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最近,17世紀のオランダの画家ヨハネス・フェルメールが流行している。私がフェルメールを初めてみたのは古い話ではない。2008年,上野の東京都美術館に展示された7点を見たのが初めてである。昨年の春,渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムで『地理学者』を,そして今年の年頭に同美術館で開催された“フェルメールからのラブレター展”で『手紙を読む青衣の女』,『手紙を書く女』,『手紙を書く女と召使い』の3点を続けて見た。この夏(2012年)は,フェルメールの代表作と言われるマウリッツハイス美術館の『真珠の耳飾りの少女』も東京都美術館で見ることができた。この絵の前には,長い行列ができて,前評判どおりの大変な人だかりであった。
私はオランダの画家と言えばレンブラントしか知らなかった。有名なレンブラントの『夜警』は1993年,アムステルダムに出張したとき,アムステルダム国立美術館とゴッホ美術館を訪れる機会があり,そのときこの絵を見た。旅行案内や,初歩の美術解説書を読んで,レンブラントの『夜警』が絵画界に新時代を築いたことは知っていた。よく知られているように,それまでの絵画は貴族,教会から注文を取っていたので,宗教画や肖像画に限られていた。17世紀に入りオランダは東インド会社を中心とした一大商業国となり,画家のお客は,一般人に代わるとともに,絵画そのものも変わってきたと言われている。肖像画や宗教画とは異なり,一般市井の生活が絵画の題材となったとも言われている。
西洋絵画は好きな方で,著名な絵画が展示された展覧会には比較的行っているが,絵画鑑賞とは程遠いミーハー的な見方をしてきた。最初にフェルメールを見たときにも,それほど印象が深かったわけではない。ただ,フェルメールの絵が奇麗だなと感じた程度であった。また,それ以前の絵画とは違うなということは理解できた。
さて,このような雑文とゼオライトは何の関係があるのかとの疑問があることと思う。しかし,私にとっては45年以上前,オリンピック開催のための高速道路や地下鉄の建設で沸いていた六本木の東大生産技術研究所で,故高橋浩先生のもと,ゼオライトの合成を行っていたことと関係する。
「動的平衡」(木楽舎)をはじめDNA,遺伝子,生命などに関して多くの著作を出しておられる青山学院大学理工学部の分子生物学の教授である福岡伸一先生の著書の一冊に「フェルメール光の王国」(木楽舎)との本がある。画家フェルメールの絵について,各地の展示美術館を訪ね,詳しく調べた結果をまとめた著書である。単なる絵の解説ではなく,絵が描かれた時代や,描かれた場所,さらにその時代・背景,について非常に平易に解説されている。一気にこれを読み(見て?),私は改めてフェルメールに触発され,昨年,本年と3回もフェルメールを見ている。
急にフェルメールを追いかけるようになったのには理由がある。フェルメールの代表作と言えば,『真珠の耳飾りの少女(青いターバンを巻いた少女)』であると言われている。今回,上野の都美術館で見る機会を得たが,大変な人気で,脇のほうからしか見ることができなかった。しかし,澄んで魅惑的な少女の眼差しが印象的で,何を見ているのか興味がわいてきた。この絵に対する私のもう一つの興味は,青いターバンである。福岡先生の説明によると,この絵に描かれているターバンの青色は,ラピスラズリ(Lapisrazuli, 瑠璃石)を砕いた顔料を用いているとのことである。当時,ラピスラズリは金と匹敵するような貴重で,かつ高価な顔料であったとも書かれている。フェルメールの絵には,『青い服の女』のスカートに,『デルフト眺望』に浮かんでいる船など,多くこの青色顔料が使われている。Lapisrazuliはソーダライト構造の鉱物であり,ソーダライトunit内部に硫黄が入り,きれいな青色が出てくる。青色顔料としては,現在一般的に使用されている顔料“群青,Ultramarine”がある。これは,不純物の少ないカオリナイトをNaCl, Na2CO3, 粉末硫黄と混合,溶融することにより合成されている。最新の小田急ロマンスカーの車体もフェルメールブルーといわれる青色に塗られており,この色がブームになっている。
ソーダライトについて,私には忘れられない思い出がある。私がカオリン鉱物を出発原料として,安価なA型,X型ゼオライトの合成を六本木で行っていた当時,半年以上来る日も来る日もソーダライトしかできず,大変苦労をしたことを思い出す。このときの研究の苦労話については,別に記した1)。ソーダライトの化学組成は,Na2O Al2O3 2SiO2であり,LTAと同じ化学組成であり,ソーダライトとA型(LTA),X型(FAU)の骨格形成は図1のような関係があることはよく知られている。
多くの実験を行った結果,A型(LTA),X/Y型(FAU)ゼオライトは準安定のアルミノシリケートであり,アルカリ処理条件が過酷になると安定なシリケートであるソーダライトに転位することがわかり,高温で長時間処理しないこと,撹拌をしないこと,アルカリ過剰にならないことなど,A型ゼオライト合成条件が明らかになり,論文発表もできて一安心した。この研究結果は,その後のFCC触媒用Y型ゼオライト合成に役立った。その後現在まで48年間,私が何らかの形でゼオライト,さらに触媒に関係を持つことができた端緒は,六本木におけるソーダライト・ケージ⇒LTA生成⇒ソーダライトの研究にあると思っており,Lapisrazuli/Sodaliteの言葉の響きに,私は一方ならぬ思いを寄せている。
最近,ハーグを訪れた友人の話では,同市のマウリッツハイス美術館の正面に大きな『真珠の耳飾りの少女』のポスター?が壁一面に張られているとのことである。昔,ハーグも仕事で訪問したことがあるが,当時はあまり興味がなく(忙しかったこともあるが),この有名な絵を見なかったこと,またアムステルダムの国立美術館にもフェルメールの絵が展示してあるとのことも知らなかったことが,今になると悔やまれる。
フェルメールが描いた絵画は人物をテーマとしたものが多く,それ以外は極めて少ない。『小路』(アムステルダム国立美術館所蔵)と『デルフト眺望』(デン・ハーグマウリッツハイス美術館所蔵)の2点のみと言われている。過日,銀座で催されていた“フェルメール光の王国(監修福岡伸一氏)”展を観に行った。もちろん,「デジタルマスタリング」という新技術による複製であるが,フェルメールの全作品を見ることができて,感慨を新たにした。特に,2点の風景画は現在のデルフトの風景と比較ができることから,ぜひマウリッツハイス美術館とデルフトを訪問したいと強い思いを抱くようになった。今回,Den Haagのマウリッツハウス美術館改修のため日本にその所蔵品が来ているが,『デルフト眺望』は来ていない。改修は2年かかるとのことなので,そのころまで,英気を養い,何とか現地訪問を叶えたいと思っている。
Lapisrazuli/sodalite/zeoliteを結びつけ,この年で私に新しい夢をもらったフェルメールに,さらにこれを紹介して下さった福岡先生にも感謝しなければと思っている。
1) 西村陽一,触媒,35, 3, 174 (1993)
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