日本ゼオライト学会 刊行物 Publication of Japan Zeolite Association

ISSN: 0918–7774
一般社団法人日本ゼオライト学会 Japan Zeolite Association
〒162-0801 東京都新宿区山吹町358-5 アカデミーセンター Japan Zeolite Association Academy Center, 358-5 Yamabuki-cho, Shinju-ku, Tokyo 162-0801, Japan
Zeolite 30(1): 22-26 (2013)
doi:10.20731/zeoraito.30.1.22

ゼオゼオゼオゼオ

高専でのゼオライトの研究

受理日:2013年1月10日Accepted: January 10, 2013
発行日:2013年3月7日Published: March 7, 2013
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0. はじめに

2002年に国立長岡工業高等専門学校に転任し,2012年3月に定年を迎えたために,10年間住んだ長岡の住まいを引き払って実家に引き上げてきました。実家に戻ってから落ち着く間もなく,ゼオライト編集委員会から高専での教育・ゼオライト研究について書くように要請がありました。

高専は高等教育機関ではあっても,研究機関というよりは教育機関としての役割に重きを置いており,この点が大学と異なる点の一つだと思います。ここでは,高専に於ける教育・研究体制についてお話しするとともに,高専で行ってきた自分の研究の概要をお話ししたいと思います。ただし,最初にお断りしておきますが,私がここに記すのはあくまでも私が勤務していた高専についてのものであって,その他の高専に一般に通用するかと問われるといささか心もとないものであることを最初にお断りしておきます。

1. 高専の教育体制

長岡高専は1962年(昭和37年)に設立され,2012年は設立50周年の記念の年でした。これを記念して,長岡高専では記念行事として6月に中学生を招いた講演会と祝賀パーティーが催されました。設立年に入学した学生は2012年で丁度65歳となることから,卒業して国立大学に勤めた人もほとんどが定年を迎えることだと思います。

私が高専に転任したときには,全国に国立高専は50数校だったと記憶していますが,同一県内にあった工業高専と商船高専や電波高専が合併した結果,現在では40数高専になっています。これらの高専の中で化学関係の学科のある高専は25高専ほどで,年度毎の化学関係学科の学生数は全国で約1000人です。高専の本科は5学年ですから,全国で化学関係の現役高専生は5000人ほどになります。したがってこの50年で卒業した化学関係の高専生の数はざっと数えて25万人となります。これに加えて現在ではほとんどの高専で本科卒業生にさらに2年間の教育を行う専攻科が設けられています。

1.1 本科

高専の1年生には,中学の卒業生(15歳)が入学してきます。これらの学生に5年間の教育を施して,準学士として社会に送り出すのが高専の役割です。この制度を本科といっています。

講義は大体1日90分の講義が4コマ計画されています。「講義」といっても,低学年のときは年齢が高校生と同じということもあり,高校の授業に準じた講義がなされており,「授業」という色彩が強いものが多くあります。そのためか,低学年の講義を担当する教員は「学生」を「生徒」と呼び,「講義」を「授業」と呼んでいるようです。しかし,テキストは高校で使われているものを使用して,それに沿った講義を行うとは限らず,教員が独自の講義を行なうこともあるようです。基本的に高専は大学の入試(編入試験とは別)のことは念頭にありませんので,ここで行われる講義は非常に自由度の高いものになっています。たとえば,英語にしても,いわゆる受験を意識した講義ではなく,その代わりにTOEICの点数を重視した講義やPCを使ったインタラクティブ型の独習システムであるe-learningを取り入れた“授業”がなされています。

専門科目の講義は2年生から始まりますが生物学と分析化学の2科目だけで,そのほかに演習と学生実験があります。専門科目の講義は3年生から本格的に始まり,5年生になると卒業研究を行います。学生実験は1年生からほぼ間断なく5年生まで続きます。普通高校では実験の時間が非常に少ないとのことですが,高専は実学重視ですので,体で化学を覚えるという姿勢が今でも実践されています。

高専の入学試験は推薦入試と学力入試の2段構えです。全入学定員の40%まで推薦入試で,残りの60%が学力入試を経て入学してきます。近年特別推薦制度ができて,県レベルの理科研究発表で優秀な成績を収めた生徒を各学科若干名ずつ受け入れています。志願倍率は学科によって異なりますが,高専全体で平均して2倍弱です。物質工学科の志願倍率は他学科と比較して高い部類に入りますが,これは物質工学科の生物コースに女子学生の応募が多いことが一因です。ほかの学科では電子制御工学科の志願倍率が高いですが,この理由としてはロボコンの影響が考えられます。この2つの学科が志願倍率の平均値を上げています。

最近の新聞報道によれば,新潟県では10年前後で15歳人口が4千人ほど,率にすると2割程度減少するとのことです。高校のクラス数に換算すると100クラスほどになります。このため,新潟県では高校の統合が行われています。これは優秀な生徒を全県下から集めることが難しくなったことを意味します。さらに一昨年度は,高校の授業料無償化が行われましたが,高専は無償にはなりませんでした。高校と違い、高専に入学すると授業料を支払わなければならないことになります。15歳人口の減少と,授業料の支払いという状況は,高専にとっては向かい風となります。このようななかで学生を確保することは大変です。推薦制度は学生の確保には役立ちますが,レベルの低下が伴う危険があります。

高専が今後どうするかが注目に値します。推薦制度を維持するのか,やめるのか。いずれにせよ,高専は浮沈をかけた賭けに出ざるを得ない状況です。

上記の通常の入試の他に、高校から本科4年次への編入制度もあります。当初は工業高校生を念頭に入れた制度であったようですが,現在では普通高校からの学生も受け入れています。

本科を卒業すると高専生には3つの進路が用意されています。ひとつは就職です。長岡高専物質工学科では20%から25%くらいが就職します。20%が第2の進路である専攻科に進学します。残りの55から60%が全国の大学に編入していきます。全国の高専では平均50%ほどが進学をしているようです。ここ数年は専攻科への進学希望が増えています。これは,就職を考えた場合,大学4年から就職するよりも専攻科から就職するほうが有利と学生が捉えているためのようです。実際にこれまで専攻科卒業生で,進路未決定の学生がいたことがないという実績によるものと思いますが,仮に就職に失敗しても大学院の拡充により,大学院の進学先に困らないというのも一因かもしれません。

1.2 専攻科

専攻科の定員は本科の1割です。したがって物質工学科では4名でした。この定員を充足するために推薦入試と学力入試が行われるのですが,希望者の少なかった初期を除いて,現在では推薦される人数は定員の1.5倍から2倍に増えています。

専攻科の教育内容は,大学院の修士課程のようなものであると思って間違いなさそうです。もちろん,学制が違いますので,そのままというわけには行きません。しかし,講義は,いわゆる特論的なものがほとんどです。専攻科の卒業研究も行われます。終了すると,学士の学位が与えられる資格を得ますが,学位は高専では与えることができません。そこで,学生は,卒業研究をもとにした学修成果レポートを大学評価・学位授与機構に提出して,そのレポートに基づいた筆記試験を受け,この試験に合格した場合に,大学評価・学位授与機構から学位が与えられます。時にはこの試験に不合格になる学生がいます。しかし,学位授与機構から不合格の理由が明らかにされることはないため,その原因を教育に生かすことができないという不都合があります。こうしたことから,高専としては,独自で学位が出せるようになることが望ましいのですが,そのためにはさまざまな条件をクリアしなければならないことから,私は簡単には実現しないと思っています。

1.3 ゆとり教育/絶対評価の影響と高専の社会的位置

さて,私が高専に転任した2002年ごろから,教育界からは実施前から問題点が指摘されていた「ゆとり教育」が開始されました。このとき,高専はゆとり教育の外にあるために,その影響が少ないことが指摘されていました。

そのゆとり教育を実際に受けた生徒たちが高専に入学するようになってみると,高専にも大きな影響が出ているようです。たとえば中学校での数学の学習内容は確実に減少しました。この結果,どこまで中学で習ったかいちいち確認をし,習っていない場合は説明をしながら授業をしなければならなくなり,以前より授業の進行が遅くなったように思います。

その上,学生の知識欲の減退が気になります。昨今の学生のなかには,知識は与えられるものであって,自ら増やすものではないと思うものが多くなってきたような気がします。

そんな状況ですが,リーマンショック以後の不景気の時代にあっても,高専に対する求人は着実にあります。一般の大学生に人気がある有名企業からの求人もあり,実際に就職していく学生がいます。しかし,高専卒業生が研究職に従事する機会は少なく,多くは生産現場に配属されているようです。

就職に当たって企業が学生に求める資質は,ゆとり教育前後で変わろうはずもありません。従って,高専が社会の要求に沿った学生を送り出すという責務には同じです。ゆとり教育世代の学生を受けいれても,この社会的責任を果たすためには,これまでより多くの教育を施さなければならないという状況にあるのです。

2. 高専の研究体制

最初にお断りしておきますが,研究は高専での義務ではないそうです。それは,いわゆる「事業仕分け」の俎上に高専が乗せられそうになった折,国会答弁で,高専の役割は研究ではなく,教育だとはっきり述べられたことから明らかです。また,国立大学,国立高専が法人化するときに,ほとんどの国立大学で教員の勤務形態が裁量労働時間制に移行しましたが,高専ではそうはならず,変形労働時間制となったことでも分かります。このような状況の中で高専での研究が行われています。従って,高専では大学のように研究業績をとやかく言われることは少ないようです。この点は研究のテーマの設定に自由度が大きいという都合のよい面もあります。

以下には,まず高専における研究条件を概観し,その後私が高専で行ったわずかな研究について簡単に述べようと思います。

2.1 研究室・実験装置

研究用に与えられている部屋は,教授・准教授の研究室(約20 m2)と実験室(約54 m2)が各1部屋です。この実験室で平均して5年生の学生が3人,専攻科1人が実験をしています。前任の大学時代の実験室と比べて圧倒的に狭く,高専が研究主体と考えられていないためかと思ってしまいます。

測定装置の一部は共同実験室に置かれています。学科独自の設備としては粉末X線回折装置,ガスクロマトグラフ,熱測定装置,紫外可視分光光度計,赤外分光光度計,原子吸光分光計がありますが,大学に比べて種類は少なく,あっても性能が十分でないものが多くあります。

学生は4年生後期から研究室に配属されます。4年生では「創造実験」という科目名で毎週1日の午後が当てられます。5年になると卒業研究が時間割に入ってきます。しかし,卒業研究に割かれる時間は前期で1週間のうち1日の午後,後期でも3日の午後程度で,大学に比べて圧倒的に少ない時間割になっています。

2.2 教員の職務と研究時間

教員には基本的に専門の学科の講義と学生実験と卒業研究の指導が本務として課せられています。そのほか,高専教員にはさまざまな仕事が課せられています。

まず,クラス担任があります。学習以外に学生の生活指導や,保護者との連絡などを担当します。成績不振により単位認定されず,落第しなければならない学生がいる場合,担任は当該学生との面談はもちろん,科目担当教員からの事情の聞き取りや,保護者への説明などの業務が,ほぼ毎年年度末になると発生し,対応に追われることになります。時には進路変更を促すこともあります。

学生寮の宿直は年に数回あります。大学の寮ですと宿直はないのですが,高専は18歳未満の学生がいますので,教員が交代で毎日宿直をします。学生寮は教育寮という位置づけのため,土曜・日曜の昼の日直も教員の仕事として割り当てられています。

クラブの顧問は高専教員の本務ではありませんが,すべての教員が担当することになっています。

その他不定期の仕事としては,高専志望者の拡大のために中学校訪問(新潟県内のすべてと,福島県会津地方),小・中学校への出前授業,街中での高専のデモンストレーション,入試説明会での保護者との直接面談,県下各地方での保護者との懇談会などを行います。

3. 高専での私の研究

高専では,大学時代と研究環境が変わったことと学生の事情も考慮して,以下のような研究を行いました。ここでは3つの研究について記述します。

3.1 骨格におけるAl原子配置 Levineなど

ゼオライト骨格におけるAl原子配置は触媒能や吸着能を理解するうえで重要です。自然界にゼオライトは数十種類といわれていますが,それらのうちナトロライトやスコレサイトなどのSi/Al比の小さい(大体1.5以下)ゼオライトはLoewenstein則の制限により,一義的に骨格中のAl原子配置が決定されます。しかし,それら以外のゼオライトのAl配置は我々が報告するまで殆ど決定されていませんでした。そこで,この問題を解決しようとして,Tサイトの結合表とLoewenstein則を仮定した推定法を提案したわけです。計算機を使って可能なAl原子配置を探ると,可能なAl原子配置はごく限られた数しか出てきません。それら数種の可能な配置のどれが実際の配置であるかは,ゼオライトのSi固体NMRスペクトルと比較することによって決定することができます。この方法をアナルサイム,フィリップサイト,グメリナイトなどのSi/Al比が1.5より少し大きなゼオライトに応用し,これらのAl配置を決定しました。さらにSi/Al比の大きな,いわゆるペンタシルゼオライトについては,高石先生の5員環2Al排除則を手がかりにZSM-5,エピスティルバイト,ヒューランダイトなどに適用し,実測のNMRなどと矛盾のないAl配置を得ることができました。

高専では,この一連の研究において残されたゼオライトレヴィンについてAl配置の検討を行い,最終的にたった一つの配置にたどり着くことができました。

また,新たに合成されたRbを含むゼオライトについても,Al配置の検討を行いましたが,ここではひとつのAl配置に絞り込むことはできませんでした。このゼオライトは天然には産出されていないものです。合成ゼオライトとしてしか知られていないゼオライトはSi/Al比が非常に大きなものがありますが,これらについてはAl配置の自由度がとても大きく,我々の方法でもAl配置を決定することは現段階では不可能です。実際にかなりランダムなAl原子配置が可能なのかも知れません。

この研究では,高専生はゼオライト合成を通して研究にかかわることができました。ゼオライトの合成は,実際に合成物を手にとることができますので達成感があったようです。また,実測の29Si-MAS-NMRスペクトルをデコンボリューションしてSi(nOH) (n=0–4)を決めたうえで,理論値と計算値が一致するように配置を決めていくのですが,よく一致したときには感激していました。

3.2 層状化合物の合成―EU-19

これは,産総研の池田卓史博士との共同研究でした。層状化合物のゼオライトへの転換を最終目的に定め,層状化合物を合成してみようということで開始した研究でした。EU-19は合成に当たって毎分200回転でゲルを攪拌しなければならないと文献に記載されています。研究の当初はこの回転数は無理ですが,手持ちの水熱合成装置を文字通りフル回転させてみました。しかし,再現性良くEU-19を得ることができませんでした。そこで回転を早くする代わりに,ゲルにフッ化ナトリウムを加えて合成してみたところこれがうまくいき,それ以後,再現性良くEU-19を合成できるようになりました。

この研究も,ちょっとした工夫により当初の目的の成果が得られたということで学生も満足感が得られたようです。

3.3 金属錯体を含んだゲルからのゼオライト合成―コバルト骨格置換モルデナイト

最後は,金属錯体を含んだゲルからのゼオライトの合成の研究です。ゼオライトの合成の際,テンプレートとしてさまざまな4級アミン類が用いられていることはご存知のとおりです。アミン類は1価の陽イオンであることがほとんどですが,そうなら金属錯体でも1価の陽イオンとすることは可能ですから,何か得られるだろうと見当をつけて合成の実験を行いました。

金属イオンには置換不活性金属イオンであるCoを用いました。Co化合物は入手し易いことも選定の理由となりました。錯体を1価の陽イオンとするためには,-1価で3座の配位子が必要ですが,分析化学の分野ではすぐさまPAN, あるいはPARといった試薬が思い浮かびますので,手始めにこれらを配位子として使用して合成をしてみましたが,結果は面白味にかけるものでした。

この状況を打開するにはどうすればいいかをしばらく考えていましたが,生成した錯イオンが大きすぎるのかと思い,なるべく小さな錯体にしたらどうかと,配位子をEDMAに変更して合成したところ,青色のモルデナイトが生成しました。当初,この青色は,細孔内のCo錯体の配位子場が骨格によってmodifyされた結果であろうと考えていました。しかし後に,これはCoが骨格置換した結果であるという情報が池田氏から与えられ,ひとつの成果を挙げられたと思っています。ただし,このゼオライトについては,骨格中のCoの電荷,Coのサイトなど,まだいくつかの疑問が残ったままです。

これまではゼオライトを合成する研究を行ってきたのですが,高専生活の最後にあたって,新たな研究に従事する機会を与えられました。この研究の詳細はいまここで書くことはできませんが,定年後の研究(Peches de Vieillesse)として続けています。

4. 結 語

10年を振り返って見ますと,研究成果としては決して満足のいくものではないかもしれません。しかし,高専は必ずしも研究に適した場所ではなかったことを考えると,良しとすべきなのかもしれません。

高専本来の意義は,優秀な技能者を世に送り出すことであったのでしょう。しかし高度経済成長期が終焉を迎え,いわばヨーロッパ型の安定社会への移行期のような現在では高専の役割はいったいなんでしょうか。高専は新たなレーゾンデートルを探し出さないと,社会に埋没してしまうように私には感じられます。

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