固体NMRによるゼオライトの構造解析の最前線Characterization of Zeolite by Advanced Solid State NMR technique
東京工業大学 資源化学研究所Chemical Resources Laboratory, Tokyo Institute of Technology ◇ 〒226–8503 横浜市緑区長津田町4259
1980年代初期にケイ酸鉱物塩に固体NMRが応用されて以来,今日においてもゼオライトを含むミクロ-,メソ-多孔体の研究において固体NMRは積極的に用いられている。固体NMRに関して基礎的な内容から最新の測定手法,固体NMRを用いたゼオライトの構造解析の最近のトピックを紹介する。特に最近筆者らが取組んでいるゼオライト骨格内Al分布の制御と固体NMRによる評価について述べる。
Solid-state NMR technique has widely been applied in the characterization of zeolites and their related porous materials. Recently, methods for the evaluation of the distribution of the acid site in the pores have attracted a considerable interest and also been extensively investigated. Here, recent development of the characterization of zeolites by advanced Solid-state NMR technique was introduced. Furthermore, the investigation on the location of Al atoms in the MFI framework by high resolution 27Al MAS NMR technique was described.
キーワード:固体NMR;MQMAS法;骨格内Al分布
Key words: Solid-state NMR; MQMAS method; distribution of Al atoms in the zeolite framework
© 2016 一般社団法人日本ゼオライト学会© 2016 Japan Association of Zeolite
核磁気共鳴(Nuclear Magnetic Resonance, NMR)とは磁気モーメントをもつ原子核を含む物質を磁場の中におき,これに共鳴条件を満足する周波数の電磁波(ラジオ波)を加えたときにおこる共鳴現象である。この吸収スペクトルを利用すると化合物の分子構造,組成分析,その他物理化学的性質の解析を行うことができる。1950年代からNMR分光器が使用されるようになり,現代の有機化学では最も多用される分析手法の一つであり,有機化合物の同定や構造決定に極めて有用である。固体NMRでは試料を破壊することなく,そのままの状態で測定することができる利点がある。溶液NMRでは分子構造解析や溶液中の物性解析が主であるのに対し,固体NMRでは結晶構造解析,固体状態での物性解析を行うことが可能である。
磁気モーメントμは磁気回転比γを用いてで表される。NMRはμが大きく,Iが小さく,天然存在比(天然に存在する同位体の割合)が大きいほど感度が高く,観測しやすい。また,外部磁場が大きいほど高感度でシグナルを検出できる。原理的にNMR測定できる核種は多いが,低周波数,低い天然存在比等の問題により測定が困難な核種も多い。また,測定が容易でも多用されていない核種も多い。近年,装置の発展によって周期表のほとんどの元素核(多核種)のNMRが測定可能となっている。1H,13C核以外の核種をターゲットにしたNMRは“多核NMR”と呼ばれる3)。
固体NMRでは試料においては分子・原子の運動が遅いため,溶液NMRの場合にはほとんどなかった異方性の因子が大きく,理論的にも技術的にも溶液NMRよりも難易度は高い。固体が溶液と決定的に違うところは「分子・原子運動が非常に遅い」という点である。そのため,本来あるべき相互作用(化学シフト異方性,双極子-双極子相互作用など)が強調された広幅なスペクトルが得られる。溶液の場合と同様な,「線幅が細く,化学シフトの寄与を強調したスペクトル」を得るためには試料を高速回転させる,特別な測定方法を用いる等の工夫が必要である。
上記の影響を除去し,溶液と同じように化学シフトの評価をするためには,試料を高速で回転させる,高出力のデカップリングを用いるなどの工夫が必要である。固体NMRの測定手法には,例えば,MAS(Magic Angle Spinning)法による双極子-双極子相互作用,化学シフト異方性の除去,HD(High power Decoupling: 高出力1Hデカップリング)法による1Hからの双極子相互作用による線幅の広がりを除去,CP(Cross Polarization: 交差分極)法などがある。
近年の最も大きな進歩は1995年に発表されたMQMAS(Multi Quantum-MAS)法4)であろう。27Al,17O,11B等はそれぞれ核スピンI=5/2,5/2,3/2を有しているため,1Hや13C等のI=1/2の核種とは異なり,核電荷が球対称からずれ,歪みが生じる。その結果,ゼーマン分裂に対する2次の核四極子相互作用の摂動によって,観測されるピークが真の化学シフトからずれるとともに,広幅化や分裂を引き起こすため,詳細な構造解析の妨げとなっていた。この影響はMASのみでは除くことはできず,四極子核は測定困難核として,スピン1/2の核に比べ,測定法の開発は遅れていた。四極子相互作用を取り除き,通常のMASプロープで四極子核の高分解能測定を可能にしたのがMQ-MAS(Multi Quantum-MAS)法である。
MQMASスペクトルの解釈であるが,横軸(F2軸)が化学シフトと核四極子相互作用を含んだMASスペクトル,縦軸(F1軸)は化学シフトと核四極子相互作用の2次の等方シフトを含んだピークの先鋭化した等方シフト軸δISO(=DORスペクトル)を示している。そして,二次元のデータとしてその二つの相関ピークの形で表されている(図1)。MQMASのデータからMASスペクトル,等方スペクトル,各ピークの化学シフトの真の値,四極子相互作用の大きさ,非対称パラメーターの値などを求めることができる5)。
1980年代初期にケイ酸鉱物塩に固体NMRが応用されて以来,今日においてもゼオライトを含むミクロ-,メソ-多孔体の研究において固体NMRは積極的に用いられている。固体NMRによるゼオライトの構造解析については,例えば,冨永博夫編,ゼオライトの科学と応用,講談社サイエンティフィク(1987)6),小野嘉夫,八嶋建明編,ゼオライトの科学と工学,講談社(2000)7),田中庸裕・山下弘巳編,固体表面キャラクタリゼーションの実際,講談社サイエンティフィク(2005)8)に詳しく書かれているので参照して頂きたい。また,実際の測定の際には「“チャートで見る材料の固体NMR”,林繁信・中田真一編,講談社サイエンティフィク(1993)」9)が大変役に立つ。以下に固体NMRを用いたゼオライトの構造解析の例をいくつか示す。
固体NMRによるゼオライト骨格内Alの算出は1980年代に確立され,現在でもよく利用されている。アルミノケイ酸塩の29Si化学シフトは(SiO4)4−に隣接する4個のTO4のうちTがAlである個数によって変化する。すなわち,Alの個数が多くなるにつれ低磁場側にほぼ等間隔で29Si共鳴吸収がシフトする。便宜上Si(nAl)=Si(OAl)n(OSi)4−n (n=0–4)と表記することにすると,Si(0Al)→Si(1Al)→Si(2Al)→Si(3Al)→Si(4Al)となるにつれて中心Siのピークは順次5~10 ppm低磁場(左側)にシフトしていく6)。各ピークはよく分離し,強度比には定量性があるのでこれを利用して骨格Si/Alを算出することができる。ICP等の化学分析では骨格内外の区別ができないので骨格内のSi/Al比を決められるのはNMRが唯一の方法である。例えば,Y型ゼオライトの場合,スペクトル上の−89~−106 ppmの4本のシグナルをピーク分離し,それぞれのピーク強度ISi(nAl)を求めることにより,という関係式を用いて骨格内Si/Al比を算出できる。注意することはQ3,Q2 (Qn=Si(OSi)n(OH)4−n, n=0–4)種のSiとSi(1Al),Si(2Al),Si(3Al),Si(4Al)のピークが重なることがある。あらかじめ29Si CP/MAS NMR測定を行い,Q3,Q2種かどうか判断しておくとよい。
27Alは天然存在比100%であり,緩和時間も短いので相対感度は非常に高く29Siの測定に比べて短時間でS/N比のよいスペクトルが得られる。そのため,27Al MAS NMRはAlの配位数を区別したいときに有効である。その反面,スピン量子数I=5/2であるため核四極子モーメントをもつ。このため,線幅は広いスペクトルが得られることも多く,場合によっては化学シフトが真の値より低磁場側にずれることがある。従って,Siの場合とは異なり,定量的な議論や結晶構造との相関を論じることが困難である。配位数に関する情報を得るだけならば問題ない。一般にAl(H2O)63+(Al(NO3)3の水溶液中に存在)を基準にして4配位Alは50~80 ppmに,6配位Alは−10~+20 ppmの範囲で共鳴することが知られている。ゼオライトの場合,4配位Alは50~60 ppmに,6配位Alは0 ppmにピークを与える。異なるサイトは異なる四極子パラメーターをもち,シグナルが存在するにも関わらず幅広すぎて観測されないこともある。このため,4配位Alと6配位Alの比をスペクトルの強度比のみから“厳密に”議論することはできない。
ゼオライトは主にSi, Alを金属とする無機酸化物であるが,DavisらはN–(3-trimethoxysilyl)propyltri–N–butylammonium塩をSDAかつSi源としてゲル中に添加すると,有機基がミクロ孔内表面に結合したMFI型,MEL型ゼオライトが合成できることを報告している10)。回収した未焼成のゼオライトには,Si–C結合を1本もつSi原子(T種と呼ばれる)が含まれており,29Si MAS NMRにおいて−68 ppmに観測される。辰巳らは,Bis(triethoxysilyl)methaneとTetraethoxysilaneを混合したSi源から,ゼオライト骨格内Si–O–Si結合の一部をSi–CH2–Si結合で置換した有機無機ハイブリッドゼオライトを合成した11)。有機基と結合したSi原子の割合は29Si MAS NMRにおけるTn/(Tn+Qm)の値から推定できる(なお,Tn種はSiC(OSi)n(OH)3−nである)。水熱処理中に一部のSi–C結合が開裂して生成するメチル基と,残存メチレン基を13C NMRに基づいて区別することができる12)。13Cスピン-格子緩和時間は,メチル基では数秒程度であるのに対し,メチレン基では20秒以上を要する(メチレン基の緩和時間はゼオライトの構造に依存する)。この緩和時間の差とスペクトルの強度に基づいて,メチル基:メチレン基の割合を推定できる。
近年,有機構造規定剤(OSDA)を用いないゼオライトの合成が注目されているが,この方法で合成されたゼオライトには,従来のOSDAを用いて合成されたものと比べてAlの含有量が多くなる傾向がみられる。高Al組成のゼオライトを酸触媒として用いると逐次反応が助長される,触媒寿命が短いなどの問題があり,使用にあたっては前もってAl量を減らす処理が必要となる。ここではOSDAを用いずに合成された*BEA型ゼオライト“Beta(OF)”の例を紹介する。
石油精製・石油化学産業において重要な触媒であるBetaは,従来はTetraethylammoniumイオンなどのOSDAを用いて合成されてきた。生成物のSi/Al比は12前後であり,酸処理によってAl量を任意の量に減らすことができる。一方,Beta(OF)のSi/Al比は5前後であり,酸処理を行うと骨格中に多量の欠陥が生じ,骨格構造の崩壊が起こってしまう。酸処理を行う前に高温焼成や水蒸気処理などの前処理を施しておくと,構造崩壊を抑止できることが見出された13,14)。
そこで,高温焼成によるBeta(OF)中のAlの状態変化を検討した15)。温度を変えて行った焼成前後の27Al MAS NMRスペクトルをみると(図3左),焼成前のサンプルでは54,57 ppm付近に4配位Al原子が観測され,焼成後には6配位または5配位構造をとった骨格外Al種としてそれぞれに0,30 ppm付近に観測される。29Si MAS NMRスペクトル中では(図3右),焼成前に−98,−102 ppmに観測されたQ4(2Al),Q4(1Al)種の割合が大きく減少し,−108,−112 ppm付近に観測されるQ4(0Al)種の割合が増加している。焼成中にはSi–O–Al結合の開裂が起こると同時に,Si種のマイグレーションとSi–O–Si結合の組み換えによって骨格内に生じた欠陥が埋まり,骨格の再構築が起こる様子が観察できる。特に,焼成前のAl NMRスペクトル中57 ppm付近に観測された骨格内T3–T9サイトに位置していたAl原子の割合が大きく減少し,焼成後のSi NMRスペクトル中−108 ppm付近に観察されるT3–T9サイトに位置したQ4(0Al)種が顕著に増加することから,骨格内T3–T9サイトでSi原子によるAl原子の置換が多く起こっていると推測される。式3を用いて800°Cで焼成したサンプルの骨格内Al量を算出すると,(Si/Al)骨格=12.5となった。これはOSDAを用いて合成した従来型Betaと近い値であり,酸処理によって骨格内に生成する欠陥の密度は同程度と予想できる。実際,800°Cで焼成したサンプルは酸処理を行っても構造崩壊せずに,Si/Al=200程度までAl量を調節できる。このように,NMRはゼオライトの骨格内外の原子配列などに関する定性・定量的な重要な情報を与え,その情報からは骨格構造の変化を読み解くことも出来る。
固体NMRを利用したゼオライトの酸性質解析の例に,1H MAS NMRによるBrønsted酸点の直接観察がある16)。塩基性プローブ分子をゼオライトの酸点に吸着させ,そのプローブ分子内の原子をNMRによって観測する方法もある。この方法の利点は,酸点の種類を区別できること,酸点の強度分布を定量的に推定できることにある。さまざまなプローブ分子の中でも,リン化合物が広いケミカルシフト幅をもち,NMRに高感度なため有効である。Trimethylphosphine(TMP)を用いた31P NMRによる酸性質の解析は比較的古くから行われてきた手法であり,Brønsted酸点,Lewis酸点上の吸着種はそれぞれ−2~−5 ppm,−30~−60 ppmに観測され完全に区別できる17)。しかし,Brønsted酸点上の吸着種のケミカルシフト幅が小さく,酸強度の推定が難しい。そこで,TMPの代わりにTrimethylphosphine oxide(TMPO)やTriethylphosphine oxide(TEPO)をプローブ分子として用いる方法が開発された18)。酸点上に吸着したこれらのプローブ分子は0–150 ppmの幅広いケミカルシフトに観測され,そのケミカルシフトの値とカロリメトリーから算出した酸強度,プロトンアフィニティの間には相関がある19,20)。酸性物質に吸着したTEPOの31Pケミカルシフトと吸着熱の関係を図4にまとめた。
アルキル基の大きさが異なるPhosphine oxideを組み合わせて酸点のロケーションに関する情報も得られる。TMPO(kinetic diameter, 0.55 nm)はZSM-5の10員環細孔内に進入できるが,Tributylphosphine oxide(TBPO)はかさ高く(同0.82 nm)細孔内に進入できずもっぱら粒子外表面近傍の酸点のみに吸着する。LiuらはTMPOを用いると86,75,67,63,53 ppmに5種類の酸点が観測され,そのうち75,53 ppmの2種類はTBPOを用いたときには観測されず細孔内にのみ存在する酸点に帰属している21)。
近年,Al以外のヘテロ原子を骨格中に含むメタロシリケート型のゼオライトが注目を集めている。特に,Sn含有ゼオライトは,Bayer–Villiger酸化反応22),グルコースなどの糖類異性化23)において良い触媒となることが報告され,幅広い分野の研究者から注目される材料となっている。ゼオライト骨格中に取り込まれたSn原子の局所構造を知る上で,ここでもNMRが強力なツールとなる。CormaらはSn原子の状態には大きく分けて,4配位Sn種と6配位Sn種が存在し,119Sn MAS NMRにおいてそれぞれ約−440,−700 ppmに観測されると報告している22)。さらに,4配位Sn種にはopen siteとclose siteの二種類(図5)が存在すると提案されている24)。Davisらは119Sn{1H}CP/MAS NMRにおける1H→119Snパルスコンタクト時間を変えて測定を行い,スペクトル上でopen siteとclose siteの識別に成功している25)。このように,NMRはゼオライト中のSn種を観察する有効な手段となるが,そこには実用上いくつかの問題がある。119Snの天然存在比が小さい(9%程度)こと,119Sn種はNMRに対して感度が低いこと,ゼオライト中に取り込まれるSn原子の量がAlなどに比べて小さいことが挙げられる。これらはS/N比の悪化や測定時間の長期化につながってしまう。そこで,従来は119Snをエンリッチした試料がNMR測定に用いられてきた。Román-LeshkovらはDynamic Nuclear Polarization (DNP) NMRによって,エンリッチしていないSn源から合成したSn-Betaが短期間で観測できることを報告している26)。DNP NMRはラジカルなどの上に発生した,分極した電子スピンを測定核種の核スピンに移して測定する手法である。TEMPO誘導体を用いて発生した1HスピンをSn原子周辺まで拡散させ,1H→119Sn交差分極によって最大50倍以上の感度の増大が達成される。
アルミノリン酸塩型のゼオライトもこれまでに多数報告されており,その構造解析に関してもNMRが大いに役立つ。AFI型構造のAlPO-5の骨格中で4本の–OP結合をもつAl原子は27Al NMRスペクトル中で37 ppmに観測される27)。一方,4本の–OAl結合をもつP原子は31P NMRで−29 ppmに観測される。NMRはP原子周辺の結合にも敏感であり,P–OH結合をもつP原子は低磁場側に観測される。アルミノリン酸塩で構成された骨格は電荷をもたず,触媒などの利用は限られる。骨格内にSi原子を導入したシリコアルミノリン酸塩は負電荷をもち,プロトンを含む各カチオンを対イオンにとる。SAPO-5のP,Al原子のNMRスペクトルにおいても,Si原子量が少なければAl, P原子はAlPO-5と同様のスペクトルを与える。SAPO中のSi原子はO原子を介して結合するAl原子の数によって異なるケミカルシフトに観測される28)。SAPOゼオライトの結晶化を固体NMRによって観察した例も報告されている29)。近年,幅広い応用が見つかり重要なSAPOであるSAPO-34の結晶化をSi,Al,P MAS NMRによって観察すると,結晶化初期から特定のTサイトにAl,P原子の入った4員環が形成され,その後に周囲の構造が形成されて結晶化が進行する様子が観察されている。Al,P原子ともにNMRに対して高感度であるため,これらの原子間にある相互作用(位置関係)を知ることができる。また,Delevoyeらは,Al,Pの2D MQHETCOR測定によってAlPO-14中に含まれるそれぞれ4種類のAl原子とP原子の間で結合の有無を明瞭に観察できることを報告している30)。
今日,ゼオライト科学の分野で最も注目されているのが,ゼオライト骨格内のAlの位置,すなわちAl原子がどのTサイトに存在しているかであろう。ゼオライトに特有な「イオン交換能」,「触媒能」はAlを含むヘテロ原子の種類ならびにその導入量により変化する。これまではヘテロ原子の導入量や存在状態(ゼオライト骨格内にあるか骨格外にあるか)が重要視されてきたが,近年,ゼオライト細孔内におけるヘテロ原子の位置の重要性が注目されるようになってきた。ヘテロ原子の位置の制御手法の開発はもちろん,「ヘテロ原子」が細孔内のどこに存在しているかを調べる手法も現時点では確立されていない。ヘテロ原子(特にAl)の位置の解明にも固体NMRは有効なツールである。すでに,1980年代に29Si,27Alのケミカルシフトは平均T–O–T角度(θ)に依存するといった報告がなされている31)。MFI型ゼオライトについて,θと29Siと27Alのケミカルシフトには以下の関係式が成り立つと報告されている(式4,5,図6)。
ここでθ=平均[Al–O–Si]結合角である。
Reprinted with the permission from ref. [31]. Copyright 1986 American Chemical Society
2000年代に入り,通常のシングルパルスMAS NMR法に加え,MQMAS NMR法が開発された。上述したように,このMQMAS法により,四極子の影響が大きく,高分解能なスペクトルが得られていなかったAl種の構造解析が進み,正確なケミカルシフト値,T–O–T角度の推測が可能になりTサイトの推定が可能になった。HongらはAl含有量の異なるZSM-5を調製し,27Al MAS NMRと27Al MQMAS NMR,ならびに計算化学を用い詳細に検討を行った。その結果,27Al MQMAS NMRスペクトル中の12種類のTサイトの分布を推定した32)
ZSM-5はMFI型トポロジーを有しており10員環の直線状細孔とジグザグな細孔が互いに交差した3次元細孔構造を有する。10員環細孔は直径5.5 Å程度であるが,細孔の交差した場所(インターセクション)は広い空間となっている。酸点を細孔内かインターセクション内のどちらかに選択的に発現させることができれば触媒特性の制御が期待できる。そのため,ZSM-5の骨格内Al原子の位置制御手法の開発とAl位置と触媒活性の関係解明に大きな関心が寄せられている。
Al3+をゼオライトのシリカ骨格(SiO4)4−に導入する場合,1価の対カチオンが必須である。対カチオンとしてはNa+,K+等の無機カチオンや第4級アンモニウム塩やアミン類などの有機分子が用いられる。カチオン種のサイズ,電荷は骨格内のAl原子の位置に影響を及ぼすと考えた。例えば,MFI型ゼオライトを合成する際に一般的に用いられるテトラプロピルアンモニウム(TPA+)はそのサイズを考慮すると,MFI骨格のインターセクションのみに存在することになる。仮にTPA+だけを用いて合成すると,Al3+の対カチオンとしてはTPA+のみであるため,Alはインターセクションのみに存在することになる(図7)。一方で,TPA+とNa+の両方を用いて合成した場合,TPA+に加えサイズの小さいNa+もAl3+の対カチオンになりうる。よって,Alは骨格内に均一に存在していると考えられる。
そこで,筆者らはテトラプロピルアンモニウムヒドロキシド(TPA),ジプロピルアミン(DPA),シクロヘキシルアミン(CHA),またはヘキサメチレンイミン(HMI)を用い,Naカチオン存在下でSi/Al=50程度となるようにZSM-5を合成した(例えば[TPA, Na]と表記する)33)。なお,TPAの場合はNaカチオン無しでも合成した([TPA]と表記)。XRDより調製したZSM-5はいずれも単相のMFI型構造を有している。アンモニアTPDにより酸量を測定したところ,いずれのZSM-5の酸量も同程度であることが分かった(0.3 mmol/g)。またSEM観察より,いずれのZSM-5も結晶サイズは1 µm以下であり,[TPA]と[TPA, Na]は100 nm程度であることが分かった。
上述したように,骨格内Alが細孔内のどこに存在しているかを調べる手法も現時点では確立されておらず大きな関心が寄せられている。筆者らは骨格内Alの分布を推測する手法として酸触媒特性を活用している。3-メチルペンタン(3-MP)の二分子反応による分解は嵩高い遷移状態を経由するため,狭い細孔では立体的な規制を受ける。そのため,インターセクションに存在する酸点の割合が高いほど,一分子反応に比べて活性化エネルギーが小さな二分子反応がより進行すると考えられる。一方,反応基質がn-ヘキサン(HX)の場合は立体的な規制を受けない。HXと3-MPそれぞれの分解速度に基づく「constraint index(CI)値(=kHX/k3MP)」をAl位置分布に関する指標とすることができると考えた34)。インターセクションにより多くのAlが存在している場合,すなわち反応場が空間的に広いときにはk3MPも大きくなるためCI値は低くなることになる。
実際に反応温度300度で[TPA],[DPa, Na],[Cha, Na],[HMi, Na],[TPA, Na],のCI値を測定したところそれぞれ1.7,2.1,3.3,2.4,5.2,となった(図8)。合成に用いる有機分子の種類によりCI値が異なっている,すなわちAl位置分布に違いがあることが示唆された。[TPA]ではCI値が最も低くなり,より狭い空間,すなわちインターセクションに面していないところに存在しているAlの割合が高いと言える。そこでこれらのサンプルの27Al MAS NMRを測定しどのような違いがあるか検討した。
反応条件:W/Ftotal: 2.0–11.2 g h mol−1total, Partial pressure of n–hexane and 3–methylpentane: 40 kPa, Reaction temperature: 673 K, Data at 10 min on stream.
Reprinted with the permission from ref. [33]. Copyright 2015 American Chemical Society
図9に外部磁場600 MHzの高分解能固体NMR装置を用い測定した27Al MAS NMRスペクトルを示す。図9左より,今回調製したZSM-5はいずれも0 ppm付近にはシグナルを与えず,導入されているAlは全て骨格内4配位であることが分かった。骨格内4配位Al領域を拡大してみると(図9右),サンプルによってシグナルの形状が異なっていることが分かる。特に,Na+を用いずにTPA+のみで調製した[TPA]は他のNa+を共存下で合成したサンプルと異なり53 ppm付近のピーク強度が相対的に高い。このような違いは骨格内Alの局所構造の違いに起因すると考えられるが,27Alは核四極子の影響を無視できないため,考察は単純ではない。しかしながら,CI値の結果より,今回測定したサンプルは骨格内Al分布が少しずつ異なっていることを考慮すると,シグナルの形状の違いは骨格内Al分布の違いに起因したものであると考えている。[TPA]はCI値が最も低いことから53 ppm付近のピークはインターセクションに面していないAl種に起因するものとも推測できる。残念ながら,現時点では27Al MAS NMRスペクトルのMFI骨格の12種類のTサイトへの帰属には至っていない。
固体NMRの基礎的なことから,ゼオライトの測定例,最新の固体NMRの測定手法などを解説した。今日,NMRのスペックの向上,測定手法の進展により,固体NNRから多様な情報を得ることができるようになってきている。最近になり,同種核2次元測定が可能なDQMAS(Double Quantum Magic Angle Spinning)NMR法や異種元素間の相関をみる29Si–27Al_hetcor NMRも開発された35,36)。これにより,ゼオライトの細孔空間におけるAl,Si,Oの位置関係を明らかにすることが可能である。例えば,SGT型ゼオライト(Tサイトは4つ)の29Si DQMASスペクトルを図10に示す。隣り合ったT2–T4のような空間的に近いTサイトの相関が強く出ており,一方でT3–T4のように離れたTサイト同士の相関は弱く出ていることが分かる。このように,DQMAS法によりT原子の空間内の位置関係を把握できることが分かる。MQMASやDQMAS法による高度構造解析,結晶構造解析,計算化学との融合により原子レベルでの構造解析が期待でき,今後の進展が注目される。固体NMRは構造解析のみならず,反応機構解明にも有効なツールであり,ゼオライト分野において,今後ますます固体NMRの重要性は増していくと思われる。
本項を執筆するにあたり,株式会社JEOL RESONANCEのご協力を賜りました。深謝いたします。
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