日本ゼオライト学会 刊行物 Publication of Japan Zeolite Association

ISSN: 0918–7774
一般社団法人日本ゼオライト学会 Japan Zeolite Association
〒162-0801 東京都新宿区山吹町358-5 アカデミーセンター Japan Zeolite Association Academy Center, 358-5 Yamabuki-cho, Shinju-ku, Tokyo 162-0801, Japan
Zeolite 28(2): 65-71 (2011)
doi:10.20731/zeoraito.28.2.65

解説解説

アルミノフォスフェート型吸着材 AQSOA-FAMの水蒸気吸着性能と構造解析Water Adsorption and Structural Analysis of Alminophosphate type adsorbent AQSOA-FAM

株式会社三菱化学科学技術研究センターMitsubishi Chemical Group Science and Technology Research Center, INC. ◇ 〒227-8502 神奈川県横浜市青葉区鴨志田町1000番地

受理日:2010年4月7日Accepted: April 7, 2010
発行日:2011年6月10日Published: June 10, 2011
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低温廃熱などが利用できる吸着ヒートポンプ(AHP)用の吸着材,アルミノフォスフェート型のゼオライト,AQSOA-FAMを開発した。この吸着材は,狭い水蒸気の相対圧範囲で急激に吸着が生じ,その結果,有効な吸着量が多いという特徴をもつ。このような特徴的な吸着特性のメカニズムについてCHA型の鉄アルミノフォスフェート(FAPO)を用いて考察した。単結晶X 線構造解析およびXAFS測定の結果,水蒸気吸着に伴いAlとFeに水分子が配位することによって構造変化し,この水分子の配位によって,ゼオライトの空孔内壁が疎水性から親水性に変化し連鎖的に水分子が吸着されるためであることが示された。

Alminophosphate type novel adsorbent AQSOA-FAM for adsorption heat pump by use of low temperature waste heats has been developed. Its water vapor isotherm sharply rises in the small relative humidity range and its effective adsorption amount is very large. In order to reveal the mechanism of water vapor adsorption, CHA type iron aluminophosphate, AQSOA-FAM-Z03, has been analyzed as a model material. The single crystal X-ray structure analysis and x-ray absorption fine structure (XAFS) analysis were carried out. As a result, the water coordination to Al and Fe of AQSOA-FAM-Z03 were observed. This structure change brings about the water affinity change from hydrophobic to hydrophilic and water is adsorbed sequentially.

キーワード:吸着ヒートポンプ;水蒸気吸着;単結晶X線構造解析;XAFS

Key words: adsorption heat pump; water adsorption; single crystal X-ray structure analysis; XAFS

1. 緒言

近年,地球温暖化ガスの排出抑制や省エネルギーなどの環境問題が大きく注目を集めている。その観点から,低温の廃熱や太陽熱などの未利用熱源の利用のひとつの形態として,低温熱源を利用した吸着ヒートポンプ(Adsorption Heat Pump: AHP)が考えられている。吸着ヒートポンプの運転条件は図1に示したように作動相対圧力(ϕ1, ϕ2)で表すことができる。この作動相対圧力は,蒸発器の温度である冷水温度(Tl),通常,吸着過程における吸着材の温度であり,脱着過程における凝縮器の温度である環境温度(Tm),および再生時の温度である再生温度(Th)の3種類の温度条件から原理的に算出される。また,この運転条件における有効吸着量がAHPの大きさを決める重要な要素となる。ここで,低温熱源を利用しようとする場合を考える。吸着時の相対圧力(図1のϕ1)は冷水の温度が低くなるほど小さくなる。これに対して脱着時の相対圧力(図1のϕ2)は再生熱源が低温になるほど大きくなる。すなわち,より低温の熱源を利用してより低い冷熱を得ようとするほど,吸着と脱着の相対圧力の差は小さくなることがわかり,狭い相対圧力範囲において有効な吸着量が大きいものが望ましい吸着材となる。

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図1 吸着ヒートポンプの作動原理

このような観点から,低温熱源を利用する場合のコンパクトなAHPを実現するのに望ましい吸着材として,望まれているいくつかの水蒸気の操作相対圧範囲への適合性,さらに実用材料として非常に重要な安定性などの観点から検討を重ね,AQSOAFAM-Z01, AQSOA-FAM-Z02, AQSOA-FAM-Z05と名付けた3種のAlPO系ゼオライトを開発した1,2)図2にこれらの25°Cにおける水蒸気吸着等温線を示す。AQSOA-FAM-Z01とAQSOA-FAM-Z05はAFI型,AQSOA-FAM-Z02はCHA型である。この等温線からわかるように,それぞれの狭い相対圧の範囲で急激に吸着が生じていることがわかる。また,吸着等温線には温度依存性があり,これが低温廃熱利用のAHPでは非常に有効なこと,さらに実用的な観点から重要である耐久性についても20万回以上の吸脱着の繰り返しを行っても性能がほとんど変化しないことをすでに示している1,2)

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図2 AQSOA-FAMの水蒸気吸着等温線

我々は,実用化の観点から吸着材を直接熱交換器に固着したAQSOA固着熱交を開発した。熱交換器としては,コルゲートフィンやプレートフィンを用いることが一般的である。フィンとの熱伝導性や物質移動,単位空間あたりの性能を考慮し,フィンピッチ,塗膜の厚みの最適化を行った。このAQSOA-FAM固着熱交を用いたAHPは太陽熱利用の冷房装置など,国内外ですでに導入されている。AQSOA吸着ヒートポンプの一例を図3に示した。

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図3 AQSOA-FAM-Z01吸着ヒートポンプ

本解説では,AQSOA-FAM の上記に示した特徴的な水蒸気吸着性能の発現メカニズムについて考察を行った。

2. 実験

AQSOA-FAMは所定量のリン酸,擬ベーマイト,テンプレート等の水溶液を混合したのち,ステンレス製のオートクレーブにて水熱合成を行った。水熱合成後の試料にはテンプレート化合物が含まれているため,試料を焼成しテンプレート化合物を除去した。

粉末X線回折測定はPANalytical社のX' Pert Pro MPDにより実施し,昇温X線回折測定はAnton Parr社のTTK400アタッチメントを使用した。単結晶X線回折測定は(財)高輝度光科学研究センターのSPring-8 BL24B2(兵庫県ビームライン)にて,X線吸収分光(XAFS)測定は(財)高エネルギー加速器研究機構のフォトンファクトリーBL12cにて実施した。

3. 結果

3.1. AQSOA-FAM-Z02

図4にAQSOA-FAM-Z02 の水蒸気吸着状態と脱着状態での27Al-MAS-NMRの結果を示した。これから吸着状態では6配位のAl種が増加していることがわかる。図5に脱着状態において,5%から50%の水蒸気を導入した場合のXRDの変化を調べたXRD-DSCの結果を示した。これから水蒸気の吸着によってXRDの強度が低下し,またピーク位置が微妙に変化していることがわかる。なおこの変化は水蒸気の吸脱着で可逆的である。

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図4 AQSOA-FAM-Z02の27Al-MAS-NMR

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図5 AQSOA-FAM-Z02の45°Cにおいて相対湿度を5%から50%変化させた場合のXRD-DSC結果

これらの結果からAQSOA-FAMの特徴的な水蒸気吸脱着性能は構造変化が関与していると考えられるが,さらに詳細に調べるため,モデルとしてCHA型の鉄アルミノフォスフェート(FAPO)であるAQSOA-FAM-Z03を用いて種々の解析を行った3)

3.2. 粉末X線回折

FAM-Z03の25°Cにおける水蒸気吸着等温線を図6に示した。相対圧力P/Po=0.03付近で急激に立ち上がる等温線を示している。昇温X線回折測定装置を用いて水吸着状態と脱着状態のX線回折パターンを測定した。結果を図7に示す。室温が吸着状態,90°Cが脱着状態を示す。なお参考までに焼成前の回折パターンを図中に追加した。その結果,テンプレートが存在している焼成前のパターンと脱着状態のパターンが同じなのに対して,吸着状態と脱着状態で回折パターンが大きく変化していることがわかった。

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図6 AQSOA-FAM-Z03の水蒸気吸着等温線(25°C)

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図7 AQSOA-FAM-Z03の昇温X線回折パターン

3.3. 単結晶X線構造解析

そこで水吸着による構造変化の原因を明らかにするため焼成後の水吸着状態の単結晶X線構造解析を実施した。結晶学的データを表1に示した。脱着状態の単結晶構造解析が出来なかったため,脱着状態と焼成前(テンプレート除去前) の粉末X線回折パターンが同じであること(図7の焼成前,90°Cの粉末X線回折パターンを参照)から,脱着状態の結晶構造は焼成前の単結晶構造解析結果を代用した。

表1 単結晶構造解析結果の結晶学データ
焼成前焼成後
Formula weightAl0.7Fe0.3PO4C2N0.33Al0.7Fe0.3PO4·0.66H2O
Wavelength (Å)0.7173 (MoKα)0.8360
Crystal SystemRhombohedralTriclinic
Space GroupR-3P-1
a13.682(2)9.066(5)
b13.682(2)9.353(4)
c15.152(3)9.643(5)
α9094.99(2)
β90104.19(2)
γ12094.99(1)
Z36
R (>4σ)0.08190.1578

焼成前の結晶構造図を図8に示した(結晶構造中のテンプレート分子は省略)。Fe原子はAlサイトを置換しているためFeとAlは結晶学的に同じサイトを占有しているが,ここでは表記上分かりやすくするためAlとFeの構造を分けて示した(Alを含む結晶構造を左にFeは右側に示した。実際にこのように綺麗に分かれているわけではない。)。焼成前(焼成品の水蒸気脱着状態)の結晶構造は,4配位のAl(またはFe)とPが2配位の酸素原子を介して2つの12員環と6つの8員環からなる小さなケージによって単位格子を形成し,さらにその小さなケージ同士が16員環と新たな8員環を形成するように3次元方向に連なることで内部に空孔を有したゼオライト骨格が形成されている。12員環と16員環を形成する対角方向の酸素原子間(O-O)距離はそれぞれ5.49 Å, 6.30 Åであった。

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図8 AQSOA-FAM-Z03焼成前の結晶構造図

テンプレート分子は省略

水吸着状態の結晶構造図を図9に示した。小さなケージ(単位格子)に含まれる6つのAlのうち2つのAlに対して2分子の水が配位し6配位のAlサイトが2つ形成され,残りの4つのAlサイトには水分子は配位せず4配位のままであることが確認された。一方,Feサイトについては,小さなケージ(単位格子)に含まれる6 つのFeサイトのうち2つのFeサイトに2つの水分子,2つのFeサイトに1つの水分子が配位し,6配位と5配位のFeサイトが2つずつ形成され,残り2つのFeサイトには水分子が配位せず4配位のままであることが確認された。またAlとFeへの水分子が配位した後も小さなケージの中心に存在する対称心は維持されている。なお小さなケージ内にも水分子らしきものが確認されたが,Feサイトと結合する酸素原子との距離が1.612±0.001 Åと短かすぎる(原子同士が接触してしまうため) ため,これらの水分子はケージ内に取り込まれるが,Alサイトの近くにのみ存在し,またAlサイトとの距離が2.533±0.001 Åと離れているため,Alサイトには配位していないと考えられる。図9の小さなケージ内に取り込まれた水分子は2つ表示されているが両者の距離は1.453±0.001 Åでありまた占有率も0.301(最近接するAlサイトの占有率は0.794)であるため,両者は同時に占有せずどちらか片方のみがサイトを占有していると考えられる。なお鉄が置換されていないアルミノフォスフェート(AlPO-34)についてはTuelらによる類似の報告がある4)。また構造解析結果より計算される水分子量は0.10 g−H2O/gであり実際の吸着量0.29 g−H2O/gと比べるとかなり少ない。これはAlやFeに配位した水分子や小さなケージ内に取り込まれた水分子以外にも結晶構造中に取り込まれた水分子が存在していることを意味し,16員環で構成されたより大きな空孔内にも水分子が吸着されていることを示唆している。実際に大きな空孔内にも吸着された水分子らしき電子密度分布が確認されているが,分子が大きく乱れて存在しているためか占有サイトを特定できていない。

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図9 FAM-Z03(焼成後・吸着状態)の結晶構造図

焼成前(焼成品の水蒸気脱着状態の代用)と水蒸気吸着状態の結晶構造(図8図9) を比較するとAlおよびFeサイトへの水分子の配位によってケージの構造が大きく歪められていることが分かる。つまり水蒸気吸脱着に伴う構造変化はAlおよびFeサイトへの水分子の配位によって引き起こされていることが明らかとなった。また配位した水分子の水素原子が16員環で構成される空孔内を向くため水素結合によって空孔内が親水性に変化し,空孔内部に連鎖的に水分子が吸着されると推定される。

3.4. X線吸収分光(XAFS)測定

次に吸脱着状態のFe端のEXAFS測定を実施した。水蒸気吸着状態の測定は大気下で,脱着状態の測定は真空下で実施した。図10にEXAFSのフーリエ変換結果,表2にEXAFSのカーブフィッティング結果を示した。図10の横軸はFeと第一配位元素との距離(正確な距離は表2に示したカーブフィッティングの結果を参照),縦軸は第一配位元素の存在量を示す。これから脱着によって長距離側の強度が大きく低下していることがわかる。ゼオライト骨格内のFe–O 結合(共有結合)は約1.8~1.9 Åであるのに対して配位水とのFe–OH2結合(配位結合)は約1.9~2.0 Åであるため(Cambridge Structural Database を参照した),これはFeに配位した水分子の脱離を示していると考えられる。カーブフィッティングの結果も,平均原子間距離は吸脱着によって1.97 Åから1.93 Åへと変化している。さらにカーブフィッティングから算出された配位数についても吸着状態から脱着状態に変わることにより,5.0から4.0へと変化しておりこれは前述した単結晶構造解析の結果とも良く一致している。

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図10 Fe-EXAFSフーリエ変換結果

表2 Fe-EXAFSフーリエ変換のカーブフィッティング結果
試料原子間距離(Å)配位数デバイワラー因子
吸着状態(大気)1.975.00.065
脱着状態(真空)1.934.00.060

4. 結論

特徴的な水蒸気吸着特性を示すアルミノフォスフェートゼオライトであるAQSOA-FAM吸着材について,主にモデルとしてCHA型のFAPOを用いてその構造解析を行うことにより,水蒸気吸着特性の発現メカニズムについて考察した。その結果,ゼオライト骨格を構成するAlとFeに対して水分子が配位し,配位した水分子の水素原子が16員環で構成される空孔内を向く構造変化を引き起こし,そのため空孔内が親水性に変化し,空孔内部に連鎖的に水分子が吸着している可能性が示唆された。これがある特定の相対圧で吸着が急激に生じることと関係があると推定される。

今後,メカニズムについての理解をより深めることにより,低温廃熱,あるいは太陽熱など未利用低温熱源を利用した,空調,冷却プロセス用などに応用できる,大きな出力が可能なAHP 実現に向けて努力し,省エネ,CO2削減などのエネルギー問題解決へ寄与していきたい。

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