日本ゼオライト学会 刊行物 Publication of Japan Zeolite Association

ISSN: 0918–7774
一般社団法人日本ゼオライト学会 Japan Zeolite Association
〒162-0801 東京都新宿区山吹町358-5 アカデミーセンター Japan Zeolite Association Academy Center, 358-5 Yamabuki-cho, Shinju-ku, Tokyo 162-0801, Japan
Zeolite 29(2): 43-54 (2012)
doi:10.20731/zeoraito.29.2.43

解説解説

NH3によるNOx選択還元用Fe/ゼオライト触媒Fe/zeolite Catalysts for NOx Selective Catalytic Reduction by NH3

(株)豊田中央研究所TOYOTA Central R&D Laboratories, Inc. ◇ 〒480-1192 愛知県長久手市横道41-1

受理日:2012年2月16日Accepted: February 16, 2012
発行日:2012年6月10日Published: June 10, 2012
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ディーゼル車から排出されるNOxをNH3により還元する(Selective catalytic reduction; SCR)触媒であるFe/ゼオライトの浄化挙動や活性支配因子について調べた内容を概説する。Fe/ゼオライトのNOx浄化活性は,Feの担持法やゼオライトの種類(細孔構造,Si/Al2)で変化した。触媒の活性種はイオン交換されたFe種であり,それをNO2の昇温脱離スペクトルで定量できることを明らかにした。触媒の耐久性は結晶子の大きいゼオライトを用いること,および希土類金属を逐次イオン交換することによって向上した。この理由は熱劣化の主因である脱Alが抑制され,イオン交換Feがより多く存在できたためと推定された。NO2/NOxが0%のときに進行するStandard SCR反応をin situ FT-IR, 過渡反応挙動解析,および定常状態での速度解析により調べた結果,律速段階はイオン交換Fe上で進行するNOからNO2への酸化過程であり,この反応を気相のNH3が阻害することがわかった。また,NO2/NOx 比を変化させることでNO2/NOxが50%のFast SCR反応,および100%のNO2-SCR反応も調べ,全SCRの反応機構を推定した。

Development and characterization of Fe/zeolites for NH3 selective catalytic reduction (NH3-SCR) of NOx emitted from diesel vehicles were conducted. The NOx reduction activity of fresh samples was dependent on the Fe loading method and the type of zeolite (pore structures and Si/Al2 ratios). Amajor factor affecting fresh activity was the number of ion-exchanged Fe sites which can be quantified using temperature-programmed desorption of NO2. A hydrothermal stability was improved by using larger zeolite crystal size and by sequential ion-exchange of rare earth metals. It was because dealumination which leads to a loss of the ion-exchange Fe was inhibited. Standard SCR (NO2/NOx=0%) reaction was investigated by means of in situ FT-IR, transient and steady-state reaction studies. The ratedetermining step is the oxidation of NO to NO2, and this step is inhibited by coexisting gaseous NH3.Finally, overall SCR scheme including Fast SCR (NO2/NOx=50%) and NO2-SCR (NO2/NOx=100%) was presented as a function of the NO2/NOx ratio and temperature.

キーワード:鉄;ゼオライト;窒素酸化物;アンモニア;選択還元

Key words: Iron; Zeolite; Nitric oxide; Nitric oxide; Selective Catalytic Reduction

1. はじめに

窒素酸化物(NOx: NO+NO2)は,酸性雨や光化学スモッグの原因物質であるため,自動車からの排出規制の対象である。自動車から排出されるNOxは,空気中のN2がエンジン内での燃料の燃焼時に酸化されて生成するthermal NOxと,燃料成分中の窒素分(N分)が酸化され発生するfuel NOxに大別され,ほとんどが前者由来のNOxである。ディーゼルエンジンなどの希薄燃焼エンジンからの排ガスは,酸化性ガスであるO2を多量に含むため,同じ酸化性ガスであるNOxを還元するにはNOxが還元性ガス(CO, H2, HC, NH3など)と選択的に反応する必要ある。この反応はNOx選択還元(SCR: Selective catalytic reduction)反応と呼ばれている。SCR反応の活性温度域は,使用する還元剤の種類および触媒材料で変化するため,使用条件に応じた還元剤の選定および触媒の設計が必要である。また,触媒に流入するガス流量やガス濃度はエンジンの運転状況により変化するため,反応の律速段階や副反応など反応メカニズムの理解も不可欠である。

ゼオライトを利用したSCRの研究は1990年代から活発に行われ,特にCuをイオン交換して担持した触媒の研究が多く報告されてきた。一方,Feを担持したゼオライトは,Cuに比べイオン交換効率が低く,低活性なため,研究例は少なかった。しかし1998年にSachtlerのグループがイオン交換効率を向上させる手法として,塩化鉄の昇華を利用した気相イオン交換法(別名CVD: Chemical vapor deposition法)を報告して以来1),Fe/ゼオライトの状態解析に関する研究が活発化した。またSCR反応以外にも,N2Oの分解反応2)やHCの選択酸化反応3)にも高活性であったことから,他の反応系への展開も研究された。

ところで,ディーゼル自動車で使用される触媒は,高い耐熱性と耐硫黄(S)被毒性が求められるうえ,150°C以下の低温から700°C以上の高温まで幅広い温度域でNOxを浄化する必要がある。NH3や尿素(尿素は加水分解によりNH3を生成)はNOxとの反応選択性が高く,かつ比較的幅広い温度域で活性を示すため,SCRの還元剤種として有望である4)。また,Feは安価で人体に無害なうえ,高温での蒸散・飛散の可能性が低いため,自動車触媒で用いる元素としては好適である。筆者らはこれまでFe/ゼオライトを用いたNH3-SCRの研究を進めてきた。本稿の第2項では,様々なFe/ゼオライト触媒の初期状態でのSCR性能と活性支配因子について解説する。第3項では,触媒の耐久性と,活性向上のための触媒改良について報告し,また第4項では,SCR反応機構の解明を目的とした反応解析の結果を概説する。

2. 初期触媒のSCR反応活性

2.1 Fe担持方法の影響5)

Fe/ゼオライトの触媒活性はFeの担持方法で大きく変化することが分かっており1),先に述べたCVD法の他にも,有機溶媒を利用した液相イオン交換法6),鉄粉を溶解した溶液による液相イオン交換法7),高温還元処理による固相イオン交換法8)など交換効率を上げる様々な手法が提案されている。我々も以下に示す3種の方法で,かつFe担持量を変えた触媒を調製し,状態解析および触媒活性評価を実施した。

触媒調製は,Si/Al2比が28のMFI型ゼオライトを用い,含浸(Imp: Impregnation)法,還元固相イオン交換(RSIE: Reductive solid-state ion-exchange)法,およびCVD法でFeを担持した。Imp法は硝酸鉄水溶液にゼオライト粉末を含浸し,RSIE法はImp法で調製した試料をH2気流中650°Cで処理し,CVD法は脱水処理したH-MFIにFeCl3粉末を混合しN2気流中650°Cで処理することにより調製した。Feの仕込量を変えることでFe担持量を変化させ,Fe担持量はICP(Inductively coupled plasma)分析により定量した。いずれの試料も大気中650°Cで最終焼成した。以後,触媒表記をFe担持法(担持Fe量/含有Al量モル比)とする。

Feの状態解析として57Fe Mössbauer, UV-VisおよびXRDを実施した5)。Mössbauerスペクトルは,α-Fe2O3粒子,FexOyオリゴマー種およびイオン交換されたFe3+種に帰属されるピークに分離された。Imp法で調製した触媒はα-Fe2O3が多く含まれ,CVD法の触媒はオリゴマー種およびイオン交換Fe種の割合が多かった5)。UV-VisおよびXRDではα-Fe2O3に帰属されるスペクトルが得られ,その含有割合はImp>RSIE>CVDであった5)。Imp法による調製では,溶液中のFe3+イオンの水和半径が大きいためイオン交換が効率よく進行せず,ゼオライト骨格外にα-Fe2O3が析出したと考えられる。一方,RSIE法では,高温還元処理により酸化鉄の一部が還元分解し,細孔内を拡散することで固相でのイオン交換が進行したと考えられる8)。CVD法では,拡散障壁の低い気相でのイオン交換(zeo−H++FeCl3→zeo−[FeCl2]++HCl)を利用するため,液相や固相イオン交換よりも効率が向上したと考えられる。

図1には,各触媒にNO2を100°Cで前吸着させたときのIRスペクトルと,その後昇温脱離(TPD: Temperature-programmed desorption)したときのTPDスペクトルを示す。IRスペクトルのゼオライト骨格振動領域では,Feのイオン交換により出現するピークが900 cm−1付近に現れ9),その強度はCVD>RSIE>Impの序列となった。これは前述した他の分光法の結果とも一致する。NO2-TPDスペクトルは,低温側と高温側に二つのピークが現れた。高温側ピーク(HT peak)は触媒により変化し,IRピーク強度と相関した。また,HT peak量はMössbauer解析でのイオン交換されたFe量と概ね一致したことから,HT peakはイオン交換Feに1対1で吸着したNOxの脱離であると推定した。なお,低温側ピーク(LT peak)はゼオライト細孔内に弱く吸着したNO2と考えられる。

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図1 Fe/MFIの(a)NO2吸着後のIRスペクトル,(b)NO2-TPDスペクトル

次に各触媒のSCR反応活性を評価した。SCR反応は0.1% NO, 0.1% NH3, 10% O2, 10% CO2, 8% H2Oからなるモデルガスを供給し,温度一定条件でのNOx浄化率を測定した。図2aは250°CでのNOx浄化率とFe担持量(Fe/Alモル比)との関係である。NOx浄化率はFe担持量よりもFe担持法に大きく依存し,活性序列はCVD>RSIE>Impとなった。これは,状態解析におけるイオン交換Fe量の序列と一致する。そこで触媒活性とNO2-TPDスペクトルのHT peakとの関係を調べたところ,両者は直線的な相関関係を示し,触媒活性をイオン交換Fe量で整理できた(図2b)。

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図2 Fe/MFIのSCR反応でのNOx浄化率に対する(a)Fe/Al比,および(b)NO2-TPDのHTピーク量の関係

以上より,SCR反応の活性種はイオン交換Fe種であり,NO2-TPDの解析によりイオン交換Fe種のみを選択的に定量可能なことを見出した。なお,NO2はSCR反応において重要な役割を果たす反応ガスの一つであるが(第4項にて解説),同時に活性Fe種を探るプローブ分子としても興味深い挙動を示すことが,NO2の吸着・脱離の解析から明らかになっている10,11)

2.2 ゼオライト種の影響12)

ゼオライト種の初期活性への影響を調べるため,H型のMFI(Si/Al2=28, 40, 73, 90),BEA(Si/Al2=27, 37),FER(Si/Al2=18),LTL(Si/Al2=6),およびMOR(Si/Al2=20, 30, 240)を用いてFeをCVD法により担持した触媒を調製した。以後,触媒表記をゼオライト構造(Si/Al2比)とする。図3aは各触媒のNOx浄化率である。活性の序列はBEA>MFI>FER>LTL>MORとなり,MFIおよびMORではSi/Al2比が小さいほど(Al量が多いほど)高活性であった。触媒調製時のFe仕込量はいずれのゼオライトでも同じ(Fe 1120 µmol/g)であるが,担持されたFe量は触媒ごとに異なった。しかし,触媒活性はFe担持量とは相関しなかった(図3b)。

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図3 (a)各触媒のSCR反応でのNOx浄化率,(b)200°C浄化率とFe担持量の関係,(c)200°C浄化率とNO2-TPDのHTピーク量との関係

そこで各触媒のイオン交換Fe量を定量するためNO2-TPDを実施し,NOx浄化率とHT peakとの関係を調べた(図3c)。その結果,NOx浄化率はイオン交換Fe量と直線的な相関関係を示した。すなわち,ゼオライトの種類によらず触媒活性はイオン交換Fe量で整理できた。なお,Si/Al2比が低いほど高活性なのは,イオン交換サイトが多いほどイオン交換Fe量も増えるためと考えられる。また活性序列が3次元細孔で細孔径が大きいBEAやMFI, 続いて2次元細孔のFER, 1次元細孔のLTLおよびMORであったことから,細孔構造がCVD調製時の塩化鉄の拡散性(Fe2Cl6として拡散する)に影響し,Feイオン交換量を支配したと推定している12)

3. 耐久後触媒のSCR反応活性

3.1 ゼオライト種の影響12)

2.2の種々のゼオライトを用いたFe/ゼオライト触媒について,耐熱試験として水蒸気を含む空気を導入し700°Cで5時間の水熱処理を施した。また耐S試験として,耐熱試験後の各触媒に30 ppm SO2を加えた活性評価ガスを300°Cで20分間供給してS被毒処理を行い,その後SO2を含まないガスを500°Cで15分間供給することでS脱離処理を実施した。図4aには,初期,耐熱試験後,および耐S試験後のNOx浄化率を示す。初期で高活性であったBEA(27および37)は,耐熱試験により活性が大きく低下した。一方MFI(28および40)は活性低下が小さく,高活性を維持した。しかし同じ骨格構造であるMFI(73および90)は,耐熱試験後の活性低下が大きく,ゼオライト構造以外の因子も活性低下に影響していると考えられた。一方,耐S試験後は,耐熱試験後と比較するといずれの触媒も活性低下はわずかであった。すなわち,ゼオライト種によらずFe/ゼオライトは耐S性が高いことがわかった。

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図4 (a)初期,700°C耐熱試験後,および耐熱試験後に耐S試験を行った触媒のSCR反応でのNOx浄化率,(b)耐熱試験後の初期に対する活性維持率とゼオライト平均結晶子径との関係

耐熱試験による活性低下の度合いを数値化するため,初期に対する耐熱試験後の浄化率の比(活性維持率)を求め,ゼオライト結晶子径に対してプロットした(図4b)。その結果,活性維持率は結晶が大きい程高くなった。すなわち,ゼオライト結晶が大きいほど,耐熱性が向上したといえる。これは,大結晶ほど劣化原因である脱Alを引き起こす欠陥サイトが減少し,ゼオライトの熱安定性が向上した結果,活性種であるイオン交換Feの減少を抑制できたためと推定している12)

3.2 元素添加による耐熱性向上13)

Fe/ゼオライトにはFeがイオン交換されていないフリーなH+サイトが残存することがNO2-TPDおよびFT-IRなどから示唆されている5)。Fe/ゼオライトの脱Alは,このフリーサイトや格子欠陥サイトから進行し,これがイオン交換Feの凝集を引き起こすと考えている。そこでこのフリーサイトを他の金属でイオン交換することで安定化し,Fe/ゼオライトの耐熱性を向上することを目的とした以下の検討を行った。CVD法で得たFe/BEA(Si/Al2=37)を金属元素Mの塩が溶解した水溶液に投入し,室温で12時間撹拌して逐次イオン交換させた。金属種Mとしてはアルカリ金属,アルカリ土類金属,希土類金属を検討した。耐熱試験として,700°Cで5時間水蒸気を含む空気を導入した。

図5aには,各触媒のFeおよび金属Mの含有量を示す。逐次イオン交換によるFeの減少はわずかであり(10%未満),一方元素Mの含有量はアルカリ金属>アルカリ土類金属>希土類金属の序列となり,金属イオンの価数が小さいほど交換率が高かった。これは価数が高い金属イオンはイオン交換されにくいためと考えられる14)。アルカリおよびアルカリ土類金属に関しては,イオン交換率が高いことから,フリーサイトのイオン交換に加えて既にイオン交換されていたFeを置換する逆イオン交換も進行したと考えられる。この逆交換されたFeは主にゼオライト骨格外で凝集してFe2O3として存在することがUV-Visの解析から確認されている13)

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図5 (a)金属M添加Fe/BEAのFeおよびMの含有量,(b)耐熱試験後触媒のSCR反応でのNOx浄化率

挿入図:NOx浄化率と希土類金属イオン半径との関係

図5bには耐熱試験後触媒のSCR活性を示す。アルカリおよびアルカリ土類金属を添加した触媒はいずれも添加なし触媒よりも活性が低かった。これらの触媒は初期でも低活性であったことから13),添加金属とFeとの逆イオン交換による活性Fe種の減少が主な要因と考えられる。一方,希土類元素を添加した触媒では,一部の元素で活性が添加なし触媒を上回った。興味深いことに,NOx浄化率は希土類金属イオンの3価のイオン半径に対して山型の関係を示し,これより最適な元素またはカチオンサイズが存在することが示唆された。

希土類元素添加による耐熱性向上の要因を調べるため,添加なし触媒と最も活性が高かったNd添加触媒について,27Al MAS NMR, FT-IR, UV-Vis, およびXRDによるキャラクタリゼーションを行った。一般にゼオライトの水熱劣化は骨格内の四配位Alの骨格外への脱Al化によることが多いため,27Al MAS NMRスペクトルの50 ppm付近に現れる四配位Al由来の強度を初期と耐熱試験後で比較した(図6a)。耐熱試験による四配位Alの減少量は,Nd添加触媒の方が添加なし触媒よりも小さく,Nd添加により脱Al化が抑制されていた。また,ゼオライトの脱Alが進行すると,末端シラノール(Si-OH)基も増加するため,IR スペクトルの3735 cm−1付近のSi-OH伸縮振動ピーク強度を初期と耐熱試験後で比較した(図6b)。その結果,耐熱試験による末端シラノール基の増加は,Nd添加触媒の方が小さかった。

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図6 Fe/BEAおよびNd添加触媒の初期および耐熱後の(a)27Al MAS NMRによる四配位Alピークの相対強度,(b)FT-IRによるSi-OHピークの相対強度,(c)UV-Visの350 nm吸収の相対強度,(d)XRDの33°での回折強度

脱Alが進行すると,イオン交換サイトに存在したFeがFe2O3として凝集すると考えられる。そこで凝集したFe2O3を調べるため,UV-Visスペクトルの350 nmでの吸収強度,およびXRDスペクトルの33°付近のα-Fe2O3による回折強度(104面)について,初期と耐熱試験後を比較した(図6c, d)。その結果,Nd添加触媒の方が添加なし触媒よりもFe2O3の形成が抑制されていた。

以上の結果から,一部の希土類金属の添加により耐熱試験後で高い活性を維持できた理由は,希土類金属の逐次イオン交換により脱Al量が抑制され,これにより活性種であるイオン交換Feが耐熱試験後においても多く存在できたためと推定した13)。なお,最適な希土類金属種が存在したのは,希土類イオンのカチオンサイズだけでなく,その塩基性やイオン交換量なども影響していると考えられ,さらなる解析による検証が必要である。

4. SCR反応解析

SCR反応はNOx中のNO2比率が0%のStandard SCR(式1),50%のFast SCR(式2),および100%のNO2-SCR(式3)の3種に分けられ,Fast SCRの反応速度が最も速いことが特徴である。

(1)2NO+1/2O2+2NH32N2+3H2O(2)NO+NO2+2NH32N2+3H2O(3a)2NO2+2NH3N2+N2O+3H2O(3b)3NO2+4NH37/2N2+6H2O

一方,エンジン排気中のNOxの主成分はNOであるため,SCR触媒の前段にNOをNO2に酸化する酸化触媒を配置してNO2比率を増加させることでNOx浄化率を向上させる試みがなされている。しかしながら,NO酸化活性は温度,ガス流量および反応ガス濃度に依存するうえ,触媒の劣化の度合いによっても変化する。したがって,NO2比率をFast SCR条件である50%につねに固定することは困難であり,2項および3項で述べてきたようにStandard SCR活性の高い触媒が求められている。

また,エンジンの運転状況は逐一変化するため,尿素/NH3の供給は定常ではなく間欠的である。よって,還元剤供給/停止時のNOx浄化の過渡的な挙動の理解も不可欠である。そこで,イオン交換Fe上でのStandard SCR反応を理解するため,FT-IRによる表面反応解析,NH3供給停止時の過渡反応解析,および定常条件での反応速度解析の結果を4.1〜4.3項で解説し,4.4項では全SCR反応の反応機構について概説する。

4.1 In-situ FT-IRによる表面反応解析

NH3とNOとの反応であるStandard SCR反応をFT-IRにより追跡した。NH3はNOに比べて吸着力が強いため,NH3とNOが共存する場合,触媒表面上には吸着NH3のみが観測される15,16)。そこで,NH3を前吸着させた表面にNOとO2を導入して表面吸着種を追うことで,SCR反応を解析した。CVD法で調製したFe/BEAに150°CでNH3を飽和吸着させ,その後O2およびNOを導入すると,吸着NH3に帰属されるピーク(1456 cm−1)が減少するとともに,NOおよびNO2に帰属されるピーク(1878, 1633 cm−1)が増加した(図7a)。比較として,NH3が吸着していない表面にNOとO2を導入した時のピーク強度の変化も調べた(図7b)。NH3が前吸着していない場合はNO2の強度がNOよりも大きく上回ったのに対し,NH3前吸着時では,吸着NH3が存在している間はNOの方がNO2よりも強度が大きかった。Standard SCRの反応機構は,NOとO2からNO2が生成し,そのNO2がNH3と反応する機構が推定されている17,18)。このことから反応の律速段階はNO酸化によるNO2生成過程であり,生成したNO2は速やかに消費されるため,結果としてSCR反応中は吸着NO量が吸着NO2量よりも多くなったと考えられる。律速段階に関しては,SCR活性とNO酸化活性との相関性12),および後述する(4.3項)反応速度解析18)でも同一の結論が導かれている。

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図7 (a)NH3吸着あり,および(b)NH3吸着なしのFe/BEAへNO+O2を150°Cで導入したときのin situ FT-IR測定でのNH4+,NOおよびNO2吸着種のピーク強度変化

4.2 NH3供給/停止時の過渡反応解析18)

Standard SCRのガス組成条件において,NH3のみを停止し,再度供給した時のNOx浄化挙動をFe/MFI触媒を用いて調べた。ガス濃度は0.038% NO, 0.04% NH3, 8% O2, 10% CO2, 8% H2O とし,入りガス温度は250°Cおよび300°Cで評価した。図8aにはNOx濃度および触媒床温度の変化を示す。NH3停止状態からNH3を供給するとStandard SCR反応が進行し,NOx濃度が速やかに減少し,極小値をとった後,定常状態に達した。触媒床温度は,NOx濃度が極小のときに最も上昇した。これはSCRの反応熱に加えてゼオライトへのNH3の吸着熱も発生したためと予想される。次にNH3の供給を停止すると,NOx濃度は一時的に減少し,その後増加して入りガス濃度に戻った。一方,触媒床温度は上昇することなく経時的に低下した。これより,NH3の供給/停止時の一時的なNOx濃度の減少は,触媒床温の増加だけでは説明できず,過渡的にNOxの吸着が進行した,もしくはSCR反応が促進されたためと考えられる。

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図8 (a)NH3供給/停止時のNOx濃度波形と触媒床温度変化,(b)NH3存在/非存在下でのNOパルス導入時のN2生成率。

反応条件は本文参照。

そこでNOxの吸着とSCR反応の促進の影響を切り分けるため,反応で生成したN2量を定量する以下の試験を実施した。先ず気相にNH3が存在する条件下でパルス状のNOをFe/MFIに導入し,この時生成したN2量を測定した。次にNH3の供給を停止し,気相にNH3が存在しない条件下でNOパルスを導入して生成N2量を測定した(図8b)。定常の供給ガスは10% O2/Heであり,反応温度は150°Cとした。その結果,気相NH3存在下よりもNH3非存在下の一回目パルス時の方が,生成N2量が多かった。すなわち,図8aのNH3停止直後にNOx濃度が減少した理由は,NOxの吸着ではなく,SCR反応が促進されたためであることがわかった。

以上の結果から,気相中に存在するNH3は吸着NH3とNOで進行するStandard SCR反応を阻害するため,NH3停止時にNOx浄化率が過渡的に向上することが明らかになった。

4.3 定常状態での反応速度解析118)

気相NH3によるSCR反応の阻害をより定量的に理解するため,Fe/MFIを用いてNO, NH3およびO2の入りガス濃度を変化させた時の,定常状態での反応速度を測定した。図9aは,200, 250および300°Cにおける,SCR反応速度の反応ガス濃度依存性である。両対数プロットの傾きが見かけの反応次数に相当し,NOは0.81〜0.88次,O2 は0.29〜0.34次,NH3では−0.11〜−0.21次となった。NH3の次数が負であることから,NH3は反応を阻害することがわかった。

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図9 (a)Standard SCR反応速度と反応ガス濃度の両対数プロット,(b)実験値と計算結果との相関性。

計算モデルは表1を参照。

次に,SCR反応の律速段階を吸着NOとO原子からNO2が生成する過程であると想定し,Langmuir-Hinshelwoodタイプの反応式で測定データを最小二乗フィットした。実験値と計算値の関係を図9bに示す。両者は直線的な相関関係を示し,NO2生成過程を律速段階とした本モデルの妥当性を確認した。見積られた各反応の速度パラメータを表1に示す。NH3の吸着平衡定数(K2)はNOの吸着平衡定数(K1)よりも大きいことから,NH3の吸着はNOの吸着よりも強いことが示唆された。これは,Standard SCR反応条件下ではNH3が主な吸着種であるというFT-IRの結果15,16)とも良く一致する。また,この強いNH3吸着が,律速段階であるNO酸化過程を阻害しているといえる。律速段階の速度定数k1は温度とともに増加し,温度変化から見積もられた活性化エネルギーは68 kJ/molであった。

表1 Langmuir-Hinshelwoodモデルで最小二乗フィットしたStandard SCR反応速度式の各種速度パラメータ
Temp.k1a [µmol g−1 s−1]K1b [atm−1]K2c [atm−1]K3d [atm−1]
200°C381062383.2
250°C217331455.7
300°C79915447.4
aNOad+OadNO2adbNO+NOadcNH3+NH3addO2+22Oadrst=k1K1PNOK3PO2(1+K1PNO+K2PNH3)(1+K3PO2)

4.4 SCR反応機構19)

図10aは,Fe/MFI触媒の温度およびNO2/NOx比率をパラメータとしたときのNOx転化率である。入りガスのNOx濃度は380 ppm, NH3/NOx比は1.05 に固定している。NO2/NOx比として0%がStandard SCR, 50%がFast SCR, 100%がNO2-SCRに相当する。低温域での活性を比較すると,活性序列はFast SCR>NO2-SCR>Standard SCRであった。一方,高温域ではNO2-SCR条件でのNOx転化率が80%程度で頭打ちになっている。その理由は,入りガスのNH3/NOx比が1.05であるのに対し,消費するNH3とNOxの比率は4/3(≒1.33)であるためである(式3b参照)。すなわち還元剤であるNH3がすべて消費され,残存したNOxが浄化されないためである。図10bは副生成したN2O濃度である。N2Oは主にNO2-SCR条件で生成し,250°C付近で最大となった。

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図10 温度およびNO2/NOx比率を変えた条件で反応を行った場合の(a)NOx浄化率,および(b)N2O 生成量。

触媒:750°Cで耐熱処理したFe/MFI, NOx濃度:380 ppm,NH3/NOx:1.05,空間速度:3.1×105 h−1

Standard SCR反応の律速段階は,前述したようにNOからNO2への酸化過程である。また,NOの酸化活性はイオン交換Fe量と相関することから,イオン交換Fe上でNOの酸化反応が進行すると推定されている12)。Fast SCR反応は,イオン交換Fe上でのNO3種のNOによるNO2への還元過程が律速段階であることが明らかになっている18,20)。一方,NO2-SCR条件ではNO2とNH3から硝酸アンモニウムが生成し,200〜300°Cではその分解によりN2Oが生成する。N2Oは最大で50%の生成選択率を示す(式3b参照)。より高温(>250°C)になると,N2Oの分解やNH3による還元反応が進行し,N2への選択性が向上する(図10b21)。また,より低温域(<180°C)では硝酸アンモニウムの触媒上への堆積や触媒からの放出が起こることがわかっている22)。したがって反応機構は図11のように推定される。図中には,各SCR反応の律速段階,および活性が発現する温度域も示した。

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図11 推定されているStandard SCR, Fast SCRおよびNO2-SCRの反応機構19)

5. おわりに

自動車からの排ガスに対する規制は,ディーゼルエンジンに限らず,今後増々厳しい基準となることが予想されている4)。触媒に要求される条件(活性温度域,耐久条件など)は,エンジン仕様や触媒の搭載位置を含む触媒システム構成,およびその制御方法で変化するため,最適な触媒種も異なると考えられる。今回解説したFe/ゼオライトは尿素/NH3-SCRにおいて有望な触媒の一つではあるが,その他にもCu/ゼオライト23–26)や非ゼオライト系の触媒27–29)など様々な材料が提案されている。特に最近では,CHA型ゼオライト(SSZ-13やSAPO-34など)にCuをイオン交換担持した触媒が高い初期活性と耐熱性を有することが報告されている23–25)。このように,今後もゼオライトが排ガス浄化触媒の開発へ果たす役割は大きいと予想され,課題を解決する新規なゼオライトの創出と基礎物性の理解に期待している。また,著者らもこれらの技術を活かして自動車排ガスのさらなるクリーン化を実現することで,社会に貢献できればと考えている。

謝辞Acknowledgments

本研究に関わった(株)豊田中央研究所の関係者に感謝いたします。

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