日本ゼオライト学会 刊行物 Publication of Japan Zeolite Association

ISSN: 0918–7774
一般社団法人日本ゼオライト学会 Japan Zeolite Association
〒162-0801 東京都新宿区山吹町358-5 アカデミーセンター Japan Zeolite Association Academy Center, 358-5 Yamabuki-cho, Shinju-ku, Tokyo 162-0801, Japan
Zeolite 28(1): 25-32 (2011)
doi:10.20731/zeoraito.28.1.25

トピックストピックス

新鉱物 千葉石(chibaite)について

1物質・材料研究機構量子ビームセンター ◇ 〒305-0044 茨城県つくば市並木1-1

2産業技術総合研究所コンパクト化学システム研究センター

受理日:2010年12月31日Accepted: December 31, 2010
発行日:2011年3月10日Published: March 10, 2011
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1. はじめに

今日ゼオライトといえば,さまざまな化学産業分野で多岐にわたって用いられている無機多孔体材料として扱われることが多い。特に高機能・高付加価値なゼオライトの合成・調製技術の研究開発は世界的にも活発に行われており,多様な組成と構造をもつ新規ゼオライトが生み出されている。一方,天然鉱物としてのゼオライトはアルミノシリケートに属し,アルカリ金属,アルカリ土類金属,遷移金属を骨格外原子として細孔内に含んでいる。天然ゼオライトには馴染みのある骨格構造を有するものが多く,そのFramework Type Code (FTC)名も鉱物名に由来している(例えばFAU (faujasite), MOR (mordenite), OFF (offretite)など)。しかし,未だ合成の報告がないゼオライトもあり(AFG, BCT,TSC 等),それらの合成研究は興味の的でもある。日本は火山国であるため世界有数の天然ゼオライト産出国でもあり,グリーンタフ地域に産出するゼオライトの量はそれこそ無尽蔵である。日本での産出が確認されているゼオライトグループの鉱物は40種類を超えるが,日本で最初に発見されたゼオライトは,1952年に論文に報告された湯河原沸石(Yugawaralite, YUG)だけであった1)。最近我々は,千葉県内から,炭化水素分子を内包した新規な天然ゼオライト(chibaite:千葉石)を発見した。本稿では,この新鉱物chibaiteについて,その発見の経緯からキャラクタリゼーション,結晶構造解析,および産状からの推察などにより,新たに得られた地質学的知見について紹介したい。

2. 千葉石とは

ChibaiteはMTN型トポロジーをもった天然高シリカゼオライトである。MTN型ゼオライトはシリカ包摂化合物(クラスラシル)の1つであり,その骨格構造は[512](内径約0.65 nm)および[51264](内径約0.78 nm)の2種類のケージから構成される。合成ゼオライトとしてはtetraethylammoniumを構造規定剤(SDA)に用いた高シリカ型ZSM-39がモービルにより報告されている2)。さらにtetramethylammoniumやpyridineをSDAに用いて合成されたものが,holdstiteやdodecalsil-3Cとして知られている3–5)。窓径が小さく骨格密度も高いため,ケージ内に閉じ込められた分子は焼成しても容易に脱離せず,熱分解した炭化物が細孔内に残留する。逆に言えば非常に耐熱性の高い骨格構造を有している。

図1に代表的な3種類のクラスラシルの骨格構造を図示する。[512]ケージはすべてのクラスラシルに共通であり,また,MTNとDOHは,[512]ケージから構成されたdodecasil layerを基本構造とした一種の結晶多形と見なせる4,6)。これらのうち,これまで天然での産出が確認されていたのはMEP型のmelanophlogiteだけであった。そして今回,MTN型のchibaiteに加えて,DOH型のクラスラシルも同時に発見された。このchibaiteは2009年に国際鉱物学連合(IMA)の新鉱物・命名・分類委員会(CNMNC)にて新鉱物として登録された(DOH型についても,現在新鉱物としての登録申請を準備中)。

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図1 MEP, MTN, DOHの骨格構造

これら3種類のクラスラシルは,天然に産する3種類のガスハイドレートと骨格トポロジーが同形である。すなわち,melanophlogiteはⅠ型ガスハイドレートと,chibaiteはⅡ型ガスハイドレートと,そしてDOH型クラスラシルはH型ガスハイドレートと同形である。このことがchibaite(とそれに付随するDOH型クラスラシル)の発見における重要なポイントであり,のちに述べる地質学的に興味深い考察へと繋がっていった。

3. 地質概要および産状

Chibaiteが見つかったのは,千葉県南房総市荒川に位置する,凝灰質砂岩や泥岩の採石場である(図2)。この付近には約1800万年前の海洋性堆積物からなる保田層群が分布しており,chibaiteはその堆積岩中の石英脈や方解石脈中に自形の結晶として産出する。保田層群は,プレートの沈み込みに伴って,海洋プレート上の堆積物やプレートの一部が陸側に付加された付加体(図3)の一部であると考えられている7)。付加体形成時には,水分や有機物に富んだ未固結の海底堆積物が地中深く運ばれ,それらが圧力と地熱によって脱水,熱分解することで,メタンに富んだ冷湧水となって断層面などを通して海底面に湧き出す。こうした現象は世界各地の沈み込み帯で確認されており,保田層群においても,同様の現象を示唆する堆積・変形構造が複数確認されている。先述の石英脈や方解石脈は,冷湧水が通り抜けたと思われる小断層などの亀裂に沿って観察される。また,メタンを栄養源とするシロウリガイなどの化石も見つかっており8),メタンなどの炭化水素分子が,chibaite生成の鍵となるSDAとしての役割を担ったと考えられる。

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図2 Chibaiteを産出した採石場の位置(×印)

行政区分は千葉県南房総市荒川。

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図3 付加体の概念図

海洋プレート上に厚く堆積した堆積物とプレートの一部が,プレートが沈み込む際にはぎ取られ,陸側のプレートに付加した部分を指す。

Chibaite発見のきっかけは10年以上前まで遡る。アマチュアの鉱物・化石蒐集家によって,不思議な形をした石英の白濁した“結晶”が堆積岩中の石英脈から発見されたのである9)。粉末X線回折の結果は紛れもない石英であったが,結晶外形は石英の結晶構造からは決して説明のつかない形であり,別の原鉱物の結晶が,形を留めたまま変質して石英になったもの(仮晶)と思われた。産状は,何の変哲もない砂岩や泥岩の中に走る,一見ごく普通の石英脈であり,天然の鉱物を見慣れた人でなければ,ただの石にしか見えないであろう。その後,結晶外形の面角測定により,六角厚板状の晶癖は,正八面体の結晶が{111}面で双晶になったものであることが判明する10)。元の鉱物もSiO2が主成分であった可能性が高く,有力候補として,cristobaliteやmelanophlogiteなどが浮上した。しかし,原鉱物が残っていないため,結局推測の域を出なかった。ここまでは,門馬と池田が本研究に関わる以前の話である。ところが偶然,未変質と思われる透明な結晶が見つかったことから,門馬の元に再分析の依頼が舞い込んだ。兎にも角にも新鉱物の発見に携わることができたことは,我々にとって何とも幸運であった。

Chibaiteの主な共生鉱物は,石英,方解石(calcite),オパール(opal-A)で,特にopal-Aとchibaiteは密接に共生する。さらに,chibaiteとの直接の共生は確認していないが,石英脈や方解石脈中には直径1 mm弱の黄鉄鉱(pyrite)やepistilbiteやclinoptiloliteの結晶も見つかっている。堆積岩のマトリックス中にも微細な黄鉄鉱が少量含まれており,脈中の黄鉄鉱はそれらが再結晶化したものであろう。先述のとおり,石英脈の中にはchibaiteが石英に変成したと思われる特異な組織を示すものが多く,未変質のchibaiteは多くはないが,方解石と共生する部分には比較的風化や変質を受けていないものが見つかっている。単結晶は主に{111}面と{100}面から構成される八面体を呈するが,そのような単結晶はむしろ希であり,多くは{111}面で双晶した六角厚板状の晶癖を示す(図4)。

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図4 千葉石の単結晶(a)と{111}双晶(b),およびそれらの理想的な結晶外形図(c, d)

クラスラシルの仮晶と思われる石英としては,八面体や六角厚板状の白濁した石英と共生して,立方体で半透明な石英も見つかった。この立方体結晶はmelanophlogiteの仮晶である可能性が高い。同様の外見をもった,melanophlogiteの仮結晶をなす石英は,他のmelanophlogite産地においても見つかっている11)。このことは,3種類のクラスラシルが,同一の環境下で同時に生成したことを示唆している。未変質のmelanophlogiteは未だ発見できていないが,今後の調査に期待している。

4. 化学組成と物理的・光学的性質

Chibaiteの分析手順は鉱物データの通常の記載過程とはやや異なり,最初にラマン分光分析から始めた。その理由は2つある。第一に,試料が微量しか無く,ラマン測定であれば,石英への変質の有無を非破壊で容易にチェックできること。そして第二に,melanophlogiteの可能性が疑われたからである。メタンを含む鉱物はmelanophlogiteの他には知られていなかったため,もしメタンに帰属されるラマンピークが観測できれば,ほぼ鉱物名が確定できると考えたのである。その予想は見事に当たり,透明な部分はメタンを含む鉱物であることが確認できた。ラマンピークの強度比やピーク位置がmelanophlogiteとは異なる点もあり,後で考えてみると,それこそがchibaiteとmelanophlogiteの違いを反映した特徴であるのだが,その時点ではmelanophlogiteであると誤って確信してしまった。

ラマン分光分析によるゲスト分子の同定結果を図5に示す。C–H伸縮振動領域からはメタンとエタンの存在が,C–C伸縮振動領域からはエタン,プロパン,イソブタンの存在が確認できる。C–H伸縮振動領域では,メタン,エタンどちらのピークも2つに分裂しており,これは[512]と[51264]の2種類のケージに分子が内包されていることに対応する。こうした特徴はⅡ型ハイドレートのラマンピークと類似している12)。2967 cm−1付近の未帰属のC–H伸縮振動ピークは,おそらくプロパンより分子量の大きな炭化水素のものであろう。天然のmelanophlogiteではメタンの他に,二酸化炭素,窒素,硫化水素などのゲスト分子も報告されているが,chibaiteではそれらのラマンピークは検出されなかった。

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図5 Chibaite のラマンピーク

(a) C–C 伸縮振動領域,(b) C–H伸縮振動領域。

EPMAにより分析したchibaiteの平均化学組成は,Na0.99(Si134.53Al1.63)O272であり,これらの成分で90〜92 wt%を占める。残りの8〜10 wt%はケージ中に含まれる炭化水素分子である。骨格構造の組成は,若干のアルミニウムが含まれる他は,ほぼSiO2組成であり,鉱物の分類としてはシリカ鉱物(Strunz class 4. DA)13)に分類される。DOH型クラスラシルは骨格密度がchibaiteよりやや低く,走査型電子顕微鏡による反射電子像ではchibaiteよりわずかに暗く写るため識別できた(図6)。

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図6 薄片の(a) 偏光顕微鏡写真(クロスニコル),および,(b) 走査型電子顕微鏡による反射電子像 Ch: chibaite, D: DOH型クラスラシル。

Chibaiteの硬度は,モース硬度にして6.5〜7で,melanophlogiteと同等であった。比重は,上記のEPMA分析結果を基に,重量の不足分を炭化水素と仮定して計算すると,2.03(1) g/cm3である。同一の結晶内でも,光学的に等方的な立方晶形の部分と,対称性が低下し,光学的異方性を示す部分とが混在する。立方晶の部分の屈折率は1.470(1)である。また,DOH型クラスラシルがchibaiteとエピタキシャルに共生する。こうした試料の特徴の故に,X線回折実験ではいろいろと苦労することになるのだが,それは後になって薄片を作成して初めて分かったことである。

5. 結晶構造

ラマン分光分析の次に行ったのが単結晶X線構造解析である。試料は多くはなかったが,結晶性の良い1 mm前後の結晶が数個分離できたことから,単結晶測定で容易に構造決定できると思われた。はじめに門馬らは,イメージングプレート(IP)を用いた振動写真を測定し,格子定数と結晶系がa=1.94 nmの立方晶(F-lattice),またはa=1.37 nm, c=1.94 nmの正方晶(I-lattice)と求まった。Melanophlogiteはa=1.34 nmの立方晶(P-lattice)であるから,melanophlogiteであると思い込んでいた門馬はこの結果にたいへん驚いた。と同時に,メタンを含むという事実と上記の格子定数から,新鉱物であると確信した。四軸自動回折計による測定で正方晶系であることが確定したが,同時に,一部の回折スポットの分裂が観測され,双晶であることが判明した。そこで再びIPでの測定に戻り,良質の結晶を探して多数の結晶片を測定した。回折強度分布からはラウエ群が4/mと導かれたが,どの結晶も一部の反射が分裂していて解析には使えず,結局,単結晶構造解析は断念した。

そこで,粉末X線回折による構造解析に切り替えたのだが,幸いなことに池田は得られた格子定数を聞いて直ちにMTN型ゼオライトと同形構造であると気づいた。MTN型構造であれば5, 6員環からなるケージしか無いため,ラマン分光で確認されたメタン分子は,ケージ内に閉じ込められたものと考えて何ら不思議ではない。早く粉末回折パターンを見たいという衝動に駆られたものの,その時点ではサンプル量があまりに少なく測定できる状態ではなかったため,ここからさらに一苦労することになった。追加試料を収集するため,門馬は直接産地に赴いたが,諸事情で試料収集はできず,現地を案内して頂いた共同研究者の方々から,追加試料を提供して頂いた。そして,持ち帰った岩石から,池田と二人で粉末回折測定に適した微小な結晶片を拾い出す作業を黙々と行った。キャピラリー充填試料での測定であるためかなり少量のサンプルで済むとはいえ,鉱物特有の多様なモルフォロジーからMTN型クラスラシルをルーペ観察で見分け,粒子統計を上げるため数百粒以上採取する必要があったため相当骨の折れる作業であった(鉱物に不慣れで眼の悪い池田には,貴重なサンプル相手に手を震わせながらの作業はかなり堪えた)。このとき池田は,Bochum大のMarlerらが高シリカゼオライトRUB-10(RUT)について,不純物による悪影響を取り除くため,綺麗な結晶だけを顕微鏡下で選別し,粉末X線で構造解析した論文を思い出した14)。鉱物研究者だからこその“技”とも言えるが,読んだときは“なんて気の遠くなるようなことを”と驚嘆したことを覚えている。まさか同じことを自分がやるとは思いもよらなかったが…。

こうして準備した試料を十分な時間を掛けて測定した結果,得られた回折パターンは期待を裏切らず良質な結晶性を示し,一目でMTN型であると判断できた。リートベルト解析では,平均構造は立方晶の空間群Fd3で表される構造モデルを使って解析可能であったが,やはり正方晶の結晶が混在しているらしく,空間群I41/aの構造モデルでの解析を行ったところ,有意にフィットが改善した。また大小2種類のケージ内にそれぞれゲスト分子が存在していることも確認された。さらに回折データを詳細に調べたところ,DOH相と石英(α-quartz)の存在が確認できた(図7)。多相解析から,このDOH相の含有量は重量比にして4 wt%未満であると見積もられた。採取した場所がわずかに異なる試料についても解析したところ,明らかに正方晶である結晶が存在することも確認できた(図8)。両者の構造の違いは内包されるガス分子(の大きさ)の違いによるものと推定される。以上の結果から,これまでMEP型のみであった天然のシリカ包摂化合物にMTN型およびDOH型が加わったことになり,ガスハイドレートで存在する三種の骨格トポロジーが,シリカ鉱物においても同様に存在することが構造解析により明らかとなった。

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図7 空間群I41/aの構造モデルによるchibaiteのリートベルト解析結果

右上は低角領域の拡大図,D: DOH型クラスラシルの回折ピーク。

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図8 a〜dは,図6の試料とは別試料の高分解能粉末XRDパターンを示す

十字マークが実測パターン,直線は立方晶の格子を仮定したLe Bail解析結果である。縦棒は,上が立方晶,下が正方晶のchibaiteのブラッグピーク位置を示す。明らかに立方晶でないことが分かる。

6. クラスラシル鉱物とガスハイドレート

Melanophlogiteは比較的希な鉱物であるが,その発見は意外に古く,1876年にイタリア,シシリー島の硫黄鉱床からの産出が記録されている15)。それから130年以上も経って,ようやく,第二,第三の天然クラスラシルが発見されたわけであるが,この発見によって,天然ガスハイドレートとクラスラシル鉱物の間に,ある共通点が見えてきた。それは,炭化水素の起源である。

クラスラシルと同様,ハイドレートの構造タイプも,内包するゲスト分子の種類によって決まる。天然のⅠ型ハイドレートはほぼ純粋なメタンガスを含み,Ⅱ型はメタン,エタン,プロパン,イソブタンなどを,H型はさらに大きな炭化水素分子を含む。これらの炭化水素ガスの起源は二種類あり,一方は,メタン生成菌が二酸化炭素を還元して生成した生物起源のメタン,そしてもう一方は,堆積物中の有機物(kerogen)が地熱によって分解されて出来た,熱分解起源の天然ガスである。無生物的に生成するマグマ起源のメタンも存在するが,資源量としては無視できる。メタン生成菌は,メタンより大きな炭化水素を合成しないため,炭素数が2以上の炭化水素は基本的に熱分解による生成物である。Ⅱ型,H型ハイドレートと,chibaite, DOH型クラスラシルのゲスト分子は類似しており,このことは,クラスラシルに内包される炭化水素も熱分解起源の生成物であることを示唆している。

メタン生成菌の活動域は海底面近傍の浅い堆積物中であるが,kerogenの熱分解が始まる温度は100°C前後であり,一般的な地温勾配(20〜40°C/km)では地下3〜4 kmの深さに相当する。熱分解起源のハイドレート鉱床は,地層深部で発生したガスが,低温な海底面近傍まで脱ガスすることで形成される。そして,この脱ガス経路として最も重要な役割を果たしているのが,沈み込み帯や油田地帯に分布する,断層や「泥火山」と呼ばれる地質構造である15)。こうした地球規模での物質循環の結果,堆積物中に取り込まれた有機炭素の一部は,再び海水中へ,さらには大気へと放出され,その量は膨大な量に上る16)。ハイドレートの埋蔵量としては,メタン生成菌由来のⅠ型メタンハイドレートが主流であると推定されているが,我々が日常使っている石油や天然ガスが熱分解起源であることからも,熱分解起源の炭化水素の重要性が理解できよう。Chibaiteが発見されたのは,まさに「沈み込み帯における脱水・脱ガス経路」と推定される地質構造の部分であり,この産状もまた,炭化水素が熱分解起源であることを示している。

炭素の起源を示す重要な指標の1つが,炭素の安定同位対比(δ13C)である。δ13Cの値は,Pee Dee Belemnite化石の13C/12C比を基準として,その値からのずれを千分偏差(‰)で表す。ハイドレートと共生する炭酸塩鉱物は,軽い同位体比(−20〜−50‰)を示すものが多い17)。これは,メタンが軽い同位体比をもっており,そのメタンが堆積物の表層付近に生息する硫酸還元菌の働きによって酸化され,炭酸塩として沈殿するためである。一方,chibaiteと共生する方解石の炭素同位体比は比較的重く(つまり13Cに富んでいる),δ13C=+3.5±0.2‰であった。この同位体比は,熱分解起源の炭化水素ガスと共生していた二酸化炭素の一部から,さらにメタン生成菌によって二次的なメタン生成が行われていたとすると説明可能であり18),また,方解石の生成場所が,酸化的な海底面近傍ではなく,もう少し深い環境であったことを示唆する。シリカ鉱物の続成作用においては,opal-Aが再結晶化せずに残る温度が50°C以下,石英の晶出が始まる温度が80°C以下といわれているので19),ラフな見積りとしては,chibaiteが形成されたのは地下1.5〜3 km程度,温度50〜80°C以下の領域と推定される。すなわち,クラスラシルと熱分解起源のハイドレートは,プレートテクトニクスに伴う同じ炭素循環の中で生成した炭化水素分子を,地層中の異なる深度で各々のケージの中に捕獲(記録)したものであると見なすことが出来る。

おわりに

MTN型構造を有する新鉱物chibaiteについて紹介した。本研究の詳細は文献20として公表されているので,そちらも参照されたい。一般にMTN型ゼオライトは窓径が小さいため分子のアクセスビリティが悪く,また高シリカ型が出来やすいため,触媒能や吸着能といった機能性の乏しいゼオライトである。しかし,逆にその剛直で安定なケージ構造が,大昔に生成したゲスト分子を外界から遮断し,地質学的なスケールの年月にわたって閉じ込めてくれたからこそ,今日我々が地球科学における新しい知見を得ることができたとも言える。クラスラシルの生成には,シリカの過飽和度や温度条件など,炭化水素以外の要因もあるが,今後,地質条件の類似した別の場所でも見つかる可能性が高い。もしかすると,ガス田地帯のどこかには,DDRのようなMTNやMEPと共通のケージ構造をもつ他のクラスラシルが眠っているかもしれない,などと考えるとワクワクするのである。

謝辞Acknowledgments

本研究は,西久保勝己氏,本間千舟氏,高田雅介氏,千葉県立中央博物館の高橋直樹博士,東北大学の長瀬敏郎博士,古川善博博士,ならびに元東北大学教授の工藤康弘博士との共同研究である(順不同)。また,国立科学博物館の松原聰博士と宮脇律郎博士には,地質調査に同行して頂いた他,記載手続きなどについてアドバイスを頂いた。

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