日本ゼオライト学会 刊行物 Publication of Japan Zeolite Association

ISSN: 0918–7774
一般社団法人日本ゼオライト学会 Japan Zeolite Association
〒162-0801 東京都新宿区山吹町358-5 アカデミーセンター Japan Zeolite Association Academy Center, 358-5 Yamabuki-cho, Shinju-ku, Tokyo 162-0801, Japan
Zeolite 30(1): 2-3 (2013)
doi:10.20731/zeoraito.30.1.2

30周年特別寄稿30周年特別寄稿

ゼオライト学会のあるべき姿

鳥取大名誉教授

発行日:2013年3月7日Published: March 7, 2013
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研究テーマの関係で,ゼオライト研究会・学会の活動には深く関わってきた。この学会の行事である毎年の研究発表会には欠席した記憶がない。3年ごとに開催される国際会議ZMPCのすべてに参加したはずで,2006年の米子の会議ではChair personを仰せつかった。また国際ゼオライト学会にも,1983年のネバダ州リノの学会(6IZC)から始まって一昨年のイタリアのソレント(16IZC)での学会までのほとんどすべてに参加し,研究発表してきた。一度だけ出られなかったことがあるが,これは大学を移った1992年のことで,研究室がないに等しい状態だったので,学会どころでなかったのである。おかげで,大勢の知り合いが内外にできた。したがって,「もうおわりです」と簡単には言えそうにない。もう少しだけは続けることを認めてもらいたい。写真は,2001年フランスのモンペリエで開かれた12IZCのときのもので,これは闘牛かなにかを見学しているときのものであるが,詳しいことは記憶にない。私の右隣に,乾先生,その横が難波先生,また左隣はW. Hölderich教授である。他にもよく見ると知り合いがいる。乾先生はお亡くなりになったが,ほかの方々は元気だろうか。もう一枚はそのときのバンケットのときのもので,東ソーの板橋さん,豊橋の堤先生,Francois Fajulaが見られる。なおついでながら,FrancoisはそのときのChair personだが,Postdocを一緒にやった仲間である。

Zeolite 30(1): 2-3 (2013)
Zeolite 30(1): 2-3 (2013)

小野先生に代わって事務局を担当したのは,1999年であり,これが2005年まで続いた。皆さんはどう思われるか知らないが,私にはこれがそれほどの負担ではなかった。もちろん,片田先生の協力も大きかったが,なんとかこなしてきたつもりである。あまり厳密に考えると,こういう作業は困難になるように思う。その意味からすると,やや適当なところで妥協し,仕事を進めてしまう私の性格はこの仕事にあっていたのかもしれない。いくつかの失敗をしたことは当然あり,一年目は収支のバランスがどうしてもとれなかった。そこで,監査の先生にお詫びして許していただいた。なお,大きなお金のロスがあったのではないので,ご安心いただきたい。それ以降は毎月決算を行い,収支を合わせるようにした。またお金のからむことなので,二人が別々に見ることを習慣づけた。あるときは理事会の開催をすっかり忘れてしまったことがある。やむなくメイル会議としたが,かえってそのほうが良かったと言われた。いまならSkype会議だのなんだのといろいろな方法があるように思う。まだほかにもあるが,やめておく。

この学会の最大のポイントはZMPCの開催であると思うので,これについて述べてみたい。会員数が350人程度で,法人会員が35社程度の規模の学会ではあるが,この学会は国際会議を3年に一度開催している。東京で開催された第7回IZCが終わったあと,この先どうするべきかという会議があり,せめてアジアの皆さんに集まってもらう規模の国際会議ができたらいいとして始めたのだったが,いつのまにか立派な国際会議として認知されるようになった。このおかげで,日本のゼオライト研究者は世界の多くの人々と強い絆で結ばれるようになった。国際ゼオライト学会,ヨーロッパのFEZA,それに日本のZMPCの三つが三年に一度の周期で学会を開いているので,毎年ゼオライトの分野の国際会議があり,多くの研究者がこれらに参加している。その一角を占めている学会を運営している意義は非常に大きい。

学会開催の一番重要なことは学術上の運営が的確に行われることであるが,それをサポートする経営的な背景にも目を向けねばならない。これがしっかりとしていないと,危なくて学会を開催することができないからである。財政が破たんしたら,主催者がこれを負担するというのでは,学術上の活動ではなくなる。その観点からすると,ゼオライト学会には国際交流基金という先人の積み上げてこられた大きな遺産があり,経済的な心配が少ない。この基金をもとにして,できるだけ長いあいだ国際会議ZMPCを開催していただきたいと切に願っている。これがこの学会の最大の使命であることを忘れてはいけない。

ゼオライト学会の経営的なことについて,私見をのべておく。この学会がゼオライト研究会といっていたころは,法人会員がおおく,誠に潤沢な予算であったのだが,徐々にその状況が悪化し,予算がぎりぎりまでに追い込まれるようになってきた。最近の予算は,いろいろな努力で好転しているので,関係者の努力に敬意を表したい。私が事務局をやっていたときには,なんとかこれを維持するべく,いくつかの手をうった。そのひとつが,毎年一月に行われていた理事会を廃止し,総会を研究発表会に移行したことである。これで総会・理事会経費を浮かせることに成功した。われわれがやってきた事務局作業をどこかの大学で引き受けてくれるとよかったが,これは誰からも手が挙がらず今の体制になっている。このやり方は経費がややかさむことになるので,あまり望ましくないと思った。ただし,誰もが学務で多忙であることはよく承知しており,やむを得ないかもしれないとも思った。事務局を他に委託するのであるならば,もうこれしかないと私があるときの理事会で提案した最後の一手は「ゼオライト」を電子化し,紙媒体の「ゼオライト」を廃止することだった。これを実施すれば当分この学会は大丈夫であると確信した。なにしろ,「ゼオライト」の印刷と配布でほとんどの予算が消費されているのである。しかし,この提案は時期尚早だったらしく,大勢の賛成をえられず,ボツになった。しかし,規模が圧倒的におおきな触媒学会が2013年から学会誌の電子化を実施することになっている。私はこれにも少し関与したが,意外にも反対が強く出なかった。「ゼオライト」の電子化は学会運営上の大きな変更であるが,経営的には効果的な措置であるので,一考に値する。

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