塔の前段階に脱水工程を設けた。
朝倉フェリエライトの二酸化炭素濃縮性能の評価は,1塔式吸着装置を使用した。コンプレッサーで圧縮空気を供給し,脱水塔で脱水後に朝倉フェリエライトを詰めたカラムに通すことにより,大気中の二酸化炭素を吸着した。吸着後,入口側および排出側のバルブを閉じて,真空ポンプで減圧することにより吸着した二酸化炭素を脱離させて回収した。朝倉フェリエライト2 Lをカラムに詰めて,空気流量20 L/min,吸着圧2 kg/cm2,脱着圧力0.2 kPa,サイクルタイム10分,および回収量10 Lという条件で二酸化炭素濃縮試験をおこなった結果,二酸化炭素の濃縮倍率11倍という高い値が出た。つまり,大気中の二酸化炭素を約4000 ppmに濃縮できた。ここで,サイクルタイムが10分と長いのは,大気中の二酸化炭素濃度が400 ppm以下と低く,吸着が破過するのに時間がかかるためである。朝倉フェリエライトカラムを通過した総空気量は200 Lであることから,回収された二酸化炭素は供給空気中に含まれていた量の約半分であった。
このデータを基に,交互運転できるように2 Lの朝倉フェリエライトカラムを2塔備え,さらに脱水塔およびバッファータンクを備えた小型装置を開発した。装置性能は,表2に示すように,濃縮後の二酸化炭素濃度として8000 ppm以上,濃縮ガス供給量1 L/分であった。しかし,実用的なハウスは1000 m2以上が多く,開発した小型装置では能力が足りなかった。そこで,1塔当たりのフェリエライト量を8 Lに増加した大型装置を製造した。水分除去の効率を上げるために,サイクルタイムを3分としたことで,出口側の二酸化炭素濃度は約4000 ppmとなったが7 L/min以上の量で供給できるようになった。以下に,これらの二酸化炭素濃縮装置によるハウスでの実証試験の結果を示す。
小型装置 | 大型装置 | |
ゼオライト量 | 2 kg/塔 | 8 kg/塔 |
吸着・脱着サイクル | 10分 | 3分 |
出口二酸化炭素濃度 | 8000 ppm以上 | 4000 ppm以上 |
二酸化炭素供給量 | 1 L/min | 7 L/min |
対象面積 | 10アール以下 | 30アール |
開発した小型の二酸化炭素濃縮装置を100 m2程度の小型ハウスでイチゴ栽培に利用した結果について報告する。外気を二酸化炭素濃縮装置へ導入し,8000 ppm以上の濃縮ガスをハウス内へ直接供給するのではなく,チューブで葉部分に供給した。このチューブで供給する方法を採用したことにより,ハウス全体の二酸化炭素濃度を高めることなく,イチゴの生育に効果を与えることに成功した。表3および図4に,イチゴ栽培における二酸化炭素施用区と対照区の比較を示す。二酸化炭素施用により,開花時期が早くなり,イチゴの収穫量および糖度が増加した。イチゴの栽培では,同一ハウス内で,片方だけ二酸化炭素施用をおこなったが,はっきりと違いが認められた。よって,少量であっても,高濃度の二酸化炭素を葉部分へ部分施用することは,十分に効果があると言える。
CO2施用あり | CO2施用なし | |
開花時期 | 42日後 | 57 |
収穫量 | 13.7 kg | 10.1 kg |
糖度 | 10.7度 | 9.3度 |
また,トマトの栽培においても,二酸化炭素施用の効果を確認した。図5に示すように,苗の植え付け後4週間で成長の差が大きく認められた。トマトの場合は,ハウスを2棟使用し,7月から開始し,片方のハウスに二酸化炭素施用をおこなった。日中は,気温が上がるため,ハウスに風を通すようにしていた。したがって,密閉状態でないハウスにおいても,二酸化炭素施用をおこなうことで,植物の育成を促進させる効果があることが確認できた。
さらに,現在,大型の二酸化炭素供給装置により,本格的な1000 m2のハウスを3棟つなげた大型ハウスでイチゴ栽培の実証試験を行っている。1棟につき4列栽培し,全部で12列栽培している。図6に,大型の二酸化炭素濃縮装置を示す。装置の能力は,表2に示すように製造炭酸ガス濃度4000 ppm,生産量7 L/minであるが,さらに約800 Lのタンクに貯めた後,約1000 ppmに希釈してイチゴに供給している。これは,3000 m2の広大なハウス全体にチューブで二酸化炭素ガスを供給するには,装置の出口圧だけでは足りないためである。
図7に,この大型ハウス内における曇りの日(平成28年2月20日)および晴れの日(平成28年2月11日)の照度と二酸化炭素濃度の変化を示す。大型の二酸化炭素濃縮装置は,8時~17時の間稼働させた。また,ハウス内は,ネポン社製温風暖房機(燃料:灯油)で室温が15°C以上になるように制御したが,温風暖房機の排ガスは屋外へ排気した。
図7に示すように,二酸化炭素濃度は,夜間に植物の呼吸により約600 ppmまで増加した。曇りの日は,昼間わずかの光しかなく,光合成で使用される二酸化炭素量が少ないため,ハウス内の二酸化炭素濃度の低下はわずかであった。しかし,晴れの日は,光合成が盛んにおこなわれるため,朝から急激に二酸化炭素濃度が低下して,約400 ppmで安定した。二酸化炭素濃縮装置がなければ300 ppm以下まで低下するので,大気中から回収した二酸化炭素だけでハウス内の二酸化炭素濃度を大気中と同じ濃度に保つことができた。
最近では,1000 ppm以上の高濃度の二酸化炭素施用よりも,大気中と同じ約400 ppmの二酸化炭素濃度施用で十分であるとの意見もある4)。高濃度の二酸化炭素施用には,液化炭酸ガスまたは燃焼ガスが必要であり,本稿で紹介した二酸化炭素濃縮装置では能力が足りないが,大気中と同程度の二酸化炭素濃度であれば,本装置で対応可能である。実証試験をとおして,装置の有効性を確認し,ハウス栽培だけでなく,植物工場への適用も目指していきたい。
1) 酒井禮男,井上多津男,飯塚信之,島根県立工業センター研究報告,17号,52–61 (1980).
2) 吉村尚久,石塚雄人,粘土科学,29, 179–186 (1989).
3) 歌田 実,粘土科学,30, 52–56 (1990).
4) 川城英夫,土屋 和,崎山 一,宇田川雄二,園芸学研究,8, 445–449 (2009).
5) 高橋能彦,佐藤 巧,伊部 歩,柴崎則久,野水幸一,伊藤道秋,新潟大学農学部研究報告,58, 97–102 (2006).
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