日本ゼオライト学会 刊行物 Publication of Japan Zeolite Association

ISSN: 0918–7774
一般社団法人日本ゼオライト学会 Japan Zeolite Association
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Zeolite 30(1): 7-11 (2013)
doi:10.20731/zeoraito.30.1.7

30周年特別寄稿30周年特別寄稿

ゼオライトこの10年

日揮触媒化成株式会社

発行日:2013年3月7日Published: March 7, 2013
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1. 初めに

無機材料,有機材料,金属材料を含めて種々の材料が地球上に存在する中で,ゼオライトほどの多機能性を有している単一材料は他に類がない。ゼオライトは,その特徴的な物理構造から優れた分子篩機能を示し,化学的な特徴から優れたイオン交換機能や吸脱着機能そして触媒機能を示す。これらの機能はさまざまな分野で利用されており,具体例としては,分子篩機能を利用したガス分離用途,イオン交換機能や吸脱着機能を利用した排水/排ガス浄化やガス乾燥用途,固体酸機能に基づく触媒用途などが挙げられる。そして,この多機能性からゼオライト発見後約250年経つ現在も,時代の技術的要請や社会的要請に応え得る有力な材料の一つとしてゼオライトは活用され積極的な研究が広く進められている。とりわけこの10年は,激しく変貌する時代の要請を背景に,新しいゼオライト構造体の合成研究,用途展開の研究,そしてゼオライトのキャラクタリゼーション研究のいずれの分野でも研究が一層拡大したように思われる。

図1には,International Zeolite Association(IZA)のホームページ情報を基に,この10年間のIZAデータベース登録ゼオライト構造体数の推移を示すが,新しい構造体が直線的に毎年増加しておりゼオライト合成研究が継続して積極的に進められていることがわかる。2002年に150種あったゼオライトはこの10年間に更に56種増えて2012年10月時点で206種に至っている。

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図1 ゼオライト構造体の経年増加

ここで,2002年当時のゼオライト合成そして用途展開の話題の幾つかを上げると,石油精製や石油化学そして有機合成化学の分野ではTS-1およびSilicalite-1を用いたカプロラクタム合成反応(硫酸アンモニウムが副生しないグリーンケミストリー),MCM-22を用いたクメン合成反応,ZSM-5を利用した異性化や脱蝋プロセス,SAPO-34を利用したMTO(methanol to olefin)などがある。環境関係で見ると,β型ゼオライトやZSM-5を利用した自動車排ガス浄化(排ガス中のNOx還元や炭化水素低減),ETS-4(チタノシリケート)による空気分離(窒素分離),A型ゼオライトによるバイオマス等用途の分離膜などであろう。ゼオライトの合成方法としては短時間で均質性の高いゼオライトを得るためのマイクロ波を利用した合成方法,短時間でプロセス簡略化かつ高Si/Al比化が容易なドライゲルコンバージョンなども話題を集めた。

ゼオライトのキャラクタリゼーションについて見ると,10年前頃は,高分解能電子顕微鏡(HREM)を含むSEM/TEM等電子顕微鏡やNMRの高性能化,該分析機器の測定技術向上によるゼオライト骨格構造や化学構造の解析が進み,コンピュータグラフィックスによる骨格モデルの可視化が進歩して,ゼオライト構造のキャラクタリゼーションが進展した。また,ゼオライトは固体酸触媒として広く用いられていることから,固体酸特性を明らかにする目的でアンモニア昇温脱離法(アンモニアTPD)やアンモニア吸着熱測定法(アンモニアカロリメーター)による固体酸量や強度の解析が従来と同様に進められた。ゼオライトの比表面積/細孔容量/細孔径などの細孔構造もゼオライトの特性を把握する上で重要であり解説や総説が成されている1)

一方,この10年は,地球温暖化,新興国の想定以上の経済成長,シェールガス革命そして環境破壊(排気ガスや放射性物質の拡散問題)などの時代背景からゼオライトへの期待が以前にも増して拡大した。

ここでは,ALPOやSAPO等の非ゼオライト系多孔体(ゼオライト類縁化合物)を含めてゼオライトと称し,この10年のゼオライト合成研究や用途開発研究そしてキャラクタリゼーション研究の概要を以下に簡単に述べる。

2. 新規ゼオライト構造体の合成研究

微結晶ゼオライト(ナノゼオライト),ナノコンポジットのゼオライト,階層構造ゼオライト,キラル性を有するゼオライト,大孔径ゼオライト,高SARゼオライト,層状ゼオライトなどがその構造的特徴およびバイモーダル的な化学的特性から話題を集め,また,合成方法としてのSDAフリー化そしてモルフォロジーの制御などが注目を集めて研究開発が広く進められた。

微結晶ゼオライトについて,ミクロンサイズの粒子であるゼオライトをサブミクロン以下のサイズにすればイオン交換特性,吸着特性,触媒反応特性などが向上することは容易に推測されることから,ナノゼオライトの合成研究が広く行われている2)。多くは,希薄溶液中で結晶核を合成したのちに結晶成長させるオーソドックスな合成プロセスの中で結晶成長を抑制してナノゼオライトを得る,いわゆるボトムアップ法であり,ナノ化を成すために構造規定剤(テンプレート)として高価な有機物を用いる方法であった。一方,ゼオライトを微粉砕してナノゼオライト化する技術3)があり,近年は,ゼオライトを微粉砕した後にテンプレートを用いないで再結晶化し高結晶性ナノゼオライトを得るトップダウン法も注目を集めている4)。有機テンプレートを使わずに100 nm以下の径のゼオライトナノ粒子を得ることのできるトップダウン法は大量生産性が要求される工業生産プロセスとして期待される技術であろう。

ナノコンポジットゼオライトとしてのコアシェル型,カプセル型ゼオライトについては,例えばY型ゼオライトをMCM-41で被覆したカプセル構造ゼオライト5),Co/Al2O3をβ型ゼオライトで被覆したカプセル構造ゼオライト6),核と表層のSARが異なるコアシェル型MFIゼオライト7)など多種多様な材料が合成されており,その構造的特異性および化学的バイモーダル性からの興味が尽きないしこれらの応用展開が期待されている。シェル側に分子篩効果を付与してコア部のゼオライトに目的成分のみを送り副反応の抑制や反応選択性を向上させる,ゼオライト結晶表面を不活性層で被覆しゼオライト外表面での副反応を抑制する,2段反応機構系においてシェル側のゼオライトで第1段の反応を行いコア側の非晶質担持触媒で第2段の反応を完結させる,などの設計された反応経路を提供して反応効率を向上させ得る技術である。

階層構造ゼオライトの一つは,ミクロ孔からメソ孔,マクロ孔に至るヒエラルキカル細孔構造(階層型細孔構造)を有するゼオライトであり,ナノコンポジットゼオライトと類似の用途が期待できるもので,既存のゼオライト触媒では得られない生成物選択性を有することも報告されている8)

キラル性を有するゼオライトも話題を提供している。テンプレートの最適化などによりキラル性を持ったロッド状メソポーラスシリカ(AMS)が合成されており9),左旋性や右旋性を利用した不斉分離等への用途展開が期待されるものであろう。また,ゼオライト合成におけるSDAフリー化は工業生産における価格/排水/生産性等に解を与える合成方法として常に話題であり多方面で研究が実施されているし10),ゼオライトを出発原料にして異種ゼオライト化するゼオライト転換も興味のある研究である11)

3. ゼオライトの用途展開

この10年の世界的なテーマとして,地球温暖化,新興国の予想以上の経済成長,シェールガス革命そして放射性物質の拡散問題などがあげられるしグリーンケミストリーや医療/福祉/健康も継続している話題であり,これらすべてにゼオライト技術が展開されている。

地球温暖化対策の主な課題はCO2の削減であり,CO2分離回収(CCS: Carbon Capture and Storage)が地球規模の技術課題になっている。CO2の分離回収技術としてはアミン等による化学吸収法が主流であるが回収後工程でのCO2解離に伴うエネルギー損失が主な課題であり,これに対してアミノ基を配位させたMCM-41やMSU-H等が開発されている。アミノ基をCO2吸着のホストにするもので,CO2回収後工程のCO2解離エネルギー損失が低いために省エネルギー(低CO2発生)技術として注目されている12)。CO2分離膜も開発されている。液相化学吸収法やゼオライトでの吸着法/吸収法は基本的にバッチ反応であること,吸収剤/吸着剤を再生する工程/設備が必要であること,その運転のためのエネルギー損失があること,などの課題を有するが,膜分離はガス中のCO2を膜分離する連続プロセスであることから再生工程が不要で,CO2の分離除去と吸収剤/吸着剤の再生エネルギーが不要である。このCO2分離膜としてFAUやSAPO-34などのゼオライト膜が開発されている13)。また,CO2削減を目的とした再生可能エネルギー開発スキームの一つとして,バイオマスからエタノールを得て,これをZSM-5やSAPO-34などでプロピレン等の石油化学原料にする研究も盛んである14)。参考までに,米国でのバイオエタノール生産量と,バイオエタノールに絡むゼオライトのUS Patent登録数の経年推移を図2に示すが,バイオエタノール生産量に比例してゼオライト研究が活発化していることが登録特許数からも判る。

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図2 米国におけるバイオエタノール生産量とバイオエタノールに絡むゼオライトのUS Patent登録数

新興国の予想以上の経済成長は合成樹脂/合成繊維等の石油化学製品の需要増,その原料であるプロピレンの逼迫をもたらし,プロピレン増産を目的にした技術開発を強く後押ししている。ZSM-5を用いたプロピレン増産用石油精製触媒やそのプロセスが開発/実証化されつつあるし,近年実用化されたものもある。

シェールガス革命については,原油価格の高止まりとシェールガス採掘技術の進歩により米国でのシェールガス商業生産が急拡大し,石油精製および石油化学のスキームを大きく変えつつある(いわゆるシェールガス革命)。その一例がベンゼンやブタジエン(合成ゴムの原料)の需給バランスの逼迫である。ベンゼンやブタジエンは主にエチレン設備(ナフサクラッカー)の副生品という位置づけであったが,米国ではエチレン設備の原料がナフサからシェールガスへ転換しつつあり,エチレン設備原料の軽質化によって副生品であるベンゼンやブタジエン収率が低下し,その需給が逼迫している。この解決にゼオライトが寄与できると思われる。

医療分野へのゼオライト技術の展開も引き続き進められておりLi-X型ゼオライト等の利用展開が進んでいるようである。酸素と窒素の四極子モーメント差による平衡吸着量の違いを利用した空気分離であり,深冷分離法のような大規模設備と異なり,室温で簡単に利用できるコンパクトな家庭用低コスト装置(酸素供給装置)としての用途展開がなされている。また,抗菌用途として銀担持のゼオライトがある。銀イオンがバクテリアのチオール基を固定化してバクテリアの繁殖を防ぐため,該ゼオライトは日曜雑貨品や医療介護の世界に利用されている。ドラッグデリバリーの研究も話題性がある。薬剤成分を,体内該当箇所の酵素で切断できるようにゼオライトに担持する技術で,特定の臓器や器官だけをターゲットとした薬剤投与スキームである15)。リンカーに調和するゼオライト,あるいはゼオライトに調和するリンカーの設計が鍵である。

放射性物質の吸着剤としてのゼオライトは,セシウムやストロンチウムの分子径とゼオライト細孔径の調和を利用した吸着分離でありモルデナイト等で既に実用化されているものだが2011年の大惨事でゼオライトが再び注目を浴びている16)

4. ゼオライトのキャラクタリゼーション

ゼオライト内の物質拡散に関する研究(本報ではゼオライトのキャラクタリゼーションというカテゴリーで扱う)は,細孔内拡散が見かけの反応速度に影響しゼオライト設計および反応設計(プロセス設計)に影響を与えるので重要である。この研究は主に気相系で行われており液相系での研究は十分とは言えなかったが,近年は液相系での研究も進展しており石油精製や石油化学工業用触媒の設計への展開や,同プロセスの改良/開発面から更なる研究進捗を期待している17)

改めて述べるまでもないが,ゼオライト細孔径とゲスト側の分子径は図3に例示するとおりであり,ゼオライトナノ細孔内へのゲスト分子の拡散,特に液相の拡散はゼオライトの用途開発において非常に重要な因子である。

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図3 ゼオライトの細孔径と分子径

例えば,触媒用途のゼオライトとして最も使用量が多い石油精製用接触分解触媒(FCC触媒)は,その原料が常圧残油(いわゆる重油)であり,その細孔内拡散が見かけの反応速度に影響を及ぼすことから,メソ孔の重要性が議論されゼオライトへのメソ孔付与が進められてきた18)。そして反応速度論等の面からも研究が進められ,例えば,液相系ではゼオライトの細孔径が拡散分子の径よりも2~3倍大きい領域では,拡散分子は細孔壁に吸着した分子との立体障害を強く受けること,細孔表面と親和性の高い溶媒は拡散物質の吸着量や拡散係数に影響を与えることなどが示されており,ゼオライト設計やプロセス設計に示唆を与えるものと思われる。ゼオライトの細孔空洞容積とエチレンからのプロピレン合成反応におけるプロピレン選択性についての報告(図4)も興味深い19)

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図4 8員環ゼオライト触媒によるエチレン転化反応におけるプロピレン選択率に及ぼすDiの影響19)

細孔の空洞に対する最大球の直径Diとプロピレン選択率の関係を8員環ゼオライト触媒について調べた研究である。

ゼオライトの反応場については,ゼオライト結晶内部や外表面の固体酸特性(酸量や酸強度分布など),イオン交換基の影響などに未だ研究の余地が多く残されている。その中で,固体酸については,酸点の強度や量の正確な定量化が進められており,Y型ゼオライトの固体酸については,ゼオライト骨格のアルミニウムに由来するブレンステッド酸点強度が結晶構造によってほぼ決まり,結晶学的な位置によって決まっている,とするところまで進歩し,Y型ゼオライトの設計/合成/修飾に新たな指針を与えたキャラクタリゼーション技術であると考える20)

5. 終わりに

冒頭に記載したとおり,ゼオライトが発見されて約250年を経過した現在も,その多機能性,新規な構造体合成の可能性,そして多機能性発現機構の奥深さのゆえに,ゼオライトは今も多くの研究者に課題を与え続け,時代の要請にそった新しい様々な話題を提供している。そして,これから先も今まで以上の研究課題や話題そして解を提供してくれる材料であろうし,その支援をゼオライト誌に期待するところである。

最後に,ゼオライトに係る各方面・各研究機関の先生方や企業等の研究者の方々を前にして浅学の徒が斯なる稚拙な文章を記したこと心よりご容赦願いたし,間違い等々をご指摘いただくと幸甚である。

引用文献References

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2) Tago, T., Nishi, M., Kouno, Y., Masuda, T., Chem. Lett., 33, 1040 (2004).

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20) 奥山 和,富山卓也,森下奈美,片田直伸,丹羽 幹,109th CATSJ Meeting Abstracts, Vol. 54, No. 2 A 07, 114 (2012).

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