FE-SEM を利用したナノ多孔体の細孔構造観察の進展Recent progress on the FE-SEM technology for the characterization of nanoporous materials
独立行政法人産業技術総合研究所環境化学技術研究部門National Institute of Advanced Industrial Science and Technology (AIST) ◇ 〒305-8565 茨城県つくば市東1-1-1 中央第5-2
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電界放出走査電子顕微鏡(FE-SEM)は,近年の低加速電圧領域の性能の飛躍的向上により,ナノメートルオーダーの細孔構造を直接観察する手段として注目されている。電子顕微鏡による細孔構造の直接観察には透過型電子顕微鏡(TEM)が用いられるのが一般的である。TEM観察においては,通常100 kV以上の高電圧で加速した電子を試料に照射するため,得られる情報は試料厚み方向についての積算情報となる。また,試料の形態によってはFIB法やイオンシニングなどの前処理が必要となることも多い。一方,FE-SEMは分解能の点ではTEMに劣るものの,試料作製が比較的容易であること,加速電圧をある程度低く設定することにより試料の最表面構造情報のみを抽出することが可能であること,広い視野の観察が可能であることなどの利点がある。また,ブロードイオンビーム(BIB)法などを用いて試料を加工することにより,多孔体内部の構造を観察することも可能である。本稿では,FESEMの新しい機能や観察技術等を紹介し,それらを用いたメソポーラスシリカの構造観察例を通じて,ナノ多孔体の直接構造観察のツールとしてのFE-SEMの可能性について論じる。
Recent progress on scanning electron microscope (SEM) technology has enabled us to observe the porous structure of nanoporous materials in a nanometer scale. The most commonly used method for the direct structural observation of nanoporous materials employs a high-resolution transmission electron microscopy (TEM). However, the TEM images correspond to the projected structures of the specimen because the electrons are accelerated at a high voltage of generally more than 100 kV. In addition, certain pre-treatment processes that may damage the structure of the specimen, such as the use of a focused ion beam (FIB), or ion thinning with Ar ions, are necessary prior to the TEM observation. In contrast, an SEM has advantages over a TEM in terms of ease of sample preparation and the observation of top-surface images with a lower electron acceleration voltage. We can also expect to use SEM to investigate internal porous structures with a cross-section fabrication technique. Very recently, we proposed an HR-SEM observation technique of internal mesostructure in mesoporous silica in combination with a broad ion beam (BIB) method. This paper reports recent results for the direct imaging of the surface and internal structure of mesoporous silica materials using a low acceleration voltage FE-SEM and recently developed techniques.
キーワード:電界放出走査電子顕微鏡(FE-SEM);低加速電圧;ナノ多孔体;ブロードイオンビーム法
Key words: FE-SEM; low acceleration voltage; nanoporous materials; broad ion beam method
© 2011 ゼオライト学会© 2011 Japan Association of Zeolite
ナノ多孔体の細孔構造直接観察は透過電子顕微鏡(TEM)により行われることが多いが,最近では電界放出走査電子顕微鏡(FE-SEM)の低加速電圧領域の性能が飛躍的に向上したことから,試料表面のナノ構造を直接観察する手段として注目されている1–5)。ナノ多孔体の多くは密度の小さい絶縁体で構成されるため,試料内部での入射電子散乱による像分解能やコントラストの低下,チャージアップやダメージによる像障害,またそれらの障害を低減する目的で行う試料表面への金属コーティングによるナノ構造の消失やアーティファクト(試料に元々存在する構造ではなく,観測上何らかの理由で生じた人為構造)の生成などが懸念されることから,この分野でのSEMの利用はあまり活発ではなかった。しかし,最近のFE-SEMはこうした課題を克服しつつある上に,低加速電圧において反射電子情報取得を可能にするエネルギーフィルタの採用やブロードイオンビーム(BIB)を用いた試料断面加工法などの新たな技術が加わり,比較的前処理の簡単なナノ多孔体評価ツールとしてその活用が期待されている。
本稿では,FE-SEMの新しい機能や観察技術原理とそれらを用いたメソポーラスシリカの構造観察例(表面構造観察,BIBによる断面加工と内部構造観察,および低加速反射電子像によるPt導入メソポーラスシリカの観察)を紹介する。なお,本稿に掲載したSEM像は日立ハイテクノロジーズ社製FE-SEM(主としてS-4800, 一部SU8000)により観察したものである。
ゼオライトのマイクロ孔など1ナノメートル以下の細孔構造観察はTEMに譲るとして,それより大きな対象に対してはFE-SEM観察の利点は少なくない。TEM観察は一般に100 kV以上の高い電圧で加速した電子を試料に照射して行うため,得られる情報は試料の厚さ方向の積算情報で,その主なものは透過波(電子)による透過像(散乱コントラスト像)や透過波と回折波による干渉像(位相コントラスト像)である。したがって,結像に適した厚さの試料を選ぶか,集束イオンビーム(FIB)法やイオンシニング法などの前処理によって試料厚さを最適化する必要がある。一方SEM観察では試料表面に直接電子ビームを照射しそこで発生した二次電子や反射電子(後方散乱電子)を検出して像形成を行うため,基本的に前処理は不要である。つまり試料本来の,特に表面近傍のナノ構造をそのまま迅速に観察できることがSEMの利点である。この利点を最大限に活かすには,装置や観察技術に関していくつかの考慮すべき事柄がある。
SEMでは一般に加速電圧を高くすれば細い電子ビームが得られ,高い分解能が期待できる。一方,シリカなど密度の小さい試料では図16)に示すように試料内部での電子散乱が大きくなり,情報源が大きくなるとともに深さ方向の情報が混入し十分な分解能やコントラストが得られないことがある。反面,低加速電圧にすれば電子散乱の影響は低減できるが,レンズ収差の増大により細い電子ビームを得ることが困難になる。このディレンマを克服したのが低加速性能を向上させたFE-SEMで,その技術的なポイントは放出電子のエネルギー幅が小さい(<0.2 eV)冷陰極形電界放出電子銃,短焦点距離化を図ったインレンズまたはセミインレンズ方式対物レンズ,さらに試料直前で入射電子を減速させるリターディング機構(詳細は後述)などの採用によるレンズ収差の低減であり,これらによって現在市販されているFE-SEMでは加速電圧1 kVにおいて1ナノメートルに迫る分解能(公称分解能およびその定義は各電子顕微鏡メーカーにより異なる)が達成されている。
絶縁体試料を観察する場合には,チャージアップが深刻な問題となることが多い。チャージアップを防止する目的で一般に行われている金属コーティング法(Pt, Pt-Pdなど)は,コーティング膜によって本来のナノ構造が損なわれる可能性があるためナノ多孔体の観察には適していない。よって,観察条件や像取得方法によって極力チャージアップを低減することが重要となる。図2は二次電子放出比(δ)の入射電子エネルギー依存性と絶縁体表面におけるチャージアップ現象を示したものである。試料への電子線照射と試料からの二次電子放出のバランスにより試料表面の帯電状態が変化するが,試料表面のチャージ(帯電電荷)が二次電子によって持ち去られて二次電子放出比δがδ≒1となるような入射電子エネルギー(試料によって異なるが一般に0.5〜1.5 kV)で観察することにより,チャージアップを回避することが可能である。しかし,δは試料の材質や電子の入射角度に大きく依存することから,多様な材質の組み合わせや形状を持つ実際の絶縁体試料ではチャージアップを完全に回避することが困難な場合がある。そこで,スキャン方法を工夫することによりチャージアップの低減を図ることも重要となってくる。SEM像を取得する手法としては,一般的にはスロースキャン方式と積算方式がある。スロースキャン方式は1 画素当たりのビーム滞在時間が長く,S/Nの良い画像を取得することができる反面,チャージアップが起こりやすくなる。一方,積算方式は,1画素当たりのビーム滞在時間は短く,スロースキャンと比較してチャージアップは起こりにくいが,高分解能観察においては積算途中での試料のドリフトの影響を受けやすくなるという欠点がある。そこで,最近ではこれら二つのスキャン方式を組み合わせ,走査ラインごとに積算を行うライン積算方式が多くのFE-SEMで採用されており,次節以降に示すSEM像もすべてこの方式で観察したものである。
ナノ多孔質材料に対して低加速電圧観察が効果的であることは前項で述べたが,低加速電圧領域でレンズ収差を低減するためのひとつの手段としてリターディング機構(呼称は各メーカーにより異なる)が開発され,特にセミインレンズFE-SEMへの搭載が進んでいる。本節では,メソポーラスシリカSBA-15の細孔構造観察を通じて,リターディング法の優位性を示すこととする。セミイレンズSEMは,インレンズSEMと比較して分解能の点では若干劣るものの,リターディング機構により低加速電圧での観察ではほぼ同等の分解能を実現することが可能となっている。リターディング機構は図3に示すように試料に負電圧(リターディング電圧)Vrを印加し,ある加速電圧Vacc で加速された電子を試料に到達する直前に減速させ,所望のエネルギーVi(Vi=Vacc−Vr)の照射電子ビームを得るものである。したがってレンズを通過する際の電子のエネルギーは試料に入射するときのそれよりも大きいためレンズ収差が小さく,リターディングを行わないときに比べて細い電子ビームが得られる7,8)。図4はメソポーラスシリカSBA-15粒子の観察例で,粉体の割断面を加速電圧0.5 kVでリターディング無/有の条件で同一視野で比較したものである。リターディング有(b)の条件で観察した像はリターディング無(a)で観察したものに比べて分解能とコントラストの顕著な向上が認められ,粒子割断面におけるヘキサゴナル細孔配列が鮮明に観察されている。またSBA-15のc軸に垂直な表面では,メソ孔がループ上につながった構造(U字型細孔)が存在することが知られている2)が,図5の観察例からエージングによりループ構造が変化していることが明瞭に把握できる。エージング無の粒子の表面像(a)ではほとんどの細孔がループ上につながっているが,130°Cでエージングしたもの(b)ではループ状の細孔が開きオープンポアが形成されていることがわかる。エージング無のSBA-15は,焼成後であっても電子線照射に対して非常に弱く,加速電圧を高くすると観察中に構造が壊れてしまうため,高分解能と低ダメージを両立することができるリターディング機構を用いた観察の有用性が最もよく現れる試料である。
ナノ多孔体の評価において,表面に加えて内部構造の観察が可能となれば試料の情報量は大幅に増大する。試料の内部構造を観察するにはできるだけ平坦な断面を得る必要がある。主な断面剖出法として次の3つが挙げられる。
これらの中で③BIB法をナノ多孔体の構造観察へ応用した例はまだ少ないが,数100 µmにわたる広い領域で平滑な断面が得られるため今後の利用拡大が期待される。ここではBIB装置の原理およびメソポーラスシリカ粒子の内部構造観察への応用例4)を紹介する。
BIB 加工装置は図6に示すように,試料を樹脂などで包埋したのち加工目的部位以外をマスクで覆い,ブロードArイオンビームを照射して平坦な断面を形成するものである。なお,加工断面は垂直面に対してθcだけわずかに傾くが,通常θc<5 度である。イオンビーム径は約400 µm, 試料は加工中に加工断面と平行に±25°スイング動作をする。
この方法で平滑な断面を得るためのポイントは,マスクと試料の密着を良くすること,マスクからの試料の突出距離を50 µm程度とすることである。このため試料はシリコンウェーハなどで挟み込んで樹脂包埋し加工面はあらかじめサンドペーパーなどで研磨してからBIB加工を行うのが一般的である。またナノ多孔体観察において包埋用樹脂は観察中のアウトガスや電子ビームダメージがなくチャージアップの少ないものが望ましく,熱硬化性樹脂,導電性高分子,シアノアクリル樹脂などが用いられる。
図7にメソポーラスシリカSBA-15粒子の内部構造を観察する目的で,割断により剖出した断面とBIB加工断面を比較観察した例を示す。前者ではメソポーラスシリカ本来の細孔構造に割断の際に生じた凹凸によるコントラストが重畳されているが,後者ではそうしたアーティファクトは観察されず細孔配列を明瞭に把握できる。また,図8は二つの一次粒子の粒界部分の観察例であるが,細孔の規則的配列が粒子をまたがって連続している場合もあるものの,多くは細孔の不整合により大きなメソポアが形成されていることがわかる。
以上より,ここで述べてきたBIB加工による断面形成は,粒子内における欠陥や粒界における細孔接続性のキャラクタリゼーションに有効であることを示している。
SEMの二次電子像(SE像)は主として試料の凹凸によるコントラストを与えるが,反射電子像(BSE像)は組成コントラストを可視化できるため,金属ナノ粒子を担持したナノ多孔体におけるナノ粒子の分散状態などを観察するための手段として期待できる。
密度の小さいナノ多孔体の構造と金属粒子の分布状態を同時に観察するには,第2節で述べたように試料内部での電子散乱を最小にするため低加速電圧で観察を行う必要がある。しかし一般的な反射電子検出器はその構造的な制約から低加速領域で感度が低下するため,従来は高加速電圧(3〜25 kV)観察に頼らざるを得なかった。最近のインレンズまたはセミインレンズを備えたFE-SEMでは図9に示すように試料と検出器の間にエネルギーフィルタを備え,二次電子検出を抑制して反射電子情報を得る機構が搭載されているものがあり,低加速電圧領域(<3 kV)で高感度の反射電子像が容易に得られるようになった。
図9において,低加速電子ビームが試料を照射すると表面で発生した二次電子は対物レンズ磁場内を小さな半径で回転しながら上昇するが(図中回転の記述は省略),反射電子は保有エネルギーが高いため比較的大きな回転半径で磁場内を進む。この反射電子軌道上に制御電極を配置して衝突させるとそこで反射電子情報を持った二次電子が放出される。制御電極が正電位のときは反射電子由来の二次電子は引き戻されて検出されず,試料表面で発生した二次電子が検出器に到達し二次電子情報が得られる。一方,制御電極を負にすると試料表面で発生した二次電子は追い返されて検出器に到達できず,制御電極で発生した反射電子由来の二次電子が二次電子検出器に到達し低加速反射電子像が得られる。
図10(a)は加速電圧1.2 kVで取得したPt導入メソポーラスシリカSBA-15表面の反射電子像で,ポア中に散在する直径数nmのPt粒子(白く光っている粒子)の分散状態が良く観察されている。この像からはSBA-15表面に白金粒子が多く付着している様に見えるが,加速電圧を0.6 kVまで下げると(b)の像のようにPt粒子はほとんど見られなくなる。電子ビーム散乱径から白金粒子は最表面ではなくある程度(10 nm程度)内部に存在するものと推測され,加速電圧が大きくなるとより内部の情報をもった反射電子が検出器まで到達するようになったと考えられる。(c)および(d)は同じ試料のBIB加工による断面像で,粒子内部におけるメソポアの配列とPtの分散状態が明瞭に把握できる。SBA-15のシリンダー細孔方向に平行の断面(c)では,Ptナノ粒子がいくつかのメソ細孔に集中し,すぐ隣の細孔にはPt粒子が存在しない場合があることが観察されている。また,SBA-15のシリンダー細孔方向に対して垂直の断面(d)において,Ptナノ粒子はSBA-15粒子の中心付近に多く存在する様子も観察された。通常,反射電子法ではこのような高分解観察は困難であるとされてきたが,加速電圧を1 kV 程度に抑えることにより,SBA-15の細孔構造と白金ナノ粒子を同時に観察することが可能となった。
最近のFE-SEMの新機能や観察技術原理とそれらを用いたメソポーラスシリカの構造観察例を紹介した。ナノ多孔体の細孔構造直接観察における低加速電圧FE-SEMの有用性を示してきたが,もちろんメソポーラスシリカ以外にも幅広い材料に対して適用可能である。最表面構造観察を低損傷・高分解能で迅速に行うことがFE-SEMの得意とするところであり,試料の種類,形状,観察目的などにあわせてTEMや他のキャラクタリゼーション手法と使い分けるあるいは組み合わせることが重要である。FE-SEMのこの分野における益々の利用拡大を期待したい。
本稿をまとめるにあたり,多大なるご協力をいただいた日立ハイテクノロジーズ社グローバルアプリケーションセンタの皆様,(独)産業技術総合研究所・環境化学技術研究部門の山田満彦博士,井川信彰博士(現・旭硝子(株)所属) に感謝申し上げます。
1) H. Miyata and K. Kuroda, Adv. Mater., 11, 857 (1999).
2) S. Che, K. Lund, T. Tatsumi, S. Iijima, S. H. Joo, R. Ryoo O. Terasaki, Angew. Chem. Int. Ed., 42, 2182 (2003).
3) H. Tüysüz, C. W. Lehmann, H. Bongard, B. Tesche, R. Schmidt and F. Schüth, J. Am. Chem. Soc., 130, 11510 (2008).
4) A. Endo, M. Yamada, S. Kataoka, T. Sano, Y. Inagi and A. Miyaki, Colloids Surf. A, Physicochem. Eng. Aspects, 357, 11 (2010).
5) N. Ikawa, M. Yamada, A. Miyaki, and A. Endo, Chem. Commun., 46, 4342 (2010).
6) D. C. Joy, An introduction to Monte Carlo simulations, Inst. Phys. Conf. Ser. No. 93, Volume 1, 23 (1988).
7) M. Lenc and I. Müllerová, Ultramicroscopy 45, 159 (1992).
8) I. Müllerová, SCANNING, 23, 379 (2001).
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