ゼオライト等のミクロ細孔(channel)への吸着は,Fig. 1に示すように多くの段階にわたっている。吸着質分子はまず結晶の外表面へ吸着し,その表面を移動して細孔内へ進入していくであろう。細孔内ではさらに脱着,吸着を繰り返しながら輸送されていき,やがて熱力学的に安定な吸着サイトを占有するようになる。シリカライト-1等のMFI型ゼオライトにはsinusoidal channelとstraight channelという直交する2種のchannelがあるが,後に述べるようにこれらへの吸着挙動は全く異なることが分かっている。両channelの細孔径は同程度だがその骨格構造は異なっており,吸着質の立体構造(折れ曲がっているか直線的か)によってsinusoidal channelが安定な吸着サイトとなったり,straight channelが安定な吸着サイトとなったりする。Channelによって吸着サイトとしての安定性が異なるのであるから,細孔への進入,輸送という段階についてもその挙動はchannelによって異なるはずである。我々はこのような吸着挙動の異方性について研究を進め,シリカライト-1細孔へのCO2及びジメチルエーテル(DME)の吸着経路について知見を得た。ここにその背景と共にまとめる。
シリカライト-1等のMFI-型ゼオライトの細孔は,知られているとおりa軸方向にsinusoidal channelが,b軸方向にstraight channelが走る構造となっており,これらの交点がintersectionである (Fig. 2)。Intersectionにはchannel内に比べ広い空間が存在している。安定な吸着サイトを決める上でまず重要となるのは吸着質のかさ高さである。かさ高い芳香族化合物1–4)や枝分かれのある炭化水素5)は広いintersectionを安定な吸着サイトとする一方で,CO26)やDME7),直鎖状の炭化水素5)は比較的狭いchannelを安定な吸着サイトとする。さらに,それらchannelを安定な吸着サイトとするものの中でもsinusoidal channelとstraight channelとのいずれが安定となるかを決めるのが立体構造(折れ曲がっているか直線的か)である。DMEのように折れ曲がっている構造の吸着質はsinusoidal channelを,CO2のように直線的な構造の吸着質はstraight channelを安定な吸着サイトとする傾向が見出されている。ここで重要となるのがchannel内での吸着質分子と細孔表面とのvan der Waals相互作用ポテンシャルであるが,これはLennard-Jonesポテンシャルを用いて次のように見積もることができる。一般に,鎖状化合物のシリカライト-1への吸着熱は吸着質の原子について加成性を有している。実際,n-アルカンの吸着熱は炭素数が1つ増えるたびに約10 kJ/molずつ増加していく8)。つまり,吸着サイトの安定性は吸着質を構成する原子の安定性によって決まり,安定な吸着サイトとは各原子を安定な吸着位置に配置できるサイトであるといえる。シリカライト-1細孔内に置いた仮想の原子のポテンシャルU(x, y, z)は,式1,2により計算できる。ここで,(x, y, z)は仮想の原子の位置,(xj, yj, zj)は既知の骨格の酸素原子の位置である。これにはintersection付近を中心に426個を計算に用いる(j=1~426)。未知の4εはU(x, y, z)を規格化することでキャンセルでき,σは式3より得る。ここで,rguest及びrframeworkは吸着質及び骨格の酸素原子のvan der Waals半径である。rframeworkは1.52 (Å)とし,rguestは一般的な吸着質を構成する炭素,窒素や酸素原子を想定し1.70 (Å)とする。
Fig. 3に規格化したU(x, y, z)を示す。両channel内には同程度の深さのポテンシャル井戸があるが,その形状は大きく異なっている。Fig. 3 (b, c)は各channel内のポテンシャル井戸で,ポテンシャルが最小となる経路を点線で示している。Sinusoidal channelのポテンシャル井戸は折れ曲がっているが,straight channelのポテンシャル井戸は直線的である。安定な吸着サイトとは各原子を安定な吸着位置に配置できるサイトであるから,折れ曲がった構造の吸着質であればsinusoidal channelの方が原子をポテンシャルの小さい位置に配置することができ,また直線的な構造の吸着質であればstraight channelの方が原子をポテンシャルの小さい位置に配置することができるであろう。Fig. 4にCO26)及びDME7)の実際の吸着構造とそれらをU(x, y, z)と重ねたものを示す。左側に示した吸着構造では対称操作で関連付けられる独立でない吸着位置は灰色とした。直線分子のCO2はstraight channelを安定な吸着サイトとし,折れ曲がった構造のDMEはsinusoidal channelを安定な吸着サイトとしている。この吸着質の立体構造(折れ曲がっているか直線的か)によるchannelの選択は,n-アルカンやcis-,trans-2-ブテン,2-ブチン等の様々な構造の炭化水素でも同様に示され,一般的な傾向であることが確かめられている5)。このようにchannelによって吸着サイトとしての安定性が異なるのであるから,既に述べたように細孔への進入,輸送という段階についてもその挙動はchannelによって異なるはずである。
3. 結晶面の選択的封鎖及び単結晶XRDによる構造解析
MFI型ゼオライト細孔への吸着挙動の異方性は多くの興味を引き付け,様々な方法で検討されてきた。Caro et al.9)はc軸を配向させたZSM-5結晶に銅をスパッタすることで異方性の観測を試みているし,他にもHong et al.10,11)によるパルス磁場勾配NMR法,またGueudré et al.12)による干渉顕微鏡法での検討も報告されている。これらの検討ではchannelが走っているa軸及びb軸方向に対し,c軸方向の拡散が遅いことは確かめられているが,肝心のa軸方向とb軸方向との違いを直接観測することはできていない。その理由の一つは,試料の調製の際に大量の単結晶を軸を揃えて配列しなければならないという実験上の困難さであろう。MFI型ゼオライトの単結晶の形状はc軸方向が最も長くa軸及びb軸方向は概ね同程度の長さであることが多いため,単結晶を配列する際,c軸を揃えることは比較的容易だがa軸あるいはb軸を揃えることは困難なのである。
本研究では,Fig. 5 (a),(b)に示すようにシリコーン樹脂で結晶面を直接封鎖することで吸着経路を一方のchannelに制限した。(100)にはsinusoidal channel入口が,(010)にはstraight channel入口があるため,吸着経路とするchannel入口がある面のみを残し他の面を封鎖することで,それぞれFig. 5 (c)に示すようなsinusoidal channel経路,及びstraight channel経路での吸着実験が可能となるのである。シリカライト-1単結晶の外形は“coffin shape”といわれる特徴的な形状であり,(100)と(010)とを見分けることは容易である。Fig. 6にシリコーン樹脂で結晶面を封鎖した実際の試料を示す。吸着質にはCO2及びDMEを用いた。これらの分子は前述のようにそれぞれstraight channel及びsinusoidal channelを安定な吸着サイトとしており,吸着経路と安定な吸着サイトとの関連を検討する上で適当である。また,これらの様々な吸着量における熱力学的に安定な吸着構造はFig. 7にモデルを示すとおり既に明らかとなっており6,7,13),試料の吸着構造を解析すればどの程度吸着が進行したかが分かる。さらに,それら吸着サイトの占有率の和から吸着量を算出すれば各経路での吸着速度を比較することができる。ここでいう吸着速度とは,Fig. 1に示した様々な段階全体を含むものである。なお,吸着量(molecules / unit cell)に対する試料結晶の大きさの影響はキャンセルされており,吸着量は直接比較できる。気相に曝される結晶面にある細孔入口の数はいずれの経路でも同じ(ca. 20×13 Å2あたり2か所)であり,その面に垂直方向の結晶の大きさもFig. 5 (a),(b)に示すように同じ(ca. 80 µm)となるように結晶を選んでいるからである。その他本実験の詳細は既報14)にゆずる。
本実験手法の特徴は大きく質の良い単結晶を用いている点にある。その大きさから結晶面を直接封鎖する操作が可能であるし,さらに質が良ければ1つの単結晶から吸着構造を決定することも可能なのである。
吸着時間0.5,3 hでのCO2の吸着構造から得た各吸着サイトの占有率,及びそれら占有率の和から算出した吸着量をTable 1に示す。ここで,SIN,STR,INTはそれぞれsinusoidal channel,straight channel,intersectionへの吸着サイトである。Fig. 8は吸着時間3 hでの吸着構造である。CO2はstraight channel経路の方が吸着の進行が速く,吸着速度が大きいことが分かる。また,吸着時間12,24 hでのDMEの吸着構造から得た占有率及び吸着量をTable 2に,吸着時間24 hでの吸着構造をFig. 9に示す。CO2とは逆にDMEはsinusoidal channel経路の方が吸着の進行が速く,吸着速度が大きい。これらの結果から,吸着経路によって吸着速度が異なること,またCO2とDMEの安定な吸着サイトはそれぞれstraight channelとsinusoidal channelであることから,いずれも安定な吸着サイトを経路とした方が吸着が速いことが明らかとなった。これらの吸着構造は経路には依存していない。CO2はsinusoidal channel経路でもstraight channelから吸着していくし,DMEはstraight channel経路でもsinusoidal channelから吸着していく。これらの構造は吸着量にのみ依存しており,それぞれの吸着量における定常状態に達していると考えられる。つまり,これらの構造から速度論的に安定なトラップサイトや輸送の速さ等の情報は得られない。しかし,その吸着量の時間変化からFig. 1に示す各段階を通した全体の吸着速度を知ることはできる。本実験はFig. 10のようにモデル化することができるであろう。ここで,n (t)は吸着時間tにおける吸着量である。シリコーン樹脂での封鎖により2つある吸着経路を一方のみに制限し,吸着時間による吸着量の増加を測定することで,各経路の吸着速度を比較できるのである。複雑さを避けるため,吸着を最も単純である可逆1次反応と仮定する。具体的には吸着及び脱着を1次反応と仮定しているLangmuir吸着速度式を用いる(式4)。なお,式5は式4を線形化したものである。ここで,neqは平衡吸着量,kは速度定数である。このモデルでは,Fig. 1に示した様々な段階での速度の情報は全て速度定数kに含まれていると解釈できる。
Fig. 11は各吸着経路での吸着量の時間変化で,吸着量は吸着構造の占有率の和から算出した(Table 1, 2)。図中の点線は式4及び式5で示した可逆1次反応モデルである。neqにはCO2及びDMEそれぞれ重量法及びTG-DTAでの測定結果を用い,5.626)及び6.747)(molecules / unit cell)とした。吸着量の時間変化はモデルと概ね合っており,この過程が単純な可逆1次反応であることが分かる。Table 3にFig. 11のプロットから得た速度定数kの値を示す。CO2はsinusoidal channel経路に比べstraight channel経路の方が4.2倍速く,DMEは逆にsinusoidal channel経路の方が5.1倍速いことが分かった。この結果はchannelによる吸着速度の違いを定量的に明らかにした初めての例である。MFI型ゼオライト細孔への吸着にはchannelによる明確な異方性が存在することが明らかとなった。細孔径が同程度のchannelであってもこのように吸着速度の違いが生じ,主な進入経路が存在することは興味深い。
Table 1. CO2の吸着サイトの占有率及び吸着量(molecules/unit cell)吸着時間 (h) | Sinusoidal channel経路 | Straight channel経路 |
---|
占有率 | 吸着量 | 占有率 | 吸着量 |
---|
SIN | STR | INT | SIN | STR | INT |
---|
0.5 | ― | 0.14 | ― | 0.6 | ― | 0.20 | ― | 2.3 |
| 0.38 | |
3 | ― | 0.28 0.31a | ― | 2.4 | 0.10 | 0.20 0.37 | 0.44 | 4.4 |
a STR-INT |
Table 2. DMEの吸着サイトの占有率及び吸着量(molecules/unit cell)吸着時間 (h) | Sinusoidal channel経路 | Straight channel経路 |
---|
占有率 | 吸着量 | 占有率 | 吸着量 |
---|
SIN | STR | INT | SIN | STR | INT |
---|
12 | 0.54 | ― | ― | 2.2 | 0.17 | ― | ― | 0.7 |
24 | 0.58 | 0.12 0.28 | ― | 3.9 | 0.24 | ― | ― | 1.0 |
Table 3. 可逆1次反応モデルでの速度定数k(h−1)と主な進入経路 | ksina | kstrb | 主な吸着経路 |
---|
CO2 | 0.18 | 0.76 | straight channel経路(4.2倍) |
DME | 0.035 | 0.0069 | sinusoidal channel経路(5.1倍) |
a sinusoidal channel経路でのk b straight channel経路でのk |
シリコーン樹脂によりシリカライト-1単結晶の結晶面を直接封鎖するという手法により,CO2及びDMEの主な吸着経路が明らかとなった。Straight channelを安定な吸着サイトとするCO2はstraight channel経由を主な吸着経路とし,逆にsinusoidal channelを安定な吸着サイトとするDMEはsinusoidal channel経由を主な吸着経路としている。
ミクロ細孔への吸着での細孔表面への進入及び輸送という段階に注目し,MFI型ゼオライト細孔への吸着挙動の異方性についてこれまでに得た知見をまとめた。Channelによる吸着サイトの安定性の違いはCO2やDMEに限ったことではなく,折れ曲がった構造のn-アルカンはsinusoidal channelを,また直線分子の2-ブチンはstraight channelを安定な吸着サイトとすることが分かっている5)。このことから,n-アルカンは主にsinusoidal channel経路で,また2-ブチンは主にstraight channel経路で吸着していることが想像できる。このような吸着挙動の異方性は一般性のあるテーマであり,さらなる研究が求められる。
謝辞Acknowledgments
本研究は博士課程での研究成果の一部をまとめたものだが,清野慎太朗氏,岩間渉氏の修士課程の研究成果を参考にしている。また単結晶XRDデータの測定にはBruker社与座博士の多大なご支援も頂いた。ここに感謝の意を表したい。
引用文献References
1) H. van Koningsveld, J. C. Jansen and A. J. M. de Man, Acta Cryst., B52, 131 (1996).
2) H. van Koningsveld and J. C. Jansen, Micropor. Mater., 6, 159 (1996).
3) H. van Koningsveld and J. H. Koegler, Micropor. Mater., 9, 71 (1997).
4) 岩間渉,神谷奈津美,西宏二,横森慶信,第25回ゼオライト研究発表会,C24 (2009).
5) S. Fujiyama, S. Seino, N. Kamiya, K. Nishi, K. Yoza and Y. Yokomori, Phys. Chem. Chem. Phys., 16, 15839 (2014).
6) S. Fujiyama, N. Kamiya, K. Nishi and Y. Yokomori, Langmuir, 30, 3749 (2014).
7) S. Fujiyama, S. Seino, N. Kamiya, K. Nishi and Y. Yokomori, Acta Cryst., B70, 856 (2014).
8) R. E. Richards and L. V. C. Rees, Langmuir, 3, 335 (1987).
9) J. Caro, M. Noack, J. Richter-Mendau, F. Marlow, D. Petersohn, M. Griepentrog and J. Kornatowski, J. Phys. Chem., 97, 13685 (1993).
10) U. Hong, J. Kärger, R. Kramer, H. Pfeifer, G. Seiffert, U. Müller, K. K. Unger, H.-B. Lück and T. Ito, Zeolites, 11, 816(1991).
11) U. Hong, J. Kärger, H. Pfeifer, U. Müller and K. K. Unger, Z. Phys. Chem., 173, 225 (1991).
12) L. Gueudré, T. Binder, C. Chmelik, F. Hibbe, D. M. Ruthven and J. Kärger, Materials, 5, 721 (2012).
13) S. Fujiyama, N. Kamiya, K. Nishi and Y. Yokomori, Z. Kristallogr., 229, 303 (2014).
14) S. Fujiyama, K. Yoza, N. Kamiya, K. Nishi and Y. Yokomori, Acta Cryst., B71, 112 (2015).