日本ゼオライト学会 刊行物 Publication of Japan Zeolite Association

ISSN: 0918–7774
一般社団法人日本ゼオライト学会 Japan Zeolite Association
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Zeolite 30(3): 108-111 (2013)
doi:10.20731/zeoraito.30.3.108

ゼオゼオゼオゼオ

ENSICAEN・LCS(フランス・ノルマンディー)滞在記

横浜国立大学

受理日:2013年7月22日Accepted: July 22, 2013
発行日:2013年9月30日Published: September 30, 2013
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筆者は,2012年5月末より2013年3月まで,フランス北部ノルマンディー地方のCaen(カン)にある,École nationale supérieure d’ingénieurs de Caen(ENSICAEN)の Laboratoire Catalyse et Spectrochimie(LCS)にて,Valentin Valtchev博士と共同研究する機会を得た。本稿では,この滞在について紹介する。

1. Caenの街

Caenはフランス北西部,英仏海峡の海岸から約15 km南に下ったところに位置しており,人口10万人超を擁する活気あふれる街である。Paris(パリ)のSaint-Lazare(サンラザール)駅から,SNCF(フランス国鉄)のインターシティーに乗って約2時間でCaenに到着する。この街は海峡を挟むイギリスとは長きに渡り衝突を繰り返してきた街であり,また1944年6月6日に始まった「ノルマンディ上陸作戦」の中心地でもあった。街の中心にはウィリアム一世によって11世紀初頭に築かれた,西ヨーロッパ最大級の城壁が今も残っている。この城壁に登ると,街のシンボルであるサンピエール教会とともに,ロマネスク様式の男子修道院と女子修道院を望むことができる。男子修道院の建物(写真1)は現在では市庁舎として利用されている。ここでは時折,結婚式を行った後に届け出を提出するらしく,美しい衣裳に身を包んだ花嫁に会うこともあった。

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写真1 Caenの男子修道院。現在は市庁舎として利用されている。

街の主要な交通手段はトラムであり,国鉄SNCFのCaen駅から南北に抜ける路線が2つ,街の要所を辿りながら走っている。Caen駅から北へ向かうトラムに乗ると,波止場,サンピエール教会,城壁と辿り,カン大学Campus 1の敷地内を通り抜けながら,ショッピングモールを経て終点のカン大学Campus 2に着く。ENSICAENはこの終点のCampus 2に位置している(写真2)ので,通勤には便利であった。

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写真2 ENSICAENの建物の一つ。トラムがキャンパス内に乗り入れている。

2. LCSの紹介

フランスでは,高等学校修了後に国家試験であるBaccalauréat(バカロレア)を取得した者が,大学,Écoles supérieures professionnelles(高等職業学校),Grandes Écoles(高等専門学校)に分かれて高等教育を受ける制度となっている。ENSICAEN(カーン国立高等技術学校)は,高等職業学校の一つであるが,Université de Caen(カン大学)の敷地内に併設されている。

ENSICAENに属する組織であるLCSはHead Director統括のもと,3つのグループに分かれており1),筆者はValtchev博士がDirectorとして統括するMatériaux Poreux(多孔質材料)グループのラボに所属した。ラボのメンバーとしてはポスドク・博士課程の学生が合わせて常時10名程度,在籍していた。筆者の在籍期間中にも,ひっきりなしにラボのメンバーの入れ替わりがあり,活気のある雰囲気を保っていた。ラボメンバーの出身地はフランスのみならず,レバノン,ブルガリア,ロシア,中国,韓国,シンガポール,日本などで,ラボの中では共通語として英語が使われているものの,フランス語,アラビア語,中国語など様々な言語が飛び交っており,たいへんユニークな環境であった。

ラボの設備としては,ゼオライト合成には必須の水熱合成用オーブンが何台も設置されており,また粉末X線装置はもちろんのこと,固体核磁気共鳴(NMR)装置,ガス吸着装置,熱重量分析装置などゼオライト構造の分析に欠かせない分析装置が整っていた。このグループでは,ここ数年,有機構造規定剤を用いずにゼオライト微粒子を水熱合成する研究を進めており,例えば6–15 nm程度のEMT型ゼオライトを30°Cで水熱合成できることを見出した成果は2012年のScience誌2)で報告されている。最も圧巻だったのはLaboratoire Spectrochimieという名称どおり,20台を超える赤外分光装置(FT-IR)が備えられていたことである。特殊環境下での分光測定を行うために個々のIRに独自のユニットが組み込まれており,IRごとに1名以上の研究者が張り付いて,固体触媒の機能解明の研究を精力的に進めていた。またラボワークをサポートするテクニシャンが数名おり,ガラス細工,触媒反応装置の組立,IRに組み込む独自ユニットの設計・組立などを担当していた。研究者でもテクニシャンでも自分の得意分野に誇りをもちながら,互いに協力を惜しまない環境であった。渡航前の筆者は,フランスでは「個」を尊重するお国柄という認識でいたのであるが,このラボでは国際色が豊かであることも作用しているのか,互助の精神にあふれており,筆者のフランス観を修正することとなった貴重な体験であった。

3. フランスでの滞在

ランチタイム

ラボでのランチタイムは12:00–14:00で日本に比べるとのんびりとしていた。キャンパス内のレストランで昼食をとる,弁当持参でラボの休憩室で食べる,いったん自宅に帰って昼食を食べてからラボに戻ってくる,といった選択肢があり,家族との兼ね合い,宗教上の理由,懐具合(特に学生)によって皆それぞれであった。筆者は主にキャンパス内のレストランを利用していたが,セルフサービス形式で肉・魚をメインとする日替メニューもあり,フランスの豊かな食材を生かした料理を安価に味わうことができた。ピザ専用のオーブンもレストラン内にあり,フランス産のチーズやトマトをふんだんに使った焼き立てピザは絶品であった。

日曜日はマルシェへ

フランスでは日曜日はデパート,ショッピングモール,レストラン,カフェなどのお店が休業である。その代わりにCaenでは街の中心に位置する波止場に毎週日曜日,マルシェ(青空市場)が立ち,食材・衣類・雑貨・家具・生花など様々な露店が立ち並んでいた(写真3)。なかでも肉屋を気に入って毎週のように通っていた。牧場農家の方々が一家総出でマルシェで露店を開いており,一頭分の豚肉をその場でローストしており,熱々の豚肉をサンドイッチにしたものは日曜のランチには最適な一品であった。海から近いので海産物も品揃えが豊富で,特に新鮮なホタテ貝が格安で手に入ったので,アパートに持ち帰ってバター焼きにして食べていた。またノルマンディー地方ではリンゴが特産品であり,リンゴ酒cidre(シードル)やその蒸留酒calvados(カルヴァドス)は各農家オリジナルブランドがあったのでその違いを楽しむこともできた。その他にもチーズ・ヨーグルトなどの乳製品,ハチミツ,アスパラガス,キノコ類など農業国フランスの裾野の広さをマルシェを通じて身近に体感することができた。

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写真3 Caenのマルシェの花屋。

夏のバカンス

フランスのバカンス期間は7, 8月の3~4週間とたいへん長く,都市の経済活動が休眠するとともに,その代わり地方の避暑地や田舎が潤う社会的な仕組みがとなっているらしい。Caenを含むノルマンディー地方は夏になっても25°C前後の気温であり,日本に比べると湿度も低く過ごしやすい気候であったが,ノルマンディーに住む人々はこぞって南ヨーロッパ方面へとバカンスを楽しみに行くようで,夏の間,街は閑散としていた。ラボには中国人のポスドク以外は誰もおらず,実験を進めるには快適な環境であった。

この期間に,筆者もCaenからほど近いRouen(ルーアン)へ足を延ばした際に,SNCFの客車でユニークな出会いがあった。切符の検札に来たSNCF乗務員(フランス人)は見るからに若く,彼はこちらが日本人であると知ると「囲碁を勉強している」と言って(英語で)話しかけてきた。彼から日本にいつか行ってみたい,日本はどんなところかなどと話を聞くなかで,彼はどうやら大学生であり,夏のバカンスの期間だけSNCFの乗務員としてアルバイト(?)をしているとのことだった。その話を聞いてから思い出してみると,確かに夏になると駅舎の駅員の数も相当少なく,客車の乗務員も若い方ばかりが目についていた。筆者の想像も含むが,SNCF職員もバカンスを取っており,その間は鉄道の本数を間引くとともに,乗務員や駅員も学生のアルバイトで補って,若者の社会勉強の場を提供する,という合理的(?)な社会システムが成立していることに感心した。この囲碁を学んでいる学生は,Amiens(アミアン)の出身とのことで同地のノートルダム大聖堂(1981年,世界遺産)は一見の価値があるからぜひ行くとよい,としきりに勧めてくれた。残念ながら筆者は未だAmiensを訪れる機会を得ていないが,彼との邂逅を活かすべく,いつかその大聖堂をこの目で見たいと思う。

40数年ぶりの記録的な大雪

2013年3月12日,ヨーロッパ北西部全域が大雪に見舞われた。アパート周辺でも30 cmを超える積雪があり(写真4),毎年この大雪ではたいへんそうだ,地中にお湯を流して融雪するシステムは導入していないのかな,などと思っていたところ,ラボの一斉メールで今日明日は大学全体が閉鎖になったとの連絡が入った。慌ててインターネット経由で情報を集めたところ,ParisからのSNCFも全線停止となり,Caenでもトラムなどあらゆる交通機関が止まっていることを知ることとなった。後日,Valtchev博士から聞いたところによると,この大雪は毎年のことではなく,40数年ぶりの記録的な大雪とのことであった。

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写真4 2013年3月12日の記録的な大雪の積雪の様子。

実はその翌日(2013年3月13日),窪田先生が日本からCaenまでおいでくださることになっていた。3月12日時点ではパリの空港も大雪のためほとんどのフライトが欠航となっていた。そのため日本からの飛行機は着陸できるのか,着陸できたとしてパリ市内への移動はできるのか,鉄道はCaenまで動くようになるのか,など心配のタネは尽きなかったが,窪田先生と携帯電話のメールでのやりとりをしながら,3月13日には交通網が奇跡的に回復し,窪田先生をCaen駅で迎えることができた。(Caen駅前でタクシーがつかまらずに,ホテルまで歩いていただくしかなかったことが今でも悔やまれる。)翌3月14日には積雪は残っていたものの,窪田先生に予定通りLCSに訪問・講演を行っていただくことができた。窪田先生に悪路の中,おいでいただいたことに感謝申し上げるとともに,肉体的・精神的なタフさに感服した次第である。

4. 最後に

帰国後,いろいろな方にフランスでの生活はどうでしたか,と尋ねられると「何事も楽しむようにしていました」と答えてきた。特にラボでは若い学生と肩を並べて日々実験に没頭できたことは代えがたい体験であった。日常生活でも思い通りにならないことも少なからずあったが,その反面,日本での生活がいかに人に快適であるようにエネルギーが消費されているかを痛感させられた。筆者も日本が培ってきた文化にも自信をもつべき点があると信じているが,文化の違いを体験したことを糧にして今後の研究・教育活動に反映させていきたい。

謝辞Acknowledgments

共同研究の遂行には,矢崎科学技術振興記念財団・国際交流援助,日本学術振興会(JSPS)「頭脳循環を加速する若手研究者戦略的海外派遣プログラム」のご支援をいただきました。

また共同研究の派遣に際して,横浜国立大学から多大なるサポートをいただきました。特に派遣を積極的に後押ししてくださった窪田好浩先生ならびに所属学科・専攻の教員の皆様に感謝の意を表します。吉武英昭先生にはフランスの長期滞在ビザ取得に際してご指導頂きました。東京工業大学・辰巳敬先生,東京大学・大久保達也先生ならびに脇原徹先生,大阪大学・西山憲和先生にも派遣に先駆けて精神的にご支援を頂きました。また茂木堯彦博士(当時,大久保研の博士課程に在籍,同時期にLCSに滞在していた)に滞在中,ラボワークについて親切にアドバイスを頂きました。LCSのラボメンバーの皆様も公私に渡ってサポートしていただきました。ここに挙げきれなかった方々も含めて皆様に感謝申し上げます。最後に私との共同研究を受け入れてくださいましたValentin Valtchev博士にお礼申し上げます(写真5)。

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写真5 左からValentin Valthcev博士,筆者,Svetlana Mintova博士。

引用文献References

1) LCSの詳細については以下のURLを参照。http://www-lcs.ensicaen.fr/

2) E.-P. Ng, D. Chateigner, T. Bein, V. Valtchev, S. Mintova, Science, 335 (2012) 70–73.

3) Mont Saint-Michelの大潮の日時は以下のURLを参照。http://www.ot-montsaintmichel.com/en/horaire-marees/mont-saint-michel.htm

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