日本ゼオライト学会 刊行物 Publication of Japan Zeolite Association

ISSN: 0918–7774
一般社団法人日本ゼオライト学会 Japan Zeolite Association
〒162-0801 東京都新宿区山吹町358-5 アカデミーセンター Japan Zeolite Association Academy Center, 358-5 Yamabuki-cho, Shinju-ku, Tokyo 162-0801, Japan
Zeolite 30(3): 73-84 (2013)
doi:10.20731/zeoraito.30.3.73

解説解説

多孔性錯体材料(PCP)を用いた新しいCO2分離・変換の化学Chemistry of CO2 separation and conversion by porous coordination polymer

1京都大学物質―細胞統合システム拠点

2京都大学工学研究科

3京都大学理学研究科

受理日:2013年5月10日Accepted: May 10, 2013
発行日:2013年9月30日Published: September 30, 2013
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二酸化炭素(CO2)の濃度上昇は近年ますます深刻な社会問題となっている。地球各地で排出されるCO2を回収し,有用な物質へ変換する技術の発展が望まれる。ここではCO2が含まれた気体(ガス)からCO2のみを分離でき,またCO2を他の物質に変換する触媒材料として,多孔性錯体を紹介する。金属と有機物を共に含む多孔性錯体は10年ほど前から急激に発展している固体結晶材料であり,高い表面積や化学特性を構造中に付与できる機能性材料である。

CO2分離において重要なのは高い分離特性だけではなく,分離した後のCO2回収にかかるエネルギーを低減する技術である。多孔性錯体を用いると高いCO2分離特性と低エネルギー回収を両立することができ,既存の吸着剤と比べ,総分離プロセスにおいて大きなメリットを生み出す。また多孔性錯体の内部空孔を利用すると,CO2を変換する金属ナノ粒子などの触媒を高分散に担持することができる。この多孔性錯体と金属ナノ粒子の複合体は,ナノ粒子単体と比べ,CO2の高い拡散挙動や触媒の高活性化が可能であり,CO2に対する不均一触媒としての機能が期待される。最近の研究成果の詳細について説明する。

CO2 separation and conversion are one of most important challenges in chemistry. We have developed a new class of porous solids, porous coordination polymer (PCP) and metal organic framework (MOF) for CO2 separation and conversion. PCP are constructed from metal ions and organic ligands, and their high surface area, chemical functionality are promising to have high performance of CO2 separation/conversion. For CO2 separation, PCP could have both high CO2 separation property and low energy consumption of CO2 release, and it contribute to reduce the total energy consumption of gas separation process. In terms of CO2 conversion, we synthesize the composite catalysts composed of PCP and metal nanoparticle. The regular and high porosity of PCP enables to encapsulate the catalytically active metal nanoparticle, and the PCP-nanoparticle composites are promising to have high CO2 conversion property because of high diffusivity of CO2 gas into the composite, and high reactivity of well dispersed metal nanoparticle in the framework. Chemical stability and large scale synthesis of these materials have also been investigated by both academia and industrial companies. In this short review, we present the recent results on these topics.

キーワード:多孔性錯体;二酸化炭素(CO2);ガス分離;不均一触媒

Key words: CO2 separation; heterogeneous catalysis; porous coordination polymer; metal-organic framework; metal nanoparticle

1. 二酸化炭素(CO2)を取り巻く現状

1.1 CO2の影響

大気中のCO2濃度は年々逓増しており,2011年には世界平均で390.9 ppmに達し,産業革命以前と比較すると40%も増加した1)。IPCC の第四次報告書(2007年)では地球温暖化は人的活動から発生する温室効果ガスによるものと結論づけられ,2012年の特別報告書では,世界各地の異常気象の増加は地球温暖化と関連し,今後さらにこの傾向が高まると警告している。温度上昇により気候のみならず農業,健康,生態系,政治などへ影響が現れてきている。

1.2 CO2の発生源と新たなビジネス

温室効果ガスは,世界でも日本でも化石燃料に由来するCO2が6割近くを占めている。CO2を効率的に回収するには,火力発電所や工場など一箇所から多量に発生する設備からの回収が効果的である。工業プロセスのなかでは,化石燃料由来のCO2の排出量は,発電所から発生するものが全体の80%近くを占めており,特に石炭を燃料とする発電所から排出される量は極めて多い。回収の対象となる主な設備のCO2の排出量,圧力,濃度,成分を表1-1に示す2)。天然ガスの生産,水素製造などの発生源からのCO2分離・回収ビジネスも始まっており,その規模は20年後には10兆円市場に成長することが見込まれている3)

表1-1 世界のCO2の排出源,濃度,圧力,副生成分
発生源CO2濃度[vol.%]排出量[Mton]排出ガスの全圧[MPa]CO2の分圧 [MPa]副生成分
発電石炭12~1579840.10.012~0.014N2, O2, NOx, SOx
天然ガス39850.10.003~0.004
天然ガス7~107430.10.007~0.010
燃料油11~1311080.10.011~0.33
セメント製造209320.10.14~0.33N2, O2
鉄鋼156300.2~0.30.04~0.06N2, CO
水素製造8~201132~70.16~1.4H2, CO, H2S
天然ガス生産2~65500.9~80.05~4.4CH4, C2H4, SOx, NOx

1.3 CO2の今後の濃度

我が国のエネルギー源別発電電力量をみてみると,東日本大震災により原子力発電が停止したことから,火力発電への依存度が6割から9割へと増加した(図1-14)。2011年度のCO2の排出量は,その影響で前年度より3.9%増の13億700万トンとなった。

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図1-1 日本の発電源の変化

一方,海外ではシェール層からガスを取り出す技術が確立され,アメリカではすでに商業生産が始まっている。シェールガスは全世界で,2008年の世界の年間消費量3兆立方メートルの実に60倍に相当する188兆立方メートルが技術的に回収可能と推定されている5)。シェールガスの台頭により,アメリカ国内の天然ガスの価格は100万BTU当たり3ドル程度まで低下した。アメリカは天然ガスの生産量で2010年には世界一となり,2020年には需給が逆転し天然ガス輸出国に転じるとも云われている6)

このように多量にあって安価な天然ガスは,今後世界で火力発電の燃料以外にも,車両や船舶の新たな燃料,コークスに替わる還元鉄の製造,ナフサに替わる化成品の製造などに利用されることが考えられている。新興国による資源,エネルギー需要の増加と新規天然ガスの供給により,CO2の排出量が益々増えていくことが懸念されている。

1.4 CO2の分離

CO2の分離回収技術には,大きく分けて5つある。アルカリ性溶液を吸収液として利用する化学吸収法,ポリエチレングリコールなどの吸収液を使用して高圧,低温下で物理的に吸収させる物理吸収法,各気体の透過速度の違いを利用する膜分離法,混合ガスを極低温に冷却して液化させそれぞれのガスが凝縮するときの温度の違いを利用して分離する深冷分離法,そして多孔質の吸着剤を用い吸脱着の圧力差で分離する物理吸着法である7)

1.4.1 化学吸収法とアミン材料

工業的に利用され始めたものは,アミン溶液を利用した化学吸収法で,圧力の低いガスに適しており,高純度でCO2を回収することができる。アミンの再生に熱エネルギーが必要となるためエネルギーの消費が著しいことが課題となっている。プラント廃熱などの低エネルギーで再生させるために,吸収熱の低いアミン材料の開発が進められている。アミンとCO2との反応では,アミンの構造によって生成するアニオンが異なるため消費されるCO2の量が変わってくる。1級アミン2モルはCO2と反応してアニオン性のカーバメートと対応するアンモニウムカチオンを生成するのに対し,2級あるいは3級アミンはCO2と反応してバイカーボネートアニオンとアンモニウムカチオンを生成する。そのため,モノエタノールアミンのような立体障害の低いアミンはCO2ローディングが0.56 mol/アミン-molと低く,ヒンダードアミンのCO2ローディングは0.63~0.73 mol/アミン-molと高くなる8)。またCO2の吸収に伴う発熱は,2級あるいは3級アミンの方が1級アミンよりも低いため前者が用いられている。アルカノールアミンのCO2吸収に伴うエンタルピー変化の範囲は,−50~−100 kJ/molである9)。しかしながら,アミンによるCO2の回収では,吸収液の再生に解離熱(CO2吸収による発熱と同等と考える),顕熱,蒸発熱を含む熱量が必要となるため,アミンの再生にはさらに多くのエネルギーを要する。モノエタノールアミンの場合,1 kgのCO2を解離させるだけで162.5 kJ/mol - CO2もの熱量が必要で,再生するのにさらに顕熱,蒸発熱を要する。

1.4.2 物理吸着法と多孔性錯体材料

一方,CO2の物理吸着熱は,一般的に化学吸着熱に比べて小さいことが知られている。活性炭のMAXSORBは14.6 kJ/mol, BPL carbonは24.3 kJ/mol10),ゼオライト13Xは49 kJ/molと低い11)。また分子設計の自由度の高い多孔性錯体材料は,分子構造により異なるが,通常15~35 kJ/molの範囲で,活性炭,ゼオライトよりもさらに低い材料を選定することができる12)

ここで主に紹介する多孔性錯体材料は,金属イオンと有機多座配位子とからなる自己形成集積体で,金属の種類と配位子の種類との組合せで種々の材料が合成されている。英語ではPorous coordination polymer(PCP)またはMetal-organic framework(MOF)と呼ばれる。以後PCPと呼ぶが,これらは図1-2に示すように,金属,配位子を選ぶことができるため,設計の自由度が高く,さらに配位子の特長を生かした性質,たとえば極性,細孔サイズ,形を反映させることができる。混合気体を分離する場合,気体の性質に応じて構造を選べるので,極めて高い分離能を有する材料を得ることができる。

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図1-2 様々な金属イオンと有機配位子を溶液中で撹拌・反応させることで得られる多孔性錯体材料(PCP).

右下の写真は得られるPCPの結晶の例.

工業的なCO2の回収は,水素製造ではCO2/H2の分離,天然ガス精製ではCO2/CH4の分離,CO2貯留CCSではCO2/N2の分離が主に求められる(表1-1参照)。何れの分離でも気体の大きさと沸点の違いを利用したPCPを設計すれば,混合気体の分離精製は可能になる。表1-2に各種ガス分子の物理的特性を載せている。分子のサイズ,沸点が近い分子どうしの分離では,気体の別の物性で分離することもできる。特にCO2は四極子モーメントが大きいので,その性質を利用して,たとえば,PCPの内部にカチオンを内包させておくとCO2とカチオンとの相互作用でCO2を内部に吸着することができる。

表1-2 分子の物理的性質
分子沸点[K]直径[Å]分極率[×10−25 cm3]双極子モーメント [D]四極子モーメント[×1040 C・m2]
二酸化炭素CO22163.326.30.013.4
メタンCH41093.826.00.00.0
エタンC2H61844.044.70.30.5
プロパンC3H82314.362.90.14.0
水素H2442.98.00.02.2
窒素N2773.617.60.04.9
酸素O2903.516.00.01.3
硫化水素H2S2133.639.51.01.4
一酸化炭素CO823.819.50.16.9
H2O3732.714.51.80.9

混合ガスの分離を実際に行う場合,CO2の分圧がプロセスによって異なること,また混合ガス中に水蒸気が含まれることを考慮しなければならない。発電,セメント製造,鉄鉱石の還元は,低圧,水素製造は中圧,天然ガス生産では高圧でCO2の分離を行う(表1-1)。PCPにおける分離では,CO2の吸着能は,高い圧力ではPCPの表面積と細孔容積に依存し,低い圧力ではPCPの吸着熱に依存するため,使用する圧力に応じたPCPの設計が必要となる。水蒸気を含む混合気体の分離を行う場合,水自体に配位性があるため長期の使用ではPCPの劣化が懸念される。PCPでは,水分子による配位子置換の活性化エネルギーが大きい程,耐湿熱性が高いことが知られている。亜鉛とメチルイミダゾールからなるZIF-8は耐性が高くその活性化エネルギーは55.7 kcal/mol,一方,亜鉛とテレフタル酸からなるMOF-5は耐性が低く11 kcal/molである13)。PCPの耐湿熱性は,ポストシンセシスでフッ素化合物,芳香族化合物,アルキル基をオープンメタルサイトへ導入することなどで上げる工夫がなされている。

1.5 CO2の利用

CO2の生成エンタルピーは−394.01 kJ/molと最も低い14)。生成エンタルピーが−137.15 kJ/molの一酸化炭素,−166.1 kJ/molのメタノール,−50.75 kJ/molのメタンに還元するにも大きなエネルギーを要するため,工業的な利用はかなり限定される。物理的な利用では,低温輸送にドライアイスが,冷却用,精製飲料水の製造などに液化炭酸ガスが多量に利用されているが,化学的利用となると尿素,天然ガスの改質,カーボネート類程度で,その使用される量も2011年で89万トン程度である。CO2を原料とする化合物として,最も多く生産されている尿素でさえも40万トン(2008年)程度で,日本のCO2全排出量のわずか0.1%に過ぎない。シェールガスの台頭により排出されるCO2の量は増大することが懸念されるなかで,高効率でCO2を還元して有用な化学製品へ転換することが今後ますます大きな課題となってくるだろう。

2. PCPを用いたCO2分離技術

前節で述べたように,CO2の分離方法はいくつかあり,それらは分離対象や分離スケールによって使い分けられている。固体のCO2分離材はアミンなどの液体法と比べ,安全性や環境負荷という点において利点を有し,更なる検討が望まれている。固体のCO2分離材としては上述したように,活性炭やゼオライトといった多孔性材料が以前より知られている。CO2などの小分子ガスは表1-2に示すように分子径が0.5 nm以下のものがほとんどであり,このような小さな分子を吸着・分離するためには同程度のサイズの細孔を無数に持つ材料が適しているためである。また,多孔性材料を用いたCO2分離には主に吸着速度の差を利用した分離と,平衡状態における吸着量の差を利用した分離の2つが挙げられる。例えば活性炭は,CO2の分離は高速で起こるのに対し,メタンの分離は遅いため,あるタイミングではCO2が選択的に吸着した状態となり,これを利用して分離を行う。

我々は金属イオンと有機配位子が組み上がる多孔性材料である,PCPを利用したCO2分離を検討している12)。PCPは90年台後半に多孔体としてのガス吸着機能が見出された。金属イオンは周期表のほとんどの種類を用いることができ,有機配位子も設計できることから,これまで数千を超える新たな多孔性構造が報告されている。これらのほとんどは結晶構造が厳密に分かっており,その中の多くはゼオライトでは見られない結晶構造(トポロジー)を有する。

我々はPCPの持つ様々な特性を利用した新たなCO2分離特性を用いた応用の可能性を探っている。多孔性材料を用いたCO2分離法の一つは,CO2分離吸着–放出(脱着)というサイクルを何度も繰り返すことによって行われる。これは圧力スウィング法(Pressure swing adsorption, PSA)と呼ばれ,大量のCO2分離を実現するために欠かせない技術である。このプロセスにおいて求められる固体材料の機能は,CO2分離能が高いことはもちろん,吸着–脱着の一連の過程が高速で実施されること,そしてエネルギー的に負荷が小さいことが重要である。我々はPCPの一部が,これらの要求を十分に満たすことを見出してきたので,以下,具体的に紹介したい。

銅(II)イオンと4,4′-ジヒドロキシビフェニル-3-カルボン酸と4,4′-ビピリジンを反応させると,二次元レイヤー状の結晶構造が組み上がり,さらにこのレイヤー構造が何層も重なりあって,図2-1aのような三次元の結晶構造を作る15)。この化合物はレイヤー間に細孔を有し,CO2を吸着する。ここで興味深いのは,この構造はCO2を吸着することによって,結晶構造が大きく変化することである。図2-1bに示した模式図を見てもらうとわかるように,X線解析から,吸着前は比較的に密に積層している構造が,CO2吸着後には大きく広がり,より大きな細孔を有するようになる。また吸着したCO2を取り除くと,化合物の構造は元の積層構造に戻ることが分かっている。我々はこの構造が可逆的に変化しながらCO2吸着–脱着を行うPCPをソフト(柔軟)なPCPと呼んでおり,様々な点でCO2分離に適していることを確認している。このソフトなPCPはCO2分離において,以下の特徴を有している。

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図2-1 (a)銅(II)イオンと4,4′-ジヒドロキシビフェニル-3-カルボン酸と4,4′-ビピリジンからなるPCPの結晶構造 (b)CO2吸着・脱着におけるソフトな二次元構造PCPの構造変化の模式図(c)(a)で示したPCPの273 KにおけるCO2およびメタンの吸着(●),脱着(○)等温線.

(1)図2-1cに示すように,273 KにおいてCO2吸着が6気圧付近で開始される。一方,CO2脱着が4気圧付近で開始される。

(2)273 K, 10気圧まで,メタンや窒素を全く吸着しない。

(3)吸着–脱着のプロセスを何度行なっても性能が劣化しない。

(4)CO2の分離に強い化学的な相互作用を使っていないため,吸着・脱着の速度が大きい。

(5)吸着量は十分に大きい。

ここで特に(1)は重要である。すなわちCO2を放出(脱着)する際の圧力が大気圧以上であることは,CO2回収にかかるエネルギーを大幅に低減できることを意味している。もしCO2の脱着が大気圧よりだいぶ小さい圧力領域で起こる場合,我々は減圧・加熱操作が必要となり,総エネルギーは格段に大きなものとなってしまう。このようなソフト(柔軟)な挙動は,PCPを形成する配位結合に起因する。配位結合は共有結合やイオン結合と比べて結合力が小さく,結晶構造中の局所的な部位に柔軟性をもたせることができる。

このような二次元レイヤー状のPCPは,他の金属イオンと有機配位子の組み合わせにおいても,多数合成できる。例えば亜鉛(II)イオンと5-ニトロイソフタル酸と4,4′-ビピリジンを用いると図2-2aに示すようなレイヤー構造が得られる16)。この化合物も同様にレイヤー構造同士が積層し,細孔構造を作る。この化合物もCO2の吸着前後で大きく構造が変化するソフトなPCPである。一方,5-ニトロイソフタル酸を5-メトキシイソフタル酸に変えて合成した化合物は,全体の結晶構造はほぼ同じであるにもかかわらず,図2-2bに示すようにCO2の吸着前後で細孔構造が全く変化しない,いわゆる柔軟性を持たないPCPとなる。有機配位子の置換基を変えただけで柔軟性が大きく変化する理由は,配位子の持つ電子吸引性の違いやPCPの結晶構造のパッキングのわずかな違いによるものである。

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図2-2 (a)5-ニトロイソフタル酸からなるPCPのCO2吸着前後の結晶構造.構造に高い柔軟性を有する.(b)5-メトキシイソフタル酸からなるPCPのCO2吸着前後の結晶構造.吸着前後によらず構造は変化しない.(c)これら2つのPCPを任意の割合で混合し,構造の柔軟性を変えた固溶体型PCPによるCO2吸着等温線(195 K).

この5-ニトロイソフタル酸および5-メトキシイソフタル酸からなるそれぞれのPCPをうまく組み合わせると,構造の柔軟性を連続的に変化させることができる。すなわち,PCPの内部にこれら二種類の配位子を任意の割合で混ぜ合わせることによって,5-ニトロイソフタル酸が担う高い柔軟性と5-メトキシイソフタル酸が担う非柔軟性が混ざり合い,全体としての柔軟性を制御できる。実際,それぞれの配位子の割合を変えていった化合物についてCO2吸着特性を調べたところ,図2-2cに示すように様々な吸着挙動が得られた。このソフトなPCPは,先に述べた吸着速度の差を利用したCO2分離においても効果を発揮する。例えば273 Kで全圧8気圧のCO2とメタンの混合ガスを用いたとき,5-ニトロイソフタル酸からなるPCPは柔軟性が大きすぎる,すなわち構造変化が大きすぎるため,うまくCO2を分離できない。一方で非柔軟性である5-メトキシイソフタル酸からなるPCPはCO2とメタンを共に吸着してしまい,分離能は低くなる。5-ニトロイソフタル酸:5-メトキシイソフタル酸=9:1の割合からなるPCPのみがCO2とメタンを高い分離能で分けることができる。このPCPの構造の柔軟性はCO2–メタンの混合ガスのみならず,他のガスの分離においても有効である。例えばCO2とエチレンの混合ガスからの分離を検討した場合,以下に示すソフトなPCPを利用することによって高い分離特性が得られる。

亜鉛(II)イオンと5-ニトロイソフタル酸およびジピリジルエチレンからなるPCPは図2-3aに示すように,これまで示した二次元レイヤー構造ではなく,ジャングルジムのような三次元の網状構造を作る17)。この網状構造は結晶構造を形成する際,お互いが入れ子のように相互に貫入することが分かっている。この化合物では3つの同じ網状構造が相互に貫入した複雑な構造を作る。そしてお互いのネットワークが貫入したその隙間を細孔として利用することができる。この化合物を用いると,図2-3bに示すように,CO2とエチレンガスにおいて顕著な分離特性を得られる。すなわち273 KにおいてCO2は低圧から吸着を示すのに対し,エチレンは4気圧あたりから徐々に吸着を開始する。この吸着を開始する圧力の違いを用いると,これらのガスを分離できる。X線解析を行うと,CO2が細孔に取り込まれることによって,三重に相互貫入した構造がわずかに広がることが分かっている。一方でエチレンはこのような挙動を引き起こすことができないため,明確な分離能が発現する。すなわちこの場合においても,化合物の構造柔軟性がガス分離の鍵となっている。298 KにおいてCO2とエチレンの混合ガスをこのPCPに吹きつけ分離能を調べたところ,図2-3cに示すように確かにCO2のみを濃縮できることが分かっている。もちろんこの化合物も構造の柔軟性のみを用いているため,CO2を取り除くことは容易であり,繰り返し安定性も高い。

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図2-3 亜鉛(II)イオンと5-ニトロイソフタル酸およびジピリジルエチレンからなるPCPの(a)結晶構造および(b)298 Kにおけるエチレン(■,□)およびCO2ガス(●,◯)の吸脱着等温線.(c)298 K におけるエチレン–CO2混合ガスを用いた破過曲線.

以上のようにソフトなPCPと呼ばれる化合物群を設計することによって,混合ガス中のCO2を様々な圧力において高効率に分離でき,かつ放出(脱着)を容易に実現できる。課題としては,このようなPCPを構成する金属イオンと有機配位子を含む合成のコストをどれだけ抑えられるか,そして化学的な安定性や繰り返し耐久性をどこまで向上できるか,など挙げられるが,現在はペレット化や大量生産も可能となっており,CO2分離が必要とされるプロセスで幅広く検討されることが期待される。柔軟性という特徴を利用したCO2分離はこれまで例がなく,この機構を用いることによって,これまで検討されていなかった混合ガスからのCO2分離機能への応用など今後の発展が期待される18)

3. PCPを用いたCO2変換触媒の現状とPCPナノ金属複合物質の開発

3.1 はじめに

PCPは数Å~数十Å程度の細孔サイズを精密に制御できる。これらは従来の多孔性物質では実現しにくい「細孔サイズ,合理的設計」,「表面機能化」,「高い規則性」,「柔軟で動的な骨格」を特長として有する。このような機能性ナノ空間を用いて,ガス貯蔵,選択的なガスの分離・濃縮が実現する。さらに,ナノ空間を反応場として利用することで触媒材料としても期待されている。これまでに,PCPを触媒として利用した研究例はいくつか報告されているが,CO2の変換(還元反応)に関するものは殆どない。これは,CO2は炭素が燃えてできるもの,すなわちエネルギーを放出しきって安定な状態に落ち着いた分子であり,これを改めて反応させるのは非常に難しいためである。他方で,PCPとナノ金属触媒を組み合わせた複合物質では,既存のナノ物質を凌駕する高効率・高選択性に優れた触媒になり得る可能性があり,2008年から欧米を中心に精力的に研究が行われている19,20)。実際,PCPナノ金属複合物質を触媒に用いることで,一酸化炭素の酸化反応21)やカップリング反応22)など,産業界で重要な反応においても高活性・高選択性を示しており,触媒としてのポテンシャルを備えている。また,CO2からメタノールへの変換触媒としても報告されている23)。触媒として銅−酸化亜鉛,PCPとしてMOF-5から成る複合触媒を用いることにより,既存のアルミナやメソポーラスシリカMCM-41,MCM-48などの担持触媒に比べ銅の重量当りの触媒活性は高い。しかしながら,PCP複合物質を用いたCO2還元反応に関する研究例は極めて少なく,更なる物質開発が必要不可欠である。触媒特性はPCPと金属との複合状態に大きく影響するため,その複合化手法の開発もまた精力的に行われている。そこで,本節では金属とPCPの複合化手法について解説し,最近,我々が開発したナノ複合物質について紹介する。

3.2 Pd/MOF-74ナノ複合物質の作製方法

金属ナノ粒子とPCPの複合化手法に関しては,大きく気相法と液相法に分類される19)。気相法では昇華性の高い金属錯体を原料に用いることで,PCP細孔中に金属原料を導入し,その後,還元して複合化させる化学蒸気浸透法が主流である。液相法ではPCP存在下で金属原料を液相還元し,複合化させる手法が中心に検討されている。複合化の手法やPCP細孔径と金属原料のサイズを考慮することで,PCPの表面にナノ金属触媒が担持されたものやPCPの内部にナノ金属を埋め込んだ複合物質が開発されてきた。本節ではナノ金属表面にPCPのナノ膜を被覆させる新たな複合化手法とその複合物質について紹介する(図3-1)。このナノ複合物質はPCPのガス濃縮効果や分子篩といった機能細孔が保持されており,さらに,PCPと金属ナノ粒子の接触界面の割合が高いため,特に触媒として利用した場合,PCPとナノ粒子の相乗効果が期待される。

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図3-1 ナノ金属表面にPCPのナノ膜が被覆した複合物質

著者らは一次元細孔を有するZn2 (dhtp)(H4dhtp=2,5-dihydroxyterephthalic acid)配位高分子(MOF-74)をPdナノ結晶の表面に被覆したコア・シェルタイプのPCPナノ複合物質をボトムアップ手法より作製した。合成手法としては,コア部に平面性の高い立方体の形状を有するPdナノ結晶を用いた。まず,粒径を制御する保護剤,結晶面を制御するキャッピング試薬を用い,Pd塩をアスコルビン酸で還元することにより立方体型のPdナノ結晶を作製した24)。得られたPdナノ結晶の溶液にPCPの原料を加え,加熱・撹拌することにより,Pdナノ結晶にPCPナノ膜が被覆したナノ複合物質(Pd/MOF-74)を作製した。

3.3 Pd/MOF-74ナノ複合物質の構造

Pd/MOF-74ナノ複合物質の構造を調べるために,高輝度放射光X線源を用いて粉末X線回折測定を行った(SPring-8,BL02b2,波長:1.000 Å)。結果を図3-2aに示す。得られたPd/MOF-74ナノ複合物質の回折パターンは,PdとMOF-74,それぞれの回折ピークの足し合わせで再現された。ここで,低角度側に観測されているMOF-74格子に由来する回折ピークに注目する。ナノ複合物質の回折ピークは単独のMOF-74のものに比べブロードニングにしていることがわかる(図3–2a inset)。この結果は,複合物質を構成しているMOF-74の結晶子サイズが小さいことを示しており,MOF-74のナノシェルがPdナノ結晶の表面に形成していることを示唆している。そこで,PdとMOF-74の複合状態についての詳細な知見を得るため,透過型電子顕微鏡(TEM)観察を行った。コア部に用いたPdナノ結晶およびナノ複合物質のTEM写真を図3-2b, cにそれぞれ示す。TEM写真から,Pdナノ結晶とPd/MOF-74複合物質の平均粒径はそれぞれ10.1±0.8 nm,10.0±0.9 nmと見積もられ,複合化の前後で粒径および形状に変化がないことがわかった。また,MOF-74との複合化に伴い,Pdナノ結晶の周りに薄い膜が観測された。走査型電子顕微鏡(SEM)写真から表面状態を調べた結果,Pdナノ結晶に起因した像が観察されないことから,この薄い膜はPdナノ結晶表面を完全に被覆していることが明らかになった (図3-2d)。高分解能TEM写真からこの膜はナノメートルオーダーと非常に薄く,電子線回折結果から結晶性であることがわかった。さらに,環状暗視野(ADF)像によるSTEM-EDS分析を用いることで,PdとMOF-74の複合状態について詳細に調べた。

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図3-2 XRDパターン(a),TEM像:Pdナノ結晶(b),複合物質(c),複合物質のSEM(d)および高分解能TEM(e)像

HAADF-STEM像(図3-3a),Pd–L(図3-3b),Zn–L(図3-3c),Pd–L+Zn–L(図3-3d)の結果を図3-3に示す。Pd元素とZn元素のマッピングイメージの重ね合わせから,Pdナノ結晶の表面にPCPの構成成分であるZnがナノメートルオーダーの厚みで形成していることがわかる。これらの結果より,作製された複合物質はPdナノ結晶表面に結晶性MOF-74ナノ膜が被覆していることが明らかになった。さらに,原料の濃度を調製することでMOF-74シェルの厚みを系統的に制御可能である。

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図3-3 Pd/MOF-74ナノ複合物質のHAADF–STEM像(a),STEM–EDS(Pd成分;(b),Zn成分;(c),Pd–Zn成分;(d))

3.4 Pd/MOF-74ナノ複合物質のガス吸着特性

Pdは常温・常圧下で水素を多量に吸蔵する水素吸蔵金属である25)。一方,MOF-74はCO2を室温で吸着する代表的なPCPである26)。このような異なるガス吸着特性をもつ金属とPCPから構成されたナノ複合物質では新規でかつ高性能・高機能な貯蔵材料に成り得る可能性がある。そこで,我々はPd/MOF-74複合物質のCO2および水素吸着特性を調べた。図3-4aより,コア部に用いたPdナノ結晶ではCO2を全く吸着しないことがわかるが,この複合物質は単独のMOF-74と同様,CO2を吸着することがわかった。この結果は,吸着されたCO2は複合物質のMOF-74シェル部に貯蔵されていることを示している。水素吸蔵特性については,CO2の吸着挙動とは対照的にPdナノ結晶と同様,水素圧の加圧に伴い水素を吸蔵することがわかった(図3-4b)。このことから吸蔵された水素は複合物質のPdコア部に貯蔵されていると考えられる。得られたPCPナノ複合物質はCO2および水素ガスの分離・貯蔵が可能な系であり,PdとMOF-74の高い接触界面の割合を有することから,CO2を還元する有用な触媒として期待される。

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図3-4 CO2(a)および水素(b)吸着特性(303 K)

Pd(○),MOF-74(▲),複合物質(■).

3.5 まとめ

PCPとナノ金属触媒との複合物質では,既存のナノ物質を凌駕する高効率・高選択性に優れた触媒になり得る可能性があり,近年,精力的に研究が行われている。本研究では,ナノ金属表面上にPCPをボトムアップにより組み上げる新しい複合化手法を紹介した。Pdナノ結晶の表面にMOF-74ナノ膜が被覆したコア・シェルタイプのナノ複合物質はCO2および水素ガスの分離貯蔵が可能であることを見出した。我々は,PCPとナノ金属の接触界面を積極的に利用することで,「確実に取り込み(PCPによる選択吸着),確実に反応させる(ナノ金属触媒による物質変換)」革新的な複合触媒を得たいと考えている。

4. おわりに:産官学の取り組み

独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「グリーン・サステイナブルケミカルプロセス基盤技術開発」事業では,京都大学の北川宏教授をプロジェクトリーダーとして,2009年から5カ年の計画で,「PCPを利用した副生ガスの高効率分離・精製プロセスの基礎技術開発」に取り組んでいる。これは,PCPを用いて,副生ガスに含まれる低濃度CO2等を効率よく分離,吸着する技術を開発し,さらに高濃度に濃縮されたCO2から有用な化学品をグリーンに生産するための基盤技術について検討を行っている。本稿では主に上記プロジェクトに関連した成果の一部を紹介した。CO2を捕捉・回収し,有用な化合物へ変換する化学は非常に大きな規模で人類に貢献できる科学である。まだ課題は多く残っているが,日本発の新規機能材料の創出と,それに伴う新規技術の開拓を根気強く行なってゆくことが何より大切と考える。

引用文献References

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