日本ゼオライト学会 刊行物 Publication of Japan Zeolite Association

ISSN: 0918–7774
一般社団法人日本ゼオライト学会 Japan Zeolite Association
〒162-0801 東京都新宿区山吹町358-5 アカデミーセンター Japan Zeolite Association Academy Center, 358-5 Yamabuki-cho, Shinju-ku, Tokyo 162-0801, Japan
Zeolite 42(4): 132-140 (2025)
doi:10.20731/zeoraito.42.4.132

解説解説

ニューラルネットワークを用いたX線吸収スペクトル逆解析によるアモルファスSiOx局所構造解析手法の開発Neural Network-Based XANES Analysis for Predicting the Local Structure and Valence in Amorphous SiOx

1三菱ケミカル株式会社Science & Innovation CenterMitsubishi Chemical Corporation, Science & Innovation Center ◇ 〒227–8502 神奈川県横浜市青葉区鴨志田町1000

2東京大学生産技術研究所Institute of Industrial Science, The University of Tokyo ◇ 〒153–8505 東京都目黒区駒場4–6–1

受理日:2025年8月28日Accepted: August 28, 2025
発行日:2025年10月15日Published: October 15, 2025
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アモルファス材料は長距離秩序を欠くため,その局所構造の解析は容易ではない。本稿では,この課題を克服するため,計測(X線吸収分光),シミュレーション,インフォマティクスを融合した新たな解析アプローチを提案する。具体的には,アモルファスSiOx系をモデルケースとし,分子動力学シミュレーションと第一原理計算を用いて,多様な組成の構造モデルとそれに対応するXANESスペクトルの大規模データセットを構築した。このデータセットを教師データとして人工ニューラルネットワークを学習させ,スペクトル形状から局所構造情報(原子価数,動径分布関数)を逆解析的に予測する回帰モデルを開発した。検証の結果,本モデルは,実験で観測される平均化されたスペクトルを入力した場合でも,原子価数や3 Å程度までの中距離構造を高い精度で予測できることを実証した。本研究で確立した逆解析モデルは,アモルファス材料の局所構造を迅速かつ定量的に評価する強力なツールとなり,多様な産業分野における機能性材料開発の加速に貢献することが期待される。

Characterizing the local atomic structure of amorphous materials is a significant challenge due to the absence of long-range order. While X-ray Absorption Near Edge Structure (XANES) spectroscopy is sensitive to the local environment, interpreting its spectra is often complex and computationally intensive. This study presents an advanced analytical framework that integrates simulation and machine learning to overcome these limitations, using amorphous silicon suboxide (SiOx) as a model system. We first generated a diverse range of amorphous SiOx structures with varying compositions using molecular dynamics simulations. Subsequently, a large-scale dataset of over 5,000 Si K-edge XANES spectra was created from these structures via first-principles calculations. This comprehensive dataset was then used to train an artificial neural network (ANN) to solve the inverse problem: predicting local structural parameters directly from a XANES spectrum. The resulting model demonstrated high accuracy in determining the atomic valence and radial distribution function (RDF) for individual Si atoms. More importantly, the ANN showed excellent generalization performance, successfully predicting the average valence and RDF from averaged spectra, which correspond to experimentally measured data. This measurement informatics approach enables rapid and quantitative analysis of the local structure in amorphous SiOx, establishing a robust inverse model applicable to material design. The proposed framework is not limited to SiOx and holds significant potential for accelerating the structural analysis and rational design of a wide variety of amorphous materials crucial to industrial applications such as battery electrodes, barrier coatings, and optical components.

キーワード:アモルファス;SiOx;XANES;計測インフォマティクス;ニューラルネットワーク

Key words: amorphous; SiOx; XANES; measurement informatics; neural networks

1. はじめに

アモルファス材料(非晶質材料)は,光ファイバー用ガラスやダイヤモンドライクカーボン膜など多様な工学用途において重要な役割を果たしているが,結晶に見られる長距離秩序を欠くため,局所構造を直接解析することは容易ではない。約1 nmスケールで中間距離秩序が存在するものの,X線回折や中性子散乱によって得られる動径分布関数(RDF: Radial Distribution Function)は系全体の平均構造を反映するにすぎず,局所的な構造揺らぎや多様性を定量的に捉えることは困難である1,2)。実際,構造多様性由来の平均化スペクトルから逆解析的に唯一解を得ることは一般に不可能であり,異なるアモルファス構造モデルがほぼ同一のRDFを示す例も報告されている3)

こうした制約を克服する手段として,X線吸収微細構造(XAFS: X-ray Absorption Fine Structure)法が有効である。XAFSスペクトルは吸収原子周囲の局所構造に強く依存するため,長距離秩序を欠くアモルファス材料でも高感度に局所環境を評価できる。その中でも吸収端から50 eV程度までの領域に注目するX線吸収端近傍構造(XANES: X-ray Absorption Near Edge Structure)は電子状態や対称性変化に対して鋭敏であり,配位数や酸化数など局所構造がスペクトル形状に反映される。そのため,既知構造の参照スペクトル比較や理論計算による仮想構造スペクトルとの照合によって局所パラメータ(配位数・結合長・歪みなど)を同定する手法の開発が進められてきた一方,依然として,電子遷移と多重散乱の複雑な寄与,および,構造候補を網羅的に探索するための膨大な計算時間などから,知識の蓄積が不十分な新奇アモルファスの解析において,スペクトル形状の解釈は容易ではない4,5)

以上を踏まえ,本稿では「計測・シミュレーション・インフォマティクス」を一体的に融合する先端的アプローチによって,アモルファス材料における局所構造解析の高度化と効率化の可能性を示すことを目的とする。そこで,第2章では,分子動力学(MD: Molecular Dynamics)シミュレーションによるアモルファス構造生成法および第一原理計算に基づくXANESスペクトルシミュレーション技術を概説する。第3章では,ケモメトリクスに端を発した計測インフォマティクスと機械学習ベースの逆解析モデルの発展を概観し,MDおよび第一原理計算から得られたXANESデータセットを用いた教師あり学習による組成–構造–物性相関解析手法について言及する。ここで,各章における実践的検証モデルには,構造柔軟性や組成依存性を背景に電池負極・バリアコーティング・光学部材など多様な産業から性能向上が強く求められるアモルファスSiOx(0 < x < 2)系を採用することで6,7),本手法の産業的有用性を明らかにする。

2. シミュレーション

本章では,アモルファス材料解析におけるMD法および第一原理計算によるXANESスペクトルシミュレーションの有効性について論じる。MD法は温度,圧力,原子数,原子間の相互作用などのパラメータに基づいて原子集団の運動を制御し,急冷過程などガラス形成プロセスを再現することで,アモルファス固有のランダムネットワーク構造を原子レベルで可視化,各原子の配位数や多面体配列,環構造分布など詳細な幾何情報を取得することができる。例えば,MDシミュレーションから得られたアモルファスの構造因子とペア分布関数をX線回折・中性子回折の実測値と比較し,クラスター解析によって主要な短距離・中距離秩序モチーフを抽出した研究や8),中性子/X線散乱により得たRDFとX線吸収分光法(XAS: X-ray Absorption)の実験結果を第一原理計算で再現することで,実験結果に包含されるアモルファスの局所配位環境を明らかにした研究などが報告されている9)。このように,MD法は実験では直接観測が困難な局所構造を明示的に可視化する手段として有効であり,さらに,MD法で得られた構造を入力として第一原理計算に基づくXANESシミュレーションを組み合わせることで,観測されたXANESスペクトルの定量的解釈をも可能とする。それでは,アモルファスSiOxをモデルに,MDによる構造生成と第一原理計算によるXANESスペクトル予測の結果についてみていこう。

2.1 アモルファスSiOxのMDシミュレーション

まず,MDシミュレーションによる解析結果について紹介する。セルの中に,SiとOを所定の組成になるようにランダムに配置した(x=0から2.0まで0.25刻みで9組成)。その後,それぞれの組成について,NPTアンサンブル,大気圧条件下で高温(5000 K)まで昇温し,1 ns間保持したのち,3 nsかけて0 Kまで冷却することでアモルファス構造を得た(本研究で設定した5000 Kは現実的な実験条件を再現するものではなく,MDシミュレーションにおいて十分な原子拡散と構造のランダム化をはかるための計算上の便宜的な設定温度)。この時,アモルファス物性が初期配置に大きな依存性を持つことが懸念されるため,9種それぞれの組成に対し5つの初期構造を用意した。MDシミュレーションにはLAMMPS10)を採用,原子間相互作用にはTersoff11)ポテンシャルを適用し,セルには3次元周期境界条件を課した。

図1(A)にMDシミュレーションによって得られた45個の構造(9組成×5)のうち,9種類の組成(x=0からx=2まで0.25刻み)について代表的なアモルファスSiOx構造を描画する。いずれの組成でも,結晶性クラスターや大孔隙などのマクロ欠陥は目視レベルで確認できず,周期境界内に均一に分散したネットワーク構造が形成されているようにみえる。さらに,組成端のバルク密度はx=0(アモルファスSi)で2.25 g cm3,x=2(アモルファスSiO2)で2.30 g cm3と算出され,報告されている実験値(それぞれ2.29 g cm3,2.20 g cm3)と良好に一致した12,13)。このことから,本シミュレーションで得られたモデルは実在系を表現するガラス状ネットワーク構造の一例として十分に機能すると考えられる。

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図1. (A)メルト-クエンチMDシミュレーションにより得られたアモルファスSiOxの代表的な原子配置.(B)SiOxにおけるSi–Si/Si–O配位タイプのヒストグラム.各組成に対して,Si原子に結合するSiとOの数で表される配位様式(Si–Si, Si–O)の頻度を示す.(C)各(m, n)配位環境に対応する代表的な局所構造モチーフ.大きい球と小さい球はそれぞれSi原子とO原子を表す.

続けてSi近傍の局所構造について議論するために,図1(B)に各SiOxにおけるSi–SiおよびSi–O結合に基づく配位様式をヒストグラムとして示した。酸化率が最大のSiO2では,Si周りのO配位数4の四面体型([SiO4])が支配的であり,他の配位様式はわずかにしか存在しない一様な構造を有している。同様な一様構造はx=0のSiにおいても観察される。一方で,非化学量論的組成では多様な配位が急増し,たとえばSiO0.25ではSi–Si結合を2–3本含む低次配位([SiSiO2]など)が顕著に現れる。中間組成(x≈1)ではSi–OおよびSi–Siが混在する三角面体~四面体状単位がランダムに連結し,ネットワークの不均質性が最も高くなることがわかった。

2.2 アモルファスSiOxのXANESスペクトルシミュレーション

続いて,MDシミュレーションにより得られたアモルファスSiOx構造を入力として,XANESスペクトルシミュレーションを実施していく。各構造に含まれるすべてのSiサイト(合計5290サイト)について,第一原理計算ソフトQuantum ESPRESSO(QE)14,15)に実装されているXSPECTRA16,17)モジュールを用いてSi K端(1s→空軌道遷移)のXANESスペクトルを計算した。本稿では詳述しないが,金属Si,α-quartz,α-cristobaliteの実験と,複数手法による計算スペクトルとを比較し,本計算手法が実験スペクトルを十分に再現することを事前に検証している。

図2は45個のアモルファスSiOxに対応する計算Si K端XANESスペクトルを示している(各スペクトルはMDセルに存在するすべてのSi K端スペクトルを平均した結果)。SiO2では,バルクα-quartzと同様に1846 eV付近に鋭いメインピークが観測される一方で,酸素量を減らしていくと,x=1.5まではピークトップエネルギーは変化しないもののピーク強度の大幅な低下がみられ,x≤1.5ではピークトップが連続的に低エネルギー側へシフトしながらゆるく強度が低下する様子が確認できる。このようなピークトップエネルギーの変化はSiの平均価数が低下し,Si–Si結合を含む配位が増えることで吸収端の化学シフトが負側へ進むためと解釈できる。

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図2. アモルファスSiOx(x=0–2,0.25刻み)に対して計算したSi K端XANESスペクトル.線の色と線種は各組成を示し,組成ごとにMDで生成した5つの構造に対応する5本のスペクトルをプロットしている.

以上より,MD構造を入力に第一原理的にスペクトルを予測・比較することは,実験スペクトルと局所構造とを架橋する有効な手段であると言えるだろう。ただし前述の通り,アモルファスでは可能な構造パターンが極めて多岐にわたるため,実験結果を完全に再現する計算条件を絨毯爆撃的に探索することは計算資源的に難しい。この観点において,次章で述べる計測インフォマティクス(機械学習)活用の意義が生じうる。

3. 計測インフォマティクスの活用

アモルファス構造とそれに対応するスペクトルについて十分量のデータが得られれば,機械学習(ML: Machine Learning)によりスペクトルと構造の関係を機械学習させることが可能になる。このように,「化学系から得られる高次元データを統計的手法で解析し,有用情報を抽出する技術」はケモメトリクスとして1900年代から広く検討され,近年では特に,計測インフォマティクスとして開発が加速している。そこで本章ではXAFS解析における計測インフォマティクスの活用例紹介からはじめ,続いて,第2章で得られた構造―スペクトルデータセット(n=5290)に計測インフォマティクスを活用した例を示す。

3.1 計測インフォマティクスの世界的流行

材料科学分野における大規模データを活用したデータ駆動型解析への関心の高まりは,XAFSスペクトル解析へのML手法導入をも活発化させている4,18)。MLを計測分野で活用する利点は,スペクトル中に含まれる全情報を統計的に解釈し,従来の限られた指紋解析を超えて任意の局所環境に対するスペクトル特徴を捉えることにある。例えば,Hiraiら(2022年)はMDシミュレーションで生成した多数のアモルファスSiO局所構造を入力に,第一原理計算でSi K端XANESスペクトルを求め,それを教師データとして機械学習モデル(線形回帰や各種原子記述子の組合せ)を訓練することで,新たな構造に対するXANES予測が実現できることを報告した19)。その他にも,スペクトルから構造を逆推定する手段としてMLを活用する研究例もあり,Timoshenkoら(2018年)は人工ニューラルネットワーク(ANN: Artificial Neural Network)を用いて,鉄のXAFSスペクトルから直接的にRDFを復元する手法を提案20),温度誘起による鉄の結晶相転移(体心立方構造→面心立方構造)をモデル系に選び,Fe K端のXAFSスペクトルから学習したANNにより,温度上昇に伴うRDFの変化をリアルタイムで捉えることに成功している。復元されたRDFを積分することで配位数の変化を定量化でき,Feの最近接原子数が8から12へ増加する様子(すなわち体心立方から面心立方への転移)が明確に観測された。この実証は,スペクトル情報中に埋め込まれた構造情報をMLが高精度に引き出せることを示しており,MLが広範な材料・環境条件において頑強な解析手法である可能性を示唆している。

3.2 アモルファスSiOxへの計測インフォマティクスの利用

計測インフォマティクス技法をアモルファスSiOx系へ適用することを考えよう。つまり,第2.2節で得られたシミュレーションによるXANESスペクトルのデータセットを用いて価電子状態(Bader電荷)と,原子近傍の局所構造を反映したRDFを逆解析的に予測する回帰モデルを構築することを考える。ここで,電荷はXANESスペクトルに強い相関を持つ構造情報であるためモデルの正当性を確認するために適当であると同時に,誘電率や導電性の制御などの産業課題解決の観点においても重要な物理量である。また,RDFを予測することができれば,局所構造や酸素欠損率などを制御する一助となり,例えば電子デバイスや光学デバイスの導電経路生成・バンドギャップ・光学定数・体積膨張率などの目的物性の最適化につながると期待される。

3.2.1 個別Siに対する予測精度の検証

各Si原子についてSi K端XANESスペクトルから構造物性(原子価数,RDF)を予測するモデルを構築することから始め,続く章で,現実的に測定される平均化されたスペクトルへ拡張する。図3には,構築したANNモデルによりSi K端XANESスペクトルから予測されたSi原子価数が縦軸,Bader電荷解析に基づく基準原子価数が横軸にプロットされている。この時,ANNは隠れノード256×256×256,活性化関数ReLUを用い,データセットは8 : 2の割合で訓練とテストになるようランダムに分割した。両データセットとも対角線上に高密度で分布しており,テストデータセットの二乗平均平方根誤差はRMSE=0.110,決定係数はR2=0.991であった。つまり,ANNモデルを用いることで,平均誤差0.11程度でスペクトルから原子価数(構造情報)を抽出できることがわかった。XANESスペクトルは価数変化に伴う吸収端位置のシフトやメインピーク強度の増減に極めて敏感であるため,本モデルはスペクトルの微小な差異を捉え,高い汎化性能を示したと予想される。

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図3. Bader電荷価数に関するANN予測値と正解値のパリティプロット.薄い点は訓練データ,濃い点はテストデータ.

図4は,Si K端XANESスペクトルを入力とするANNモデルがRDFをどの程度再現できるかを評価した結果を示している。まず,図4(A)ではテストデータセットに対して得られた各RDFの二乗平均平方根誤差(RMSE: Root Mean Squared Error)を昇順に並べている。最良例ではRMSE≈0.1と極めて小さく,最も誤差の大きい事例でも0.5程度にとどまった。この分布は,ANNが幅広い化学環境に対しておおむね良好な構造推定能力を示すことを強く裏づけている。図4(B)では,(A)中で矢印を付した六つの代表点(A–F)について,ANNが予測したRDF(濃線)と正解RDF(薄線)を比較している。最も精度の高いAはSiO2組成,次点のBは金属Si組成に対応し,いずれも全ピークの位置および強度がほぼ完全に一致した。中間価数を示すC–Fにおいても,第1–2配位領域(R≲3 Å)のピークは位置・強度ともに良好に再現されている一方,3–5 Åに位置する長距離側のピークではピーク強度の過小評価や位置ずれが観察される。これは,XANESスペクトルが吸収原子周辺の局所構造に主として感度を持ち,第3配位以降の構造寄与が小さいために情報量が不足することに起因すると考えられる21)

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図4. (A)テスト構造に対するニューラルネットワークが予測したRDFの二乗平均平方根誤差(RMSE)を昇順に示したもの.(B)パネル(A)にて矢印で示されたサンプルA–Fに対する予測(濃線)および正解(薄線)のRDF.

以上より,本ANNモデルはSiO2から金属Siまでの広い価数範囲で価数や局所–中距離(~3 Å)までの構造情報を高精度に予測できることが示された。一方,より長距離の配位情報を精密に再現するためには,XANESに加えて中性子回折や拡散散乱データなど,より長距離感度を持つ計測手法を組み合わせたマルチモーダル学習が有効であると考えられる。

3.2.2 平均スペクトルに対する汎化性能

実際のXANES測定では,多数のSi原子からのシグナルが重なり合った「試料全体の平均スペクトル」が観測される。そのため,構築したANNモデルを実測データへ適用するためには,3.2.1項において単一原子スペクトルについて学習したANNが平均スペクトルに対しても高い予測精度を維持することを実証する必要がある。

図5に,3.2.1項で構築したSi原子のデータを用いてトレーニングしたANNモデルで,Si/O比の異なる9組成(SiO0からSiO2まで)について,図2に示した系平均スペクトルから系平均価数(濃い点)を予測した結果を示す。比較のため,個別Siの原子スペクトルから原子価数を予測した結果(薄い点)も併せて示した(図3のテストデータと同じもの)。学習に用いたのは個別原子のスペクトルのみであるにもかかわらず,平均スペクトルに対する予測でも決定係数はR2=0.986,RMSEは0.124と高精度を維持しており,ANNが価数依存の特徴量を統計的に学習していることがわかる。一方,SiO0.75–SiO1.25の組成領域では,平均価数をわずかに過小評価する傾向が見られた。これは,この範囲に低・中・高価数のSi原子が同時に存在し,各価数のスペクトルが重畳して平均スペクトルの形状が広がる結果,全体として相対的に低価数側の特徴に近づくためと考えられる。それでも誤差は0.2未満にとどまり,広幅化したスペクトルからでも平均価数を実用精度で抽出できることが確認された。

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図5. Si K端XANESを用いたニューラルネットワーク予測価数とBader電荷に基づく価数との相関.薄い点はテストセット内の個々のSiサイトを,濃い点は45個の構造(9種の組成・各5構成)それぞれ,含まれるスペクトルを平均して得られた値を示す.

図6では,同じ平均スペクトルを入力として予測した平均動径分布関数(RDF)の精度を評価した。図6(A)に示すRMSE分布によれば,最良の精度は金属Siで,次いでSiO0.75が続き,誤差の最も大きいSiO0.25でもRMSEは約0.23にとどまった。これは個別原子RDF予測の上位約10%に匹敵する再現性である。図6(B)に示した最大RMSE事例でも,第1–3配位(R≲3 Å)のピーク位置と強度が正解値とほぼ一致し,3–5 Åの中距離ピークも良好に再現されている。すなわち,ANNは個別原子スペクトル学習の段階で局所構造だけでなく統計的構造ゆらぎも取り込み,平均スペクトルから系の平均構造を推定する能力を獲得していたと解釈できる。

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図6. (A)45個のアモルファスSiOxモデル(9種の組成,各組成5構成)から得られた系平均Si K端XANESスペクトル結果を基にニューラルネットワークが予測した平均RDFのRMSE分布.組成ごとに色(マーク)で分けてプロットしている.(B)各組成において最もRMSEの大きかった構造についての予測(濃線)と正解(薄線)RDF.

このように,従来,実験スペクトルから構造パラメータを引き出すには職人技的なフィッティングや事前知識が必要とされてきたが,MLを導入することでシミュレーションおよび実測スペクトルデータからスペクトル–構造間のパターンを自動的に学習し,新規スペクトルに対しても短時間かつ高精度に局所構造情報を抽出できることが示されつつある。本研究で構築したアモルファスSiOx系のXANESデータセットを用いたMLモデルは,未知構造や,従来の経験則では捉えにくい高次元特徴量を含む複雑系に対しても,学習データが十分整備されていれば有効に機能することを実証できたと考えている。

4. おわりに

本稿では,アモルファス材料の複雑な局所構造を解明するための新たな解析アプローチとして,計測(X線吸収分光),シミュレーション(分子動力学および第一原理計算),そしてインフォマティクスを融合した計測インフォマティクス技術の可能性を,アモルファスSiOxをモデルケースとして示した。まず,分子動力学シミュレーションと第一原理計算に基づき,多様な組成のアモルファスSiOxモデル構造とそれに由来する5000以上のXANESスペクトルのデータセットを構築した。つづいて,このデータセットを用いて,スペクトルから局所構造(原子価数や動径分布関数)を予測する人工ニューラルネットワークモデルを開発,結果として,単一Si原子のXANESスペクトルだけでなく,実験で観測される「平均スペクトル」からも価数や3 Å程度までの中距離構造を高精度に予測できることを実証した。これにより,アモルファスSiOxの局所構造を迅速かつ定量的に解析する逆問題モデルを樹立し,実用的な材料設計への応用が可能となった。また,本研究で提案した計測インフォマティクスの枠組みは,SiOx系に限らず,電池材料,触媒,光学部材など,さまざまな産業分野におけるアモルファス相の構造設計指針確立にも大きく貢献すると期待される。今後は,実験併用型リアルタイムモニタリングや,XANESに限らないマルチモーダル計測データとの機械学習統合により,解析の利便性・精度をさらに向上させる方向へ発展させることで,本アプローチの産業的・学術的有用性を一層高められると考える。本稿がアモルファス材料科学および機能性材料開発を志す研究者の一助となり,新たな研究展開の契機となることを期待する。

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