アンモニア昇温脱離研究の流れ
1 鳥取大名誉教授
2 愛知工業大客員教授
3 名古屋産業科学研究所上席研究員
© 2011 ゼオライト学会© 2011 Japan Association of Zeolite
里川編集委員長からゼオライト研究のことについて,若い人の参考になるようなことを書くようにということでしたので,思いつくまま書いてみたいと思います。これまでもたくさん発表してきましたが,私のゼオライト触媒に関する研究は大別して二つあり,一つはシリカの化学蒸着による細孔入口径精密制御,もう一つはアンモニアの昇温脱離法によるゼオライト酸性質の測定,この二つです。昨年発刊した我々の著作1)では,これに金属担持機能を加え,ゼオライトの三つの重要な触媒機能と位置付けています。ゼオライト誌には,これまですでにこれらに関するいくつもの解説を書いておりますので,その内容についてはそれらをご参考いただくこととし,ここでは,その中でも最近もっとも詳しく研究したアンモニアのTPD測定とゼオライトの酸性質に関する研究のこれまでの流れを振り返り,研究のあるべき姿,失敗談,また展望など,書き残しておこうと思います。
もともとこの研究は,私が率先して始めたのではなく,名古屋大学の村上研究室において,服部忠先生,伊藤浩文博士がメタノールの転化反応を研究する過程で酸性質の測定を手掛けたのが始まりです。実験の一部はフィリピンからの留学生Dr. CarmelaHidalgoが担当し,私は最後のまとめるところを担当しました。この酸性質測定の論文2)は,私のすべての論文中Citationの最も高いものとなっています。中身については一部正しくないところがありますが,Y, ZSM-5, それにモルデナイトと代表的なゼオライトのTPDがでていますので,便利がよいらしく,よく引用されています。
ところがその後,触媒学会の参照触媒委員会がゼオライト酸性質のためのアンモニアTPD測定の標準化というプロジェクトを立ち上げ,私がそのまとめ役として指名されました。これが最も重要なきっかけとなり,長い間このテーマに取り組むことになりました。
ご存じだと思いますが,参照触媒というのは大変にユニークな取り組みで,日本の触媒学会が世界に誇るものの一つです。もともとは試料を配布しているだけでもいいのですが,ときどき基本的なテーマで共同研究を行い,おもに若い人を中心にして,大学・会社の別なく,広く実験結果や意見をあつめ,研究レベルの向上に一役買ってきました。このアンモニアTPD酸性質測定も面白いテーマで,大勢の人が協力してくれました。
もともとの目的は酸量と酸強度の測定で,10グループぐらいの研究室がこれを行い,私に報告してきました。脱離アンモニアの面積から酸量を,脱離温度から酸強度を測定しようということでやりました。報告された値をみてすぐに気付いたのは,脱離温度の測定値に非常に大きなばらつきがあることでした。温度の測定に100°C以上の誤差が出るわけがありませんので,よく見ましたところ,これはW(サンプル量)/F(流速)に依存することがわかりました。参照触媒の研究では,詳しい実験条件を設定していませんでしたので,各自が自分流で測定したため,自然にW/Fに大きな差がうまれ,これが理由で温度の違いが明白となりました。図1からわかりますが,W/Fは1000倍もの差がありますが,もしも一つの研究室でこれを追求しようとしますと,せいぜい10倍程度の差しかつけられないかもしれません。その場合温度のずれが明確となったのかどうか疑問で,誤差で片づけられたかもしれません。そういう点からすると,この共同研究というやり方は優れた方法だといってもよいでしょう。
また同時に低温の脱離ピークが酸性質を直接示すものでないこともわかりました。これもW/F依存性からわかることですが,ある会社の方が,夕方実験をはじめ午後5時なったので実験を中断し,翌日朝午前9時なって昇温を開始したところ,低温のl-peakがなくなってしまったという発見をされたことが大きなヒントとなっています。
上の内容は,私が代表となって第二回ゼオライト研究発表会(京都)で発表しました。この発表は大勢の人の注目を集め,議論が非常に活発に行われたため,たまたま最後の発表であとがいないという理由で,持ち時間の倍ぐらいの発表をしました。こういう厳しい議論というのは,人を非常にやる気にさせるもので,今から思ってもありがたかったと思います。脱離温度が条件で変わるというのはわかったのだが,それじゃどうするのだ,という質問が当然出ます。酸量が変われば,これに伴い温度も変わることになるので,どうやったら酸強度がわかるのか,という質問もまた当然のもので,困ったというのが率直なところです。ある人からエントロピーのことを聞かれましたが,当時はそこまでわからなかった。しかし実はこれが非常に重要な物理化学的コメントで,ちょっと聞いただけでここまでわかるというのは,本当に偉い人です。
これに関する論文は岩本先生,瀬川先生と共著で出すこととなりました。これがBulletinに出ている珍しい共著の論文3)ですが,実は最初はJ. Catal.に投稿し,落ちたのです。アンモニアのTPDに関する論文は,アメリカに敵(かたき)のような先生がおり,なんでも全部落としてしまうので通るわけがなかった。ただしその頃,雨宮先生がたまたま名古屋に来られて,「私が通してもよいと言ったのに」と言われたのを聞いています。意見にばらつきがあったのですが,一度だめだったからといってがっかりしていては体がいくつあっても足りません。
この段階というのは,問題点がわかっただけで結論には至らないという中途半端な状態です。その中で,一つ興味深いエピソードがあります。これは,1988年のCalgaryで開催された第9回国際触媒会議での発表4)です。この時私は脱アルミモルデナイトによるメタノール転化反応のポスターを発表しました。適当に脱アルミすると触媒の長寿命化が可能となるというものです。そのときTPDも測定されており,脱アルミによって酸量が減少するとともに,酸強度も低下すると結論した。TPDの脱離温度は脱アルミによって徐々に低温にシフトするので,これをもって酸強度が低下したと述べたわけです。ところが発表を見に来た日系のアメリカ人女性が,英語ですが,この結論は間違いだという。脱アルミすると組成がシリカリッチになるのだから,酸強度は強くなるに決まっているというわけです。背景に酸強度はシリカアルミナ比に依存するという当時の常識があったのですが,この質問にもこまってしまった。これに関する正確な理解は,そのあとしばらく経ってようやくわかりました。強くなるというのも弱くなるというのも両方とも間違い,正しくは,酸強度は変わらないのです。しかし,こういう質問を受けて立ち往生というのもその後の進歩の大きな糧になることであり,甘んじて受けるべきでしょう。
上のようなことをいつまでやっていても全く進歩がありませんが,これはアンモニア吸着平衡の理論式提出,および式の微分による新しい方法の提案によってようやく克服されました。この段階では,澤正彦博士の貢献がまことに大きい。提出した理論式に関する研究は簡単に認められ,Zeolite誌5)に出ました。実験的にはアンモニア吸着熱測定との照合によりその有用性も確かめられました。この重要なBreak-throughは数学によってなされたものです。とかく数学の苦手な人が多いというのが化学の世界の特徴ですが,そんなこと自慢にもならない。ときどき,数式にまじめに取り組むべきです(文章末のかこみに,そのときの微分の問題をつけました)。
しばらくして転勤となり,鳥取大に移りましたが,そこでこの理論式の最も重要な内容であるエントロピー変化の一定という原則がきちんと理解されました。このころから現在の鳥取大・片田教授との共同研究ですが,私も講義で熱力学を担当することになり,少しは熱力学に慣れを感じるようになりました。また,片田先生は数学的な考察が得意で,今のような研究方法になっていきました。これらのことは1995年6)と97年7)のJ. Phys. Chem.に掲載されています。どういうわけだかこのときだけは,論文が落ちなかった。例の敵のような先生が,この分野を見限ったらしい。
1996年の第12回ゼオライト研究発表会では,これらの顛末を特別講演で話しました。私には,一応完成したとの自負がありました。座長は難波先生で,何か面白い副題をつけたらいいといわれるので,つけたタイトルが,「間違いだらけのアンモニアTPD」というもので,これは受けました。何が一番いいたかったかというと,酸強度を温度で代用するというのは間違いというものです。これを口が酸っぱくなるほど言ってきましたが,いまだに,よくわからない人がいるのではないでしょうか。
私の場合には,触媒の研究ということがもともとの研究目的にあり,ゼオライトについてもその触媒作用が研究の中心にあります。したがって,酸性質を測定すればよいというのではなく,その結果を触媒作用の理解につなげる,あるいはそれをネタにして新しい触媒の開発がおこなわれるかどうかが,ポイントでした。この研究姿勢が良いか悪いかは別にして,そういう生き方をしたいと常々おもってきた。アンモニアのTPDも同じで,酸性質測定の結果は,必ず触媒活性に関連づける努力をしてきた。これまでの説明でえられた結論を,そういう観点でながめてみると,うまくいくこともあったが,全くダメなこともあり,どうもこれでは役に立たないとおもうことがしばしばだった。
そういう中でまた新しい測定を試みたのがIRの同時測定,いわゆるIRMS-TPD測定です。はじめV/Ti酸化物触媒でやったあまりきれいでないデータを,みずから化学会で発表しました。またβゼオライトの結果は触媒討論会で,再度自分で発表しました。これは面白くなりそうだという感覚が,初めからありました。この研究では装置の手作りという段階が重要です。最近,お金持ちの研究室が多くなり,市販のきれいな装置がずらりと並んでいることがありますが,私の場合,こういうものとはあまり縁がありませんでした。自作の装置の良いところもありますので,皆さんにもぜひお勧めしたい。この実験装置の1号機の写真を図2に示しました。手前がMS,少し向こうにIRがあり,全体が真空ラインで作られています。MSの排気系が十分に作動していることが実験装置のポイントです。
IRMS-TPD測定は,最初,Brønsted酸あるいはLewis酸の識別が目的で始めたものでした。ところが,ゼオライトでやってみるとほとんどがBrønsted酸点で,その分布が中心となる研究が展開されました。このときはじめて,Moleculeのレベルで酸性質の研究が行われるようになったということができます。モルデナイト8),Yゼオライト,USYと続き,詳しいBrønsted酸点の解析が可能となりました。
以上のような展開がみとめられたのか,2006年に科学研究費基盤Aを頂きました。その時に投資したのが理論計算ソフトです。私は以前から,理論計算に興味がありました。とくにヨーロッパの学会では,スペクトルと計算が交互に出てくるような発表があり,その質の高さに感心してきました。そこで,その気になって試みたのですが,最初はソフトが動くかどうか心配でした。これがいつの間にか活発に動くようになるのですが,これはひとえに,鈴木克生博士の大活躍によるものです。また,その時には外国の研究者にグループに加わってもらいました。これが,Dr. German Sastreで,Valenciaのゼオライトの分野の大家,A. Corma先生の推薦によるものです。われわれが理論計算をするというと,信用しない人がいるとおもい,専門家に見てもらうことにしたのです。このGermanの協力も大きかった。そして,IRMS-TPDとDMol3の併用による酸性質に関する研究という,まことに興味深い研究方法が立ち上がりました9)。基本はアンモニアのTPD実験で,IRの併用によってBrønsted酸点の構造を確認しながら量と強度の測定が実行されます。このようにして得られた分子レベルでの測定について,理論計算による確認あるいは推測が行われます。全く異なる三方向からのアプローチで,非常に信頼性の高い情報が得られるはずです。これが現在行われている研究手法となります。
こうして振り返ってみますと,一つの研究に大変に大勢の人が関与し,協力してくれたことがよくわかります。中心にいた私は幸せな研究生活を送ったと言えそうです。この研究が今後どのように発展していくか,大いに楽しみなところがあります。今のところ,他の方からの報告はありませんが,近い将来,似た発表があるものと予想されます。もともとゼオライトに対象を限定しているものではありません。酸化物触媒への応用は直近の課題でしょう。まったく違う研究対象を他の方と共同研究すると面白いかもしれません。機器の進歩による高感度化,計算速度の高速化などが行われると,さらに高精度の研究が可能となるはずです。世間から評価が得られるかどうか,本当のところはこれからだと思います。
(この原稿は平成23年7月20日,東工大馬場研究室で行ったセミナーの内容をもとにし,再編集したものです。)
1) M. Niwa, N. Katada and K. Okumura, “Characterization and Design of Zeolite Catalysts”, Springer, 2010.
2) C. V. Hidalgo, H. Itoh, T. Hattori, M. Niwa and Y. Murakami, J. Catal., 85, 362 (1984).
3) M.Niwa, M. Iwamoto and K. Segawa, Bull. Chem. Soc. Jpn., 59, 3735 (1986).
4) M. Niwa, M. Sawa and Y. Murakami, Proc. 9th Intern. Congr. on Catalysis, 380 (1988).
5) M. Sawa, M. Niwa and Y. Murakami, Zeolites, 10, 307 (1990).
6) M.Niwa, N. Katada, M. Sawa and Y.Murakami, J. Phys. Chem., 99, 8812 (1995).
7) N. Katada, H. Igi, J. H. Kim and M. Niwa, J. Phys. Chem. B, 101, 5969 (1997).
8) M. Niwa, K. Suzuki, N. Katada, T. Kanougi and T. Atoguchi, J. Phys. Chem. B, 109, 18749 (2005).
9) K. Suzuki, G. Sastre, N. Katada and M. Niwa, Phys. Chem. Chem. Phys., 9, 5980 (2007).
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