IZA Ambassador Lynne McCusker博士日本滞在報告
東京農工大学大学院工学研究院
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ゼオライト粉末X線結晶構造解析の分野で世界的に著名なLynne McCusker博士(スイス連邦工科大学(ETH)チューリヒ校)が国際ゼオライト協会(International Zeolite Association, IZA)のAmbassadorとして4月21日〜27日にかけて来日された。今回の滞在に際して国内滞在費をゼオライト学会国際交流基金の援助により賄わせて頂いたので,招聘経緯も踏まえて報告させて頂くことにする。
合成ゼオライトでは単結晶試料が得られることは稀であり,多結晶体の粉末試料しか得られないことがほとんどである。最近では単結晶試料が得られさえすればよほど複雑な構造でない限り結晶構造解析が成功する可能性が高くなった。しかし,粉末試料しか得られない場合,粉末X線回折法による複雑な未知構造の決定は依然として難易度が高いチャレンジであると言わざるを得ない。こうした中,McCusker博士と共同研究者で夫のChristian Baerlocher博士は,ETHのLaboratory for CrystallographyにおいてWalter Meier教授とともに粉末X線回折法によるゼオライトの結晶構造解析の手法を発展させてきた。Meier教授の退職後も夫妻で研究グループを引継ぎ,ゼオライトなどの複雑な構造を有する化合物に対し斬新なアイデアと現実的な方法論で数多くの成功を収めてきた。XRS-82, FOCUS, powder Charge Flipping, electron microscopyなど,ゼオライトの粉末X線構造解析に有用な手法およびソフトウエアの開発を通して,VPI-5, SAPO-40,EMC-2, VPI-9, UTD-1, IM-5など,複雑な構造を有するゼオライト類縁化合物の結晶構造解析に数多く成功した。こうした研究上の卓越した貢献が高く評価され,第15回IZC(International Zeolite Conference)(2007年,北京)にて夫妻と寺崎治先生にBreck Awardが授与されたことは記憶に新しい。もしもMcCusker博士の名前になじみがなかったとしても,大半の読者はIZA Structure Commission HPのゼオライト結晶構造データベース(http://www.iza-structure.org/databases/)を利用したことがあるものと思う。このデータベース(DB)は夫妻によってメインテナンスされており,非常に便利なDBが容易に利用できるのも彼女らの献身的なサポートあってのことである。優れた研究上の貢献に留まらないゼオライトコミュニティへの多大な貢献に対して,McCusker 博士に2010 年にIZA Awardが授与された。受賞者は3年間世界各国のゼオライトコミュニティーからの依頼に応じてIZA Ambassadorとして派遣され,その渡航費はIZAにより賄われることになっているので,招聘を希望する場合には現地(国内)滞在費のみ招聘者が負担すればよい。
昨年(2011年)7月にIZA Ambassadorのアジア訪問ツアーの可能性について中国ゼオライト学会より打診があり,日本側としても異存なく受け入れることとなった。私事ながら1999年から2000年にかけてETHにて夫妻の研究グループに博士研究員として滞在しており,同研究グループに在籍した唯一の日本人ということで,ゼオライト学会の理事でもある筆者が世話役を務めさせて頂いた。当初は昨年10月に日中韓を巡るアジアツアーを行う方向で検討していたが日程の調整がつかず,結局本年4月に各国約1週間ずつ滞在することで調整がついた。IZA Ambassadorの受け入れについては,これまで外部の助成金等を獲得して滞在費を賄ったようであるが,当初の打診がかなり急な話であったうえ,日程変更もあってなかなか詳細が確定しなかった。そこで,昨年度制定した国際交流基金取扱規則にて外国人招聘に関わる支出が可能になったので,理事会の承認を得てこれを利用させて頂くことにした。
中国,韓国と滞在した後の4月21日(土)の到着で少々お疲れかとは思ったが,遅い桜も見られそうなので翌日曜日に箱根への小旅行を提案した。Baerlocher博士は東京で開催された第7 回IZC(1986年)に参加されており,エクスカーションで訪問した箱根彫刻の森美術館が面白かったということだったので,あいにくの天気ではあったが再訪することにした。ゼオライトチャンネルの巨大な透明模型にも見える屋外遊戯彫刻(シャボン玉の城)は健在で,以前よりもさらにバージョンアップしたようである。もしかしたら今後の彼女らの講演で穴の中に入った彼女らの写真が見られるかもしれない。他にもCrystallographerとして非常に興味深い作品があったようで,少々時期のずれた桜も楽しんでいただけたようである。滞在期間中,東農工大(東京),東工大(横浜)で“The challenges in zeolite structure analysis”,ファインセラミックスセンター(名古屋)では“Powder diffraction and electron microscopy ― a powerful combination”と題して講演を行って頂いた。このほか早稲田大学でも研究室見学やセミナー等で対応頂いた。彼女の講演で特に印象深かったのは,IZA DBにあるゼオライト骨格で近年構造が決定されたもののうち天然ゼオライトや単結晶構造解析によるものを除くと,FOCUS, Charge Flippinngなど彼女らが発展させた手法によるものの割合がかなり高いことであった。懇親会では,彼女らが蓄積してきた結晶構造解析のノウハウやこれまですばらしくメンテナンスされてきた結晶構造DBが今後どう引き継がれるのかということが少なからず話題となった。彼女らによると結晶学はもはや研究分野というよりサービスとみなされがちで,博士を取得してもなかなかアカデミックの分野に残ることが困難で,もし残れたとしてもゼオライト関連の研究を続けることは難しいため,ゼオライト分野では直接の後継者はいないとのことである。IZA Structure Commissionでも次世代のメンバーの発掘に力を入れているが,DBについて手伝ってくれそうな人がなかなか見つからないとのことであった。
時間の関係で訪問が叶わなかった研究グループが数多くあったが,特に関東地区ではゼオライト学会の主要メンバーの多くに夫妻と接する機会をもってもらえたことで,国際交流基金の目的にも適った非常に有意義な滞在であったと思う。今回の滞在期間にお世話になった多くの皆様にこの場を借りて謝意を表させて頂く。McCusker博士からゼオライトコミュニティー,特に若い研究者へのメッセージを頂いたので,最後に掲載させて頂く。
During the course of the last five days, Christian Baerlocher and I have had the pleasure of visiting five zeolite groups in four different institutions in the Tokyo/Nagoya area of Japan. We were also able to enjoy the natural beauty of the Hakone region, learn the history of the Nagoya Castle, and have a wide variety of delightful culinary experiences. Our discussions with zeolite scientists, both scientific and philosophical, have been most stimulating and enjoyable. We have seen high-level research conducted in very efficiently used lab space, and have been able to admire much state-of-the-art characterization equipment in the various laboratories. We were particularly pleased to have had several opportunities to meet and talk with some of the newer generation of Japanese zeolite scientists. As IZA ambassador for 2010-2013, I amvery happy to see that the future of zeolite science in Japan is in such good hands. I can only encourage these young researchers to continue their endeavors to produce interesting new porous materials, to characterize these materials using as many techniques as possible, to take advantage of any specialists who may visit, and, above all, to enjoy the satisfaction that comes with careful and innovative research. I wish you all success in your future careers.
Lynne McCusker
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