日本ゼオライト学会 刊行物 Publication of Japan Zeolite Association

ISSN: 0918–7774
一般社団法人日本ゼオライト学会 Japan Zeolite Association
〒162-0801 東京都新宿区山吹町358-5 アカデミーセンター Japan Zeolite Association Academy Center, 358-5 Yamabuki-cho, Shinju-ku, Tokyo 162-0801, Japan
Zeolite 30(4): 133-141 (2013)
doi:10.20731/zeoraito.30.4.133

解説解説

ゼオライトの配列ナノ空間を利用したエキゾチックな電子系スーパーアトム結晶Exotic Properties of Electrons in Regular Nanospaces of Zeolite Crystals: Superatom Crystals

大阪大学大学院理学研究科物理学専攻Department of Physics, Graduate School of Science, Osaka University ◇ 〒560-0043 大阪府豊中市待兼山町1-1 ◇ 1-1 Machikaneyama, Toyonaka, Osaka 560-0043, Japan

受理日:2013年9月10日Accepted: September 10, 2013
発行日:2013年12月10日Published: December 10, 2013
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ゼオライト結晶の配列した細孔に物質を吸蔵させて新規な物質系を作成することができる。それらの中で,アルカリ金属を吸蔵させた系では,そのs電子はゼオライトの複数の陽イオンに共有されて,細孔内に広がった新たな量子準位をもつクラスターを形成する。吸蔵量を増やすと,スーパーアトムのようにs電子が量子準位を順に占有する。その結果,ゼオライト骨格の種類やアルカリ金属の種類とその吸蔵量に依存して,強磁性やフェリ磁性や反強磁性など,アルカリ金属自体にはなかった性質が現れ,また,絶縁体金属転移が観測される。この系は,あたかもスーパーアトムが規則的に配列した結晶と考えることができる。その際,s電子は,スーパーアトムとしての局在性とその間を遍歴する性質に加えて,陽イオンの格子変位との相互作用によるポーラロン効果が競合したエキゾチックな物性を示す。

Novel materials can be created in regular nanospaces of zeolite crystals by the loading of guest materials. In the case of the loading of alkali metals, s-electrons of guest atoms are shared with alkali cations of zeolites, and form clusters with new quantum electronic states. The successive occupation of s-electrons in clusters is compared to the superatom states with the nanometer size. The regular array of these clusters exhibits novel electronic properties, such as ferromagnetism, ferrimagnetism and antiferromagnetism, contrary to the nonmagnetic properties of bulk alkali metals. The insulator-to-metal transition occurs depending on the loading density. These behaviors are overviewed in terms of the localized nature of superatoms, the electron transfer between them and the polaron effect by the interaction between s-electrons and cation displacements. The competitions among them provide us an exotic electron system of the solid state physics.

キーワード:アルカリ金属クラスター;スーパーアトム;強磁性;絶縁体金属転移

Key words: alkali metal clusters; superatoms; ferromagnetism; electrical conductivity

1. はじめに

Theodore Gray氏の美しい周期表が話題になっている1)。各元素の欄には元素記号が小さく書かれており,目に付くのは元素の美しい写真である。例えば,無色透明な希ガスの欄には元素記号の形をした放電管の美しい放電色の写真が載っている。酸素の欄には液体酸素の美しい青色の写真が示されている。この周期表のポスターや本などが販売されている。Theodore Gray氏がこれを作成したきっかけはたいへん興味深く,周期表(Periodic Table)のTableを「机」と勘違いしたことに始まる。書店で見た周期表は彼が想像していた「机」とは全く異なっていた。そこで,同じ頃購入した彫刻機を使って元素情報を彫刻した小さなタイルを作成し,その下に小箱を作って,その中に各元素を入れたオリジナルな「Periodic Table」を思いついた2)。これからさらに発想を得て完成した美しい周期表は評判となり,2002年のイグ・ノーベル賞を受賞した。この周期表で気がつくのは,元素それぞれに様々な色と形と光沢があることである。

表1に中国文字の繁體で書かれた周期表を示す(同様に簡體で書かれた周期表もある)。古くから知られている金銀銅や鉛,鐵(鉄),錫などの元素は,昔,日本に入ってきて日本語として使われている。しかし,他の多くの文字は日本語の中には見かけない。よく見ると,金属固体は金偏,絶縁体固体は石偏,気体は「きがまえ」,液体は「さんずい」であり,元素の性質をよく反映したデザインになっていて,きわめて科学的である。

表1 周期表(繁體)

ところで,元素は原子核に含まれる陽子の数で区別するが,その性質は主に電子の数に依存する。素粒子としての電子はどれも同じであるが,電子の数に対応する殻模型を用いて周期表の成り立ちが理解される。その原子が集まって結晶となると,元素の種類に依存した様々な巨視的性質が現れる。例えば,Ar原子は18個の電子を含み,その固体は絶縁体である。しかし,電子数がひとつ多いKの固体は金属である。Kの19番目の電子は最外殻の4s電子としてゆるく陽イオンに束縛されて金属結合を形成する。この4s電子は遍歴性が高く,K結晶は自由電子金属と呼ばれる。4s電子以外の電子(即ち,K陽イオンの18個の電子)はArと同じ閉殻構造をとっており,金属としての性質には寄与せず,また,原子間の結合にも寄与しない。K原子の4s電子の直径は原子間距離と同程度で4.8 Åと見積もられるが,K陽イオンの直径はその半分程度で2.6 Åある。その結果,K陽イオンはK金属の約8分の1の体積しか占めない。残りの8分の7の空間において4s電子の海が形成され,その中にK陽イオンが配列して浮いている。この金属結合は共有結合とは異なり,結合に方向性はない。また,4s電子は自由電子としてほぼ理想的なフェルミ気体を形成する。そこでは,陽イオンを平均化するジェリウムモデルが良く用いられる。このようにK結晶中の4s伝導電子は遍歴性が高く局在性をほとんど持たない。また,電子スピンはFermi–Dirac統計に従ってアップとダウンの状態が同数分布して全体として非磁性となる。これらの状況は,他のアルカリ金属でも同様である。

一方,周期表のカリウムの並びを右にたどって行くと,代表的な強磁性金属であるFe, Co, Niが現れる。その隣のCuはふたたび非磁性となる。Fe, Co, Niなどの遷移金属では,局在性の高い3d電子の状態が部分的に占有されて磁気モーメントをもつ。その状態と遍歴性の高い4s電子とが混成する結果,3d電子のスピンの向きがそろった強磁性状態が安定化される。Feの強磁性は古くから知られているが,その発現機構は比較的最近になって理解されるようになったものであり,その後,世界最強の永久磁石であるNdとBを含むネオジム磁石の予測と実証につながって行く3)。その際,3d状態は波動関数の局在性が高いため,同じ3d軌道にある他の電子との間に強いCoulomb斥力が作用して互いに退け合う(これを電子相関と言う)。同時に,軌道縮退も重要な役割を担う。その結果,局在性が高く電子相関が強い共有結合性の縮退した3d電子と,遍歴性の高い金属結合性の4s電子が混成した電子系が形成されて強磁性が安定になる。一方,CuではFermiエネルギーは3d電子より上にあるため3d状態は全て占有され,磁気モーメントは消失する。このように電子状態と磁性は強い相関をもっている。Cuの3d電子は可視光によってFermiエネルギーより上の空いている状態に励起されるため,4s電子がもたらす本来ならば銀白色の金属光沢が,Fermiエネルギーより上の空いた状態への光励起に対応して,黄色よりも高エネルギー域の反射率が減少する。そのため,美しいピンク色(ただし,表面が酸化されると赤銅色)を呈する。Auでは5d電子と6s電子により同様の状況が形成されて,緑より高いエネルギーの光に対して5d電子がFermiエネルギー以上の領域に励起されて反射率が減少し,黄色(金色)を呈する。このように電子状態と光学的性質は強い相関をもっている。

このように,原子当たりの電子数の違いによって,元素の固体における電気的,磁気的,光学的性質は大きく変化する。異種原子を組み合わせた化合物結晶では,さらに多様な系が形成される。また,分子の電子状態を用いて電子に局在性と遍歴性を適度に与えることにより,多様な系が形成される。分子内では共有結合で強く結ばれた複数の原子に電子は共有され,その電子は分子内に局在する。それが配列した分子性結晶では,分子間の電子移動も関係して様々な物性が観測される。これらの系においては原子軌道よりも分子軌道が重要な役割を担っている。すなわち,安定な分子やクラスターを形成することで様々な新物質系を創成することができる。このような局在性と遍歴性を適度にもつ電子状態に興味が注がれるが,ゼオライト結晶の配列したナノ空間を用いても新たな世界が実現できる。

ゼオライトの配列したナノ空間を利用すると,安定なゼオライト骨格によってゲスト物質の構造が保持される。そのため,アルカリ金属のように,それだけでは安定なクラスター構造をもたない場合であっても,骨格構造(細孔)に支えられて細孔内で安定構造を維持することが可能になる。つまり,硬いゼオライト骨格と柔らかいアルカリ金属を組み合わせることによって,配列ナノ空間に新たな電子系を構築し,構成元素とは全く異なる新しい物質系を作ることが可能になる4)。本稿では,ゼオライトのAとXを中心とした最新の研究例5)を中心に紹介するが,これ以外にもソーダライト,P,Lなどでの詳しい研究も行われている。また,アルカリ金属をゼオライト細孔中に圧入する新たな試みも行われている6)

2. ゼオライト細孔内に形成されるスーパーアトム状態と光学的・磁気的性質

ゼオライト結晶ではナノメートルサイズの細孔が規則正しく配列しており,その間にある窓を共有して多彩な配列ナノ空間を提供する。このゼオライトの細孔に様々なゲスト物質を吸蔵した系の性質が研究されてきた。それらのなかで,完全に脱水したゼオライトにアルカリ金属を吸蔵した系では,そのs電子はゼオライトのアルカリ陽イオンにも共有されて,金属結合によるカチオニックなクラスター(陽イオン数がs電子数よりも多い)が細孔内に形成される。陽イオン同士は斥力によって互いに離れようとするが,負に帯電した骨格には引きつけられる。一方,s電子は負に帯電した骨格から強い斥力を受けるが,陽イオンには引きつけられ,同時に陽イオン同士を金属結合で比較的緩く結びつける。その結果,ゼオライト細孔の内径程度に広がったs電子系が形成され,これをクラスターと呼んでいる。以後,このs電子を単に「電子」と呼び,それ以外の電子の寄与を陽イオンやゼオライト骨格として取り入れることにする。この電子はクラスター内(細孔内)を自由に運動するので,ナノ空間に閉じ込められた電子系と考えることがでる。さらに,原子のように複数の量子準位が形成されて,電子が順に量子準位を占有する殻模型が実現する。これは,スーパーアトム状態と考えることができる。吸蔵するアルカリ原子の数を制御することで,スーパーアトムに含まれる平均の電子数を細孔当たりゼロから10個程度まで調整することができる。この数は元素の周期表では1周期程度に相当する。このようにしてスーパーアトムが規則的に連結したネットワークが形成され,以下に示すように構成元素からは想像できないエキゾチックな性質が観測される4,5)

スーパーアトムのもっとも単純な模型は,球形井戸型ポテンシャルで与えられる。図1に示したように,ゼオライトAのαケージの内径11 Åと同じ直径を与えた球形井戸型ポテンシャルでは,1s, 1p, 1dなどの量子準位が形成され,そのエネルギー間隔は,1s–1p間は1.2 ev,1p–1d間は1.5 ev程度になる。1pや1d準位の名前を奇異に感じられるかも知れないが,主量子数の番号の付け方は,波動関数の扱い方の流儀に依存し,例えば1p準位は水素原子の2p準位に相当する。水素原子では2sと2p準位は縮退するが,球形井戸型ポテンシャルでは,軌道角運動量が異なると縮退は解ける。この球形井戸型ポテンシャルは,原子核の殻模型では良く用いられ,原子核のマジックナンバーはこれにスピン軌道相互作用を考慮したモデルで説明されている。

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図1 球形井戸型ポテンシャルモデルによる量子準位の模式図

1s, 1p, 1d等の量子準位が形成される。ここでは球の直径をゼオライトAのαケージの内径11 Åを仮定しており,準位のエネルギー間隔はその内径で決まる値が示されている。

さて,ゼオライトKA(以後,αケージ当たりのイオン数を明示するためK12-Aと表記)を完全に脱水してK金属を希薄に吸蔵させると,図2の曲線(a)に示したように,赤外域の1.2 ev付近に顕著な光吸収が観測される。この共鳴吸収のエネルギーは図1の1s準位から光学遷移が許容な1p準位への励起エネルギーとよく一致する。一方,1s準位から1d準位へは禁制遷移であるため観測されなくてよい。なお,1p準位から1d準位へは許容遷移であり,後に示すように,吸蔵量を増やして1p準位に電子が分布すると反射スペクトルに新たな構造が現れる。希薄吸蔵試料の1sから1p準位への光吸収はアルカリ金属の種類をRbなどに変化させても同じエネルギーで観測される。これらのことからαケージの内径11 Åで近似できる球形井戸型ポテンシャルに電子が束縛されているモデルが良く成り立つ。

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図2 完全に脱水したゼオライト(a)K12-Aと(b)K12-LSXにK金属を希薄に吸蔵させた試料の室温での光吸収スペクトル

一方,low-silica X(LSX)のイオンをKに交換したK12-LSXにK金属を希薄に吸蔵させると,図2の曲線(b)のように光吸収スペクトルの形状は大きく変化する。LSXのスーパーケージを,仮に球形井戸型ポテンシャルで近似すると,その内径は13 Åとなるので,1s準位から1p準位への光学遷移は約0.9 ev付近になる。最も低い励起エネルギーはそれに近いが,それ以上のエネルギーにおいても複数の構造が観測される。これは,スーパーケージの12員環の窓が約7 Åとかなり大きいため,球形井戸型からはかなり変形しており,励起された電子は隣接するスーパーケージにも広がることが考えられる。さらに,スーパーケージはその中心から見ると反転対称性がないTdの対称性をもつので,パリティの異なる準位が混成する。その結果,基底状態のs-likeなa1状態からp-likeなt2状態だけでなくd-likeなt2状態への遷移も許容となるので,それらの複数の状態への光学遷移が許容になることが考えられる。正確には,励起された電子の広がり(エネルギーバンドの状態密度)と光学遷移の行列要素を同時に考えなくてはならないが,いずれにしても,電子状態は細孔の形に依存して大きく変化しているのが光学スペクトルからわかる。

アルカリ金属の吸蔵量を増やすと,電子は複数の準位を下から順に占有して行く。また,陽イオンの数も増えるので,ポテンシャルは次第に深くなって行く。これは原子において陽子の数と電子の数がともに増えて行く状況に似ている。K12-Aでは,αケージ当たりの吸蔵K原子数nが2を超えると,図3(a)に示した反射スペクトルのように,1 ev付近の1s準位から1p準位への遷移に相当する構造は次第に弱くなり,代わって可視域の1.5 evと2 ev付近に新たな反射の構造が現れて成長する。これは,nが2を超えると1p準位に電子が分布し,Pauliの排他律によって1p準位への遷移が起こらなくなり,代わって光学遷移が許容である1p準位から1d準位への遷移が起こったと解釈される。なお,1d準位は立方対称ではふたつに分裂することが予想されるので,可視域のふたつの反射ピークはそれに対応していると考えられる。

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図3 (a)完全に脱水したゼオライトK12-AにK原子をαケージ当たりn個吸蔵させた試料の室温での反射スペクトル,(b)同試料におけるCurie温度TCとWeiss温度TWn依存性

これと同時に,K12-Aにおいては,図3(b)に示したように,nが2を超えるとCurie温度TC以下で自発磁化が観測され,常磁性温度領域ではCurie–Weiss則が観測され,それから負のWeiss温度TWが見積もられる4,5,7)。つまり,1p準位に電子が分布すると,αケージに形成されたクラスターは磁気モーメントをもちTC以下で自発磁化が発生するが,磁気モーメント間には反強磁性相互作用が発生していることがわかる。この相反する状態での自発磁化の発現機構は,以下の様に考えられている。nが2を超えると,αケージに形成されたクラスターの縮退した1p準位に電子が分布する。そのスピンは,隣接するαケージのクラスターのスピンと反平行になろうとするが,キャント機構(Dzyaloshinsky–Moriya相互作用)によってスピンは傾くため,磁化はキャンセルせず,その傾きの角度に依存して自発磁化が発生する。その際,隣接クラスターが互いに非等価なポテンシャルになる超格子構造(αケージのクラスターが倍周期で配列する)が観測されているが8,9),キャント機構の発現においては重要な意味をもつ。また1p状態の軌道縮退も重要な役割を担っており,アルカリ金属のs電子系(原子としては軌道角運動量を持たない)で構成されているにもかかわらず,クラスターにおいて軌道角運動量が発生し,さらにスピン軌道相互作用が効くという新奇な系が実現している10)

この系の理論的な研究も行われており,クラスターの量子準位をベースにした電子状態はかなり良い近似であることが示されており11),また,1p準位の電子について,隣接クラスター間のσ結合に相当する状態が見いだされている12)

次に,スーパーケージ当たりNaイオンを4個とKイオンを8個含むNa4K8-LSXにK原子を7.8個吸蔵させた試料の磁化の温度依存性を図4に示す5,13,14)。弱い外部磁場10 Oeをかけており,観測される磁化はほぼ自発磁化によるものである。温度依存性の特徴を説明すると,Curie温度TC以下で自発磁化が観測され,最大値を示した後,さらに低温では急激に減少して補償温度Tcompでほとんどゼロの値を示す。さらに低温にすると磁化はV字型に増大する。このような自発磁化の温度依存性はNéelのN型フェリ磁性に特徴的なものである。この磁性が観測されるためには,少なくともふたつの非等価な磁気副格子を仮定する必要がある。現在考えられている非等価な磁気副格子のモデルはスーパーケージとβケージに形成されたクラスターによるものである。FAU骨格では,それぞれのケージはダイヤモンド構造で配列している。スーパーケージ間には大きな12員環の窓があって,電子は遍歴電子系を構成する。一方,βケージ間には2重6員環があって,βケージ中の電子は互いに隔てられていて相互作用をすることはできない。しかし,スーパーケージとの間では6員環を共有しているので,反強磁性相互作用の発生が考えられる。つまり,TC以下になると,まず,スーパーケージのネットワークで構成される遍歴電子が自らスピンの向きをそろえて磁化が発生する。それに引きずられてβケージの電子の磁気モーメントが逆向きにそろおうとするが,その磁化はスーパーケージの磁化よりも小さい。しかし,さらに低温にするとβケージの磁気モーメントはそろい始め,スーパーケージの磁化よりも大きくなる。その逆転温度が補償温度となる(モデル上はこの逆転によって自発磁化の向きが逆になり磁化は負値となるが,測定は外部磁場の方向の磁化を検出しているため正の値となって,V字型の温度依存性が表れる)。

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図4 完全に脱水したゼオライトNa4K8-LSXにK原子をスーパーケージ当たり7.8個吸蔵させた試料の磁化の温度依存性Curie

温度TC以下で磁化が増加し,補償温度Tcompでゼロミニマムを示す。

一方,ソーダライト中の体心立方構造で配列したNa43+クラスターでは,ほぼ理想的なHeisenberg型の反強磁性が観測される15)。そのNéel温度はかなり高い。また,そのスピンの反強磁性配列は,中性子の磁気反射により,直接決定された16)

3. 配列したスーパーアトムの電気的性質

これまで細孔中に形成されたクラスターの光学的性質や磁気的性質について説明してきた。しかし,なぜそのようなクラスター構造がゼオライト中に安定に形成されるのかについて十分には考察されていない。上記では最初にその構造(主に陽イオンの配置)を与えてから電子状態を考察している。骨格は硬いのでほとんど変化しないが,陽イオンは比較的容易に移動する。電子と陽イオンの位置は電子格子相互作用によって互いに変化するので,アルカリ金属の吸蔵量を増加させると,電子数が増えると同時に,陽イオンの配置も変化するので,それまでの安定構造が大きく変わってしまい,場合によっては相転移に類する変化も起こりうる。例えば,電子が移動できない絶縁体状態にあったものが,吸蔵量を増やすことで移動できるようになる「絶縁体金属転移」が構造の変化を伴って起こりうる。陽イオンの配置を先に与えて固定し,そこで考えられる電子配置を考察する場合は,Pauliの排他律と電子間斥力相互作用で,ある程度解釈できる。その結果,バンド絶縁体やMott絶縁体や,遍歴電子による金属状態が実現する。しかし,最終的な電子状態が決まらなければ陽イオンの配置も決定できないので,電子格子相互作用を最初から含めて考える必要がある。

そこで,状態を模式化して考える。電子が細孔間を移動する遷移エネルギーtと,細孔内での電子間斥力エネルギーUに加えて,電子格子相互作用エネルギーSを考えて,t-U-Sの三角関係の中で電子数nを与え,全系を理解して行く。Sをあらわに考慮しないt-Uの系はUの寄与が大きくなると「強相関電子系」として様々な研究が行われている。しかし,t-U-Sを同時に考えることで,よりダイナミックに系を理解できるようになる。ゼオライト骨格は規則的な構造をしていても,そのすき間に分布するアルカリ陽イオンと電子の相互作用Sによって,自ら規則的な構造を壊すことが可能である。具体的には,電子が格子変位を伴った「ポーラロン」状態を考え,それにUの効果を取り入れる「強相関ポーラロン系」として考える必要がある。ポーラロンには,浅く広がったラージポーラロンと深く狭い空間に自己束縛されたスモールポーラロンがあり,その間をつなぐ断熱ポテンシャルには障壁が形成される。ラージポーラロンは遍歴性があり電気伝導に寄与する。一方,スモールポーラロンはほとんど動くことができず電気伝導には寄与しない。このような視点は,ゼオライト中の電子系に限らず,他の多くの物質系においても重要な考え方である。

そこで,ゼオライト中のアルカリ金属クラスターの系の中でよく知られている系で具体的に考えて見る。Na原子を希薄に吸蔵したNa-Yでは,βケージ中にNa43+という常磁性クラスターが形成されて,2.5 evを中心とする光吸収バンドが現れ,鮮やかな赤色を示す17)。これは1個の電子がβケージ中の4個のNaイオンに束縛された状態(βケージの内径は7 Å程度)である。しかし,Naイオンの分布は必ずしも4個でなくてもよいと思われるが,Na43+のみが安定に存在し,Na32+やNa54+は観測されない。これはNa-Y中では骨格の負電荷も影響して,電子ひとつとNaイオンが4個集まった状態が最も安定であることを意味している。この電子に着目すると,Na43+はスモールポーラロン状態と考えることができ,電気伝導には寄与しない。もう一点考えなくてはならないのは,電子数がなぜひとつなのかという点である。電子が2個になると,2電子分の電子格子相互作用によってそれぞれの電子にはより深いポテンシャルが形成されて安定化する。しかし,2電子間のクーロン斥力Uがそれを上回ると,不安定となる。その結果,Na原子を希薄に吸蔵したNa-Y中では,電子をふたつ含むクラスターは形成されず,Na43+のみが分布する。

しかし,この状況は,Na12-LSXにNa原子を吸蔵させた系では大きく変化する。図5に示した反射スペクトルのように,Na原子をスーパーケージ当たりn個吸蔵させた系では,nが2以下において2.5 ev付近にピークが観測され,Na-Yと同様にβケージ内にクラスターが形成されていることがわかる18)。しかし磁気モーメントはほとんど観測されないことから,2電子を含む非磁性のクラスターが形成されることがわかる。この状態はふたつのスモールポーラロンが結合したスモールバイポーラロンと考えることができ,やはり電気伝導には寄与しない。Na12-LSXでは多数のNaイオンが分布しており,s電子に対してより深いポテンシャルが形成できると考えられる。βケージの各6員環にはNaイオンが配置しており,最大で8個のNaイオンを取り込んだスモールバイポーラロンが考えられる。その際,電子を供給したNa原子はNaイオンとなって,スーパーケージ中に取り残されていることになる。nが2を超えると図5の反射スペクトルは突然変化し,nが10辺りまで形状をほぼ維持しながら増大する。また,磁気モーメントはほとんど観測されない。これらの結果から,nが2を超えるとスーパーケージ中に偶数個の電子を含むスモールマルチプルバイポーラロンが形成されると考えられる。その状態は,βケージ中のスモールバイポーラロンより安定で,その電子はスーパーケージ側に引き抜かれる。さらに吸蔵量を増やしてnが12程度になると光学反射スペクトルは再び突然変化して,赤外域には金属的な高い反射率の領域が観測される。このスペクトルから金属に転移したように見える。

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図5 完全に脱水したゼオライトNa12-LSXにNa原子をスーパーケージ当たりn個吸蔵させた試料の室温での反射スペクトル

そこで,これらの試料の電気抵抗を直接測定した。図6に示すように,nが10以下の試料は高抵抗であり,温度を下げると測定限界を超える高い抵抗率を示す19)。ところが,nが12に近づくにつれて,抵抗率は劇的に減少し,nが12程度の試料では低温でも抵抗率は低い値のまま発散せず,遍歴電子が分布していることがわかる。この劇的な変化は,nが12付近でラージポーラロンが形成されて金属状態に転移したと考えられる。また,このとき室温付近ではかなり大きな常磁性磁化率が観測され,準安定なスモールポーラロンがダイナミカルに熱励起されるモデルが提案されている19)。また,NMRにはそれに相当する顕著な変化が観測されている20)

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図6 完全に脱水したゼオライトNa12-LSXにNa原子をスーパーケージ当たりn個吸蔵させた試料の電気抵抗率の温度依存性

一方,K12-LSXにK原子を吸蔵させた系では,Naの系よりも電子格子相互作用が弱いため,βケージ中のスモールバイポーラロンは形成されず,スーパーケージにK吸蔵量に依存して様々なポーラロンが形成される21)。それに連動して電気抵抗率も大きく変化する。また,K吸蔵量をさらに高くすると,フェリ磁性が観測され,同時に極低温で電気抵抗率の顕著な増大が観測されており,その機構として近藤絶縁体の可能性が議論されている。

4. おわりに

ゼオライトのナノスペースの電子系という興味から,様々なゼオライトに種々のアルカリ金属を吸蔵させた系の研究の一端を紹介した。元素には無かった性質が現れるという観点からすると,始めに紹介したような,物質を元素の性質で分類するという流儀は使えない。ここで紹介した光学測定,磁気測定,電気伝導度の他にも,NMR,μSR,ESRなど様々な測定を行ってきた。ここでは紹介できなかったが,ゼオライトには多くの種類があり,吸蔵させるアルカリ金属の種類と吸蔵量の違いによって様々な特徴ある結果が得られ,ここ数年の研究で全体像がようやく見えつつあるように感じている。本研究の試料は大気中に出せない粉末試料と言うことで,試料作成や測定法にはかなり面倒な手間がかかるが,逆にその活性を生かしてエレクトライドのような触媒として使えないかという夢もある。

謝辞Acknowledgments

これまでに多くの研究者および院生達の協力を得て研究を進め,ここ10年程度の間に,様々な進展があった。特に,荒木新吾(岡山大自),Nguyen Hoang Nam(ハノイ自然科学大),Truong Cong Duan(FPT大,ハノイ),Duong Thi Hanh(阪大理),五十嵐睦夫(群馬高専),池田卓史(産総研),小平哲也(産総研),萩原政幸(阪大極限),加賀山朋子(阪大極限),渡邊功雄(理研),有田亮太郎(東大工),青木秀夫(東大理),野原善郎(MPI-FKF Stuttgart),中村和磨(九工大)の各氏(敬称略)には,紙面をお借りして感謝の意を表したい。

引用文献References

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15) T. Nakano, T. Kashiwagi, A. Hanazawa, K. Watanabe, M. Hagiwara and Y. Nozue, J. Phys. Soc. Jpn., 78, 084723(2009).

16) T. Nakano, M. Matsuura, A. Hanazawa, K. Hirota and Y. Nozue, Phys. Rev. Lett., 109, 167208 (2012).

17) 野末泰夫,ゼオライトの科学と工学,小野嘉夫・八嶋建明編,講談社サイエンティフィク,2.5節,2000年.

18) T. Nakano, T. Mizukane and Y. Nozue, J. Phys. Chem. Solids, 71, 650 (2010).

19) Y. Nozue, Y. Amako, R. Kawano, T. Mizukane and T. Nakano, J. Phys. Chem. Solids, 73, 1538 (2012).

20) M. Igarashi, T. Nakano, P. T. Thi, Y. Nozue, A. Goto, K. Hashi, S. Ohki, T. Shimizu, A. Krajnc, P. Jeglic and D. Arcon, Phys. Rev. B, 87, 075138 (2013).

21) T. Nakano, D. T. Hanh, N. H. Nam, A. Owaki, S. Araki and Y. Nozue, J. Kor. Phys. Soc., 63, 512 (2013).

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