電子顕微鏡を用いた最近の構造解析法Advanced Microstructure Analysis Using Electron Microscopy
財団法人ファインセラミックスセンター ナノ構造研究所Nanostructures Research Laboratory, Japan Fine Ceramics Center ◇ 〒456-8587 愛知県名古屋市熱田区六野二丁目4番1号
ゼオライト関連分野の研究開発において,電子顕微鏡法は近年益々身近で有用な解析手段となっている。また,電子顕微鏡技術は年々進歩しており,それに伴って新しい重要な発見が成されている。しかし,ゼオライトやメソポーラス物質は電子線照射に敏感であることから,新しい電子顕微鏡技術の適用には工夫が必要でありこれら観察技術は活用が始まったばかりである。本稿では,新しい電子顕微鏡技術の中から,近年特に開発が進みつつある「TEMおよびSTEMを使った原子レベルでの解析」,「電子線トモグラフィー」および「ガス導入環境下でのTEM 観察」および「3次元観察」について概説する。
Advances in electron microscopy and associated technologies continue apace, contributing to important developments in materials science. However, such advanced methods have only just begun to be applied to zeolites and mesoporous materials, because these materials are particularly sensitive to electron beam damage. In this review paper, we describe the latest techniques for performing atomic resolution analysis using transmission electron microscopy, scanning transmission electron microscopy, electron tomography and environmental transmission electron microscopy from the advanced methods.
キーワード:計算科学;透過電子顕微鏡;走査透過電子顕微鏡;環境制御型透過電子顕微鏡;電子線トモグラフィー
Key words: computer science; transmission electron microscopy; scanning transmission electron microscopy; environmental transmission electron microscopy; electron tomography
© 2011 ゼオライト学会© 2011 Japan Association of Zeolite
ゼオライトならびにメソポーラス材料に関連する研究において,透過電子顕微鏡(TransmissionElectron Microscope: TEM)を用いた構造観察は近年増加の傾向にある。例えば,IZCで発表された研究成果の中でTEM観察を評価・解析の手段として用いた発表件数を調べると,2001年にモンペリエで開催された13thIZCでは発表件数の約10%の研究でTEM観察を利用していたが,その後2004年の14thIZCケープタウンでは約18%近くに増加し,さらに昨年ソレントで開催された16thIZCでは22%程度と漸増傾向が続いている。ちなみに,16thIZCでは900件余りの研究発表がなされ,その中の約200件がTEMを評価・解析手段として用いている(Recent Research Reportは除く)。表に出ていなくとも,実際にはTEM観察が研究の円滑な進捗に貢献した例も含めるとそれ以上の割合でTEM観察が本分野の研究に利用されていることは想像に難しくない。TEM観察を研究ツールとして利用する傾向は,ゼオライトよりもメソポーラス物質の研究において顕著であり,16thIZCではメソポーラス材料の解析に用いられた件数がゼオライトのそれの約2.5倍であった。多くのメソポーラス材料の場合,XRD測定で低角側にブロードなピークを与えるに止まり,その構造規則性が低い場合はさらにそのピークは不鮮明になる。一方,そのような材料であっても,TEMによる実空間の観察では鮮明な周期構造の観察を可能とする視野を局所的に得ることが可能であり構造解析がより容易となる場合が多いからであろう。
このようにTEMは今や規則性ナノ多孔体の研究においては欠かせない研究ツールとなっているが,それと同時に走査電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope: SEM)観察のように材料合成や応用研究を研究目的とする研究者自身がTEMを観察する機会が増え身近になりつつあると感じている。一方,電子顕微鏡本体ならびにその関連技術の開発は日進月歩である。その中でも,近年注目されているTEM観察技術として,収差補正装置を装着した走査透過電子顕微鏡(Scanning Transmission Electron Microscope: STEM)による原子分解の観察や電子線トモグラフィーによる3次元イメージの再構成,さらにガス環境での高分解能観察を可能とする環境制御TEM技術を挙げることができるであろう。
STEMは以前から在る観察技術であるが,収差補正装置が発明され電子線を1オングストロームよりも小さく絞ることができるようになって全く別の装置に生まれ変わった。収差補正装置を組み込んだSTEMは容易に原子像を得ることができるが,多波干渉像である高分解能TEM像よりも観察試料の原子構造像に近い像を得ることが可能であり,材料の微細構造を直感的に解釈することが容易である。さらに,二つの結晶の重複によって生じるモアレ縞ができ難いために,結晶粒界における結晶粒子の端面構造を解釈するのにも有利である。電子線トモグラフィー法は,観察試料の3次元構造を再構成することが可能であり,投影像である通常のTEM像より豊富な空間情報が得られる上に,2点間距離を初めとする空間情報を定量的に取り扱うことが可能になる点において強力な解析手法である。さらに,環境制御型TEMは,解析対象試料が生成する環境やその使用環境に近い状態で観察することを主たる目的とするTEM法でありその歴史は古いが,近年のTEM本体の性能向上とともに試料ホルダーやガス導入機構などの周辺技術の開発もあって種々の環境下での高分解能観察が可能となり,再び注目が集まっている。
これら,新しく開発された電子顕微鏡技術は,既に金属やセラミックス材料に応用され,多くの重要な研究成果を生んでいる。しかし,規則性ナノ多孔体は電子線照射に敏感であるため,これら新しい電子顕微鏡技術の応用例はまだ少なく,新技術の極限性能を十分発揮させた研究例は決して多くないと思われる。本稿では,新しいTEM関連技術を紹介しつつ,それらを規則性ナノ多孔体に応用することの有用性について私見を述べてみたい。
ゼオライトは大型単結晶の作製が困難であり,バルク体として利用する場合は多結晶体とならざるを得ない。そのため,多結晶体では必ず粒界が形成され,粒界構造が重要な議論の対象となる。また,ゼオライトは,ほとんどの場合その結晶構造に由来して形成される細孔チャンネルが特性と深く関係している。これら細孔の配向性や粒界での連続性に関する微細構造を明らかにしたいとする要求は多い。結晶粒界の細孔チャンネルの連続性を議論するためには,原子分解能で界面構造を解析することが必要である。ここでは,電子顕微鏡による高分解能観察を用いた結晶粒界の原子構造の推定について紹介しよ う。
図1にMFI型ゼオライト膜の代表的なTEM写真を示す。通常の合成条件で作製されたMFI型ゼオライト膜の結晶粒界は,非晶質層などの粒界層を形成することなく結晶粒どうしが直接接合している。写真に示す粒界は特定の方位関係をもたず,各々の結晶にとって安定な結晶面が互い違いに界面を形成しジグザグ形状の粒界を形成している。ここで示したTEM像においては,原子や細孔チャンネル構造は直接観察されていない。しかし,マルチスライス法などによるTEM像のシミュレーション1)を用いることで,この写真からサブナノオーダーの空間情報を推定することができる。図2にFAUの双晶界面の高分解能TEM像を示す。FCC構造を有するFAUでは(111)双晶面がしばしば観察されており,これまでに高分解能TEM像とTEM像のシミュレーションとの比較によって,(111)双晶界面はEMTに相当する構造であるとの報告がある2)。
一般的に,結晶粒界では界面エネルギーをより小さくするために,原子配列構造が緩和していると予想される。原子構造の直接観察が困難なゼオライトにおいては,構造緩和までを考慮した結晶粒界の解析には計算科学的手法との組み合わせによって,より信頼性の高い粒界原子構造を推定することが有効である。具体的には,界面エネルギーの極小値を与える原子構造と実際に観察された高分解能TEM 観察との整合性を確認することで,粒界の3次元原子構造を高い信頼性で得ることが可能となる。
以下に,図2のTEM観察結果をもとに,理論計算を用いて(111)双晶界面の原子構造を推定した例を概説する3)。TEM像から双晶は(111)結晶面に沿って形成されていることが確認でき,界面を挟む二つの結晶粒子は界面に対して鏡面対称である。(111)結晶面としてとり得る原子面((111)に平行な原子面)の種類は約30存在するが,全ての可能な終端面の組み合わせを考えると膨大な計算が必要となる。実際には,計算を簡単化するために以下の近似を施している。すなわち,1)細孔チャンネル近傍のみ考慮する,2)SiO4構造が維持される,3)化学量論組成が維持されるとする。これによって,粒界を形成する原子面の構造は9通りの組み合わせに絞られた(図3)。一方,安定な界面構造を得るためには,9通りの界面の組み合わせについて界面に沿った並進状態による界面についても考慮しなければならい。計算の結果,これら9通りの界面の組み合わせにおいては,図4のような鏡面対称となる配置で計算は良く収束した。また,実際のFAUは,T元素としてAlも含まれるが,簡単のためにここではT元素の全てがSiとした。これら9通りの界面を対象として,安定原子配置を求めた結果を図4に示す。なお,ここでの計算では,経験的な原子間ポテンシャルを使ったGULPコードを用いていた4)。計算の結果,エネルギーを極小化するための構造再配列が生じ,9通りの組み合わせの内の幾つかは同じ緩和構造となり,結局5通りの極小エネルギー構造が得られた。これらは何れも計算上は出現可能な粒界構造である。これらの原子配列構造をもとにTEM計算像を求めて,実際の観察像と比較した(図5)。その結果,モデル構造Cが最も良く観察結果と一致した。モデル構造Cの原子配列は,EMT構造とほぼ等しい。これによって,従来高分解能TEM観察によってFAU双晶はEMTの原子配列をもつとした提案が,界面エネルギー計算からも妥当であることが示された。本稿では,FAUの双晶界面を例として,TEM像と計算科学的手法を併用した結晶粒界構造の解析を行ったが,この手法は整合性の低い粒界についても適用できる。
さて,界面の構造解析には電子顕微鏡による高分解能像が極めて有力であることがお分かり頂けたかと思う。こうした,高分解能での構造観察には,TEMばかりでなく近年盛んに研究が進められている非点収差補正装置を装着したSTEMも有効である。
STEMはTEMと同様に200 kV以上の高加速電子を観察試料に照射して,その透過電子を用いた結像技術である。しかし,その結像原理は全く異なっている。TEMを用いた高分解能観察では,試料にほぼ平行な電子線を照射する。観察試料を透過した電子(電子波)の位相は試料によって変化するが,その位相変化には試料の原子配列情報が含まれる。電子顕微鏡の電磁レンズで拡大され,位相変化を反映した視覚認知可能なコントラスト(位相コントラスト)が現れる。ただし,位相コントラスト像は透過波と回折波による干渉像であり,一般的には観察される高分解能TEM像は直接原子配列を示していない。そのため,マルチスライス法などによって計算されたTEMシミュレーション像との比較による像解釈が必要である。一方,STEMは,SEMと同じ様に細く絞った電子線を試料に照射し走査する(図6)。照射電子線は試料を構成する原子によって散乱されるが,その散乱電子の強度を環状の検出器で検出する(High-Angle Annular Dark-Field; HAADF法)。試料上の電子線の走査と散乱強度を同期させてイメージ化することによってSTEM像が与えられる。これは,材料研究になじみ深い走査電子顕微鏡(Scanning Electron Microscopy)SEMの結像に類似している。STEM観察は,1)電子の散乱強度が原子番号に依存するZコントラストが得られる,2)TEM像よりも直感的な像解釈が可能,3)フレネルフリンジがない,4) 界面でのモアレ縞が形成されにくいなどの特長がある。これらの特長により,界面や表面の原子構造を直接観察する方法として優れている。さらに,界面や表面に添加物などの重元素が局在化している試料では,それらを原子カラムの空間分解能で直接明るいコントラストとして観察できる。セラミックス機能材料では,STEMのHAADF法観察を用いてアルミナに添加した希土類元素が粒界に周期配列していること5)やβサイアロンに添加したEuの原子位置の特定6)など多くの有用な微細構造解析に成功している。さらに近年,散乱角の小さな散乱電子と透過電子の一部を同時に検出する手法(Annular Bright Field; ABF法)によって,これまでTEM法では観察できなかったリチウムや水素原子を直接観察できることが示されている7–9)。
電子線の走査位置とモニターの描画位置を同期させ,各位置での電子線散乱強度をコントラストの階調として表示することで像形成する。散乱角の大きな電子を使った結像法がHAADF法,散乱角の小さな電子と透過電子の一部を使った結像法がABF法。
STEM-HAADF 法を用いたゼオライトへの高分解能観察については,高密度の電子線を試料に照射することによって照射損傷が生じ易いことからその応用例は多くない。しかし,検出器の感度向上などにより電子線照射損傷が抑制されるようになり,幾つかの研究成果が報告されるようになった。例えば,Ortalanらは,低電子線照射量STEM観察技術を用いて脱アルミ処理したFAUにイリジウムを修飾処理した触媒を観察し,ゼオライト細孔内でのイリジウム原子またはクラスターの修飾部位を原子レベルの空間分解能で議論している10)。また,STEMのZコントラスト観察技術を用いて,金属修飾したメソポーラス物質の金属クラスターの分布状態について観察した例が16thIZCでも数件報告されているが,現在のところゼオライトフレームワークの構造像をSTEM観察法で得るには至っておらず,ゼオライトの界面構造解析への応用は今後の検討課題である。
上記STEMの他に近年装置開発が進み研究が進んできた電子顕微鏡技術して電子線トモグラフィーと環境制御型透過電子顕微鏡(Environmental Transmission Electron Microscopy: E-TEM)がある。これらの観察では,同一視野を長時間電子線照射しなければならないために,ゼオライトやメソポーラス物質に応用された例は少なく,報告例についても形態観察を目的とする低倍率での観察に止まっている。しかし,これらの技術を規則性ナノ多孔体に応用することで思いもよらない研究展開が開けることもある。ここでは,今後の“思いもよらない展開”を期待して,これら二つの電子顕微鏡技術について簡単に紹介する。
電子線トモグラフィーは物質の3次元構造を再構成する観察方法であり,医療の分野において現在欠くことのできない検査技術となっているX線CT法と同じ原理を用いている。電子線トモグラフィーの3次元像の再構成には,対象試料を一定の角度ごとに回転させながら撮影した数多くの透過像が必要である。一般的には,1〜2°ステップで100〜200枚程度の写真が撮影されている。試料回転は全方位から観察することが基本であり,装置構造上の制約が無い限り180° 以上回転させて観察する。180°回転させた全方位観察ではなく,例えば±70°傾斜によって撮影された像データのみから再構成を行うと,再構成された3次元構造は大きな分解能の異方性や情報の誤差が含まれる。全方位観察を可能とために,現在では専用のTEMホルダーが開発されている。粉末試料は専用TEMホルダーを用いることで容易に全方位観察が可能である。バルク試料の場合,回転軸に垂直な方位の試料厚さが異なると,TEM像の分解能やコントラストが観察方位に強く依存する。バルク試料の全方位観察を可能にするために,集束イオンビーム(Focused Ion Beam)法を用いて太さ100〜200 nm以下の細いマッチ軸のような形状に観察試料を加工する方法が利用されている。また,一個の3次元画像を得るためには多くの透過像が必要となるが,数万倍以下の観察であれば「試料の回転」,「試料回転に伴う視野の移動」,「視野ごとの焦点合わせ」および「撮影」をコンピュータ制御によって行う自動化が実用化されている。電子線トモグラフィーに用いられる透過像は,TEMでもSTEMでも撮影することが可能であるが,TEM観察の場合は結晶方位と電子線入射方位との関係がBragg条件を満たすと,試料形状を反映したコントラスト(散乱コントラスト)の他に回折コントラストの影響が強く現れて像コントラストが不連続に変化する。こうしたコントラストの不連続な変化は,再構成画像に誤差を与えるために,電子線トモグラフィーの観察には回折コントラストが生じないSTEMによる観察がより好ましいとされている。ただし,倍率が高くなるとSTEM像にはわずかな試料ドリフトによる像歪みへの影響が大きくなることがある。試料のドリフト制御がTEM以上に求められる。
透過像を使って3次元構造を再構成する方法は,直感的には分かり難い。コンピュータートモグラフィーは,下記の考え方に依っている。観察試料の構造(電子吸収係数の空間分布) をx-y座標を使ってf(x,y)とし,x-y座標系を任意の角度(θ)回転した座標系t-sのs軸に投影した透過像をg(θ,s)とすると,両者は図7に示す式(1)で関係付けられる(Radon変換)。
ここでδはディラックのデルタ関数である。少し乱暴な言い方をすると,式(1)は,観察される透過像のコントラストが,投影方向に沿って試料の厚さを積分した値に等しいことを示している。一方,投影切断面定理から「回転角θにおける透過像g(θ,s)の一次元フーリエ変換Gθ(ω)は,試料の構造f(x,y)の二次元フーリエ変換F(ωcosθ,ωsinθ)の同じ回転角度成分に等しい」とすることができる。したがって,透過像のすべての角度θについてGθ(ω)を求めると,F(ωcosθ,ωsinθ)が求まることになる。これを逆フーリエ変化することで試料の構造f(x,y)が求まる。実験的には,すべてのθについて連続的に透過像を得ることはできないので,実測された結果の間を補完して再構成像を得る(図7)。コンピュータートモグラフィーを用いた3次元構造の再構成原理の詳細についてより深く理解したい方は,多くの文献や書籍があるのでそれらを参考にして頂きたい11)。
観察結果g(s,θ)の二次元フーリエ変換によってGθ(ω)を求めることで,F(ωcosθ,ωsinθ)を得る。すべてのθについてF(ωcosθ,ωsinθ)を求めた後,その逆フーリエ変換によってf(x,y)が再構成される。
現在,3次元像は,1 nm以下の空間分解能で再構成することが可能である。一端,3次元再構成像が得られれば,粒子外形,細孔チャンネルの形状,2点間の距離,面積,体積などを定量的に計測することができる。さらに,バルク体を任意の面でスライスした断面像を創ることもできる。多結晶体における結晶粒界の空間分布,結晶子形状,修飾物質の空間分布やサイズ分布,結晶ステップ形状などなど,材料設計に重要な情報を得ることが可能となる。
電子線トモグラフィーでは透過電子の強度に変化を与える物理量について,その3次元空間分布を再生することが可能である。通常のTEMトモグラフィーでは,散乱コントラストを与える因子の3次元空間分布を再構成していると考えることができる。則ち,試料の形状と密度分布を反映した3次元情報が得られると仮定している。物質への電子線照射によって得られる情報が多種多様であることを考えると,それら信号強度を上手く選択抽出することによってさまざまな3次元情報を再構成することが可能となるはずである。
一方,E-TEMは,TEM観察時に外部から何らかの外場を印加しながら観察する方法である。広義には,応力印加,電流電圧印加,加熱,冷却,光照射などの外場印加も含めることが,通常は試料をガス雰囲気下で観察する電子顕微鏡をE-TEMと呼んでいる(図8)。電子線は物質との相互作用が強いため,電子顕微鏡内の電子線の経路は10−4〜10−5 Paの高真空に保たれているが,E-TEMでは試料周囲のみにガスを導入しながら観察する。試料周辺のガス環境の作り方は,大きく分けて二通りがある。一つは,差動排気方式と呼ばれる方法である。TEM試料は数mmのギャップを有する対物レンズ(ポールピース)の間にセットされる。差動排気方式は,このギャップにガスを導入するとともに,対物レンズの上下に専用の真空ポンプをセットしてガスを排気して対物レンズのギャップ以外へのガス拡散を制御することで観察を可能にしている。この方法によって,試料周りには20〜30 kPa程度のガス環境をつくることが出来る。最近では,試料室へのガス導入方式として,細く絞ったノズルを試料近傍にセットしてそこから試料に吹き付けることで,試料の極近傍のガス圧をさらに高くすることが出来るように工夫されている。差動排気方式の長所は,観察視野が広いことや,様々なTEM用試料ホルダー(二軸傾斜ホルダー,加熱ホルダー,応力印加ホルダーなど)を通常の観察と同じように利用できることにある。
もう一つは,隔膜型ホルダーと呼ばれる専用の試料ホルダーを用いる方法で,試料が装着されるTEM用試料ホルダーの先端部がカプセル状に密閉されていて,ホルダーの軸内につくられたガスラインを通してガスの導入・排気を行い,一切のガスが電子顕微鏡内に拡散させないことで観察を可能としている。隔膜型ホルダーには電子線を透過するための小さな窓が開けられているが,その孔に厚さ20 nm以下の極薄い炭素膜やセラミック膜が張られておりカプセル内の気密性が保持されている。隔膜型ホルダーの試料固定方法はさまざまであるが,金属製のフィラメントを張って粉末試料が固定できるようになっているものもある。この種の試料ホルダーの場合,金属フィラメントに通電することで試料加熱が可能であり,大気圧で1000°Cの加熱ガス環境条件を実現できる。
いずれの方式であってもE-TEM法では,電子線経路の一部に観察対象試料以外のガスや薄膜が存在するために,通常の高真空下で観察するTEM像よりは分解能や像コントラストが低下する。しかし,収差補正装置を装着した差動排気型の環境制御型TEMの場合,ガス圧を数kPa以下に抑えれば,ガス環境であっても0.12 nm程度の高分解能像が得られている。
ゼオライトやメソポーラス物質は電子線照射に弱いことから,ガス環境下での変化過程を連続的に動画として観察することは難しいと思われるが,ガス環境下でのみ生じる構造変化をスナップショットとして捉えることはできるであろう。E-TEM技術は,通常のTEM観察と比べて制御因子が多く,実験操作が複雑である。しかし,この手段においてのみ獲得可能な知見もある。
近年注目されている新しい電子顕微鏡技術について概説した。ゼオライトやメソポーラス物質の基礎研究や応用研究に,これら新しい電子顕微鏡技術を用いることによって,革新的な進捗がもたらされることが大いに期待される。しかし,これら物質の多くは,高加速電子線照射によって損傷を受けやすいことから,上記手法を用いた観察をするためには幾つかの工夫が必要であろう。今後より多くの研究者が,新しい電子顕微鏡技術の利用に対して挑戦的に関わることを切に願っている。
理論計算によるFAU双晶界面の構造解析は,東京大学佐藤幸生先生のお力に依る成果である。紙面を借りてお礼を申し上げます。また,本稿に用いた研究成果の一部は,(独)新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)委託事業「規則性ナノ多孔体精密分離膜部材基盤技術の開発」の助成を受けたものであり,ここに謝意を表す。
1) R. Kilaas, Proc., 49th Electron Microscopy Society of America, 52 (1991).
2) O. Terasaki and T. Ohsuna, Catal. Today, 23, 201 (1995).
3) 幾原裕美,佐藤幸生,佐々木優吉,セラミックス,45, 817 (2010).
4) J. D. Gale and A. L. Rohl, Molec. Simu., 29, 291 (2003).
5) J. P. Buban, K. Matsunaga, J. Chen, N. Shibata, W. Y. Ching, T. Yamamoto and Y. Ikuhara, Science, 311, 212 (2006).
6) K. Kimoto, T. Asaka, T. Nagai, M. Saito, Y. Matsui and K. Ishizuka, Nature, 450, 702 (2007).
7) 黄栄,幾原裕美,森分博紀,桑原彰秀,C. A. J. Fisher,幾原雄一,日本セラミックス協会第22 回秋季シンポジウム講演予稿集,300 (2009).
8) S. D. Findlay, N. Shibata, H. Sawada, E. Okunishi, Y. Kondo, T. Yamamoto and Y. Ikuhara, Appl. Phys. Lett., 95, 191913 (2009).
9) S. D. Findlay, T. Saito, N. Shibata, Y. Sato, J. Mastuda, K. Asano, E. Akiba, T. Hirayama and Y. Ikuhara, Appl. Phys. Exp., 3, 116603 (2010).
10) V. Ortalan, A. Uzun, B. C. Gates and N. D. Browning, Nature Nanotechnol., 5, 506 (2010).
11) 例えば,篠原広行,坂口和也,橋本雄幸,Excel による画像再構成入門,医療科学社 (2007). 岩井喜典編,CTスキャナ,コロナ社 (1979).
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